恋のイルミネーション ―きらめきの距離と、ほどけない想い―第2章

恋のイルミネーション ―きらめきの距離と、ほどけない想い―第2章

コンテンツ
音声・音楽
この物語は「恋のイルミネーション物語」の第2部の作品です。


■登場人物(第2部最適構成)
◆メイン(物語を動かす)
星野 るな(主人公)
桐生 蒼(恋の相手)

◆準メイン
白雪 ひかり(経験者・支え)
小日向 まな(気づき担当)
橘 ゆずは(現実ツッコミ)

◆サブ
朝比奈 透(恋の完成形サンプル)
白雪 母(日常の温度)



第2章は初夏の物語です
この物語から次の曲『蛍色イルミネーション』が生まれました。
現在、いつも利用している配信業者から別の配信業者に変更して
曲を登録しました。本来は6/5リリース予定でしたが6/15リリース致しました。曲タイトル『蛍色イルミネーション』




第2章 蛍色イルミネーション編

第1節「蛍が見えるらしいよ」

 六月の終わり。

 雨上がりの空気は、少しだけ夜の匂いを早く連れてくる。

「るな先輩っ!」

 放課後の廊下に響いた声に、私はゆっくり振り返った。

 そこには、今日も元気いっぱいの小日向まなが立っていた。

「……近い近い」

「えへへ、すみませんっ。でも聞きました!? 今年、川沿いで蛍イベントやるらしいですよ!」

「蛍?」

 聞き返すと、まなは「そうです!」と目を輝かせる。

「駅前の商店街と合同でやるみたいで! 初夏イルミネーションも試験点灯するんだって!」

「へぇ……」

 私は窓の外へ視線を向けた。

 雨粒を残したグラウンド。
 曇りかけた夕空。
 少し湿った風。

 もう、夏が近い。

「絶対綺麗ですよねぇ……蛍とイルミネーションって、なんかエモくないですか!?」

「急に語彙がTikTokなんよ」

「だってほんとにエモそうなんですもん!」

 まなは両手をぱたぱた振りながら興奮している。

 その様子が少し可笑しくて、私は小さく笑った。

「るな先輩、蛍とか見たことあります?」

「んー……小さい頃に一回くらい?」

「えぇー! じゃあ行きましょうよ!」

「なんで即決なの」

「だって青春ですよ!? 初夏! 夜! 川! 光る虫!」

「最後だけ急に雑」

「でも絶対ロマンチックです!」

 その言葉に、私は少しだけ視線を逸らした。

 ロマンチック。

 ……そういうのは、ひかり担当だと思っていた。

 私は別に、
 恋に一直線なタイプじゃない。

 甘いもの食べて、
 友達と笑って、
 それで十分楽しかった。

 ……少なくとも、
 少し前までは。

「るな?」

 不意に聞こえた声に振り返る。

「あ、ひかり」

 教室の入り口に立っていたひかりが、ふわりと笑った。

「何の話してたの?」

「蛍です! 蛍イベント!」

「え、もうそんな季節なんだ」

「ですよねぇ!」

 まなは再びテンションを上げる。

「しかも今年、試験点灯イルミもやるらしいですよ!」

「試験点灯?」

「冬のイルミネーションの準備みたいです!」

「あー……」

 ひかりが納得したように頷く。

「去年より範囲広げるって聞いたかも」

「そうなんですか!?」

「透先輩のお兄さんが商店街の手伝いしてるから」

「あー、なるほど」

 朝比奈兄弟、相変わらず地域密着型だなぁ。

 なんて思いながら、
 私は机に頬杖をついた。

「でも不思議だよね」

 ひかりが窓の外を見ながら呟く。

「冬のイルミネーションって、“ちゃんと綺麗”って感じなのに、蛍ってもっと静かな感じする」

「わかります!」

 まなが勢いよく頷く。

「なんか……見つけた人だけが知ってる光って感じ!」

「……それ、ちょっといいかも」

 気づけば、そんな言葉が口から零れていた。

 二人が同時にこちらを見る。

「るな先輩、珍しく詩人モードですね?」

「失礼だな」

「でもわかるかも」

 ひかりが柔らかく笑う。

「蛍って、“見せる光”じゃなくて、“気づく光”って感じ」

「……あー」

 その言葉が、
 妙に胸に残った。

 気づく光。

 窓の外では、
 雲の隙間から少しだけ夕陽が差し込んでいた。

 オレンジ色に濡れた校舎。

 その光を見ながら、
 私は何となく思う。

 最近、
 気づいてしまうことが増えた。

 誰かの声とか。
 笑い方とか。
 隣にいる時の空気とか。

 前までは、
 こんなの気にしてなかったのに。

「……るな先輩?」

「ん?」

「なんか今日、ぼーっとしてません?」

「してない」

「してますよ」

「してないって」

 否定すると、
 ひかりがくすっと笑った。

「でも最近、ちょっと変わったかもね」

「え」

「なんていうか……前より、“考える顔”するようになった」

「それ遠回しに老けたって言ってる?」

「言ってないよ!?」

 慌てるひかりに、
 まなが吹き出す。

「でも私も思います!」

「まなまで!?」

「なんか最近のるな先輩、“静かにドキドキしてる人”って感じです!」

「何そのジャンル」

「えー、あるじゃないですか。少女漫画とかで」

「ないよそんな分類」

 そう言い返しながらも、
 胸の奥が少しだけ落ち着かなかった。

 静かにドキドキしてる。

 ……そんなふうに、
 見えてるんだろうか。

 その時だった。

「こんにちはー」

 廊下側から聞こえた穏やかな声に、
 私の肩がぴくりと揺れた。

「あ、桐生先輩!」

 まなが真っ先に反応する。

 教室の入り口に立っていたのは、
 少し伸びた黒髪を揺らした桐生蒼先輩だった。

 大学帰りなのか、
 ラフなシャツ姿。

 でも、
 その空気感は相変わらずだった。

 静かで、
 やわらかくて、
 少しだけずるい。



「……こんにちは」

 少しだけ遅れて、
 私はそう返した。

 たったそれだけなのに、
 自分の声が変にぎこちなく聞こえる。

「久しぶり、るな」

「……そんな久しぶりでもなくないですか?」

「そう?」

 先輩は小さく笑う。

「るなって、“そんなことないです”って言う時、ちょっと早口になるよね」

「え」

「図星だ」

「違います」

「今のは完全に図星の人の否定だったよ?」

「やめてください分析」

 まなの「わぁ青春だぁ……」という小声が聞こえた。

 やめてほしい。

 すごくやめてほしい。

「桐生先輩、大学どうですか!?」

 ひかりが空気を助けるように話題を変える。

「んー、楽しいよ。課題多いけど」

「やっぱ美大って大変なんですねぇ」

「毎日描いてる感じ」

「うわぁ……絶対私無理です」

「まなちゃんは三日で飽きそう」

「否定できません!」

 教室に笑いが広がる。

 その空気の中で、
 私はそっと先輩を見た。

 前より少し大人っぽくなった気がする。

 大学生だから当たり前なんだけど。

 制服じゃない姿。

 知らない場所の空気をまとった感じ。

 なのに、
 笑う時の目元だけは、
 あの頃のままだった。

「そういえば」

 先輩がふと思い出したように言う。

「駅前の川沿い、蛍イベントやるらしいね」

「今ちょうどその話してたんです!」

 まなが勢いよく答える。

「しかもイルミネーション試験点灯も!」

「へぇ」

 先輩は少し驚いたように窓の外を見た。

「冬前なのに珍しいな」

「地域活性化らしいです!」

「なんか最近、商店街頑張ってるよね」

「ですねぇ」

 そんな会話を聞きながら、
 私は机の端を指でなぞる。

 別に、
 特別なことなんてない。

 先輩は普通に話してるだけ。

 私は普通に聞いてるだけ。

 ……なのに。

「るな」

「っ、はい!?」

 急に名前を呼ばれて、
 思った以上に大きな声が出た。

 一瞬、
 教室が静かになる。

 まなとひかりが、
 同時ににやけた。

 やめて。

 本当にやめて。

「……そんな驚く?」

 先輩が少し困ったように笑う。

「い、いや別に」

「びっくりしただけです!」

 まなが元気よく補足する。

「るな先輩、今たぶん心拍数すごいです!」

「測ってないよね!?」

「でも顔赤いです!」

「湿度!」

「万能だな湿度」

 ひかりまで笑い始めた。

 もう帰りたい。

 いや帰らないけど。

「それで」

 先輩が小さく首を傾げる。

「蛍、見に行くの?」

「え」

「みんなで」

 その言葉に、
 まながぱっと目を輝かせた。

「行きたいです!!」

「私も気になるかも」

 ひかりも頷く。

 そして、
 自然な流れみたいに、
 三人の視線が私に集まった。

「……なんで最後私を見るの」

「るな先輩が中心人物だからです!」

「初めて聞いた」

「るなが行くなら私ももっと楽しいし」

「ひかりまで」

「で、どうする?」

 先輩が柔らかく笑う。

 その声は、
 押しつける感じじゃない。

 断ってもいいよ、
 ってちゃんと逃げ道を残してくれる声。

 ……ずるい。

 そういうところ。

「……まぁ」

 私は窓の外を見る。

 雨上がりの空。

 濡れた街。

 少しだけ早くなった夜。

 その景色が、
 なんとなく綺麗だった。

「蛍くらいなら」

 そう答えると、
 まなが飛び跳ねた。

「やったぁー!!」

「そんな喜ぶ?」

「青春イベント開催ですよ!?」

「イベント名みたいに言わないで」

「じゃあ決まりだね」

 ひかりが嬉しそうに笑う。

 先輩も、
 静かに目を細めた。

「楽しみだな」

 その一言だけで、
 胸の奥が少し熱くなる。

 ……ほんと、
 困る。

 たぶん私は、
 まだ認めたくないだけなんだ。

 この気持ちに、
 ちゃんと名前をつけるのが。

 窓の外では、
 夕暮れの街に少しずつ灯りが点き始めていた。

 まだ冬じゃない。

 まだイルミネーションの季節でもない。

 それでも。

 小さな光は、
 気づかないうちに、
 静かに灯り始めていた。



第2節「川辺の夜」

 イベント当日。

 昼間まで降っていた雨は夕方には止み、
 街には少し湿った初夏の風が流れていた。

「……蒸す」

 駅前広場へ向かいながら、
 私はうちわ代わりにパンフレットをぱたぱた振る。

 六月の夜って、
 こんなに空気重かったっけ。

「でもこの感じ、夏前って感じしますよね!」

 隣では、
 まなが相変わらず元気だった。

「元気だねぇ……」

「るな先輩が省エネすぎるんです!」

「通常運転です」

「ちなみにひかり先輩は?」

「透先輩と後から合流だって」

「あっ、デートだ」

「言い方」

 そんな会話をしているうちに、
 駅前広場へ着く。

 そこには既に、
 たくさんの人が集まっていた。

「わぁ……」

 まなが感嘆の声を漏らす。

 商店街のアーチには、
 まだ完全ではないイルミネーション。

 ところどころだけ灯る淡い光。

 試験点灯だからなのか、
 冬みたいな派手さはない。

 でもその分、
 どこか優しかった。

 白。
 薄い水色。
 少しだけ緑がかった光。

 初夏の夜に、
 静かに溶け込んでいる。

「……綺麗」

 気づけば、
 私は小さく呟いていた。

「ですよねぇ!」

 まなが嬉しそうに笑う。

「なんか、“準備中の光”って感じしません?」

「……わかるかも」

 完成されたイルミネーションじゃない。

 まだ途中の光。

 それが妙に、
 今の自分と重なる気がした。

「るな」

 後ろから聞こえた声に振り返る。

「あ」

 桐生先輩だった。

 黒いシャツに、
 少しラフなジャケット。

 夜の空気に自然に馴染んでいて、
 なんだかずるい。

「こんばんは」

「……こんばんは」

「まなちゃんも」

「こんばんはです!」

 まながぺこっと頭を下げる。

「人多いね」

「ですねぇ。思ったより」

「でも雨止んでよかった」

 そう言って、
 先輩は空を見上げた。

 雲の切れ間から、
 薄く月が見えている。

「蛍、見えるかな」

 先輩のその言葉に、
 胸が少しだけ揺れる。

 どうしてだろう。

 同じ景色を見ているだけなのに、
 隣にいる人で、
 空気って変わる。

「川沿い行ってみる?」

「はい!」

 まなが元気よく返事をする。

 そして私たちは、
 駅前から川辺へ続く遊歩道を歩き始めた。

 夜風が、
 少しだけ涼しい。

 屋台の灯り。

 遠くで聞こえる笑い声。

 橋の欄干に反射する光。

 その全部が、
 ゆっくり流れていく。

「なんかお祭りっぽいですね」

 まなが楽しそうに辺りを見回す。

「夏祭りとはまた違うけど」

「初夏祭り?」

「ネーミング雑」

「でもなんかわかる」

 先輩が笑う。

 その横顔を見た瞬間、
 また胸が変な音を立てた。

 ……ほんと、
 最近おかしい。

「るな先輩」

「ん?」

「顔赤いです」

「湿度」

「また湿度!?」

「便利なんだよ湿度は」

 先輩が吹き出す。

「それ、今年の流行語にする?」

「嫌です」

「じゃあ俺だけ使おうかな」

「やめてください」

「“今日暑いね”」

「うん」

「“湿度のせいで顔赤いわ”」

「絶対違う意味になるじゃないですか」

 私がそう返すと、
 先輩は声を上げて笑った。

 その笑い方が、
 思ったより近かった。

 距離、
 近い。

 いや別に普通なんだけど。

 普通なんだけど。

「……るな先輩」

 まながにやにやしている。

「なに」

「青春ですねぇ」

「あとで川に落とすよ」

「怖い!」

 そんなやり取りをしながら歩いていると、
 少しずつ人の数が減っていった。

 川の流れる音が近くなる。

 草の匂い。

 湿った土の匂い。

 そして、
 夜の静けさ。

 商店街の光が遠ざかるにつれて、
 世界が少しだけ暗くなる。

 その時だった。

「……あ」

 誰かが小さく声を漏らした。

 川辺の草むらに。

 ふわりと。

 淡い光が浮かんだ。



「……あ」

 誰かが小さく声を漏らした。

 川辺の草むらに。

 ふわりと。

 淡い光が浮かんだ。

「……蛍」

 まなが、
 息を呑むように呟く。

 暗闇の中を、
 小さな光がゆっくり漂っている。

 イルミネーションみたいな強い光じゃない。

 花火みたいに一瞬でもない。

 ただ静かに、
 呼吸するみたいに明滅していた。

「綺麗……」

 気づけば、
 私は立ち止まっていた。

 川の流れる音。

 遠くの屋台のざわめき。

 湿った夜風。

 その全部の中で、
 蛍の光だけが、
 別の時間を流れているみたいだった。

「初夏って感じするね」

 先輩が静かに言う。

「……はい」

 その声まで、
 なんだか優しく聞こえた。

 少し離れた場所では、
 子どもたちが「いた!」と小さくはしゃいでいる。

 でもこの辺りは不思議と静かだった。

 みんな、
 大きな声を出さない。

 壊れそうなものを見る時みたいに。

「るな先輩」

 まなが小声で近づいてくる。

「なに」

「蛍って、“想いが通じる”とか言いません?」

「急に少女漫画みたいなこと言うじゃん」

「えっ、ロマンチックじゃないですか!?」

「まぁ……嫌いじゃないけど」

「じゃあお願いしましょう!」

「何を」

「恋愛成就!」

「しない」

「即答!?」

 先輩が小さく笑う。

「るならしいな」

「どういう意味ですか」

「焦らない感じ」

「……別に」

 私は視線を逸らす。

 焦ってない。

 ……たぶん。

 でも。

 もし今、
 “好きです”って言ったら。

 この空気は変わるんだろうか。

 この距離も。

 この静けさも。

 そんなことを考えてしまった瞬間。

 ふわり、と。

 一匹の蛍が、
 こちらへ近づいてきた。

「わ」

 思わず声が漏れる。

 淡い緑色の光が、
 ゆっくり私たちの間を漂う。

 その光を追うように顔を上げた瞬間、
 隣の先輩と目が合った。

「……」

「……」

 一瞬、
 言葉が消える。

 近い。

 思ったより近い。

 夜のせいなのか、
 蛍の光のせいなのか、
 先輩の瞳がやけに柔らかく見えた。

「るな」

「っ、はい」

「顔赤い」

「湿度です」

 即答した瞬間、
 先輩が吹き出した。

「ほんと便利だな、その言葉」

「万能なんで」

「じゃあ俺も使おうかな」

「だからやめてください」

「“るな見てたら湿度上がった”」

「意味変わってる!!」

 まなが後ろで肩を震わせている。

「だめ……るな先輩面白すぎる……」

「笑ってるじゃん!」

「だって青春なんですもん……!」

 もうほんと、
 この後輩自由すぎる。

 でも。

 笑ってるうちに、
 さっきまでの変な緊張が少しだけほどけていく。

 その時。

 遠くの商店街側から、
 ぱっと光が広がった。

「あ」

 試験点灯の時間だった。

 川沿いの木々に、
 淡いイルミネーションが順番に灯っていく。

 白。

 水色。

 蛍の光に溶け込むみたいな、
 柔らかな色。

「……すご」

 まなが感動したように呟く。

 蛍とイルミネーション。

 自然の光と人工の光。

 本来なら違うものなのに、
 今夜は不思議なくらい馴染んでいた。

 まるで、
 最初から一緒だったみたいに。

「綺麗だね」

 先輩が、
 静かにそう言った。

 その横顔を見た瞬間。

 胸の奥が、
 また小さく灯る。

 まだ名前なんてつけられない。

 でも確かに、
 ここにある。

 初夏の夜風の中で。

 蛍の光に揺れながら。

 私の恋は、
 静かに、
 でも確かに灯り始めていた。



第3節「灯りすぎない光」

 川辺から戻る頃には、
 夜もすっかり深くなっていた。

 商店街のイルミネーションは、
 試験点灯とは思えないくらい綺麗で。

 でも冬みたいな“眩しさ”じゃない。

 やわらかくて、
 静かで、
 少し呼吸しているみたいな光だった。

「なんか不思議ですねぇ」

 まなが空を見上げながら言う。

「イルミネーションなのに落ち着く感じ」

「たしかに」

 ひかりも頷いた。

 途中から合流したひかりと透先輩は、
 少し後ろを並んで歩いている。

 前より自然に隣にいる感じがして、
 見てるこっちまで安心する。

「今年はホタルに合わせてるらしいよ」

 透先輩が前を見ながら言った。

「え?」

「商店街の人が話してた。
 “光を強くしすぎない”って」

「へぇ……」

 私は周囲を見渡す。

 たしかに、
 冬のイルミネーションより暗い。

 でもその分、
 景色がちゃんと見える。

 木の揺れも。

 川の流れも。

 空の色も。

 蛍の光も。

「ホタルって、強い光苦手なんだって」

 ひかりが続ける。

「だから白いLEDとか、
 派手な色は減らしたらしいよ」

「なるほど……」

 まなが感心したように頷いた。

「相手の光を消さないようにしてるんですね」

 その言葉に、
 私は少しだけ足を止めた。

 相手の光を、
 消さない。

 その表現が、
 胸に静かに残る。

「るな?」

「あ、ううん」

 私は小さく笑ってごまかした。

「なんか……いいなって思っただけ」

「どこが?」

 先輩が隣で聞く。

「えっと……」

 うまく言葉にならない。

 でも。

「頑張って目立とうとしてないのに、
 ちゃんと綺麗っていうか」

 そう言うと、
 先輩は少しだけ驚いた顔をした。

 それから、
 静かに笑う。

「……るならしい感想」

「どういう意味ですか」

「優しい見方するなって」

「別に普通です」

「普通に言えるのがすごいんだよ」

 その言い方がずるい。

 褒められてるみたいで、
 変に照れる。

「るな先輩」

 まなが小声で近づいてくる。

「なに」

「今ちょっと恋愛漫画の空気でした」

「どこが!?」

「“優しい見方するなって”の辺りです」

「細かい!」

 ひかりが吹き出す。

「まなちゃん、観察力すごいよね」

「恋愛センサーです!」

「便利そうで便利じゃなさそう」

「失礼!」

 そんな会話をしているうちに、
 商店街の中央広場へ着いた。

 そこには、
 小さな休憩スペースと、
 期間限定のカフェブースができていた。

「わ、スイーツある!」

 まなの目が輝く。

「ほんとだ」

「るな先輩、行きましょう!」

「急に元気」

「糖分は正義です!」

「名言みたいに言わないで」

 メニューを見ると、
 初夏限定らしい“蛍色ソーダ”という飲み物が目に入った。

 淡いエメラルドグリーン。

 小さなゼリーが光を反射している。

「かわいい……」

 思わず呟くと、
 先輩が横から覗き込んだ。

「るな、こういうの好きそう」

「……好きですけど」

「じゃあそれにする?」

「子ども扱いしてません?」

「してないよ」

 先輩は笑う。

「似合うなって思っただけ」

 またそういうこと言う。

 ほんと、
 ずるい。

「るな先輩また赤いです」

「湿度」

「今日は通用しません!」

「えっ」

「夜風で涼しいので!」

「論破された……」

 みんなが笑う。

 その笑い声に混ざりながら、
 私はそっとイルミネーションを見上げた。

 灯りすぎない光。

 でも、
 ちゃんと誰かを照らしてる。

 それはまるで、
 今の恋みたいだと思った。



「るな先輩、何にします?」

 カフェブースの前で、
 まながメニュー表を覗き込む。

「んー……」

 私は並んだ写真を順番に見ていく。

 蛍色ソーダ。

 レモンミルク。

 抹茶ラテ。

 初夏限定パフェ。

 ……甘いもの多いな。

「るなは絶対甘いの選ぶと思った」

 先輩がさらっと言う。

「なんで決めつけるんですか」

「顔」

「顔でスイーツ判定されることあります?」

「ある」

「初めて聞きました」

 先輩は少し考えるように視線を泳がせてから、
 小さく笑った。

「なんか、“幸せそうに食べる顔する人”って感じ」

「……」

 一瞬、
 言葉が止まる。

 それ、
 なんか反則じゃない?

「るな先輩フリーズした」

「今のは効きましたねぇ」

 まなとひかりがにやにやしている。

「効いてない」

「目逸らしてますよ?」

「湿度」

「もう無理ありますって!」

 透先輩まで笑い始めた。

「るなちゃん、その単語好きだね」

「便利なんです……」

「たぶん今年の流行語になるよ」

「嫌です」

 みんなで笑いながら、
 それぞれ飲み物を注文する。

 私は結局、
 蛍色ソーダにした。

 受け取ったグラスは、
 想像以上に綺麗だった。

 淡いエメラルドグリーン。

 透明なゼリー。

 小さな炭酸の泡が、
 イルミネーションの光を反射している。

「わぁ……」

 思わず声が漏れる。

「写真撮る?」

 先輩がスマホを取り出す。

「え」

「るな、こういうの好きでしょ」

「……好きですけど」

「じゃあ撮ろう」

 自然すぎる。

 本当に。

 気づいたら、
 隣にいる。

 気づいたら、
 私の“好き”を見つけてる。

 それが嬉しくて、
 ちょっと困る。

「るな先輩、笑ってください!」

 まなが突然スマホを向けてきた。

「えっ、今!?」

「はい!」

「準備が!」

「大丈夫です可愛いです!」

「雑!」

 カシャッ、と音が鳴る。

「見せて」

 ひかりが覗き込む。

「あ、いい感じ!」

「ほんとですか?」

「るな先輩珍しく自然に笑ってます!」

「珍しくってなに」

「普段ちょっと省エネ顔なので」

「省エネ顔」

 先輩が吹き出した。

「新しい単語増えた」

「るな先輩辞典できますね」

「絶対嫌」

 そんなふうに笑い合っていると、
 広場の照明が少しだけ落ちた。

「あれ?」

 周囲がざわめく。

 すると、
 商店街の中央にある大きな木へ、
 ゆっくり光が灯り始めた。

「……綺麗」

 誰かが呟く。

 枝に巻かれた灯りは、
 白じゃない。

 少し金色に近い、
 柔らかな光。

 強くない。

 でも、
 ちゃんとあたたかい。

「ホタルの光と喧嘩しないようにしてるんだろうね」

 透先輩が静かに言う。

「派手じゃないのに綺麗……」

 ひかりが見上げる。

「なんか、
 落ち着きますね」

 まなまで少し静かだった。

 その時。

「るな」

 隣で、
 先輩が小さく名前を呼ぶ。

「……はい」

「こういう光、好き?」

 私は少しだけ考えてから、
 ゆっくり頷いた。

「好きです」

「どんなところが?」

「えっと……」

 視線を木へ向ける。

 優しい光。

 灯りすぎない光。

 ちゃんと景色を残す光。

「……無理してない感じ」

 そう言うと、
 先輩は静かに目を細めた。

「そっか」

 それだけなのに。

 その“そっか”が、
 胸の奥にやさしく残る。

 たぶん先輩は、
 すぐ答えを決めつけない。

 ちゃんと、
 相手の言葉を待ってくれる。

 だから一緒にいると、
 焦らなくていい気がする。

 その時。

 夜風がふわりと吹き抜けた。

 木々の灯りが揺れる。

 遠くでは、
 また蛍が静かに光っていた。

 人工の光と、
 自然の光。

 どちらかが強くなりすぎないように、
 ちゃんと寄り添っている。

 その景色が、
 少しだけ今の私たちに似ている気がした。



第4節「帰り道の温度」

 イベントが終わる頃には、
 時計の針はもう九時近くを指していた。

「楽しかったぁ……」

 まなが両手を伸ばして空を仰ぐ。

「満足?」

「大満足です!
 蛍見れて!
 イルミネーション見れて!
 スイーツ食べれて!
 青春できました!」

「最後ざっくりしてる」

 ひかりが笑う。

「でもたしかに、
 今日ちょっと特別感あったよね」

「ですねぇ」

 商店街の灯りは、
 少しずつ消え始めていた。

 イベントの終わり。

 人の流れも、
 ゆっくり駅の方へ戻っていく。

 さっきまで賑やかだった場所が、
 少しずつ静かになっていく感じ。

 なんとなく、
 胸がきゅっとする。

「まなちゃん、帰り大丈夫?」

 透先輩が聞く。

「はい! 電車まだあります!」

「送ろうか?」

「えっ、大丈夫です!」

「気をつけてね」

「はい!」

 まなはぺこっと頭を下げると、
 急に私へ顔を寄せてきた。

「るな先輩」

「なに」

「今日、めちゃくちゃ青春でしたね」

「またそれ」

「あと顔赤かったです」

「湿度」

「最後まで押し通す気だ!」

 ひかりが吹き出す。

「もう今年の流行語でいいんじゃない?」

「嫌だってば」

「でもちょっと可愛い」

「透先輩まで!?」

 笑い声が重なる。

 その空気が心地よくて、
 少しだけ帰りたくなくなる。

「じゃあ私たち先戻るね」

 ひかりが透先輩の方を見る。

「るな、気をつけて帰りなよ?」

「子どもじゃないんだけど」

「でも危なっかしい時あるから」

「それは否定できないです」

 まなが頷く。

「なんで!?」

「じゃあまた学校で」

「うん、またね」

 ひかりたちは駅の方へ歩いていく。

 手を振る後ろ姿が、
 イルミネーションの残り灯に溶けていった。

 そして気づく。

「……」

「……」

 残ったの、
 私と先輩だけじゃん。

 急に静かになる。

 さっきまで普通に話してたのに、
 二人きりになった瞬間、
 変に意識してしまう。

「るな」

「っ、はい」

「びっくりしすぎ」

「急だったので……」

 先輩が小さく笑う。

「駅まで送るよ」

「え、でも」

「夜道だし」

「……ありがとうございます」

 断る理由もなくて、
 私は小さく頷いた。

 駅までの道は、
 さっきまでよりずっと静かだった。

 屋台の灯りも減って、
 川の音が少し近く聞こえる。

 夜風が涼しい。

 でも、
 隣を歩いてるだけで、
 胸のあたりは妙に熱かった。

「今日楽しかった?」

 先輩が前を向いたまま聞く。

「……楽しかったです」

「よかった」

「先輩は?」

「うん。思った以上に」

 その言い方が、
 なんだか嬉しい。

「ホタル、綺麗でしたね」

「ね」

「イルミネーションも」

「冬とは全然違った」

「……はい」

 少し間が空く。

 でも不思議と、
 気まずくはなかった。

 沈黙がちゃんと静かで、
 落ち着く。

「るなってさ」

「はい?」

「冬より初夏似合うかも」

「え」

 急すぎる。

「な、なんですかそれ」

「なんとなく」

「雑!」

「でも今日見てて思った」

 先輩は少し考えるように夜空を見る。

「冬のイルミネーションって、
 “見てください”って感じの光だけど」

「……うん」

「今日の光は、
 景色に溶け込んでたから」

「……」

「るなっぽいなって」

 胸が、
 どくん、と鳴る。

 また。

 またそういうこと言う。

 たぶん先輩は、
 深い意味なく言ってる。

 でも。

 その言葉を、
 こっちは簡単に流せない。

「……先輩って」

「ん?」

「時々すごい自然に恥ずかしいこと言いますよね」

「そう?」

「自覚ないのが一番困ります」

 先輩は少しだけ困ったように笑った。

「ごめん」

「謝られるともっと困ります」

「難しいな」

「……ほんとに」

 でも。

 嫌じゃない。

 むしろ、
 嬉しい。

 そんな自分が、
 少しだけ悔しい。

 その時。

 ふわり、と。

 川辺の暗がりに、
 また小さな蛍の光が浮かんだ。

「あ……」

 私は思わず立ち止まる。

 先輩も足を止めた。

 淡い光。

 静かな夜。

 もうイベントは終わったのに、
 蛍だけは、
 まだそこにいた。

「……帰りたくなくなるね」

 先輩が小さく呟く。

 その声が、
 夜風に溶ける。

 私は返事ができなかった。

 だって今、
 同じことを思ってしまったから。



 蛍の光は、
 暗い川辺をゆっくり漂っていた。

 強くない。

 小さい。

 なのに、
 どうしてこんなに目を奪われるんだろう。

「……すごい」

 思わず呟く。

 先輩は私の隣で、
 静かにその光を見ていた。

「イベントの灯り消えたあとだと、
 余計綺麗に見えるね」

「はい……」

 川の水音。

 遠くを走る電車の音。

 初夏の夜風。

 全部が静かで。

 今ここだけ、
 時間が少しゆっくり流れてる気がした。

「るな」

「……はい」

「寒くない?」

「え?」

 不意に聞かれて、
 少し遅れて反応する。

「だ、大丈夫です」

「ならよかった」

 そう言って先輩は、
 また蛍へ視線を戻した。

 その横顔を見ていると、
 胸の奥が妙に落ち着かない。

 たぶん。

 今までの“好き”とは、
 少し違う。

 チョコを選ぶ時みたいな、
 わくわくだけじゃなくて。

 いちごスイーツ見つけた時みたいな、
 嬉しさだけでもなくて。

 もっと静かで。

 でも、
 ちゃんと熱がある。

「……先輩」

「ん?」

「今日、
 誘ってくれてありがとうございました」

「こちらこそ」

「え?」

「るなが来てくれてよかった」

 その返事が自然すぎて、
 一瞬呼吸を忘れる。

「……そういうこと、
 さらっと言いますよね」

「また?」

「またです」

 先輩が少し笑う。

「でも本当にそう思ったから」

「……」

 だめだ。

 今日ずっと、
 心臓が忙しい。

「るなってさ」

「はい」

「楽しそうに景色見るよね」

「景色?」

「うん。
 イルミネーションも、
 ホタルも、
 屋台の灯りも」

 先輩は少しだけ目を細める。

「“綺麗”って顔に出る」

「そ、そんなにですか?」

「うん」

「恥ずかしい……」

「なんで?」

「なんか子どもっぽいので」

「そんなことないよ」

 即答だった。

「ちゃんと好きなもの見て、
 ちゃんと嬉しそうにできるのって、
 すごくいいと思う」

 夜風が吹く。

 蛍の光が、
 ふわりと揺れた。

 胸の奥まで、
 その光が入り込んでくるみたいだった。

「……先輩」

「ん?」

「美大って、
 楽しいですか?」

 先輩は少し驚いた顔をした。

「急だね」

「……なんとなく聞きたくなって」

「楽しいよ」

 少し考えてから、
 先輩は続けた。

「大変だけど、
 好きなものを好きって言える場所だから」

「……いいなぁ」

「るなも向いてそう」

「えっ」

「感性あるし」

「ないです!」

「あるよ」

「ないですって!」

 私が慌てると、
 先輩はくすっと笑った。

「じゃあ、
 “綺麗をちゃんと見つけられる才能”かな」

「……」

 その言葉に、
 また胸が苦しくなる。

 優しい。

 ずるい。

 そんなふうに言われたら、
 もっと好きになってしまう。

 その時。

 駅前へ続く道の向こうで、
 終電前のアナウンスが微かに聞こえた。

「あ」

「そろそろ行かないとだね」

「……ですね」

 少しだけ残念そうに聞こえた自分の声に、
 自分で驚く。

 でも。

 帰りたくないって思ってたの、
 たぶん私だけじゃなかった。

 駅前へ向かって歩き出す。

 並ぶ足音。

 時々重なる影。

 会話が途切れても、
 不思議と怖くない。

 そして改札前。

「じゃあ、
 また学校で」

 先輩が言う。

「……はい」

 本当は、
 もう少し話していたい。

 でもそんなこと、
 まだ言えない。

「るな」

「はい?」

「今日の蛍、
 たぶん忘れないと思う」

 私は少しだけ目を見開いた。

 先輩は静かに笑う。

「……いい夜だったから」

 その瞬間。

 胸の奥で、
 小さな光がまたひとつ灯った気がした。

 まだ名前のない、
 やわらかい光。

 でもきっと、
 これはもう。

 ただの“憧れ”じゃなかった。

蛍色イルミネーション歌詞紹介


雰囲気: 初夏の夜風、川辺、イルミネーション、淡い恋心、 “好き”を言えない切なさ


[Intro]

揺れる ひかりの中
君を探してた
夜風がそっと
髪を撫でていく…

[Verse 1]
川沿いを歩くたび
胸が少し苦しくなる
名前を呼ぶその声が
今日も優しすぎるから

はしゃぐ人波の奥
君の横顔を見てた
近づきたい でも少し
この距離が愛しくて

[Pre-Chorus]
きっと恋は
気づかないふりをして
心の中
静かに灯るイルミネーション

[Chorus]
蛍色イルミネーション
君に染まっていく夜
触れた夜風 胸に残って
名前もない光になる

見上げた空に瞬く光
ふたりだけを包むように
この初夏の風の中で
恋は静かに揺れていた

[Verse 2]
君の笑顔を見るたび
嬉しいのに切なくなる
誰より近くいたいのに
あと一歩が届かない

遠回りした帰り道
わざとゆっくり歩いた
終わらないで この時間
願うほど苦しくて

[Pre-Chorus]
もしも今日
素直になれたなら
景色さえも
違って見えるのかな

[Chorus]
蛍色イルミネーション
君を想ってる夜
胸の奥から溢れてくる
小さな恋を抱きしめた

夜空に滲む光の粒
涙みたいに綺麗で
君の隣にいるだけで
世界が優しく見えた

[Bridge]
伝えたら
壊れてしまいそうで

だけど本当は
君の特別になりたい…

[Final Chorus]
蛍色イルミネーション
君へ揺れていく光
言葉にできない想い全部
この夜風にそっと預けた

季節が変わっていっても
きっと忘れないから
初夏の夜に恋をした
あの日の私を照らして

[Outro]
揺れる ひかりの中
君が笑ってた
夜風にそっと
恋が溶けていく…


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