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すべてのブログから「#連載小説」タグの検索結果

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~「Love syosetsu JP」 の考え方~

私たちのプロジェクト「Love syosetsu JP」の全体像になります。端的に意志を書きます。悪意があるものではないので中傷等はやめてください。また、今まで出会った方々、サポートして下さる方々、何より小説家先生方には感謝しておりますし、今後とも宜しくお願い致します!▼①coconalaa.キーワードでオリジナル短編小説の依頼→(月に3名にお願いしております)→メッセージや公募で募集中※はじめはcoconalaで発注しますのでcoconala登録後にメッセージにてご連絡下さい!▼②YouTubea.上記①で執筆した短編小説を動画にする→(月に1本)収益が発生した場合→月に1本の動画の本数を増やす※はじめはcoconalaで発注しますのでcoconala登録後にメッセージにてご連絡下さい!▼③Twittera.小説家を目指す人、小説家の方、興味がある方との輪を作るb.クリエイターとの輪を作るc.企画ややりたい事なども随時アップする※興味のある方は是非coconala登録後にメッセージにてご連絡下さい!▼④notea.無料でオリジナル短編小説をアップb.定期購読でオリジナル短編小説をアップ(小説家先生のリンク先を載せる)→小説家先生とのネットワークを築きたい人向けですまた、今まで執筆した小説を広げたい人は、執筆した小説を私のココナラメッセージに添付して送っていただければ対応可能です!※はじめはcoconalaで発注しますのでcoconala登録後にメッセージにてご連絡下さい!▼⑤Instagrama.「Love syosetsu JP」を広めるツールとして利用b.小説・クリエイタ
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帰宅部競技勢の日常 第一話 小説

楽しみだった高校入学初日に僕、佐々木玲(ささきれい)は多分この世で一番緊張している。第一話 趣味が帰宅の変な奴今日から僕は憧れの国ヶ丘高校に通うんだ!そんなことを考えながら僕は両親と一緒に高校へと向かっていた。ここで誰に向けての説明でもないが自分の中学の時のことを考えてみると、中学生の時は目立つような生徒でもなくごく平凡な中学生だったと自分でも思う。好きだった子に告白するわけでもなく普通に過ごしていいた。そりゃあ彼女の一人や二人?ぐらいは欲しかったけどそんなのは寝る前とか授業の時に妄想に耽るだけで別に実行になんて移せる気もしなかった。そんな僕でも中学生の時にとてつもなく後悔してことがある......それは、部活に入ってしまったことだ!中学校に入学したとき友達と一緒にバレーボール部に入ったはいいもののそこが部員が少ないのに練習日数が多すぎて一年のうち367日あるような感じだったんだ!僕は入ってからというもの毎日毎日後悔していた!なんたって僕は大のゲーム好きだったからだ!小学生の時にやってた〇ケモンなんかは、発売日から3日間は仮病を駆使して図鑑コンプリートさせないと蕁麻疹が出るほどだった。そんなゲーム大好きだった僕には誰にも言ってない楽しみがあったそれは.....学校からの帰宅だ!!何言ってんのかわからないと思うけど、僕は帰宅が死ぬほど好きだったその帰宅のなかでも学校から家へ最速で帰ることが大大大好きだったんだ。チャイムが鳴ったと同時に走り出すあの感覚。前にも後ろにも誰もいないあの快感。すべてが僕にとって楽しかった。だから僕は高校に入学したとき一つだけそうしようと決めていたことがあ
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【連載小説】第112話 疑う心、信じたい心

貴美が唐澤のマンションに通うようになって、しばらく経ったある日の深夜。いつものように部屋へ入ると、唐澤が暗い表情でソファに座っていた。『ただいま。あら……どうしたの? 何かあったの?』『参ったよ……さっき連絡があって、親父が倒れたらしいんだ。意識もなくて、救急車で近くの病院に運ばれたって』『えっ……大丈夫なの? 早く行ったほうがいいんじゃない?』『俺もそうしたいよ。でも、もう電車もないしな。始発を待って行くしかない』『そう……心配ね。前からあまり体調がよくないって言ってたものね』『ああ。でも親父も無茶してたからな。毎晩のように会合だ、酒だって……。肝臓も悪かったのに、贅沢ばかりしてたからさ』そう言いながら、唐澤の口元に一瞬だけ薄い笑みが浮かんだ。貴美は、その表情を見逃さなかった。――えっ……今、笑った?ほんの一瞬だった。気のせいだと思えば、それで済んでしまうほどの微かな変化だった。『明日も早いでしょう。今日は私、帰るわ。お父様のこと心配だから、明日の夜にでも連絡を待ってるね』『帰るの?』唐澤は少し寂しそうな顔をした。『こんな時だからこそ、一人でいたくないんだよ。少しだけここにいてくれないか』そう言って貴美を隣に座らせると、後ろからそっと腕を回した。そして耳元で、静かに語り始めた。『俺の実家ってさ、代々地主なんだ。かなりの土地を持っていて、いろんな会社や店に貸してるから、家賃収入だけでも結構な額になるんだよ』『そうなの?』『でも、親父は昔から金に細かくてさ。金持ちほど財布の紐が固いっていうだろ。まさにあれだよ。お袋なんか、いつも泣かされてた記憶しかない』唐澤はため息をついた。『金
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【連載小説】第53話 疑いの気配

幸ちゃんは、その後すぐに離婚が成立した。まるで過去を切り離すような、あっけない幕引きだった。そして今は——西田さんと再婚し、新しい生活を始めている。子どもを抱えたままの再出発。それでも彼女は、ようやく“居場所”を手に入れたように見えた。そんなある日。またしても、麗子ママから呼び出しがあった。事務所に入った瞬間、空気が違うと分かった。『来てくれてありがとう』その声は、いつもより硬かった。『ちょっと聞きたいことがあるの』『はい』『ここ一ヶ月、お店の様子どうだった?』曖昧な問いに、少し戸惑う。『えっと……雨が多かったので静かな日が多くて——』『違うの』ぴしゃりと遮られた。『感想はいらないの。事実だけ教えて』その言葉に、思わず背筋が伸びる。私は、思い出しながら答えた。客数。流れ。おおよその来店状況。けれど話しながら、自分でも分かっていた。——こんな説明じゃ、足りない。『やっぱり要領を得ないわね』ため息混じりに、ママは言った。そして少し間を置いてから、こう続けた。『お願いがあるの』その一言で、空気がさらに重くなる。『来月一ヶ月でいいわ。お客様の名前、人数、ボトルの有無を記録してほしいの』『えっ、はい……分かりました』反射的に答えた、その直後だった。『ただし』一瞬の沈黙。『正木店長には、内緒で』その言葉が、胸の奥に落ちた。——どういうこと?頭では理解している。でも、感情がついていかない。正木店長は、いい人だ。優しくて、穏やかで、この店で唯一、安心できる存在だった。その人を——疑えというの?『できる?』ママの視線は、逃げ場を与えなかった。『……はい』気づけば、そう答えていた。それからの一ヶ月
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【連載小説】第1話 声にならない約束

ここは中央区にある有名な病院の特別室。財界人や政治家または著名な芸能人など、かなり限られた人しか入れない特別室には他の病室とは切り離されその入口は常に遮断されていて関係者以外は入れない。病院の聖域ともいわれる場所であった。雅子の最愛のひとり娘、萌は全身を管に覆われ生命を維持するための医療機器が作動していた。5年前に智史と約束した銀座へお洒落をして意気揚々と出かけた矢先暴走する車に轢かれたのだった。自発呼吸が出来なくなり気管を切開したために声を出すことも出来ずにいた。ただ許されるのは僅かに動く手でメモ用紙に気持ちを伝えることだけだった。それも震える手で文字にならない文字で何枚も何枚も書き続け病室はメモ用紙で溢れた。そして最後の文字は『さ と し 待っててね』と声にならない約束を書いた。それから数時間後、深い絶望の中萌の願いは智史に届くことはなくある寒い日に人生の幕が降りた。『雅子、ちょっと来てくれない?』『はい、すぐ参ります』『あんたね、昨日のお座敷で何したか分かってるの。大事なお客様の接待だというのに急に気持ちが悪いとかで席を立ってそのはずみで熱燗こぼしてそのお客様にやけどさせたって女将さんもうあなたは出入り禁止だって言ってたわよ』『すみません。急に気持ち悪くなってそのはずみで』『言い訳なんて聞きたくないわ。うちの信用ってもんがあるのよ。あんたお酒飲みすぎたんじゃないの?飲んでいただくのが私達の仕事よ。飲まれてどうすんの』『本当にすみません』『まあ今回は火傷と言ってもたいしたことがなかったみたいだから謝っただけで済んだけど悪くすれば慰謝料を請求されて大変なことになったかもしれな
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【小説】melting of snow ‐六花の伝承‐

はじめに 本書は、北方に存在する、とある地域の説話、口承文芸を後世に残すべく制作されたものである。この地域は、一年の大半を雪と氷に覆われている。その様子から、隣接した地域より「雪原の民」「氷の地」などと呼ばれることもある。  その異名に違わず、ここでは「雪」「氷」に関する説話が多く散見されている。雪や氷には(その性質の良し悪しにかかわらず)精霊、妖精が宿っていると信じられ、彼らの存在を口承によって伝え続けてきた。また、単に精霊、妖精と言われる時には、雪(氷)の精霊のことを指すほど、魔力をもつ生物のなかでは身近なものであった。  しかし現代では、様々な要因からこの重要な文化の継承者、いわゆるシャーマンと呼ばれる者が不足している。後継者選抜の厳格さ、少子化による地域語話者の減少や、シャーマンの素質を持つ人の発見が、年々困難になりつつあるのである。  また、伝承者側の高齢化もひとつの課題となっている。現在この地域で確認されている伝承者の最年少年齢は七十八歳。このままでは、地域の貴重な文化遺産が途絶えてしまうだろう。  このことに危機感を覚えた筆者を含め数名の有志によって、十年前よりこの地域で口承されている物語を収集し、書き記すことを始めた。  説話を保持するシャーマンたちの中には、その文芸の性質上か、声で継承していくことに意味があるとし、物語を文字、文章として残すことに抵抗感を示す厳格な者も少なくはない。それでも幾人かのシャーマンたちが、名を伏せることを条件に彼らの話を文章として書き記すことを同意してくれた。この場を借りて彼らに感謝を申し上げる。  前口上はこれくらいにしておいて、こ
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日常はこうして崩れ去る01

 毎日退屈で、くだらない。にこにこと笑って話を合わせていれば、誰も自分の本音になんて気づかない。人間はそういう生き物だ、だから信じられない。 (いっそ、学校爆発とかして、閉じ込められたらその人の本音とかわかるかもしれないな)  授業中、ぼぉっと窓の外を見る。教師の声は彼の耳に入ることなく、教室のBGMとして流れ続けていた。何も変わらない日常、それをただ享受する自分にも腹立たしいとさえ彼は感じていた。何かがほしい、何か刺激的な何かが。 「どーまくん、聞いてるの、どーまくん!」  はっと顔を上げると前の席のサニ子がプリントを振りかざしながらこちらを見ていた。どうやら授業でプリントが配られたらしい。 「ご、ごめん。ちょっとぼぉっとしてて」  そう言ってどーまはサニ子のプリントを受け取る。その時だった。  キィィィィンと一瞬にして大きな耳鳴りがクラス全員を、いやその地域一帯にいる人間を襲った。皆耳を押さえ、苦しそうにわけがわからないといった顔をしている。 (何だ? 何かの電波か?)  窓を見上げた刹那、ものすごい勢いでナニかが近くの山に落ちた。どぉぉんと山の一部が崩れ、震度4くらいの地震がそのあたり一帯を揺らした。  揺れが収まって、皆不安そうな顔で窓に視線を向ける。隕石でも落ちてきたのだろうか。あの辺りは山しかないから被害は少なそうだが、現場はどうなっているのだろう。 (一体何が……)  この時、好奇心という一滴の水が、どーまの枯れ果てていた心に零れ落ちた。退屈な日常が壊れていくような気がする、そう思うとぞくぞくとどーまの背筋に電流が走ったのだった。  次の日、落ちてきたのは円盤型の
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【連載小説】第110話 運命の出会い

夏の陽射しが、ほんの少し柔らかくなった頃。貴美が贔屓にしているブティックのウインドウは、すでに秋一色に染まっていた。新作の洋服が次々と並び、貴美はその前で足を止める。以前から目をつけていた洋服も入荷していた。――欲しい。そう思ったら、もう堪らなかった。並んでいるのは、どれも決して安いものではない。一着数十万円する洋服も珍しくなかった。クローゼットは、もう新しい洋服を入れる隙間もないほど埋まっている。贅沢だと言われれば、その通りだと思う。それでも貴美は、『物欲があるうちは、まだ若いってことよ』と、都合よく自分に言い聞かせていた。給料のほとんどは、お洒落のために消えていった。その頃の貴美は、親の家にいることが窮屈になり、両親の反対を押し切って銀座へ出てきたばかりだった。容姿には恵まれていた。そして何より、昔から人と話すことが好きだった。銀座のクラブという世界は、自分に合っている。そう思った貴美は麻布へ引っ越し、毎日を楽しんでいた。ただ、働いても働いても、お金は出ていくばかりだった。そんなある夜のことだった。同じ店の先輩、和子の席に呼ばれた。たまたま和子が化粧室へ立つことになり、その間のヘルプとして貴美が呼ばれたのだ。お客様を一人にしない。それは、この世界では当たり前のことだった。たとえ女性が化粧室へ立つのが、ほんの2、3分であっても、お客様が1人になるのであれば、誰かが席に入る。そして、ヘルプの女性とバトンタッチをして化粧室へ向かう。その夜、貴美は何も知らずに、その席へ向かった。しかし――そこで、思いもよらない出会いが待っていた。『こんばんは。お邪魔します』貴美が席に着くと、和子が
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【連載小説】第101話 揺れる心、その先へ

銀座の街に、涼しげな風鈴の音が響き始めた。浴衣姿の女性たちが行き交い、街は少しずつ夏祭りの装いへと変わっていく。クラブ結でも恒例の夏祭りに向けて準備が始まっていた。浅草へ半纏を買いに行き、日暮里で駄菓子を探し、案内状や暑中見舞いを作る。気がつけば、一日があっという間に終わる毎日だった。そんな忙しさの中で、香奈ちゃんのことはいつも心の片隅にあった。検査入院すると聞いて以来、連絡はない。「電話をしよう」そう思いながらも時間だけが過ぎ、気づけば数週間が経っていた。店は開店から半年。少しずつ常連のお客様も増え、深夜になると他店のホステスさんたちがアフターで立ち寄ってくれるようになった。順調と言えば順調だった。けれど、私の心はどこか満たされていなかった。女の子たちはみんな真面目で、一生懸命だった。接客も悪くない。それでも、何かが足りない。そんなある夜だった。常連の渡辺さんが、一人の女の子を連れて来店した。奈津子ちゃんというその子が店へ入った瞬間、不思議なくらい空気が変わった。店中の視線が、一斉に彼女へ集まる。明るい笑い声。飾らない笑顔。その場にいる誰もが自然と引き込まれていた。美月は胸が高鳴った。『この子だ』理由なんて説明できない。ただ直感だった。美月が探し続けていたのは、この子かもしれない。そう思った。けれど、お客様に連れられて来た女性へ声を掛けるのは、この世界では暗黙のルールに反する。その夜は結局、何も言えないまま奈津子ちゃんは帰っていった。それでも諦めきれなかった。数日後、私は意を決して渡辺さんへ電話をかけた。『もしもし、渡辺さん。お仕事中でしたらすみません』『おっ、ママ。珍しいね
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【連載小説】第94話 傷だらけの朝

オープンから一か月。ようやく店の流れが見え始めていた。開店当初のような賑わいは落ち着いたが、新しいお客様との出会いも少しずつ増えていた。以前、あるママがこんなことを話してくれた。『開店すると不思議なことが起きるのよ。本当に来てほしい人ほど来なくなって、一度しか会ったことのない人が何人もお客様を連れて来てくれたりするの。この商売は最後まで蓋を開けてみないと分からないのよ』まさに、その言葉どおりだった。そんな中、私は昼間の準備を手伝ってくれる友子ちゃんに、週一回だけ早番をお願いすることにした。『週一日だけでいいからお願いできる?』『はい、大丈夫です』返事はするものの、どこか上の空。手順を説明しても、『はい』と答えるだけで、本当に理解しているのか分からない。少し心配だった。そして数週間後――事件は起きた。その日はカラオケの修理を頼んでいた。昼過ぎ、修理会社から一本の電話が入る。『ママさん、お店が開いていないんですが……』『えっ?』友子ちゃんがいるはずだった。慌てて電話を切り、銀座へ向かった。店は閉まったまま。友子ちゃんから連絡もない。修理の人にもう一度来てもらい、ようやく作業が始まった、その時だった。『お、おはようございます……』入口に立っていた友子ちゃんを見た瞬間、私は息をのんだ。全身が傷だらけだった。腕には擦り傷。顔には青あざ。服のあちこちには乾いた血がにじんでいる。『どうしたの、その怪我!』『遅刻しそうになって……階段から落ちちゃいました』そう笑おうとしたが、笑顔になっていなかった。私は応急手当をしながら言った。『今日は帰って休みなさい』幸い怪我は深くなかった。カラオケも無事に
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【連載小説】第121話 すれ違った別れ

それは、思いがけず訪れた。美月にとっても、蓉子にとっても。まだ誰も知らなかった。この一本の電話が、二人の関係を大きく変えてしまうことを――。その日、蓉子は何度も携帯電話を手に取っては置いた。美月ママに話さなければならない。そう思いながらも、いざ電話をかけようとすると、なぜか指が止まってしまう。まだ銀座に来て一年あまり。右も左も分からなかった自分を受け入れてくれたのは『クラブ 結』だった。美月ママにも世話になった。店の女性たちにも、いろいろなことを教えてもらった。それなのに――。自分から店を辞めると言うのだ。蓉子は小さく息を吐くと、意を決して電話をかけた。『あっ、ママですか? あの……今、大丈夫ですか?』『あら、蓉ちゃん? おはよう。こんな時間に珍しいじゃない?』『あの……突然なんですが、お店を辞めたいんです』蓉子は迷っていた時間が嘘のように、一気に言葉を口にした。電話の向こうが、一瞬静かになった。『もしもし? 蓉ちゃん、今なんて言ったの?』『お店を……辞めたいんです』『何? いきなりどうしたの?』美月の声が少し大きくなった。『それが、あるお店で私にお店を任せてもらえるという話があって……。やってみようかなと思って、もう返事をしちゃったんです』『えっ……?』美月は言葉を失った。少し前には奈津子が辞めると言ってきた。そして今度は、頼りにしていた蓉子まで。あまりにも突然だった。『うそでしょ……。ショックだわ。そんな急に言われても困るわよ』美月の声には、隠しきれない動揺があった。『だって、蓉ちゃんはまだ入って一年くらいでしょう? やっと仕事を覚えて、これからって時じゃない』『本当にすみ
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【連載小説】第119話 甘い計画

蓉子は奈津子が店を辞めるという話を聞いた時から、言い知れぬ運命のようなものを感じていた。まるで何かに導かれるように、偶然が次々と重なっていく。――もしかしたら、私にママになれと言っているのかもしれない。そんな思いが、頭から離れなかった。『奈津子さん、聞いてくれる?』蓉子は少し興奮した声で電話をかけた。『まだ雲を掴むような話なんだけどね。私、銀座のあるお店を一軒任せてもらえるかもしれないの。まだ返事はしてないんだけど』『蓉ちゃん、凄いじゃない!』奈津子の明るい声が電話の向こうから聞こえた。『今、銀座は潰れるお店も多いって聞くし、やっていくのは簡単じゃないでしょう? でも新しくお店を出すなんて、私なんか夢のまた夢だわ』『ううん、新規オープンって訳じゃないの。今営業しているお店なんだけど、ママが辞めてしまって、新しいママを探しているんですって。それで、なぜか私に話が来たのよ』『へえ……』『ただね、私一人という訳じゃなくて。奈津子さんも一緒にっていう話なの』『え? 私も?』奈津子の声が少し高くなった。『びっくりした。それってすぐにという話なの? それに、その店ってどんな感じ? そもそも誰からの話なの?』『ごめん、私の説明、全然なってないわね』蓉子は思わず笑った。『お店の名前は“クラブビー”。銀座六丁目のコリドー街の近くにあるの。そこのマスターが真田さんといって、以前“結”にも来たことがあるのよ』『ああ……』『その時に奈津子さんを見て、ぜひ来てほしいと思ったみたい。今はママも辞めてしまったし、できれば早く新しい体制を作りたいんじゃないかな。お店も今の“結”より広くて、なかなかいい店よ』そ
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【連載小説】第111話 束の間の幸福

『もしもし、唐澤さん。私、貴美です』『ああ、待ってたよ。もう終わったの?』『ええ。今、どちらにいらっしゃるの?』『君の店の前で、足踏みして待ってるよ』『えっ! そこでは和子さんに……』『冗談だよ。「みゆき」っていう、深夜までやってる喫茶店があるだろ。そこで待ち合わせしないか? というか、さっきからもういるんだ』『分かったわ。すぐ行きますね』貴美は慌ててバッグを掴むと、急いで店を出た。和子はまだ自分のお客様が残っていて、残業らしい。もし、このことを和子に知られたら、大変な騒ぎになることは分かっていた。それなのに、なぜかその罪悪感が心地よい刺激となり、貴美の胸をぞくぞくさせた。それに――唐澤という男性が、もしかしたら自分が探していた人なのかもしれない。そんな直感が、貴美の心の中で囁いていた。その喫茶店は旧電通通りにあり、夏になるとオープンエアーになって、南フランスの気楽さと温かさをイメージした、お洒落で開放感のある店だった。深夜ともなると、店内の九割以上は銀座で働く女性たちのたまり場になる。賑やかな店内は、まるで大きなクラブのようだった。『お待たせしました! 唐澤さんと会えるなんて、夢みたい』『お疲れ様。待ってたよ。でも、素敵な女性を待つのは何時間でも楽しいものさ』『まあ、お上手なんだから』『そんなことないよ。この前、店で会っただろ。あの数分が、今じゃ宝石みたいに俺のどこかで輝いていてさ。忘れられなくなったんだ。だから店まで電話したけど、迷惑だったかな?』『迷惑だなんて……その反対ですごく嬉しかったけど……』『どうしたの? 急に黙って』『和子さんに知れたら、どうしようと思ったの』『
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【連載小説】第108話 運命だと信じた人

和子は、美月ママのお店へアフターで立ち寄る時間が好きだった。クラブの張りつめた空気とは違い、そこには誰もが肩の力を抜ける温かな雰囲気があった。今夜も、お客様と一緒に店へ入る。その時だった。カウンターに、一人静かにグラスを傾けている男性が目に入った。どこか物憂げな横顔。賑やかな店の中にいても、その人だけ時間の流れが違うように見えた。思わず目を奪われる。その男性が、唐澤だった。お客様を美月ママに預けると、和子は自然とカウンターへ近づいた。『お一人ですか?』唐澤は静かに笑った。『そうなんです』その笑顔は派手ではない。けれど、不思議と人の心を和ませる笑顔だった。気づけば二人は、昔から知り合いだったように話していた。仕事のこと。故郷のこと。好きな食べ物。何でもない話なのに時間が過ぎるのが早い。別れ際、和子は少しためらいながら名刺を差し出した。『また、お会いできたら嬉しいです』唐澤はその名刺を大切そうに受け取り、小さく頷いた。『きっと、また』その一言だけだった。けれど、その言葉が和子の胸に残った。それから二日後。店に一本の電話が入った。『唐澤です』その声を聞いた瞬間、胸が高鳴った。待ち合わせをして食事をし、街を歩き、気づけば時間を忘れていた。一緒にいるだけで心が安らぐ。そんな相手は久しぶりだった。その夜、二人の距離は自然と縮まっていった。無理に言葉を交わさなくても、お互いの気持ちは伝わっているような気がした。和子は、この人になら自分の本当の気持ちを話せるかもしれないと思った。それから三か月。二人は時間を見つけては会うようになった。ある夜。静かなホテルの部屋で、和子は堰を切ったように胸の内を
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【連載小説】第107話 由美が夢を信じた夜

ここは由美の部屋。都内でも昔ながらの人情が残る下町にある、小さな2DKのマンションだった。決して広くはない。けれど、隅々まで掃除が行き届き、花瓶には季節の花が一輪。由美らしい、温かな空気が流れていた。今日は宙とゆっくり過ごしたかった。お店でもお酒は控えめにした。『しばらく会えないと思っていたから……夢みたい』そう言って由美は、そっと宙の肩にもたれた。宙は何も言わず、ただ優しく髪を撫でる。『何か飲む?ビール?』『いや……今日はこのままでいたい』どこか元気がない。由美はその表情が気になった。『何かあったの?仕事?』『いや、少し疲れてるだけさ』そう言って笑ったが、その笑顔はどこか寂しげだった。『仕事の話はやめよう。今日は由美ちゃんの話を聞かせて』話題を変えられた。それでも由美には、どうしても聞いておきたいことがあった。姿勢を正し、まっすぐ宙を見つめる。『一つだけ聞いてもいい?』『何?』『宙……結婚してる?』一瞬、宙は目を丸くした。そして思わず吹き出した。『俺が?』自分の胸を指差しながら笑う。『そう』『見てごらん』左手を差し出した。そこには指輪はない。『独り身だよ』由美はようやく息をついた。『ごめんなさい。変なこと聞いて』『何かあったの?』『昔ね、いろいろあって……。だから少し男性を信じるのが怖くなっちゃった』宙は静かに由美の手を握った。『そんな顔しないで』その手の温もりに、由美の緊張は少しずつほどけていった。しばらく沈黙が続く。その静かな時間を破るように、宙がぽつりと言った。『由美ちゃん』『うん?』『君といると、不思議なんだ。初めて会った気がしない』由美は黙って耳を傾けた。『これから
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【連載小説】第96話 眠れぬ夜の告白

 『お願い……一人にしないで。もう限界なの……』香奈ちゃんの声が、静かなバーに響いた。立っているのもやっとというほど酔いが回り、涙で化粧も崩れていた。ここは銀座の片隅にある、知る人ぞ知るバー。看板もなく、紹介がなければたどり着けない店だった。店主の櫻田マスターは、日本中のバーテンダーが憧れる存在で、多くの若者がこの店で修業し、自分の店を持って巣立っていった。それほど名の知れた人だったが、自分のことを語る人ではなかった。『香奈、もうやめよう』いつも穏やかな櫻田マスターの声が、少しだけ震えていた。『やめない!』香奈ちゃんは首を横に振る。『どうして来てくれなかったのよ。私はずっと待ってたのに……』店内の空気が張りつめた。『ここは店なんだ』櫻田マスターは静かに言った。『お客様もいる。頼むから落ち着いてくれ』『嫌よ』香奈ちゃんは涙を流しながら叫んだ。『もう私のところへ来ないなんて言わないで』その声には怒りよりも、置いていかれることへの恐れが滲んでいた。櫻田マスターは深く息をついた。『今日は帰ろう』タクシーを呼び、外まで付き添った。けれど香奈ちゃんは座り込んだまま動かなかった。『帰りたくない……』小さな子どものように首を振る姿に、通りを歩く人たちまで足を止め始めた。櫻田マスターは困ったように空を見上げると、帰しかけたタクシーを見送り、香奈ちゃんをもう一度店へ連れ戻した。店の奥にある小さな部屋へ寝かせると、毛布を掛け、静かにドアを閉めた。しばらくして、美月の店へ一本の電話が入った。『もしもし、美月ママ?』『あら、マスター珍しいですね』『お願いがあるんだ』その声には、いつもの落ち着きがなかった
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【連載小説】第95話 新しい人生へ

『それが……一緒に暮らしている人で』友子ちゃんは血のにじんだ唇をそっと押さえ、小さな声で答えた。『一緒に暮らしているって、お姉さん?それともお友達?』『姉というわけでもないし、友達とも少し違うんです。うまく説明できなくて……』言葉を選びながら話す友子ちゃんの姿に、私は胸が締めつけられた。『その人が、この傷を?』友子ちゃんは黙ったまま、小さくうなずいた。『でも、こんなになるまで傷つけるなんて普通じゃないわ』『私が悪かったんです。怒られるようなことをしてしまったので……』私は思わず首を振った。『事情は分からない。でも、誰にもこんなことをされていい理由なんてないと思う』友子ちゃんは俯いたままだった。『このままの生活じゃいけないって、自分でも思うんです。でも、どうしたらいいのか分からなくて……』その言葉は、助けを求める声のように聞こえた。『ご実家へ帰ることはできないの?』『母は再婚していて、義理の弟もいます。家へ帰っても、自分の居場所がない気がして……。母も気を遣っているのが分かるので、帰りたくないんです』話し終える頃には、友子ちゃんの頬は涙で濡れていた。美月は何か励ましの言葉を探した。けれど、どんな言葉も軽く思えて口にできなかった。『でもね、このままだけは駄目』それだけを静かに伝えた。友子ちゃんは涙を拭きながら、小さくうなずいた。そして、痛む足をかばうように歩きながら帰っていった。その後ろ姿が、ひどく小さく見えた。数日後。友子ちゃんは無断で店を休んだ。それまで一度も欠勤したことがない子だった。嫌な予感がした。翌日、思い切って電話をかけてみた。『もしもし。友子ちゃん、いらっしゃいますか
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【連載小説】第93話 試練の幕開け

ついに、その日がやって来た。「クラブ 結」オープンの日。何度も夢見た一日。人生で一番うれしい朝になるはずだった。それなのに、美月の体は限界を迎えていた。食事はほとんど喉を通らない。夜になると寝汗で何度も目が覚める。喉はいつも渇き、吐き気までしていた。それでも立ち止まるわけにはいかなかった。店へ着くと、お祝いの胡蝶蘭が次々と運び込まれてくる。開店前から店内は華やかな花で埋め尽くされていった。その光景を見ているだけで胸がいっぱいになった。気がつけば、お客様も次々と来店されていた。開店時間など関係ない。「おめでとう。」その一言を伝えようと、多くの方が駆けつけてくださった。けれど、店の中はまるで嵐だった。改装工事が終わったのは前日。スタッフ全員で流れを確認する時間もないまま本番を迎えてしまった。誰もが手探りだった。美月は挨拶をして、お客様を迎え、お見送りをする。それだけで精一杯だった。気づけば一日が終わっていた。二日目も同じだった。ありがたいことに、お客様は絶えなかった。うれしい。本当にうれしい。でも、その喜びを味わう余裕はどこにもなかった。「ちゃんとおもてなしができているのだろうか。」その思いばかりが頭の中を巡っていた。そして三日目。ようやく店内が少し落ち着いた頃だった。『金井さん、こんばんは』『美月ママ、おめでとう』昔からお世話になっていた金井さんだった。銀座へ出てきた頃からずっと見守ってくださっている方で、医学関係のお仕事をされていた。美月の顔を見るなり、心配そうに言った。『顔色が悪いな。具合でも悪いのか』『いえ……大丈夫です』そう答えた瞬間だった。急に涙があふれた。止めようと思
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【連載小説】第126話 もうひとつの月

それから、2ヶ月が過ぎた。美月が思い描いていた2軒目の店が、いよいよ形になった。銀座8丁目。『クラブ 結』から歩いてわずか5分ほどの場所に、美月はもう一つの店を持つことになった。店の名前は――『Club LUNA』LUNA――月。夜の街、銀座に浮かぶ月。『クラブ 結』をここまで育ててきた美月にとって、それは単なる2店舗目ではなかった。もう一つの夢。もう一つの挑戦。そして、これから先の自分の人生を照らしてくれる、もう一つの月だった。店内には、オープンを祝う胡蝶蘭が所狭しと並んだ。白い花々に囲まれた店を見渡しながら、美月は胸の奥が熱くなるのを感じていた。――この店も、きっと大丈夫。そう思いたかった。いや、そう信じていた。『Club LUNA』は、紗和ママに任せることにした。紬ちゃんも一緒だった。そこに新しく募集した女の子たちが加わり、いよいよ新しい店がスタートした。そして迎えたオープン初日。結のお客様たち、そして紗和ママのお客様たちが次々と訪れ、店はあっという間に満席になった。シャンパンが開き、笑い声が響き、カラオケの歌声が店内に流れる。銀座の新店オープンというのは、いつだって華やかだ。その夜だけを見れば、誰もが思う。――この店は成功する。けれど、美月はこれまでの経験から、それが一日限りの華やかさであることも知っていた。銀座では、店を開くことよりも、その店を続けていくことのほうが難しい。1年後。その店がまだ続いているのか。お客様がついているのか。女の子たちがそこで働き続けているのか。そこで初めて、その店の本当の答えが出る。そして、その答えを左右するのがママの腕だった。ただ、オーナー
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【連載小説】第125話 運命の出会い

2軒目の店を出そう。そう決めてから、美月の頭の中は新しい店のことでいっぱいだった。物件はほぼ決まった。あとは、この店を任せる人を探さなければならない。そんな時だった。『クラブ 結』の常連客で、IT関係の仕事をしている棚橋さんから、思いがけない話が出た。棚橋さんはいつも会社の部下を連れて店に来る人で、美月とは長い付き合いだった。『ママ、ちょっと知り合いの女の子が2人いるんだけどさ。今、お店探してるみたいなんだ。紹介してもいいかな?』『珍しいわね。棚橋さんがそんなこと言うなんて』美月は笑った。『今、結では募集してないんだけど……実はね、近いうちに2軒目を出そうと思ってるの』『えっ、2軒目?』棚橋さんは目を丸くした。『ママ、すごいじゃないか。やり手だね』『そんな大げさなものじゃないわよ。でも、そのお店を任せられるママ候補と、女の子を探しているところなの』『なるほど。それなら話はちょうどいいかもしれないな』『それで、その2人ってどんな子なの?』『2人とも銀座の店で働いてたんだけど、そこが今月いっぱいで閉めることになってね。それで次の店を探してるんだ』そこで棚橋さんは少し間を置いた。『紗和ちゃんっていう子がいるんだけど、かなりお客さんを持ってるみたいだよ』『えっ、本当?』美月の瞳が一瞬輝いた。『ぜひ紹介してほしいわ』『もう1人は紬ちゃんっていう子で、紗和ちゃんのヘルプみたいな感じかな』『そうなの』『ただな……』棚橋さんの声が少し低くなった。『紗和ちゃん、いい子ではあるんだけど、ちょっとクセが強いんだよ』『クセが強い?』『まあ、かなり個性的っていうか……。まだ28歳なんだけど、相当頑張らな
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【連載小説】第124話 気の迷い

――読者の皆様へいつもこの物語を読んでくださり、本当にありがとうございます。123話まで、私が実際に経験してきた出来事をもとに、書きためてきた物語でした。そしてこの124話からは、いよいよ一から書き下ろす新しい物語が始まります。記念すべき新しい幕開けの言葉は――「人は時として、気の迷いをしてしまうことがある。」同じ銀座8丁目。ほんの5分ほどしか離れていない場所で、思いがけない出来事が始まっていきます。これもまた、私自身の経験と、その時々の選択から生まれた物語です。今だからこそ振り返ることができる、女たちの生き方。そして、あの頃の美月が何を思い、何を選び、どこへ向かっていったのか。ここからは、これまで以上にリアルタイムで動き始める美月の世界を、心を込めて綴っていきます。どうぞ、最後までお付き合いください。第124話 気の迷い人は時として、気の迷いをしてしまうことがある。その時は、それが間違いだとは思わない。むしろ――それが自分にとって一番いい選択なのだと、信じてしまう。『クラブ 結』が十周年を迎えようとしていた頃、美月の店には新しい風が吹いていた。奈津子と蓉子が去ったあと、一時は売上も落ち込んだ。けれど、そんな心配をよそに、桃子がいつしか店の顔になり、紹介や募集で集まってきた女の子たちも、それぞれ個性豊かだった。時代はまだ好景気の真っただ中。銀座全体が華やかな熱気に包まれていた。気がつけば、「10階建てのビルの中で一番忙しい店」そんな噂まで聞こえてくるようになっていた。美月にとって、『クラブ 結』はようやく自分の手で育ててきた店になっていた。そんなある日の昼下がり。自宅で昼食をと
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【連載小説】第122話 知らされた開店

ショックを通り越して、言葉さえ失うほどの出来事を知ったのは――。それから、そう先のことではなかった。その夜も『クラブ結』は、いつものように賑わっていた。カウンターでは愛がグラスを洗い、女性たちの笑い声が店内に響いている。美月も、いつものようにお客様の席を回っていた。そんな時だった。『ママも寛容だね』斉藤が、何気ない口調で言った。『え? 何のこと?』美月には、何のことなのか分からなかった。『蓉子ちゃんと奈津子ちゃんのことさ』『あの2人がどうしたの?』『えっ? ママ、知らないの?』斉藤は不思議そうな顔をすると、バッグの中から一枚の封筒を取り出した。『これ、見てよ』『え?』美月は差し出された封筒を受け取った。そこには、見覚えのある2人の名前が並んでいた。――蓉子。そして。――奈津子。『これは……』美月の指が止まった。『そうだよ。あの2人がお店を出したのさ。ほら、連名になっているだろう?』『うそ……』それだけ言うのが精一杯だった。頭の中が、一瞬真っ白になった。蓉子が店を任されるという話は聞いていた。だから、いつかどこかでママになるのだろうとは思っていた。けれど――。奈津子と一緒だったとは。そんなことは、一度も聞いていない。『ママ、本当に知らなかったのか?』斉藤の声が聞こえる。だが、美月にはその声が、どこか遠くから聞こえてくるようだった。『なんてやつらだよ。ママにあれだけ世話になっていながら、案内状の一枚も寄こさないなんて』『……』『世の中には礼儀ってもんがあるだろう。俺は、そんな店には行くつもりないよ。ママ、安心しな』古くから『結』に通ってくれている斉藤だった。美月のことも、店のことも
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【連載小説】第120話 甘い数字の罠

ここは『クラブ 結』からほど近い場所にある喫茶店『双葉』。昼間は近所の会社員や買い物客で賑わっているが、夜になると銀座のクラブで働く人間たちがひっそりと集まる場所でもあった。店長やマネージャーが女の子と待ち合わせをし、新しい店の話を持ちかける。いつしかこの店は、夜の世界の人間たちから「面接会場」のような場所だと言われるようになっていた。その日の夕方。蓉子と恵美は、向かい合って座っていた。しかし、和やかな空気とはほど遠かった。『蓉ちゃんさ、いったい何を考えてるの?』恵美は腕を組み、厳しい目で蓉子を見つめた。『美月ママに何か恨みでもあるわけ?』『そんなことじゃないですよ』蓉子は少し困ったように笑った。『美月ママに恨みなんて、考えたこともありません。ただ……私がお店を任せてもらえるかもしれないことになって。それで恵美さんにも一緒に来てもらえたらと思っただけです』『じゃあ聞くけど』恵美の声が少し低くなった。『私以外にも奈津子さんを誘ったの?』蓉子は一瞬、言葉に詰まった。『……はい』『美月ママから聞いたわ。奈津子さん辞めるって』『ええ』『蓉ちゃん。長くいた子が一度に3人もいなくなったら、『結』はどうなると思う?』『……』『残るのは唯ちゃんと、あとはまだ入ったばかりの子たちじゃない』『まあ、そうなるかもしれませんけど……』『それでも、私たちが心配することじゃないって言うの?』蓉子は思わず視線を逸らした。『恵美さん、それは……』『もういいわ』恵美は静かに立ち上がった。『あなたには、銀座のルールも恩もないようね』『そんな言い方……』『長く一緒に働いてきた店を出ることが悪いって言ってるんじゃない
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【連載小説】第118話 捨てる神あれば、拾う神あり

『クラブ結』は、煌びやかで華やかな銀座の高級クラブとは、少し違っていた。美月が目指していたのは、どこか家庭的で温かい店。初めて来たお客様でも、なぜか肩の力を抜いて過ごせる。そんな店にしたかった。それは、美月ママの変わらない信条でもあった。そのせいか、『クラブ結』には女性のお客様も多かった。ある日、昔からの馴染みのお客様、海老名さんが、会社の部下だという女性3人を連れて来店した。その中に、桃子という女性がいた。美月は、彼女を見た瞬間に目を奪われた。華やかな美しさがある。けれど、ただ綺麗なだけではない。どこか知的で、品のある雰囲気をまとっていた。――この子、いいわね。なぜだか、そう思った。『海老名さん、今日はありがとうございます。こんな素敵な女性に囲まれて会社へ行けるなんて、毎日楽しみでしょうね』『ママ、分かる? そうなんだよ』海老名さんは嬉しそうに笑うと、周りには聞こえないように、美月だけにそっと言った。『やっぱり女性は美人に限るよ』美月は思わず笑った。今の時代なら、そんなこともなかなか口にしづらいのかもしれない。『桃ちゃん、このお店は初めてだったね? こちらがママさんよ』『あっ、初めまして。桃子と申します』『まあ、桃ちゃん。なんて綺麗な方なの』美月は思わず、本音を口にしてしまった。『こんな美人さん、うちで働いてくれたら嬉しいんだけど』『おいおい、ママ。勘弁してくれよ。親御さんに叱られちゃうよ』海老名さんが慌てたように笑った。『冗談ですよ』美月も笑ってごまかした。けれど――。まんざら冗談でもなかった。ただ、その頃の『クラブ結』は女の子も揃っていて、募集をする必要もなかった。だから
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【連載小説】第117話 裏切りのささやき

真田マスターは、蓉子にいきなりこう言った。『うちの店でママをやらないか?』あまりにも突然の話だった。銀座に来て、まだ1年。手元にあるお客様の名刺を数えても、50枚ほどしかない。そんな自分が、いきなりママになれるのだろうか。蓉子には、とても現実的な話とは思えなかった。『マスターにそう言っていただけるのは嬉しいですけど……どう考えても無茶じゃないかしら?』『どうして?』『だって私、お客様をたくさん呼べるわけでもないし、自信なんてありません』マスターは水割りを口に運び、少し考えるように黙った。『まあ、そう結論を急がなくてもいいよ』そして、グラスを置くと蓉子の顔を見た。『実はな。これからが本題なんだけど、ちょっと微妙な話なんだ』『微妙な話?』『蓉子ちゃんは、これからどうしたい?』突然そう聞かれ、蓉子は考え込んだ。『私ですか……』子供の顔が浮かんだ。まだ小さい。これから先、教育費もかかる。今は何とか生活できていても、このままでいいのだろうかという不安は、いつも心のどこかにあった。『子供もまだ小さいですし、これから教育費だってかかります。考えたら、とてつもなくお金が必要ですよね』『そうだな』『今のお店でも楽しく働かせてもらっています。でも経済的なことを考えると、このままでいいのかなって思うこともあります』蓉子は少し笑った。『でも、まだ銀座の空気にやっと慣れてきたくらいです。これから先のことなんて、正直、何も分からないっていう感じです』『もしもだよ』マスターがゆっくりと言った。『今、結にいる古株の女性たちが一緒だったら、どうかな?』『え? みんなですか?』『いやいや、最後まで聞けよ』マスター
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【連載小説】第115話 思いがけない出会い

世の中、突然何が起きるか分からない。その頃の『クラブ結』は、常連のお客様にも恵まれ、女の子たちもようやく落ち着いてきた。これから――と思った矢先だった。それまで頑張ってくれていた女性たちが、結婚やそれぞれの事情で次々と辞めることになった。中には、あまりにも酒癖が悪く、こちらから他のお店を紹介して辞めてもらった女性もいた。一人辞めると、なぜか続く。その連鎖は怖いもので、瞬く間に人手不足が深刻な問題になった。それでも、店の軸になっている女性たちは変わらずいてくれたので、さほど危機感を抱いていたわけではなかった。それでも急いで、アルバイト情報誌で募集をかけることにした。このアルバイト情報誌というのが、なかなかの曲者だった。その週によっては、問い合わせの電話が一本もないこともある。かと思えば、突然、何本もの電話が殺到することもある。ところが今回は、まるで宝くじにでも当たったようだった。面接に来る女性が、揃いも揃って美人ばかりだった。私は自分の幸運に、思わず感謝した。その中でも、蓉子ちゃんという女性は、決して若いという年齢ではなかったが、色白で品の良い美人だった。そして、持って生まれたものなのだろう。人を自然に惹きつける、不思議な魅力を持っていた。もう一人は、早紀ちゃん。こちらも美人だったが、どことなく表情が乏しく、暗い印象があった。それでも、それを上回るほどの美貌があったので、来てもらうことにした。『クラブ結』の中心になっている女性は三人だった。一番古株なのが恵美さん。年齢も一番上だったことから、みんなのリーダー的な存在だった。次が、例の奈津子さん。たくさんのお客様を持ち、事実上のナン
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【連載小説】第99話 胸騒ぎの約束

『ねえ、美月ちゃん。最近、変なのよ』久しぶりに香奈ちゃんとランチへ出かけた。場所は、目黒の庭園美術館近くにあるお気に入りのイタリアンレストラン。テラスには心地よい風が吹き、穏やかな昼下がりだった。それなのに、香奈ちゃんの表情だけは晴れなかった。黒いタンクトップに幾何学模様のロングスカート。道行く人が思わず振り返るほど華やかな装いだったが、その瞳には怯えが宿っていた。『誰かにつけられている気がするの』『どういうこと?』『昨日もね、お店からタクシーで帰ったでしょう。降りる時に運転手さんが、「銀座からずっと後ろを走っている車がありますよ。気をつけてください」って』香奈ちゃんは小さく身震いした。『振り返ったら、少し離れたところに黒い車が止まっていたの』『考えすぎじゃない?』私は笑って答えた。『こんな真っ昼間からサスペンスじゃあるまいし』そう言ってみたものの、香奈ちゃんの不安そうな表情は変わらなかった。『そうだといいんだけど……』その声だけが、妙に胸に残った。数日後。香奈ちゃんのもとへ一本の電話が入った。『俺だけど』聞き慣れた声だった。『……何の用?』『一度、会って話がしたい』『今さら何を話すの?』『ちゃんと謝りたい』その言葉に、香奈ちゃんは黙り込んだ。忘れようとしても忘れられない相手だった。だからこそ、心は揺れた。『今日の六時、あのホテルの喫茶店で待っている』「あのホテル」二人が何度も待ち合わせを重ねた場所だった。『……分かった』電話を切ったあとも、受話器を握る手は震えていた。しばらくして、香奈ちゃんから美月に電話がかかってきた。『美月ちゃん、怒らないで聞いてね』『どうしたの?』『マス
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【連載小説】第98話 消えない傷

『あなた、起きて』まだ夜が明けきらない静かな部屋に、張りつめた声が響いた。『こんな朝早く……どうしたんだ』眠そうに目をこすった櫻田マスターの前へ、一枚の写真が差し出された。『これ、どういうこと?』そこには、温泉旅館の浴衣姿で並んで微笑む櫻田マスターと香奈ちゃんが写っていた。マスターは写真を見た瞬間、眠気が一気に吹き飛んだ。『……これは』言葉が出ない。『昨日、この写真が私宛てに送られてきたの』奥様の声は震えていた。『説明して』部屋には重苦しい沈黙だけが流れた。『違うんだ』ようやく絞り出した言葉だった。『こんな写真は……』しかし、その続きを口にする前に、奥様が遮った。『見え透いた言い訳は聞きたくないわ』その一言が胸に突き刺さった。『それに最近、何度も無言電話がかかってくるの。その相手も、この人なんでしょう』マスターはうつむいた。何を言っても信じてもらえない。そんな空気だった。『悪かった』その一言が、かえって事態を悪くした。『認めるのね』『違う、そういう意味じゃ……』『もういいわ』奥様は静かに立ち上がった。『しばらく実家へ帰ります』荷物をまとめる音だけが部屋に響く。止める言葉も見つからないまま、玄関のドアは静かに閉まった。部屋には、取り残されたような静けさだけが残った。一人になったマスターは、しばらく動けなかった。頭の中では同じことが何度も繰り返されていた。どうしてこんなことになってしまったのか。そして、自然と受話器に手が伸びていた。『もしもし』電話口から聞こえたのは、香奈ちゃんの声だった。『俺だ』『……どちら様ですか?』『櫻田だ』しばらく沈黙が続いた。『何のご用でしょう』その冷たい
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【連載小説】第97話 壊れ始めた心

『実は俺は、とんでもない間違いをしてしまったのかもしれない……』静かなバーのカウンターで、櫻田マスターはグラスを見つめたまま、小さくつぶやいた。その横顔には、いつもの落ち着きはなかった。『マスターがそんなことを言うなんて……何があったんですか?』しばらく沈黙が流れた。やがてマスターは、重い口を開いた。『俺は昔から、公私混同だけはするまいと決めてきたんだ。店では感情を持ち込まない。家族のことも、自分のことも話さない。それが客商売だと思って生きてきた』一度言葉を切ると、苦笑いを浮かべた。『でも三か月くらい前かな。香奈ちゃんを酔って家まで送った夜があった。その時……一線を越えてしまった』美月は思わず息をのんだ。『それから付き合うようになったんだ。でも、俺は家庭もある。このまま続けるわけにはいかないと思って距離を置こうとした』マスターは深く息をついた。『ところが香奈ちゃんは、それを受け入れられなかった』美月は静かに聞いていた。『今日みたいなことが続いているんだ。この先、何か起きるような気がしてならない』そして、美月の目を見た。『美月ママ、頼めないだろうか』嫌な予感がした。『香奈ちゃんとは友達なんだろう?君から少し話をしてもらえないか。穏やかに別れられるように……』美月はゆっくり首を横に振った。『申し訳ありません。でも、それは私にはできません』マスターは黙っていた。『二人の問題は、お二人で向き合うしかないと思います』『そうか……』その一言だけだった。けれど、その表情には焦りと後悔が入り混じっていた。『俺だって苦しいんだ』マスターは静かに続けた。『こんなことになるとは思わなかった』美月は何
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【連載小説】第92話 仲間が集う日

赤坂のママは、有美ちゃんを優しい目で見つめながら話してくださった。『有美は、この店のリーダーみたいな子なの』その声には、娘を送り出す母親のような温かさがあった。『劇団でも中心になって頑張っているし、フラメンコの先生もしているのよ。本当は手放したくないくらい大切な子』美月は有美ちゃんの顔を見た。穏やかな笑顔。物静かな話し方。劇団で踊る人というイメージとは違い、どこか安心感のある女性だった。その笑顔が、なぜか母に少し似ているような気がした。その瞬間だった。(この子と一緒にお店を作りたい)そう思った。『有美さん』『はい』『来月、銀座で小さなお店を開くの。まだ何もかもこれからのお店なんだけど一緒に作ってみない?』有美ちゃんは少しも迷わず答えた。『私でよければ、ぜひお願いします』『本当に?』思わず声が大きくなった。『ありがとうございます』それだけで胸がいっぱいになった。『早速だけど明日お店へ来られる?』『はい。伺います』話は驚くほど自然にまとまった。人とのご縁とは、こういうものなのかもしれない。それから夏美ちゃん、美由希ちゃんも加わることになった。三人とも劇団で頑張っている明るい女性たちだった。仲間が少しずつ増えていく。そのことが何より心強かった。けれど、まだ安心はできなかった。美月は容子ちゃんへ電話をかけた。『もしもし』『美月ちゃん、お店どう?』『何とか準備は進んでいるんだけど、女の子がまだ足りないの』事情を話すと、容子ちゃんは笑った。『美月ちゃん、一人忘れてない?』『えっ?』『私よ』思わず言葉を失った。『でも容子ちゃんはヴィーナスでしょう』『辞めるわけにはいかないけど、深夜なら手伝え
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【連載小説】第66話 銀座の落とし穴

新年のミーティングは終わった。いや、終わったというより嵐が通り過ぎたと言ったほうが正しい。環ママの叱責は一時間近く続き、店内には重苦しい空気だけが残っていた。涙を流している女性もいる。誰も顔を上げようとしない。美月はちらりと雅子ママを見た。表情は変わらない。けれど現場を任される立場として、その胸中が穏やかでないことだけは伝わってきた。美月自身はまだ環ママとの付き合いが浅く、なぜそこまで怒るのか正直よく分からなかった。だが話を聞いているうちに少しだけ理解できた。環ママが怒っていたのは着物ではない。銀座の女としての誇りだった。当時の銀座では仕事始めの日になると、新日本髪を結い、稲穂や華やかな髪飾りを挿し、黒留袖や格の高い着物で新年を迎えるのが慣例だった。それが今年のゴールドでは、偶然にも誰一人そうしていなかった。環ママの怒りはそこに向けられていた。『銀座とは何か。何が大切なのか。来月、一人ずつ聞きますからね』そう言い残して環ママは席を立った。店内には重い沈黙だけが残された。ミーティングの後は、恒例のお弁当の時間だった。本来なら賑やかな時間のはずなのに、誰も大きな声を出さない。『ねえ、美月ちゃん』隣の和美ちゃんが小さな声で言った。『私たち、本当に答えなきゃいけないのかな』『全員って言ってたものね』『でもさ・・・』和美ちゃんは周囲を見回してから続けた。『あれって雅子ママに直接言えないことを、私たちを通して言っただけじゃないのかな』美月は思わず苦笑した。銀座は華やかに見える。けれど人が集まる場所には、やはり人間関係があるのだ。それから数日後。店に入った瞬間、いつもと違うざわめきが聞こえた
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【連載小説】第76話 走馬灯の向こう側

その頃の美月は麻布十番近くのマンションに住んでいた。都心なのに駅までは遠く、不便な場所だったが、それでも銀座へ通うには十分だった。あの日は二月の冷たい午後だった。月に一度のミーティングの日。買い物を済ませて早めに銀座へ向かう予定だった。スーパーを出て、自転車で横断歩道へ向かう。信号は青に変わった。右側に黒い車が停まっているのは見えていた。だから安心して前を横切った。その瞬間だった。――ドーン。激しい衝撃が体を突き抜けた。何が起きたのか理解する前に、美月の体は宙に浮いていた。不思議なことに時間が止まったようだった。いや、止まったのではなく、極端にゆっくり流れていた。その一瞬の間に、幼い頃の景色、学生時代、夜の世界に入った日、銀座へ来た日のことまで、人生の記憶が映像のように頭の中を駆け巡った。後になって思えば、あれが走馬灯だったのかもしれない。そして浮いている間、なぜか頭の中で誰かがささやいた。――顔だけは守らなきゃ。――頭だけは守らなきゃ。銀座の女性にとって顔は商売道具だった。無意識だった。本能だった。気づけば美月は必死に顔と頭を庇っていた。次の瞬間、地面へ叩きつけられた。『大丈夫ですか!』男性の声がした。スーツ姿の五十代くらいの男性だった。顔は真っ青で、今にも倒れそうなほど動揺していた。美月は声が出なかった。ただ涙だけが止まらない。『救急車を呼びます。動かないでください』人間は本当に大きな衝撃を受けると、痛みより先に思考が止まるらしい。美月はただ呆然としていた。やがて救急車が到着し、近くの病院へ運ばれた。検査の結果は打撲のみ。骨折もなく、命に別状もなかった。医師の説明を聞いた時
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【連載小説】第59話 銀座の女

とうとうその日が来た。あの雑誌で見た、“銀座のママ”に会う日。私は朝から落ち着かなかった。クローゼットを何度も開けて、一番お気に入りのワンピースを選び、鏡の前で何度も髪を整えた。アイラインを引く手が震える。口紅の蓋が見つからない。イヤリングも片方しかない。まるで初舞台を迎える新人女優みたいだった。私は昔から楽天家な性格なのに、あの日ばかりは違った。怖かったのだ。もし、「あなた銀座には向いてないわ」そう言われたらどうしよう。その瞬間、すべてが終わる気がしていた。その時、電話が鳴った。『もしもし』『おはよう。今、下に着いたよ』川崎先生だった。『えっ!?』時計を見ると、予定よりかなり早い。『先生ちょっと待って!まだ支度が!』私は慌てて鏡に向かった。東京へ向かう高速道路は、不思議なくらい空が青かった。『大丈夫か?』『もう昨日から緊張しっぱなし』『取って食われる訳じゃないんだから』先生は笑っていたけれど、どこか落ち着かない様子だった。それもそうだ。自分の姉に、一人の女の子の人生を預けるようなものなのだから。『でも今日は、美月ちゃんの人生が変わる日かもしれないな』その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。東京。そして銀座。私にとっては、テレビの中の世界みたいな場所だった。やがて、東京でも有名な『Tホテル』へ到着した。重厚なロビー。磨き上げられた大理石。静かなラウンジ。歩いている人たちまで、地方とは空気が違う。私は完全に圧倒されていた。『先生どうしよう。また心臓バクバクしてきた』『だから大丈夫だって』そう言って先生は笑った。『おお、お待たせ』その声に振り返った瞬間、私は息を呑んだ。そこにいたの
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【連載小説】第49話 崩れた代償

それから数日後の土曜日。川上は、義父から呼び出された。高い塀に囲まれた屋敷。門の奥に広がる、静かな庭。その静けさが、かえって重かった。通された客間。そこには、義父である会長が座っていた。『座りたまえ』短い一言。逃げ場は、なかった。『景子がな——』その名前だけで、胸がざわつく。『別れたいそうだ』言葉は、あまりにも簡単だった。『もう一緒には住めないと』『……』何も言えなかった。『君のことは調べさせてもらった』その一言で、すべてが終わった。『飲み屋通い』『こずえという女』『もう噂になっている』逃げ場は、どこにもなかった。『浮気はな、男の甲斐性だ』意外な言葉だった。『だが——』会長の目が、鋭くなる。『女房ひとり守れない男に、会社は任せられん』その言葉が、すべてだった。『取締役会で辞意を表明してくれ』『……待ってください』ようやく出た言葉は、弱かった。『ただの浮気です』『そんなことで——』『黙れ!』空気が震えた。『原因を作ったのは君だ』『辞任か、解任か』『よく考えなさい』それだけ言って、会長は立ち上がった。残されたのは、取り返しのつかない現実だった。(……終わった)その一言が、頭の中で繰り返される。その夜。電話が鳴った。『もしもし?』こずえの声。いつもと同じはずなのに、遠く感じた。『あの物件の話なんだけど——』『……無理だ』それだけだった。『え?』『会社、辞めることになった』沈黙。『だから、もう会えない』その言葉は、逃げるようだった。『ちょっと待ってよ!』『手付けを払ってるのよ!』『どうしてくれるの!』もう、何も守るものはなかった。『俺をあてにするな』そう言って電話を置いた。その瞬間、す
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【連載小説】第37話 宣戦布告

『ひとつ、よろしいかしら』沈黙を破ったのは、奈々ママだった。その一言で、場の空気が変わる。『最近、少し気になることがあるの』静かな口調。けれど、その声には棘があった。『このお店は指名制よね。誰でも指名されれば席につけるし、指名料も入る』ゆっくりと、言葉を選ぶように話す。『でも——』その一瞬の“間”が、妙に長く感じられた。『一部で、お客様が特定の子を指名しないようにあることないことを吹き込んでいる、そんな話が耳に入ってきたの』ざわつきが、広がる。『名前は出さないけれど——』そう言いながら、奈々ママの視線はまっすぐ、美涙の方へ向けられていた。それだけで十分だった。誰のことを言っているのか。この場にいる全員が理解した。空気が、一気に張りつめる。『みんな静かにしてくれ!』大塚店長の声が響いた。『今の話が事実なら、あってはならないことだ。言動には十分気をつけるように』そのまま場を収めようとした、その時。『店長、ひとついいですか』声を上げたのは、由佳だった。『その話、証拠はあるんですか?』場の空気が、さらに重くなる。由佳は、美涙の一番の理解者だった。義理と筋を重んじる女。だからこそ、引かなかった。『それは……』さすがの店長も言葉に詰まる。『私が答えるわ』奈々ママが口を挟んだ。『信頼できる人から直接聞いた話よ。間違いないわ』『その人って、どなたですか?』一瞬で、空気が凍りついた。『あなたに答える義務はないわ』奈々ママの声は、ほとんど悲鳴に近かった。今にも何かが弾けそうな空気。その時だった。『もうその辺にしましょう』麗子ママが、静かに口を開いた。『事実関係は私たちで確認します。今日はここまでに
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【連載小説】第32話 甘い誘いの裏側

『美月ちゃんお疲れさま、今日はどうだった?』 と麗子ママが美月にそっと近づいて猫撫で声で囁いた。 麗子ママは最初に会った時から感じていた。 この子は、ただの女の子じゃない。 夜の世界で、何かを残す女だと直感で感じていた。『ええ、緊張して何がなんだか分からなかったです』 本当はワクワクしていた自分がいたのに何故か言えなかった。 『お給料も今の倍にするから美月ちゃん考えてみてよ』 『えっ、倍ですか!』 急に目の前の川に黄金の橋がかかって渡ってみようかと思った。 『ママさん私、働いてみます!』と思わず言ってしまった。 『良かった!分からない事は私が教えるし店長にも頼んであげるからね。 早速、明日から来てね。あっ、そのママさんはなしね。ママだけでいいのよ』 『はい、宜しくお願いします』 なんて単純なのかと思ったが当時実家から独立したかったのでお金が欲しかったのだ。 そして次の日、 『おはよう!』 『あっ!おはようございます。よろしくお願いします』 『ママから聞いてると思うけどうちは厳しから覚悟しておいてくれ』 大塚店長は鬼塚と言われるくらい厳しい人だが人情味もある店長だった。 『はい!』 『じゃ、注意事項をいくつか』 『まず禁止事項!』 『あ、はい!』 『遅刻は厳禁!人間として守らなきゃいかん』 『次!足組んだり肘をテーブルについてもダメだ!そんなのを見たら客の前でも注意するからな』 『次!客の前でつまみは食べるな、おい!聞いてんのか』 『はい、聞いてます』 『次!同伴は8時半まで。1分でも遅刻したら給料から引くからな』 『次!』 言葉は短く、鋭かった。 そのたびに、美月の背筋が伸びる
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【連載小説】第30話 そして物語は続く

帰りを待っているかのように、いつもと変わらない萌の部屋はまるで、時間だけがそこに置き去りにされたようになっていた。あれから何年経っただろうか? 最初は何もかも手がつかず、ただただ泣いてばかりの日々だったが時間が雅子を少しづつ癒してくれた。 それでも、心の奥に残った傷が消えることはなかった。 そんなある日、 思いがけず弟から電話があった。 『姉さん、元気にしてる?』 『珍しいじゃない、何かあったの?』 『それがさ、ちょっと頼みがあって電話したんだ』 その声は少し照れているような嬉しそうな声だった。 『俺の知り合いで銀座で働いてみたいって子がいて姉さんに紹介したいのだけど、どうかな?』 『そんなお願い初めてね、嬉しわ、いつでもいいから合わせてよ』 弟の高坂はそんな頼みをした事がなかったのでほっと胸を撫で下ろした。 『それじゃ、本人と相談してまた連絡するよ』 その電話こそが雅子と美月の運命が、静かに交差する始まりだった。 その名は、 美月。 波瀾万丈の海に飲み込まれそうになりながらも必死に生きるひとりの女の物語が、 いま、静かに幕を開けようとしていた。
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【連載小説】第26話 甘い嘘の終わり

『ただいま・・・。』 と萌は恐る恐る家の玄関を開けた。 シーンと静まり返った家は妙に不気味な雰囲気で 今にも怒鳴られるのじゃないかと心臓の音だけが響いた。 そっと恒子の部屋へ行き 『恒さん』と小さい声で呼んでも返事がなく部屋を覗いたが 綺麗に整頓されたままだった。 そして居間へと入ったが何か変だった。 綺麗好きな2人だからテーブルの上にはいつも何も置いていないはずなのに 今までそこに人がいたようにコーヒー茶碗や湯呑が置きっぱなしで しかも椅子が倒れていた。 もしや2人に何かあったのかと驚いて母親の寝室へ駆け込んだが やはり母親もいなかった。 どうしたんだろう?何処へ行ったのかしら? もしかしたら私を探しているの? といろいろな推測で頭が混乱した。 と、その時電話が鳴って飛び上がりそうになった。 『もしもし』 『あ、萌あなたどこにいたの!まったくもうこんな時に!』 『おかあさん、どこにいるの?何かあったの?』 『どうもこうも恒さんがいきなり倒れたのよ、救急車で運ばれて今やっと落ち着いたところよ』 『え!恒さんが、、、大丈夫なの?』 『大丈夫な訳ないでしょ、昨日の夜から一睡もしないで あなたを待っていたのよ。自分のせいだと何度も謝って もう寝たほうがいいと言ったのだけど、あなたを待つからと朝まで起きてて やっと寝るように頼んで席を立ったとたんバタンと椅子から落ちて そのまま意識なくなったのよ。それから大変だったわよ』 『ごめんなさい。私のせいで』 萌はとんでもないことをしたと今さらながら悔やんだ。 『また詳しいこと後で話すからあなたも急いでここに来なさい!』 どうしよう恒さんにもし
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【連載小説】第24話 運命という甘い罠

人が人に惹かれるのって 『この人だ』と理屈抜きで何かを感じるのだと思う。 それがもし運命の人だったら何の支障もなく、気づくといつも一緒にいることになるだが、、、 『ねえ、運命って信じる?』 『運命?分かんないけどなんか信じたい気がする』 萌は拓海の腕の中でスローなリズムに合わせて踊っていた。 回りにはかなりの人がいるはずなのに萌には拓海の肌の温かさと 微かに香るコロンの匂いだけに包まれていた。 そしてこの時間がこのまま止まって欲しかった。 『萌ちゃん僕、出会ったの運命だと思わない? 僕は萌ちゃんと会った瞬間から運命を感じるんだ』 『運命?』 と萌はささやくように言った。 『それで僕達は恋人同士になるのさ』 『まだ知り合ったばかりなのに』 『ひと目惚れってやつかな』 『私でいいの?今日だって綺麗な人たくさんいるのに』 『他の誰でもなくて、俺は萌ちゃんだけしか見えないよ、 ほら目を見てごらん、本気だって分かるだろう』 と拓海は萌の肩を両手で抱きながら目を覗きこんだ。 萌は魔法にかかったように全身から力が抜けて その場に崩れ落ちそうになるのを必死で耐えた。 萌は私も拓海さんに会った瞬間から忘れられなくなったって内心思ったが 声がでなかった。 その2人をじっと見つめている1人の男性がいた。 智史は拓海の性格を知っていたので まだ高校生だというゲームセンターにいたあの子が なぜか心配で仕方がなかった。 拓海の性格は奔放に出来ていて 女性との関係もその場限りで何人もの女性が傷ついて泣いたことかしれなかった。 今日もその毒牙にかかるのかと思った瞬間、 胸の奥がざらついた。 力強く握った手のひ
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【連載小説】第21話 光の前夜、影は動く

萌はもう少女ではなかった。 母が頂点へ駆け上がる間に、 彼女もまた、大人になりかけていた。 だがその家には 温もりより静寂が多かった。 雅子は年収が億を超える銀座でも伝説的な女性へと登りつめ、この秋に念願のお店をオープンすることとなった。 何処にでもあるようなお店ならばいつでも出来たのだが 夜の銀座のメインストリートといえば並木通りで そのビルには名の知れた有名店ばかりが入っていた。 雅子は自分の店はそこ以外は考えられなかった。 そしてお店の格を上げるためには 銀座でも屈指のホステス達を集めることが 重要課題だった。 どれだけ売上の数字を持っている女性を集めることができるかが 勝負の分かれ道になる。 それには周到に準備する必要があり 数年の月日を要した。 そしてやっとすべてが揃いオープンとなったのである。 萌はいつの日からか 仕事に夢中になっている母親に対して 憎しみさえも覚えるようになっていた。 同じ家に住みながらすれ違いの日々は、 離れて暮らしているよりも辛く感じるのではないかと思った。 そして事件は突然訪れた。 それはまさに雅子の夢が花開くオープンの前日に起きてしまった。 その日は夕方からスタッフ全員を集めて最終ミーティングの最中のことだった。 『もしもし奥様!大変です!』 『あら恒さん、今ミーティング中なのよ』 『それが奥様の部屋に洗濯物を仕舞おうと入ったら書置きがあったのです』 『書置きってまさか家出とか?ちょっと待って』 と雅子はホールから出て誰も居ない場所を探して話し始めた。 『恒さんその手紙開けていいから読んでちょうだい』 『では読みますよ。 ”ママへ。 私はこ
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【連載小説】第19話 王座の条件

『ゴールド』に入ってから三ヶ月。 雅子の席には、常に人の輪ができていた。 売上表の一番上に その名前が載った日、 奈那子は一度も視線を合わせなかった。 『大越さん、ねぇ、今日お店が終わった後どこかへ行かない?』 と雅子は神妙な顔で誘った。 『珍しいね、雅子ちゃんからなんて』 大越の声が少し弾む。 雅子は笑った。 今日はおとすと決めていた。 でも、それは身体ではない。。。 雅子がターゲットにしたのは、 馴染みの大越さんだった。 というのも大越さんは小さな町工場から今や日本を代表する企業の 経営者となり財界でも有名人だった。 大越は最初に会った時からどこか癒される不思議な魅力があった。 そしてシャンパンや高級ワインなど言いなりであけてくれる 言わばホステス好みの太客だった。 静かなバーで、 雅子はゆっくりと過去を語った。 貧しさ。 恐怖。 二度と戻りたくない日々。 語り終えた時、大越はグラスを握りしめていた。 『そうだったのか、雅子ちゃんも苦労したんだね。 いや実は今日雅子ちゃんからアフター誘われて いいことあるのかななんて期待してたんだよ。 でも今日はいい話きかせてもらったよ。 生きることの貪欲さっていうのかな、 俺は努力を惜しまず生きてる人間が男女問わず好きなんだ』 その目は、欲望ではなく尊敬だった。 雅子は内心で息を吐く。 、、、勝った! 『大越さんありがとう。こんな話を誰にも言ったことがなかったの。 だって哀しすぎるもの。実際の話だって誰も信じてくれないと思うし』 『いや俺は雅子ちゃんを会社あげて応援するよ』 その一言は 軽い酔いの勢いではない。 財界の男が 一人の女に賭け
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日常はこうして崩れ去る02

 夜になり、集合場所へ行く。結構な人数が集まっており、佐山の兄はとても迷惑そうな顔をしていた。 「おま、こんな大人数って聞いてないぞ!」 「だってぇ、他のクラスの子も噂を聞いて来ちゃったんだもん」  ひそひそ声で怒る兄に対して、佐山はにこにこと笑顔で返している。兄ははぁとため息を吐くと、どうなっても知らんからな、自己責任だからな!と言って秘密の抜け穴へと向かっていった。その後ろをぞろぞろと高校生達が続いていく。 「何か夜、出歩いているってだけでドキドキするな!」 多賀は興奮したようにさっきからずっと喋っている。どーまは適当に相槌を返しつつも、その言葉は全て耳に入る前にシャットダウンしていた。 「今から山に入る、いいか、今日見たことは誰にも内緒だからな!」  はーいと返事を数人返していたが、きっとこの抜け穴の噂は明日瞬く間に広がっていくだろう。体勢を低くして抜け穴を通っていくと、調査員の声が頭上で聞こえた。今日はもう撤退するらしい。 「タイミングよすぎるだろ」 「狙ってきたんじゃないのか?」  調査員が撤退準備を見つつ、抜け穴を通っていく。すると、先頭の方からおぉぉぉ!という大きな声が聞こえてきた。 (きっと落下物に辿り着いたんだ!)  どーまは這うスピードを早め、抜け穴を通り抜けた。するとそこには立ち入り禁止の看板に囲まれた銀色のUFOがあった。 (ほ、本当にUFOだ。おもちゃ? いや、写メ撮っちゃだめだろ、兄貴めっちゃ怒ってるな、誰も言う事聞いてないし)  思わずUFOの写メを撮り、瞬く間に拡散していくクラスメイト達に、佐山兄は真っ青になりながらやめてくれぇぇと声の音量を落と
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それでも、まだ生きてる。~第6話~

倫也は、「話すにも順序がある」と言った。まずは、注意事項というものがあるらしい。私は、慌ててメモの準備をした。一、『自分を信じる』二、『家族の繋がりを信じる』三、『昔からある言葉を雑に扱わない』四、『見えない者への敬意の念を忘れない』五、『純粋性を保て』・・・・・二十八、、、、「ちょっと、待って!まだあるの?!」私は、メモをテーブルに置き、倫也を見た。倫也は、片手を口元に置き、クスクス笑いながら、締めくくるように言った。「まぁ、いっぺんに言っても仕方ないな、、あと一つ、最後に大事なのは・・・」『自分を愛する』「絶対に、自分を犠牲にしてはいけない!」と、倫也は真剣な表情でこれだけは護ってほしいと言った。私は「う、うん」と、頷いて、それから続く、倫也の話しに耳を傾けた。「オレの家は、曾じいさんが密教徒で、その縁の寺がある、、今は兄がそれを継いでいて、、、」オレは産まれたときから、音が光で見えていた。それは、みんな見えるものだと思っていた。母親は、聴覚が秀でていて、神さまの言葉が聞こえるタイプだ。所謂、『神さまの声をおろします』的な・・・だから、常識では『見えない世界』が、極々、当たり前に存在する世界として育った。この世界を否定されたのは、小学3年の頃。寺の庭の大きな菩提樹の側で、いつものように『浄化』をしていたら、キラキラ光る金粉が舞ってきた。よくよく見てみると、ピョンピョン飛び跳ねてるやつとかいて、ジーッと見ていると、消え、また出てきては、消え、、、姿が確認できるまで、凝視すると、それは羽が生えていた。「妖精?」それまで、音が光の形状で見えていただけだったから、驚いて、誰かに教え
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それでも、まだ生きてる。~第4話~

「!?」私は目を見開き、横にいる『龍』を見た。「・・・しゃべれる・・んですか?」「・・・・・」『龍』は無言で、私の隣に鎮座している。「・・・しゃっべったよ・・・ねえ?」私はもう一度、聞き返すと、『龍』は何も言わず、グルンと翻り、天に昇っていった。「えっ?えっ? ちょ、ちょっと!」私は、消えゆくその姿に、大声で話しかけた。が、瞬時に辺りの異様な視線に気が付いた。私の周りを過ぎゆく人たちに、目を向けると、誰もが私と目を合わせないように行き交う。2歳くらいの子供連れの母親は、子供を庇うように、私から遠ざけ離れていった。私も、その場にいるのが、いたたまれず、小走りで家路を急いだ。2017年。 11月。あれから、『龍』が出てこない。「・・・話しかけたらいけなかった・・・とか?」「敬語じゃないと、いけなかった・・・?」私は、何か自分に落ち度があったのかと、あれやこれや、考えていた。「ああああーーー!もう!!!なんか、言いたいことがあるのかと思ったら、勝手にいなくなって・・・余計、気になるわ!!!」私は、頭を振って気を取り直した。「あっ!そうだ!倫也に聞いてみよう。」私は、SNSで倫也に連絡をした。萌音「近々、時間ある?」萌音「例の件で聞きたいことがあるんだけど」一時すると、倫也から返信がきた。倫也「明日、いつものとこ、12時で。いい?」萌音「OK」私は安定のサクサクしたやり取りに「うん!」と頷き、夕飯の準備に取りかかった。私と倫也の出会いは、渋谷のスクランブル交差点の近くにあるコーヒーショップだった。友達とハチ公前で待ち合わせをしていたが、友達から遅れると連絡があり、近くのコーヒーショップ
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【連載小説】第130話 幸せへの遠回り

『クラブ 結』には、さまざまなお客様が訪れていた。その中に、佐々木さんという内装会社の社長がいた。社長とはいっても、大きな会社ではない。従業員も数人ほどの、小さな会社だった。ある夜、いつものように結でお酒を飲みながら、佐々木さんがぼやいていた。「実はさ、経理をやっていた人が急に辞めちゃってね。もう大変なんだよ」「そうなの?」美月が相槌を打つと、佐々木さんはため息をついた。そんな会話を聞いていた茜に、ふと声をかけた。「茜ちゃん、今、昼間はアルバイトしてるんだろう?」「ええ。アパレル関係の仕事です。表参道のショップなんですけど……」茜は少し笑った。「全然お客さん来ないんですよ。すごく暇で、時間を持て余しちゃって」「そうか。それなら、うちの会社に来ないか?」「えっ?」茜が顔を上げた。「うちなら正社員で雇えるよ。社会保険もあるし、収入も安定する。今のアルバイトより、ずっといいと思うけどな」佐々木さんは、珍しく熱心に話した。「正社員ですか……」茜の顔が少し明るくなった。「それは魅力的ですね。それで、お仕事の内容は?」「最初は簡単な経理をやってもらえればいい。それと、みんなが外に出た後は電話番をしてくれれば助かるよ」「それなら、私でもできそうですね」茜は少し考えたあと、笑った。「お願いしちゃおうかしら?」「これで決まりだな。来月早々から来てくれよ」「はい」「分からないことは教えるから、安心して来てくれればいいよ」その夜、茜は嬉しそうだった。ずっとアパレルのアルバイトを辞めたいと思っていた。それが、こんな形で正社員の話が舞い込んでくるなんて。――もしかしたら、今度こそ何かが変わるかもしれない
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【連載小説】第116話 甘い誘い

『もしもし、蓉子ちゃん? 真田だけど、まだ仕事中?』『マスター、こんばんは。いえ、今終わって駅に向かっているところです』『そうか、間に合ったみたいだな。今日これから俺の店に来ないか?今、誰もいないんだ。少し話したいことがあってさ』『今からですか? 私、神奈川に住んでいるので遠いんです。終電がなくなったら帰れなくなりますから……』『俺が送っていくよ。心配しなさんな。来いよ、待ってるから』『……分かりました。じゃあ、すぐに行きますね』電話を切ったあと、蓉子は少しだけ胸を高鳴らせた。マスターは何の話をするのだろう。それに――。蓉子自身、マスターと初めて出会ったあの日から、なぜかこの人のことが気になっていた。仕事の顔しか知らない。だからこそ、一度ゆっくり話してみたいと思っていたのだ。『クラブ ビー』へ急いだ。『こんばんは……』恐る恐るドアを開けると、店内にはマスターが一人だけいた。カウンターに座り、水割りを静かに飲んでいる。背中には、ほんの少しだけ愁いがあった。その姿を見た瞬間、蓉子の胸が理由もなくドキッとした。店は銀座6丁目、コリドー街にも近い場所にある。少し古びたビルの地下にあり、広さは25坪ほど。入口を入ると右手に大理石を一面に使ったカウンターがあり、店内は重厚で落ち着いた雰囲気にまとめられていた。ただ、地下ということもあり、雨の日にはどこか空気が澱む。それでも地下の店には、表通りとは違う隠れ家のような魅力があった。『おう、帰る途中に呼び出して悪かったな』『いえ。帰ったところで寝るだけですから大丈夫ですよ。それより……お話って?』『まあ、まずここに座れよ』そう言って、マスターはグ
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【連載小説】第114話 夏の終わり、女たちのそれぞれの結末

やっと暑さが和らぎ始めた頃。3連休の前夜とあって、この日の『クラブ 結』はいつになく賑わっていた。店内には最後まで笑い声が響き、営業を終えた美月は、心地よい疲れを感じながら後片付けをしていた。その時だった。ドアが開き、1人の女性が青ざめた顔で入ってきた。『今晩は……。もう終わりですよね。こんな時間にすみません』顔を上げると、貴美ちゃんだった。それほど親しい間柄ではなかったが、クラブさくらの和子ちゃんと一緒にアフターで何度か来てくれていたので、顔は知っている。けれど、こんな深夜に1人で訪ねてくるなんて……。嫌な予感がした。『いらっしゃい。確か……貴美ちゃんだったわね』『はい。私のこと覚えていてくださったんですね。よかった……』『まあ、そんなところに立ってないで座って。どうしたの?顔色が悪いわよ』『いえ……体はどこも悪くないんです。ただ、ちょっとショックなことがあって……』やはり何かある。私は時計を見た。『ねえ、貴美ちゃん。ちょっと待っててくれる?お店はもう終わりだから、あと少しで帰れるの』『はい……』『この近くに美味しいお蕎麦屋さんがあるの。そこのコロッケがね、熱々でやみつきになるくらい美味しいのよ。よかったら一緒に行かない?』『えっ……私、ご一緒してもいいんですか?』『何言ってるの。一人じゃ行きにくいでしょ。付き合ってよ』『……じゃあ、お言葉に甘えて』そう言って、貴美ちゃんは少しだけ笑った。何かを抱えている人を、そのまま一人で帰す気にはなれなかった。その蕎麦屋は、蕎麦屋にしては珍しく深夜まで営業している店で、民芸調の店内はこの時間でも賑わっていた。幸い席が空いていて、私たちは奥
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【連載小説】第113話 信じた心の行方

『もしもし……』また留守番電話だった。由美は、もう何度目になるか分からない電話を切った。新しい事務所を借りるためにとお金を用立ててから、唐澤とは急に連絡が取れなくなっていた。最初のうちは、会社を立ち上げるために忙しいのだろうと思っていた。けれど、気がつけば一週間。何度電話をしても出ない。由美はふと、唐澤のことを何も知らない自分に気づいた。住んでいる部屋も知らない。これから始めるという会社の場所も知らない。分かっているのは、携帯電話の番号だけだった。お金のことが心配なのではない。ただ、会いたかった。声が聞きたかった。どうしたのだろう。何かあったのだろうか。そんなことばかり考えているうちに、さらに数日が過ぎた。もう自分だけではどうにもならない。由美は思い切って、美月に電話をかけた。『もしもし、ママ今いいかしら?』『あら、由美ちゃん。久しぶりじゃない。元気だった?』『まあ……元気は元気なんだけど。今日はちょっと相談があって』『どうしたの?』『唐澤さんのことで……』『えっ? 唐澤さんって、うちに来ている唐澤さん?』『そうなの。前にママのお店で隣に座ったでしょう?』『そうだったわね。覚えてるわ』『それで……』『唐澤さんと何かあったの?』少しの沈黙のあと、由美が小さな声で言った。『実はね……私、唐澤さんと付き合ってるの』『まあ……そうだったの』美月は驚いた。けれど、由美の声にはどこか元気がない。『でも、最近どうしたの?』『それが……連絡が取れなくなったの』『そうなの?』『うん。何度電話しても出なくて……。ママのお店に来たら、私に連絡してほしいって伝えてもらえないかなと思って』『そういえば、
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【連載小説】第109話 心の傷が生んだ影

『ねえ、いつになったら私たち、一緒に暮らせるの?』和子は唇を尖らせた。『"もう少し"って何度聞いたか分からないわ。待つのにも限界があるのよ』宙は困ったように笑う。『悪いな。でも妥協だけはしたくないんだ。二人で暮らす最初の部屋だろう?和ちゃんが心から喜べる場所を見つけたいんだよ』その言葉に、和子の表情が少しだけ和らいだ。『宙って、本当に優しいね』そう言って笑う顔は、恋をしている女性そのものだった。『今の部屋に帰るたび嫌になるの。狭いし、おばあちゃんは一日中同じ話ばかりしてるし……。一秒でも早く出たい』その言葉を聞きながら、宙は一瞬だけ目を伏せた。本当なら叱りたかった。親をそんなふうに言ってはいけない、と。だが、その感情は胸の奥へ押し込める。今は優しい恋人でいることが、自分にとって一番大切だった。宙にも、忘れられない過去があった。中学生のある日。父親は『煙草を買ってくる』と言って家を出たまま、二度と帰らなかった。残されたのは母親と四人の子どもたち。生活は一変した。働いた経験のない母親は昼も夜も仕事を掛け持ちしたが、家計は苦しいままだった。日に日にやつれていく母親を見ながら、宙は野球を諦めた。小学校でも中学校でもキャプテンを務め、強豪校への推薦まで決まっていた。それでも夢を捨てた。弟や妹を守るため。母親を助けるため。新聞配達をしながら家計を支える毎日だった。だが数年後。母親は突然、再婚すると言った。相手は勤め先の社長。妻を亡くし、子どものいない男性だった。四人きょうだい全員を引き取るという。弟や妹は新しい暮らしに胸を躍らせた。だが宙だけは違った。自分が諦めてきたもの。我慢してきたもの
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【連載小説】第105話 運命という名の囁き

『もしもし、美月ちゃん。今、お店空いてる?』『あら、由美ちゃん。久しぶりね。大丈夫よ。近くにいるの?』『そう。今ビルの前なの。明日休みでしょう?今日は何だか真っ直ぐ帰りたくなくて……遊びに行ってもいいかな』『もちろん。待ってるから、早くおいで』電話を切ったあと、美月は少し気になった。由美ちゃんが金曜日の夜にふらりと来るのは珍しい。また何かあったのかもしれない。以前も付き合っていた男性と別れるたびに、お店へ来ては朝まで飲み、笑って騒いで気持ちを切り替えていた。それが由美ちゃんなりの前の向き方だった。その夜は珍しく店が大勢のお客様で賑わっていた。「今日はゆっくり話せないかもしれないな」そう思っていると、由美ちゃんが店へ入ってきた。いつもは落ち着いたスーツ姿が多いのに、その日は淡いピンクのシフォンワンピースに白いジャケット。どこか晴れやかな雰囲気をまとっていた。『由美ちゃん、いらっしゃい』『あら、今日は大盛況ね。こんな日に来ちゃってごめんね』『何言ってるの。ちょうど紹介したい人がいるの』私は隣の席に座っていた男性へ視線を向けた。『こちら、唐澤さん。今日初めて来てくださったの』唐澤さんは知り合いのママから紹介されたお客様だった。ワイシャツのボタンをラフに開けた気取らない装い。どこか肩の力が抜けた雰囲気なのに、不思議と下品さは感じない。柔らかな笑顔が印象的な男性だった。『どうぞ。ママも忙しそうだし、俺でよければお相手しますよ』そう言って微笑んだ瞬間だった。由美ちゃんの表情が少し変わった。甘いマスクと人懐っこい笑顔。初対面とは思えないほど自然な空気が流れ始めていた。『由美ちゃん、ごめんね。
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【連載小説】第88話 運命の店

『もしもし……』まだ眠気の残る朝だった。電話のベルに起こされ、ぼんやりと受話器を取る。『もしもし、金子です。朝早くに失礼します』聞き慣れた声だった。『どうされましたか?』『実は、美月さんにぜひ見ていただきたい物件が出たんです』その一言で、一気に眠気が吹き飛んだ。『条件にぴったりの物件です。こういう物件は滅多に出ません。できれば今日中に見ていただきたいんです』『今から伺います』『お待ちしています』電話を切ると、私は慌てて支度を始めた。冷静な金子さんが、ここまで急いで連絡をくださることは珍しい。それだけ特別な物件なのだろう。胸が高鳴った。銀座へ向かう足も自然と速くなる。『お待たせしました』息を切らせながら不動産屋へ入ると、金子さんは笑顔で迎えてくれた。『今回は自信がありますよ』そう言って、一枚の図面を私の前へ広げた。場所は銀座八丁目、金春通り。三階、約十二坪。営業中の店舗なので、中も見学できるという。図面を見ただけでは分からない。でも、なぜか胸が騒いだ。『ぜひ見せてください』金子さんは満足そうにうなずいた。『それでは行きましょう』ほどなくして、私たちはそのビルへ向かった。九階建てのビルの三階。案内された店のドアが静かに開いた。『どうぞ』中へ足を踏み入れた、その瞬間だった。(ここだ……)理由は説明できなかった。ただ、不思議なくらい自然にそう思った。初めて会った場所なのに、ずっと前から知っていたような安心感があった。店内をゆっくり見渡す。美月には、店づくりで一つだけ譲れないこだわりがあった。ローカウンターであること。カウンターの中に立つ人と、お客様の目線が自然に合うこと。そしてボックス
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【連載小説】第86話 心が決めた答え

雅子ママから独立の話を聞いてからというもの、私の心には二つの声が住みついてしまった。一つは、不安ばかりを並べる声だった。「私にお店なんてできるはずがない。資金も足りない。担当のお客様だってほとんどいない。今までのように気楽に働いていたほうが幸せじゃない。ママには正直に『私には無理です』とお願いしよう」もう一つは、小さく、それでも消えることのない声だった。「このままで本当にいいの?今しかできないことがあるんじゃない?好きな仕事だからこそ、一度くらい自分の力を試してみてもいいんじゃない?」二つの声は、朝も昼も夜も私の頭の中で言い争っていた。答えは出ないまま、約束の日がやってきた。待ち合わせは銀座ではなく、麻布十番の落ち着いたレストランだった。外国人の姿も見える、おしゃれな店内。けれど、その日の私は景色を楽しむ余裕などなかった。雅子ママは穏やかに微笑みながら言った。『今日はありがとう。早速だけど、美月ちゃんの気持ちを聞かせて』私は深呼吸をした。本当は相談するつもりだった。「無理です」と言うつもりだった。それなのに――。『いろいろ考えましたが……前向きに挑戦してみようと思います』言った瞬間、自分で驚いた。私、今なんて言ったの?頭の中は迷っているのに、口だけが勝手に返事をしていた。雅子ママは嬉しそうに笑った。『そう。良かった』その笑顔を見た瞬間、美月はもう後戻りできないことを悟った。『じゃあ具体的な話を始めましょう』美月は小さくうなずいた。『預金は調べてくれた?』美月は用意してきたメモを差し出した。雅子ママは金額を見つめ、静かに言った。『正直に言うわね。この金額では、そのままお店を持つの
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【連載小説】第85話 運命の電話

土曜日の夜。妙ちゃんと二人、美月の部屋ですき焼きを囲みながら、お笑い番組を見て笑っていた。何気ない、いつもと変わらない夜だった。突然、電話が鳴った。『もしもし』『夜遅くにごめんなさいね。今、大丈夫かしら』受話器の向こうから聞こえてきたのは、雅子ママの声だった。『はい、大丈夫です』思わず背筋が伸びた。こんな時間にママから電話がかかってくることなど、一度もなかった。胸の鼓動が急に速くなる。何かあったのだろうか。私は何か失敗でもしたのだろうか。妙ちゃんも心配そうに私の顔を見つめていた。『突然こんなことを聞くのは変だけど、美月ちゃん、今どのくらい預金があるの? 大体でいいから』『えっ……預金ですか?』あまりにも意外な質問に言葉を失った。『通帳を見ないと分かりません』『そうよね。でも、あなたのことだから全くないということはないでしょう』『少しはあると思いますけど……』どうして、そんなことを聞くのだろう。頭の中は疑問でいっぱいだった。すると雅子ママは、いつもと変わらない穏やかな口調で言った。『実はね、ここしばらくずっとあなたのことを考えていたの。このままうちの店にいるより、今のうちに独立したほうが、あなたのためなんじゃないかと思うようになったのよ』『……えっ』その一言で、頭の中が真っ白になった。独立……。私が……?それとも――。もしかして、辞めてほしいということなの?『美月ちゃん、聞いてる?』『は、はい……聞いています』自分でも分かるほど声が震えていた。『あの……独立というのは、私がお店を持つということですか?』『そういうこと』『考えたこともありませんでした。突然のお話で、頭の整理がつかな
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【連載小説】第84話 遠くなった心、戻った笑顔

当時、住まいが近かったこともあり、美月と妙ちゃんは毎日のように一緒に帰っていた。休日になれば、どちらかの部屋でご飯を作り、おしゃべりをしながら夜更かしをする。妙ちゃんは年下で、どこか妹のような存在だった。仕事の愚痴や将来への不安を話し合い、励まし合う時間は、慌ただしい東京での暮らしの中で唯一心が安らぐひとときだった。そんな妙ちゃんが、ある日を境に少しずつ変わり始めた。『今日は用事があるから、一緒に帰れないの。ごめんね』『ううん、気にしないで』そう答えたものの、妙ちゃんは美月の顔を見ることもなく足早に帰って行った。金曜日といえば、二人で近所の二十四時間営業のファミリーレストランへ行き、朝まで笑いながら話し込むのがいつもの楽しみだった。それが突然なくなった。たったそれだけのことなのに、胸の中にぽっかり穴が開いたような寂しさを覚えた。数日後、思い切って聞いてみた。『ねえ、妙ちゃん。最近何かあった?』『ううん。何もないよ。どうして?』『そう……ならいいの。ごめんね』妙ちゃんは笑って答えた。けれど、その笑顔はどこか以前とは違って見えた。それに気づけば、新しいスーツや宝石を身につけることが多くなっていた。銀座でも憧れと言われる高級ブティックの服。妙ちゃんのお給料だけで買えるものではないことは、私にも分かっていた。それでも美月は聞かなかった。話したくないことまで聞くのは違うと思ったからだ。その遠慮が、いつしか二人の距離を少しずつ広げていた。同じ店で働いているのに、一緒に帰ることも少なくなった。美月は寂しかった。でも、人には人の事情がある。そう自分に言い聞かせるしかなかった。それから数か月後の
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【連載小説】第82話 笑顔の奥に見えたもの

『はあ? じゃないわよ。私の客を誘うなんてさ。全部本人から聞いたわよ』恵子さんの怒鳴り声が店内に響いた。『井上さんのことですよね。恵子さん、何か誤解しているんじゃないですか』さゆりちゃんは落ち着いた口調で答えた。『誤解! 何が誤解よ。あんたから誘っといて逃げたんでしょ。井上さん、もうこの店には二度と来ないって! どうしてくれるのよ!』『だから誤解だって言いましたけど。誘ったのは井上さんのほうです。私はお断りしました。でも、それでも強引で、無理やりホテルまで連れて行かれたんです。だから隙を見て逃げたんですよ。どっちが被害者なのか、もうお分かりですよね』『そんなの嘘よ。あの井上さんが強引に誘うなんてするわけないじゃない。あんたのでまかせよ』『じゃあ聞きますけど、私から誘ったなら逃げる必要なんてありませんよね。逃げられたことが悔しくて、人に言われる前に私から誘ったことにしただけじゃないんですか』『井上さんはね、ああ見えて根は真面目なの。あんたが誘ったに決まってるわよ』『恵子さん、さっきから"あんた"っておっしゃっていますけど、私はさゆりという名前があります』『話をすり替えないでよ。あんたなんて、あんたで十分よ!』二人の言い分は真っ向から食い違っていた。どちらが本当なのか、その場にいた私には分からない。ただ、恵子さんの怒りは本物だった。そして、さゆりちゃんは少しも動じることなく、一つ一つ言葉を返していた。その姿を見ているうちに、私はだんだんさゆりちゃんという人が分からなくなってきた。これまで私が見てきた彼女と、今ここで目の前にいる彼女。そのどちらが本当なのだろう。店内の空気が張りつめた
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【連載小説】第81話 嵐の序章

夜更けだった。一本の電話が鳴った。『もしもし……美月さんですか?』受話器の向こうから聞こえてきたのは、かすかに震える声だった。『さゆりちゃん?どうしたの?』『今から……お家へ伺ってもいいですか。相談したいことがあって……』いつもの明るい彼女とは違う。何かただならぬことが起きたのだと、美月は直感した。『いいわ。気をつけて来てね』それから三十分ほどして、さゆりは部屋を訪ねてきた。顔色は青白く、唇も震えている。『寒かったでしょう。コーヒーでも飲む?』『ありがとうございます……』温かいカップを両手で包み込んだまま、しばらく俯いていた。やがて、小さく口を開いた。『私……とんでもないことをしてしまいました』『どうしたの?』『恵子さんのお客様の井上さん……覚えてますか?』『もちろん。あの部長さんでしょう』『実は……ホテルまで行ってしまったんです』思わず持っていたカップを落としそうになった。『えっ?』『でも……怖くなって』『怖くなって?』『井上さんがお風呂に入った隙に、逃げてきました』美月は言葉を失った。「何を考えてるの。そんなことしたら大変なことになるじゃない』さゆりは俯いたまま、小さく呟いた。『……私から誘ったんです』『え?』『恵子さんにずっと無視されて、悔しくて……。井上さんを奪えば仕返しになるって思ってしまって』『そんなことで仕返しになるはずないでしょう』美月は思わず声を強めた。『傷つくのは、結局あなたよ』『分かってます……。でもホテルまで行って急に怖くなって……。私、最低ですよね』泣き出しそうなさゆりを見ながら、美月は考えた。若さゆえの過ち。そう思いたかった。『井上さんも立場のある人
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【連載小説】第80話 笑顔の仮面

銀座の夜は毎日がお祭りのようだった。店は連日満席。予約を断ることも珍しくない。シャンパンが飛び交い、笑い声が絶えず、街全体が浮かれていた。今振り返ると、まるで幻のような時代だった。そんなある日。『今日から入店する、さゆりさんです』月例ミーティングで紹介された新人は、小柄で童顔の可愛らしい女の子だった。年齢は二十二、三歳。派手な美人ではない。けれど不思議と目を引く魅力があった。どこか守ってあげたくなるような雰囲気。それでいて、その奥に何か隠しているような影も感じた。初日からお客様の評判は上々だった。愛嬌があり、素直で、人懐っこい。どの席でも可愛がられた。『いい子が入ったね』そんな声を何度も聞いた。新人が入ると店の空気が変わる。常連客にとっても刺激になる。さゆりはあっという間に人気者になっていった。ところが店の中では別の空気が流れ始めていた。売上上位のお姉さんたちが、露骨にさゆりを避け始めたのだ。中でも恵子さんはひどかった。目も合わせない。話しかけても返事をしない。完全な無視だった。けれど、さゆりは気にする様子もない。いつもニコニコしていた。その笑顔が余計に相手を苛立たせるようにも見えた。『誰がここに来るように言ったの?』『マネージャーが……』『あっそ』別の席でも同じだった。古株の女性たちは、さゆりが近づくだけで顔を曇らせた。若さ。可愛らしさ。そして男心を掴む天性の愛嬌。それが脅威だったのだろう。だが美月には理解できなかった。こんなに感じの良い子なのに。なぜここまで嫌われるのだろう。だからこそ、できるだけ自分の席へ呼んだ。少しでも居心地の良い場所を作ってあげたかった。そんなある夜だ
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【連載小説】第79話 待ち続けた果てに

小夜ちゃんが無断欠勤した翌日も、美月は落ち着かなかった。あの夜の電話。泣き叫ぶ声。何度も繰り返された同じ言葉。どうしても胸騒ぎがして、仕事帰りに小夜ちゃんのマンションへ向かった。「ピンポーン」返事はない。もう一度だけ押してみる。「ピンポーン」しばらくして、カチャ――小さな音とともにドアが開いた。「小夜ちゃん……」思わず言葉を失った。髪は乱れ、目は真っ赤に腫れ上がり、どこを見ているのか分からないほど虚ろだった。けれど美月は何も言わなかった。その顔を見ただけで、何があったのか大体分かってしまったからだ。「入って」小夜ちゃんは力なく言った。部屋の中も相変わらず散らかっていたが、それ以上に部屋全体が沈んだ空気に包まれていた。「今日、お店休んだでしょう。店長、怒ってたわよ」「もういいの……」小夜ちゃんはぽつりと呟いた。「私なんて、誰にも必要とされてないから」「そんなこと言わないで。何があったの?」しばらく黙っていた小夜ちゃんは、やがて観念したように話し始めた。「昨日から何度も伊藤さんに電話したの」「うん」「でも出てくれなくて……」小夜ちゃんは震える声で続けた。「気がついたら、自宅にまで電話しちゃったの」美月は息を飲んだ。「そしたらね……」小夜ちゃんは目を伏せた。「もういい加減にしてくれって怒られた」静かな部屋に、その言葉だけが重く落ちた。「私はただ会いたかっただけなのに」「……」「迷惑かけるつもりなんてなかったのに」涙がぽろぽろと零れ落ちる。「もう来ないって言われた」美月は返す言葉を失った。慰めようとしても、どんな言葉も薄っぺらく思えた。「私ね」小夜ちゃんは笑った。泣いているのに笑った。
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【連載小説】第75話 叶わなかった願い

田中さんが帰った後も、駒ちゃんは泣き続けていた。美月はどう声を掛けていいのか分からず、ただ隣に座っていた。『駒ちゃん……』『どうしたらいいのかな』その声は小さく、今にも消えてしまいそうだった。美月は田中さんの顔が忘れられなかった。怒っていた。けれどそれ以上に、深く傷ついた顔をしていた。『駒ちゃん、さっきの話だけど……』美月は意を決して聞いた。『私には田中さんが嘘をついているようには見えなかった』駒ちゃんは黙った。長い沈黙だった。やがて観念したように口を開いた。『ごめんね』美月は胸騒ぎがした。『本当のことを言うね』駒ちゃんは涙を拭った。『田中さんとは確かにベッドを共にしたわ』美月は黙って聞いた。『でもね……』駒ちゃんの声は震えていた。『田中さんは私に触れるだけだったの』美月は言葉を失った。『それ以上は何もなかったの』部屋の空気が止まった気がした。『どうして?』『私も不思議だった』駒ちゃんは遠くを見るような目をした。『でもね、それが田中さんの愛し方なんだと思ったの』今まで出会った男性たちは違った。自分の欲望ばかり優先して、駒ちゃんの気持ちなど考えない人も多かった。けれど田中さんは違った。優しかった。大切にしてくれた。だから幸せだった。本当に幸せだったのだ。『それじゃ……』美月は思わず立ち上がった。『それじゃ田中さんの子供じゃないじゃない!』駒ちゃんは俯いた。『分かってる』『分かってるならどうして!』声が大きくなった。『田中さんがどれだけ傷ついたと思うの!』駒ちゃんは泣きながら言った。『だって……』その一言に、すべてが詰まっていた。『田中さんの子供だったらよかったのに』美月は何も言え
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【連載小説】第69話 運命の10分間

狭間さんがお店で暴れた翌日だった。雅子ママは嫌な予感が消えなかった。そして店長を連れて狭間さんの事務所へ向かった。『私が三十分経っても出てこなかったら警察に電話して』そう言い残し、雅子ママは一人でビルの中へ入っていった。店長は時計を何度も見ながら待った。十分。二十分。そして約束の三十分が過ぎようとした時だった。雅子ママがようやく姿を現した。その顔は僅かに青ざめていた。『雅子ママ、大丈夫ですか?』『ええ、大丈夫』『売掛金は?』『渋々だったけど全額払ってもらったわ』そう言って雅子ママは小さく笑った。店長は胸を撫で下ろした。同時に思った。この人はやはり普通ではない。銀座で生き抜いてきた強さを持っているのだと。そして数日後。昼のニュースを見ていた美月は思わず声を失った。狭間さんが映っていたのだ。詐欺集団の主犯格として逮捕されたという報道だった。雅子ママが事務所へ乗り込んだのは逮捕直前。一歩間違えばどうなっていたか分からない。銀座とは時として薄い氷の上を歩くような世界だった。華やかな光の裏には、誰にも見えない危険が潜んでいる。そんなことを改めて感じた出来事だった。それからしばらく経ったある日。『美月ちゃん、ちょっと話があるの。今から寿司雅まで来てくれないかしら』突然の電話だった。美月は慌てて支度をして寿司雅へ向かった。雅子ママはすでに席に着いていた。『何でも好きなもの食べてね』『はい。いただきます』美月は緊張していた。雅子ママと二人きりになると今でも背筋が伸びてしまう。しばらくして雅子ママが箸を置いた。『実はね、美月ちゃんに聞きたいことがあるの』『はい』『まだ誰にも話していないことなんだ
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