「21世紀における集団のありかた」慶應義塾大学文学部2020年
(1)問題 ① 現代の世界では,国境を越えた自由な人の移動は原則として認められていない。人口密度が高い中央集権的な社会では,土地と人間は中央権力によって捕捉され,測られ,登録されることになる。人が他者に縛られずに移動できる行為は,旅行だけである。しかし,旅の終点が起点と異なれば,人はそこで再び登録される。② そのような制限があってもなお,東南アジアの漁民が別の島々に渡ったように,そしてアフリカの農民が山の向こう側の森に火を入れたように,今でも人は移動し続けている。仕事がうまくいって家族を呼び寄せたり,新しい家族ができたり,留学先の国で落ち着いたり,裏切りや失望を経験して母国の村に戻ったりと,失印は様々であるが,第二章で見たように,国境を越えた人間の移動はますます「南の現象」になりつつある。③ そこで,様々な場所において定住者と移民の出会いが生まれることになる。受け入れる定住者の側と参入する移民の側の関係を律するために,欧米諸国の多くは多文化主義と呼ばれる政策原理を採用してきた。その原理を最も体系的に唱道したのは,カナダの政治学者ウィル・キムリッカだろう。だが,その政策は,多文化主義という言葉のイメージほどに寛容なものではなかった。キムリッカは,自発的に自分の国を出て移住してきた人々は,移住先の文化に徐々に統合されていくべきであり,エスニックな母国語での公教育を制度的に要求したりする資格はないと主張した。母国を捨てた者に対して,受入国が費用を負担してまで民族教育を施す必要はないというのである。④ 高度な自治権の保障が検討されるべきは,自分たちは独自のネイションであ
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