この話は、「虹」というひとりの人間の一生の1部分を、4つ切りとって描いた短編集です。
恋愛も時々で変化していきます。虹の成長とともに、愛情の変化についても楽しんでいただけたら幸いです。
「ドングリ、ドングリ わーい、いっぱい!」
いつも遊び場は裏山にある神社。小高い丘のてっぺんにあって、景色が最高にいい。今日は大好きな隣の家のお兄ちゃん・ユウちゃんのお誕生日にあげるドングリをたくさん集めているんだ。
ユウちゃんは1歳年上の6歳。
今ユウちゃんは小学校に行っているので、私よりも帰りが遅い。
私のパパとママはいつも夜遅くまで働いているので、私はいつもユウちゃんのママに預けられている。
だからユウちゃんは本当のお兄ちゃんのようだ。
実際にユウちゃんはとても優しい。ユウちゃんママもとても優しくて、私はほとんどの時間をユウちゃんの家で過ごしている。
幼稚園が早く終わるので、ユウちゃんが帰ってくるまでの間が待ち遠しい。
でも今日は、あまり早く帰ってきてほしくない。
ユウちゃんの誕生日プレゼントのドングリをたくさん集めて、びっくりさせるんだ。
神社にはドングリの木がたくさん植えてあって、ドングリはたくさん落ちている。
「ドングリ、ドングリ」
ビニール袋いっぱいになるくらい、たくさんドングリ集めるんだ。
「わあーあっち、いっぱい!」
いつもは行かない裏山の奥、神社にあるドングリよりも粒が大きい。
「わあー、おっきー、嬉しい」
ユウちゃんはきっと喜んでくれる。そう思ったら、やる気がでて、どんどん取ってさらに奥へ。人が足を踏み入れないその場所は、枯れ葉がたくさん落ちていた。
「あっ!」
その枯れ葉に足がすべって、そのままコロコロ。山の奥側へと落ちていく。
とっさにドングリの入った袋を握りしめる。
そのまま滑り落ちて、反対側の斜面のかなり下の方で止まり、そこで動けなくなった。
1人で誰にも見つけてもらえずに心細い。
「わーん、ユウちゃん、助けてよー、ユウちゃん!」
ようやくせきをきった様に声がでる。
声がでて、1番に助けを求めたのは、パパでもママでもなくユウちゃんだった。
まだお家に帰っていないかもしれない。もし神社にきてたとしても、気づいてくれないかもしれない。
でも・・・ユウちゃん、助けてよー。
「わーん、わーん」
大声で泣き叫ぶ。無情にも誰かが助けてくれることはなく、時間が過ぎた。
そのうちに空の雲行きが怪しくなり、雨が降ってきた。
雨に濡れながら、不安が大きくなる。
雨に濡れると冷たいので、まわりの葉っぱをかき集める。首から下を葉っぱにうずめて、それでも寒さは強くなる一方だ。
濡れてしまわないように、ドングリの入った袋を服の中に入れる。
雨音も風も強くなる。横なぐりの雨は容赦ない。
この雨音じゃ、声も届かない。
どうしようー、何もいい考えが思いつかない。
「コウ、コウどこだ?」
そんな時、かすかに聞こえた聞き覚えのある声。
「ユウちゃん?」
幻?
そう思っていると、もう一度。
「コウ、コウどこだ?いたら返事しろ!」
ユウちゃんだ、ユウちゃんが助けにきてくれた。
「ユウちゃん、ユウちゃん!」
最後の力をふり絞って、必死に叫ぶ。
すぐに、青いかさをさしたユウちゃんの顔が見えた。
「コウ、こんなところにいたのか、大丈夫?」
1歳しか年が違わないので、ユウちゃんだってたいして身体が大きいわけでもないのだけど、この時ばかりは妙にりりしくて、誰より、何より頼もしく見えた。
葉っぱに足を取られないように気をつけながら、ゆっくりとくだってくる。
「コウ、けがは?」
「うーん、足くじいたかもしれない・・・」
ユウちゃんはびちょびちょの葉っぱの中から、引っ張りだしてくれた。
「コウ、なんでこんなところにいたんだ?いつもの神社かと思って行ってもいないし、雨は降るし、心配したんだよ」
ユウちゃんに言われてうなだれる。
「ごめんなさい・・・」
ぽろぽろと溢れる涙をユウちゃんは指でゴシゴシとぬぐう。
「足痛い?」
「うううん、大丈夫」
首を振ったものの、歩いて帰るには少し辛い気がした。
「神社で雨宿りしょう。寒くない?」
ユウちゃんは自分の着ていたジャンパーを着せてくれた。
「あったかい!」
ユウちゃんの体温の残るジャンパーはとてもあたたかかった。
それからしばらく雨宿りをしていると、やがて雨はやみ、太陽が顔をだす。
「コウ、おいで」
ユウちゃんが小さな背中をだしてくれる。
「ユウちゃん、いいよ、歩くよ」
びちょびちょの私をおんぶしたら、ユウちゃんまでびちょびちょになっちゃう。
「足痛いんだろう、いいよ、おいで」
優しいユウちゃんにはすべてがお見通しだ。
「ユウちゃん・・・ありがとう」
ユウちゃんの背中にしがみつく。ユウちゃんはしっかりと背負ってくれ、ゆっくりとした足取りで家への道を戻り始めた。
「うわー、コウ空見てみろ」
ユウちゃんの言葉に見上げると、そこには大きな「虹の橋」がかかっていた。
「うわー、きれい!ユウちゃん、きれいだね」
「うん、きれいだね。コウの名前はきれいな名前だ」
ユウちゃんの言葉の意味を考える。
そうだ!コウの漢字は「虹」だった。
その日見上げた虹は最高にきれいで、私の心の中に鮮やかに焼き付いた。
その後、お家に帰り着いてからは大変だったけど。ユウちゃんのママはすぐにお風呂に入れてくれ、くじいた足にも湿布をしてくれた。
服を脱いだ時にビニール袋いっぱいのドングリが見つかり、結局ユウちゃんへのサプライズ誕生日プレゼント計画はあっけなく失敗した。
それでもユウちゃんは「ありがとう」って言ってくれた。
それがとても嬉しかった。
私にとって、初めて虹を見た時の記憶はこの時だ。
それは同時に、自分の名前が「虹」でよかったと思えた瞬間でもあった。
またユウちゃんと虹が見たいな・・・
きれいな虹に思いをはせて、私は心の中でそう呟いた。
1部完 2部につづく・・・