【連載小説】第74話 すれ違う真実

【連載小説】第74話 すれ違う真実

記事
小説


次の日。

怖がる駒ちゃんを何とか連れ出し、
私たちは産婦人科へ向かった。

結果は予想していた通りだった。

「妊娠三ヶ月に入ったばかりですね。おめでとうございます」

診察室から聞こえてきたその言葉は、
今の駒ちゃんには祝福ではなく宣告にしか聞こえなかった。

待合室へ戻ると、
駒ちゃんは真っ青な顔で私の手を握った。

『やっぱり妊娠してた……どうしよう、美月ちゃん』

今にも泣き出しそうだった。

『駒ちゃん、約束通り田中さんに話さなくちゃ』

『そうだけど……怖いの』

『何が?』

『絶対、生まないでくれって言われる気がするの』

駒ちゃんは震えていた。

私はそこで気付いた。

駒ちゃんは田中さんの気持ちばかり気にしていて、
自分自身の気持ちを一度も口にしていなかった。

『駒ちゃんはどうしたいの?』

『え?』

『生むか生まないかじゃなくて、
駒ちゃん自身はどう思ってるの?』

駒ちゃんはしばらく黙った。

『分からないの』

それが本音だった。

突然の出来事に、
心も頭も追いついていなかった。

生みたいのか。

生みたくないのか。

それすら分からない。

ただ現実だけが目の前にあった。

お腹の中に命がいる。

それだけは確かな事実だった。

数日後。

駒ちゃんは意を決して田中さんへ連絡を入れた。

その日の夜、
駒ちゃんのマンションで話し合うことになった。

ところが――

『美月ちゃんも一緒にいて』

駒ちゃんはそう言った。

『それはまずいよ。
二人で話した方がいいと思う』

『お願い。
一人じゃ言えない』

何度も頼まれ、
私は仕方なく同席することにした。

その時は、
まさかあんなことになるとは思いもしなかった。

午後。

駒ちゃんの部屋へ行った。

銀座の女性らしく華やかな印象とは裏腹に、
部屋の中は洋服や雑誌が積み上がり、
足の踏み場もないほど散らかっていた。

そのギャップに少し驚いた。

外ではいつも完璧に見える人にも、
こんな素顔があるのだと思った。

約束より十分早くチャイムが鳴った。

『よう、待ったかい』

何も知らない田中さんは、
いつもの笑顔で部屋に入ってきた。

そして私を見た瞬間、
顔色が変わった。

『あれ?美月ちゃん、なんでいるの?』

『ちょっと……話があるみたいで』

空気が変わった。

田中さんも何かを察したのだろう。

『俺、今日は帰った方がいいかな』

そう言って踵を返しかけた時だった。

『田中さん待って!』

駒ちゃんが叫んだ。

『私、妊娠したの』

その瞬間、
部屋の空気が凍りついた。

田中さんはしばらく言葉を失った。

『妊娠……?』

そして次の瞬間だった。

『まさか俺の子だなんて言わないよな』

美月は耳を疑った。

駒ちゃんも同じだった。

『今、何て言ったの?』

『だから俺の子じゃないだろって言ったんだ』

『どうしてそんなこと言うの!』

駒ちゃんは立ち上がった。

『私たち付き合ってたじゃない!』

『付き合ってたことと、
妊娠とは別だろ!』

田中さんの声も大きくなった。

『俺たち、そんな関係なんて持ったことないじゃないか!』

今度は美月が固まった。

何を言っているのか理解できなかった。

『そんな関係じゃないって……』

『そのままの意味だよ』

田中さんは真顔だった。

冗談ではなかった。

言い逃れにも見えなかった。

本気で言っていた。

『嘘よ!』

駒ちゃんは泣きながら叫んだ。

『私が嘘をついているって言うの?』

『言いがかりはやめてくれ』

『最低!』

『それはこっちの台詞だ!』

部屋の中は収拾がつかなくなった。

駒ちゃんは近くのクッションを掴み、
田中さんへ投げつけた。

美月は慌てて二人の間に入った。

『もうやめて!』

誰が本当のことを言っているのか。

何が真実なのか。

何も分からなかった。

ただ一つだけ分かったことがある。

二人は同じ話をしているはずなのに、
見ている景色がまるで違うということだった。

『もういい、帰る!』

田中さんは立ち上がった。

そして玄関へ向かう前に美月を見た。

『美月ちゃん。
信じてもらえないかもしれないけど、
俺たちは本当にそんな関係じゃないんだ』

その目は怒りというより、
むしろ困惑しているように見えた。

『今日はもう……』

私はそれ以上何も言えなかった。

バタン――。

ドアが閉まる音が響いた。

田中さんが帰ったあと、

部屋には重たい沈黙だけが残った。

さっきまで愛し合っていたはずの二人が、

まるで敵同士のように傷つけ合った。

私は何が起きたのか理解できなかった。

駒ちゃんは妊娠している。

それは病院ではっきり確認された。

そして駒ちゃんは田中さんの子だと思っている。

なのに田中さんは、

まるで身に覚えがないと言わんばかりだった。

怒りではない。

開き直りでもない。

むしろ田中さんの顔には、

信じられないものを見るような戸惑いがあった。

『どうしてなの……』

駒ちゃんは床に座り込んだまま泣いていた。

私は掛ける言葉を探した。

けれど何も見つからなかった。

慰めることも、

励ますこともできない。

ただ一つだけ分かったことがある。

この問題は、

もう恋愛だけの話ではなくなっている。

一人の命が関わっている。

そしてその命の行く先を決めるには、

まだ知られていない何かがあるような気がしてならなかった。

窓の外では、

都会の灯りが何事もなかったように瞬いていた。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら