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~「Love syosetsu JP」 の考え方~

私たちのプロジェクト「Love syosetsu JP」の全体像になります。端的に意志を書きます。悪意があるものではないので中傷等はやめてください。また、今まで出会った方々、サポートして下さる方々、何より小説家先生方には感謝しておりますし、今後とも宜しくお願い致します!▼①coconalaa.キーワードでオリジナル短編小説の依頼→(月に3名にお願いしております)→メッセージや公募で募集中※はじめはcoconalaで発注しますのでcoconala登録後にメッセージにてご連絡下さい!▼②YouTubea.上記①で執筆した短編小説を動画にする→(月に1本)収益が発生した場合→月に1本の動画の本数を増やす※はじめはcoconalaで発注しますのでcoconala登録後にメッセージにてご連絡下さい!▼③Twittera.小説家を目指す人、小説家の方、興味がある方との輪を作るb.クリエイターとの輪を作るc.企画ややりたい事なども随時アップする※興味のある方は是非coconala登録後にメッセージにてご連絡下さい!▼④notea.無料でオリジナル短編小説をアップb.定期購読でオリジナル短編小説をアップ(小説家先生のリンク先を載せる)→小説家先生とのネットワークを築きたい人向けですまた、今まで執筆した小説を広げたい人は、執筆した小説を私のココナラメッセージに添付して送っていただければ対応可能です!※はじめはcoconalaで発注しますのでcoconala登録後にメッセージにてご連絡下さい!▼⑤Instagrama.「Love syosetsu JP」を広めるツールとして利用b.小説・クリエイタ
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帰宅部競技勢の日常 第一話 小説

楽しみだった高校入学初日に僕、佐々木玲(ささきれい)は多分この世で一番緊張している。第一話 趣味が帰宅の変な奴今日から僕は憧れの国ヶ丘高校に通うんだ!そんなことを考えながら僕は両親と一緒に高校へと向かっていた。ここで誰に向けての説明でもないが自分の中学の時のことを考えてみると、中学生の時は目立つような生徒でもなくごく平凡な中学生だったと自分でも思う。好きだった子に告白するわけでもなく普通に過ごしていいた。そりゃあ彼女の一人や二人?ぐらいは欲しかったけどそんなのは寝る前とか授業の時に妄想に耽るだけで別に実行になんて移せる気もしなかった。そんな僕でも中学生の時にとてつもなく後悔してことがある......それは、部活に入ってしまったことだ!中学校に入学したとき友達と一緒にバレーボール部に入ったはいいもののそこが部員が少ないのに練習日数が多すぎて一年のうち367日あるような感じだったんだ!僕は入ってからというもの毎日毎日後悔していた!なんたって僕は大のゲーム好きだったからだ!小学生の時にやってた〇ケモンなんかは、発売日から3日間は仮病を駆使して図鑑コンプリートさせないと蕁麻疹が出るほどだった。そんなゲーム大好きだった僕には誰にも言ってない楽しみがあったそれは.....学校からの帰宅だ!!何言ってんのかわからないと思うけど、僕は帰宅が死ぬほど好きだったその帰宅のなかでも学校から家へ最速で帰ることが大大大好きだったんだ。チャイムが鳴ったと同時に走り出すあの感覚。前にも後ろにも誰もいないあの快感。すべてが僕にとって楽しかった。だから僕は高校に入学したとき一つだけそうしようと決めていたことがあ
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日常はこうして崩れ去る01

 毎日退屈で、くだらない。にこにこと笑って話を合わせていれば、誰も自分の本音になんて気づかない。人間はそういう生き物だ、だから信じられない。 (いっそ、学校爆発とかして、閉じ込められたらその人の本音とかわかるかもしれないな)  授業中、ぼぉっと窓の外を見る。教師の声は彼の耳に入ることなく、教室のBGMとして流れ続けていた。何も変わらない日常、それをただ享受する自分にも腹立たしいとさえ彼は感じていた。何かがほしい、何か刺激的な何かが。 「どーまくん、聞いてるの、どーまくん!」  はっと顔を上げると前の席のサニ子がプリントを振りかざしながらこちらを見ていた。どうやら授業でプリントが配られたらしい。 「ご、ごめん。ちょっとぼぉっとしてて」  そう言ってどーまはサニ子のプリントを受け取る。その時だった。  キィィィィンと一瞬にして大きな耳鳴りがクラス全員を、いやその地域一帯にいる人間を襲った。皆耳を押さえ、苦しそうにわけがわからないといった顔をしている。 (何だ? 何かの電波か?)  窓を見上げた刹那、ものすごい勢いでナニかが近くの山に落ちた。どぉぉんと山の一部が崩れ、震度4くらいの地震がそのあたり一帯を揺らした。  揺れが収まって、皆不安そうな顔で窓に視線を向ける。隕石でも落ちてきたのだろうか。あの辺りは山しかないから被害は少なそうだが、現場はどうなっているのだろう。 (一体何が……)  この時、好奇心という一滴の水が、どーまの枯れ果てていた心に零れ落ちた。退屈な日常が壊れていくような気がする、そう思うとぞくぞくとどーまの背筋に電流が走ったのだった。  次の日、落ちてきたのは円盤型の
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【小説】melting of snow ‐六花の伝承‐

はじめに 本書は、北方に存在する、とある地域の説話、口承文芸を後世に残すべく制作されたものである。この地域は、一年の大半を雪と氷に覆われている。その様子から、隣接した地域より「雪原の民」「氷の地」などと呼ばれることもある。  その異名に違わず、ここでは「雪」「氷」に関する説話が多く散見されている。雪や氷には(その性質の良し悪しにかかわらず)精霊、妖精が宿っていると信じられ、彼らの存在を口承によって伝え続けてきた。また、単に精霊、妖精と言われる時には、雪(氷)の精霊のことを指すほど、魔力をもつ生物のなかでは身近なものであった。  しかし現代では、様々な要因からこの重要な文化の継承者、いわゆるシャーマンと呼ばれる者が不足している。後継者選抜の厳格さ、少子化による地域語話者の減少や、シャーマンの素質を持つ人の発見が、年々困難になりつつあるのである。  また、伝承者側の高齢化もひとつの課題となっている。現在この地域で確認されている伝承者の最年少年齢は七十八歳。このままでは、地域の貴重な文化遺産が途絶えてしまうだろう。  このことに危機感を覚えた筆者を含め数名の有志によって、十年前よりこの地域で口承されている物語を収集し、書き記すことを始めた。  説話を保持するシャーマンたちの中には、その文芸の性質上か、声で継承していくことに意味があるとし、物語を文字、文章として残すことに抵抗感を示す厳格な者も少なくはない。それでも幾人かのシャーマンたちが、名を伏せることを条件に彼らの話を文章として書き記すことを同意してくれた。この場を借りて彼らに感謝を申し上げる。  前口上はこれくらいにしておいて、こ
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【連載小説】第1話 声にならない約束

ここは中央区にある有名な病院の特別室。財界人や政治家または著名な芸能人など、かなり限られた人しか入れない特別室には他の病室とは切り離されその入口は常に遮断されていて関係者以外は入れない。病院の聖域ともいわれる場所であった。雅子の最愛のひとり娘、萌は全身を管に覆われ生命を維持するための医療機器が作動していた。5年前に智史と約束した銀座へお洒落をして意気揚々と出かけた矢先暴走する車に轢かれたのだった。自発呼吸が出来なくなり気管を切開したために声を出すことも出来ずにいた。ただ許されるのは僅かに動く手でメモ用紙に気持ちを伝えることだけだった。それも震える手で文字にならない文字で何枚も何枚も書き続け病室はメモ用紙で溢れた。そして最後の文字は『さ と し 待っててね』と声にならない約束を書いた。それから数時間後、深い絶望の中萌の願いは智史に届くことはなくある寒い日に人生の幕が降りた。『雅子、ちょっと来てくれない?』『はい、すぐ参ります』『あんたね、昨日のお座敷で何したか分かってるの。大事なお客様の接待だというのに急に気持ちが悪いとかで席を立ってそのはずみで熱燗こぼしてそのお客様にやけどさせたって女将さんもうあなたは出入り禁止だって言ってたわよ』『すみません。急に気持ち悪くなってそのはずみで』『言い訳なんて聞きたくないわ。うちの信用ってもんがあるのよ。あんたお酒飲みすぎたんじゃないの?飲んでいただくのが私達の仕事よ。飲まれてどうすんの』『本当にすみません』『まあ今回は火傷と言ってもたいしたことがなかったみたいだから謝っただけで済んだけど悪くすれば慰謝料を請求されて大変なことになったかもしれな
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【連載小説】第49話 崩れた代償

それから数日後の土曜日。川上は、義父から呼び出された。高い塀に囲まれた屋敷。門の奥に広がる、静かな庭。その静けさが、かえって重かった。通された客間。そこには、義父である会長が座っていた。『座りたまえ』短い一言。逃げ場は、なかった。『景子がな——』その名前だけで、胸がざわつく。『別れたいそうだ』言葉は、あまりにも簡単だった。『もう一緒には住めないと』『……』何も言えなかった。『君のことは調べさせてもらった』その一言で、すべてが終わった。『飲み屋通い』『こずえという女』『もう噂になっている』逃げ場は、どこにもなかった。『浮気はな、男の甲斐性だ』意外な言葉だった。『だが——』会長の目が、鋭くなる。『女房ひとり守れない男に、会社は任せられん』その言葉が、すべてだった。『取締役会で辞意を表明してくれ』『……待ってください』ようやく出た言葉は、弱かった。『ただの浮気です』『そんなことで——』『黙れ!』空気が震えた。『原因を作ったのは君だ』『辞任か、解任か』『よく考えなさい』それだけ言って、会長は立ち上がった。残されたのは、取り返しのつかない現実だった。(……終わった)その一言が、頭の中で繰り返される。その夜。電話が鳴った。『もしもし?』こずえの声。いつもと同じはずなのに、遠く感じた。『あの物件の話なんだけど——』『……無理だ』それだけだった。『え?』『会社、辞めることになった』沈黙。『だから、もう会えない』その言葉は、逃げるようだった。『ちょっと待ってよ!』『手付けを払ってるのよ!』『どうしてくれるの!』もう、何も守るものはなかった。『俺をあてにするな』そう言って電話を置いた。その瞬間、す
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【連載小説】第37話 宣戦布告

『ひとつ、よろしいかしら』沈黙を破ったのは、奈々ママだった。その一言で、場の空気が変わる。『最近、少し気になることがあるの』静かな口調。けれど、その声には棘があった。『このお店は指名制よね。誰でも指名されれば席につけるし、指名料も入る』ゆっくりと、言葉を選ぶように話す。『でも——』その一瞬の“間”が、妙に長く感じられた。『一部で、お客様が特定の子を指名しないようにあることないことを吹き込んでいる、そんな話が耳に入ってきたの』ざわつきが、広がる。『名前は出さないけれど——』そう言いながら、奈々ママの視線はまっすぐ、美涙の方へ向けられていた。それだけで十分だった。誰のことを言っているのか。この場にいる全員が理解した。空気が、一気に張りつめる。『みんな静かにしてくれ!』大塚店長の声が響いた。『今の話が事実なら、あってはならないことだ。言動には十分気をつけるように』そのまま場を収めようとした、その時。『店長、ひとついいですか』声を上げたのは、由佳だった。『その話、証拠はあるんですか?』場の空気が、さらに重くなる。由佳は、美涙の一番の理解者だった。義理と筋を重んじる女。だからこそ、引かなかった。『それは……』さすがの店長も言葉に詰まる。『私が答えるわ』奈々ママが口を挟んだ。『信頼できる人から直接聞いた話よ。間違いないわ』『その人って、どなたですか?』一瞬で、空気が凍りついた。『あなたに答える義務はないわ』奈々ママの声は、ほとんど悲鳴に近かった。今にも何かが弾けそうな空気。その時だった。『もうその辺にしましょう』麗子ママが、静かに口を開いた。『事実関係は私たちで確認します。今日はここまでに
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【連載小説】第32話 甘い誘いの裏側

『美月ちゃんお疲れさま、今日はどうだった?』 と麗子ママが美月にそっと近づいて猫撫で声で囁いた。 麗子ママは最初に会った時から感じていた。 この子は、ただの女の子じゃない。 夜の世界で、何かを残す女だと直感で感じていた。『ええ、緊張して何がなんだか分からなかったです』 本当はワクワクしていた自分がいたのに何故か言えなかった。 『お給料も今の倍にするから美月ちゃん考えてみてよ』 『えっ、倍ですか!』 急に目の前の川に黄金の橋がかかって渡ってみようかと思った。 『ママさん私、働いてみます!』と思わず言ってしまった。 『良かった!分からない事は私が教えるし店長にも頼んであげるからね。 早速、明日から来てね。あっ、そのママさんはなしね。ママだけでいいのよ』 『はい、宜しくお願いします』 なんて単純なのかと思ったが当時実家から独立したかったのでお金が欲しかったのだ。 そして次の日、 『おはよう!』 『あっ!おはようございます。よろしくお願いします』 『ママから聞いてると思うけどうちは厳しから覚悟しておいてくれ』 大塚店長は鬼塚と言われるくらい厳しい人だが人情味もある店長だった。 『はい!』 『じゃ、注意事項をいくつか』 『まず禁止事項!』 『あ、はい!』 『遅刻は厳禁!人間として守らなきゃいかん』 『次!足組んだり肘をテーブルについてもダメだ!そんなのを見たら客の前でも注意するからな』 『次!客の前でつまみは食べるな、おい!聞いてんのか』 『はい、聞いてます』 『次!同伴は8時半まで。1分でも遅刻したら給料から引くからな』 『次!』 言葉は短く、鋭かった。 そのたびに、美月の背筋が伸びる
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【連載小説】第30話 そして物語は続く

帰りを待っているかのように、いつもと変わらない萌の部屋はまるで、時間だけがそこに置き去りにされたようになっていた。あれから何年経っただろうか? 最初は何もかも手がつかず、ただただ泣いてばかりの日々だったが時間が雅子を少しづつ癒してくれた。 それでも、心の奥に残った傷が消えることはなかった。 そんなある日、 思いがけず弟から電話があった。 『姉さん、元気にしてる?』 『珍しいじゃない、何かあったの?』 『それがさ、ちょっと頼みがあって電話したんだ』 その声は少し照れているような嬉しそうな声だった。 『俺の知り合いで銀座で働いてみたいって子がいて姉さんに紹介したいのだけど、どうかな?』 『そんなお願い初めてね、嬉しわ、いつでもいいから合わせてよ』 弟の高坂はそんな頼みをした事がなかったのでほっと胸を撫で下ろした。 『それじゃ、本人と相談してまた連絡するよ』 その電話こそが雅子と美月の運命が、静かに交差する始まりだった。 その名は、 美月。 波瀾万丈の海に飲み込まれそうになりながらも必死に生きるひとりの女の物語が、 いま、静かに幕を開けようとしていた。
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【連載小説】第26話 甘い嘘の終わり

『ただいま・・・。』 と萌は恐る恐る家の玄関を開けた。 シーンと静まり返った家は妙に不気味な雰囲気で 今にも怒鳴られるのじゃないかと心臓の音だけが響いた。 そっと恒子の部屋へ行き 『恒さん』と小さい声で呼んでも返事がなく部屋を覗いたが 綺麗に整頓されたままだった。 そして居間へと入ったが何か変だった。 綺麗好きな2人だからテーブルの上にはいつも何も置いていないはずなのに 今までそこに人がいたようにコーヒー茶碗や湯呑が置きっぱなしで しかも椅子が倒れていた。 もしや2人に何かあったのかと驚いて母親の寝室へ駆け込んだが やはり母親もいなかった。 どうしたんだろう?何処へ行ったのかしら? もしかしたら私を探しているの? といろいろな推測で頭が混乱した。 と、その時電話が鳴って飛び上がりそうになった。 『もしもし』 『あ、萌あなたどこにいたの!まったくもうこんな時に!』 『おかあさん、どこにいるの?何かあったの?』 『どうもこうも恒さんがいきなり倒れたのよ、救急車で運ばれて今やっと落ち着いたところよ』 『え!恒さんが、、、大丈夫なの?』 『大丈夫な訳ないでしょ、昨日の夜から一睡もしないで あなたを待っていたのよ。自分のせいだと何度も謝って もう寝たほうがいいと言ったのだけど、あなたを待つからと朝まで起きてて やっと寝るように頼んで席を立ったとたんバタンと椅子から落ちて そのまま意識なくなったのよ。それから大変だったわよ』 『ごめんなさい。私のせいで』 萌はとんでもないことをしたと今さらながら悔やんだ。 『また詳しいこと後で話すからあなたも急いでここに来なさい!』 どうしよう恒さんにもし
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【連載小説】第24話 運命という甘い罠

人が人に惹かれるのって 『この人だ』と理屈抜きで何かを感じるのだと思う。 それがもし運命の人だったら何の支障もなく、気づくといつも一緒にいることになるだが、、、 『ねえ、運命って信じる?』 『運命?分かんないけどなんか信じたい気がする』 萌は拓海の腕の中でスローなリズムに合わせて踊っていた。 回りにはかなりの人がいるはずなのに萌には拓海の肌の温かさと 微かに香るコロンの匂いだけに包まれていた。 そしてこの時間がこのまま止まって欲しかった。 『萌ちゃん僕、出会ったの運命だと思わない? 僕は萌ちゃんと会った瞬間から運命を感じるんだ』 『運命?』 と萌はささやくように言った。 『それで僕達は恋人同士になるのさ』 『まだ知り合ったばかりなのに』 『ひと目惚れってやつかな』 『私でいいの?今日だって綺麗な人たくさんいるのに』 『他の誰でもなくて、俺は萌ちゃんだけしか見えないよ、 ほら目を見てごらん、本気だって分かるだろう』 と拓海は萌の肩を両手で抱きながら目を覗きこんだ。 萌は魔法にかかったように全身から力が抜けて その場に崩れ落ちそうになるのを必死で耐えた。 萌は私も拓海さんに会った瞬間から忘れられなくなったって内心思ったが 声がでなかった。 その2人をじっと見つめている1人の男性がいた。 智史は拓海の性格を知っていたので まだ高校生だというゲームセンターにいたあの子が なぜか心配で仕方がなかった。 拓海の性格は奔放に出来ていて 女性との関係もその場限りで何人もの女性が傷ついて泣いたことかしれなかった。 今日もその毒牙にかかるのかと思った瞬間、 胸の奥がざらついた。 力強く握った手のひ
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【連載小説】第21話 光の前夜、影は動く

萌はもう少女ではなかった。 母が頂点へ駆け上がる間に、 彼女もまた、大人になりかけていた。 だがその家には 温もりより静寂が多かった。 雅子は年収が億を超える銀座でも伝説的な女性へと登りつめ、この秋に念願のお店をオープンすることとなった。 何処にでもあるようなお店ならばいつでも出来たのだが 夜の銀座のメインストリートといえば並木通りで そのビルには名の知れた有名店ばかりが入っていた。 雅子は自分の店はそこ以外は考えられなかった。 そしてお店の格を上げるためには 銀座でも屈指のホステス達を集めることが 重要課題だった。 どれだけ売上の数字を持っている女性を集めることができるかが 勝負の分かれ道になる。 それには周到に準備する必要があり 数年の月日を要した。 そしてやっとすべてが揃いオープンとなったのである。 萌はいつの日からか 仕事に夢中になっている母親に対して 憎しみさえも覚えるようになっていた。 同じ家に住みながらすれ違いの日々は、 離れて暮らしているよりも辛く感じるのではないかと思った。 そして事件は突然訪れた。 それはまさに雅子の夢が花開くオープンの前日に起きてしまった。 その日は夕方からスタッフ全員を集めて最終ミーティングの最中のことだった。 『もしもし奥様!大変です!』 『あら恒さん、今ミーティング中なのよ』 『それが奥様の部屋に洗濯物を仕舞おうと入ったら書置きがあったのです』 『書置きってまさか家出とか?ちょっと待って』 と雅子はホールから出て誰も居ない場所を探して話し始めた。 『恒さんその手紙開けていいから読んでちょうだい』 『では読みますよ。 ”ママへ。 私はこ
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【連載小説】第19話 王座の条件

『ゴールド』に入ってから三ヶ月。 雅子の席には、常に人の輪ができていた。 売上表の一番上に その名前が載った日、 奈那子は一度も視線を合わせなかった。 『大越さん、ねぇ、今日お店が終わった後どこかへ行かない?』 と雅子は神妙な顔で誘った。 『珍しいね、雅子ちゃんからなんて』 大越の声が少し弾む。 雅子は笑った。 今日はおとすと決めていた。 でも、それは身体ではない。。。 雅子がターゲットにしたのは、 馴染みの大越さんだった。 というのも大越さんは小さな町工場から今や日本を代表する企業の 経営者となり財界でも有名人だった。 大越は最初に会った時からどこか癒される不思議な魅力があった。 そしてシャンパンや高級ワインなど言いなりであけてくれる 言わばホステス好みの太客だった。 静かなバーで、 雅子はゆっくりと過去を語った。 貧しさ。 恐怖。 二度と戻りたくない日々。 語り終えた時、大越はグラスを握りしめていた。 『そうだったのか、雅子ちゃんも苦労したんだね。 いや実は今日雅子ちゃんからアフター誘われて いいことあるのかななんて期待してたんだよ。 でも今日はいい話きかせてもらったよ。 生きることの貪欲さっていうのかな、 俺は努力を惜しまず生きてる人間が男女問わず好きなんだ』 その目は、欲望ではなく尊敬だった。 雅子は内心で息を吐く。 、、、勝った! 『大越さんありがとう。こんな話を誰にも言ったことがなかったの。 だって哀しすぎるもの。実際の話だって誰も信じてくれないと思うし』 『いや俺は雅子ちゃんを会社あげて応援するよ』 その一言は 軽い酔いの勢いではない。 財界の男が 一人の女に賭け
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日常はこうして崩れ去る02

 夜になり、集合場所へ行く。結構な人数が集まっており、佐山の兄はとても迷惑そうな顔をしていた。 「おま、こんな大人数って聞いてないぞ!」 「だってぇ、他のクラスの子も噂を聞いて来ちゃったんだもん」  ひそひそ声で怒る兄に対して、佐山はにこにこと笑顔で返している。兄ははぁとため息を吐くと、どうなっても知らんからな、自己責任だからな!と言って秘密の抜け穴へと向かっていった。その後ろをぞろぞろと高校生達が続いていく。 「何か夜、出歩いているってだけでドキドキするな!」 多賀は興奮したようにさっきからずっと喋っている。どーまは適当に相槌を返しつつも、その言葉は全て耳に入る前にシャットダウンしていた。 「今から山に入る、いいか、今日見たことは誰にも内緒だからな!」  はーいと返事を数人返していたが、きっとこの抜け穴の噂は明日瞬く間に広がっていくだろう。体勢を低くして抜け穴を通っていくと、調査員の声が頭上で聞こえた。今日はもう撤退するらしい。 「タイミングよすぎるだろ」 「狙ってきたんじゃないのか?」  調査員が撤退準備を見つつ、抜け穴を通っていく。すると、先頭の方からおぉぉぉ!という大きな声が聞こえてきた。 (きっと落下物に辿り着いたんだ!)  どーまは這うスピードを早め、抜け穴を通り抜けた。するとそこには立ち入り禁止の看板に囲まれた銀色のUFOがあった。 (ほ、本当にUFOだ。おもちゃ? いや、写メ撮っちゃだめだろ、兄貴めっちゃ怒ってるな、誰も言う事聞いてないし)  思わずUFOの写メを撮り、瞬く間に拡散していくクラスメイト達に、佐山兄は真っ青になりながらやめてくれぇぇと声の音量を落と
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それでも、まだ生きてる。~第6話~

倫也は、「話すにも順序がある」と言った。まずは、注意事項というものがあるらしい。私は、慌ててメモの準備をした。一、『自分を信じる』二、『家族の繋がりを信じる』三、『昔からある言葉を雑に扱わない』四、『見えない者への敬意の念を忘れない』五、『純粋性を保て』・・・・・二十八、、、、「ちょっと、待って!まだあるの?!」私は、メモをテーブルに置き、倫也を見た。倫也は、片手を口元に置き、クスクス笑いながら、締めくくるように言った。「まぁ、いっぺんに言っても仕方ないな、、あと一つ、最後に大事なのは・・・」『自分を愛する』「絶対に、自分を犠牲にしてはいけない!」と、倫也は真剣な表情でこれだけは護ってほしいと言った。私は「う、うん」と、頷いて、それから続く、倫也の話しに耳を傾けた。「オレの家は、曾じいさんが密教徒で、その縁の寺がある、、今は兄がそれを継いでいて、、、」オレは産まれたときから、音が光で見えていた。それは、みんな見えるものだと思っていた。母親は、聴覚が秀でていて、神さまの言葉が聞こえるタイプだ。所謂、『神さまの声をおろします』的な・・・だから、常識では『見えない世界』が、極々、当たり前に存在する世界として育った。この世界を否定されたのは、小学3年の頃。寺の庭の大きな菩提樹の側で、いつものように『浄化』をしていたら、キラキラ光る金粉が舞ってきた。よくよく見てみると、ピョンピョン飛び跳ねてるやつとかいて、ジーッと見ていると、消え、また出てきては、消え、、、姿が確認できるまで、凝視すると、それは羽が生えていた。「妖精?」それまで、音が光の形状で見えていただけだったから、驚いて、誰かに教え
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それでも、まだ生きてる。~第4話~

「!?」私は目を見開き、横にいる『龍』を見た。「・・・しゃべれる・・んですか?」「・・・・・」『龍』は無言で、私の隣に鎮座している。「・・・しゃっべったよ・・・ねえ?」私はもう一度、聞き返すと、『龍』は何も言わず、グルンと翻り、天に昇っていった。「えっ?えっ? ちょ、ちょっと!」私は、消えゆくその姿に、大声で話しかけた。が、瞬時に辺りの異様な視線に気が付いた。私の周りを過ぎゆく人たちに、目を向けると、誰もが私と目を合わせないように行き交う。2歳くらいの子供連れの母親は、子供を庇うように、私から遠ざけ離れていった。私も、その場にいるのが、いたたまれず、小走りで家路を急いだ。2017年。 11月。あれから、『龍』が出てこない。「・・・話しかけたらいけなかった・・・とか?」「敬語じゃないと、いけなかった・・・?」私は、何か自分に落ち度があったのかと、あれやこれや、考えていた。「ああああーーー!もう!!!なんか、言いたいことがあるのかと思ったら、勝手にいなくなって・・・余計、気になるわ!!!」私は、頭を振って気を取り直した。「あっ!そうだ!倫也に聞いてみよう。」私は、SNSで倫也に連絡をした。萌音「近々、時間ある?」萌音「例の件で聞きたいことがあるんだけど」一時すると、倫也から返信がきた。倫也「明日、いつものとこ、12時で。いい?」萌音「OK」私は安定のサクサクしたやり取りに「うん!」と頷き、夕飯の準備に取りかかった。私と倫也の出会いは、渋谷のスクランブル交差点の近くにあるコーヒーショップだった。友達とハチ公前で待ち合わせをしていたが、友達から遅れると連絡があり、近くのコーヒーショップ
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【連載小説】第38話 嵐のあとに

その夜、 美涙たちはいつもの店に集まっていた。 『バークレー』静かな灯りと、ピアノの音が流れる場所。 ここだけは、 あの店とは違う時間が流れていた。 『もう頭にきちゃう!』 由佳がグラスを置く音が、少しだけ強かった。 『絶対、奈々ママの仕業よ』 まだ怒りが残っている。 『まあまあ』 美涙は、いつもの調子でカクテルを口にした。『そんなこと、たいした問題じゃないわ』 その言い方が、逆に余裕を感じさせた。 『だってあれ、完全に美涙さんのことじゃない!』 『分かってる人は分かってるわよ』 さらりと返す。 『こんなことでお客さんが離れるようなら、 最初からそこまでってことよ』 その言葉に、 誰も何も言えなくなった。 強い。 美月は、そう思った。騒がない強さ。 揺れない強さ。 それが、 この世界で生きていく人の姿なのかもしれない。 『今日はもうやめましょ』 『飲みましょうよ』 空気が、少しずつ和らいでいく。 『そうだ、美月ちゃんの歓迎会しようか』 突然、美涙が言った。『えっ、私ですか?』 『そうよ。今日から仲間なんだから』 その言葉が、 少しだけ胸に残った。 この人たちは、 敵なのか味方なのか。 まだ分からない。 けれど—— ここには、居場所がある気がした。 『いらっしゃい』 カウンターの奥から、 柔らかな声がした。 この店のママだった。皆から「おかあさん」と呼ばれている人。 『美月ちゃんね』 じっと見つめられる。 『あなた、何か持ってるわね』 突然の言葉に、戸惑う。 『ちょっと名前と生年月日、書いてみて』 言われるままに書くと、 ママはしばらくそれを見つめていた。 『なるほどね……』 ゆ
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【連載小説】第39話 嵐の気配

『みんな、ちょっと聞いてくれ』店長の声が、待機中のフロアに響いた。『今日から入った蘭子さんだ。初めての仕事だから、色々教えてやってくれ』『よろしくお願いします』現れたのは、少し落ち着きのない目をした女の子だった。どこか強気で、どこか不安そうで。その瞬間——美月は、妙な既視感を覚えた。『先輩!』突然、蘭子が駆け寄ってきた。『えっ……先輩?』『白百合学園ですよ!一年後輩の井上です!』思い出せない。けれど、確かに同じ場所にいた。『先輩、有名でしたよ』その言葉に、少しだけ引っかかる。何の意味で——?続きを聞こうとした瞬間、『おい、そこ!うるさいぞ!』店長の怒鳴り声で、会話は途切れた。その夜は、ゴールデンウィーク前ということもあり、店は息つく間もなく忙しかった。気がつけば、深夜。仕事を終えた美月たちは、そのままバークレーへ向かった。静かな店内。いつもの空気。『新人さんの手相、見てもらいましょうよ』美涙の一言で、その場の空気が少し和らぐ。ママは蘭子の手を取り、しばらく黙って見つめた。そして——ほんの少しだけ、表情が曇った。『……波乱万丈ね』蘭子の顔から、酔いが消えた。『男運も……少し気をつけた方がいいわ』その言葉に、誰も軽く笑えなかった。『でもね』ママは少しだけ優しく続けた。『夜の世界に来る子は、みんな何かしら抱えてるものよ』その言葉に、美月は何も言えなかった。——確かに、そうかもしれない。誰もが、何かを背負ってここにいる。『私、やり直したいんです』蘭子がぽつりと言った。その言葉が、妙に重く響いた。『大丈夫よ。みんながいるから』美涙の声は、変わらず優しかった。しばらくして、場の空気が少しだ
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【連載小説】第36話 水面下の戦い

今、この店は ふたつの勢力がぶつかり合う渦の中にあった。 表向きは、華やかな笑顔。 けれどその裏では誰にも気づかれないように、 静かな戦いが続いていた。 チーママの奈々ママチーム。 かつて大きなクラブでナンバーワンを張っていた女。 その実力を見込まれ、 大塚店長に引き抜かれてこの店に来た。 彼女の周りには常に人が集まり、 まるで女王のように君臨していた。 そして、その側に必ずいるのが一美。 奈々ママの機嫌を読み、 絶妙な距離で支える存在だった。 もうひとつの勢力。 それが、美涙のチーム。 オープン当初から店を支えてきた、 不動のナンバーワン。 その人柄は穏やかで、 自然と人が集まる。 けれど、優しさは時に、弱さにもなる。 裏切られることも、少なくなかった。そのふたつが、 静かにぶつかり合っていた。 今日は月に一度のミーティング。 女たちが一堂に会する場所。 『今月の売上ナンバーワンを発表します』 店長の声が響く。 拍手。 数字。 笑顔。 けれどその裏で、 誰が勝ち、誰が負けたのか誰もが理解していた。 奈々ママの名前は呼ばれなかった。 チーママだから。 それだけの理由で。 その“扱い”に、 どこか張りつめた空気が漂う。 やがて、麗子ママが口を開いた。 『お客様を本気にさせるには、どうしたらいいと思う?』 静まり返る空間。 『答えは簡単よ。 自分も本気になること』 その言葉に、 美月は一瞬だけ引っかかりを感じた。 ——本気? 『本気に好きになるって意味じゃないのよ』 『でも、心を込めないと伝わらないの』 美月はその言葉を聞きながら、 なぜか少しだけ怖くなった。 本気になる。 でも、
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【連載小説】第33話 最初の洗礼

大きなクラブとなると男性スタッフの数も多い。 店長はお店全体を管理する総責任者。 チーフはカンター内やキッチンを担当する責任者。 そしてマネージャーは女の子をどの席に配置するのか瞬時に考えて指示しなくてはいけない。 一番苦情が多いのがこの立場だ。 最後はボーイ。お店の女性には絶対服従という男としてのプライドを捨てないと務まらない。 『美月さんお願いします』 マネージャーからついに声がかかった! ついに来た。 胸の奥で、何かが強く脈打つ。 『はい』 ドキドキしながらお席についた。 『今晩は』 『いやいやいい子入ったじゃないか』 『横田さんこの子、今日から入った美月ちゃんなの』 と隣にいたナンバーワンの美涙さんが紹介してくれた。 『美月です。宜しくお願いします』 『美月ちゃんか、まだ若くていいねえ、どうだい今夜どこか食事でもいかんかね』 『まあ、横田さんたらだめよ。初日でこんなに緊張して可哀想じゃない』 『何でも飲んでいいぞ、つまみも食べるか?』 『いえ、、、』 『この横田さんはね。この町で一番大きな米屋の社長さんなの』 『別荘を持っていてお庭もすごいって噂だわ』 『そういえばこの前、死にそうになったんだよ』 と横田さんは急に話し始めた。 『運転してて踏み切りの端のほうで急に止まっちゃってさ、その時電車が来てぶつかったんだよ』とこともなげに言った。 『ええ!電車とぶつかったの?怪我しなかったの?危ないところでしたね』 『そうさ、危機一髪だったよ。まぁ、怪我してたらここにいないけどな』 『それで車は?』 『だめさ、いくらベンツでも電車相手じゃ勝てないよ』 『それで足を少し怪我しただけ
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【連載小説】第29話 届かない約束

午後6時を過ぎても、萌は現れなかった。 人混みの中で、智史は何度も時計を見た。 遅いな。 その違和感の正体に、まだ気づいていなかった。『もしもし、こちらは築地警察の安藤と申します。高梨さんですよね。萌さんはお子さんですか?』 いきなりかかってきた電話は詐欺かと切ろうとした時、萌の名前がでたので驚いて返事をした。 『はい、そうですが、、、』 『実は萌さんが銀座で交通事故に合いまして今、中央病院へ運び込まれました』 その冷静な声が遠くから聞こえてきた瞬間、雅子の手から受話器が滑り落ちた。 足の力が抜け、床に膝をつく。 何を言われたのか、理解が追いつかなかった。 『それで萌は?』 そう聞くのがやっとだった。 萌は緊急手術により一命は取り留めたが予断を許さない状況に陥っていた。 時折聞こえる呼吸器の音だけが聞こえる静か病室だった。 智史はどこにいるの? 待ち合わせの場所にいるのにいくら待ってても智史が来ない。 萌は夢の中で智史を待ち焦がれていた。 ふと目を開けると白い天井が見えた。 ここはどこなのか? 体が動かない。 自分の体ではない感覚。 声を出したくても 声も出ない。 遠くから自分の名前を呼ぶ母親の声。 萌は意識が戻ったのも束の間、やはりそう長く持たないと母親と医師らしき人との会話が耳に入った。 萌は夢と現実の狭間で、 自分の置かれている状況を、なんとなく理解した。 けれど、そのことを誰にも伝えることはできなかった。
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【連載小説】第28話 約束の交差点

その日から萌の頭の中には 智史が住みついてしまったかのように、 何をしていても、ふとした瞬間に思い出してしまう。 会いたくて、仕方がなかった。 『もしもし、智史さん。何してるの?』 『ああ、萌ちゃん。さっき電話で話したばかりだよ。どうしたの?』 『だって気になるんだもん。そんな意地悪言わないで。じゃあ、切るからね』 『冗談だよ。ねえ、今夜、銀座に行こうか。一緒に行きたいレストランがあるんだ』『嬉しい!智史と一緒なら、どこでも行きたい』 『それじゃ、夕方六時。四丁目の時計台の前で』 『分かった。とびきりのお洒落していくね』 実は最初、「銀座」と聞いて、ほんの少しだけ戸惑った。 そこは、母親の街だったから。 それでも、、、 智史との約束は、何よりも優先された。 萌は、初めて袖を通すオフホワイトのワンピースに、 ベージュのコートを羽織った。 銀座の街に似合うようにと選んだ、 少しだけ背伸びをした装いだった。 靴を履こうとした、そのとき ふいに、ベルトが切れた。 一瞬、手が止まる。 けれど深く考えることもなく、 別のベージュの靴に履き替えて、家を出た。 待ち合わせの時間までは、まだ少しある。 萌は、智史へのプレゼントを買おうと 四丁目の交差点へ向かった。 信号が変わる。 一歩、踏み出した、その瞬間 突如、視界を切り裂くように 一台の車が突っ込んできた。 爆音。 ブレーキの軋み。 誰かの叫び声。 すべてが、重なり合って 萌の意識は、途切れた。 遠ざかっていく救急車のサイレン。 智史は、まだ少し早かったかと 腕時計に目を落とす。 午後5時55分。 その時、萌が瀕死の状態で 救急車の中にいる
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【連載小説】第27話 揺れる心

「萌ちゃん、智史だけど」ともう一度言った。 あの冷静な智史の苛立っているような緊迫した声に萌は緊張した。 「何か用かしら?」 萌は智史のことも信じられなくなっていた。 「萌ちゃん大変なんだ。 拓海が事故っちゃって今、救急車で運ばれて緊急手術してるんだ」 「拓海が?怪我したの?大怪我なの?」 萌は電話を床に落ちたのも気がつかないくらい動揺していた。 「もしもし!もしもし!聞いてる?」 萌は微かに聞こえる智史の声にはっと我に返った。 「どこの病院なの?今から行くわ」 「わかった、六本木の港病院という所だ!一階の待合室で待ってるから」 萌はコートも羽織らず外へ飛び出した。 冬の夜の空気が胸に刺さるようだった。 その病院は救急車のサイレンが遠くで鳴り続け、 待合室には重たい空気が漂っていた。 『ああ、萌ちゃんここだよ』 『それで拓海は?』 萌は恐る恐る聞いた。 『まだ手術中でわかんないだ』 『いったい何があったの?』 『それが六本木の交差点で右折しようとしたら 信号無視のオートバイがいきなり車の前に突っ込んきて それを避けようとして反対側に飛び出しちゃってそこに運悪く4トントラックに正面衝突さ』 智史はもうそれ以上、声が出せなくなった。 萌も声にならない嗚咽でその場に崩れ落ちた。 『萌ちゃん、ここに座って』 と言うのがやっとのことだった。 あまりにひどい事故で車は原型を留めていなかったと聞いていた。 命があるほうが不思議なくらいの大事故だった。 『あなた、どうしたらいいの、、、』『もう天に任せるしかないよ』 と拓海の両親は手術室の前でいつ終るともわからない 地獄の時間を耐えていた。 拓
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【連載小説】第25話 空白の夜

人は時に自分でも気づかないうちに 運命の扉を開けてしまうことがある。 それは甘い言葉に誘われた ほんの小さな一歩かもしれない。 だが、その扉の向こうには戻れない 長い夜が待っていることもある。 『いったいあの子は何処にいったのかしら? もう今日という今日は許さないから』 『すみません。私がついていながらこんなことになるなんて。 それにしても最近萌ちゃん何を言っても上の空で変と言えば変でしたよ』 『恒さん!萌の年齢が一番不安定で何するか分からないって日頃言ってるじゃない! もっとしっかりしてくれなくちゃ』 『本当にすみません』 雅子は恒さんに八つ当たりしても今の状況が変わらないのを分かっていながら 誰かに当たらないといられない焦躁感があった。 この時、雅子は萌とは関係ない深刻な悩みを抱えていた。 銀座にセンセーショナルを起こした今のお店に影が見え始めて来たのだった。 毎日、洪水のようにお客様が来ていたのに最近は空席が目立つ。 時代の波が大きく関係する銀座にとって不景気は天敵であった。 そして先月末には追い撃ちをかけるように ナンバーワンの詩織が田舎へ帰るという理由でいきなり辞めてしまった。 しかも、もう次の日には最近オープンした大箱の店のチーママになっていたと 信じがたい情報もあり雅子は悔しくてその店に怒鳴りこもうかとしたところ 店長やマネージャーに止められて僅かながらのプライドを保つことができた。 『恒さんもう休んでちょうだい。後は私が起きて待ってますから』 『奥様すみません。萌ちゃん帰ってくるでしょうかね。 何だか胸騒ぎがして、、、』 『何、縁起の悪いこと言ってるの。大丈夫よ
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【連載小説】第22話 もう一人の視線

『何やってんだ!その手を離しな』 『先輩!』 と3人組の一人が痣が出来るくらい萌の両手を持っていたが その一言でいきなり離した。 3人はばつの悪そうな顔をして下を向いた。 『もうこんな真似するんじゃねえぞ』 と聞く間もなく走りだしてどこかに行ってしまった。 萌は目を閉じたまま体を固くしていた。 足音が近づく。 逃げなければと思うのに 体が言うことをきかない。 その時だった。『大丈夫?』 さっきまでの荒い声とは違う 静かな声だった。 萌はゆっくり顔を上げた。 ネオンの光の中に 二人の男が立っていた。 『こんな所で一人でいるなんてライオンの檻の中にいるうさぎみたいだぞ』 『すみません』 と萌は震えながらやっと声が出るようになった。 『この時間に一人で居るなんてどうかしたの?』 と拓海は萌に近づいた。 萌は目の前で起こったことが現実だとは思えず どう対処していいのかただただその場から動けずにいた。 『拓海、もういいじゃねえか、行こうぜ』 ともう一人の男が面倒だと言わんばかりに言った。 『でもさ、このままじゃまたあいつらみたいのがいるから心配だよ』 拓海は背が高く 長い髪がネオンの光を受けて揺れていた。 モデルのような体型で どこか余裕のある笑みを浮かべている。 こうゆう男が 女の子を簡単に惹きつけるのだと 萌はまだ知らなかった。 もう一人の男、智史は 少し離れた場所に立っていた。 一重の鋭い目。 感情をあまり表に出さない男だった。 だが萌が震えていることを 誰より早く気づいていた。 『あの、私一人で帰れますから』 と萌はやっと体を起こし立ち上がった。 『じゃ大丈夫だね、早くここから出
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【連載小説】第20話 代償の夜

萌は思春期を迎える年齢になっていた。 『ねえ恒さん私って生まれてきて良かったのかな?』 『まあお嬢様いきなり何を言うの? こんな年寄りを嚇かさないでくださいよ』 『だって、、、』 『この世の中生まれて良くない人間なんて一人もいやしないですよ。 ましてやお嬢様は奥様がどれだけ大事に思ってるか 何があっても世界がどうなっても奥様と微力ながらこの恒が 守ってさしあげますよ』 と恒さんは萌のうつろな目が気になって仕方がなかった。 『何か気になることでもあるの?』 『別になんでもないわ』 『恒の目はごまかされませんよ。 そんな顔している時は何かあるに決まってますよ』 『まあね、ここだけの話しよ、ママには言わないで、 それが来週の土曜日に父親参観日があるの。 みんなで自分の父親自慢ばっかりでさ、やんなっちゃう。 学校なんか行きたくないって感じ』 『そういうことだったのですね。 分かりました!私にいい考えがありますよ。 私が男装して授業参観に行くのはどうですか?』 『もう恒さんたらみんなに笑われちゃうわ』 『駄目ですか』 と一緒に笑いながら萌の気持ちが痛いほど分かった。 『恒さん今日も遅くなるの。先に休んでちょうだいね』 『はい奥様、あの、一言宜しいですか?』 『今日も大事なお客様と食事の約束があるから急いでるのよ』 『そうですよね。またにします』 『いいわよ、ちゃんと聞くからここに座って』 『いいんですか?』 『いいって、恒さんがそんな顔してるの珍しいから』 『それがお嬢さまのことです』 『萌?どうしたの?』 『それが昨日の晩にいきなり 私、生まれてきてよかったのかって聞かれて驚きました
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【連載小説】第12話 血が告げる真実

萌は母親の愛情を一身に受けて利発で明るい子供に育っていた。雅子もいろんな意味で大人の女性へと変貌を遂げ櫻木との関係もある程度、距離を保ちつつ切れないようにと努めていた。櫻木は何と言っても生活の全てを援助してくれる大事なスボンサーだ。愛情は感じないが稀に萌の育て方に文句を言うくらいで雅子に対しては無関心なのか、煩わしくなくこの上もない自由を与えてくれた。そして季節は矢のように過ぎ萌はこの春から都内でも有名な幼稚園に通っていた。『もしもし高梨さんですか?』『はいそうですが』『バスが、バスがトラックと正面衝突しまして!』『はあ?どなたですか?バスって?まさか!』『あっ、すみません、私、文京幼稚園の仲田と申します。お宅の萌ちゃんが大怪我してしまい病院に着いたところです』『萌が!何処の病院ですか!何処ですか!』『本郷にある本郷病院です。こんなことになって』雅子はその声の暗さにパニックになった。まさか萌が?慌てて電話を置くと取るのも取り敢えず家を飛び出した。雅子は何がどうなったのか気が動転してしまい自分が何をしているのか記憶がなくなるほど焦った。萌。萌。萌。それ以外の言葉が、喉を通らなかった。病院に着くと何人もの人が泣き叫び怒号が飛び交っていた。床には血の付いたタオルが落ち、母親たちの泣き声が天井に跳ね返っていた。バスに乗っていた園児のほとんどが怪我をして緊急手術を余儀なくされている子供もいた。雅子は我が子の安否を確認するために人を押しのけて病院関係者を探した。『すみません!私、高梨ですが高梨萌という子が怪我したと連絡があったのですが』『あっ!萌ちゃんのお母さんですね。お待ちしてました。ち
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【連載小説】第10話 桜の夜の代償

ここは櫻木の自宅で年に一度のお花見の会があり政財界のお歴々が黒塗りの車で現れる。そして浅草中の名だたる芸妓が呼ばれそれは言わば選ばれた芸妓達の花の競演だった。今年は初めて雅子にも声がかかっていた。その朝、『雅子、今日は普通のお座敷と違うの。櫻木さんといって昔からのお得意さんで雅子にはまだ早いと思って紹介しなかったけど浅草中の芸妓が狙っているほどの素晴らしい人なの。だから櫻木さんに気にいられるよう目立たなくちゃだめよ。さあこの着物を着てごらん』『わあ!おかあさん綺麗な着物、桜の模様が見事ですね。今しか着ることができない貴重な着物だわ』『おや雅子も着物が分かるようになったのかね。そう、この着物は京都の有名な作家さんの逸品物でね、わたしゃ雅子のために崖から飛び降りる覚悟で手に入れたのさ。だから櫻木さんの側から離れるんじゃないよ。他のお客も沢山くると聞いてるけど狙いは櫻木さんだからね。わかった?ぼやってしてたら出し抜かれるわよ、雅子』『おかあさん、ありがとうございます。大切に着させてもらいますね』と雅子は礼を言ったもののこんなことが疲れる原因だわと一人になった時にふーとため息をついた。早くこんな家を出なくては、もう堪らない。今の今まで迷っていた櫻木とのことだったが三上の言葉が、いつの間にか雅子の決意にすり替わっていた。計画とはもうすでに雅子は妊娠しているのだから事は早く済まさなければいけない。このお花見の会にまぎれて何とか櫻木にコンタクトをとって閨に誘うということだった。櫻木は長い間、独身を通し浅草では有名なプレイボーイで浮いた噂はひきも切らずあったがその実態を知っている人は聞いたこと
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【連載小説】第2話 花柳界の波紋

次の日、女将さんは意を決して櫻木さんへ電話をした。その電話1本で雅子の運命は大きく動き出すことになるとは雅子本人は知る由もなかった。『もしもし櫻木さんお久しぶりです。私、浅草の蔦乃屋ですが今、よろしいでしょうか?』『おお蔦乃屋の女将か、珍しいじゃないか?どうしたんだね』『ちょっとお話したいことがあって一度お会いできませんか?』『何か知らんが電話じゃだめか?こう見えても貧乏暇なしでな』『櫻木さんのためにお会いしたいと思うのですが、、、いかがでしょうね?』『そうかぁ、何の話か知らんがまあ少しなら時間が作れそうだから今夜8時に蔦乃屋さんへ行くとしよう』『8時ですね。ぜひお待ちしてますわ』浅草の置屋さんは当時数十軒もありその管轄が見番といって組合のようなものである。そこでお線香代1本分いくらにするといったような協定を結ぶのだ。だからどの芸者さんを呼んでも相場が決まっていた。ただ直接の心付けは別勘定だったのでそこは芸者の腕の見せ所だった。ちなみに 「お線香代」というのは時計のないころにお線香1本が燃え尽きるまでの時間の料金という意味だったらしい。『蔦乃屋』は今の女将さんで3代続く置屋だった。お抱えの芸者さんは3人で一番若いのが雅子だ。雅子は多摩の寒村の生まれで2人兄弟で下に弟が1人いた。雅子がまだ幼い頃に両親が離婚して母親が雅子を引き取り弟は父親が引き取ることになった。色白で目鼻立ちがはっきりしていて大人になったらさぞ美人になるだろうと村中の噂だった。その噂を聞きつけたのか、ある日浅草を中心にしている女衒まがいの男が突然現れてぜひ雅子を芸者にと言ってきた。母親はその日食べる物も心配するよ
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第一話 丘乃手相鑑定所

 阿佐ヶ谷のアーケード街から一歩入った裏通りにひっそりと佇む店があった。以前はパーマ屋だったらしく薄っすらと『ヘアサロン…』の文字がガラス扉に残っていた。その扉には申し訳程度の「丘乃手相鑑定所」の木製看板が掛かっていた。 扉が開くと棒状のベルが鳴った。 「いらっしゃいませ」 落ち着いた男性の声が響いた。声の主は黒いローブを纏い、中は柔らかな照明と香木の香りが漂い、訪れる者を別世界へと誘うようだった。 「あのぉ、今日予約していた神倉茉優です。丘乃先生ですか」 20代後半の女性らしい神倉は恐る恐る確かめていた。 「私が丘乃啓一です」 丘乃の深い眼差しは、まるで相手の心の奥底まで見透かすかのような鋭さを持っていた。 「まあ、こちらにお掛けになって、気楽にしてください」丘乃は静かに言った。茉優は少し緊張した面持ちで頷き、座ると手に握りしめていた予約カードを差し出した。 紫色の羅紗の布が掛けられたテーブルに手を差し出す神倉。 丘乃は彼女の掌をじっくりと見つめた。 「まずは、あなたの過去を見てみましょう」 丘乃の指が神倉の掌の線をなぞるように動く。 「あなたは…幼少期に大きな転機を迎えましたね。それは、家族に関わる出来事でした」 丘乃の言葉に神倉の目が見開かれた。 「どうしてそんなことがわかるんですか」 「手相は、あなたの人生の地図のようなものです。ここに刻まれた線は、過去、現在、そして未来の道筋を示しています。」丘乃はさらに詳しく掌の線を読み取っていく。 「あなたは最近、大きな決断を迫られる出来事がありませんでしたか。そして、それが今後の人生に大きな影響を及ぼすことになるでしょう」神倉
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それでも、まだ生きてる。~第5話~

翌日は、朝から何やら慌ただしかった。上の子(キーくん)が急に、絵の具の準備が必要だった!青色が切れてる!赤色も切れてる!とか、、、下の子(けいちゃん)は、その日は、課外授業でお弁当を作ったのだが、デザートのリンゴが気に入らない!梨がいい!とか、、、普段、穏やかな子供たちが、いつになく、ギスギスしている感じだった。「なんで、今、言うの?」と、私も少し苛立ちつつ、子供たちを宥め、玄関を出て、庭先まで見送った。「いってらっしゃい!絵の具、買っとくから、、、けいちゃんも、今日はリンゴで我慢してね!」「うーん、、、いってきまーす、、」二人とも、まぁ仕方ないか、、、という様子で、学校へ向かった。子供たちの後ろ姿を、見送っていると、天気の良かった空が、少し陰り、風が吹いた。と、同時に、黒い大きな影が地面に映り、バサバサと音を立てて、通り過ぎていった。私は、何事かと思い、すぐさま、上を見上げた。空は、さっきと変わらない晴天で、雲一つない・・・「・・・気のせい?」私は、おかしいな、、と、首を傾げ、玄関のドアを開けた。私は一足先に、コーヒーショップにいた。倫也との待ち合わせは、12時だが、少し話を整理したくて、早めに到着していた。「この間、色々言ってくれたけど、正直、まったく理解できてないし、、、」とにかく、そういう世界が存在してる・・ということは、納得した。「納得した?・・・してるかな~?、、」私は眉を潜め、うーん・・・と唸った。『龍』が、居なくなって、1週間。居ない時間が長くなればなるほど、あの時のことが、まるっと幻覚だったのでは?、、、と思えてくる。「でも、倫也も見えてるのだから、、」そうい
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【連載小説】第51話 転がり込んできた命

『ペペルモコ』に移って、半年が過ぎた頃だった。 開店前の静かな店内で、いつものように掃除をしていると、 扉が控えめに開いた。 振り返ると、見知らぬ女が立っていた。 少しふくよかな体。 どこか場違いな、疲れ切った顔。 そして――背中には、赤ん坊。 『すみません……ちょっと、いいですか?』 その声には、頼る場所を失った人間特有の、かすれがあった。 『はい?どうされました?』 『ここ……人、募集してませんか?』 言い終わる前に、その女はその場に崩れるように座り込んだ。 ただ事じゃない。 慌てて水を差し出すと、両手で掴むようにして、一気に飲み干した。 『ああ……おいしい……』 その一言が、妙に重かった。 『昨日から……何も食べてなくて……もう限界』 思わず言葉を失った。 『赤ちゃんは……?』 『この子は母乳だから……なんとかね』 なんとか、なんて顔じゃなかった。 『お母さんが食べてないのに、出るわけないでしょ』 少し強く言った自分に、少しだけ安心した。 女は、小さく笑った。 『私ね、幸子っていうの。幸せの“幸”に、子供の“子” ……なのに、全然そんな人生じゃないの』 その笑いは、笑っていなかった。 話を聞けば、逃げてきたのだという。 北海道で出会った年上の男。急な結婚。 そして、崩れた生活。 仕事を失った男は酒に溺れ、 やがて手を上げるようになった。 『怖くて……逃げてきたの』 その一言だけで、全部わかった。 頼った姉の家にも、入れてもらえなかった。 行き場がない。 金もない。 ただ、子どもだけを背負って、ここに来た。 ——どうしてこの店に? そんなこと、聞く気にもなれなかった。 その
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【連載小説】第46話 戻る場所

その夜——店長が、わざわざ部屋まで来てくれた。『ただいま。店長、一緒です』ドアの向こうで、美涙は立ち尽くしていた。『……すみませんでした』言葉より先に、深く頭を下げる。その姿は、今まで見たことがないほど小さかった。『顔、上げろ』店長の声は、いつもより低かった。『いなくなった時は驚いたぞ』『……はい』『何があった』逃げ場のない問い。美涙は、静かに話し始めた。結城のこと。新宿の店のこと。そして——自分の甘さのこと。すべて話し終えたとき、部屋にはしばらく沈黙が落ちた。『……そうか』店長は、ゆっくり頷いた。『バンスは払ったんだな』『はい……五十万』『そうか。それでいい』意外な言葉だった。『金は戻らん』『でもな——』『帰ってこれたことの方が大事だ』その一言で、張り詰めていたものが崩れた。『……はい』涙がこぼれる。『あのままだったら、もっと面倒なことになってた』『だから今回は——交通事故だと思え』その言葉は、乱暴で、でも優しかった。『明日からまた来い』『えっ……いいんですか?』『何言ってんだ』店長は、少しだけ笑った。『うちの看板だろ』その一言で、すべてが救われた気がした。『……ありがとうございます』涙が、止まらなかった。——そして翌日。『美涙さん、お電話です』何気ない一言。けれど——『……もしもし』『やっぱり戻ったか』その声を聞いた瞬間、血の気が引いた。『……俺だよ』結城。『なんで戻った?』低い声。昨日までの優しさは、どこにもなかった。『今、仕事中なの』声が震える。『明日、電話する』それだけ言って、切った。呼吸がうまくできなかった。『店長……』その名前を呼ぶだけで、少しだけ安心した。『あい
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【連載小説】第43話 消えた夜

バークレーの扉を開けた瞬間、いつもの温かい空気が流れてきた。『おかあさん、こちら結城さん』美涙の声は、いつもより少しだけ高かった。『今日初めて会ったのに、すごく相性がいいの』その言葉に、ママはどこか引っかかるものを感じた。『結城さんね』ママは静かに微笑み、じっとその顔を見た。『……東京の方ね』『分かりますか?』『ええ、なんとなく』その“なんとなく”の奥に、何かを探るような気配があった。『占ってほしいの』美涙は、無邪気にそう言った。ママは少しだけ間を置き、結城の手を取った。『……難しい手相ね』その一言で、空気が変わる。『孤独の星が出てるわね』『それに——人を寄せ付けない距離を感じるわ』結城は笑った。だがその笑いは、どこか乾いていた。『そんなこと、考えたこともないな』『そう……ならいいけど』ママの声は、少しだけ曇っていた。その時だった。『このあと、二人でどこか行かない?』結城が、美涙の耳元で囁いた。甘い声。逃げ場のない距離。『……どうしよう』その一瞬、美涙の心が揺れたのが分かった。『今日はやめた方がいいですよ』美月は思わず言ってしまった。理由は分からない。けれど——嫌な予感がした。『そうね……今日は帰るわ』その夜は、それで終わった。——終わったはずだった。翌日。その次の日も。結城は店に現れた。そして同じように、美涙を指名した。『今夜は、二人で』その手が、静かに触れる。拒む理由は、どこにもなかった。いや——本当は、あったのかもしれない。けれどその時にはもう、遅かった。その夜、二人は店を出た。暗闇の中へ、吸い込まれるように。——それが最後だった。3日後。『……美涙さん、今日も来てないの
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【連載小説】第42話 優しい罠

その夜も、店は何事もなかったかのように賑わっていた。麗子ママは退院したものの、もう店に姿を見せることはなかった。その空白を埋めるように、奈々ママは、以前にも増して堂々と店に君臨していた。『美涙さん、お願いします』新規の客だった。——綺麗な人。そう思ったのは、顔立ちだけではなかった。『こんばんは』その声の柔らかさに、思わず気持ちが緩む。『美涙です』『いい名前だね』ただそれだけの言葉なのに、なぜか胸に残った。(……素敵な人)美涙は、久しぶりに自分の心が揺れるのを感じていた。『お名前教えていただいてもいいですか?』と緊張していつもと違う声になった。『結城です』差し出された名刺。整った所作。自然な距離感。すべてが、心地よかった。『東京から来てるんだ』その一言で、さらに特別な存在に見える。『よかったら、明日お食事でも行きませんか?』気づけば、自分から誘っていた。そんな自分に、少し驚く。——でも、止められなかった。『あの……こんばんは』そこへ、美月が入ってきた。『美月です』結城の視線が、一瞬こちらに向いた。その目は、人を見抜くような静けさを持っていた。(……この人)美月は何かを感じたのに、言葉にはできなかった。そして魔法にかかったような時が過ぎいつの間にかラストになろうとしていた。『この後、どこかに行かない?』美涙の声は、すでに少し甘くなっていた。『いいね』結城は、迷いなく頷いた。その自然さが、逆に怖いほどだった。『バークレーに行きましょうよ』『占いが当たるのよ』『面白そうだね』すべてが、あまりにも滑らかに進んでいく。『美月ちゃんも行こうよ』断る理由はなかった。けれど——なぜか、胸の奥に小
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【連載小説】第41話 偽りのぬくもり

白い壁に囲まれた特別室。機械の音だけが、静かに響いていた。麗子は、ゆっくりと目を開けた。『……あなた?』かすれた声。『麗子……!大丈夫か』その声には、安堵と焦りが混ざっていた。『ごめんなさい……私……』『いいんだ、もう何も言わなくていい』そう言いながらも、社長の手はわずかに震えていた。『……どうして、こんなことになったのか聞いてほしいの』その一言に、空気が変わる。『この前のことだろう?もう終わった話じゃないか』『違うの』麗子は、ゆっくり首を振った。『あなたの浮気……今に始まったことじゃない』沈黙。『私ね……分からなくなったの』『何のために生きているのか』『何をしても、全部むなしくて……』『食べても、何も感じないの』その声は、あまりにも軽くて、逆に重かった。『もうやめてくれ……』社長は顔を歪めた。『お前には怜香がいるだろう』『あの子は……強い子よ』『私がいなくても……生きていける』『そんなこと言うな!』その声は、初めて“本音”に近かった。『これからはちゃんとする』『早く帰る。家族で……やり直そう』その言葉に、麗子は目を閉じた。『……ありがとう』『私、もうこんなことしない』『時間がかかっても……自分の生きる意味、探すわ』その言葉は、決意のようでいて——どこか、頼りなかった。社長は静かにうなずいた。そして——そっと病室を抜け出した。深夜の廊下。無機質な光。電話ボックスに入り、番号を押す。『……もしもし』『由美子か』その声は、先ほどとは別人のようだった。『会えなくなった』短く、告げる。『どうして?』『事情がある』『またそれ?私、いつも待ってるだけじゃない』苛立ちが、はっきりと伝わる。『
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【連載小説】第40話 崩れた夜

『もしもし……美涙ですが』その声は、次第に変わっていった。『……え?まさか……』受話器を持つ手が、わずかに震える。『分かりました。すぐ行きます』電話を切った瞬間、その場の空気が一変した。『どうしたの?』『……ママが倒れたの』一瞬、誰も言葉を失った。『今、病院に運ばれてるって。店長が呼んでるの』『倒れたって……ただ事じゃないわね』『自宅のお風呂みたい』その一言で、不吉なものが胸をよぎる。私たちは、急いで店を出た。夜の街を切り裂くように、タクシーが走る。そして辿り着いたママの家。『静かに』店長は小さく言った。『今、やっと寝たところだ』いつもの威圧感はなく、どこか疲れきった顔だった。『命に別状はないらしいが……状態はよくない』その言葉の重さに、誰も軽く頷けなかった。『……病気じゃない』その一言で、空気が凍りつく。『風呂場でな……』それ以上の説明はいらなかった。頭の中に、光景が浮かぶ。血の色。流れる水音。返らない声。『どうして……』誰かが小さく呟いた。『最近、かなり痩せてたからな……』店長の言葉は、それだけだった。あの時の笑顔。あの時の言葉。すべてが、嘘のように思えた。『悪いが……ここは頼めるか』店長はそう言って、静かにその場を離れた。残されたのは、重たい沈黙だった。『ママ……』誰もが、同じことを思っていた。強く見えた人が、一番脆かったのかもしれない。『お店、どうなるんでしょうね……』ぽつりと誰かが言う。『大丈夫よ』美涙が静かに答えた。『今までだって、みんなでやってきたじゃない』その声は落ち着いていた。けれど——どこか遠くを見ていた。夜は、まだ終わっていなかった。
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【連載小説】第35話 女の業

救急車のサイレンが遠ざかり、 社長宅には妙な静寂だけが残った。 まるで、何事もなかったかのように。 ——けれど、何かが確実に壊れていた。 麗子ママの興奮は、まだ収まらなかった。 このままでは終われない。 そう言わんばかりに、低い声で口を開いた。 『説明して』 東の空が白み始めている。 夜が終わりかけているのに、 この家の中だけはまだ“夜”のままだった。 『……』 『いったい、あの女といつからなの』 『すまなかった。でき心だ』 その一言が、火に油を注いだ。 『うそ言わないで。 でき心で、あんな女がここまで来るわけないでしょ』 沈黙。 『あいつは……可哀想なやつなんだ』 『両親を事故で亡くして、ひとりで生きてる』 『だから何?』 その言葉には、容赦がなかった。 『それに妹もいるらしいが、行方が分からないらしい』 『……あなた、それ全部ただの言い訳よ』 麗子ママの目は、もう冷えていた。 『こんな時間だ。怜香も起きてくる』 『また後で話そう』 逃げるように、男は書斎へと消えていった。 『私、今日のことは許さないわ』 その言葉だけが、静かに残った。 翌朝。 『おはようございます』 いつも通りの声で店に入った美月は、 すぐに異様な空気に気づいた。 ——何かあった。 『チーフ、おはようございます。何かあったんですか?』 『ああ……いや、別に』 明らかに“別に”ではなかった。 店のあちこちで、 小さな声が渦巻いている。 『昨日、ママの家で事件があったんだよ』 その一言で、空気が変わる。 語られるのは、夜の裏側。 愛人。 乗り込み。 流血。 どこか現実味のない話なのに、 妙に生々しい。 『そんな
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【連載小説】第34話 夜の代償

そこは、美月が勤める麗子ママの自宅だった。 地方とは思えないほど瀟洒な一戸建て。 外から見れば、何不自由ない暮らしに見える。麗子ママの夫は実業家だった。 だが、その実態を知る者は少ない。 二人の間には二十歳の年の差があり、 再婚だという噂もあった。 そして、麗子ママには、もう一つの過去があった。 銀座でナンバーワンと呼ばれた女。 だが、ある出来事をきっかけに この街へと移り住んだのだという。 逃げるように。 その夜、すべてが静かに崩れ始めた。 寝る前の、わずかな時間。 『今夜はどうだった?』 『まあまあね』 『最近、売上が落ちているんだろう。 新しい子を入れた方がいいんじゃないか』 『あなた——お店のことには口を出さない約束でしょ』 麗子ママの声には、はっきりとした苛立ちが滲んでいた。 ——ドンドンドン。 チャイムではない。 扉を叩きつけるような音だった。 『こんな時間に、誰……?』 『どなたですか?』 沈黙。 『どちらさまですか?』 『……社長!社長いますか!』 空気が、一瞬で変わった。 ドアを開けたその瞬間、そこには、ずぶ濡れの若い女が立っていた。 髪は乱れ、目は血走り、 まるで鬼のような形相だった。 『もう……私、我慢できないんです』 『あなた、誰なの?』 『社長の……』 その言葉を聞いた瞬間、 麗子ママの表情が変わった。 すべてを悟った顔だった。 『返してください』 『は?何を言ってるの?』 『あの人を、私に返して』 静かだった夜が、音を立てて壊れていく。 『いい加減にしなさい!』 麗子ママの声が鋭く響いた。 『うちの人は“物”じゃないの。 あなたに渡すものなんて何もな
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【連載小説】第31話 運命の扉

ある地方銀行に勤める、ひとりの地味な女の子がいた。 名前は、美月。 出納係という少し特殊な部署で、 毎日、現金と向き合う仕事だった。 来る日も来る日も、 一万円札を数え、束ねる。 その小さな疑問は、 いつしか胸の奥で静かに膨らみ続けた。 やがて銀行の建物に足を踏み入れた瞬間、 世界がぐらりと揺れるようになった。 視界が回る。 息が詰まる。 それが何なのか分からないまま、 ただ「このままではいけない」とだけ感じていた。 限界は、思ったよりも早く訪れた。 美月は誰にも相談せず、 静かに銀行を辞めた。 そんなある日、 友人から、市内でも最大級のクラブで 事務員を募集していると聞かされた。 クラブ それがどんな場所なのかも知らないまま、 美月は面接へ向かった。 扉を開けた瞬間、 そこはまるで別世界だった。 シャンデリアの光。 真紅の絨毯。 重厚な本革のソファ。 すべてが現実離れしていて、 自分が場違いな場所に来てしまったのではないかと、 一瞬、足がすくんだ。 ここには、どんな人が来るのだろう。 想像すらできなかった。 バックヤードの一角にある事務室。 美月はそこで、昼間の経理として 働くことになった。 オーナーは、この店のほかにも 建設会社や中古車販売を手がける実業家。 そして麗子ママは、その妻だった。 美しい人だった。 けれど、 どこかに、言葉にできない影を宿していた。 仕事にも少しずつ慣れてきた頃。 普段はめったに顔を出さないママが、 ふらりと事務所に現れた。 『今日ね、女の子が三人も休んでしまって…… 美月ちゃん、お店を手伝ってもらえないかしら』 あまりにも突然の申し出だった。
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【連載小説】第23話 危うい恋の入口

あの夜から、 萌の世界は変わってしまった。 ネオンの下で出会った拓海の顔が何度も何度も浮かんでくる。 思い出すたびに、 胸の奥がふわりと熱くなる。 それが恋だと、 萌はまだ大人になりきれなかった。 深夜の帰宅は始めてだったので家のドアを開けるのに多少の抵抗があったが 今の萌には何もかもがバラ色に見えて夢を見ているような陶酔状態だった。 『ただいま』 といつもと同じように居間に入ったとたんその夢から現実に引き戻されたように雅子と恒さんが鬼のような形相で待っていた。それから小一時間正座でみっちり叱られて自分の部屋に戻った時は もう母親の言葉も恒さんの泣き声も消えていた。 明日になったら電話してみようともう一度、電話番号が書いてあるメモ用紙を見つめた。 そこには数字が書いてあるだけなのに宝物のように思えて仕方がなかった。 次の日。。。 何度も電話番号を見て かけようとして、やめる。 また見つめる。 胸の鼓動がやけにうるさい。 そしてついに指が動いた。 呼び出し音が1回、2回。 その時だった。 『昨日の萌ちゃんだね』 その声を聞いた瞬間、 萌の心臓は跳ね上がった。 『は、はいそうです。昨日はありがとうございました』 『嬉しいなぁ、まさか電話もえるなんて期待してなかったから』 『お礼が言いたくて』 萌は緊張して思うように喋ることが出来なかった。 『今日は時間あるの?』 『今日ですか?』 『そう、今日』 『今日は表に出られないというか、昨日叱られちゃって』 『そう、だめかぁ、今日さ、俺の誕生日でみんなで祝ってくれるって感じなんだけど』 『えっ、今日お誕生日なの?おめでとうございます。私も参
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【連載小説】第9話 運命の取引

『どうしたんだ。泣いてちゃ分かんないよ。女将さんに叱られたのか?』『いいえ、そうじゃないの。もしかしたらだけど妊娠したかもしれないの』雅子は不安と恐怖の末に三上に助けを求めた。『医者には行ったのか?』『ううん、怖くて行ってないの』『そうかぁ、まずは薬屋へ行って妊娠検査薬があるからそれで試したら分かるからすぐにでも買いに行きなさい』『そんな薬があるの、知らなかったわ。でも私どうしよう。妊娠なんかしたらおかあさんに叱られるどころじゃないわ』『良く聞くんだ、まずは検査薬で検査するんだ。それで結果を教えてくれ。どっちにしても会って話そうな。今日の夕方会えないか?休みだろ、少しの時間なら作れるだろ』『わかったわ、これから薬屋に行ってみる。近所じゃまずいから隣町まで行かないといけないわね。じゃ夕方6時にこの前の喫茶店で待ってる』雅子は気がついていた。検査をするまでもなく妊娠したのは間違いないと確信していた。それは同時に三上の子を宿したということになる。だが三上は結婚しているから生むわけにはいかないのだろう。この先どうなってしまうのか雅子は目に見えない沼に沈んでいくようだった。その数時間後。待ち合わせの喫茶店は街の外れの細い路地の入口にありレトロ風の落ち着いた雰囲気の店だった。『三上さんやはり私、妊娠してたの。検査薬で試したら妊娠してるというサインが出てしまったのよ。どうしよう』と止めどもなく流れる涙をハンカチでそっと押さえた。それは喜びではなく、逃げ場を失った確信だった。『そうか、俺に任せてくれるか?』『何を?何を考えているの?』『まず妊娠は間違いないみたいだな。この先の話を誤解しないで聞
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【連載小説】第5話 白山の約束

花街の廊下の陰で囁く芸者達。三味線の音が止まる一瞬、雅子が櫻木の子供を宿したという噂に花が咲いた。やがて花街中がその噂でもちきりになり中でも二人は結婚するのかしないのか?本当に櫻木の子供なのか面白半分妬み半分の話で大騒ぎになっていた。その当事者の雅子はそんな噂も耳に入らず『蔦乃屋』の奥座敷で少しづつ成長するまだ見ぬ我が子を愛おしむような生活をしていた。「この子は私だけの子。夢の実現のために誰にも干渉されないで生まれてきてほしい」と密かに思いながら穏やかな毎日を過ごしていた。櫻木は数える程しか雅子に会い来なかった。というのは雅子に情が移るのがまずいような気がしたからだ。結婚をせがまれても面倒だと頑なに今の生活を守ることしか頭になかった。雅子のほうもさほど会いたい相手でもなかったのでそのほうがかえって好都合だった。それから数ヶ月経ったある日、東京に初雪が降った深夜に玉のような女の子がこの世に誕生した。櫻木から有り余る程の生活費を貰っていた女将はある計画を立てていた。その計画とは櫻木からこの赤ん坊の一生分の養育費を貰い置屋はこの際廃業して生まれ故郷に帰り悠々自適な生活がしたいと思っていた。赤ん坊が生まれてすぐに櫻木に連絡したところ夜中にもかかわらず、すぐに行くと言っていきなり電話が切れた。赤ん坊が生まれたタイミングが一番養育費の話しが有利になると思った女将は病院の玄関で今か今かと櫻木を待っていた。それから30分後、あれほど身なりに隙のない櫻木が寝起き姿と思えるほど髪は乱れ取る物も取り敢えずというような出で立ちで産婦人科の病院に駆け付けてきた。『櫻木さんお待ちしてました。おめでとうござ
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【連載小説】第4話 縁なき契り

『ねえ雅子、具合はどうだい?』『すみません、おかあさん、立ってられないほどふらふらして気持ちが悪くて私どうかしたのでしょうか?』雅子の顔は青ざめ食欲もなくここ数日臥せっていた。『それは悪阻っていってね、別に病気じゃないから安心をし、後1ヶ月もすれば嘘のように良くなるものなんだ。ちょっとの辛抱だよ』『えっ、1ヶ月も?』雅子は辛くて涙が出そうだった。おかあさんは私に任せなさいの一点張りで日を増すごとに体調が悪くなってこのままどうなってしまうのか不安と憤りの毎日だった。でもこれが自分の運命だと心のどこかで諦めに似た感情もあった。というのも雅子には帰る家がないと分かっていたからだった。『そうそう今夜サーさんいらっしゃっるからそんな辛気臭い顔してないで風呂でも入っておいで。それにいつもより念入りにお化粧して口紅も明るめにするんだよ。サーさんに愛想尽かされたら元も子もないからね』『今夜ですか?それでサーさんに妊娠の話されたのですか?サーさんは何て?』と雅子は立て続けに聞いた。『雅子ちょっとおだまり!私に任せとけば悪いようにしないから安心をし、今夜だって私が同席するという条件で来てもらうの。あんたは何も言わなくていいから』『ええ、、、』『何だねこの子は急に涙ぐんでさ、しっかりしなさい!今夜、雅子の将来が決まるかも知れないんだ。あんたには幸せになって貰いたいのさ。そんな親心を分からないのかい。さあさあ涙を拭いて顔を洗いなさい』『はい、おかあさん、面倒かけてすみません』と女将さんが席を立つと同時にとうとう雅子は今まで我慢していた分涙が次から次へ止まらなくなった。今夜、自分の将来が決まるというのは
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【連載小説】第3話 金の卵

『それでねサーさん、しつこいようだけど雅子とその赤ん坊をどうするおつもりですか?雅子が小さい時から浅草一の芸妓にするって私は夢みてましてね。私財を投げてもいいくらいの覚悟であの子には贅を尽くした着物を作ったりお稽古させたりしてお金と時間をどんなに費やしたかしれません。それでこれからという時に妊娠なんて青天の霹靂もいいところですよ』『もし本当に私の子であればこの世でたった一人の子供ということになる。今まで飽きるほどいろんな女と関係をもったが一度として身籠ったという話しを聞いたことがない。だから俄かに信じられんだろう』『それなら尚更、子供が欲しいはずですよね。雅子の事を頼みますよ。あれは素直で優しい子だからきっとサーさんのいい奥さんになると思いますよ』『ちょっと待ってくれよ女将、俺は結婚するなんて一言も言ってないしそんなつもりもない。今のままの生活が気に入ってるからね。ただ子供は別だ。男にせよ女にせよもし俺の血が流れているのなら面倒を見ることになるだろうね。ただな、まだ信じられん。一度雅子に合わせてくれ』『私から雅子にはよく言い含めますからちょっとの間、時間をくださいな。それにお座敷も当分の間、休ませますからご心配なく』『そうか、頼むよ、雅子にはまたいずれ会うことにしよう。くれぐれもお腹の赤ん坊を大事にするのだと伝えてくれ。後、せいのつくもんでも食べさせてやってくれ、そうだ、そうだ、今手持ちがこれしかないが』と櫻木は分厚い財布から札束を無造作に取り出して女将に渡した。『まあ恐れいります』と何の躊躇もなくその札束を受け取り隙間もないくらいの帯の奥へと無理矢理押し込んだ。『じゃ女将連絡
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安心って、静かなものなんだ

横断歩道を渡り終えると、夕方のざわめきが、少し遠のいた。信号の音。車の走り去る気配。全部が、二人の後ろに流れていく。凪は、歩きながら思う。——安心って、静かなものなんだ。何かが起きたわけじゃない。約束をしたわけでもない。でも、心の中にあった小さな棘が、いつの間にか抜けていた。「今日さ」悠真が、前を向いたまま言う。「無理しなくていいから」それだけ。説明も、理由もない。でも凪にはわかった。さっきの「怖かった」が、ちゃんと届いていたこと。「……うん」その返事は、少しだけ柔らかかった。並んだ足取り。同じ速さ。同じ影。触れなくても、迷子じゃない。凪は気づく。この関係は、大きな言葉で守られているわけじゃない。小さな気遣いと、黙って隣にいる選択で、静かに続いている。夕方の光は、二人の影を、さらに長く伸ばした。それは、離れていく影じゃない。これから先も、同じ方向に進む影だった。
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先生から、話があるって

放課後の教室。人が減ったはずなのに、空気は、昼より重かった。三條輝は、窓際の席に座ったまま、スマホを伏せて置いている。画面は、見ていない。もう、打ち終えていた。——送信。それだけで、いくつかの歯車が、同時に回り始める。「ねえ、聞いた?」教室の入り口で、女子の声がした。「今日、職員室に呼ばれた人いるらしいよ」「例の件で」凪の肩が、わずかに強張る。(……来た)坂本も、顔を上げる。悠真は、何も言わず、凪の様子を見る。三條は、立ち上がった。「凪」名前を呼ぶ声は、相変わらず穏やかだ。「先生から、話があるって」「一緒に行こうか」一瞬、教室の視線が凪に集中する。——善意の顔をした、公開の場。凪は、すぐには答えなかった。代わりに、深く息を吸う。「……いい」短い言葉。でも、はっきりしている。「一人で、行く」ざわり、と空気が揺れる。三條の眉が、ほんのわずかに動く。「そう?」「でも、誤解されたままだと——」「誤解なら」凪は、言葉を重ねる。声は震えていない。「先生に、話す」「クラスの前で話す必要は、ない」その一言で、悠真が静かに立ち上がる。「俺も、付き添う」前に出すぎない位置。でも、確実に“横”。坂本も、椅子から半分立ち上がって、迷ってから、言う。「……必要なら」「俺も、行く」三條は、三人を見る。——これは、想定外だ。「ふうん」小さく笑う。「団結、ってやつ?」凪は、三條をまっすぐ見る。「違う」「選んだだけ」「誰に、何を話すかを」一瞬。三條の笑顔が、ほんの少しだけ、硬くなる。「……わかった」そう言って、道を譲る。引いたように見える。でも、凪は感じていた。——これは、別の場所で切るつもりだ。廊下に出ると、
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それでも、まだ生きてる。~第3話~

2017年。  10月。病院の外来で、私を呼ぶ声がする。 「石嶺さーん、石嶺萌音さーん」私は遠くで自分の名前が呼ばれるのを、微かに感じながら、この間の倫也の話しを、思い出していた。私は、2ヶ月前に死の淵にいた。思い返せば、その2週間ほど前から、軽い頭痛が起こっていた。元々、頭痛持ちでもなかったので、そのうち、治るだろうと思っていたが、日に日に痛みは酷くなり、これはヤバいんじゃないか?と思ったときには、呂律が回らなくなっていた。さすがに病院に行かなきゃ!と、思ったところから、記憶はない。倒れていた私を母が見つけ、そのまま救急搬送された。病名は「くも膜下出血」手術を試みたが、意識が戻らず、現実と空虚の境目にいた。私は、小学2年と4年の息子がいて、シングルマザーで暮らしている。記憶があるのは、暗闇とこの子たちの泣き叫ぶ声・・・と、目が覚めたときに聞こえた『約束は護るのだぞ。』の言葉。「・・・・・約束って?なに?」それに、誰だったんだろう?何もわからないまま、入院生活も1ヶ月を過ぎた頃。突如と現れた、謎の『物体』に、私の思考回路は、とうとう、ショートしたのだな・・・と、思っていた。が、お見舞いに来た、倫也の口から、驚きの事実が・・・目の前を縦横無尽に泳ぎ回る『龍』の存在が、倫也にも見えていたのだ。それから、ひとつ一つ、倫也が見えている世界の話しを聞くのだけれど、これまでの私を!生き方を!全否定することからしか、飲み込めない、この状況を!はじめは、心底、恨んだ・・・「石嶺さん!」 外来のベンチに座っている私の肩を ポン!と叩き、看護士の堤さんが声をかけた。 「さっきから呼んでるのに、
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それでも、まだ生きてる。~第1話~

【序章】 ~ココカラ~2020年。10月。世界はコロナ禍で、右も左も後ろも前も、マスク、マスク、マスク。「日本人の良いとこは、順応性が高いとこだな・・・」と、コーヒーショップでパソコンをいじりながら、倫也が言った。「うーん・・・そうだね~・・」私は、色とりどりのマスクの波に、目をやって応えた。「それで?どうなん?・・・体調は?」倫也はパソコンの手を休めず、チラッとメガネ越しに、私を見て尋ねた。「あー・・・、まあまあかな・・?」「ふっ!・・・まあまあって。」倫也は少し吹き出し続けた。「死にかけてんのに、まあまあ、ねぇ~・・・」今度はちょっと呆れたように、ため息をついた。まあ、それも仕方がない。私はついこの間、死にかけた。この時期に、「私、死にかけました!」と手を挙げれば、きっと、今現在も、人類の命を脅かすコロナウィルス感染者だと思われるに違いない。が、それは全く関係がない。その原因は、話せば長くなるけれど、そろそろ、アウトプットも必要だと、『上の方たち』も言うし、順をおって、話していこうかと思う。私は、この3年間で、3回、死にかけた。スクランブル交差点上の大型ビジョンから、人気お笑い芸人の声が聞こえる。『時を戻そう!』そう、、、ね。・・・時を戻そう!2017年。8月。私は、真っ暗な闇の中にいた。あたり一面、暗闇で、自分がそこにいるのか?さえ解らず、手を伸ばしてみる。暗闇と同化して、溶けているように感じる。まるで、存在していないような、、、「そうか!入れ物(カラダ)が、ココにないんだ!」段々、自分の置かれている状況が、飲み込めて来た。「なんなんだろう?・・この感覚は・・」暗闇に押し
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【連載小説】第52話 壊れる音

その夜だった。2階から、ただならぬ声が響いてきた。『やめて!その手を離して!』『ふざけるな!どれだけ探したと思ってるんだ!』空気が一瞬で変わった。——来た。幸ちゃんの、あの男だ。心臓が嫌な音を立てる。電話をかけようとする指が震えて、うまく動かない。それでもなんとか店長に連絡を入れた。『今すぐ行く!危なかったら警察を呼べ!』受話器を置いた瞬間、上から鈍い音が響いた。もう、待てなかった。ドアを開けた瞬間、息を呑んだ。幸ちゃんの顔が、変わっていた。腫れ上がり、涙と恐怖で歪んでいる。『その手を離しなさい!』声が、自分でも驚くほど強かった。男はゆっくりこちらを見た。『……誰だ』低く、濁った声だった。『この店の者です』『これは夫婦の問題だ。引っ込んでろ』その一言で、空気が凍る。——違う。これはもう、夫婦の問題じゃない。『出て行くのは、あなたの方です』とっさに嘘をついた。『警察、呼びましたから』男は一瞬だけ笑った。『いいじゃねえか。呼んでみろよ』その時、店長が駆け込んできた。『子どもは!?』その一言で我に返る。部屋の隅に、小さく丸まった影。震えている。私は何も考えず、その子を抱き上げた。『大丈夫、大丈夫だから』そう言いながら、自分に言い聞かせていた。1階に降りたあとも、上では言葉がぶつかり続けていた。やがて——声が変わった。怒鳴り声ではなく、崩れるような声に。『……俺は、全部分かってたんだ』男が、泣いていた。『会社に切られて……酒に逃げて……全部、自分のせいなのに』『あなた……』『お前にも当たって……最低だった』言い訳じゃなかった。遅すぎる、本音だった。『もうやめて』幸ちゃんの声は、静かだっ
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【連載小説】第48話 こずえの誤算

ほろ酔いの空気が、一瞬で変わった。こずえは、ふいに真顔になり、川上の手を取った。『お願い』その声は、甘くて、逃げ場がなかった。『今日見たお店……どうしても手に入れたいの』『そのために——少しだけ、力を貸してほしいの』沈黙。『……いくらだ?』『500万』空気が止まる。『何も全部じゃなくていいの』『ちゃんと返すから』その言葉は、軽すぎた。『……すぐには無理だ』川上の声が、わずかに硬くなる。『女房が財布を握ってる』現実の壁。『社長でしょ?』その一言で、関係のバランスが崩れた。『……少し時間をくれ』『2、3日でいい』『分かったわ』こずえは笑った。けれどその笑顔は、もう冷えていた。『今日は帰って』その言葉に、わずかな苛立ちが混ざる。川上は、何も言えず部屋を出た。——その夜。自宅のドアを開ける。暗い。静まり返った空間。『ただいま』返事はない。『……いるのか?』その瞬間。『よくも……』低く、震える声。『よくも、私を騙してくれたわね』暗闇の中から、妻が現れた。『何の話だ』『とぼけないで』『500万の話よ』血の気が引く。『……なぜそれを』『全部、聞いたわ』その一言で、すべてが終わった。でも川上はまだ何かにすがりたかった。『何か誤解しているようだな』『あなたの声は全部聞こえてたのよ』沈黙。『こずえって女、愛人なんでしょ?』言い逃れは、もうできない。『違う……違うんだ!』『お店の話を持ちかけられただけだ』言葉が、軽い。『返すって言ってたよ』『そんなの、信じるの?』妻の声は、静かに、鋭かった。『明日、お父さんに話すわ』『このままじゃ、済まないから』ドアが閉まる。重い音が、部屋に残る。川上は、その場に崩
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【連載小説】第47話 静かな侵食

あれから、どれくらいの時間が経っただろう。美涙は完全に復活し、再び店のナンバーワンとして君臨していた。そして美月もまた、ベスト5の常連となり、この世界の楽しさを知り始めていた。——そんな頃。暑い夏の夜。美月の部屋は、いつの間にか“週末の溜まり場”になっていた。麻雀牌の音。笑い声。料理の匂い。女たちと、男たちと、少しだけ現実を忘れる場所。『今日のおすすめは?』『特製の冷汁』『またそれ?』『文句言うなら食べなくていいよ』くだらないやり取り。それが、心地よかった。この場所には、それぞれの事情を背負った人間が集まる。そして——その中に、ひとり。どこか異質な空気をまとった女がいた。こずえ。まだ入ったばかりの新人。整った顔立ち。強そうな目。そして——妙に計算されたような距離感。『もう帰りましょうよ』甘えた声で、川上に身体を寄せる。その仕草は自然で、でもどこか——作られているようにも見えた。『あと半チャンだけ!』笑いながらも、視線は離さない。『お寿司食べたいな』その一言で、空気が変わる。欲しいものを、躊躇なく口にする女だった。『こずえさん、ちょっと手伝ってくれる?』蘭子の声にも、一瞬で表情を変える。『は?なんで私が?』その一言で、場の温度が下がった。そして——彼女は、あっさり帰った。川上を連れて。——その夜。こずえの部屋。広すぎる空間に、二人の距離だけが近い。『奥さんいても、関係ないわ』さらりと、言い切る。川上は笑いながらも、少しずつ飲み込まれていった。居場所のない男と、それを見抜く女。『分かってくれるのは、君だけだ』その言葉を、待っていたかのように。こずえは、微笑んだ。その夜——一線を越え
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【連載小説】第18話 金色の王国

午後6時 『ゴールド』のシャンデリアが一斉に灯る。 総勢50人の女性が同時に息を潜めた。 香水の香りが混ざり合い、 空気そのものが甘く重たい。 ここは店ではなく 金色の王国だった。 店長から細かい指示や注意事項があり 今月のナンバーワンの発表! 『ナンバーワンは今月も奈那子さんです!』 と純白の着物の彼女は立ち上がり賞金をもらった。 年齢は30歳代の半ばくらいだろうか スリムな体にボリュームをもたせた髪型が妙にアンバランスだったけれど その仕草や体から発する色気は男性が虜になってしまう魔法の力があるようだった。 そしていよいよオーナーの環ママの月に一度の教示が始まった。 環ママが立ち上がると全員の背筋が伸びた。 『みなさん、愛と欲の関係、わかる?』 微笑んでいるのに、目は笑っていない。 『愛されない女に、欲は集まらないの』 誰かが息を呑む。 『だから努力しなさい!甘えた瞬間、ここでは終わりよ』 その声は柔らかいのに 氷のように静かだった。 『その努力は裏切らないわ、さあ、今月も楽しみましょう』 短い話しだったがその内容はかなり深かった。そして最後に新人紹介が始まった。 『さて今月の新人紹介に移ります。まずは雅子さんどうぞ。 雅子さんはあの老舗のラビアンローズのナンバーワンで 今日からここのメンバーとなりましたので宜しくお願いします』 『みなさん宜しくお願いします』と雅子は一礼した。 その瞬間、 最前列の奈那子がゆっくりと拍手をした。 音は小さい。 だが視線は鋭い。 それは歓迎ではなくて 宣戦布告だった。 雅子は名刺をすべて前のお店に返した。 だが雅子の中からは消えていない。 銀
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【連載小説】第17話 薔薇は檻を出る

銀座は甘い香りのする檻だ。 守られている限り、薔薇は咲き続けられる。 だが、外の風を知ってしまった女はやがて檻を狭いと感じ始める。 雅子は最近その息苦しさを覚え始めていた。 ある日、いつもの美容院で一冊の週刊誌の見出しの文字がいきなり目に飛び込んだ。 『銀座を貪る女達!』 その文字に、雅子の指が止まった。 ページをめくるたびに煌びやかな豪邸と宝石。 それは羨望ではなく焦りだった。 もう二度と 貧しさに怯える少女には戻らない。 雅子の中の何かが、はっきりと形を持った。 それから半年経ったある日、 銀座の中でも5本指に入る超有名店の『ゴールド』という店から 雅子に引き抜きの話が舞い込んだ。 この店のオーナーは関西出身でその店内はゴージャスを極め 広さは80坪以上の大箱だった。 そして何より有名なのはその飲食代で 毎夜高級ワインやシャンパンがどのテーブルでも競うように並んでいた。 中には一本百万はすると言われているワインを まだあどけない新人の誕生日だというだけで担当のお姉さんがおねだりする。 まさに銀座のジャングルそのものだった。 雅子はこの『ゴールド』というお店に魅力を感じた。 上を目指すにはまずはこのお店だと直感で感じたからであった。 その日はひっきりなしにお客様がいらして 由香里ママは上機嫌だった。 そして深夜、由香里ママと最後まで残った雅子の二人になった。 『雅子ちゃんお疲れ様。どこか食事でもしていかない?』 『あの、ママにご相談があるのですが、、、』 『雅子ちゃん何?どうかしたの?』 『それが言いにくいのですが私、、、』 『まさか!辞めたいって言うの?』 ママの声が一段と
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【連載小説】第16話  仮面の再会

雅子はラビアンローズに来てからめきめきと頭角を現した。 それから数年が経ち、もう押しも押されぬ ラビアンローズのナンバーワンになり 雅子は華やかに変身を遂げた。 そしてこの4月から チーママというタイトルを由香里ママからいただいた。 そんなある日、 『あら大越さんいらっしゃい』 と毎日のように来てくださる大越の席についた時 雅子は一瞬目を疑った。 『おお、今日は強敵を連れてきたぞ』 その声と同時に、雅子の指先が止まり グラスを持つ手が、わずかに震えた。 時間が数秒だけ巻き戻ったような感覚。 『噂通りの美人さんですね』 その声は変わらない。 いや、むしろ以前よりも冷たく感じた。 『初めまして、雅子と申します』 二人は、完璧な他人を演じた。 このお店は三上の紹介だったが 一度も現れたことがなく少しづつ連絡も途絶えて 今では幻のような存在になっていた。 目の前に突如現れた三上は会えなかった時間だけ 深みが増して魅力的になっていた。 『もしかしたら知ってるかもしれないがたまにテレビに出る人だよ』 『どうりでどこかでおみかけしたような』 『雅子ちゃんそれじゃ正解を教えてやるよ。 この三上先生は議員さんで国会中継にもよく顔を出してるよ』 『国会中継はただ退屈なだけですよ』 と三上は微笑んだ。 『ですが、裏では皆、本気です』 その一言に、雅子は気づく。 今まで三上の本質を知らなかったと。 大越と三上は1時間程で帰ったが その帰り際 三上は一度だけ振り返った。 その視線は「また会おう」と告げていた。 消えたはずの炎が 銀座の灯りに紛れて静かに息を吹き返す。 それは再会ではなくて再燃だった。
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【連載小説】第15話 薔薇の戦場

銀座の夜は、女を選ぶ。 数寄屋通りの灯りの下で 生き残れる者と消える者が、静かにふるいにかけられる。 その夜、雅子は 薔薇の香りの漂う扉を押した。 『おはようございます』 雅子は初めての銀座でましてや今までは お座敷の経験しかなかったので勝手が違うというか 本当にうぶな新人のような緊張感を感じていた。 由佳里ママは革張りのカウンターの席で予約の確認をしながら ただ一度、雅子を上から下まで見ただけだった。 その視線はまるで宝石を値踏みする鑑定士のように冷静だった。 『おはよう、店長の三枝だけど雅子さんだね。こっちに来てくれる』 『はい』 と三枝店長は店則というのを詳しく話し始めた。 やはりお座敷とはシステムがぜんぜん違い 今までは用意されていた場所へ行けば良かったが これからは自分で呼ばないといけないらしい。 『あ、いらっしゃいませ』 さあ、今日一番のお客様が到着された。 『雅子さんお願いします』 早速雅子に声がかかった。 見るからに大会社の社長といった感じの人で 紳士的な雰囲気は銀座の街によく似合う人だと思った。 『大越さんいらっしゃいませ。 今日入ったばかりの新人の雅子さんです。宜しくお願いします』 と店長は雅子を紹介してくれた。 『今晩は。初めまして』 『これはこれは美人さんが入ったね』 『いいえ、まだ緊張して声もうわずってますわ』 『そうかな、落ち着いて見えるよ』 『大越さんは銀座が似合う人ですね』 『銀座が似合うか、それは褒めてもらってると思っていいのかな』 『もちろんですよ』 『それで雅子ちゃんはどこの生まれ?』 『じゃ当ててみてください』 ほんの一瞬、店内の空気が止
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【連載小説】第14話 海を見下ろす決意

櫻木の顧問弁護士が帰った後、 雅子は全身の力が抜けたようになり立ち上がることも出来なくなった。 萌が幼稚園に通うようになってからお手伝いの恒さんは辞めることになり 雅子と萌の二人暮らしだったので家事一切を雅子がしていたが その日は何をする気力も残っていなかった。 『ママ、ママ!お腹空いた』 といきなり萌が抱きついてきた。 『ん、何?えっ!こんな時間、何も用意してないわ、 萌ごめんね、今日は何か出前お願いしようか?』 『わぁーい!萌はね、ハンバーグとオムライシュが食べたい!』 『まあそんなに食べられるの?それからオムライシュじゃなくてオムライスでしょ』 『萌、オムライス全部食べれるもん、いっぱい食べて大きくなってママに熊さん買ってあげるの』 『熊さんかぁ、いいわね、でもどうして熊さんなの』 『だって熊さんがママを守ってくれるから。 ねえママ知ってる?森で一番強いのは熊さんだよ』 雅子はもう我慢しきれなくなっていきなり萌の体を抱きしめた。 『萌ごめんね。ごめんね。こんなママで』 『ママ痛いよ』 『ねえ萌、この家を出てもっと違うところに住もうか』 『お引越しするの?たーちゃんちもこの前お引越しして海が見えるお家なんだって』 『そう隆君ね。萌とは仲良かったわね』 『うん、萌も海の見えるお家がいい』 『そうね、そうしようね』 『わーい!海!海!』 萌はまだ治りかけた足をぎくしゃくさせながら走り回った。 何も言わず消えることが櫻木への償いだと思った。 幸い櫻木からはこの家を出て行くようにと勧告されただけで それ以上のことはなかった。 毎月、櫻木から貰っていた生活費の中から 僅かばかりの蓄え
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【連載小説】第13話 奪われた居場所

三上は血液型と聞いて雷に撃たれような衝撃を感じた。雅子は小さい頃から稽古とお座敷の生活だったためなのか世間のことに疎いところがあるのを薄々感じてはいたが血液型で親子関係が特定される場合があることを知らなかったのか、これは自分でも気が付かなかった落とし穴だった。『血液型?雅子と萌の血液型は?』『それが萌も私も珍しいAB型だから輸血できたの、そうじゃなかったらどうなっていたか想像するだけで恐ろしいわ』『もし櫻木がO型なら、、、』三上の声が低くなった。『その時点で、終わりだ』三上は櫻木の行動を推測した。そうなれば櫻木は必ず動く。あの男は、感情よりも先に対策を取る。そして手術は5時間もの時間を要したがそのかいあって萌は無事生還した。傷痕も奇跡的に最小限に留まり大人になる頃には殆どわからなくなるということだった。雅子は萌の命が助かっただけでよかった。櫻木の態度は気になってはいたが今は萌の事で頭が一杯だった。それから1ヵ月後、萌は退院することになりその間一度も顔を出さなかった櫻木に一応知らせをと恐る恐る電話をした。『もしもしあの高梨ですが櫻木さんはご在宅でしょうか?』『残念ながら留守ですが』『そうですか、それでは櫻木さんに電話が欲しいとお伝えくださいね』『はい、お伝えいたします』と秘書は抑揚のない氷のような声で答えた。やはり何かがおかしい。秘書の猪野さんはどちらかというと温和なタイプで以前に優しく声をかけれたこともあった。雅子は言いようもない不安が押し寄せた。もしかしたらもう何もかも手遅れなのかもしれない。それから数日後来客を知らせるチャイムが鳴った。『はい』『わたくし中央法律事務所、弁護
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【連載小説】第11話 仕組まれた希望

『もしもし三上さん』『おお雅子か、昨日が花見の会だったね。それで櫻木とはどうだったんだ?』と三上の声は、昨夜の出来事など何もなかったように穏やかだった。『ええ、言われた通りにしたわ』雅子は三上に言われるままに行動を起こしたがこうして直接話すとなると自分がしたことに恥ずかしさを感じ後悔の念にとらわれそうになっていた。『そうか、よく辛抱してくれたね。それで櫻木は何て?』『今日の事は女将さんには内緒にするようにって悪いようにしないからとも言ってたわ』『あの爺さんそんな事を言ったのか。内緒にしろというのは知られると厄介なことになるからそう言ったのさ、それで車代にとか言ってお金を渡さなかったか?』『ううん、タクシーは用意して貰っていたし特別渡された物なんて何もないわ、それより早く帰れみたいな感じで嫌な人だったわ』『やっばりな。あの男にはいろいろ良くない噂があって女癖も悪いし金しか信じない。だからこそ利用できるのさ』と三上は軽い口調で事もなげに言った。そんな男よくも私の相手として選んだものだと憤慨したがそれは後の祭だった。もうすでに賽は投げられた。どうこう言っている場合じゃない。それどころか時間との戦いなのは雅子にも分かっていた。ただ言いようもない不安と三上への恋慕の思いを押さえるにはまだ若かった。『私、三上さんに会いたいの、会って安心したいの!今すぐにでも!』『雅子落ち着いてよく聞くんだ。これからが正念場なんだよ。雅子と俺とのことは誰も知らない。もし雅子から妊娠の話しがでたらあいつのことだ私立探偵を雇っても調べるだろうから俺達暫く会わないほうがいいんだよ』『そんな、もうずっと会えないの、
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【連載小説】第8話 秘密の逢瀬

三上と再会してから事あるごとにお座敷に呼ばれるようになった。それは誰がそうしてくれているのか命じられるままの雅子にとって不思議な気がしたが秘かに三上と会える喜びを感じた。ある晩いつものように三上のお座敷に数人のお姉さん達と行った時偶然にも三上の隣りに座ることになった。三上はお酒の量が増してもけして崩れることがなく隙のない態度でいつも口数が少なかった。先生方はお姉さん達とお座敷遊びに夢中で昼間では絶対見せないような少年の顔になっていた。『三上さんは独身なの?』と雅子は恐る恐る聞いた。三上は宇宙のように遠い世界の人のように思えたが沸々と沸く恋心に抗いようもなくもしもという淡い希望にかけたくなった。『いや』その一言は、雅子の胸の奥に静かに沈んだ。三上はもうこの話しには触れてくれるなという目をしていた。しかもその目の奥のほうに微かな黒い影が見えたようでもしかしたらあまり幸せな結婚生活ではないのかもしれないと思った。『ところで休みは何してるの?』と三上は話題を変えるように唐突に聞いてきた。『お休みはおかあさんと買い物とかいろいろです』『今週の日曜日は?』『えっ?今週ですか?いえ何も予定はないですけど』『例えば俺と会うなんてこと可能なのかな?』『それは、、、』というのも女将さんに24時間、管理されているのでプライベートは無いのに等しかった。『やっぱり無理なのかな?』と三上は尚に聞いてきた。『今までお客さんとお座敷以外でお会いしたことないしおかあさんが何ていうのか想像もできないです』『そう、やっぱりこの世界の人には自由がないんだよね』『でも私、、、』『でも何?』『三上さんと何処か行ってみたい
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