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~「Love syosetsu JP」 の考え方~

私たちのプロジェクト「Love syosetsu JP」の全体像になります。端的に意志を書きます。悪意があるものではないので中傷等はやめてください。また、今まで出会った方々、サポートして下さる方々、何より小説家先生方には感謝しておりますし、今後とも宜しくお願い致します!▼①coconalaa.キーワードでオリジナル短編小説の依頼→(月に3名にお願いしております)→メッセージや公募で募集中※はじめはcoconalaで発注しますのでcoconala登録後にメッセージにてご連絡下さい!▼②YouTubea.上記①で執筆した短編小説を動画にする→(月に1本)収益が発生した場合→月に1本の動画の本数を増やす※はじめはcoconalaで発注しますのでcoconala登録後にメッセージにてご連絡下さい!▼③Twittera.小説家を目指す人、小説家の方、興味がある方との輪を作るb.クリエイターとの輪を作るc.企画ややりたい事なども随時アップする※興味のある方は是非coconala登録後にメッセージにてご連絡下さい!▼④notea.無料でオリジナル短編小説をアップb.定期購読でオリジナル短編小説をアップ(小説家先生のリンク先を載せる)→小説家先生とのネットワークを築きたい人向けですまた、今まで執筆した小説を広げたい人は、執筆した小説を私のココナラメッセージに添付して送っていただければ対応可能です!※はじめはcoconalaで発注しますのでcoconala登録後にメッセージにてご連絡下さい!▼⑤Instagrama.「Love syosetsu JP」を広めるツールとして利用b.小説・クリエイタ
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帰宅部競技勢の日常 第一話 小説

楽しみだった高校入学初日に僕、佐々木玲(ささきれい)は多分この世で一番緊張している。第一話 趣味が帰宅の変な奴今日から僕は憧れの国ヶ丘高校に通うんだ!そんなことを考えながら僕は両親と一緒に高校へと向かっていた。ここで誰に向けての説明でもないが自分の中学の時のことを考えてみると、中学生の時は目立つような生徒でもなくごく平凡な中学生だったと自分でも思う。好きだった子に告白するわけでもなく普通に過ごしていいた。そりゃあ彼女の一人や二人?ぐらいは欲しかったけどそんなのは寝る前とか授業の時に妄想に耽るだけで別に実行になんて移せる気もしなかった。そんな僕でも中学生の時にとてつもなく後悔してことがある......それは、部活に入ってしまったことだ!中学校に入学したとき友達と一緒にバレーボール部に入ったはいいもののそこが部員が少ないのに練習日数が多すぎて一年のうち367日あるような感じだったんだ!僕は入ってからというもの毎日毎日後悔していた!なんたって僕は大のゲーム好きだったからだ!小学生の時にやってた〇ケモンなんかは、発売日から3日間は仮病を駆使して図鑑コンプリートさせないと蕁麻疹が出るほどだった。そんなゲーム大好きだった僕には誰にも言ってない楽しみがあったそれは.....学校からの帰宅だ!!何言ってんのかわからないと思うけど、僕は帰宅が死ぬほど好きだったその帰宅のなかでも学校から家へ最速で帰ることが大大大好きだったんだ。チャイムが鳴ったと同時に走り出すあの感覚。前にも後ろにも誰もいないあの快感。すべてが僕にとって楽しかった。だから僕は高校に入学したとき一つだけそうしようと決めていたことがあ
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【連載小説】第53話 疑いの気配

幸ちゃんは、その後すぐに離婚が成立した。まるで過去を切り離すような、あっけない幕引きだった。そして今は——西田さんと再婚し、新しい生活を始めている。子どもを抱えたままの再出発。それでも彼女は、ようやく“居場所”を手に入れたように見えた。そんなある日。またしても、麗子ママから呼び出しがあった。事務所に入った瞬間、空気が違うと分かった。『来てくれてありがとう』その声は、いつもより硬かった。『ちょっと聞きたいことがあるの』『はい』『ここ一ヶ月、お店の様子どうだった?』曖昧な問いに、少し戸惑う。『えっと……雨が多かったので静かな日が多くて——』『違うの』ぴしゃりと遮られた。『感想はいらないの。事実だけ教えて』その言葉に、思わず背筋が伸びる。私は、思い出しながら答えた。客数。流れ。おおよその来店状況。けれど話しながら、自分でも分かっていた。——こんな説明じゃ、足りない。『やっぱり要領を得ないわね』ため息混じりに、ママは言った。そして少し間を置いてから、こう続けた。『お願いがあるの』その一言で、空気がさらに重くなる。『来月一ヶ月でいいわ。お客様の名前、人数、ボトルの有無を記録してほしいの』『えっ、はい……分かりました』反射的に答えた、その直後だった。『ただし』一瞬の沈黙。『正木店長には、内緒で』その言葉が、胸の奥に落ちた。——どういうこと?頭では理解している。でも、感情がついていかない。正木店長は、いい人だ。優しくて、穏やかで、この店で唯一、安心できる存在だった。その人を——疑えというの?『できる?』ママの視線は、逃げ場を与えなかった。『……はい』気づけば、そう答えていた。それからの一ヶ月
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【連載小説】第1話 声にならない約束

ここは中央区にある有名な病院の特別室。財界人や政治家または著名な芸能人など、かなり限られた人しか入れない特別室には他の病室とは切り離されその入口は常に遮断されていて関係者以外は入れない。病院の聖域ともいわれる場所であった。雅子の最愛のひとり娘、萌は全身を管に覆われ生命を維持するための医療機器が作動していた。5年前に智史と約束した銀座へお洒落をして意気揚々と出かけた矢先暴走する車に轢かれたのだった。自発呼吸が出来なくなり気管を切開したために声を出すことも出来ずにいた。ただ許されるのは僅かに動く手でメモ用紙に気持ちを伝えることだけだった。それも震える手で文字にならない文字で何枚も何枚も書き続け病室はメモ用紙で溢れた。そして最後の文字は『さ と し 待っててね』と声にならない約束を書いた。それから数時間後、深い絶望の中萌の願いは智史に届くことはなくある寒い日に人生の幕が降りた。『雅子、ちょっと来てくれない?』『はい、すぐ参ります』『あんたね、昨日のお座敷で何したか分かってるの。大事なお客様の接待だというのに急に気持ちが悪いとかで席を立ってそのはずみで熱燗こぼしてそのお客様にやけどさせたって女将さんもうあなたは出入り禁止だって言ってたわよ』『すみません。急に気持ち悪くなってそのはずみで』『言い訳なんて聞きたくないわ。うちの信用ってもんがあるのよ。あんたお酒飲みすぎたんじゃないの?飲んでいただくのが私達の仕事よ。飲まれてどうすんの』『本当にすみません』『まあ今回は火傷と言ってもたいしたことがなかったみたいだから謝っただけで済んだけど悪くすれば慰謝料を請求されて大変なことになったかもしれな
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【小説】melting of snow ‐六花の伝承‐

はじめに 本書は、北方に存在する、とある地域の説話、口承文芸を後世に残すべく制作されたものである。この地域は、一年の大半を雪と氷に覆われている。その様子から、隣接した地域より「雪原の民」「氷の地」などと呼ばれることもある。  その異名に違わず、ここでは「雪」「氷」に関する説話が多く散見されている。雪や氷には(その性質の良し悪しにかかわらず)精霊、妖精が宿っていると信じられ、彼らの存在を口承によって伝え続けてきた。また、単に精霊、妖精と言われる時には、雪(氷)の精霊のことを指すほど、魔力をもつ生物のなかでは身近なものであった。  しかし現代では、様々な要因からこの重要な文化の継承者、いわゆるシャーマンと呼ばれる者が不足している。後継者選抜の厳格さ、少子化による地域語話者の減少や、シャーマンの素質を持つ人の発見が、年々困難になりつつあるのである。  また、伝承者側の高齢化もひとつの課題となっている。現在この地域で確認されている伝承者の最年少年齢は七十八歳。このままでは、地域の貴重な文化遺産が途絶えてしまうだろう。  このことに危機感を覚えた筆者を含め数名の有志によって、十年前よりこの地域で口承されている物語を収集し、書き記すことを始めた。  説話を保持するシャーマンたちの中には、その文芸の性質上か、声で継承していくことに意味があるとし、物語を文字、文章として残すことに抵抗感を示す厳格な者も少なくはない。それでも幾人かのシャーマンたちが、名を伏せることを条件に彼らの話を文章として書き記すことを同意してくれた。この場を借りて彼らに感謝を申し上げる。  前口上はこれくらいにしておいて、こ
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日常はこうして崩れ去る01

 毎日退屈で、くだらない。にこにこと笑って話を合わせていれば、誰も自分の本音になんて気づかない。人間はそういう生き物だ、だから信じられない。 (いっそ、学校爆発とかして、閉じ込められたらその人の本音とかわかるかもしれないな)  授業中、ぼぉっと窓の外を見る。教師の声は彼の耳に入ることなく、教室のBGMとして流れ続けていた。何も変わらない日常、それをただ享受する自分にも腹立たしいとさえ彼は感じていた。何かがほしい、何か刺激的な何かが。 「どーまくん、聞いてるの、どーまくん!」  はっと顔を上げると前の席のサニ子がプリントを振りかざしながらこちらを見ていた。どうやら授業でプリントが配られたらしい。 「ご、ごめん。ちょっとぼぉっとしてて」  そう言ってどーまはサニ子のプリントを受け取る。その時だった。  キィィィィンと一瞬にして大きな耳鳴りがクラス全員を、いやその地域一帯にいる人間を襲った。皆耳を押さえ、苦しそうにわけがわからないといった顔をしている。 (何だ? 何かの電波か?)  窓を見上げた刹那、ものすごい勢いでナニかが近くの山に落ちた。どぉぉんと山の一部が崩れ、震度4くらいの地震がそのあたり一帯を揺らした。  揺れが収まって、皆不安そうな顔で窓に視線を向ける。隕石でも落ちてきたのだろうか。あの辺りは山しかないから被害は少なそうだが、現場はどうなっているのだろう。 (一体何が……)  この時、好奇心という一滴の水が、どーまの枯れ果てていた心に零れ落ちた。退屈な日常が壊れていくような気がする、そう思うとぞくぞくとどーまの背筋に電流が走ったのだった。  次の日、落ちてきたのは円盤型の
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【連載小説】第101話 揺れる心、その先へ

銀座の街に、涼しげな風鈴の音が響き始めた。浴衣姿の女性たちが行き交い、街は少しずつ夏祭りの装いへと変わっていく。クラブ結でも恒例の夏祭りに向けて準備が始まっていた。浅草へ半纏を買いに行き、日暮里で駄菓子を探し、案内状や暑中見舞いを作る。気がつけば、一日があっという間に終わる毎日だった。そんな忙しさの中で、香奈ちゃんのことはいつも心の片隅にあった。検査入院すると聞いて以来、連絡はない。「電話をしよう」そう思いながらも時間だけが過ぎ、気づけば数週間が経っていた。店は開店から半年。少しずつ常連のお客様も増え、深夜になると他店のホステスさんたちがアフターで立ち寄ってくれるようになった。順調と言えば順調だった。けれど、私の心はどこか満たされていなかった。女の子たちはみんな真面目で、一生懸命だった。接客も悪くない。それでも、何かが足りない。そんなある夜だった。常連の渡辺さんが、一人の女の子を連れて来店した。奈津子ちゃんというその子が店へ入った瞬間、不思議なくらい空気が変わった。店中の視線が、一斉に彼女へ集まる。明るい笑い声。飾らない笑顔。その場にいる誰もが自然と引き込まれていた。美月は胸が高鳴った。『この子だ』理由なんて説明できない。ただ直感だった。美月が探し続けていたのは、この子かもしれない。そう思った。けれど、お客様に連れられて来た女性へ声を掛けるのは、この世界では暗黙のルールに反する。その夜は結局、何も言えないまま奈津子ちゃんは帰っていった。それでも諦めきれなかった。数日後、私は意を決して渡辺さんへ電話をかけた。『もしもし、渡辺さん。お仕事中でしたらすみません』『おっ、ママ。珍しいね
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【連載小説】第94話 傷だらけの朝

オープンから一か月。ようやく店の流れが見え始めていた。開店当初のような賑わいは落ち着いたが、新しいお客様との出会いも少しずつ増えていた。以前、あるママがこんなことを話してくれた。『開店すると不思議なことが起きるのよ。本当に来てほしい人ほど来なくなって、一度しか会ったことのない人が何人もお客様を連れて来てくれたりするの。この商売は最後まで蓋を開けてみないと分からないのよ』まさに、その言葉どおりだった。そんな中、私は昼間の準備を手伝ってくれる友子ちゃんに、週一回だけ早番をお願いすることにした。『週一日だけでいいからお願いできる?』『はい、大丈夫です』返事はするものの、どこか上の空。手順を説明しても、『はい』と答えるだけで、本当に理解しているのか分からない。少し心配だった。そして数週間後――事件は起きた。その日はカラオケの修理を頼んでいた。昼過ぎ、修理会社から一本の電話が入る。『ママさん、お店が開いていないんですが……』『えっ?』友子ちゃんがいるはずだった。慌てて電話を切り、銀座へ向かった。店は閉まったまま。友子ちゃんから連絡もない。修理の人にもう一度来てもらい、ようやく作業が始まった、その時だった。『お、おはようございます……』入口に立っていた友子ちゃんを見た瞬間、私は息をのんだ。全身が傷だらけだった。腕には擦り傷。顔には青あざ。服のあちこちには乾いた血がにじんでいる。『どうしたの、その怪我!』『遅刻しそうになって……階段から落ちちゃいました』そう笑おうとしたが、笑顔になっていなかった。私は応急手当をしながら言った。『今日は帰って休みなさい』幸い怪我は深くなかった。カラオケも無事に
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【連載小説】第96話 眠れぬ夜の告白

 『お願い……一人にしないで。もう限界なの……』香奈ちゃんの声が、静かなバーに響いた。立っているのもやっとというほど酔いが回り、涙で化粧も崩れていた。ここは銀座の片隅にある、知る人ぞ知るバー。看板もなく、紹介がなければたどり着けない店だった。店主の櫻田マスターは、日本中のバーテンダーが憧れる存在で、多くの若者がこの店で修業し、自分の店を持って巣立っていった。それほど名の知れた人だったが、自分のことを語る人ではなかった。『香奈、もうやめよう』いつも穏やかな櫻田マスターの声が、少しだけ震えていた。『やめない!』香奈ちゃんは首を横に振る。『どうして来てくれなかったのよ。私はずっと待ってたのに……』店内の空気が張りつめた。『ここは店なんだ』櫻田マスターは静かに言った。『お客様もいる。頼むから落ち着いてくれ』『嫌よ』香奈ちゃんは涙を流しながら叫んだ。『もう私のところへ来ないなんて言わないで』その声には怒りよりも、置いていかれることへの恐れが滲んでいた。櫻田マスターは深く息をついた。『今日は帰ろう』タクシーを呼び、外まで付き添った。けれど香奈ちゃんは座り込んだまま動かなかった。『帰りたくない……』小さな子どものように首を振る姿に、通りを歩く人たちまで足を止め始めた。櫻田マスターは困ったように空を見上げると、帰しかけたタクシーを見送り、香奈ちゃんをもう一度店へ連れ戻した。店の奥にある小さな部屋へ寝かせると、毛布を掛け、静かにドアを閉めた。しばらくして、美月の店へ一本の電話が入った。『もしもし、美月ママ?』『あら、マスター珍しいですね』『お願いがあるんだ』その声には、いつもの落ち着きがなかった
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【連載小説】第95話 新しい人生へ

『それが……一緒に暮らしている人で』友子ちゃんは血のにじんだ唇をそっと押さえ、小さな声で答えた。『一緒に暮らしているって、お姉さん?それともお友達?』『姉というわけでもないし、友達とも少し違うんです。うまく説明できなくて……』言葉を選びながら話す友子ちゃんの姿に、私は胸が締めつけられた。『その人が、この傷を?』友子ちゃんは黙ったまま、小さくうなずいた。『でも、こんなになるまで傷つけるなんて普通じゃないわ』『私が悪かったんです。怒られるようなことをしてしまったので……』私は思わず首を振った。『事情は分からない。でも、誰にもこんなことをされていい理由なんてないと思う』友子ちゃんは俯いたままだった。『このままの生活じゃいけないって、自分でも思うんです。でも、どうしたらいいのか分からなくて……』その言葉は、助けを求める声のように聞こえた。『ご実家へ帰ることはできないの?』『母は再婚していて、義理の弟もいます。家へ帰っても、自分の居場所がない気がして……。母も気を遣っているのが分かるので、帰りたくないんです』話し終える頃には、友子ちゃんの頬は涙で濡れていた。美月は何か励ましの言葉を探した。けれど、どんな言葉も軽く思えて口にできなかった。『でもね、このままだけは駄目』それだけを静かに伝えた。友子ちゃんは涙を拭きながら、小さくうなずいた。そして、痛む足をかばうように歩きながら帰っていった。その後ろ姿が、ひどく小さく見えた。数日後。友子ちゃんは無断で店を休んだ。それまで一度も欠勤したことがない子だった。嫌な予感がした。翌日、思い切って電話をかけてみた。『もしもし。友子ちゃん、いらっしゃいますか
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【連載小説】第93話 試練の幕開け

ついに、その日がやって来た。「クラブ 結」オープンの日。何度も夢見た一日。人生で一番うれしい朝になるはずだった。それなのに、美月の体は限界を迎えていた。食事はほとんど喉を通らない。夜になると寝汗で何度も目が覚める。喉はいつも渇き、吐き気までしていた。それでも立ち止まるわけにはいかなかった。店へ着くと、お祝いの胡蝶蘭が次々と運び込まれてくる。開店前から店内は華やかな花で埋め尽くされていった。その光景を見ているだけで胸がいっぱいになった。気がつけば、お客様も次々と来店されていた。開店時間など関係ない。「おめでとう。」その一言を伝えようと、多くの方が駆けつけてくださった。けれど、店の中はまるで嵐だった。改装工事が終わったのは前日。スタッフ全員で流れを確認する時間もないまま本番を迎えてしまった。誰もが手探りだった。美月は挨拶をして、お客様を迎え、お見送りをする。それだけで精一杯だった。気づけば一日が終わっていた。二日目も同じだった。ありがたいことに、お客様は絶えなかった。うれしい。本当にうれしい。でも、その喜びを味わう余裕はどこにもなかった。「ちゃんとおもてなしができているのだろうか。」その思いばかりが頭の中を巡っていた。そして三日目。ようやく店内が少し落ち着いた頃だった。『金井さん、こんばんは』『美月ママ、おめでとう』昔からお世話になっていた金井さんだった。銀座へ出てきた頃からずっと見守ってくださっている方で、医学関係のお仕事をされていた。美月の顔を見るなり、心配そうに言った。『顔色が悪いな。具合でも悪いのか』『いえ……大丈夫です』そう答えた瞬間だった。急に涙があふれた。止めようと思
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【連載小説】第99話 胸騒ぎの約束

『ねえ、美月ちゃん。最近、変なのよ』久しぶりに香奈ちゃんとランチへ出かけた。場所は、目黒の庭園美術館近くにあるお気に入りのイタリアンレストラン。テラスには心地よい風が吹き、穏やかな昼下がりだった。それなのに、香奈ちゃんの表情だけは晴れなかった。黒いタンクトップに幾何学模様のロングスカート。道行く人が思わず振り返るほど華やかな装いだったが、その瞳には怯えが宿っていた。『誰かにつけられている気がするの』『どういうこと?』『昨日もね、お店からタクシーで帰ったでしょう。降りる時に運転手さんが、「銀座からずっと後ろを走っている車がありますよ。気をつけてください」って』香奈ちゃんは小さく身震いした。『振り返ったら、少し離れたところに黒い車が止まっていたの』『考えすぎじゃない?』私は笑って答えた。『こんな真っ昼間からサスペンスじゃあるまいし』そう言ってみたものの、香奈ちゃんの不安そうな表情は変わらなかった。『そうだといいんだけど……』その声だけが、妙に胸に残った。数日後。香奈ちゃんのもとへ一本の電話が入った。『俺だけど』聞き慣れた声だった。『……何の用?』『一度、会って話がしたい』『今さら何を話すの?』『ちゃんと謝りたい』その言葉に、香奈ちゃんは黙り込んだ。忘れようとしても忘れられない相手だった。だからこそ、心は揺れた。『今日の六時、あのホテルの喫茶店で待っている』「あのホテル」二人が何度も待ち合わせを重ねた場所だった。『……分かった』電話を切ったあとも、受話器を握る手は震えていた。しばらくして、香奈ちゃんから美月に電話がかかってきた。『美月ちゃん、怒らないで聞いてね』『どうしたの?』『マス
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【連載小説】第98話 消えない傷

『あなた、起きて』まだ夜が明けきらない静かな部屋に、張りつめた声が響いた。『こんな朝早く……どうしたんだ』眠そうに目をこすった櫻田マスターの前へ、一枚の写真が差し出された。『これ、どういうこと?』そこには、温泉旅館の浴衣姿で並んで微笑む櫻田マスターと香奈ちゃんが写っていた。マスターは写真を見た瞬間、眠気が一気に吹き飛んだ。『……これは』言葉が出ない。『昨日、この写真が私宛てに送られてきたの』奥様の声は震えていた。『説明して』部屋には重苦しい沈黙だけが流れた。『違うんだ』ようやく絞り出した言葉だった。『こんな写真は……』しかし、その続きを口にする前に、奥様が遮った。『見え透いた言い訳は聞きたくないわ』その一言が胸に突き刺さった。『それに最近、何度も無言電話がかかってくるの。その相手も、この人なんでしょう』マスターはうつむいた。何を言っても信じてもらえない。そんな空気だった。『悪かった』その一言が、かえって事態を悪くした。『認めるのね』『違う、そういう意味じゃ……』『もういいわ』奥様は静かに立ち上がった。『しばらく実家へ帰ります』荷物をまとめる音だけが部屋に響く。止める言葉も見つからないまま、玄関のドアは静かに閉まった。部屋には、取り残されたような静けさだけが残った。一人になったマスターは、しばらく動けなかった。頭の中では同じことが何度も繰り返されていた。どうしてこんなことになってしまったのか。そして、自然と受話器に手が伸びていた。『もしもし』電話口から聞こえたのは、香奈ちゃんの声だった。『俺だ』『……どちら様ですか?』『櫻田だ』しばらく沈黙が続いた。『何のご用でしょう』その冷たい
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【連載小説】第97話 壊れ始めた心

『実は俺は、とんでもない間違いをしてしまったのかもしれない……』静かなバーのカウンターで、櫻田マスターはグラスを見つめたまま、小さくつぶやいた。その横顔には、いつもの落ち着きはなかった。『マスターがそんなことを言うなんて……何があったんですか?』しばらく沈黙が流れた。やがてマスターは、重い口を開いた。『俺は昔から、公私混同だけはするまいと決めてきたんだ。店では感情を持ち込まない。家族のことも、自分のことも話さない。それが客商売だと思って生きてきた』一度言葉を切ると、苦笑いを浮かべた。『でも三か月くらい前かな。香奈ちゃんを酔って家まで送った夜があった。その時……一線を越えてしまった』美月は思わず息をのんだ。『それから付き合うようになったんだ。でも、俺は家庭もある。このまま続けるわけにはいかないと思って距離を置こうとした』マスターは深く息をついた。『ところが香奈ちゃんは、それを受け入れられなかった』美月は静かに聞いていた。『今日みたいなことが続いているんだ。この先、何か起きるような気がしてならない』そして、美月の目を見た。『美月ママ、頼めないだろうか』嫌な予感がした。『香奈ちゃんとは友達なんだろう?君から少し話をしてもらえないか。穏やかに別れられるように……』美月はゆっくり首を横に振った。『申し訳ありません。でも、それは私にはできません』マスターは黙っていた。『二人の問題は、お二人で向き合うしかないと思います』『そうか……』その一言だけだった。けれど、その表情には焦りと後悔が入り混じっていた。『俺だって苦しいんだ』マスターは静かに続けた。『こんなことになるとは思わなかった』美月は何
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【連載小説】第92話 仲間が集う日

赤坂のママは、有美ちゃんを優しい目で見つめながら話してくださった。『有美は、この店のリーダーみたいな子なの』その声には、娘を送り出す母親のような温かさがあった。『劇団でも中心になって頑張っているし、フラメンコの先生もしているのよ。本当は手放したくないくらい大切な子』美月は有美ちゃんの顔を見た。穏やかな笑顔。物静かな話し方。劇団で踊る人というイメージとは違い、どこか安心感のある女性だった。その笑顔が、なぜか母に少し似ているような気がした。その瞬間だった。(この子と一緒にお店を作りたい)そう思った。『有美さん』『はい』『来月、銀座で小さなお店を開くの。まだ何もかもこれからのお店なんだけど一緒に作ってみない?』有美ちゃんは少しも迷わず答えた。『私でよければ、ぜひお願いします』『本当に?』思わず声が大きくなった。『ありがとうございます』それだけで胸がいっぱいになった。『早速だけど明日お店へ来られる?』『はい。伺います』話は驚くほど自然にまとまった。人とのご縁とは、こういうものなのかもしれない。それから夏美ちゃん、美由希ちゃんも加わることになった。三人とも劇団で頑張っている明るい女性たちだった。仲間が少しずつ増えていく。そのことが何より心強かった。けれど、まだ安心はできなかった。美月は容子ちゃんへ電話をかけた。『もしもし』『美月ちゃん、お店どう?』『何とか準備は進んでいるんだけど、女の子がまだ足りないの』事情を話すと、容子ちゃんは笑った。『美月ちゃん、一人忘れてない?』『えっ?』『私よ』思わず言葉を失った。『でも容子ちゃんはヴィーナスでしょう』『辞めるわけにはいかないけど、深夜なら手伝え
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【連載小説】第66話 銀座の落とし穴

新年のミーティングは終わった。いや、終わったというより嵐が通り過ぎたと言ったほうが正しい。環ママの叱責は一時間近く続き、店内には重苦しい空気だけが残っていた。涙を流している女性もいる。誰も顔を上げようとしない。美月はちらりと雅子ママを見た。表情は変わらない。けれど現場を任される立場として、その胸中が穏やかでないことだけは伝わってきた。美月自身はまだ環ママとの付き合いが浅く、なぜそこまで怒るのか正直よく分からなかった。だが話を聞いているうちに少しだけ理解できた。環ママが怒っていたのは着物ではない。銀座の女としての誇りだった。当時の銀座では仕事始めの日になると、新日本髪を結い、稲穂や華やかな髪飾りを挿し、黒留袖や格の高い着物で新年を迎えるのが慣例だった。それが今年のゴールドでは、偶然にも誰一人そうしていなかった。環ママの怒りはそこに向けられていた。『銀座とは何か。何が大切なのか。来月、一人ずつ聞きますからね』そう言い残して環ママは席を立った。店内には重い沈黙だけが残された。ミーティングの後は、恒例のお弁当の時間だった。本来なら賑やかな時間のはずなのに、誰も大きな声を出さない。『ねえ、美月ちゃん』隣の和美ちゃんが小さな声で言った。『私たち、本当に答えなきゃいけないのかな』『全員って言ってたものね』『でもさ・・・』和美ちゃんは周囲を見回してから続けた。『あれって雅子ママに直接言えないことを、私たちを通して言っただけじゃないのかな』美月は思わず苦笑した。銀座は華やかに見える。けれど人が集まる場所には、やはり人間関係があるのだ。それから数日後。店に入った瞬間、いつもと違うざわめきが聞こえた
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【連載小説】第76話 走馬灯の向こう側

その頃の美月は麻布十番近くのマンションに住んでいた。都心なのに駅までは遠く、不便な場所だったが、それでも銀座へ通うには十分だった。あの日は二月の冷たい午後だった。月に一度のミーティングの日。買い物を済ませて早めに銀座へ向かう予定だった。スーパーを出て、自転車で横断歩道へ向かう。信号は青に変わった。右側に黒い車が停まっているのは見えていた。だから安心して前を横切った。その瞬間だった。――ドーン。激しい衝撃が体を突き抜けた。何が起きたのか理解する前に、美月の体は宙に浮いていた。不思議なことに時間が止まったようだった。いや、止まったのではなく、極端にゆっくり流れていた。その一瞬の間に、幼い頃の景色、学生時代、夜の世界に入った日、銀座へ来た日のことまで、人生の記憶が映像のように頭の中を駆け巡った。後になって思えば、あれが走馬灯だったのかもしれない。そして浮いている間、なぜか頭の中で誰かがささやいた。――顔だけは守らなきゃ。――頭だけは守らなきゃ。銀座の女性にとって顔は商売道具だった。無意識だった。本能だった。気づけば美月は必死に顔と頭を庇っていた。次の瞬間、地面へ叩きつけられた。『大丈夫ですか!』男性の声がした。スーツ姿の五十代くらいの男性だった。顔は真っ青で、今にも倒れそうなほど動揺していた。美月は声が出なかった。ただ涙だけが止まらない。『救急車を呼びます。動かないでください』人間は本当に大きな衝撃を受けると、痛みより先に思考が止まるらしい。美月はただ呆然としていた。やがて救急車が到着し、近くの病院へ運ばれた。検査の結果は打撲のみ。骨折もなく、命に別状もなかった。医師の説明を聞いた時
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【連載小説】第59話 銀座の女

とうとうその日が来た。あの雑誌で見た、“銀座のママ”に会う日。私は朝から落ち着かなかった。クローゼットを何度も開けて、一番お気に入りのワンピースを選び、鏡の前で何度も髪を整えた。アイラインを引く手が震える。口紅の蓋が見つからない。イヤリングも片方しかない。まるで初舞台を迎える新人女優みたいだった。私は昔から楽天家な性格なのに、あの日ばかりは違った。怖かったのだ。もし、「あなた銀座には向いてないわ」そう言われたらどうしよう。その瞬間、すべてが終わる気がしていた。その時、電話が鳴った。『もしもし』『おはよう。今、下に着いたよ』川崎先生だった。『えっ!?』時計を見ると、予定よりかなり早い。『先生ちょっと待って!まだ支度が!』私は慌てて鏡に向かった。東京へ向かう高速道路は、不思議なくらい空が青かった。『大丈夫か?』『もう昨日から緊張しっぱなし』『取って食われる訳じゃないんだから』先生は笑っていたけれど、どこか落ち着かない様子だった。それもそうだ。自分の姉に、一人の女の子の人生を預けるようなものなのだから。『でも今日は、美月ちゃんの人生が変わる日かもしれないな』その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。東京。そして銀座。私にとっては、テレビの中の世界みたいな場所だった。やがて、東京でも有名な『Tホテル』へ到着した。重厚なロビー。磨き上げられた大理石。静かなラウンジ。歩いている人たちまで、地方とは空気が違う。私は完全に圧倒されていた。『先生どうしよう。また心臓バクバクしてきた』『だから大丈夫だって』そう言って先生は笑った。『おお、お待たせ』その声に振り返った瞬間、私は息を呑んだ。そこにいたの
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【連載小説】第49話 崩れた代償

それから数日後の土曜日。川上は、義父から呼び出された。高い塀に囲まれた屋敷。門の奥に広がる、静かな庭。その静けさが、かえって重かった。通された客間。そこには、義父である会長が座っていた。『座りたまえ』短い一言。逃げ場は、なかった。『景子がな——』その名前だけで、胸がざわつく。『別れたいそうだ』言葉は、あまりにも簡単だった。『もう一緒には住めないと』『……』何も言えなかった。『君のことは調べさせてもらった』その一言で、すべてが終わった。『飲み屋通い』『こずえという女』『もう噂になっている』逃げ場は、どこにもなかった。『浮気はな、男の甲斐性だ』意外な言葉だった。『だが——』会長の目が、鋭くなる。『女房ひとり守れない男に、会社は任せられん』その言葉が、すべてだった。『取締役会で辞意を表明してくれ』『……待ってください』ようやく出た言葉は、弱かった。『ただの浮気です』『そんなことで——』『黙れ!』空気が震えた。『原因を作ったのは君だ』『辞任か、解任か』『よく考えなさい』それだけ言って、会長は立ち上がった。残されたのは、取り返しのつかない現実だった。(……終わった)その一言が、頭の中で繰り返される。その夜。電話が鳴った。『もしもし?』こずえの声。いつもと同じはずなのに、遠く感じた。『あの物件の話なんだけど——』『……無理だ』それだけだった。『え?』『会社、辞めることになった』沈黙。『だから、もう会えない』その言葉は、逃げるようだった。『ちょっと待ってよ!』『手付けを払ってるのよ!』『どうしてくれるの!』もう、何も守るものはなかった。『俺をあてにするな』そう言って電話を置いた。その瞬間、す
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【連載小説】第37話 宣戦布告

『ひとつ、よろしいかしら』沈黙を破ったのは、奈々ママだった。その一言で、場の空気が変わる。『最近、少し気になることがあるの』静かな口調。けれど、その声には棘があった。『このお店は指名制よね。誰でも指名されれば席につけるし、指名料も入る』ゆっくりと、言葉を選ぶように話す。『でも——』その一瞬の“間”が、妙に長く感じられた。『一部で、お客様が特定の子を指名しないようにあることないことを吹き込んでいる、そんな話が耳に入ってきたの』ざわつきが、広がる。『名前は出さないけれど——』そう言いながら、奈々ママの視線はまっすぐ、美涙の方へ向けられていた。それだけで十分だった。誰のことを言っているのか。この場にいる全員が理解した。空気が、一気に張りつめる。『みんな静かにしてくれ!』大塚店長の声が響いた。『今の話が事実なら、あってはならないことだ。言動には十分気をつけるように』そのまま場を収めようとした、その時。『店長、ひとついいですか』声を上げたのは、由佳だった。『その話、証拠はあるんですか?』場の空気が、さらに重くなる。由佳は、美涙の一番の理解者だった。義理と筋を重んじる女。だからこそ、引かなかった。『それは……』さすがの店長も言葉に詰まる。『私が答えるわ』奈々ママが口を挟んだ。『信頼できる人から直接聞いた話よ。間違いないわ』『その人って、どなたですか?』一瞬で、空気が凍りついた。『あなたに答える義務はないわ』奈々ママの声は、ほとんど悲鳴に近かった。今にも何かが弾けそうな空気。その時だった。『もうその辺にしましょう』麗子ママが、静かに口を開いた。『事実関係は私たちで確認します。今日はここまでに
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【連載小説】第32話 甘い誘いの裏側

『美月ちゃんお疲れさま、今日はどうだった?』 と麗子ママが美月にそっと近づいて猫撫で声で囁いた。 麗子ママは最初に会った時から感じていた。 この子は、ただの女の子じゃない。 夜の世界で、何かを残す女だと直感で感じていた。『ええ、緊張して何がなんだか分からなかったです』 本当はワクワクしていた自分がいたのに何故か言えなかった。 『お給料も今の倍にするから美月ちゃん考えてみてよ』 『えっ、倍ですか!』 急に目の前の川に黄金の橋がかかって渡ってみようかと思った。 『ママさん私、働いてみます!』と思わず言ってしまった。 『良かった!分からない事は私が教えるし店長にも頼んであげるからね。 早速、明日から来てね。あっ、そのママさんはなしね。ママだけでいいのよ』 『はい、宜しくお願いします』 なんて単純なのかと思ったが当時実家から独立したかったのでお金が欲しかったのだ。 そして次の日、 『おはよう!』 『あっ!おはようございます。よろしくお願いします』 『ママから聞いてると思うけどうちは厳しから覚悟しておいてくれ』 大塚店長は鬼塚と言われるくらい厳しい人だが人情味もある店長だった。 『はい!』 『じゃ、注意事項をいくつか』 『まず禁止事項!』 『あ、はい!』 『遅刻は厳禁!人間として守らなきゃいかん』 『次!足組んだり肘をテーブルについてもダメだ!そんなのを見たら客の前でも注意するからな』 『次!客の前でつまみは食べるな、おい!聞いてんのか』 『はい、聞いてます』 『次!同伴は8時半まで。1分でも遅刻したら給料から引くからな』 『次!』 言葉は短く、鋭かった。 そのたびに、美月の背筋が伸びる
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【連載小説】第30話 そして物語は続く

帰りを待っているかのように、いつもと変わらない萌の部屋はまるで、時間だけがそこに置き去りにされたようになっていた。あれから何年経っただろうか? 最初は何もかも手がつかず、ただただ泣いてばかりの日々だったが時間が雅子を少しづつ癒してくれた。 それでも、心の奥に残った傷が消えることはなかった。 そんなある日、 思いがけず弟から電話があった。 『姉さん、元気にしてる?』 『珍しいじゃない、何かあったの?』 『それがさ、ちょっと頼みがあって電話したんだ』 その声は少し照れているような嬉しそうな声だった。 『俺の知り合いで銀座で働いてみたいって子がいて姉さんに紹介したいのだけど、どうかな?』 『そんなお願い初めてね、嬉しわ、いつでもいいから合わせてよ』 弟の高坂はそんな頼みをした事がなかったのでほっと胸を撫で下ろした。 『それじゃ、本人と相談してまた連絡するよ』 その電話こそが雅子と美月の運命が、静かに交差する始まりだった。 その名は、 美月。 波瀾万丈の海に飲み込まれそうになりながらも必死に生きるひとりの女の物語が、 いま、静かに幕を開けようとしていた。
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【連載小説】第26話 甘い嘘の終わり

『ただいま・・・。』 と萌は恐る恐る家の玄関を開けた。 シーンと静まり返った家は妙に不気味な雰囲気で 今にも怒鳴られるのじゃないかと心臓の音だけが響いた。 そっと恒子の部屋へ行き 『恒さん』と小さい声で呼んでも返事がなく部屋を覗いたが 綺麗に整頓されたままだった。 そして居間へと入ったが何か変だった。 綺麗好きな2人だからテーブルの上にはいつも何も置いていないはずなのに 今までそこに人がいたようにコーヒー茶碗や湯呑が置きっぱなしで しかも椅子が倒れていた。 もしや2人に何かあったのかと驚いて母親の寝室へ駆け込んだが やはり母親もいなかった。 どうしたんだろう?何処へ行ったのかしら? もしかしたら私を探しているの? といろいろな推測で頭が混乱した。 と、その時電話が鳴って飛び上がりそうになった。 『もしもし』 『あ、萌あなたどこにいたの!まったくもうこんな時に!』 『おかあさん、どこにいるの?何かあったの?』 『どうもこうも恒さんがいきなり倒れたのよ、救急車で運ばれて今やっと落ち着いたところよ』 『え!恒さんが、、、大丈夫なの?』 『大丈夫な訳ないでしょ、昨日の夜から一睡もしないで あなたを待っていたのよ。自分のせいだと何度も謝って もう寝たほうがいいと言ったのだけど、あなたを待つからと朝まで起きてて やっと寝るように頼んで席を立ったとたんバタンと椅子から落ちて そのまま意識なくなったのよ。それから大変だったわよ』 『ごめんなさい。私のせいで』 萌はとんでもないことをしたと今さらながら悔やんだ。 『また詳しいこと後で話すからあなたも急いでここに来なさい!』 どうしよう恒さんにもし
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【連載小説】第24話 運命という甘い罠

人が人に惹かれるのって 『この人だ』と理屈抜きで何かを感じるのだと思う。 それがもし運命の人だったら何の支障もなく、気づくといつも一緒にいることになるだが、、、 『ねえ、運命って信じる?』 『運命?分かんないけどなんか信じたい気がする』 萌は拓海の腕の中でスローなリズムに合わせて踊っていた。 回りにはかなりの人がいるはずなのに萌には拓海の肌の温かさと 微かに香るコロンの匂いだけに包まれていた。 そしてこの時間がこのまま止まって欲しかった。 『萌ちゃん僕、出会ったの運命だと思わない? 僕は萌ちゃんと会った瞬間から運命を感じるんだ』 『運命?』 と萌はささやくように言った。 『それで僕達は恋人同士になるのさ』 『まだ知り合ったばかりなのに』 『ひと目惚れってやつかな』 『私でいいの?今日だって綺麗な人たくさんいるのに』 『他の誰でもなくて、俺は萌ちゃんだけしか見えないよ、 ほら目を見てごらん、本気だって分かるだろう』 と拓海は萌の肩を両手で抱きながら目を覗きこんだ。 萌は魔法にかかったように全身から力が抜けて その場に崩れ落ちそうになるのを必死で耐えた。 萌は私も拓海さんに会った瞬間から忘れられなくなったって内心思ったが 声がでなかった。 その2人をじっと見つめている1人の男性がいた。 智史は拓海の性格を知っていたので まだ高校生だというゲームセンターにいたあの子が なぜか心配で仕方がなかった。 拓海の性格は奔放に出来ていて 女性との関係もその場限りで何人もの女性が傷ついて泣いたことかしれなかった。 今日もその毒牙にかかるのかと思った瞬間、 胸の奥がざらついた。 力強く握った手のひ
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【連載小説】第21話 光の前夜、影は動く

萌はもう少女ではなかった。 母が頂点へ駆け上がる間に、 彼女もまた、大人になりかけていた。 だがその家には 温もりより静寂が多かった。 雅子は年収が億を超える銀座でも伝説的な女性へと登りつめ、この秋に念願のお店をオープンすることとなった。 何処にでもあるようなお店ならばいつでも出来たのだが 夜の銀座のメインストリートといえば並木通りで そのビルには名の知れた有名店ばかりが入っていた。 雅子は自分の店はそこ以外は考えられなかった。 そしてお店の格を上げるためには 銀座でも屈指のホステス達を集めることが 重要課題だった。 どれだけ売上の数字を持っている女性を集めることができるかが 勝負の分かれ道になる。 それには周到に準備する必要があり 数年の月日を要した。 そしてやっとすべてが揃いオープンとなったのである。 萌はいつの日からか 仕事に夢中になっている母親に対して 憎しみさえも覚えるようになっていた。 同じ家に住みながらすれ違いの日々は、 離れて暮らしているよりも辛く感じるのではないかと思った。 そして事件は突然訪れた。 それはまさに雅子の夢が花開くオープンの前日に起きてしまった。 その日は夕方からスタッフ全員を集めて最終ミーティングの最中のことだった。 『もしもし奥様!大変です!』 『あら恒さん、今ミーティング中なのよ』 『それが奥様の部屋に洗濯物を仕舞おうと入ったら書置きがあったのです』 『書置きってまさか家出とか?ちょっと待って』 と雅子はホールから出て誰も居ない場所を探して話し始めた。 『恒さんその手紙開けていいから読んでちょうだい』 『では読みますよ。 ”ママへ。 私はこ
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【連載小説】第19話 王座の条件

『ゴールド』に入ってから三ヶ月。 雅子の席には、常に人の輪ができていた。 売上表の一番上に その名前が載った日、 奈那子は一度も視線を合わせなかった。 『大越さん、ねぇ、今日お店が終わった後どこかへ行かない?』 と雅子は神妙な顔で誘った。 『珍しいね、雅子ちゃんからなんて』 大越の声が少し弾む。 雅子は笑った。 今日はおとすと決めていた。 でも、それは身体ではない。。。 雅子がターゲットにしたのは、 馴染みの大越さんだった。 というのも大越さんは小さな町工場から今や日本を代表する企業の 経営者となり財界でも有名人だった。 大越は最初に会った時からどこか癒される不思議な魅力があった。 そしてシャンパンや高級ワインなど言いなりであけてくれる 言わばホステス好みの太客だった。 静かなバーで、 雅子はゆっくりと過去を語った。 貧しさ。 恐怖。 二度と戻りたくない日々。 語り終えた時、大越はグラスを握りしめていた。 『そうだったのか、雅子ちゃんも苦労したんだね。 いや実は今日雅子ちゃんからアフター誘われて いいことあるのかななんて期待してたんだよ。 でも今日はいい話きかせてもらったよ。 生きることの貪欲さっていうのかな、 俺は努力を惜しまず生きてる人間が男女問わず好きなんだ』 その目は、欲望ではなく尊敬だった。 雅子は内心で息を吐く。 、、、勝った! 『大越さんありがとう。こんな話を誰にも言ったことがなかったの。 だって哀しすぎるもの。実際の話だって誰も信じてくれないと思うし』 『いや俺は雅子ちゃんを会社あげて応援するよ』 その一言は 軽い酔いの勢いではない。 財界の男が 一人の女に賭け
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日常はこうして崩れ去る02

 夜になり、集合場所へ行く。結構な人数が集まっており、佐山の兄はとても迷惑そうな顔をしていた。 「おま、こんな大人数って聞いてないぞ!」 「だってぇ、他のクラスの子も噂を聞いて来ちゃったんだもん」  ひそひそ声で怒る兄に対して、佐山はにこにこと笑顔で返している。兄ははぁとため息を吐くと、どうなっても知らんからな、自己責任だからな!と言って秘密の抜け穴へと向かっていった。その後ろをぞろぞろと高校生達が続いていく。 「何か夜、出歩いているってだけでドキドキするな!」 多賀は興奮したようにさっきからずっと喋っている。どーまは適当に相槌を返しつつも、その言葉は全て耳に入る前にシャットダウンしていた。 「今から山に入る、いいか、今日見たことは誰にも内緒だからな!」  はーいと返事を数人返していたが、きっとこの抜け穴の噂は明日瞬く間に広がっていくだろう。体勢を低くして抜け穴を通っていくと、調査員の声が頭上で聞こえた。今日はもう撤退するらしい。 「タイミングよすぎるだろ」 「狙ってきたんじゃないのか?」  調査員が撤退準備を見つつ、抜け穴を通っていく。すると、先頭の方からおぉぉぉ!という大きな声が聞こえてきた。 (きっと落下物に辿り着いたんだ!)  どーまは這うスピードを早め、抜け穴を通り抜けた。するとそこには立ち入り禁止の看板に囲まれた銀色のUFOがあった。 (ほ、本当にUFOだ。おもちゃ? いや、写メ撮っちゃだめだろ、兄貴めっちゃ怒ってるな、誰も言う事聞いてないし)  思わずUFOの写メを撮り、瞬く間に拡散していくクラスメイト達に、佐山兄は真っ青になりながらやめてくれぇぇと声の音量を落と
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それでも、まだ生きてる。~第6話~

倫也は、「話すにも順序がある」と言った。まずは、注意事項というものがあるらしい。私は、慌ててメモの準備をした。一、『自分を信じる』二、『家族の繋がりを信じる』三、『昔からある言葉を雑に扱わない』四、『見えない者への敬意の念を忘れない』五、『純粋性を保て』・・・・・二十八、、、、「ちょっと、待って!まだあるの?!」私は、メモをテーブルに置き、倫也を見た。倫也は、片手を口元に置き、クスクス笑いながら、締めくくるように言った。「まぁ、いっぺんに言っても仕方ないな、、あと一つ、最後に大事なのは・・・」『自分を愛する』「絶対に、自分を犠牲にしてはいけない!」と、倫也は真剣な表情でこれだけは護ってほしいと言った。私は「う、うん」と、頷いて、それから続く、倫也の話しに耳を傾けた。「オレの家は、曾じいさんが密教徒で、その縁の寺がある、、今は兄がそれを継いでいて、、、」オレは産まれたときから、音が光で見えていた。それは、みんな見えるものだと思っていた。母親は、聴覚が秀でていて、神さまの言葉が聞こえるタイプだ。所謂、『神さまの声をおろします』的な・・・だから、常識では『見えない世界』が、極々、当たり前に存在する世界として育った。この世界を否定されたのは、小学3年の頃。寺の庭の大きな菩提樹の側で、いつものように『浄化』をしていたら、キラキラ光る金粉が舞ってきた。よくよく見てみると、ピョンピョン飛び跳ねてるやつとかいて、ジーッと見ていると、消え、また出てきては、消え、、、姿が確認できるまで、凝視すると、それは羽が生えていた。「妖精?」それまで、音が光の形状で見えていただけだったから、驚いて、誰かに教え
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それでも、まだ生きてる。~第4話~

「!?」私は目を見開き、横にいる『龍』を見た。「・・・しゃべれる・・んですか?」「・・・・・」『龍』は無言で、私の隣に鎮座している。「・・・しゃっべったよ・・・ねえ?」私はもう一度、聞き返すと、『龍』は何も言わず、グルンと翻り、天に昇っていった。「えっ?えっ? ちょ、ちょっと!」私は、消えゆくその姿に、大声で話しかけた。が、瞬時に辺りの異様な視線に気が付いた。私の周りを過ぎゆく人たちに、目を向けると、誰もが私と目を合わせないように行き交う。2歳くらいの子供連れの母親は、子供を庇うように、私から遠ざけ離れていった。私も、その場にいるのが、いたたまれず、小走りで家路を急いだ。2017年。 11月。あれから、『龍』が出てこない。「・・・話しかけたらいけなかった・・・とか?」「敬語じゃないと、いけなかった・・・?」私は、何か自分に落ち度があったのかと、あれやこれや、考えていた。「ああああーーー!もう!!!なんか、言いたいことがあるのかと思ったら、勝手にいなくなって・・・余計、気になるわ!!!」私は、頭を振って気を取り直した。「あっ!そうだ!倫也に聞いてみよう。」私は、SNSで倫也に連絡をした。萌音「近々、時間ある?」萌音「例の件で聞きたいことがあるんだけど」一時すると、倫也から返信がきた。倫也「明日、いつものとこ、12時で。いい?」萌音「OK」私は安定のサクサクしたやり取りに「うん!」と頷き、夕飯の準備に取りかかった。私と倫也の出会いは、渋谷のスクランブル交差点の近くにあるコーヒーショップだった。友達とハチ公前で待ち合わせをしていたが、友達から遅れると連絡があり、近くのコーヒーショップ
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【連載小説】第88話 運命の店

『もしもし……』まだ眠気の残る朝だった。電話のベルに起こされ、ぼんやりと受話器を取る。『もしもし、金子です。朝早くに失礼します』聞き慣れた声だった。『どうされましたか?』『実は、美月さんにぜひ見ていただきたい物件が出たんです』その一言で、一気に眠気が吹き飛んだ。『条件にぴったりの物件です。こういう物件は滅多に出ません。できれば今日中に見ていただきたいんです』『今から伺います』『お待ちしています』電話を切ると、私は慌てて支度を始めた。冷静な金子さんが、ここまで急いで連絡をくださることは珍しい。それだけ特別な物件なのだろう。胸が高鳴った。銀座へ向かう足も自然と速くなる。『お待たせしました』息を切らせながら不動産屋へ入ると、金子さんは笑顔で迎えてくれた。『今回は自信がありますよ』そう言って、一枚の図面を私の前へ広げた。場所は銀座八丁目、金春通り。三階、約十二坪。営業中の店舗なので、中も見学できるという。図面を見ただけでは分からない。でも、なぜか胸が騒いだ。『ぜひ見せてください』金子さんは満足そうにうなずいた。『それでは行きましょう』ほどなくして、私たちはそのビルへ向かった。九階建てのビルの三階。案内された店のドアが静かに開いた。『どうぞ』中へ足を踏み入れた、その瞬間だった。(ここだ……)理由は説明できなかった。ただ、不思議なくらい自然にそう思った。初めて会った場所なのに、ずっと前から知っていたような安心感があった。店内をゆっくり見渡す。美月には、店づくりで一つだけ譲れないこだわりがあった。ローカウンターであること。カウンターの中に立つ人と、お客様の目線が自然に合うこと。そしてボックス
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【連載小説】第86話 心が決めた答え

雅子ママから独立の話を聞いてからというもの、私の心には二つの声が住みついてしまった。一つは、不安ばかりを並べる声だった。「私にお店なんてできるはずがない。資金も足りない。担当のお客様だってほとんどいない。今までのように気楽に働いていたほうが幸せじゃない。ママには正直に『私には無理です』とお願いしよう」もう一つは、小さく、それでも消えることのない声だった。「このままで本当にいいの?今しかできないことがあるんじゃない?好きな仕事だからこそ、一度くらい自分の力を試してみてもいいんじゃない?」二つの声は、朝も昼も夜も私の頭の中で言い争っていた。答えは出ないまま、約束の日がやってきた。待ち合わせは銀座ではなく、麻布十番の落ち着いたレストランだった。外国人の姿も見える、おしゃれな店内。けれど、その日の私は景色を楽しむ余裕などなかった。雅子ママは穏やかに微笑みながら言った。『今日はありがとう。早速だけど、美月ちゃんの気持ちを聞かせて』私は深呼吸をした。本当は相談するつもりだった。「無理です」と言うつもりだった。それなのに――。『いろいろ考えましたが……前向きに挑戦してみようと思います』言った瞬間、自分で驚いた。私、今なんて言ったの?頭の中は迷っているのに、口だけが勝手に返事をしていた。雅子ママは嬉しそうに笑った。『そう。良かった』その笑顔を見た瞬間、美月はもう後戻りできないことを悟った。『じゃあ具体的な話を始めましょう』美月は小さくうなずいた。『預金は調べてくれた?』美月は用意してきたメモを差し出した。雅子ママは金額を見つめ、静かに言った。『正直に言うわね。この金額では、そのままお店を持つの
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【連載小説】第85話 運命の電話

土曜日の夜。妙ちゃんと二人、美月の部屋ですき焼きを囲みながら、お笑い番組を見て笑っていた。何気ない、いつもと変わらない夜だった。突然、電話が鳴った。『もしもし』『夜遅くにごめんなさいね。今、大丈夫かしら』受話器の向こうから聞こえてきたのは、雅子ママの声だった。『はい、大丈夫です』思わず背筋が伸びた。こんな時間にママから電話がかかってくることなど、一度もなかった。胸の鼓動が急に速くなる。何かあったのだろうか。私は何か失敗でもしたのだろうか。妙ちゃんも心配そうに私の顔を見つめていた。『突然こんなことを聞くのは変だけど、美月ちゃん、今どのくらい預金があるの? 大体でいいから』『えっ……預金ですか?』あまりにも意外な質問に言葉を失った。『通帳を見ないと分かりません』『そうよね。でも、あなたのことだから全くないということはないでしょう』『少しはあると思いますけど……』どうして、そんなことを聞くのだろう。頭の中は疑問でいっぱいだった。すると雅子ママは、いつもと変わらない穏やかな口調で言った。『実はね、ここしばらくずっとあなたのことを考えていたの。このままうちの店にいるより、今のうちに独立したほうが、あなたのためなんじゃないかと思うようになったのよ』『……えっ』その一言で、頭の中が真っ白になった。独立……。私が……?それとも――。もしかして、辞めてほしいということなの?『美月ちゃん、聞いてる?』『は、はい……聞いています』自分でも分かるほど声が震えていた。『あの……独立というのは、私がお店を持つということですか?』『そういうこと』『考えたこともありませんでした。突然のお話で、頭の整理がつかな
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【連載小説】第84話 遠くなった心、戻った笑顔

当時、住まいが近かったこともあり、美月と妙ちゃんは毎日のように一緒に帰っていた。休日になれば、どちらかの部屋でご飯を作り、おしゃべりをしながら夜更かしをする。妙ちゃんは年下で、どこか妹のような存在だった。仕事の愚痴や将来への不安を話し合い、励まし合う時間は、慌ただしい東京での暮らしの中で唯一心が安らぐひとときだった。そんな妙ちゃんが、ある日を境に少しずつ変わり始めた。『今日は用事があるから、一緒に帰れないの。ごめんね』『ううん、気にしないで』そう答えたものの、妙ちゃんは美月の顔を見ることもなく足早に帰って行った。金曜日といえば、二人で近所の二十四時間営業のファミリーレストランへ行き、朝まで笑いながら話し込むのがいつもの楽しみだった。それが突然なくなった。たったそれだけのことなのに、胸の中にぽっかり穴が開いたような寂しさを覚えた。数日後、思い切って聞いてみた。『ねえ、妙ちゃん。最近何かあった?』『ううん。何もないよ。どうして?』『そう……ならいいの。ごめんね』妙ちゃんは笑って答えた。けれど、その笑顔はどこか以前とは違って見えた。それに気づけば、新しいスーツや宝石を身につけることが多くなっていた。銀座でも憧れと言われる高級ブティックの服。妙ちゃんのお給料だけで買えるものではないことは、私にも分かっていた。それでも美月は聞かなかった。話したくないことまで聞くのは違うと思ったからだ。その遠慮が、いつしか二人の距離を少しずつ広げていた。同じ店で働いているのに、一緒に帰ることも少なくなった。美月は寂しかった。でも、人には人の事情がある。そう自分に言い聞かせるしかなかった。それから数か月後の
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【連載小説】第82話 笑顔の奥に見えたもの

『はあ? じゃないわよ。私の客を誘うなんてさ。全部本人から聞いたわよ』恵子さんの怒鳴り声が店内に響いた。『井上さんのことですよね。恵子さん、何か誤解しているんじゃないですか』さゆりちゃんは落ち着いた口調で答えた。『誤解! 何が誤解よ。あんたから誘っといて逃げたんでしょ。井上さん、もうこの店には二度と来ないって! どうしてくれるのよ!』『だから誤解だって言いましたけど。誘ったのは井上さんのほうです。私はお断りしました。でも、それでも強引で、無理やりホテルまで連れて行かれたんです。だから隙を見て逃げたんですよ。どっちが被害者なのか、もうお分かりですよね』『そんなの嘘よ。あの井上さんが強引に誘うなんてするわけないじゃない。あんたのでまかせよ』『じゃあ聞きますけど、私から誘ったなら逃げる必要なんてありませんよね。逃げられたことが悔しくて、人に言われる前に私から誘ったことにしただけじゃないんですか』『井上さんはね、ああ見えて根は真面目なの。あんたが誘ったに決まってるわよ』『恵子さん、さっきから"あんた"っておっしゃっていますけど、私はさゆりという名前があります』『話をすり替えないでよ。あんたなんて、あんたで十分よ!』二人の言い分は真っ向から食い違っていた。どちらが本当なのか、その場にいた私には分からない。ただ、恵子さんの怒りは本物だった。そして、さゆりちゃんは少しも動じることなく、一つ一つ言葉を返していた。その姿を見ているうちに、私はだんだんさゆりちゃんという人が分からなくなってきた。これまで私が見てきた彼女と、今ここで目の前にいる彼女。そのどちらが本当なのだろう。店内の空気が張りつめた
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【連載小説】第81話 嵐の序章

夜更けだった。一本の電話が鳴った。『もしもし……美月さんですか?』受話器の向こうから聞こえてきたのは、かすかに震える声だった。『さゆりちゃん?どうしたの?』『今から……お家へ伺ってもいいですか。相談したいことがあって……』いつもの明るい彼女とは違う。何かただならぬことが起きたのだと、美月は直感した。『いいわ。気をつけて来てね』それから三十分ほどして、さゆりは部屋を訪ねてきた。顔色は青白く、唇も震えている。『寒かったでしょう。コーヒーでも飲む?』『ありがとうございます……』温かいカップを両手で包み込んだまま、しばらく俯いていた。やがて、小さく口を開いた。『私……とんでもないことをしてしまいました』『どうしたの?』『恵子さんのお客様の井上さん……覚えてますか?』『もちろん。あの部長さんでしょう』『実は……ホテルまで行ってしまったんです』思わず持っていたカップを落としそうになった。『えっ?』『でも……怖くなって』『怖くなって?』『井上さんがお風呂に入った隙に、逃げてきました』美月は言葉を失った。「何を考えてるの。そんなことしたら大変なことになるじゃない』さゆりは俯いたまま、小さく呟いた。『……私から誘ったんです』『え?』『恵子さんにずっと無視されて、悔しくて……。井上さんを奪えば仕返しになるって思ってしまって』『そんなことで仕返しになるはずないでしょう』美月は思わず声を強めた。『傷つくのは、結局あなたよ』『分かってます……。でもホテルまで行って急に怖くなって……。私、最低ですよね』泣き出しそうなさゆりを見ながら、美月は考えた。若さゆえの過ち。そう思いたかった。『井上さんも立場のある人
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【連載小説】第80話 笑顔の仮面

銀座の夜は毎日がお祭りのようだった。店は連日満席。予約を断ることも珍しくない。シャンパンが飛び交い、笑い声が絶えず、街全体が浮かれていた。今振り返ると、まるで幻のような時代だった。そんなある日。『今日から入店する、さゆりさんです』月例ミーティングで紹介された新人は、小柄で童顔の可愛らしい女の子だった。年齢は二十二、三歳。派手な美人ではない。けれど不思議と目を引く魅力があった。どこか守ってあげたくなるような雰囲気。それでいて、その奥に何か隠しているような影も感じた。初日からお客様の評判は上々だった。愛嬌があり、素直で、人懐っこい。どの席でも可愛がられた。『いい子が入ったね』そんな声を何度も聞いた。新人が入ると店の空気が変わる。常連客にとっても刺激になる。さゆりはあっという間に人気者になっていった。ところが店の中では別の空気が流れ始めていた。売上上位のお姉さんたちが、露骨にさゆりを避け始めたのだ。中でも恵子さんはひどかった。目も合わせない。話しかけても返事をしない。完全な無視だった。けれど、さゆりは気にする様子もない。いつもニコニコしていた。その笑顔が余計に相手を苛立たせるようにも見えた。『誰がここに来るように言ったの?』『マネージャーが……』『あっそ』別の席でも同じだった。古株の女性たちは、さゆりが近づくだけで顔を曇らせた。若さ。可愛らしさ。そして男心を掴む天性の愛嬌。それが脅威だったのだろう。だが美月には理解できなかった。こんなに感じの良い子なのに。なぜここまで嫌われるのだろう。だからこそ、できるだけ自分の席へ呼んだ。少しでも居心地の良い場所を作ってあげたかった。そんなある夜だ
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【連載小説】第79話 待ち続けた果てに

小夜ちゃんが無断欠勤した翌日も、美月は落ち着かなかった。あの夜の電話。泣き叫ぶ声。何度も繰り返された同じ言葉。どうしても胸騒ぎがして、仕事帰りに小夜ちゃんのマンションへ向かった。「ピンポーン」返事はない。もう一度だけ押してみる。「ピンポーン」しばらくして、カチャ――小さな音とともにドアが開いた。「小夜ちゃん……」思わず言葉を失った。髪は乱れ、目は真っ赤に腫れ上がり、どこを見ているのか分からないほど虚ろだった。けれど美月は何も言わなかった。その顔を見ただけで、何があったのか大体分かってしまったからだ。「入って」小夜ちゃんは力なく言った。部屋の中も相変わらず散らかっていたが、それ以上に部屋全体が沈んだ空気に包まれていた。「今日、お店休んだでしょう。店長、怒ってたわよ」「もういいの……」小夜ちゃんはぽつりと呟いた。「私なんて、誰にも必要とされてないから」「そんなこと言わないで。何があったの?」しばらく黙っていた小夜ちゃんは、やがて観念したように話し始めた。「昨日から何度も伊藤さんに電話したの」「うん」「でも出てくれなくて……」小夜ちゃんは震える声で続けた。「気がついたら、自宅にまで電話しちゃったの」美月は息を飲んだ。「そしたらね……」小夜ちゃんは目を伏せた。「もういい加減にしてくれって怒られた」静かな部屋に、その言葉だけが重く落ちた。「私はただ会いたかっただけなのに」「……」「迷惑かけるつもりなんてなかったのに」涙がぽろぽろと零れ落ちる。「もう来ないって言われた」美月は返す言葉を失った。慰めようとしても、どんな言葉も薄っぺらく思えた。「私ね」小夜ちゃんは笑った。泣いているのに笑った。
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【連載小説】第75話 叶わなかった願い

田中さんが帰った後も、駒ちゃんは泣き続けていた。美月はどう声を掛けていいのか分からず、ただ隣に座っていた。『駒ちゃん……』『どうしたらいいのかな』その声は小さく、今にも消えてしまいそうだった。美月は田中さんの顔が忘れられなかった。怒っていた。けれどそれ以上に、深く傷ついた顔をしていた。『駒ちゃん、さっきの話だけど……』美月は意を決して聞いた。『私には田中さんが嘘をついているようには見えなかった』駒ちゃんは黙った。長い沈黙だった。やがて観念したように口を開いた。『ごめんね』美月は胸騒ぎがした。『本当のことを言うね』駒ちゃんは涙を拭った。『田中さんとは確かにベッドを共にしたわ』美月は黙って聞いた。『でもね……』駒ちゃんの声は震えていた。『田中さんは私に触れるだけだったの』美月は言葉を失った。『それ以上は何もなかったの』部屋の空気が止まった気がした。『どうして?』『私も不思議だった』駒ちゃんは遠くを見るような目をした。『でもね、それが田中さんの愛し方なんだと思ったの』今まで出会った男性たちは違った。自分の欲望ばかり優先して、駒ちゃんの気持ちなど考えない人も多かった。けれど田中さんは違った。優しかった。大切にしてくれた。だから幸せだった。本当に幸せだったのだ。『それじゃ……』美月は思わず立ち上がった。『それじゃ田中さんの子供じゃないじゃない!』駒ちゃんは俯いた。『分かってる』『分かってるならどうして!』声が大きくなった。『田中さんがどれだけ傷ついたと思うの!』駒ちゃんは泣きながら言った。『だって……』その一言に、すべてが詰まっていた。『田中さんの子供だったらよかったのに』美月は何も言え
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【連載小説】第69話 運命の10分間

狭間さんがお店で暴れた翌日だった。雅子ママは嫌な予感が消えなかった。そして店長を連れて狭間さんの事務所へ向かった。『私が三十分経っても出てこなかったら警察に電話して』そう言い残し、雅子ママは一人でビルの中へ入っていった。店長は時計を何度も見ながら待った。十分。二十分。そして約束の三十分が過ぎようとした時だった。雅子ママがようやく姿を現した。その顔は僅かに青ざめていた。『雅子ママ、大丈夫ですか?』『ええ、大丈夫』『売掛金は?』『渋々だったけど全額払ってもらったわ』そう言って雅子ママは小さく笑った。店長は胸を撫で下ろした。同時に思った。この人はやはり普通ではない。銀座で生き抜いてきた強さを持っているのだと。そして数日後。昼のニュースを見ていた美月は思わず声を失った。狭間さんが映っていたのだ。詐欺集団の主犯格として逮捕されたという報道だった。雅子ママが事務所へ乗り込んだのは逮捕直前。一歩間違えばどうなっていたか分からない。銀座とは時として薄い氷の上を歩くような世界だった。華やかな光の裏には、誰にも見えない危険が潜んでいる。そんなことを改めて感じた出来事だった。それからしばらく経ったある日。『美月ちゃん、ちょっと話があるの。今から寿司雅まで来てくれないかしら』突然の電話だった。美月は慌てて支度をして寿司雅へ向かった。雅子ママはすでに席に着いていた。『何でも好きなもの食べてね』『はい。いただきます』美月は緊張していた。雅子ママと二人きりになると今でも背筋が伸びてしまう。しばらくして雅子ママが箸を置いた。『実はね、美月ちゃんに聞きたいことがあるの』『はい』『まだ誰にも話していないことなんだ
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【連載小説】第67話 消えた和美

銀座で働くようになって分かったことがある。お客様には大きく分けて三種類の人がいた。仕事で来る人。仲間と楽しむ人。そして誰か一人の女性に会いに来る人。同じお酒を飲んでいても、目的はまったく違う。銀座はお酒を売る場所ではない。人と人との時間を売る場所なのだ。だから三時間半の勤務時間は短いようで長い。一つの言葉。一つの表情。一つの空気。その全てに神経を張り巡らせる。失敗は許されない。けれどその緊張感が、いつしか心地良くなってくる。銀座には不思議な魔力があった。そんな頃、美月には仲の良い先輩ができた。和美ちゃんだった。派手な銀座には珍しく、家庭的で穏やかな女性だった。なぜこの世界にいるのだろう。そう思うほど優しかった。帰り道も同じ方向だったことから、二人は自然と親しくなった。そしてある日、和美ちゃんに誘われて錦糸町へ行くことになった。理由は少し変わっていた。和美ちゃんにはホストの恋人がいたのだ。ホストクラブは想像以上だった。豪華な内装。煌びやかな照明。まるで別世界だった。けれど実際に中へ入ると、意外にも普通の若者たちがいた。笑い、愚痴を言い、仲間と騒ぐ。そこにはテレビで見るような派手さより、同じ夜の世界で働く人間たちの日常があった。『この世界も楽じゃないですよ』和美ちゃんの恋人、心さんはそう言った。『嫉妬もあるし嫌がらせもある。結局どこも同じなんです』その言葉に美月は妙に納得した。銀座もそうだった。華やかに見える場所ほど、人知れない苦労が隠れている。その夜、心さんが紹介してくれたヒロという青年と話した。どこにでもいそうな、気の良い青年だった。ホストというより、近所のお兄さんのような人だ
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【連載小説】第65話 銀座の洗礼

心の傷を癒やす薬があるとしたら、それは新しい恋ではなく、時間なのかもしれない。高坂との別れから一ヶ月。美月の胸の痛みは消えてはいなかったが、少しずつ銀座での生活に追われるようになっていた。最初は透明人間だった。誰からも気づかれず、誰にも名前を呼ばれなかった。けれど今では少しずつ先輩たちも声を掛けてくれる。お客様も笑ってくれる。ようやく銀座の空気を吸えるようになっていた。その頃の銀座には独特の文化があった。ミンクのロングコート。シャネルのバッグ。ロレックスの腕時計。そして麻布の住所。それらは単なる贅沢品ではない。銀座で生きる女性たちの名刺のようなものだった。美月には最初、その意味が理解できなかった。だが毎日のように「どこに住んでいるの?」と聞かれるうちに気づいた。銀座では住まいもまた評価の対象なのだと。ようやく麻布へ引っ越した時、美月は少しだけ銀座の仲間入りができた気がした。そして迎えた新年。新調した着物に袖を通し、少し誇らしい気持ちで店へ向かった。だが、その高揚感は一瞬で消えた。店内の空気が異様に張り詰めていた。理由はすぐに分かった。オーナーの環ママが来ていたのだ。銀座でも伝説と呼ばれる存在。中国で日本料理店を成功させ、誰もが一目置く女性だった。全員が席についた瞬間、環ママは鋭い視線で店内を見回した。そして静かに口を開いた。その声は店中に響き渡った。『私は今日、こんながっかりしたことはありません』誰も顔を上げられない。『中国では日本人ではない女の子たちが必死に着物を覚えているのよ。それなのにあなた達はどうなの?』空気が凍った。『新年だというのに地味な着物ばかり。日本髪の人間もい
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【連載小説】第64話 恋が消えた朝

美月が東京へ来た本当の理由。それは銀座で働くことでも、成功することでもなかった。高坂との長い遠距離恋愛に、答えを出したかったのだ。このまま待ち続けるのか。それとも未来へ進むのか。その答えが欲しかった。だから高坂の家の近くへ引っ越した。会いたい時に会える距離。これからは二人で同じ時間を過ごせる。そう信じていた。けれど現実は違った。高坂は忙しいの一点張り。会いたいと言っても仕事。電話をしても仕事。約束をしても仕事。美月の胸には少しずつ違和感が積もっていった。そしてある深夜。どうしても眠れず電話をかけた。『もしもし?』聞いたことのない女性の声だった。美月の時間が止まった。『えっ?高坂さんの電話よね?』『そうだけど』『あんた誰よ?』『そっちこそ誰なの?』頭の中が真っ白になった。気づけばコートも着ずに部屋を飛び出していた。高坂の家の前。何度もチャイムを押した。返事はない。ドアを叩いた。それでも出てこない。怒りと悲しみで理性が吹き飛んでいた。『高坂!出てきなさいよ!』何度目かの叫びの後、カチャ――ドアが開いた。そこに立っていた高坂の顔は、今まで見たことがないほど青ざめていた。その顔を見た瞬間、何かが終わった。『悪かった・・・』高坂はそれだけ言った。言い訳もなかった。弁解もなかった。ただ、その一言だけだった。美月はどうやって自宅へ帰ったのか覚えていない。震えだけが止まらなかった。翌日。一本の電話が入った。『昨日電話に出た純子です』美月は一瞬で怒りが込み上げた。『何の用?』『一度会ってくれませんか』断ろうと思った。でも会わなければ気が済まなかった。指定された店へ向かい、そして美月は驚いた。純子
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【連載小説】第57話 銀座への手相

時として、人生は思いがけない方向へ動き出す。その夜も、そんな夜だった。一美さんには、田山という太い客がいた。地元では知らない人がいないほど有名なタクシー会社の社長。金払いも良く、店でも特別扱いされる存在だった。美月も何度か席についたことはあったが、“あくまで一美さんのお客様”。そう分かっていたから、自分から名刺を渡したことは一度もなかった。その日、田山は珍しく一人で来店した。そして突然、『今日は美月ちゃん』そう言って、美月を指名した。しかも——一美さんを外して。店の空気が、一瞬で変わった。美月は背筋が冷たくなった。これはまずい。女の勘で分かった。『失礼します』席につくと、田山は上機嫌だった。『やっとゆっくり話せるな』『ありがとうございます。でも私、本当に驚いて……』『何に驚く?』『一美さんが……』田山は鼻で笑った。『もう愛想が尽きたんだよ』『……』『腹が立つことばかりされてな。少し懲らしめたくなったって訳さ』美月は返事に困った。こんな話、聞きたくなかった。けれど客商売に“知らないふり”はつきものだった。その夜、美月は笑った。場を盛り上げた。いつものように。ただ——背中に刺さる視線だけは痛いほど感じていた。閉店後。更衣室へ呼び出された。待っていたのは奈々ママと一美さんだった。空気が張りつめていた。『あんた、田山さんと何かあったの?』一美さんの声は怒りで震えていた。『まあまあ、一美』奈々ママは冷静な顔をしていた。だがその目は笑っていなかった。『美月ちゃん。どうして今日、あなたが指名されたのか説明してくれる?』『私にも分かりません』『そんな訳ないでしょ!』一美さんが怒鳴った。『あの人
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【連載小説】第56話 運命の週刊誌

そんなある日——。店では珍しく、大規模な貸切パーティーが開かれていた。地元の有力者ばかりが集まる特別な夜。こういう日は、新しい客に顔を覚えてもらう絶好のチャンスでもある。美月は鏡の前で笑顔を作ると、フロアへ向かった。『今晩は』席についた瞬間、相手の顔を見て思わず声を上げた。『あっ……先生!』『やっぱりそうだ』川崎先生が嬉しそうに笑った。『マンションを案内した美月ちゃんだよね』『そうです。びっくりしました』『いやあ、こっちのほうが驚いたよ。こんな豪華な店で働いていたなんて』『先生こそ。夜のお店とか来るんですね』『ほとんど来ないよ。仕事ばかりでね。設計屋なんて貧乏暇なしだ』川崎先生は気取ったところがなく、一緒にいると不思議と安心できた。『またいらっしゃる時は、美月を指名でお願いしますね』『ははは、営業上手だな』先生は目を細めながら、美月の話をずっと楽しそうに聞いていた。それから川崎先生は、いつしか店の常連になった。美月だけではなく、蘭子ちゃんや麻衣ちゃんも指名してくれた。仕事帰りに食事へ行き、深夜にはバークレーへ流れる。先生はいつも静かに笑っていた。まるで、自分だけ時間の流れが違う人みたいだった。『女性とこうやって飲むこと、今までほとんどなかったからさ』先生は照れながら言った。『なんだか青春を取り戻したみたいだよ』一枚のマンション広告。たったそれだけの偶然から始まった出会い。けれど今思えば、あれは偶然なんかではなかった。その年の夏——。写真週刊誌『F』で、“銀座のママ特集”が組まれた。それが、美月の人生を動かすきっかけになる。今日は年に一度の夏祭りイベント。浴衣姿の女性たちで店内は
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【連載小説】第55話 導かれる部屋

店に戻ったところで、もう以前のような居場所はなかった。美月がペペルモコへ移っていた間に、店の空気はすっかり変わっていた。奈々ママ、美涙さん、そして新しく入った由美さん——。三つの勢力が水面下でぶつかり合い、店の中はいつも張りつめていた。誰が誰の客についた。誰が悪口を言った。誰が自分のお客を横取りした。笑顔の裏では、そんな話ばかりが飛び交っていた。その渦の中へ戻ってきた美月は、自分でも驚くほど心が冷めているのを感じていた。もう以前のように、この店で勝ちたいとは思えなかった。そんなある夏の日だった。何気なく手に取った住宅情報誌。その中の一枚の広告に、美月の目は止まった。市内では珍しい高級賃貸マンション。広いリビング。新築。敷地内にはコンビニまである。今住んでいる古いアパートとは、まるで別世界だった。——ここに住みたい。そう思った瞬間、自分でも怖くなるくらい気持ちが動いた。まるで誰かに背中を押されているようだった。その頃の美月は、何もかもが苦しかった。高坂は、あの事故をきっかけに東京へ転勤になった。突然の遠距離恋愛。会いたい時に会えない。声を聞くだけで安心していたのに、電話を切るたびに孤独だけが残った。仕事も、恋も、未来も。何もかもが曖昧になっていた。だからこそ——何かを変えたかったのかもしれない。『すみません。このマンション、まだ空いてますか?』訪ねた先は、小さな設計事務所だった。対応してくれたのは、少しお腹の出た柔らかい雰囲気の男性。『ああ、このマンションね』人懐っこく笑いながら名刺を差し出した。“川崎設計一級建築士事務所”『先生なんですね』『先生なんて柄じゃないよ』川崎は照れく
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【連載小説】第51話 転がり込んできた命

『ペペルモコ』に移って、半年が過ぎた頃だった。 開店前の静かな店内で、いつものように掃除をしていると、 扉が控えめに開いた。 振り返ると、見知らぬ女が立っていた。 少しふくよかな体。 どこか場違いな、疲れ切った顔。 そして――背中には、赤ん坊。 『すみません……ちょっと、いいですか?』 その声には、頼る場所を失った人間特有の、かすれがあった。 『はい?どうされました?』 『ここ……人、募集してませんか?』 言い終わる前に、その女はその場に崩れるように座り込んだ。 ただ事じゃない。 慌てて水を差し出すと、両手で掴むようにして、一気に飲み干した。 『ああ……おいしい……』 その一言が、妙に重かった。 『昨日から……何も食べてなくて……もう限界』 思わず言葉を失った。 『赤ちゃんは……?』 『この子は母乳だから……なんとかね』 なんとか、なんて顔じゃなかった。 『お母さんが食べてないのに、出るわけないでしょ』 少し強く言った自分に、少しだけ安心した。 女は、小さく笑った。 『私ね、幸子っていうの。幸せの“幸”に、子供の“子” ……なのに、全然そんな人生じゃないの』 その笑いは、笑っていなかった。 話を聞けば、逃げてきたのだという。 北海道で出会った年上の男。急な結婚。 そして、崩れた生活。 仕事を失った男は酒に溺れ、 やがて手を上げるようになった。 『怖くて……逃げてきたの』 その一言だけで、全部わかった。 頼った姉の家にも、入れてもらえなかった。 行き場がない。 金もない。 ただ、子どもだけを背負って、ここに来た。 ——どうしてこの店に? そんなこと、聞く気にもなれなかった。 その
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【連載小説】第38話 嵐のあとに

その夜、 美涙たちはいつもの店に集まっていた。 『バークレー』静かな灯りと、ピアノの音が流れる場所。 ここだけは、 あの店とは違う時間が流れていた。 『もう頭にきちゃう!』 由佳がグラスを置く音が、少しだけ強かった。 『絶対、奈々ママの仕業よ』 まだ怒りが残っている。 『まあまあ』 美涙は、いつもの調子でカクテルを口にした。『そんなこと、たいした問題じゃないわ』 その言い方が、逆に余裕を感じさせた。 『だってあれ、完全に美涙さんのことじゃない!』 『分かってる人は分かってるわよ』 さらりと返す。 『こんなことでお客さんが離れるようなら、 最初からそこまでってことよ』 その言葉に、 誰も何も言えなくなった。 強い。 美月は、そう思った。騒がない強さ。 揺れない強さ。 それが、 この世界で生きていく人の姿なのかもしれない。 『今日はもうやめましょ』 『飲みましょうよ』 空気が、少しずつ和らいでいく。 『そうだ、美月ちゃんの歓迎会しようか』 突然、美涙が言った。『えっ、私ですか?』 『そうよ。今日から仲間なんだから』 その言葉が、 少しだけ胸に残った。 この人たちは、 敵なのか味方なのか。 まだ分からない。 けれど—— ここには、居場所がある気がした。 『いらっしゃい』 カウンターの奥から、 柔らかな声がした。 この店のママだった。皆から「おかあさん」と呼ばれている人。 『美月ちゃんね』 じっと見つめられる。 『あなた、何か持ってるわね』 突然の言葉に、戸惑う。 『ちょっと名前と生年月日、書いてみて』 言われるままに書くと、 ママはしばらくそれを見つめていた。 『なるほどね……』 ゆ
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【連載小説】第39話 嵐の気配

『みんな、ちょっと聞いてくれ』店長の声が、待機中のフロアに響いた。『今日から入った蘭子さんだ。初めての仕事だから、色々教えてやってくれ』『よろしくお願いします』現れたのは、少し落ち着きのない目をした女の子だった。どこか強気で、どこか不安そうで。その瞬間——美月は、妙な既視感を覚えた。『先輩!』突然、蘭子が駆け寄ってきた。『えっ……先輩?』『白百合学園ですよ!一年後輩の井上です!』思い出せない。けれど、確かに同じ場所にいた。『先輩、有名でしたよ』その言葉に、少しだけ引っかかる。何の意味で——?続きを聞こうとした瞬間、『おい、そこ!うるさいぞ!』店長の怒鳴り声で、会話は途切れた。その夜は、ゴールデンウィーク前ということもあり、店は息つく間もなく忙しかった。気がつけば、深夜。仕事を終えた美月たちは、そのままバークレーへ向かった。静かな店内。いつもの空気。『新人さんの手相、見てもらいましょうよ』美涙の一言で、その場の空気が少し和らぐ。ママは蘭子の手を取り、しばらく黙って見つめた。そして——ほんの少しだけ、表情が曇った。『……波乱万丈ね』蘭子の顔から、酔いが消えた。『男運も……少し気をつけた方がいいわ』その言葉に、誰も軽く笑えなかった。『でもね』ママは少しだけ優しく続けた。『夜の世界に来る子は、みんな何かしら抱えてるものよ』その言葉に、美月は何も言えなかった。——確かに、そうかもしれない。誰もが、何かを背負ってここにいる。『私、やり直したいんです』蘭子がぽつりと言った。その言葉が、妙に重く響いた。『大丈夫よ。みんながいるから』美涙の声は、変わらず優しかった。しばらくして、場の空気が少しだ
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【連載小説】第36話 水面下の戦い

今、この店は ふたつの勢力がぶつかり合う渦の中にあった。 表向きは、華やかな笑顔。 けれどその裏では誰にも気づかれないように、 静かな戦いが続いていた。 チーママの奈々ママチーム。 かつて大きなクラブでナンバーワンを張っていた女。 その実力を見込まれ、 大塚店長に引き抜かれてこの店に来た。 彼女の周りには常に人が集まり、 まるで女王のように君臨していた。 そして、その側に必ずいるのが一美。 奈々ママの機嫌を読み、 絶妙な距離で支える存在だった。 もうひとつの勢力。 それが、美涙のチーム。 オープン当初から店を支えてきた、 不動のナンバーワン。 その人柄は穏やかで、 自然と人が集まる。 けれど、優しさは時に、弱さにもなる。 裏切られることも、少なくなかった。そのふたつが、 静かにぶつかり合っていた。 今日は月に一度のミーティング。 女たちが一堂に会する場所。 『今月の売上ナンバーワンを発表します』 店長の声が響く。 拍手。 数字。 笑顔。 けれどその裏で、 誰が勝ち、誰が負けたのか誰もが理解していた。 奈々ママの名前は呼ばれなかった。 チーママだから。 それだけの理由で。 その“扱い”に、 どこか張りつめた空気が漂う。 やがて、麗子ママが口を開いた。 『お客様を本気にさせるには、どうしたらいいと思う?』 静まり返る空間。 『答えは簡単よ。 自分も本気になること』 その言葉に、 美月は一瞬だけ引っかかりを感じた。 ——本気? 『本気に好きになるって意味じゃないのよ』 『でも、心を込めないと伝わらないの』 美月はその言葉を聞きながら、 なぜか少しだけ怖くなった。 本気になる。 でも、
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【連載小説】第33話 最初の洗礼

大きなクラブとなると男性スタッフの数も多い。 店長はお店全体を管理する総責任者。 チーフはカンター内やキッチンを担当する責任者。 そしてマネージャーは女の子をどの席に配置するのか瞬時に考えて指示しなくてはいけない。 一番苦情が多いのがこの立場だ。 最後はボーイ。お店の女性には絶対服従という男としてのプライドを捨てないと務まらない。 『美月さんお願いします』 マネージャーからついに声がかかった! ついに来た。 胸の奥で、何かが強く脈打つ。 『はい』 ドキドキしながらお席についた。 『今晩は』 『いやいやいい子入ったじゃないか』 『横田さんこの子、今日から入った美月ちゃんなの』 と隣にいたナンバーワンの美涙さんが紹介してくれた。 『美月です。宜しくお願いします』 『美月ちゃんか、まだ若くていいねえ、どうだい今夜どこか食事でもいかんかね』 『まあ、横田さんたらだめよ。初日でこんなに緊張して可哀想じゃない』 『何でも飲んでいいぞ、つまみも食べるか?』 『いえ、、、』 『この横田さんはね。この町で一番大きな米屋の社長さんなの』 『別荘を持っていてお庭もすごいって噂だわ』 『そういえばこの前、死にそうになったんだよ』 と横田さんは急に話し始めた。 『運転してて踏み切りの端のほうで急に止まっちゃってさ、その時電車が来てぶつかったんだよ』とこともなげに言った。 『ええ!電車とぶつかったの?怪我しなかったの?危ないところでしたね』 『そうさ、危機一髪だったよ。まぁ、怪我してたらここにいないけどな』 『それで車は?』 『だめさ、いくらベンツでも電車相手じゃ勝てないよ』 『それで足を少し怪我しただけ
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【連載小説】第29話 届かない約束

午後6時を過ぎても、萌は現れなかった。 人混みの中で、智史は何度も時計を見た。 遅いな。 その違和感の正体に、まだ気づいていなかった。『もしもし、こちらは築地警察の安藤と申します。高梨さんですよね。萌さんはお子さんですか?』 いきなりかかってきた電話は詐欺かと切ろうとした時、萌の名前がでたので驚いて返事をした。 『はい、そうですが、、、』 『実は萌さんが銀座で交通事故に合いまして今、中央病院へ運び込まれました』 その冷静な声が遠くから聞こえてきた瞬間、雅子の手から受話器が滑り落ちた。 足の力が抜け、床に膝をつく。 何を言われたのか、理解が追いつかなかった。 『それで萌は?』 そう聞くのがやっとだった。 萌は緊急手術により一命は取り留めたが予断を許さない状況に陥っていた。 時折聞こえる呼吸器の音だけが聞こえる静か病室だった。 智史はどこにいるの? 待ち合わせの場所にいるのにいくら待ってても智史が来ない。 萌は夢の中で智史を待ち焦がれていた。 ふと目を開けると白い天井が見えた。 ここはどこなのか? 体が動かない。 自分の体ではない感覚。 声を出したくても 声も出ない。 遠くから自分の名前を呼ぶ母親の声。 萌は意識が戻ったのも束の間、やはりそう長く持たないと母親と医師らしき人との会話が耳に入った。 萌は夢と現実の狭間で、 自分の置かれている状況を、なんとなく理解した。 けれど、そのことを誰にも伝えることはできなかった。
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【連載小説】第28話 約束の交差点

その日から萌の頭の中には 智史が住みついてしまったかのように、 何をしていても、ふとした瞬間に思い出してしまう。 会いたくて、仕方がなかった。 『もしもし、智史さん。何してるの?』 『ああ、萌ちゃん。さっき電話で話したばかりだよ。どうしたの?』 『だって気になるんだもん。そんな意地悪言わないで。じゃあ、切るからね』 『冗談だよ。ねえ、今夜、銀座に行こうか。一緒に行きたいレストランがあるんだ』『嬉しい!智史と一緒なら、どこでも行きたい』 『それじゃ、夕方六時。四丁目の時計台の前で』 『分かった。とびきりのお洒落していくね』 実は最初、「銀座」と聞いて、ほんの少しだけ戸惑った。 そこは、母親の街だったから。 それでも、、、 智史との約束は、何よりも優先された。 萌は、初めて袖を通すオフホワイトのワンピースに、 ベージュのコートを羽織った。 銀座の街に似合うようにと選んだ、 少しだけ背伸びをした装いだった。 靴を履こうとした、そのとき ふいに、ベルトが切れた。 一瞬、手が止まる。 けれど深く考えることもなく、 別のベージュの靴に履き替えて、家を出た。 待ち合わせの時間までは、まだ少しある。 萌は、智史へのプレゼントを買おうと 四丁目の交差点へ向かった。 信号が変わる。 一歩、踏み出した、その瞬間 突如、視界を切り裂くように 一台の車が突っ込んできた。 爆音。 ブレーキの軋み。 誰かの叫び声。 すべてが、重なり合って 萌の意識は、途切れた。 遠ざかっていく救急車のサイレン。 智史は、まだ少し早かったかと 腕時計に目を落とす。 午後5時55分。 その時、萌が瀕死の状態で 救急車の中にいる
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【連載小説】第27話 揺れる心

「萌ちゃん、智史だけど」ともう一度言った。 あの冷静な智史の苛立っているような緊迫した声に萌は緊張した。 「何か用かしら?」 萌は智史のことも信じられなくなっていた。 「萌ちゃん大変なんだ。 拓海が事故っちゃって今、救急車で運ばれて緊急手術してるんだ」 「拓海が?怪我したの?大怪我なの?」 萌は電話を床に落ちたのも気がつかないくらい動揺していた。 「もしもし!もしもし!聞いてる?」 萌は微かに聞こえる智史の声にはっと我に返った。 「どこの病院なの?今から行くわ」 「わかった、六本木の港病院という所だ!一階の待合室で待ってるから」 萌はコートも羽織らず外へ飛び出した。 冬の夜の空気が胸に刺さるようだった。 その病院は救急車のサイレンが遠くで鳴り続け、 待合室には重たい空気が漂っていた。 『ああ、萌ちゃんここだよ』 『それで拓海は?』 萌は恐る恐る聞いた。 『まだ手術中でわかんないだ』 『いったい何があったの?』 『それが六本木の交差点で右折しようとしたら 信号無視のオートバイがいきなり車の前に突っ込んきて それを避けようとして反対側に飛び出しちゃってそこに運悪く4トントラックに正面衝突さ』 智史はもうそれ以上、声が出せなくなった。 萌も声にならない嗚咽でその場に崩れ落ちた。 『萌ちゃん、ここに座って』 と言うのがやっとのことだった。 あまりにひどい事故で車は原型を留めていなかったと聞いていた。 命があるほうが不思議なくらいの大事故だった。 『あなた、どうしたらいいの、、、』『もう天に任せるしかないよ』 と拓海の両親は手術室の前でいつ終るともわからない 地獄の時間を耐えていた。 拓
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【連載小説】第25話 空白の夜

人は時に自分でも気づかないうちに 運命の扉を開けてしまうことがある。 それは甘い言葉に誘われた ほんの小さな一歩かもしれない。 だが、その扉の向こうには戻れない 長い夜が待っていることもある。 『いったいあの子は何処にいったのかしら? もう今日という今日は許さないから』 『すみません。私がついていながらこんなことになるなんて。 それにしても最近萌ちゃん何を言っても上の空で変と言えば変でしたよ』 『恒さん!萌の年齢が一番不安定で何するか分からないって日頃言ってるじゃない! もっとしっかりしてくれなくちゃ』 『本当にすみません』 雅子は恒さんに八つ当たりしても今の状況が変わらないのを分かっていながら 誰かに当たらないといられない焦躁感があった。 この時、雅子は萌とは関係ない深刻な悩みを抱えていた。 銀座にセンセーショナルを起こした今のお店に影が見え始めて来たのだった。 毎日、洪水のようにお客様が来ていたのに最近は空席が目立つ。 時代の波が大きく関係する銀座にとって不景気は天敵であった。 そして先月末には追い撃ちをかけるように ナンバーワンの詩織が田舎へ帰るという理由でいきなり辞めてしまった。 しかも、もう次の日には最近オープンした大箱の店のチーママになっていたと 信じがたい情報もあり雅子は悔しくてその店に怒鳴りこもうかとしたところ 店長やマネージャーに止められて僅かながらのプライドを保つことができた。 『恒さんもう休んでちょうだい。後は私が起きて待ってますから』 『奥様すみません。萌ちゃん帰ってくるでしょうかね。 何だか胸騒ぎがして、、、』 『何、縁起の悪いこと言ってるの。大丈夫よ
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【連載小説】第22話 もう一人の視線

『何やってんだ!その手を離しな』 『先輩!』 と3人組の一人が痣が出来るくらい萌の両手を持っていたが その一言でいきなり離した。 3人はばつの悪そうな顔をして下を向いた。 『もうこんな真似するんじゃねえぞ』 と聞く間もなく走りだしてどこかに行ってしまった。 萌は目を閉じたまま体を固くしていた。 足音が近づく。 逃げなければと思うのに 体が言うことをきかない。 その時だった。『大丈夫?』 さっきまでの荒い声とは違う 静かな声だった。 萌はゆっくり顔を上げた。 ネオンの光の中に 二人の男が立っていた。 『こんな所で一人でいるなんてライオンの檻の中にいるうさぎみたいだぞ』 『すみません』 と萌は震えながらやっと声が出るようになった。 『この時間に一人で居るなんてどうかしたの?』 と拓海は萌に近づいた。 萌は目の前で起こったことが現実だとは思えず どう対処していいのかただただその場から動けずにいた。 『拓海、もういいじゃねえか、行こうぜ』 ともう一人の男が面倒だと言わんばかりに言った。 『でもさ、このままじゃまたあいつらみたいのがいるから心配だよ』 拓海は背が高く 長い髪がネオンの光を受けて揺れていた。 モデルのような体型で どこか余裕のある笑みを浮かべている。 こうゆう男が 女の子を簡単に惹きつけるのだと 萌はまだ知らなかった。 もう一人の男、智史は 少し離れた場所に立っていた。 一重の鋭い目。 感情をあまり表に出さない男だった。 だが萌が震えていることを 誰より早く気づいていた。 『あの、私一人で帰れますから』 と萌はやっと体を起こし立ち上がった。 『じゃ大丈夫だね、早くここから出
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【連載小説】第20話 代償の夜

萌は思春期を迎える年齢になっていた。 『ねえ恒さん私って生まれてきて良かったのかな?』 『まあお嬢様いきなり何を言うの? こんな年寄りを嚇かさないでくださいよ』 『だって、、、』 『この世の中生まれて良くない人間なんて一人もいやしないですよ。 ましてやお嬢様は奥様がどれだけ大事に思ってるか 何があっても世界がどうなっても奥様と微力ながらこの恒が 守ってさしあげますよ』 と恒さんは萌のうつろな目が気になって仕方がなかった。 『何か気になることでもあるの?』 『別になんでもないわ』 『恒の目はごまかされませんよ。 そんな顔している時は何かあるに決まってますよ』 『まあね、ここだけの話しよ、ママには言わないで、 それが来週の土曜日に父親参観日があるの。 みんなで自分の父親自慢ばっかりでさ、やんなっちゃう。 学校なんか行きたくないって感じ』 『そういうことだったのですね。 分かりました!私にいい考えがありますよ。 私が男装して授業参観に行くのはどうですか?』 『もう恒さんたらみんなに笑われちゃうわ』 『駄目ですか』 と一緒に笑いながら萌の気持ちが痛いほど分かった。 『恒さん今日も遅くなるの。先に休んでちょうだいね』 『はい奥様、あの、一言宜しいですか?』 『今日も大事なお客様と食事の約束があるから急いでるのよ』 『そうですよね。またにします』 『いいわよ、ちゃんと聞くからここに座って』 『いいんですか?』 『いいって、恒さんがそんな顔してるの珍しいから』 『それがお嬢さまのことです』 『萌?どうしたの?』 『それが昨日の晩にいきなり 私、生まれてきてよかったのかって聞かれて驚きました
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【連載小説】第12話 血が告げる真実

萌は母親の愛情を一身に受けて利発で明るい子供に育っていた。雅子もいろんな意味で大人の女性へと変貌を遂げ櫻木との関係もある程度、距離を保ちつつ切れないようにと努めていた。櫻木は何と言っても生活の全てを援助してくれる大事なスボンサーだ。愛情は感じないが稀に萌の育て方に文句を言うくらいで雅子に対しては無関心なのか、煩わしくなくこの上もない自由を与えてくれた。そして季節は矢のように過ぎ萌はこの春から都内でも有名な幼稚園に通っていた。『もしもし高梨さんですか?』『はいそうですが』『バスが、バスがトラックと正面衝突しまして!』『はあ?どなたですか?バスって?まさか!』『あっ、すみません、私、文京幼稚園の仲田と申します。お宅の萌ちゃんが大怪我してしまい病院に着いたところです』『萌が!何処の病院ですか!何処ですか!』『本郷にある本郷病院です。こんなことになって』雅子はその声の暗さにパニックになった。まさか萌が?慌てて電話を置くと取るのも取り敢えず家を飛び出した。雅子は何がどうなったのか気が動転してしまい自分が何をしているのか記憶がなくなるほど焦った。萌。萌。萌。それ以外の言葉が、喉を通らなかった。病院に着くと何人もの人が泣き叫び怒号が飛び交っていた。床には血の付いたタオルが落ち、母親たちの泣き声が天井に跳ね返っていた。バスに乗っていた園児のほとんどが怪我をして緊急手術を余儀なくされている子供もいた。雅子は我が子の安否を確認するために人を押しのけて病院関係者を探した。『すみません!私、高梨ですが高梨萌という子が怪我したと連絡があったのですが』『あっ!萌ちゃんのお母さんですね。お待ちしてました。ち
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【連載小説】第10話 桜の夜の代償

ここは櫻木の自宅で年に一度のお花見の会があり政財界のお歴々が黒塗りの車で現れる。そして浅草中の名だたる芸妓が呼ばれそれは言わば選ばれた芸妓達の花の競演だった。今年は初めて雅子にも声がかかっていた。その朝、『雅子、今日は普通のお座敷と違うの。櫻木さんといって昔からのお得意さんで雅子にはまだ早いと思って紹介しなかったけど浅草中の芸妓が狙っているほどの素晴らしい人なの。だから櫻木さんに気にいられるよう目立たなくちゃだめよ。さあこの着物を着てごらん』『わあ!おかあさん綺麗な着物、桜の模様が見事ですね。今しか着ることができない貴重な着物だわ』『おや雅子も着物が分かるようになったのかね。そう、この着物は京都の有名な作家さんの逸品物でね、わたしゃ雅子のために崖から飛び降りる覚悟で手に入れたのさ。だから櫻木さんの側から離れるんじゃないよ。他のお客も沢山くると聞いてるけど狙いは櫻木さんだからね。わかった?ぼやってしてたら出し抜かれるわよ、雅子』『おかあさん、ありがとうございます。大切に着させてもらいますね』と雅子は礼を言ったもののこんなことが疲れる原因だわと一人になった時にふーとため息をついた。早くこんな家を出なくては、もう堪らない。今の今まで迷っていた櫻木とのことだったが三上の言葉が、いつの間にか雅子の決意にすり替わっていた。計画とはもうすでに雅子は妊娠しているのだから事は早く済まさなければいけない。このお花見の会にまぎれて何とか櫻木にコンタクトをとって閨に誘うということだった。櫻木は長い間、独身を通し浅草では有名なプレイボーイで浮いた噂はひきも切らずあったがその実態を知っている人は聞いたこと
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【連載小説】第2話 花柳界の波紋

次の日、女将さんは意を決して櫻木さんへ電話をした。その電話1本で雅子の運命は大きく動き出すことになるとは雅子本人は知る由もなかった。『もしもし櫻木さんお久しぶりです。私、浅草の蔦乃屋ですが今、よろしいでしょうか?』『おお蔦乃屋の女将か、珍しいじゃないか?どうしたんだね』『ちょっとお話したいことがあって一度お会いできませんか?』『何か知らんが電話じゃだめか?こう見えても貧乏暇なしでな』『櫻木さんのためにお会いしたいと思うのですが、、、いかがでしょうね?』『そうかぁ、何の話か知らんがまあ少しなら時間が作れそうだから今夜8時に蔦乃屋さんへ行くとしよう』『8時ですね。ぜひお待ちしてますわ』浅草の置屋さんは当時数十軒もありその管轄が見番といって組合のようなものである。そこでお線香代1本分いくらにするといったような協定を結ぶのだ。だからどの芸者さんを呼んでも相場が決まっていた。ただ直接の心付けは別勘定だったのでそこは芸者の腕の見せ所だった。ちなみに 「お線香代」というのは時計のないころにお線香1本が燃え尽きるまでの時間の料金という意味だったらしい。『蔦乃屋』は今の女将さんで3代続く置屋だった。お抱えの芸者さんは3人で一番若いのが雅子だ。雅子は多摩の寒村の生まれで2人兄弟で下に弟が1人いた。雅子がまだ幼い頃に両親が離婚して母親が雅子を引き取り弟は父親が引き取ることになった。色白で目鼻立ちがはっきりしていて大人になったらさぞ美人になるだろうと村中の噂だった。その噂を聞きつけたのか、ある日浅草を中心にしている女衒まがいの男が突然現れてぜひ雅子を芸者にと言ってきた。母親はその日食べる物も心配するよ
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第一話 丘乃手相鑑定所

 阿佐ヶ谷のアーケード街から一歩入った裏通りにひっそりと佇む店があった。以前はパーマ屋だったらしく薄っすらと『ヘアサロン…』の文字がガラス扉に残っていた。その扉には申し訳程度の「丘乃手相鑑定所」の木製看板が掛かっていた。 扉が開くと棒状のベルが鳴った。 「いらっしゃいませ」 落ち着いた男性の声が響いた。声の主は黒いローブを纏い、中は柔らかな照明と香木の香りが漂い、訪れる者を別世界へと誘うようだった。 「あのぉ、今日予約していた神倉茉優です。丘乃先生ですか」 20代後半の女性らしい神倉は恐る恐る確かめていた。 「私が丘乃啓一です」 丘乃の深い眼差しは、まるで相手の心の奥底まで見透かすかのような鋭さを持っていた。 「まあ、こちらにお掛けになって、気楽にしてください」丘乃は静かに言った。茉優は少し緊張した面持ちで頷き、座ると手に握りしめていた予約カードを差し出した。 紫色の羅紗の布が掛けられたテーブルに手を差し出す神倉。 丘乃は彼女の掌をじっくりと見つめた。 「まずは、あなたの過去を見てみましょう」 丘乃の指が神倉の掌の線をなぞるように動く。 「あなたは…幼少期に大きな転機を迎えましたね。それは、家族に関わる出来事でした」 丘乃の言葉に神倉の目が見開かれた。 「どうしてそんなことがわかるんですか」 「手相は、あなたの人生の地図のようなものです。ここに刻まれた線は、過去、現在、そして未来の道筋を示しています。」丘乃はさらに詳しく掌の線を読み取っていく。 「あなたは最近、大きな決断を迫られる出来事がありませんでしたか。そして、それが今後の人生に大きな影響を及ぼすことになるでしょう」神倉
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