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~「Love syosetsu JP」 の考え方~

私たちのプロジェクト「Love syosetsu JP」の全体像になります。端的に意志を書きます。悪意があるものではないので中傷等はやめてください。また、今まで出会った方々、サポートして下さる方々、何より小説家先生方には感謝しておりますし、今後とも宜しくお願い致します!▼①coconalaa.キーワードでオリジナル短編小説の依頼→(月に3名にお願いしております)→メッセージや公募で募集中※はじめはcoconalaで発注しますのでcoconala登録後にメッセージにてご連絡下さい!▼②YouTubea.上記①で執筆した短編小説を動画にする→(月に1本)収益が発生した場合→月に1本の動画の本数を増やす※はじめはcoconalaで発注しますのでcoconala登録後にメッセージにてご連絡下さい!▼③Twittera.小説家を目指す人、小説家の方、興味がある方との輪を作るb.クリエイターとの輪を作るc.企画ややりたい事なども随時アップする※興味のある方は是非coconala登録後にメッセージにてご連絡下さい!▼④notea.無料でオリジナル短編小説をアップb.定期購読でオリジナル短編小説をアップ(小説家先生のリンク先を載せる)→小説家先生とのネットワークを築きたい人向けですまた、今まで執筆した小説を広げたい人は、執筆した小説を私のココナラメッセージに添付して送っていただければ対応可能です!※はじめはcoconalaで発注しますのでcoconala登録後にメッセージにてご連絡下さい!▼⑤Instagrama.「Love syosetsu JP」を広めるツールとして利用b.小説・クリエイタ
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帰宅部競技勢の日常 第一話 小説

楽しみだった高校入学初日に僕、佐々木玲(ささきれい)は多分この世で一番緊張している。第一話 趣味が帰宅の変な奴今日から僕は憧れの国ヶ丘高校に通うんだ!そんなことを考えながら僕は両親と一緒に高校へと向かっていた。ここで誰に向けての説明でもないが自分の中学の時のことを考えてみると、中学生の時は目立つような生徒でもなくごく平凡な中学生だったと自分でも思う。好きだった子に告白するわけでもなく普通に過ごしていいた。そりゃあ彼女の一人や二人?ぐらいは欲しかったけどそんなのは寝る前とか授業の時に妄想に耽るだけで別に実行になんて移せる気もしなかった。そんな僕でも中学生の時にとてつもなく後悔してことがある......それは、部活に入ってしまったことだ!中学校に入学したとき友達と一緒にバレーボール部に入ったはいいもののそこが部員が少ないのに練習日数が多すぎて一年のうち367日あるような感じだったんだ!僕は入ってからというもの毎日毎日後悔していた!なんたって僕は大のゲーム好きだったからだ!小学生の時にやってた〇ケモンなんかは、発売日から3日間は仮病を駆使して図鑑コンプリートさせないと蕁麻疹が出るほどだった。そんなゲーム大好きだった僕には誰にも言ってない楽しみがあったそれは.....学校からの帰宅だ!!何言ってんのかわからないと思うけど、僕は帰宅が死ぬほど好きだったその帰宅のなかでも学校から家へ最速で帰ることが大大大好きだったんだ。チャイムが鳴ったと同時に走り出すあの感覚。前にも後ろにも誰もいないあの快感。すべてが僕にとって楽しかった。だから僕は高校に入学したとき一つだけそうしようと決めていたことがあ
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日常はこうして崩れ去る01

 毎日退屈で、くだらない。にこにこと笑って話を合わせていれば、誰も自分の本音になんて気づかない。人間はそういう生き物だ、だから信じられない。 (いっそ、学校爆発とかして、閉じ込められたらその人の本音とかわかるかもしれないな)  授業中、ぼぉっと窓の外を見る。教師の声は彼の耳に入ることなく、教室のBGMとして流れ続けていた。何も変わらない日常、それをただ享受する自分にも腹立たしいとさえ彼は感じていた。何かがほしい、何か刺激的な何かが。 「どーまくん、聞いてるの、どーまくん!」  はっと顔を上げると前の席のサニ子がプリントを振りかざしながらこちらを見ていた。どうやら授業でプリントが配られたらしい。 「ご、ごめん。ちょっとぼぉっとしてて」  そう言ってどーまはサニ子のプリントを受け取る。その時だった。  キィィィィンと一瞬にして大きな耳鳴りがクラス全員を、いやその地域一帯にいる人間を襲った。皆耳を押さえ、苦しそうにわけがわからないといった顔をしている。 (何だ? 何かの電波か?)  窓を見上げた刹那、ものすごい勢いでナニかが近くの山に落ちた。どぉぉんと山の一部が崩れ、震度4くらいの地震がそのあたり一帯を揺らした。  揺れが収まって、皆不安そうな顔で窓に視線を向ける。隕石でも落ちてきたのだろうか。あの辺りは山しかないから被害は少なそうだが、現場はどうなっているのだろう。 (一体何が……)  この時、好奇心という一滴の水が、どーまの枯れ果てていた心に零れ落ちた。退屈な日常が壊れていくような気がする、そう思うとぞくぞくとどーまの背筋に電流が走ったのだった。  次の日、落ちてきたのは円盤型の
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【連載小説】第53話 疑いの気配

幸ちゃんは、その後すぐに離婚が成立した。まるで過去を切り離すような、あっけない幕引きだった。そして今は——西田さんと再婚し、新しい生活を始めている。子どもを抱えたままの再出発。それでも彼女は、ようやく“居場所”を手に入れたように見えた。そんなある日。またしても、麗子ママから呼び出しがあった。事務所に入った瞬間、空気が違うと分かった。『来てくれてありがとう』その声は、いつもより硬かった。『ちょっと聞きたいことがあるの』『はい』『ここ一ヶ月、お店の様子どうだった?』曖昧な問いに、少し戸惑う。『えっと……雨が多かったので静かな日が多くて——』『違うの』ぴしゃりと遮られた。『感想はいらないの。事実だけ教えて』その言葉に、思わず背筋が伸びる。私は、思い出しながら答えた。客数。流れ。おおよその来店状況。けれど話しながら、自分でも分かっていた。——こんな説明じゃ、足りない。『やっぱり要領を得ないわね』ため息混じりに、ママは言った。そして少し間を置いてから、こう続けた。『お願いがあるの』その一言で、空気がさらに重くなる。『来月一ヶ月でいいわ。お客様の名前、人数、ボトルの有無を記録してほしいの』『えっ、はい……分かりました』反射的に答えた、その直後だった。『ただし』一瞬の沈黙。『正木店長には、内緒で』その言葉が、胸の奥に落ちた。——どういうこと?頭では理解している。でも、感情がついていかない。正木店長は、いい人だ。優しくて、穏やかで、この店で唯一、安心できる存在だった。その人を——疑えというの?『できる?』ママの視線は、逃げ場を与えなかった。『……はい』気づけば、そう答えていた。それからの一ヶ月
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【連載小説】第1話 声にならない約束

ここは中央区にある有名な病院の特別室。財界人や政治家または著名な芸能人など、かなり限られた人しか入れない特別室には他の病室とは切り離されその入口は常に遮断されていて関係者以外は入れない。病院の聖域ともいわれる場所であった。雅子の最愛のひとり娘、萌は全身を管に覆われ生命を維持するための医療機器が作動していた。5年前に智史と約束した銀座へお洒落をして意気揚々と出かけた矢先暴走する車に轢かれたのだった。自発呼吸が出来なくなり気管を切開したために声を出すことも出来ずにいた。ただ許されるのは僅かに動く手でメモ用紙に気持ちを伝えることだけだった。それも震える手で文字にならない文字で何枚も何枚も書き続け病室はメモ用紙で溢れた。そして最後の文字は『さ と し 待っててね』と声にならない約束を書いた。それから数時間後、深い絶望の中萌の願いは智史に届くことはなくある寒い日に人生の幕が降りた。『雅子、ちょっと来てくれない?』『はい、すぐ参ります』『あんたね、昨日のお座敷で何したか分かってるの。大事なお客様の接待だというのに急に気持ちが悪いとかで席を立ってそのはずみで熱燗こぼしてそのお客様にやけどさせたって女将さんもうあなたは出入り禁止だって言ってたわよ』『すみません。急に気持ち悪くなってそのはずみで』『言い訳なんて聞きたくないわ。うちの信用ってもんがあるのよ。あんたお酒飲みすぎたんじゃないの?飲んでいただくのが私達の仕事よ。飲まれてどうすんの』『本当にすみません』『まあ今回は火傷と言ってもたいしたことがなかったみたいだから謝っただけで済んだけど悪くすれば慰謝料を請求されて大変なことになったかもしれな
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【小説】melting of snow ‐六花の伝承‐

はじめに 本書は、北方に存在する、とある地域の説話、口承文芸を後世に残すべく制作されたものである。この地域は、一年の大半を雪と氷に覆われている。その様子から、隣接した地域より「雪原の民」「氷の地」などと呼ばれることもある。  その異名に違わず、ここでは「雪」「氷」に関する説話が多く散見されている。雪や氷には(その性質の良し悪しにかかわらず)精霊、妖精が宿っていると信じられ、彼らの存在を口承によって伝え続けてきた。また、単に精霊、妖精と言われる時には、雪(氷)の精霊のことを指すほど、魔力をもつ生物のなかでは身近なものであった。  しかし現代では、様々な要因からこの重要な文化の継承者、いわゆるシャーマンと呼ばれる者が不足している。後継者選抜の厳格さ、少子化による地域語話者の減少や、シャーマンの素質を持つ人の発見が、年々困難になりつつあるのである。  また、伝承者側の高齢化もひとつの課題となっている。現在この地域で確認されている伝承者の最年少年齢は七十八歳。このままでは、地域の貴重な文化遺産が途絶えてしまうだろう。  このことに危機感を覚えた筆者を含め数名の有志によって、十年前よりこの地域で口承されている物語を収集し、書き記すことを始めた。  説話を保持するシャーマンたちの中には、その文芸の性質上か、声で継承していくことに意味があるとし、物語を文字、文章として残すことに抵抗感を示す厳格な者も少なくはない。それでも幾人かのシャーマンたちが、名を伏せることを条件に彼らの話を文章として書き記すことを同意してくれた。この場を借りて彼らに感謝を申し上げる。  前口上はこれくらいにしておいて、こ
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【連載小説】第59話 銀座の女

とうとうその日が来た。あの雑誌で見た、“銀座のママ”に会う日。私は朝から落ち着かなかった。クローゼットを何度も開けて、一番お気に入りのワンピースを選び、鏡の前で何度も髪を整えた。アイラインを引く手が震える。口紅の蓋が見つからない。イヤリングも片方しかない。まるで初舞台を迎える新人女優みたいだった。私は昔から楽天家な性格なのに、あの日ばかりは違った。怖かったのだ。もし、「あなた銀座には向いてないわ」そう言われたらどうしよう。その瞬間、すべてが終わる気がしていた。その時、電話が鳴った。『もしもし』『おはよう。今、下に着いたよ』川崎先生だった。『えっ!?』時計を見ると、予定よりかなり早い。『先生ちょっと待って!まだ支度が!』私は慌てて鏡に向かった。東京へ向かう高速道路は、不思議なくらい空が青かった。『大丈夫か?』『もう昨日から緊張しっぱなし』『取って食われる訳じゃないんだから』先生は笑っていたけれど、どこか落ち着かない様子だった。それもそうだ。自分の姉に、一人の女の子の人生を預けるようなものなのだから。『でも今日は、美月ちゃんの人生が変わる日かもしれないな』その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。東京。そして銀座。私にとっては、テレビの中の世界みたいな場所だった。やがて、東京でも有名な『Tホテル』へ到着した。重厚なロビー。磨き上げられた大理石。静かなラウンジ。歩いている人たちまで、地方とは空気が違う。私は完全に圧倒されていた。『先生どうしよう。また心臓バクバクしてきた』『だから大丈夫だって』そう言って先生は笑った。『おお、お待たせ』その声に振り返った瞬間、私は息を呑んだ。そこにいたの
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【連載小説】第49話 崩れた代償

それから数日後の土曜日。川上は、義父から呼び出された。高い塀に囲まれた屋敷。門の奥に広がる、静かな庭。その静けさが、かえって重かった。通された客間。そこには、義父である会長が座っていた。『座りたまえ』短い一言。逃げ場は、なかった。『景子がな——』その名前だけで、胸がざわつく。『別れたいそうだ』言葉は、あまりにも簡単だった。『もう一緒には住めないと』『……』何も言えなかった。『君のことは調べさせてもらった』その一言で、すべてが終わった。『飲み屋通い』『こずえという女』『もう噂になっている』逃げ場は、どこにもなかった。『浮気はな、男の甲斐性だ』意外な言葉だった。『だが——』会長の目が、鋭くなる。『女房ひとり守れない男に、会社は任せられん』その言葉が、すべてだった。『取締役会で辞意を表明してくれ』『……待ってください』ようやく出た言葉は、弱かった。『ただの浮気です』『そんなことで——』『黙れ!』空気が震えた。『原因を作ったのは君だ』『辞任か、解任か』『よく考えなさい』それだけ言って、会長は立ち上がった。残されたのは、取り返しのつかない現実だった。(……終わった)その一言が、頭の中で繰り返される。その夜。電話が鳴った。『もしもし?』こずえの声。いつもと同じはずなのに、遠く感じた。『あの物件の話なんだけど——』『……無理だ』それだけだった。『え?』『会社、辞めることになった』沈黙。『だから、もう会えない』その言葉は、逃げるようだった。『ちょっと待ってよ!』『手付けを払ってるのよ!』『どうしてくれるの!』もう、何も守るものはなかった。『俺をあてにするな』そう言って電話を置いた。その瞬間、す
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【連載小説】第37話 宣戦布告

『ひとつ、よろしいかしら』沈黙を破ったのは、奈々ママだった。その一言で、場の空気が変わる。『最近、少し気になることがあるの』静かな口調。けれど、その声には棘があった。『このお店は指名制よね。誰でも指名されれば席につけるし、指名料も入る』ゆっくりと、言葉を選ぶように話す。『でも——』その一瞬の“間”が、妙に長く感じられた。『一部で、お客様が特定の子を指名しないようにあることないことを吹き込んでいる、そんな話が耳に入ってきたの』ざわつきが、広がる。『名前は出さないけれど——』そう言いながら、奈々ママの視線はまっすぐ、美涙の方へ向けられていた。それだけで十分だった。誰のことを言っているのか。この場にいる全員が理解した。空気が、一気に張りつめる。『みんな静かにしてくれ!』大塚店長の声が響いた。『今の話が事実なら、あってはならないことだ。言動には十分気をつけるように』そのまま場を収めようとした、その時。『店長、ひとついいですか』声を上げたのは、由佳だった。『その話、証拠はあるんですか?』場の空気が、さらに重くなる。由佳は、美涙の一番の理解者だった。義理と筋を重んじる女。だからこそ、引かなかった。『それは……』さすがの店長も言葉に詰まる。『私が答えるわ』奈々ママが口を挟んだ。『信頼できる人から直接聞いた話よ。間違いないわ』『その人って、どなたですか?』一瞬で、空気が凍りついた。『あなたに答える義務はないわ』奈々ママの声は、ほとんど悲鳴に近かった。今にも何かが弾けそうな空気。その時だった。『もうその辺にしましょう』麗子ママが、静かに口を開いた。『事実関係は私たちで確認します。今日はここまでに
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【連載小説】第32話 甘い誘いの裏側

『美月ちゃんお疲れさま、今日はどうだった?』 と麗子ママが美月にそっと近づいて猫撫で声で囁いた。 麗子ママは最初に会った時から感じていた。 この子は、ただの女の子じゃない。 夜の世界で、何かを残す女だと直感で感じていた。『ええ、緊張して何がなんだか分からなかったです』 本当はワクワクしていた自分がいたのに何故か言えなかった。 『お給料も今の倍にするから美月ちゃん考えてみてよ』 『えっ、倍ですか!』 急に目の前の川に黄金の橋がかかって渡ってみようかと思った。 『ママさん私、働いてみます!』と思わず言ってしまった。 『良かった!分からない事は私が教えるし店長にも頼んであげるからね。 早速、明日から来てね。あっ、そのママさんはなしね。ママだけでいいのよ』 『はい、宜しくお願いします』 なんて単純なのかと思ったが当時実家から独立したかったのでお金が欲しかったのだ。 そして次の日、 『おはよう!』 『あっ!おはようございます。よろしくお願いします』 『ママから聞いてると思うけどうちは厳しから覚悟しておいてくれ』 大塚店長は鬼塚と言われるくらい厳しい人だが人情味もある店長だった。 『はい!』 『じゃ、注意事項をいくつか』 『まず禁止事項!』 『あ、はい!』 『遅刻は厳禁!人間として守らなきゃいかん』 『次!足組んだり肘をテーブルについてもダメだ!そんなのを見たら客の前でも注意するからな』 『次!客の前でつまみは食べるな、おい!聞いてんのか』 『はい、聞いてます』 『次!同伴は8時半まで。1分でも遅刻したら給料から引くからな』 『次!』 言葉は短く、鋭かった。 そのたびに、美月の背筋が伸びる
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【連載小説】第30話 そして物語は続く

帰りを待っているかのように、いつもと変わらない萌の部屋はまるで、時間だけがそこに置き去りにされたようになっていた。あれから何年経っただろうか? 最初は何もかも手がつかず、ただただ泣いてばかりの日々だったが時間が雅子を少しづつ癒してくれた。 それでも、心の奥に残った傷が消えることはなかった。 そんなある日、 思いがけず弟から電話があった。 『姉さん、元気にしてる?』 『珍しいじゃない、何かあったの?』 『それがさ、ちょっと頼みがあって電話したんだ』 その声は少し照れているような嬉しそうな声だった。 『俺の知り合いで銀座で働いてみたいって子がいて姉さんに紹介したいのだけど、どうかな?』 『そんなお願い初めてね、嬉しわ、いつでもいいから合わせてよ』 弟の高坂はそんな頼みをした事がなかったのでほっと胸を撫で下ろした。 『それじゃ、本人と相談してまた連絡するよ』 その電話こそが雅子と美月の運命が、静かに交差する始まりだった。 その名は、 美月。 波瀾万丈の海に飲み込まれそうになりながらも必死に生きるひとりの女の物語が、 いま、静かに幕を開けようとしていた。
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【連載小説】第26話 甘い嘘の終わり

『ただいま・・・。』 と萌は恐る恐る家の玄関を開けた。 シーンと静まり返った家は妙に不気味な雰囲気で 今にも怒鳴られるのじゃないかと心臓の音だけが響いた。 そっと恒子の部屋へ行き 『恒さん』と小さい声で呼んでも返事がなく部屋を覗いたが 綺麗に整頓されたままだった。 そして居間へと入ったが何か変だった。 綺麗好きな2人だからテーブルの上にはいつも何も置いていないはずなのに 今までそこに人がいたようにコーヒー茶碗や湯呑が置きっぱなしで しかも椅子が倒れていた。 もしや2人に何かあったのかと驚いて母親の寝室へ駆け込んだが やはり母親もいなかった。 どうしたんだろう?何処へ行ったのかしら? もしかしたら私を探しているの? といろいろな推測で頭が混乱した。 と、その時電話が鳴って飛び上がりそうになった。 『もしもし』 『あ、萌あなたどこにいたの!まったくもうこんな時に!』 『おかあさん、どこにいるの?何かあったの?』 『どうもこうも恒さんがいきなり倒れたのよ、救急車で運ばれて今やっと落ち着いたところよ』 『え!恒さんが、、、大丈夫なの?』 『大丈夫な訳ないでしょ、昨日の夜から一睡もしないで あなたを待っていたのよ。自分のせいだと何度も謝って もう寝たほうがいいと言ったのだけど、あなたを待つからと朝まで起きてて やっと寝るように頼んで席を立ったとたんバタンと椅子から落ちて そのまま意識なくなったのよ。それから大変だったわよ』 『ごめんなさい。私のせいで』 萌はとんでもないことをしたと今さらながら悔やんだ。 『また詳しいこと後で話すからあなたも急いでここに来なさい!』 どうしよう恒さんにもし
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【連載小説】第24話 運命という甘い罠

人が人に惹かれるのって 『この人だ』と理屈抜きで何かを感じるのだと思う。 それがもし運命の人だったら何の支障もなく、気づくといつも一緒にいることになるだが、、、 『ねえ、運命って信じる?』 『運命?分かんないけどなんか信じたい気がする』 萌は拓海の腕の中でスローなリズムに合わせて踊っていた。 回りにはかなりの人がいるはずなのに萌には拓海の肌の温かさと 微かに香るコロンの匂いだけに包まれていた。 そしてこの時間がこのまま止まって欲しかった。 『萌ちゃん僕、出会ったの運命だと思わない? 僕は萌ちゃんと会った瞬間から運命を感じるんだ』 『運命?』 と萌はささやくように言った。 『それで僕達は恋人同士になるのさ』 『まだ知り合ったばかりなのに』 『ひと目惚れってやつかな』 『私でいいの?今日だって綺麗な人たくさんいるのに』 『他の誰でもなくて、俺は萌ちゃんだけしか見えないよ、 ほら目を見てごらん、本気だって分かるだろう』 と拓海は萌の肩を両手で抱きながら目を覗きこんだ。 萌は魔法にかかったように全身から力が抜けて その場に崩れ落ちそうになるのを必死で耐えた。 萌は私も拓海さんに会った瞬間から忘れられなくなったって内心思ったが 声がでなかった。 その2人をじっと見つめている1人の男性がいた。 智史は拓海の性格を知っていたので まだ高校生だというゲームセンターにいたあの子が なぜか心配で仕方がなかった。 拓海の性格は奔放に出来ていて 女性との関係もその場限りで何人もの女性が傷ついて泣いたことかしれなかった。 今日もその毒牙にかかるのかと思った瞬間、 胸の奥がざらついた。 力強く握った手のひ
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【連載小説】第21話 光の前夜、影は動く

萌はもう少女ではなかった。 母が頂点へ駆け上がる間に、 彼女もまた、大人になりかけていた。 だがその家には 温もりより静寂が多かった。 雅子は年収が億を超える銀座でも伝説的な女性へと登りつめ、この秋に念願のお店をオープンすることとなった。 何処にでもあるようなお店ならばいつでも出来たのだが 夜の銀座のメインストリートといえば並木通りで そのビルには名の知れた有名店ばかりが入っていた。 雅子は自分の店はそこ以外は考えられなかった。 そしてお店の格を上げるためには 銀座でも屈指のホステス達を集めることが 重要課題だった。 どれだけ売上の数字を持っている女性を集めることができるかが 勝負の分かれ道になる。 それには周到に準備する必要があり 数年の月日を要した。 そしてやっとすべてが揃いオープンとなったのである。 萌はいつの日からか 仕事に夢中になっている母親に対して 憎しみさえも覚えるようになっていた。 同じ家に住みながらすれ違いの日々は、 離れて暮らしているよりも辛く感じるのではないかと思った。 そして事件は突然訪れた。 それはまさに雅子の夢が花開くオープンの前日に起きてしまった。 その日は夕方からスタッフ全員を集めて最終ミーティングの最中のことだった。 『もしもし奥様!大変です!』 『あら恒さん、今ミーティング中なのよ』 『それが奥様の部屋に洗濯物を仕舞おうと入ったら書置きがあったのです』 『書置きってまさか家出とか?ちょっと待って』 と雅子はホールから出て誰も居ない場所を探して話し始めた。 『恒さんその手紙開けていいから読んでちょうだい』 『では読みますよ。 ”ママへ。 私はこ
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【連載小説】第19話 王座の条件

『ゴールド』に入ってから三ヶ月。 雅子の席には、常に人の輪ができていた。 売上表の一番上に その名前が載った日、 奈那子は一度も視線を合わせなかった。 『大越さん、ねぇ、今日お店が終わった後どこかへ行かない?』 と雅子は神妙な顔で誘った。 『珍しいね、雅子ちゃんからなんて』 大越の声が少し弾む。 雅子は笑った。 今日はおとすと決めていた。 でも、それは身体ではない。。。 雅子がターゲットにしたのは、 馴染みの大越さんだった。 というのも大越さんは小さな町工場から今や日本を代表する企業の 経営者となり財界でも有名人だった。 大越は最初に会った時からどこか癒される不思議な魅力があった。 そしてシャンパンや高級ワインなど言いなりであけてくれる 言わばホステス好みの太客だった。 静かなバーで、 雅子はゆっくりと過去を語った。 貧しさ。 恐怖。 二度と戻りたくない日々。 語り終えた時、大越はグラスを握りしめていた。 『そうだったのか、雅子ちゃんも苦労したんだね。 いや実は今日雅子ちゃんからアフター誘われて いいことあるのかななんて期待してたんだよ。 でも今日はいい話きかせてもらったよ。 生きることの貪欲さっていうのかな、 俺は努力を惜しまず生きてる人間が男女問わず好きなんだ』 その目は、欲望ではなく尊敬だった。 雅子は内心で息を吐く。 、、、勝った! 『大越さんありがとう。こんな話を誰にも言ったことがなかったの。 だって哀しすぎるもの。実際の話だって誰も信じてくれないと思うし』 『いや俺は雅子ちゃんを会社あげて応援するよ』 その一言は 軽い酔いの勢いではない。 財界の男が 一人の女に賭け
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日常はこうして崩れ去る02

 夜になり、集合場所へ行く。結構な人数が集まっており、佐山の兄はとても迷惑そうな顔をしていた。 「おま、こんな大人数って聞いてないぞ!」 「だってぇ、他のクラスの子も噂を聞いて来ちゃったんだもん」  ひそひそ声で怒る兄に対して、佐山はにこにこと笑顔で返している。兄ははぁとため息を吐くと、どうなっても知らんからな、自己責任だからな!と言って秘密の抜け穴へと向かっていった。その後ろをぞろぞろと高校生達が続いていく。 「何か夜、出歩いているってだけでドキドキするな!」 多賀は興奮したようにさっきからずっと喋っている。どーまは適当に相槌を返しつつも、その言葉は全て耳に入る前にシャットダウンしていた。 「今から山に入る、いいか、今日見たことは誰にも内緒だからな!」  はーいと返事を数人返していたが、きっとこの抜け穴の噂は明日瞬く間に広がっていくだろう。体勢を低くして抜け穴を通っていくと、調査員の声が頭上で聞こえた。今日はもう撤退するらしい。 「タイミングよすぎるだろ」 「狙ってきたんじゃないのか?」  調査員が撤退準備を見つつ、抜け穴を通っていく。すると、先頭の方からおぉぉぉ!という大きな声が聞こえてきた。 (きっと落下物に辿り着いたんだ!)  どーまは這うスピードを早め、抜け穴を通り抜けた。するとそこには立ち入り禁止の看板に囲まれた銀色のUFOがあった。 (ほ、本当にUFOだ。おもちゃ? いや、写メ撮っちゃだめだろ、兄貴めっちゃ怒ってるな、誰も言う事聞いてないし)  思わずUFOの写メを撮り、瞬く間に拡散していくクラスメイト達に、佐山兄は真っ青になりながらやめてくれぇぇと声の音量を落と
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それでも、まだ生きてる。~第6話~

倫也は、「話すにも順序がある」と言った。まずは、注意事項というものがあるらしい。私は、慌ててメモの準備をした。一、『自分を信じる』二、『家族の繋がりを信じる』三、『昔からある言葉を雑に扱わない』四、『見えない者への敬意の念を忘れない』五、『純粋性を保て』・・・・・二十八、、、、「ちょっと、待って!まだあるの?!」私は、メモをテーブルに置き、倫也を見た。倫也は、片手を口元に置き、クスクス笑いながら、締めくくるように言った。「まぁ、いっぺんに言っても仕方ないな、、あと一つ、最後に大事なのは・・・」『自分を愛する』「絶対に、自分を犠牲にしてはいけない!」と、倫也は真剣な表情でこれだけは護ってほしいと言った。私は「う、うん」と、頷いて、それから続く、倫也の話しに耳を傾けた。「オレの家は、曾じいさんが密教徒で、その縁の寺がある、、今は兄がそれを継いでいて、、、」オレは産まれたときから、音が光で見えていた。それは、みんな見えるものだと思っていた。母親は、聴覚が秀でていて、神さまの言葉が聞こえるタイプだ。所謂、『神さまの声をおろします』的な・・・だから、常識では『見えない世界』が、極々、当たり前に存在する世界として育った。この世界を否定されたのは、小学3年の頃。寺の庭の大きな菩提樹の側で、いつものように『浄化』をしていたら、キラキラ光る金粉が舞ってきた。よくよく見てみると、ピョンピョン飛び跳ねてるやつとかいて、ジーッと見ていると、消え、また出てきては、消え、、、姿が確認できるまで、凝視すると、それは羽が生えていた。「妖精?」それまで、音が光の形状で見えていただけだったから、驚いて、誰かに教え
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それでも、まだ生きてる。~第4話~

「!?」私は目を見開き、横にいる『龍』を見た。「・・・しゃべれる・・んですか?」「・・・・・」『龍』は無言で、私の隣に鎮座している。「・・・しゃっべったよ・・・ねえ?」私はもう一度、聞き返すと、『龍』は何も言わず、グルンと翻り、天に昇っていった。「えっ?えっ? ちょ、ちょっと!」私は、消えゆくその姿に、大声で話しかけた。が、瞬時に辺りの異様な視線に気が付いた。私の周りを過ぎゆく人たちに、目を向けると、誰もが私と目を合わせないように行き交う。2歳くらいの子供連れの母親は、子供を庇うように、私から遠ざけ離れていった。私も、その場にいるのが、いたたまれず、小走りで家路を急いだ。2017年。 11月。あれから、『龍』が出てこない。「・・・話しかけたらいけなかった・・・とか?」「敬語じゃないと、いけなかった・・・?」私は、何か自分に落ち度があったのかと、あれやこれや、考えていた。「ああああーーー!もう!!!なんか、言いたいことがあるのかと思ったら、勝手にいなくなって・・・余計、気になるわ!!!」私は、頭を振って気を取り直した。「あっ!そうだ!倫也に聞いてみよう。」私は、SNSで倫也に連絡をした。萌音「近々、時間ある?」萌音「例の件で聞きたいことがあるんだけど」一時すると、倫也から返信がきた。倫也「明日、いつものとこ、12時で。いい?」萌音「OK」私は安定のサクサクしたやり取りに「うん!」と頷き、夕飯の準備に取りかかった。私と倫也の出会いは、渋谷のスクランブル交差点の近くにあるコーヒーショップだった。友達とハチ公前で待ち合わせをしていたが、友達から遅れると連絡があり、近くのコーヒーショップ
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【連載小説】第69話 運命の10分間

狭間さんがお店で暴れた翌日だった。雅子ママは嫌な予感が消えなかった。そして店長を連れて狭間さんの事務所へ向かった。『私が三十分経っても出てこなかったら警察に電話して』そう言い残し、雅子ママは一人でビルの中へ入っていった。店長は時計を何度も見ながら待った。十分。二十分。そして約束の三十分が過ぎようとした時だった。雅子ママがようやく姿を現した。その顔は僅かに青ざめていた。『雅子ママ、大丈夫ですか?』『ええ、大丈夫』『売掛金は?』『渋々だったけど全額払ってもらったわ』そう言って雅子ママは小さく笑った。店長は胸を撫で下ろした。同時に思った。この人はやはり普通ではない。銀座で生き抜いてきた強さを持っているのだと。そして数日後。昼のニュースを見ていた美月は思わず声を失った。狭間さんが映っていたのだ。詐欺集団の主犯格として逮捕されたという報道だった。雅子ママが事務所へ乗り込んだのは逮捕直前。一歩間違えばどうなっていたか分からない。銀座とは時として薄い氷の上を歩くような世界だった。華やかな光の裏には、誰にも見えない危険が潜んでいる。そんなことを改めて感じた出来事だった。それからしばらく経ったある日。『美月ちゃん、ちょっと話があるの。今から寿司雅まで来てくれないかしら』突然の電話だった。美月は慌てて支度をして寿司雅へ向かった。雅子ママはすでに席に着いていた。『何でも好きなもの食べてね』『はい。いただきます』美月は緊張していた。雅子ママと二人きりになると今でも背筋が伸びてしまう。しばらくして雅子ママが箸を置いた。『実はね、美月ちゃんに聞きたいことがあるの』『はい』『まだ誰にも話していないことなんだ
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【連載小説】第67話 消えた和美

銀座で働くようになって分かったことがある。お客様には大きく分けて三種類の人がいた。仕事で来る人。仲間と楽しむ人。そして誰か一人の女性に会いに来る人。同じお酒を飲んでいても、目的はまったく違う。銀座はお酒を売る場所ではない。人と人との時間を売る場所なのだ。だから三時間半の勤務時間は短いようで長い。一つの言葉。一つの表情。一つの空気。その全てに神経を張り巡らせる。失敗は許されない。けれどその緊張感が、いつしか心地良くなってくる。銀座には不思議な魔力があった。そんな頃、美月には仲の良い先輩ができた。和美ちゃんだった。派手な銀座には珍しく、家庭的で穏やかな女性だった。なぜこの世界にいるのだろう。そう思うほど優しかった。帰り道も同じ方向だったことから、二人は自然と親しくなった。そしてある日、和美ちゃんに誘われて錦糸町へ行くことになった。理由は少し変わっていた。和美ちゃんにはホストの恋人がいたのだ。ホストクラブは想像以上だった。豪華な内装。煌びやかな照明。まるで別世界だった。けれど実際に中へ入ると、意外にも普通の若者たちがいた。笑い、愚痴を言い、仲間と騒ぐ。そこにはテレビで見るような派手さより、同じ夜の世界で働く人間たちの日常があった。『この世界も楽じゃないですよ』和美ちゃんの恋人、心さんはそう言った。『嫉妬もあるし嫌がらせもある。結局どこも同じなんです』その言葉に美月は妙に納得した。銀座もそうだった。華やかに見える場所ほど、人知れない苦労が隠れている。その夜、心さんが紹介してくれたヒロという青年と話した。どこにでもいそうな、気の良い青年だった。ホストというより、近所のお兄さんのような人だ
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【連載小説】第65話 銀座の洗礼

心の傷を癒やす薬があるとしたら、それは新しい恋ではなく、時間なのかもしれない。高坂との別れから一ヶ月。美月の胸の痛みは消えてはいなかったが、少しずつ銀座での生活に追われるようになっていた。最初は透明人間だった。誰からも気づかれず、誰にも名前を呼ばれなかった。けれど今では少しずつ先輩たちも声を掛けてくれる。お客様も笑ってくれる。ようやく銀座の空気を吸えるようになっていた。その頃の銀座には独特の文化があった。ミンクのロングコート。シャネルのバッグ。ロレックスの腕時計。そして麻布の住所。それらは単なる贅沢品ではない。銀座で生きる女性たちの名刺のようなものだった。美月には最初、その意味が理解できなかった。だが毎日のように「どこに住んでいるの?」と聞かれるうちに気づいた。銀座では住まいもまた評価の対象なのだと。ようやく麻布へ引っ越した時、美月は少しだけ銀座の仲間入りができた気がした。そして迎えた新年。新調した着物に袖を通し、少し誇らしい気持ちで店へ向かった。だが、その高揚感は一瞬で消えた。店内の空気が異様に張り詰めていた。理由はすぐに分かった。オーナーの環ママが来ていたのだ。銀座でも伝説と呼ばれる存在。中国で日本料理店を成功させ、誰もが一目置く女性だった。全員が席についた瞬間、環ママは鋭い視線で店内を見回した。そして静かに口を開いた。その声は店中に響き渡った。『私は今日、こんながっかりしたことはありません』誰も顔を上げられない。『中国では日本人ではない女の子たちが必死に着物を覚えているのよ。それなのにあなた達はどうなの?』空気が凍った。『新年だというのに地味な着物ばかり。日本髪の人間もい
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【連載小説】第57話 銀座への手相

時として、人生は思いがけない方向へ動き出す。その夜も、そんな夜だった。一美さんには、田山という太い客がいた。地元では知らない人がいないほど有名なタクシー会社の社長。金払いも良く、店でも特別扱いされる存在だった。美月も何度か席についたことはあったが、“あくまで一美さんのお客様”。そう分かっていたから、自分から名刺を渡したことは一度もなかった。その日、田山は珍しく一人で来店した。そして突然、『今日は美月ちゃん』そう言って、美月を指名した。しかも——一美さんを外して。店の空気が、一瞬で変わった。美月は背筋が冷たくなった。これはまずい。女の勘で分かった。『失礼します』席につくと、田山は上機嫌だった。『やっとゆっくり話せるな』『ありがとうございます。でも私、本当に驚いて……』『何に驚く?』『一美さんが……』田山は鼻で笑った。『もう愛想が尽きたんだよ』『……』『腹が立つことばかりされてな。少し懲らしめたくなったって訳さ』美月は返事に困った。こんな話、聞きたくなかった。けれど客商売に“知らないふり”はつきものだった。その夜、美月は笑った。場を盛り上げた。いつものように。ただ——背中に刺さる視線だけは痛いほど感じていた。閉店後。更衣室へ呼び出された。待っていたのは奈々ママと一美さんだった。空気が張りつめていた。『あんた、田山さんと何かあったの?』一美さんの声は怒りで震えていた。『まあまあ、一美』奈々ママは冷静な顔をしていた。だがその目は笑っていなかった。『美月ちゃん。どうして今日、あなたが指名されたのか説明してくれる?』『私にも分かりません』『そんな訳ないでしょ!』一美さんが怒鳴った。『あの人
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【連載小説】第56話 運命の週刊誌

そんなある日——。店では珍しく、大規模な貸切パーティーが開かれていた。地元の有力者ばかりが集まる特別な夜。こういう日は、新しい客に顔を覚えてもらう絶好のチャンスでもある。美月は鏡の前で笑顔を作ると、フロアへ向かった。『今晩は』席についた瞬間、相手の顔を見て思わず声を上げた。『あっ……先生!』『やっぱりそうだ』川崎先生が嬉しそうに笑った。『マンションを案内した美月ちゃんだよね』『そうです。びっくりしました』『いやあ、こっちのほうが驚いたよ。こんな豪華な店で働いていたなんて』『先生こそ。夜のお店とか来るんですね』『ほとんど来ないよ。仕事ばかりでね。設計屋なんて貧乏暇なしだ』川崎先生は気取ったところがなく、一緒にいると不思議と安心できた。『またいらっしゃる時は、美月を指名でお願いしますね』『ははは、営業上手だな』先生は目を細めながら、美月の話をずっと楽しそうに聞いていた。それから川崎先生は、いつしか店の常連になった。美月だけではなく、蘭子ちゃんや麻衣ちゃんも指名してくれた。仕事帰りに食事へ行き、深夜にはバークレーへ流れる。先生はいつも静かに笑っていた。まるで、自分だけ時間の流れが違う人みたいだった。『女性とこうやって飲むこと、今までほとんどなかったからさ』先生は照れながら言った。『なんだか青春を取り戻したみたいだよ』一枚のマンション広告。たったそれだけの偶然から始まった出会い。けれど今思えば、あれは偶然なんかではなかった。その年の夏——。写真週刊誌『F』で、“銀座のママ特集”が組まれた。それが、美月の人生を動かすきっかけになる。今日は年に一度の夏祭りイベント。浴衣姿の女性たちで店内は
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【連載小説】第55話 導かれる部屋

店に戻ったところで、もう以前のような居場所はなかった。美月がペペルモコへ移っていた間に、店の空気はすっかり変わっていた。奈々ママ、美涙さん、そして新しく入った由美さん——。三つの勢力が水面下でぶつかり合い、店の中はいつも張りつめていた。誰が誰の客についた。誰が悪口を言った。誰が自分のお客を横取りした。笑顔の裏では、そんな話ばかりが飛び交っていた。その渦の中へ戻ってきた美月は、自分でも驚くほど心が冷めているのを感じていた。もう以前のように、この店で勝ちたいとは思えなかった。そんなある夏の日だった。何気なく手に取った住宅情報誌。その中の一枚の広告に、美月の目は止まった。市内では珍しい高級賃貸マンション。広いリビング。新築。敷地内にはコンビニまである。今住んでいる古いアパートとは、まるで別世界だった。——ここに住みたい。そう思った瞬間、自分でも怖くなるくらい気持ちが動いた。まるで誰かに背中を押されているようだった。その頃の美月は、何もかもが苦しかった。高坂は、あの事故をきっかけに東京へ転勤になった。突然の遠距離恋愛。会いたい時に会えない。声を聞くだけで安心していたのに、電話を切るたびに孤独だけが残った。仕事も、恋も、未来も。何もかもが曖昧になっていた。だからこそ——何かを変えたかったのかもしれない。『すみません。このマンション、まだ空いてますか?』訪ねた先は、小さな設計事務所だった。対応してくれたのは、少しお腹の出た柔らかい雰囲気の男性。『ああ、このマンションね』人懐っこく笑いながら名刺を差し出した。“川崎設計一級建築士事務所”『先生なんですね』『先生なんて柄じゃないよ』川崎は照れく
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【連載小説】第51話 転がり込んできた命

『ペペルモコ』に移って、半年が過ぎた頃だった。 開店前の静かな店内で、いつものように掃除をしていると、 扉が控えめに開いた。 振り返ると、見知らぬ女が立っていた。 少しふくよかな体。 どこか場違いな、疲れ切った顔。 そして――背中には、赤ん坊。 『すみません……ちょっと、いいですか?』 その声には、頼る場所を失った人間特有の、かすれがあった。 『はい?どうされました?』 『ここ……人、募集してませんか?』 言い終わる前に、その女はその場に崩れるように座り込んだ。 ただ事じゃない。 慌てて水を差し出すと、両手で掴むようにして、一気に飲み干した。 『ああ……おいしい……』 その一言が、妙に重かった。 『昨日から……何も食べてなくて……もう限界』 思わず言葉を失った。 『赤ちゃんは……?』 『この子は母乳だから……なんとかね』 なんとか、なんて顔じゃなかった。 『お母さんが食べてないのに、出るわけないでしょ』 少し強く言った自分に、少しだけ安心した。 女は、小さく笑った。 『私ね、幸子っていうの。幸せの“幸”に、子供の“子” ……なのに、全然そんな人生じゃないの』 その笑いは、笑っていなかった。 話を聞けば、逃げてきたのだという。 北海道で出会った年上の男。急な結婚。 そして、崩れた生活。 仕事を失った男は酒に溺れ、 やがて手を上げるようになった。 『怖くて……逃げてきたの』 その一言だけで、全部わかった。 頼った姉の家にも、入れてもらえなかった。 行き場がない。 金もない。 ただ、子どもだけを背負って、ここに来た。 ——どうしてこの店に? そんなこと、聞く気にもなれなかった。 その
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【連載小説】第38話 嵐のあとに

その夜、 美涙たちはいつもの店に集まっていた。 『バークレー』静かな灯りと、ピアノの音が流れる場所。 ここだけは、 あの店とは違う時間が流れていた。 『もう頭にきちゃう!』 由佳がグラスを置く音が、少しだけ強かった。 『絶対、奈々ママの仕業よ』 まだ怒りが残っている。 『まあまあ』 美涙は、いつもの調子でカクテルを口にした。『そんなこと、たいした問題じゃないわ』 その言い方が、逆に余裕を感じさせた。 『だってあれ、完全に美涙さんのことじゃない!』 『分かってる人は分かってるわよ』 さらりと返す。 『こんなことでお客さんが離れるようなら、 最初からそこまでってことよ』 その言葉に、 誰も何も言えなくなった。 強い。 美月は、そう思った。騒がない強さ。 揺れない強さ。 それが、 この世界で生きていく人の姿なのかもしれない。 『今日はもうやめましょ』 『飲みましょうよ』 空気が、少しずつ和らいでいく。 『そうだ、美月ちゃんの歓迎会しようか』 突然、美涙が言った。『えっ、私ですか?』 『そうよ。今日から仲間なんだから』 その言葉が、 少しだけ胸に残った。 この人たちは、 敵なのか味方なのか。 まだ分からない。 けれど—— ここには、居場所がある気がした。 『いらっしゃい』 カウンターの奥から、 柔らかな声がした。 この店のママだった。皆から「おかあさん」と呼ばれている人。 『美月ちゃんね』 じっと見つめられる。 『あなた、何か持ってるわね』 突然の言葉に、戸惑う。 『ちょっと名前と生年月日、書いてみて』 言われるままに書くと、 ママはしばらくそれを見つめていた。 『なるほどね……』 ゆ
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【連載小説】第39話 嵐の気配

『みんな、ちょっと聞いてくれ』店長の声が、待機中のフロアに響いた。『今日から入った蘭子さんだ。初めての仕事だから、色々教えてやってくれ』『よろしくお願いします』現れたのは、少し落ち着きのない目をした女の子だった。どこか強気で、どこか不安そうで。その瞬間——美月は、妙な既視感を覚えた。『先輩!』突然、蘭子が駆け寄ってきた。『えっ……先輩?』『白百合学園ですよ!一年後輩の井上です!』思い出せない。けれど、確かに同じ場所にいた。『先輩、有名でしたよ』その言葉に、少しだけ引っかかる。何の意味で——?続きを聞こうとした瞬間、『おい、そこ!うるさいぞ!』店長の怒鳴り声で、会話は途切れた。その夜は、ゴールデンウィーク前ということもあり、店は息つく間もなく忙しかった。気がつけば、深夜。仕事を終えた美月たちは、そのままバークレーへ向かった。静かな店内。いつもの空気。『新人さんの手相、見てもらいましょうよ』美涙の一言で、その場の空気が少し和らぐ。ママは蘭子の手を取り、しばらく黙って見つめた。そして——ほんの少しだけ、表情が曇った。『……波乱万丈ね』蘭子の顔から、酔いが消えた。『男運も……少し気をつけた方がいいわ』その言葉に、誰も軽く笑えなかった。『でもね』ママは少しだけ優しく続けた。『夜の世界に来る子は、みんな何かしら抱えてるものよ』その言葉に、美月は何も言えなかった。——確かに、そうかもしれない。誰もが、何かを背負ってここにいる。『私、やり直したいんです』蘭子がぽつりと言った。その言葉が、妙に重く響いた。『大丈夫よ。みんながいるから』美涙の声は、変わらず優しかった。しばらくして、場の空気が少しだ
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【連載小説】第36話 水面下の戦い

今、この店は ふたつの勢力がぶつかり合う渦の中にあった。 表向きは、華やかな笑顔。 けれどその裏では誰にも気づかれないように、 静かな戦いが続いていた。 チーママの奈々ママチーム。 かつて大きなクラブでナンバーワンを張っていた女。 その実力を見込まれ、 大塚店長に引き抜かれてこの店に来た。 彼女の周りには常に人が集まり、 まるで女王のように君臨していた。 そして、その側に必ずいるのが一美。 奈々ママの機嫌を読み、 絶妙な距離で支える存在だった。 もうひとつの勢力。 それが、美涙のチーム。 オープン当初から店を支えてきた、 不動のナンバーワン。 その人柄は穏やかで、 自然と人が集まる。 けれど、優しさは時に、弱さにもなる。 裏切られることも、少なくなかった。そのふたつが、 静かにぶつかり合っていた。 今日は月に一度のミーティング。 女たちが一堂に会する場所。 『今月の売上ナンバーワンを発表します』 店長の声が響く。 拍手。 数字。 笑顔。 けれどその裏で、 誰が勝ち、誰が負けたのか誰もが理解していた。 奈々ママの名前は呼ばれなかった。 チーママだから。 それだけの理由で。 その“扱い”に、 どこか張りつめた空気が漂う。 やがて、麗子ママが口を開いた。 『お客様を本気にさせるには、どうしたらいいと思う?』 静まり返る空間。 『答えは簡単よ。 自分も本気になること』 その言葉に、 美月は一瞬だけ引っかかりを感じた。 ——本気? 『本気に好きになるって意味じゃないのよ』 『でも、心を込めないと伝わらないの』 美月はその言葉を聞きながら、 なぜか少しだけ怖くなった。 本気になる。 でも、
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【連載小説】第33話 最初の洗礼

大きなクラブとなると男性スタッフの数も多い。 店長はお店全体を管理する総責任者。 チーフはカンター内やキッチンを担当する責任者。 そしてマネージャーは女の子をどの席に配置するのか瞬時に考えて指示しなくてはいけない。 一番苦情が多いのがこの立場だ。 最後はボーイ。お店の女性には絶対服従という男としてのプライドを捨てないと務まらない。 『美月さんお願いします』 マネージャーからついに声がかかった! ついに来た。 胸の奥で、何かが強く脈打つ。 『はい』 ドキドキしながらお席についた。 『今晩は』 『いやいやいい子入ったじゃないか』 『横田さんこの子、今日から入った美月ちゃんなの』 と隣にいたナンバーワンの美涙さんが紹介してくれた。 『美月です。宜しくお願いします』 『美月ちゃんか、まだ若くていいねえ、どうだい今夜どこか食事でもいかんかね』 『まあ、横田さんたらだめよ。初日でこんなに緊張して可哀想じゃない』 『何でも飲んでいいぞ、つまみも食べるか?』 『いえ、、、』 『この横田さんはね。この町で一番大きな米屋の社長さんなの』 『別荘を持っていてお庭もすごいって噂だわ』 『そういえばこの前、死にそうになったんだよ』 と横田さんは急に話し始めた。 『運転してて踏み切りの端のほうで急に止まっちゃってさ、その時電車が来てぶつかったんだよ』とこともなげに言った。 『ええ!電車とぶつかったの?怪我しなかったの?危ないところでしたね』 『そうさ、危機一髪だったよ。まぁ、怪我してたらここにいないけどな』 『それで車は?』 『だめさ、いくらベンツでも電車相手じゃ勝てないよ』 『それで足を少し怪我しただけ
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【連載小説】第29話 届かない約束

午後6時を過ぎても、萌は現れなかった。 人混みの中で、智史は何度も時計を見た。 遅いな。 その違和感の正体に、まだ気づいていなかった。『もしもし、こちらは築地警察の安藤と申します。高梨さんですよね。萌さんはお子さんですか?』 いきなりかかってきた電話は詐欺かと切ろうとした時、萌の名前がでたので驚いて返事をした。 『はい、そうですが、、、』 『実は萌さんが銀座で交通事故に合いまして今、中央病院へ運び込まれました』 その冷静な声が遠くから聞こえてきた瞬間、雅子の手から受話器が滑り落ちた。 足の力が抜け、床に膝をつく。 何を言われたのか、理解が追いつかなかった。 『それで萌は?』 そう聞くのがやっとだった。 萌は緊急手術により一命は取り留めたが予断を許さない状況に陥っていた。 時折聞こえる呼吸器の音だけが聞こえる静か病室だった。 智史はどこにいるの? 待ち合わせの場所にいるのにいくら待ってても智史が来ない。 萌は夢の中で智史を待ち焦がれていた。 ふと目を開けると白い天井が見えた。 ここはどこなのか? 体が動かない。 自分の体ではない感覚。 声を出したくても 声も出ない。 遠くから自分の名前を呼ぶ母親の声。 萌は意識が戻ったのも束の間、やはりそう長く持たないと母親と医師らしき人との会話が耳に入った。 萌は夢と現実の狭間で、 自分の置かれている状況を、なんとなく理解した。 けれど、そのことを誰にも伝えることはできなかった。
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【連載小説】第28話 約束の交差点

その日から萌の頭の中には 智史が住みついてしまったかのように、 何をしていても、ふとした瞬間に思い出してしまう。 会いたくて、仕方がなかった。 『もしもし、智史さん。何してるの?』 『ああ、萌ちゃん。さっき電話で話したばかりだよ。どうしたの?』 『だって気になるんだもん。そんな意地悪言わないで。じゃあ、切るからね』 『冗談だよ。ねえ、今夜、銀座に行こうか。一緒に行きたいレストランがあるんだ』『嬉しい!智史と一緒なら、どこでも行きたい』 『それじゃ、夕方六時。四丁目の時計台の前で』 『分かった。とびきりのお洒落していくね』 実は最初、「銀座」と聞いて、ほんの少しだけ戸惑った。 そこは、母親の街だったから。 それでも、、、 智史との約束は、何よりも優先された。 萌は、初めて袖を通すオフホワイトのワンピースに、 ベージュのコートを羽織った。 銀座の街に似合うようにと選んだ、 少しだけ背伸びをした装いだった。 靴を履こうとした、そのとき ふいに、ベルトが切れた。 一瞬、手が止まる。 けれど深く考えることもなく、 別のベージュの靴に履き替えて、家を出た。 待ち合わせの時間までは、まだ少しある。 萌は、智史へのプレゼントを買おうと 四丁目の交差点へ向かった。 信号が変わる。 一歩、踏み出した、その瞬間 突如、視界を切り裂くように 一台の車が突っ込んできた。 爆音。 ブレーキの軋み。 誰かの叫び声。 すべてが、重なり合って 萌の意識は、途切れた。 遠ざかっていく救急車のサイレン。 智史は、まだ少し早かったかと 腕時計に目を落とす。 午後5時55分。 その時、萌が瀕死の状態で 救急車の中にいる
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【連載小説】第27話 揺れる心

「萌ちゃん、智史だけど」ともう一度言った。 あの冷静な智史の苛立っているような緊迫した声に萌は緊張した。 「何か用かしら?」 萌は智史のことも信じられなくなっていた。 「萌ちゃん大変なんだ。 拓海が事故っちゃって今、救急車で運ばれて緊急手術してるんだ」 「拓海が?怪我したの?大怪我なの?」 萌は電話を床に落ちたのも気がつかないくらい動揺していた。 「もしもし!もしもし!聞いてる?」 萌は微かに聞こえる智史の声にはっと我に返った。 「どこの病院なの?今から行くわ」 「わかった、六本木の港病院という所だ!一階の待合室で待ってるから」 萌はコートも羽織らず外へ飛び出した。 冬の夜の空気が胸に刺さるようだった。 その病院は救急車のサイレンが遠くで鳴り続け、 待合室には重たい空気が漂っていた。 『ああ、萌ちゃんここだよ』 『それで拓海は?』 萌は恐る恐る聞いた。 『まだ手術中でわかんないだ』 『いったい何があったの?』 『それが六本木の交差点で右折しようとしたら 信号無視のオートバイがいきなり車の前に突っ込んきて それを避けようとして反対側に飛び出しちゃってそこに運悪く4トントラックに正面衝突さ』 智史はもうそれ以上、声が出せなくなった。 萌も声にならない嗚咽でその場に崩れ落ちた。 『萌ちゃん、ここに座って』 と言うのがやっとのことだった。 あまりにひどい事故で車は原型を留めていなかったと聞いていた。 命があるほうが不思議なくらいの大事故だった。 『あなた、どうしたらいいの、、、』『もう天に任せるしかないよ』 と拓海の両親は手術室の前でいつ終るともわからない 地獄の時間を耐えていた。 拓
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【連載小説】第25話 空白の夜

人は時に自分でも気づかないうちに 運命の扉を開けてしまうことがある。 それは甘い言葉に誘われた ほんの小さな一歩かもしれない。 だが、その扉の向こうには戻れない 長い夜が待っていることもある。 『いったいあの子は何処にいったのかしら? もう今日という今日は許さないから』 『すみません。私がついていながらこんなことになるなんて。 それにしても最近萌ちゃん何を言っても上の空で変と言えば変でしたよ』 『恒さん!萌の年齢が一番不安定で何するか分からないって日頃言ってるじゃない! もっとしっかりしてくれなくちゃ』 『本当にすみません』 雅子は恒さんに八つ当たりしても今の状況が変わらないのを分かっていながら 誰かに当たらないといられない焦躁感があった。 この時、雅子は萌とは関係ない深刻な悩みを抱えていた。 銀座にセンセーショナルを起こした今のお店に影が見え始めて来たのだった。 毎日、洪水のようにお客様が来ていたのに最近は空席が目立つ。 時代の波が大きく関係する銀座にとって不景気は天敵であった。 そして先月末には追い撃ちをかけるように ナンバーワンの詩織が田舎へ帰るという理由でいきなり辞めてしまった。 しかも、もう次の日には最近オープンした大箱の店のチーママになっていたと 信じがたい情報もあり雅子は悔しくてその店に怒鳴りこもうかとしたところ 店長やマネージャーに止められて僅かながらのプライドを保つことができた。 『恒さんもう休んでちょうだい。後は私が起きて待ってますから』 『奥様すみません。萌ちゃん帰ってくるでしょうかね。 何だか胸騒ぎがして、、、』 『何、縁起の悪いこと言ってるの。大丈夫よ
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【連載小説】第22話 もう一人の視線

『何やってんだ!その手を離しな』 『先輩!』 と3人組の一人が痣が出来るくらい萌の両手を持っていたが その一言でいきなり離した。 3人はばつの悪そうな顔をして下を向いた。 『もうこんな真似するんじゃねえぞ』 と聞く間もなく走りだしてどこかに行ってしまった。 萌は目を閉じたまま体を固くしていた。 足音が近づく。 逃げなければと思うのに 体が言うことをきかない。 その時だった。『大丈夫?』 さっきまでの荒い声とは違う 静かな声だった。 萌はゆっくり顔を上げた。 ネオンの光の中に 二人の男が立っていた。 『こんな所で一人でいるなんてライオンの檻の中にいるうさぎみたいだぞ』 『すみません』 と萌は震えながらやっと声が出るようになった。 『この時間に一人で居るなんてどうかしたの?』 と拓海は萌に近づいた。 萌は目の前で起こったことが現実だとは思えず どう対処していいのかただただその場から動けずにいた。 『拓海、もういいじゃねえか、行こうぜ』 ともう一人の男が面倒だと言わんばかりに言った。 『でもさ、このままじゃまたあいつらみたいのがいるから心配だよ』 拓海は背が高く 長い髪がネオンの光を受けて揺れていた。 モデルのような体型で どこか余裕のある笑みを浮かべている。 こうゆう男が 女の子を簡単に惹きつけるのだと 萌はまだ知らなかった。 もう一人の男、智史は 少し離れた場所に立っていた。 一重の鋭い目。 感情をあまり表に出さない男だった。 だが萌が震えていることを 誰より早く気づいていた。 『あの、私一人で帰れますから』 と萌はやっと体を起こし立ち上がった。 『じゃ大丈夫だね、早くここから出
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【連載小説】第20話 代償の夜

萌は思春期を迎える年齢になっていた。 『ねえ恒さん私って生まれてきて良かったのかな?』 『まあお嬢様いきなり何を言うの? こんな年寄りを嚇かさないでくださいよ』 『だって、、、』 『この世の中生まれて良くない人間なんて一人もいやしないですよ。 ましてやお嬢様は奥様がどれだけ大事に思ってるか 何があっても世界がどうなっても奥様と微力ながらこの恒が 守ってさしあげますよ』 と恒さんは萌のうつろな目が気になって仕方がなかった。 『何か気になることでもあるの?』 『別になんでもないわ』 『恒の目はごまかされませんよ。 そんな顔している時は何かあるに決まってますよ』 『まあね、ここだけの話しよ、ママには言わないで、 それが来週の土曜日に父親参観日があるの。 みんなで自分の父親自慢ばっかりでさ、やんなっちゃう。 学校なんか行きたくないって感じ』 『そういうことだったのですね。 分かりました!私にいい考えがありますよ。 私が男装して授業参観に行くのはどうですか?』 『もう恒さんたらみんなに笑われちゃうわ』 『駄目ですか』 と一緒に笑いながら萌の気持ちが痛いほど分かった。 『恒さん今日も遅くなるの。先に休んでちょうだいね』 『はい奥様、あの、一言宜しいですか?』 『今日も大事なお客様と食事の約束があるから急いでるのよ』 『そうですよね。またにします』 『いいわよ、ちゃんと聞くからここに座って』 『いいんですか?』 『いいって、恒さんがそんな顔してるの珍しいから』 『それがお嬢さまのことです』 『萌?どうしたの?』 『それが昨日の晩にいきなり 私、生まれてきてよかったのかって聞かれて驚きました
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【連載小説】第12話 血が告げる真実

萌は母親の愛情を一身に受けて利発で明るい子供に育っていた。雅子もいろんな意味で大人の女性へと変貌を遂げ櫻木との関係もある程度、距離を保ちつつ切れないようにと努めていた。櫻木は何と言っても生活の全てを援助してくれる大事なスボンサーだ。愛情は感じないが稀に萌の育て方に文句を言うくらいで雅子に対しては無関心なのか、煩わしくなくこの上もない自由を与えてくれた。そして季節は矢のように過ぎ萌はこの春から都内でも有名な幼稚園に通っていた。『もしもし高梨さんですか?』『はいそうですが』『バスが、バスがトラックと正面衝突しまして!』『はあ?どなたですか?バスって?まさか!』『あっ、すみません、私、文京幼稚園の仲田と申します。お宅の萌ちゃんが大怪我してしまい病院に着いたところです』『萌が!何処の病院ですか!何処ですか!』『本郷にある本郷病院です。こんなことになって』雅子はその声の暗さにパニックになった。まさか萌が?慌てて電話を置くと取るのも取り敢えず家を飛び出した。雅子は何がどうなったのか気が動転してしまい自分が何をしているのか記憶がなくなるほど焦った。萌。萌。萌。それ以外の言葉が、喉を通らなかった。病院に着くと何人もの人が泣き叫び怒号が飛び交っていた。床には血の付いたタオルが落ち、母親たちの泣き声が天井に跳ね返っていた。バスに乗っていた園児のほとんどが怪我をして緊急手術を余儀なくされている子供もいた。雅子は我が子の安否を確認するために人を押しのけて病院関係者を探した。『すみません!私、高梨ですが高梨萌という子が怪我したと連絡があったのですが』『あっ!萌ちゃんのお母さんですね。お待ちしてました。ち
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【連載小説】第10話 桜の夜の代償

ここは櫻木の自宅で年に一度のお花見の会があり政財界のお歴々が黒塗りの車で現れる。そして浅草中の名だたる芸妓が呼ばれそれは言わば選ばれた芸妓達の花の競演だった。今年は初めて雅子にも声がかかっていた。その朝、『雅子、今日は普通のお座敷と違うの。櫻木さんといって昔からのお得意さんで雅子にはまだ早いと思って紹介しなかったけど浅草中の芸妓が狙っているほどの素晴らしい人なの。だから櫻木さんに気にいられるよう目立たなくちゃだめよ。さあこの着物を着てごらん』『わあ!おかあさん綺麗な着物、桜の模様が見事ですね。今しか着ることができない貴重な着物だわ』『おや雅子も着物が分かるようになったのかね。そう、この着物は京都の有名な作家さんの逸品物でね、わたしゃ雅子のために崖から飛び降りる覚悟で手に入れたのさ。だから櫻木さんの側から離れるんじゃないよ。他のお客も沢山くると聞いてるけど狙いは櫻木さんだからね。わかった?ぼやってしてたら出し抜かれるわよ、雅子』『おかあさん、ありがとうございます。大切に着させてもらいますね』と雅子は礼を言ったもののこんなことが疲れる原因だわと一人になった時にふーとため息をついた。早くこんな家を出なくては、もう堪らない。今の今まで迷っていた櫻木とのことだったが三上の言葉が、いつの間にか雅子の決意にすり替わっていた。計画とはもうすでに雅子は妊娠しているのだから事は早く済まさなければいけない。このお花見の会にまぎれて何とか櫻木にコンタクトをとって閨に誘うということだった。櫻木は長い間、独身を通し浅草では有名なプレイボーイで浮いた噂はひきも切らずあったがその実態を知っている人は聞いたこと
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【連載小説】第2話 花柳界の波紋

次の日、女将さんは意を決して櫻木さんへ電話をした。その電話1本で雅子の運命は大きく動き出すことになるとは雅子本人は知る由もなかった。『もしもし櫻木さんお久しぶりです。私、浅草の蔦乃屋ですが今、よろしいでしょうか?』『おお蔦乃屋の女将か、珍しいじゃないか?どうしたんだね』『ちょっとお話したいことがあって一度お会いできませんか?』『何か知らんが電話じゃだめか?こう見えても貧乏暇なしでな』『櫻木さんのためにお会いしたいと思うのですが、、、いかがでしょうね?』『そうかぁ、何の話か知らんがまあ少しなら時間が作れそうだから今夜8時に蔦乃屋さんへ行くとしよう』『8時ですね。ぜひお待ちしてますわ』浅草の置屋さんは当時数十軒もありその管轄が見番といって組合のようなものである。そこでお線香代1本分いくらにするといったような協定を結ぶのだ。だからどの芸者さんを呼んでも相場が決まっていた。ただ直接の心付けは別勘定だったのでそこは芸者の腕の見せ所だった。ちなみに 「お線香代」というのは時計のないころにお線香1本が燃え尽きるまでの時間の料金という意味だったらしい。『蔦乃屋』は今の女将さんで3代続く置屋だった。お抱えの芸者さんは3人で一番若いのが雅子だ。雅子は多摩の寒村の生まれで2人兄弟で下に弟が1人いた。雅子がまだ幼い頃に両親が離婚して母親が雅子を引き取り弟は父親が引き取ることになった。色白で目鼻立ちがはっきりしていて大人になったらさぞ美人になるだろうと村中の噂だった。その噂を聞きつけたのか、ある日浅草を中心にしている女衒まがいの男が突然現れてぜひ雅子を芸者にと言ってきた。母親はその日食べる物も心配するよ
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第一話 丘乃手相鑑定所

 阿佐ヶ谷のアーケード街から一歩入った裏通りにひっそりと佇む店があった。以前はパーマ屋だったらしく薄っすらと『ヘアサロン…』の文字がガラス扉に残っていた。その扉には申し訳程度の「丘乃手相鑑定所」の木製看板が掛かっていた。 扉が開くと棒状のベルが鳴った。 「いらっしゃいませ」 落ち着いた男性の声が響いた。声の主は黒いローブを纏い、中は柔らかな照明と香木の香りが漂い、訪れる者を別世界へと誘うようだった。 「あのぉ、今日予約していた神倉茉優です。丘乃先生ですか」 20代後半の女性らしい神倉は恐る恐る確かめていた。 「私が丘乃啓一です」 丘乃の深い眼差しは、まるで相手の心の奥底まで見透かすかのような鋭さを持っていた。 「まあ、こちらにお掛けになって、気楽にしてください」丘乃は静かに言った。茉優は少し緊張した面持ちで頷き、座ると手に握りしめていた予約カードを差し出した。 紫色の羅紗の布が掛けられたテーブルに手を差し出す神倉。 丘乃は彼女の掌をじっくりと見つめた。 「まずは、あなたの過去を見てみましょう」 丘乃の指が神倉の掌の線をなぞるように動く。 「あなたは…幼少期に大きな転機を迎えましたね。それは、家族に関わる出来事でした」 丘乃の言葉に神倉の目が見開かれた。 「どうしてそんなことがわかるんですか」 「手相は、あなたの人生の地図のようなものです。ここに刻まれた線は、過去、現在、そして未来の道筋を示しています。」丘乃はさらに詳しく掌の線を読み取っていく。 「あなたは最近、大きな決断を迫られる出来事がありませんでしたか。そして、それが今後の人生に大きな影響を及ぼすことになるでしょう」神倉
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それでも、まだ生きてる。~第5話~

翌日は、朝から何やら慌ただしかった。上の子(キーくん)が急に、絵の具の準備が必要だった!青色が切れてる!赤色も切れてる!とか、、、下の子(けいちゃん)は、その日は、課外授業でお弁当を作ったのだが、デザートのリンゴが気に入らない!梨がいい!とか、、、普段、穏やかな子供たちが、いつになく、ギスギスしている感じだった。「なんで、今、言うの?」と、私も少し苛立ちつつ、子供たちを宥め、玄関を出て、庭先まで見送った。「いってらっしゃい!絵の具、買っとくから、、、けいちゃんも、今日はリンゴで我慢してね!」「うーん、、、いってきまーす、、」二人とも、まぁ仕方ないか、、、という様子で、学校へ向かった。子供たちの後ろ姿を、見送っていると、天気の良かった空が、少し陰り、風が吹いた。と、同時に、黒い大きな影が地面に映り、バサバサと音を立てて、通り過ぎていった。私は、何事かと思い、すぐさま、上を見上げた。空は、さっきと変わらない晴天で、雲一つない・・・「・・・気のせい?」私は、おかしいな、、と、首を傾げ、玄関のドアを開けた。私は一足先に、コーヒーショップにいた。倫也との待ち合わせは、12時だが、少し話を整理したくて、早めに到着していた。「この間、色々言ってくれたけど、正直、まったく理解できてないし、、、」とにかく、そういう世界が存在してる・・ということは、納得した。「納得した?・・・してるかな~?、、」私は眉を潜め、うーん・・・と唸った。『龍』が、居なくなって、1週間。居ない時間が長くなればなるほど、あの時のことが、まるっと幻覚だったのでは?、、、と思えてくる。「でも、倫也も見えてるのだから、、」そうい
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【連載小説】第71話 祝福の夜

銀座には不思議な力がある。ひとりの女性が夢を追い続け、やがて自分の店を持つ。それは誰もができることではない。だからこそ、その夜は特別だった。『クラブ・ヴィーナス』オープン初日。私は今まで生きてきた中で、あれほど多くのお客様を見たことがなかった。開店前から店の前には祝いの花が並び、階段を埋め尽くし、一階の入口から道路まで続いていた。ビルのオーナーですら、『最近ではこんな光景は見ないよ』と驚いていたほどだった。店内では次々と胡蝶蘭が運び込まれ、ご祝儀袋が手渡され、高価なシャンパンがまるでビールのように注文されていく。その様子を見ながら私は改めて思った。雅子ママは本当にすごい人なのだと。『ヴィーナス』は銀座八丁目並木通り。誰もが憧れる一等地だった。白と金を基調とした店内は上品で華やかで、正面には天井まで届く大きな生花が飾られていた。女性は三十人近く。全員が着物姿。黒服たちも黒いスーツで身を固め、店全体が祝祭の空気に包まれていた。そんな中でも雅子ママは少しも浮かれていなかった。『佐藤様、ありがとうございます』『ママの夢が叶ったな』そう言われると雅子ママは静かに微笑んだ。『いえ、まだ途中ですわ』『途中?』『この店を持つことは夢でした。でも私の夢はまだ先にありますの』その言葉に佐藤さんは声を上げて笑った。『さすがだな。普通はここで満足するものだ』『満足したら終わってしまいますもの』雅子ママはそう言ってグラスを持ち上げた。私はその横顔を見ながら思った。この人はどこまで行こうとしているのだろう。私には想像もつかなかった。その夜の店内は戦場だった。栞さんも私も席から席へ走り回り、気が付けば何時間
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【連載小説】第70話 選ばれた理由

銀座には表には出ないルールがある。それは長年働いたチーママが独立する時に、初めて見えてくる。雅子ママの独立にも、当然ながら条件があった。だがその時の美月は知る由もなかった。後になって知った時、その厳しさに驚くことになる。『ゴールド』には何十人もの女性がいた。どこへ行っても主役になれるような美しい女性。売上を持つ女性。経験豊富な女性。そんな中で雅子ママが新しい店へ連れて行くことを許されたのは、たった二人だった。栞さんと美月。栞さんは誰もが納得する人選だった。博多生まれの華やかな美人。売上もあり、銀座でも充分に通用する実力を持っていた。だが美月は違った。銀座へ来てまだ一年。ようやく街に慣れ始めた頃だった。売上もない。特別な才能もない。あるとすれば、休まずに働くことと、与えられたことを一生懸命やることくらいだった。だから美月自身が一番不思議だった。なぜ自分なのだろう。なぜ雅子ママは私を選んだのだろう。その答えはまだ分からなかった。その春。銀座八丁目並木通り。最高の立地に新しい店が誕生した。『クラブ・ヴィーナス』白と金を基調にした店内は、上品で華やかだった。大きな生花。次々と届く胡蝶蘭。新しい店特有の高揚感。店全体が期待に包まれていた。『それでは自己紹介をお願いします』雅子ママの声で最初のミーティングが始まった。店長。マネージャー。チーフ。ボーイたち。そして女性たち。みんなが明日から始まる新しい物語に胸を躍らせていた。美月もその一人だった。不安はある。けれどそれ以上に期待が大きかった。銀座へ来た時も人生が変わった。そして今、再び新しい扉が開こうとしている。明日になれば、もう後戻りはでき
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【連載小説】第64話 恋が消えた朝

美月が東京へ来た本当の理由。それは銀座で働くことでも、成功することでもなかった。高坂との長い遠距離恋愛に、答えを出したかったのだ。このまま待ち続けるのか。それとも未来へ進むのか。その答えが欲しかった。だから高坂の家の近くへ引っ越した。会いたい時に会える距離。これからは二人で同じ時間を過ごせる。そう信じていた。けれど現実は違った。高坂は忙しいの一点張り。会いたいと言っても仕事。電話をしても仕事。約束をしても仕事。美月の胸には少しずつ違和感が積もっていった。そしてある深夜。どうしても眠れず電話をかけた。『もしもし?』聞いたことのない女性の声だった。美月の時間が止まった。『えっ?高坂さんの電話よね?』『そうだけど』『あんた誰よ?』『そっちこそ誰なの?』頭の中が真っ白になった。気づけばコートも着ずに部屋を飛び出していた。高坂の家の前。何度もチャイムを押した。返事はない。ドアを叩いた。それでも出てこない。怒りと悲しみで理性が吹き飛んでいた。『高坂!出てきなさいよ!』何度目かの叫びの後、カチャ――ドアが開いた。そこに立っていた高坂の顔は、今まで見たことがないほど青ざめていた。その顔を見た瞬間、何かが終わった。『悪かった・・・』高坂はそれだけ言った。言い訳もなかった。弁解もなかった。ただ、その一言だけだった。美月はどうやって自宅へ帰ったのか覚えていない。震えだけが止まらなかった。翌日。一本の電話が入った。『昨日電話に出た純子です』美月は一瞬で怒りが込み上げた。『何の用?』『一度会ってくれませんか』断ろうと思った。でも会わなければ気が済まなかった。指定された店へ向かい、そして美月は驚いた。純子
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【連載小説】第63話 名前を呼ばれた夜

銀座へ来てから一週間。美月は毎日、まるで透明人間になったような気持ちで店に立っていた。誰にも嫌われている訳ではない。でも、誰にも気づかれない。それがこんなにも苦しいとは思わなかった。店では今日も、華やかな女性達が笑っている。着物姿の女達は皆、美しく、堂々としていた。お客様との会話も流れるようだった。政治、経済、芸能、野球。どんな話題でも自然に入り込み、絶妙な間で笑わせる。――すごい…。美月はただ圧倒されていた。その一方で、自分は席の隅で下を向き、ピーナツの殻ばかり剥いていた。何を話していいのか分からない。何か言えば場違いになる気がした。銀座へ来たことは、間違いだったのだろうか。そんな思いばかりが膨らんでいった。ある雨の夜。どうしてもバークレーのママの声が聞きたくなった。まだ部屋には電話がなく、美月は深夜の雨の中、公衆電話まで走った。『もしもし、おかあさん…』『あら美月ちゃん!どう?銀座は』その声を聞いた瞬間だった。堰を切ったように涙が溢れた。『帰りたい…。私、銀座向いてない…。』『何言ってるの!まだ一週間でしょう!』ママの声が急に強くなった。『どうして無視されてると思う?物事には原因があるの。美月ちゃん、もっと根性あると思ってたわ』『……』『帰るのなんていつでも帰れるでしょう。だったら、ちゃんと見なさい。周りを』その言葉に、美月はハッとした。そうだ。私はただ、“頑張ってるつもり”だっただけかもしれない。翌日から、美月は店の女性達を観察した。誰一人、下を向いていない。みんな、「私はここにいる」と全身で伝えていた。銀座では、黙っている女は存在しないのと同じだった。そんなある日。石川
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【連載小説】第62話 透明な夜

『ゴールド』にはオーナーママの環ママがいたが、実際に店を切り盛りしていたのは雅子ママだった。銀座八丁目、並木通り沿い。名だたる高級クラブが並ぶ中でも、『ゴールド』は別格の存在感を放っていた。席に座る女性たちは皆、地方なら間違いなくナンバーワンを張れるような人ばかり。笑い方。グラスの持ち方。着物の裾さばき。どれを取っても洗練されていた。美月は店の空気に飲まれながら、自分だけが場違いな場所へ来てしまったような気持ちになっていた。『あら、滝沢さんいらっしゃいませ』雅子ママは、店に入ってきた恰幅の良い男性の元へ急いだ。『今日はこの前話していた、田舎から出てきた親戚の子が初出勤なのよ』その言葉に、美月は一瞬だけ戸惑った。――親戚?どうしてそういう紹介になったのか分からなかったが、口を挟める空気ではなかった。『こんばんは……』それだけ言うのが精一杯だった。喉が張り付いたように声が出ない。何を話せばいいのか分からない。地方ではそれなりに場数を踏んできたはずだった。店を任されたこともある。お客様との会話にも自信があった。なのに銀座では、言葉ひとつ出てこない。雅子ママはそんな美月の異変をすぐ察したのだろう。自然に会話へ入り、場を白けさせることなく空気を流してくれた。その姿は見事だった。誰にも気を遣わせない。けれど、誰よりも周囲を見ている。――これが銀座の女…。美月はただ圧倒されていた。その夜は、何もかもが一瞬で過ぎていった。笑い声。氷の音。煙草の煙。香水の香り。すべてが夢の中のようだった。けれど美月には、自分がその空間に存在している感覚がなかった。田代さんの席では、最後までほとんど口を聞いてもら
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【連載小説】第61話 銀座デビューの日

人は人生の中で、 “すべてを懸けてもいい”と思える瞬間に、何度出会えるのだろう。 あの頃の美月は、まさにそんな場所へ向かおうとしていた。 住み慣れた街を離れ、 誰も知らない東京へ。 しかも行き先は――銀座。 華やかさの裏で、 女の意地も、孤独も、欲望も渦巻く街。 けれど美月には、どうしても行かなければならない理由があった。 高坂との曖昧な遠距離恋愛。 先の見えない関係。 待つだけの時間。 もうこれ以上、自分の人生を“途中”のままにしたくなかった。 だから決めた。 もしこの仕事を続けるなら、 日本一の場所で勝負しよう、と。 店長は銀座行きを伝えると、驚くほどあっさり送り出してくれた。 麗子ママは「そう」とだけ言った。 美涙さんだけは、 「美月ちゃんなら絶対大丈夫。いつか自分のお店を持つのよ」 と、自分のことのように喜んでくれた。 川崎先生のことだけが気掛かりだった。 けれど、もう流れは止まらなかった。 部屋探しも拍子抜けするほど簡単に決まり、 美月は台東区の古いコーポへ引っ越した。 壁は薄く、隣の咳払いまで聞こえる。 お世辞にも“理想の東京生活”とは言えなかった。 それでも駅が近い。 そして何より、 “いつでも逃げ帰れるように” 荷物は最小限だった。 自信がなかったのだ。 銀座で本当に通用するのか――。 そして迎えた、銀座初日。 付け下げ以上の着物着用。 淡いピンクの付け下げに、 銀糸の入った灰色の帯。 地方では十分綺麗だったその着物も、 銀座へ向かう電車の中では急に頼りなく見えた。 しかも、一度しか行ったことがない店。 どの通りも同じに見える。 気づけば完全に迷子だった。 時計
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【連載小説】第58話 銀座に呼ばれる夜

その瞬間からだった。美月の頭の中は、“銀座”という二文字で埋め尽くされた。一度も働いたこともない。一度も足を踏み入れたこともない。それなのに――。まるで遠くから誰かに名前を呼ばれているような、不思議な感覚が胸の奥で鳴り続けていた。もしかしたら。川崎先生のお姉さんに会えば、何かが変わるかもしれない。いや、変わるのではない。もう人生そのものが、そこへ向かって動き始めている気さえした。『おかあさん、私ね…銀座へ行ってみたい』バークレーのカウンターで、私はぽつりと呟いた。『あら、急ねぇ』『だって今のままここにいても、何か違う気がするの。最近のお店、息苦しくて…』指名争い。売上争い。女同士の牽制。誰かが笑えば、誰かが嫉妬する。そんな空気に、もう疲れていた。『それでね、川崎先生のお姉さんが銀座のママさんなの。この前、週刊誌に載ってたのよ』『まあ…』ママは少し驚いたように目を細めた。『銀座のママなんて大したものよ。あの街はね、華やかに見えて本当に怖いところ。覚悟のない人間は簡単に飲み込まれるわ』『でも私、一度行ってみたい』『ふふっ、美月ちゃんらしいわね』ママは笑いながらも、どこか真剣な顔をしていた。『ただね。銀座って“選ばれる街”なの。誰でも立てる場所じゃないのよ』その言葉が、なぜか胸に残った。――選ばれる。私はその夜、眠れなかった。高坂は東京へ行ってしまった。遠距離になってから、心のどこかにぽっかり穴が空いたままだった。会いたいのに会えない。声を聞けば寂しくなる。そんな曖昧な毎日の中で、銀座という街だけが妙に鮮明に見え始めていた。数日後。川崎先生が東京から戻ってきた。『先生!どうだった?』
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【連載小説】第54話 終わりの理由

それは、あまりにも突然だった。閉店前の静かな店内で、正木店長がぽつりと口を開いた。『……話があるんだ』その顔を見た瞬間、いい話ではないと分かった。『この店、今月で閉めることになった』一瞬、意味が理解できなかった。『え……?どうして?最近、少しずつ良くなってきてたじゃないですか』『……理由は聞かないでくれ』そう言いながらも、店長の声はどこか揺れていた。『納得できません』思っていたより、強い声が出た。『私、この店を任されて……ちゃんとやってきたつもりです』その言葉は、自分に言い聞かせるようでもあった。しばらく沈黙が続いたあと、店長は観念したように息を吐いた。『……俺が悪いんだ』空気が変わった。『女房がな、入院してるんだ』ぽつりぽつりと語られる言葉。『金が必要で……最初はほんの少しのつもりだった』でもそれは、止まらなかった。気づけば、戻れないところまで来ていた。『……ばれるのは時間の問題だった』その瞬間、美月は胸の奥がざわついた。——もしかして。私がつけていた、あの日計表。けれど、その言葉は飲み込んだ。『麗子ママには、全部話した』『店は閉める。でも罪は問わないって言ってくれた』店長は、どこか救われたような顔をしていた。『……だから俺は、なんとしても全部返す』その言葉は、重かった。何が正しくて、何が間違っているのか。分からなくなった。ただひとつ確かなのは——この場所が、終わるということだった。それから数日で、店は静かに幕を下ろした。あっけないほど、何も残さずに。私はまた、元の店に戻ることになった。あの、笑っていてもどこか張り詰めている場所へ。正直、気が進まなかった。ここで終わっていた方
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【連載小説】第52話 壊れる音

その夜だった。2階から、ただならぬ声が響いてきた。『やめて!その手を離して!』『ふざけるな!どれだけ探したと思ってるんだ!』空気が一瞬で変わった。——来た。幸ちゃんの、あの男だ。心臓が嫌な音を立てる。電話をかけようとする指が震えて、うまく動かない。それでもなんとか店長に連絡を入れた。『今すぐ行く!危なかったら警察を呼べ!』受話器を置いた瞬間、上から鈍い音が響いた。もう、待てなかった。ドアを開けた瞬間、息を呑んだ。幸ちゃんの顔が、変わっていた。腫れ上がり、涙と恐怖で歪んでいる。『その手を離しなさい!』声が、自分でも驚くほど強かった。男はゆっくりこちらを見た。『……誰だ』低く、濁った声だった。『この店の者です』『これは夫婦の問題だ。引っ込んでろ』その一言で、空気が凍る。——違う。これはもう、夫婦の問題じゃない。『出て行くのは、あなたの方です』とっさに嘘をついた。『警察、呼びましたから』男は一瞬だけ笑った。『いいじゃねえか。呼んでみろよ』その時、店長が駆け込んできた。『子どもは!?』その一言で我に返る。部屋の隅に、小さく丸まった影。震えている。私は何も考えず、その子を抱き上げた。『大丈夫、大丈夫だから』そう言いながら、自分に言い聞かせていた。1階に降りたあとも、上では言葉がぶつかり続けていた。やがて——声が変わった。怒鳴り声ではなく、崩れるような声に。『……俺は、全部分かってたんだ』男が、泣いていた。『会社に切られて……酒に逃げて……全部、自分のせいなのに』『あなた……』『お前にも当たって……最低だった』言い訳じゃなかった。遅すぎる、本音だった。『もうやめて』幸ちゃんの声は、静かだっ
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【連載小説】第46話 戻る場所

その夜——店長が、わざわざ部屋まで来てくれた。『ただいま。店長、一緒です』ドアの向こうで、美涙は立ち尽くしていた。『……すみませんでした』言葉より先に、深く頭を下げる。その姿は、今まで見たことがないほど小さかった。『顔、上げろ』店長の声は、いつもより低かった。『いなくなった時は驚いたぞ』『……はい』『何があった』逃げ場のない問い。美涙は、静かに話し始めた。結城のこと。新宿の店のこと。そして——自分の甘さのこと。すべて話し終えたとき、部屋にはしばらく沈黙が落ちた。『……そうか』店長は、ゆっくり頷いた。『バンスは払ったんだな』『はい……五十万』『そうか。それでいい』意外な言葉だった。『金は戻らん』『でもな——』『帰ってこれたことの方が大事だ』その一言で、張り詰めていたものが崩れた。『……はい』涙がこぼれる。『あのままだったら、もっと面倒なことになってた』『だから今回は——交通事故だと思え』その言葉は、乱暴で、でも優しかった。『明日からまた来い』『えっ……いいんですか?』『何言ってんだ』店長は、少しだけ笑った。『うちの看板だろ』その一言で、すべてが救われた気がした。『……ありがとうございます』涙が、止まらなかった。——そして翌日。『美涙さん、お電話です』何気ない一言。けれど——『……もしもし』『やっぱり戻ったか』その声を聞いた瞬間、血の気が引いた。『……俺だよ』結城。『なんで戻った?』低い声。昨日までの優しさは、どこにもなかった。『今、仕事中なの』声が震える。『明日、電話する』それだけ言って、切った。呼吸がうまくできなかった。『店長……』その名前を呼ぶだけで、少しだけ安心した。『あい
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【連載小説】第43話 消えた夜

バークレーの扉を開けた瞬間、いつもの温かい空気が流れてきた。『おかあさん、こちら結城さん』美涙の声は、いつもより少しだけ高かった。『今日初めて会ったのに、すごく相性がいいの』その言葉に、ママはどこか引っかかるものを感じた。『結城さんね』ママは静かに微笑み、じっとその顔を見た。『……東京の方ね』『分かりますか?』『ええ、なんとなく』その“なんとなく”の奥に、何かを探るような気配があった。『占ってほしいの』美涙は、無邪気にそう言った。ママは少しだけ間を置き、結城の手を取った。『……難しい手相ね』その一言で、空気が変わる。『孤独の星が出てるわね』『それに——人を寄せ付けない距離を感じるわ』結城は笑った。だがその笑いは、どこか乾いていた。『そんなこと、考えたこともないな』『そう……ならいいけど』ママの声は、少しだけ曇っていた。その時だった。『このあと、二人でどこか行かない?』結城が、美涙の耳元で囁いた。甘い声。逃げ場のない距離。『……どうしよう』その一瞬、美涙の心が揺れたのが分かった。『今日はやめた方がいいですよ』美月は思わず言ってしまった。理由は分からない。けれど——嫌な予感がした。『そうね……今日は帰るわ』その夜は、それで終わった。——終わったはずだった。翌日。その次の日も。結城は店に現れた。そして同じように、美涙を指名した。『今夜は、二人で』その手が、静かに触れる。拒む理由は、どこにもなかった。いや——本当は、あったのかもしれない。けれどその時にはもう、遅かった。その夜、二人は店を出た。暗闇の中へ、吸い込まれるように。——それが最後だった。3日後。『……美涙さん、今日も来てないの
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【連載小説】第42話 優しい罠

その夜も、店は何事もなかったかのように賑わっていた。麗子ママは退院したものの、もう店に姿を見せることはなかった。その空白を埋めるように、奈々ママは、以前にも増して堂々と店に君臨していた。『美涙さん、お願いします』新規の客だった。——綺麗な人。そう思ったのは、顔立ちだけではなかった。『こんばんは』その声の柔らかさに、思わず気持ちが緩む。『美涙です』『いい名前だね』ただそれだけの言葉なのに、なぜか胸に残った。(……素敵な人)美涙は、久しぶりに自分の心が揺れるのを感じていた。『お名前教えていただいてもいいですか?』と緊張していつもと違う声になった。『結城です』差し出された名刺。整った所作。自然な距離感。すべてが、心地よかった。『東京から来てるんだ』その一言で、さらに特別な存在に見える。『よかったら、明日お食事でも行きませんか?』気づけば、自分から誘っていた。そんな自分に、少し驚く。——でも、止められなかった。『あの……こんばんは』そこへ、美月が入ってきた。『美月です』結城の視線が、一瞬こちらに向いた。その目は、人を見抜くような静けさを持っていた。(……この人)美月は何かを感じたのに、言葉にはできなかった。そして魔法にかかったような時が過ぎいつの間にかラストになろうとしていた。『この後、どこかに行かない?』美涙の声は、すでに少し甘くなっていた。『いいね』結城は、迷いなく頷いた。その自然さが、逆に怖いほどだった。『バークレーに行きましょうよ』『占いが当たるのよ』『面白そうだね』すべてが、あまりにも滑らかに進んでいく。『美月ちゃんも行こうよ』断る理由はなかった。けれど——なぜか、胸の奥に小
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【連載小説】第41話 偽りのぬくもり

白い壁に囲まれた特別室。機械の音だけが、静かに響いていた。麗子は、ゆっくりと目を開けた。『……あなた?』かすれた声。『麗子……!大丈夫か』その声には、安堵と焦りが混ざっていた。『ごめんなさい……私……』『いいんだ、もう何も言わなくていい』そう言いながらも、社長の手はわずかに震えていた。『……どうして、こんなことになったのか聞いてほしいの』その一言に、空気が変わる。『この前のことだろう?もう終わった話じゃないか』『違うの』麗子は、ゆっくり首を振った。『あなたの浮気……今に始まったことじゃない』沈黙。『私ね……分からなくなったの』『何のために生きているのか』『何をしても、全部むなしくて……』『食べても、何も感じないの』その声は、あまりにも軽くて、逆に重かった。『もうやめてくれ……』社長は顔を歪めた。『お前には怜香がいるだろう』『あの子は……強い子よ』『私がいなくても……生きていける』『そんなこと言うな!』その声は、初めて“本音”に近かった。『これからはちゃんとする』『早く帰る。家族で……やり直そう』その言葉に、麗子は目を閉じた。『……ありがとう』『私、もうこんなことしない』『時間がかかっても……自分の生きる意味、探すわ』その言葉は、決意のようでいて——どこか、頼りなかった。社長は静かにうなずいた。そして——そっと病室を抜け出した。深夜の廊下。無機質な光。電話ボックスに入り、番号を押す。『……もしもし』『由美子か』その声は、先ほどとは別人のようだった。『会えなくなった』短く、告げる。『どうして?』『事情がある』『またそれ?私、いつも待ってるだけじゃない』苛立ちが、はっきりと伝わる。『
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【連載小説】第40話 崩れた夜

『もしもし……美涙ですが』その声は、次第に変わっていった。『……え?まさか……』受話器を持つ手が、わずかに震える。『分かりました。すぐ行きます』電話を切った瞬間、その場の空気が一変した。『どうしたの?』『……ママが倒れたの』一瞬、誰も言葉を失った。『今、病院に運ばれてるって。店長が呼んでるの』『倒れたって……ただ事じゃないわね』『自宅のお風呂みたい』その一言で、不吉なものが胸をよぎる。私たちは、急いで店を出た。夜の街を切り裂くように、タクシーが走る。そして辿り着いたママの家。『静かに』店長は小さく言った。『今、やっと寝たところだ』いつもの威圧感はなく、どこか疲れきった顔だった。『命に別状はないらしいが……状態はよくない』その言葉の重さに、誰も軽く頷けなかった。『……病気じゃない』その一言で、空気が凍りつく。『風呂場でな……』それ以上の説明はいらなかった。頭の中に、光景が浮かぶ。血の色。流れる水音。返らない声。『どうして……』誰かが小さく呟いた。『最近、かなり痩せてたからな……』店長の言葉は、それだけだった。あの時の笑顔。あの時の言葉。すべてが、嘘のように思えた。『悪いが……ここは頼めるか』店長はそう言って、静かにその場を離れた。残されたのは、重たい沈黙だった。『ママ……』誰もが、同じことを思っていた。強く見えた人が、一番脆かったのかもしれない。『お店、どうなるんでしょうね……』ぽつりと誰かが言う。『大丈夫よ』美涙が静かに答えた。『今までだって、みんなでやってきたじゃない』その声は落ち着いていた。けれど——どこか遠くを見ていた。夜は、まだ終わっていなかった。
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【連載小説】第35話 女の業

救急車のサイレンが遠ざかり、 社長宅には妙な静寂だけが残った。 まるで、何事もなかったかのように。 ——けれど、何かが確実に壊れていた。 麗子ママの興奮は、まだ収まらなかった。 このままでは終われない。 そう言わんばかりに、低い声で口を開いた。 『説明して』 東の空が白み始めている。 夜が終わりかけているのに、 この家の中だけはまだ“夜”のままだった。 『……』 『いったい、あの女といつからなの』 『すまなかった。でき心だ』 その一言が、火に油を注いだ。 『うそ言わないで。 でき心で、あんな女がここまで来るわけないでしょ』 沈黙。 『あいつは……可哀想なやつなんだ』 『両親を事故で亡くして、ひとりで生きてる』 『だから何?』 その言葉には、容赦がなかった。 『それに妹もいるらしいが、行方が分からないらしい』 『……あなた、それ全部ただの言い訳よ』 麗子ママの目は、もう冷えていた。 『こんな時間だ。怜香も起きてくる』 『また後で話そう』 逃げるように、男は書斎へと消えていった。 『私、今日のことは許さないわ』 その言葉だけが、静かに残った。 翌朝。 『おはようございます』 いつも通りの声で店に入った美月は、 すぐに異様な空気に気づいた。 ——何かあった。 『チーフ、おはようございます。何かあったんですか?』 『ああ……いや、別に』 明らかに“別に”ではなかった。 店のあちこちで、 小さな声が渦巻いている。 『昨日、ママの家で事件があったんだよ』 その一言で、空気が変わる。 語られるのは、夜の裏側。 愛人。 乗り込み。 流血。 どこか現実味のない話なのに、 妙に生々しい。 『そんな
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【連載小説】第34話 夜の代償

そこは、美月が勤める麗子ママの自宅だった。 地方とは思えないほど瀟洒な一戸建て。 外から見れば、何不自由ない暮らしに見える。麗子ママの夫は実業家だった。 だが、その実態を知る者は少ない。 二人の間には二十歳の年の差があり、 再婚だという噂もあった。 そして、麗子ママには、もう一つの過去があった。 銀座でナンバーワンと呼ばれた女。 だが、ある出来事をきっかけに この街へと移り住んだのだという。 逃げるように。 その夜、すべてが静かに崩れ始めた。 寝る前の、わずかな時間。 『今夜はどうだった?』 『まあまあね』 『最近、売上が落ちているんだろう。 新しい子を入れた方がいいんじゃないか』 『あなた——お店のことには口を出さない約束でしょ』 麗子ママの声には、はっきりとした苛立ちが滲んでいた。 ——ドンドンドン。 チャイムではない。 扉を叩きつけるような音だった。 『こんな時間に、誰……?』 『どなたですか?』 沈黙。 『どちらさまですか?』 『……社長!社長いますか!』 空気が、一瞬で変わった。 ドアを開けたその瞬間、そこには、ずぶ濡れの若い女が立っていた。 髪は乱れ、目は血走り、 まるで鬼のような形相だった。 『もう……私、我慢できないんです』 『あなた、誰なの?』 『社長の……』 その言葉を聞いた瞬間、 麗子ママの表情が変わった。 すべてを悟った顔だった。 『返してください』 『は?何を言ってるの?』 『あの人を、私に返して』 静かだった夜が、音を立てて壊れていく。 『いい加減にしなさい!』 麗子ママの声が鋭く響いた。 『うちの人は“物”じゃないの。 あなたに渡すものなんて何もな
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【連載小説】第31話 運命の扉

ある地方銀行に勤める、ひとりの地味な女の子がいた。 名前は、美月。 出納係という少し特殊な部署で、 毎日、現金と向き合う仕事だった。 来る日も来る日も、 一万円札を数え、束ねる。 その小さな疑問は、 いつしか胸の奥で静かに膨らみ続けた。 やがて銀行の建物に足を踏み入れた瞬間、 世界がぐらりと揺れるようになった。 視界が回る。 息が詰まる。 それが何なのか分からないまま、 ただ「このままではいけない」とだけ感じていた。 限界は、思ったよりも早く訪れた。 美月は誰にも相談せず、 静かに銀行を辞めた。 そんなある日、 友人から、市内でも最大級のクラブで 事務員を募集していると聞かされた。 クラブ それがどんな場所なのかも知らないまま、 美月は面接へ向かった。 扉を開けた瞬間、 そこはまるで別世界だった。 シャンデリアの光。 真紅の絨毯。 重厚な本革のソファ。 すべてが現実離れしていて、 自分が場違いな場所に来てしまったのではないかと、 一瞬、足がすくんだ。 ここには、どんな人が来るのだろう。 想像すらできなかった。 バックヤードの一角にある事務室。 美月はそこで、昼間の経理として 働くことになった。 オーナーは、この店のほかにも 建設会社や中古車販売を手がける実業家。 そして麗子ママは、その妻だった。 美しい人だった。 けれど、 どこかに、言葉にできない影を宿していた。 仕事にも少しずつ慣れてきた頃。 普段はめったに顔を出さないママが、 ふらりと事務所に現れた。 『今日ね、女の子が三人も休んでしまって…… 美月ちゃん、お店を手伝ってもらえないかしら』 あまりにも突然の申し出だった。
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【連載小説】第23話 危うい恋の入口

あの夜から、 萌の世界は変わってしまった。 ネオンの下で出会った拓海の顔が何度も何度も浮かんでくる。 思い出すたびに、 胸の奥がふわりと熱くなる。 それが恋だと、 萌はまだ大人になりきれなかった。 深夜の帰宅は始めてだったので家のドアを開けるのに多少の抵抗があったが 今の萌には何もかもがバラ色に見えて夢を見ているような陶酔状態だった。 『ただいま』 といつもと同じように居間に入ったとたんその夢から現実に引き戻されたように雅子と恒さんが鬼のような形相で待っていた。それから小一時間正座でみっちり叱られて自分の部屋に戻った時は もう母親の言葉も恒さんの泣き声も消えていた。 明日になったら電話してみようともう一度、電話番号が書いてあるメモ用紙を見つめた。 そこには数字が書いてあるだけなのに宝物のように思えて仕方がなかった。 次の日。。。 何度も電話番号を見て かけようとして、やめる。 また見つめる。 胸の鼓動がやけにうるさい。 そしてついに指が動いた。 呼び出し音が1回、2回。 その時だった。 『昨日の萌ちゃんだね』 その声を聞いた瞬間、 萌の心臓は跳ね上がった。 『は、はいそうです。昨日はありがとうございました』 『嬉しいなぁ、まさか電話もえるなんて期待してなかったから』 『お礼が言いたくて』 萌は緊張して思うように喋ることが出来なかった。 『今日は時間あるの?』 『今日ですか?』 『そう、今日』 『今日は表に出られないというか、昨日叱られちゃって』 『そう、だめかぁ、今日さ、俺の誕生日でみんなで祝ってくれるって感じなんだけど』 『えっ、今日お誕生日なの?おめでとうございます。私も参
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【連載小説】第9話 運命の取引

『どうしたんだ。泣いてちゃ分かんないよ。女将さんに叱られたのか?』『いいえ、そうじゃないの。もしかしたらだけど妊娠したかもしれないの』雅子は不安と恐怖の末に三上に助けを求めた。『医者には行ったのか?』『ううん、怖くて行ってないの』『そうかぁ、まずは薬屋へ行って妊娠検査薬があるからそれで試したら分かるからすぐにでも買いに行きなさい』『そんな薬があるの、知らなかったわ。でも私どうしよう。妊娠なんかしたらおかあさんに叱られるどころじゃないわ』『良く聞くんだ、まずは検査薬で検査するんだ。それで結果を教えてくれ。どっちにしても会って話そうな。今日の夕方会えないか?休みだろ、少しの時間なら作れるだろ』『わかったわ、これから薬屋に行ってみる。近所じゃまずいから隣町まで行かないといけないわね。じゃ夕方6時にこの前の喫茶店で待ってる』雅子は気がついていた。検査をするまでもなく妊娠したのは間違いないと確信していた。それは同時に三上の子を宿したということになる。だが三上は結婚しているから生むわけにはいかないのだろう。この先どうなってしまうのか雅子は目に見えない沼に沈んでいくようだった。その数時間後。待ち合わせの喫茶店は街の外れの細い路地の入口にありレトロ風の落ち着いた雰囲気の店だった。『三上さんやはり私、妊娠してたの。検査薬で試したら妊娠してるというサインが出てしまったのよ。どうしよう』と止めどもなく流れる涙をハンカチでそっと押さえた。それは喜びではなく、逃げ場を失った確信だった。『そうか、俺に任せてくれるか?』『何を?何を考えているの?』『まず妊娠は間違いないみたいだな。この先の話を誤解しないで聞
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【連載小説】第5話 白山の約束

花街の廊下の陰で囁く芸者達。三味線の音が止まる一瞬、雅子が櫻木の子供を宿したという噂に花が咲いた。やがて花街中がその噂でもちきりになり中でも二人は結婚するのかしないのか?本当に櫻木の子供なのか面白半分妬み半分の話で大騒ぎになっていた。その当事者の雅子はそんな噂も耳に入らず『蔦乃屋』の奥座敷で少しづつ成長するまだ見ぬ我が子を愛おしむような生活をしていた。「この子は私だけの子。夢の実現のために誰にも干渉されないで生まれてきてほしい」と密かに思いながら穏やかな毎日を過ごしていた。櫻木は数える程しか雅子に会い来なかった。というのは雅子に情が移るのがまずいような気がしたからだ。結婚をせがまれても面倒だと頑なに今の生活を守ることしか頭になかった。雅子のほうもさほど会いたい相手でもなかったのでそのほうがかえって好都合だった。それから数ヶ月経ったある日、東京に初雪が降った深夜に玉のような女の子がこの世に誕生した。櫻木から有り余る程の生活費を貰っていた女将はある計画を立てていた。その計画とは櫻木からこの赤ん坊の一生分の養育費を貰い置屋はこの際廃業して生まれ故郷に帰り悠々自適な生活がしたいと思っていた。赤ん坊が生まれてすぐに櫻木に連絡したところ夜中にもかかわらず、すぐに行くと言っていきなり電話が切れた。赤ん坊が生まれたタイミングが一番養育費の話しが有利になると思った女将は病院の玄関で今か今かと櫻木を待っていた。それから30分後、あれほど身なりに隙のない櫻木が寝起き姿と思えるほど髪は乱れ取る物も取り敢えずというような出で立ちで産婦人科の病院に駆け付けてきた。『櫻木さんお待ちしてました。おめでとうござ
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