第2部:恋のイルミネーション ―きらめきの距離と、ほどけない想い―
この物語は「恋のイルミネーション物語」の第2部の作品です。
■登場人物(第2部最適構成)
◆メイン(物語を動かす)
星野 るな(主人公)
桐生 蒼(恋の相手)
◆準メイン
白雪 ひかり(経験者・支え)
小日向 まな(気づき担当)
橘 ゆずは(現実ツッコミ)
◆サブ
朝比奈 透(恋の完成形サンプル)
白雪 母(日常の温度)
第1章は初夏の物語です
この物語から次の曲が生まれました。
曲タイトル『まだ名前のない光』
🌿第1章「揺れる光、まだ名前のない距離」🌿
第1節「変わらない放課後」
初夏の風は、ちょっとだけ甘い。
校門を出た瞬間、ふわっと頬に触れて――
なんだか、チョコレートの箱を開けたときみたいな匂いがした。
「……あ、今日、絶対いい日だ」
思わずそう呟くと、隣を歩いていたひかりがくすっと笑う。
「るな、それ毎回言ってるよね」
「だってほんとなんだもん。いい匂いの日って、だいたい何かあるし」
「“何か”って?」
「うーん……」
私は少しだけ空を見上げて、考えるふりをする。
「……コンビニの新作スイーツ当たりとか?」
「それただの食いしん坊でしょ」
「否定はしない!」
即答すると、ひかりはまた笑った。
その笑い方が、前より少し柔らかくなっていることに気づく。
――ああ、そっか。
ひかり、恋してる顔だ。
「ねえひかり」
「なに?」
「最近さ、なんか“いいこと”あった?」
「え、なに急に」
「いいじゃんいいじゃん。教えてよ〜」
肩を軽くぶつけながら聞くと、ひかりはほんの少しだけ視線を逸らした。
「……まあ、ちょっとはね」
「ほらやっぱり〜!」
「もう、るな声大きいって」
「だって分かりやすいもん。顔に書いてあるよ、“幸せです”って」
「そんなことないし」
「あるある。しかもフォント付きで」
「フォントってなに」
「丸ゴシック。やさしい感じのやつ」
「細かいなあもう……」
そんなやり取りをしていると、後ろから元気な声が飛んできた。
「るな先輩ー!ひかり先輩ー!」
振り返ると、制服のスカートをひらひらさせながら、まなが走ってくる。
「おつかれさまですっ!」
「おつかれ、まな」
「今日も一緒に帰っていいですか?」
「もちろん〜。むしろ来ないと寂しい」
「えへへ、ありがとうございます!」
まなは本当に嬉しそうに笑う。
その無邪気さは、見ているだけでちょっと元気になる。
……いいなあ、こういうの。
「今日、部活どうだったの?」
「文化祭の準備が始まりました!展示やるんですけど、すっごく楽しみで!」
「へえ、もうそんな時期か」
「早いですよね〜。先輩たちが引退したと思ったら、すぐ次ですもん」
その言葉に、ほんの少しだけ空気が変わる。
“引退した先輩たち”
その中に――
「あ、そういえば」
まなが、ぱっと顔を上げる。
「この前、桐生先輩の話、部活で出ましたよ!」
――やっぱり来た。
心のどこかで、ちょっとだけ身構える。
「へえ、どんな?」
できるだけ普通の声で聞く。
「なんか、美大に進学するって聞きました!」
「うん、そうらしいね」
ひかりが自然に答える。
私はその横で、ふーん、と軽く相槌を打つ。
「すごいですよね〜。やっぱり才能ある人って違うなあって思いました」
「だね。蒼先輩、絵うまかったし」
「ですよね!あのスケッチ、めちゃくちゃ綺麗で……!」
まなは興奮気味に話し続ける。
私はそれを聞きながら、なんとなく空を見た。
青い空。少しだけ白い雲。
風はさっきより、少しだけ強くなっている。
「……るな先輩?」
「ん?」
「どうしました?」
「え、なにが?」
「なんか、ぼーっとしてました」
「あー、たぶんお腹すいてる」
「絶対それじゃないですよね」
「バレた?」
軽く笑ってごまかす。
別に、なんでもない。
ほんとに、なんでもない。
ただ――
“美大に進学する”
その言葉が、思ったよりもちゃんと胸に残っただけ。
「るな」
隣で、ひかりが小さく名前を呼ぶ。
「なに?」
「今日、帰りコンビニ寄る?」
「行く行く。新作チェックしなきゃ」
「やっぱりそれか」
「重要だからね、これは」
そう言って笑うと、ひかりも少し安心したように笑った。
……ほんと、いい子だなあ。
たぶん、気づいてる。
でも、何も言わない。
それがひかりの優しさだ。
駅前に近づくにつれて、人の数が増えていく。
商店街の入口には、まだ少しだけ残っているイルミネーションの名残。
完全に片付けられていない、白い電飾。
冬の名残みたいなそれが、風に揺れていた。
「これ、まだ残ってるんだね」
「ほんとだ。片付け忘れかな」
「なんかちょっと好きかも、こういうの」
私はそう言って、少しだけ立ち止まる。
電飾は光っていないのに、なぜか目に入る。
――冬の記憶みたいで。
「るな先輩?」
「んー?」
「どうかしました?」
「ううん、なんでもない」
ほんとに、なんでもない。
ただちょっとだけ――
思い出しただけ。
初夏の風は、ちょっとだけ甘い。
校門を出た瞬間、ふわっと頬に触れて――
なんだか、チョコレートの箱を開けたときみたいな匂いがした。
「……あ、今日、絶対いい日だ」
思わずそう呟くと、隣を歩いていたひかりがくすっと笑う。
「るな、それ毎回言ってるよね」
「だってほんとなんだもん。いい匂いの日って、だいたい何かあるし」
「“何か”って?」
「うーん……」
私は少しだけ空を見上げて、考えるふりをする。
「……コンビニの新作スイーツ当たりとか?」
「それただの食いしん坊でしょ」
「否定はしない!」
即答すると、ひかりはまた笑った。
その笑い方が、前より少し柔らかくなっていることに気づく。
――ああ、そっか。
ひかり、恋してる顔だ。
「ねえひかり」
「なに?」
「最近さ、なんか“いいこと”あった?」
「え、なに急に」
「いいじゃんいいじゃん。教えてよ〜」
肩を軽くぶつけながら聞くと、ひかりはほんの少しだけ視線を逸らした。
「……まあ、ちょっとはね」
「ほらやっぱり〜!」
「もう、るな声大きいって」
「だって分かりやすいもん。顔に書いてあるよ、“幸せです”って」
「そんなことないし」
「あるある。しかもフォント付きで」
「フォントってなに」
「丸ゴシック。やさしい感じのやつ」
「細かいなあもう……」
そんなやり取りをしていると、後ろから元気な声が飛んできた。
「るな先輩ー!ひかり先輩ー!」
振り返ると、制服のスカートをひらひらさせながら、まなが走ってくる。
「おつかれさまですっ!」
「おつかれ、まな」
「今日も一緒に帰っていいですか?」
「もちろん〜。むしろ来ないと寂しい」
「えへへ、ありがとうございます!」
まなは本当に嬉しそうに笑う。
その無邪気さは、見ているだけでちょっと元気になる。
……いいなあ、こういうの。
「今日、部活どうだったの?」
「文化祭の準備が始まりました!展示やるんですけど、すっごく楽しみで!」
「へえ、もうそんな時期か」
「早いですよね〜。先輩たちが引退したと思ったら、すぐ次ですもん」
その言葉に、ほんの少しだけ空気が変わる。
“引退した先輩たち”
その中に――
「あ、そういえば」
まなが、ぱっと顔を上げる。
「この前、桐生先輩の話、部活で出ましたよ!」
――やっぱり来た。
心のどこかで、ちょっとだけ身構える。
「へえ、どんな?」
できるだけ普通の声で聞く。
「なんか、美大に進学するって聞きました!」
「うん、そうらしいね」
ひかりが自然に答える。
私はその横で、ふーん、と軽く相槌を打つ。
「すごいですよね〜。やっぱり才能ある人って違うなあって思いました」
「だね。蒼先輩、絵うまかったし」
「ですよね!あのスケッチ、めちゃくちゃ綺麗で……!」
まなは興奮気味に話し続ける。
私はそれを聞きながら、なんとなく空を見た。
青い空。少しだけ白い雲。
風はさっきより、少しだけ強くなっている。
「……るな先輩?」
「ん?」
「どうしました?」
「え、なにが?」
「なんか、ぼーっとしてました」
「あー、たぶんお腹すいてる」
「絶対それじゃないですよね」
「バレた?」
軽く笑ってごまかす。
別に、なんでもない。
ほんとに、なんでもない。
ただ――
“あの人は、もうここにはいない”
そのことを、今さらみたいに実感しただけ。
「るな」
隣で、ひかりが小さく名前を呼ぶ。
「なに?」
「今日、帰りコンビニ寄る?」
「行く行く。新作チェックしなきゃ」
「やっぱりそれか」
「重要だからね、これは」
そう言って笑うと、ひかりも少し安心したように笑った。
……ほんと、いい子だなあ。
たぶん、気づいてる。
でも、何も言わない。
それがひかりの優しさだ。
駅前に近づくにつれて、人の数が増えていく。
商店街の入口には、まだ少しだけ残っているイルミネーションの名残。
完全に片付けられていない、白い電飾。
冬の名残みたいなそれが、風に揺れていた。
「これ、まだ残ってるんだね」
「ほんとだ。片付け忘れかな」
「なんかちょっと好きかも、こういうの」
私はそう言って、少しだけ立ち止まる。
電飾は光っていないのに、なぜか目に入る。
――冬の記憶みたいで。
「るな先輩?」
「んー?」
「どうかしました?」
「ううん、なんでもない」
ほんとに、なんでもない。
ただちょっとだけ――
思い出しただけ。
「るな先輩、ほんとに大丈夫ですか?」
まなが少し心配そうに顔を覗き込んでくる。
「え、なにが?」
「なんか今日、ぼーっとしてる時間長いです」
「そんなことないよ。たぶん気のせい」
「絶対気のせいじゃないです」
「即否定やめて?」
軽く笑って返すと、まなはむーっと頬を膨らませる。
「でも、ほんとですよ? なんかこう……」
「こう?」
「ふわーってしてます」
「それたぶんいつもじゃない?」
「……それは、そうかもしれませんけど」
「でしょ?」
肩をすくめると、ひかりが横でくすっと笑った。
「るな、ちょっとだけ分かりやすいかも」
「え、ひかりまで?」
「うん。ほんのちょっとだけね」
「“ほんのちょっと”って言いながら、だいたい全部バレてるやつじゃんそれ」
「どうだろうね」
ひかりはそう言って、少しだけ視線を前に向けた。
その横顔が、なんだか優しくて。
――ああ、やっぱりこの子、気づいてる。
でも、何も聞かない。
それがひかりの距離感だ。
「ねえ、るな先輩」
まなが急に声のトーンを落とす。
「ん?」
「桐生先輩のこと、好きだったんですか?」
「ぶっ!?」
思わず変な声が出た。
「ちょ、まな!?」
「え、違うんですか!?」
「違う違う違う!いきなり何言ってんの!?」
「だって今の流れ的にそれしか……」
「どういう思考回路してるの!?」
慌てて否定すると、まなはきょとんとした顔をする。
「えー……でも、なんかそれっぽかったです」
「どこが!?」
「なんかこう、名前出たときの空気が……」
「気のせい!」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと」
食い気味に返す。
……ちょっとだけ、声が早かった気もするけど。
「まな」
ひかりがやんわりと口を挟む。
「そういうの、本人に聞くときはもう少しオブラートに包もうね」
「オブラート……?」
「うん。たとえば“最近どうですか?”とか」
「それ逆に分かりづらくないですか?」
「まあ、そうなんだけど」
「じゃあやっぱり直球でいいですよね!」
「いや、ほどほどにね?」
そんなやり取りに、思わず笑ってしまう。
「まなはそのままでいいよ」
「え、いいんですか?」
「うん。変に遠回しにされるより、分かりやすいし」
「やった!」
「ただし、心の準備はさせてね?」
「努力します!」
「努力なんだ」
また三人で笑う。
こういう時間が、なんだかすごく好きだと思う。
商店街の中に入ると、いつもの匂いがする。
パン屋の甘い香りと、揚げ物の香ばしさと、どこか懐かしい空気。
「コンビニ、あっちだよね」
「うん、駅の手前」
「今日こそ新作チョコ当てたい」
「るな、それ毎回言ってない?」
「だって夢あるじゃん」
「スイーツに夢見すぎ」
「人生に必要でしょ、夢は」
「その使い方はちょっと違う気がするなあ」
そんな会話をしながら歩いていると、
「……あ」
まなが小さく声を上げた。
「どうしたの?」
「あそこ……」
指差した先。
商店街の掲示板に、大きなポスターが貼られていた。
【今年も開催!
ウィンターイルミネーション+冬花火】
「え、もう?」
「まだ初夏なのに?」
「気が早くないですか?」
三人で顔を見合わせる。
でも、よく見ると小さく書いてある。
【開催予告・ボランティア募集】
「なるほど、準備か」
「毎年こんな早かったっけ?」
「どうだったかな……」
ひかりが少し考え込む。
私は、そのポスターをじっと見つめた。
まだ光っていないイルミネーション。
でも、確かにそこにある“予感”。
冬の気配。
あのときの景色。
あのときの――
「るな?」
「……ん?」
「またぼーっとしてる」
「あー、ごめん」
「ほんとに大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫大丈夫」
笑って返す。
今度は、ちゃんと自然に笑えた気がした。
「ねえ、るな」
ひかりが、少しだけ優しい声で言う。
「今年も、一緒に行こうね」
「……イルミネーション?」
「うん」
私は一瞬だけ、ポスターを見て、それからひかりを見る。
「うん、行こ」
「約束ね」
「約束」
そのとき、ふと思った。
今年の冬は――
去年と同じじゃないかもしれない。
でも、
同じ場所で、同じ光を見たいって思う気持ちは、
たぶん――
少しだけ、変わってきている。
風が吹いた。
まだ光っていない電飾が、かすかに揺れる。
まるで、何かを待っているみたいに。
(第1節・完)
🌿第1章「揺れる光、まだ名前のない距離」🌿
第2節「少しだけ遠い人」
コンビニの自動ドアが開くと、ひんやりした空気が流れてきた。
「はぁ〜、生き返る〜」
「大げさ」
「いや、これ重要。夏前のコンビニは神」
「まだ初夏だけどね」
「気持ちはもう夏だから」
「早いなあ」
ひかりが笑いながらカゴを取る。
私は迷わずスイーツコーナーへ直行した。
「今日の新作は〜……」
「ほんとにぶれないよね、るな先輩」
「ここは戦場だからね」
「戦場?」
「当たりかハズレか、運命が決まる場所」
「コンビニで運命決めないでください」
まなが呆れたように笑う。
その横で、私は真剣に棚を見つめる。
「……あ、これ気になる」
「どれですか?」
「期間限定・いちごショコラ」
「るな先輩、それ絶対好きなやつです」
「でしょ?もう勝ち確じゃない?」
「まだ食べてないですよね?」
「でも名前が強い」
「名前で判断しないでください」
「ひかりは何にするの?」
「うーん……」
ひかりは少し考えてから、手に取った。
「これにしようかな」
「シンプルプリン?」
「うん。なんか今日はこれな気分」
「安定を選んだね」
「るなみたいに冒険できないから」
「人生は冒険だよ?」
「スイーツで語らないで」
レジを済ませて、三人で店の外に出る。
少しだけ傾き始めた陽射しが、道路をオレンジ色に染めていた。
「ここで食べちゃう?」
「いいですね!」
「じゃあ、あそこのベンチで」
いつもの場所。
駅前の小さなベンチ。
特別でもなんでもないけど、なんとなく落ち着く場所。
「いただきまーす」
「いただきます」
「いただきますっ!」
三人で同時にスプーンを入れる。
私は一口食べて、すぐに顔を上げた。
「……これ、当たり」
「やっぱり」
「ほらね!?名前は嘘つかない!」
「たまたまですよそれ」
「いやこれは実力」
「なんの実力なんですか」
「ひかりのは?」
「うん、美味しいよ」
「それ絶対“普通に美味しい”ってやつでしょ」
「うん、普通に美味しい」
「ほら〜」
「でも、こういうのが一番落ち着くんだよ」
「それも分かるけどね」
ひかりはスプーンを口に運びながら、少しだけ遠くを見る。
その視線の先に、駅のホームが見えた。
「……ねえ」
ひかりが、ぽつりと言う。
「ん?」
「最近さ、駅、ちょっと寂しくない?」
「え?」
「え、そうですか?」
まなはきょとんとしている。
私は少しだけ考えてから、答えた。
「……あー、なんか分かるかも」
「ほんと?」
「うん。なんていうか……人はいるのに、静かっていうか」
「それです、それ」
ひかりが小さく頷く。
「前はさ」
ひかりが続ける。
「もっとこう、賑やかだった気がするんだよね」
「前って?」
「……先輩たちがいた頃」
その一言で、空気が少しだけ変わる。
まなは「あ」と小さく声を漏らした。
「たしかに……」
「でしょ?」
「部活も、なんか雰囲気違いますもん」
「うん」
私はスプーンを持ったまま、少しだけ手を止めた。
駅の方を見る。
電車がちょうどホームに入ってくるところだった。
人が降りて、人が乗って、また動き出す。
いつもと同じ光景。
――なのに。
「……るな?」
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、なんか……」
言いかけて、少しだけ迷う。
でも、結局そのまま口にした。
「ちょっと、分かるなって思って」
「でしょ?」
「うん」
前は、もっと――
あの人が、ここにいた。
別に、特別なことをしてたわけじゃない。
ただ、同じ時間に、同じ場所にいただけ。
それだけなのに。
「……なんかさ」
私はスプーンをくるくる回しながら言う。
「いなくなってから気づくことって、あるよね」
「うん」
ひかりが、静かに頷く。
「そのときは普通だったのに」
「うん」
「後から、“あれって結構大きかったんだな”って思うやつ」
「分かる」
ひかりの声は、すごく優しかった。
たぶん、同じことを思い出してる。
でも、それを無理に重ねない距離感。
「るな先輩……」
まなが少しだけ遠慮がちに言う。
「それって、桐生先輩のことですか?」
一瞬、風が止まった気がした。
「……それって、桐生先輩のことですか?」
まなの声は、思っていたよりずっと静かだった。
からかう感じじゃなくて、ただ純粋に気になった、みたいな声。
だから余計に、少しだけ答えに困る。
「えー……どうだろ」
私は曖昧に笑って、空になったカップを見下ろした。
「またそれです」
「便利なんだよ、“どうだろ”って」
「逃げ言葉です」
「バレた?」
「バレますよ〜」
まながむーっとした顔をする。
そのやり取りに、ひかりが小さく笑った。
「るなって、ほんと都合悪いと笑うよね」
「え、そんなことないよ?」
「あるある」
「ひかりまでひどい」
「でも、分かりやすいから安心する」
「なにそれ〜」
少しだけ空気が軽くなる。
……助けられてるなあ、って思う。
こういうとき。
「でもさ」
ひかりがプリンの蓋を畳みながら言う。
「卒業したあとって、急に実感くるよね」
「実感?」
「“あ、もう会わないんだ”って」
その言葉に、私は静かに瞬きをした。
卒業式の日。
校門の前。
春なのに少し寒くて、風が強かった。
先輩たちはみんな笑っていて、写真撮って、騒いでいて。
その中で蒼は、いつも通り静かに笑っていた。
『星野』
『はい?』
『いちごチョコ、ありがとな』
『え?』
『バレンタインの』
『……あー、あれ』
『美味かった』
『ならよかったです』
『あと』
『?』
『また冬、見れたらいいな』
たったそれだけ。
たったそれだけなのに。
「るな?」
ひかりの声で、意識が戻る。
「あ、ごめん」
「また遠く行ってた」
「今日の私、ぼーっとしすぎじゃない?」
「ちょっとだけね」
「ちょっとかなあ……」
「かなりです!」
「まなは正直だなあ」
私は苦笑しながら、ベンチの背にもたれた。
空は少しずつ夕方の色に変わっていく。
オレンジ色と、淡い青色が混ざる時間。
昔から好きな時間帯だ。
「でも意外でした」
まながぽつりと言う。
「何が?」
「るな先輩って、もっと平気そうだと思ってました」
「平気?」
「はい。なんかこう……」
まなは少し考えてから言葉を探す。
「恋とか、あんまり引きずらないタイプっていうか」
「え、私そんなイメージ?」
「だっていつも明るいじゃないですか」
「まあ、それは通常運転」
「それに“急がない恋派”って言ってたし」
「あー……言ったねえ」
そんなこともあったな、と笑う。
「でも」
まなは続ける。
「急がないのと、寂しくないのって、違うんですね」
その言葉に、私は少しだけ目を丸くした。
ひかりも、静かにまなを見る。
「……まなって、たまにすごいこと言うよね」
「えっ!?な、なんか変でした!?」
「ううん、逆」
ひかりが柔らかく笑う。
「すごくちゃんと見てるなって思って」
「え、えへへ……」
照れたようにまなが笑う。
私は少しだけ空を見上げた。
急がない。
それは本当だ。
別に、今すぐどうなりたいとか、そういうんじゃない。
付き合いたいとか。
毎日連絡したいとか。
そういうのとも、少し違う。
ただ。
ふとした瞬間に思い出す。
駅前の景色とか。
冬の匂いとか。
コンビニのホットチョコとか。
そんな小さいことで、思い出してしまう。
――あの人は、もうここにはいない。
それが、少しだけ寂しい。
たぶん、それだけ。
「るな」
ひかりが静かに言う。
「うん?」
「会いたいって思うの、悪いことじゃないよ」
その声は、すごく自然だった。
慰めるでもなく、背中を押すでもなく。
ただ、隣に置いてくれるみたいな言葉。
「……そっか」
「うん」
「じゃあちょっとだけ、会いたいのかも」
「“ちょっとだけ”なんだ」
「大事だからね、そこ」
「るならしいなあ」
まなが、ぱっと顔を上げる。
「じゃあ今度、みんなで美大行きます!?」
「えっ」
「楽しそうじゃないですか!」
「いやいやいや、遠足じゃないんだから」
「でも会えますよ!?」
「そんな軽い感じで会いに行く!?」
「ダメですか?」
「……ダメではないけど」
思わず言葉が弱くなる。
すると、ひかりが面白そうに笑った。
「るな、ちょっと揺れた」
「揺れてないし!?」
「揺れましたよね?」
「揺れてません〜!」
三人の笑い声が、夕方の駅前に溶けていく。
電車の音。
人の声。
初夏の風。
変わっていくものと、変わらないもの。
その真ん中で。
私はまだ、自分の気持ちにちゃんと名前をつけられないまま――
少しだけ遠い人を、思い出していた。
(第2節・完)
🌿第1章「揺れる光、まだ名前のない距離」🌿
第3節「まなの気づき」
翌日の昼休み。
「るな先輩!」
教室のドアが勢いよく開いた。
同時に、数人のクラスメイトがびくっと肩を揺らす。
「あ、ご、ごめんなさいっ!」
慌てて頭を下げるまなに、教室の空気が少し和む。
「まな、元気だねえ」
私は笑いながら手を振った。
「えへへ……ちょっと急いじゃいました」
「どうしたの?」
「ひかり先輩います?」
「購買行ったよ」
「えっ、入れ違い!?」
「たぶんあと二分くらいで帰ってくる」
「二分……!」
まなは真剣な顔で考え込む。
「待つ?」
「待ちます!」
「即決」
私は机に頬杖をつきながら、まなを見る。
「なんかあったの?」
「実はですね……」
まなが少し声を潜める。
「今日、美術部の前通ったんですよ」
「うん」
「そしたら、桐生先輩の絵、まだ飾ってありました」
その瞬間。
昨日より少しだけ静かに、胸が揺れた。
「……へえ」
「すごかったです! なんかもう、“空気”って感じで!」
「空気?」
「えっと……絵なのに、風が吹いてる感じっていうか」
「それたぶん褒めてるんだよね?」
「めちゃくちゃ褒めてます!」
まなは両手をぶんぶん振る。
「でも、なんか不思議でした」
「不思議?」
「先輩もう卒業してるのに、まだいる感じして」
私は思わず小さく笑った。
「それ、ちょっと分かるかも」
「ですよね!?」
「うん」
蒼の絵って、そういうところがある。
派手じゃないのに、なぜか残る。
ちゃんと見てなくても、あとから思い出す。
冬のイルミネーションを描いたあの絵もそうだった。
白い光。
青い空気。
川沿いの夜。
見た瞬間より、帰ってからの方が綺麗に思い出す絵。
「るな先輩って」
まなが、じーっとこちらを見る。
「なにその顔」
「桐生先輩の話するとき、ちょっと優しい顔になりますよね」
「えっ」
「なんかこう……ふわって」
「ふわって何」
「ふわってです」
「説明が雑!」
すると、ちょうどそのタイミングで。
「ただいまー」
ひかりが購買袋を持って戻ってきた。
「あ、ひかり先輩!」
「まな来てたんだ」
「はい!」
「で、何話してたの?」
「るな先輩が桐生先輩の話するとき優しい顔になるって話です!」
「まな!?」
即座にツッコむ。
でも遅かった。
ひかりは一瞬だけ目を丸くして、それからふっと笑った。
「あー……分かるかも」
「ひかりまで!?」
「だって本当だし」
「えぇぇ……」
「そんな顔してる?」
恐る恐る聞くと、まなは大きく頷く。
「してます!」
「どんな?」
「なんか……冬のホットココア飲んでるみたいな顔」
「例え独特だなあ」
「でも分かるかも」
ひかりまで頷いた。
「るなってさ」
ひかりが席に座りながら言う。
「“好き”って感じより、“大事”って感じなんだよね」
その言葉に、私は少しだけ黙った。
大事。
恋、って言われるとまだ分からない。
でも。
いなくなって寂しいとか。
ふと思い出すとか。
また会えたらいいなって思うとか。
そういうのは確かにある。
「……大事、かあ」
小さく呟く。
「うん」
ひかりは優しく笑った。
「だから、るならしいなって思う」
「でもですね!」
まなが突然身を乗り出す。
「私はかなり恋だと思います!」
「なんでそんな断言するの!?」
「だって少女漫画っぽいです!」
「基準そこ!?」
「重要ですよ!?」
教室に笑い声が広がる。
窓の外では、初夏の風がカーテンを揺らしていた。
「……でも」
まなが少しだけ真面目な顔になる。
「ちょっと安心しました」
「安心?」
「るな先輩にも、ちゃんとそういう顔あるんだなって」
「どういう意味〜?」
「なんか、るな先輩っていつも余裕ありそうだから」
「余裕なんてないよ〜」
「ほんとですか?」
「新作スイーツ前では常に真剣勝負だし」
「それ余裕ない方向が違います!」
また笑い声が弾ける。
だけどそのあと。
ふと静かになった瞬間、私は窓の外を見た。
青空。
流れる雲。
少しだけ強くなってきた陽射し。
――また冬、見れたらいいな。
卒業の日の声が、ふいに胸をよぎる。
そのとき初めて。
私は少しだけ思った。
もし。
本当にまた会えたら。
私は、どんな顔をするんだろう。
午後の授業は、びっくりするくらい眠かった。
「るな、ノート」
「……はっ」
隣の席のひかりに小声で呼ばれて、私は慌てて顔を上げる。
黒板には、知らないうちに数式が増えていた。
「あぶな……」
「完全に飛んでたよ」
「ちょっとだけ意識が初夏の風に乗ってた」
「それ寝てたって言うんだよ」
「違うもん、漂ってただけだもん」
「どっちにしてもダメだと思うなあ」
私は慌ててノートを書き写す。
……危なかった。
あと数秒遅れてたら完全に先生と目が合ってた。
「るな先輩って」
前の席から、まながくるっと振り向く。
「今日ほんとにふわふわしてますよね」
「まな、それ今日何回目?」
「五回目です!」
「カウントしてたの!?」
「はい!」
「暇なの!?」
「授業中ですから!」
「授業受けて!?」
思わず吹き出しそうになる。
先生がこちらをちらっと見たので、三人同時に慌てて前を向いた。
しばらくして、教室にチョークの音だけが響く。
窓の外では、運動部の掛け声が小さく聞こえていた。
その音をぼんやり聞きながら、私はノートの端に小さく丸を描く。
意味のない丸。
考えごとしてる時、昔からよく描いてしまう癖だ。
「……るな」
ひかりが小さく言う。
「ん?」
「丸、増えてる」
「えっ」
慌ててノートを見る。
本当に増えてた。
「無意識って怖い……」
「考えごとしてる時のるな、分かりやすいよね」
「そんなに?」
「うん」
私は少しだけ苦笑した。
そんなつもりないのになあ。
普通にしてるつもりなのに。
でも。
確かに今日は、少しだけ変かもしれない。
昨日からずっと。
蒼のことを思い出す回数が多い。
――“また冬、見れたらいいな”
あの言葉。
別に特別な意味なんてなかったかもしれない。
蒼はたぶん、ああいうことを自然に言える人だから。
深い意味なんてなくて。
ただ、その場の空気みたいに口にしただけ。
……なのに。
「るな先輩」
まながまた振り返る。
「今、絶対桐生先輩のこと考えてましたよね」
「なんで分かるの!?」
「顔です!」
「顔万能説やめて!?」
「だってほんとに分かりやすいんですもん」
ひかりが小さく笑う。
「るなって、感情隠すの苦手だよね」
「えぇ〜……」
「本人は隠してるつもりなんだろうけど」
「隠してるよ!? 一応!」
「半透明くらいかな」
「ほぼ見えてるじゃん!」
思わず机に突っ伏す。
すると、まなが楽しそうに笑った。
「なんか安心しました」
「だから何が〜?」
「るな先輩でも、ちゃんと恋っぽくなるんだなって」
「まだ恋って決まってないし」
「でも気になってるんですよね?」
「……まあ」
「会いたいなって思うんですよね?」
「……まあ、ちょっとは」
「それもうかなりです!」
「判定が早い!」
そのとき。
キーンコーンカーンコーン――
授業終了のチャイムが鳴った。
「……助かった」
「逃げましたね?」
「タイミングに救われたの」
「むむむ……」
先生が教室を出ていくと、途端に空気がゆるむ。
あちこちで椅子を引く音や話し声が広がっていく。
「ねえ、るな」
ひかりが鞄を整理しながら言う。
「今日このあと暇?」
「んー? たぶん暇」
「じゃあ少し寄り道しない?」
「寄り道?」
「商店街の雑貨屋さん。夏小物増えたらしいよ」
「あ、行きたい!」
まなが勢いよく手を挙げる。
「るなも行くでしょ?」
「もちろん」
「即答だね」
「雑貨屋とスイーツは断れない主義」
「その主義、欲望に忠実すぎません?」
三人で笑いながら教室を出る。
廊下には夕方前の光が差し込んでいた。
「……あ」
階段を降りかけた時だった。
校内掲示板の前で、まなが足を止める。
「どうしたの?」
「これ……」
【美術大学合同展示会 特別参加作品募集】
そのポスターの端に、小さく名前が載っていた。
桐生 蒼
胸が、ほんの少しだけ鳴る。
「えっ、桐生先輩!?」
まなが目を輝かせる。
「すごい……もう名前出てるんだ」
ひかりが感心したように呟く。
私は、その名前をじっと見つめた。
白い紙の上の、黒い文字。
それだけなのに。
なんだか、急に遠く感じる。
ちゃんと前に進んでる人の名前だ。
「……るな?」
ひかりがそっと声をかける。
「ん?」
「大丈夫?」
「え?」
「なんか今、すごい静かだった」
私は少しだけ迷って、それから小さく笑った。
「……うん。大丈夫」
それは嘘じゃなかった。
でも同時に。
胸の奥が少しだけ、置いていかれたみたいに揺れていた。
(第3節・完)
🌿第1章「揺れる光、まだ名前のない距離」🌿
第4節「言葉にしない気持ち」
雑貨屋を出る頃には、空がすっかり夕方色になっていた。
「見てくださいこれ!」
まなが、買ったばかりのキーホルダーをぶんぶん振る。
小さなガラス玉の中に、水色のラメが入っている。
「夏っぽくて可愛い〜」
「でしょ!? 一目惚れしました!」
「まならしいね」
ひかりが柔らかく笑う。
私はというと。
結局、何も買わなかった。
「るな先輩、珍しいですね」
「え?」
「いつもなら絶対なんか買ってるのに」
「あー……たしかに」
自分でも少し意外だった。
雑貨を見るのは好きなのに、今日はなぜか“これ!”ってならなかった。
「疲れてるんじゃない?」
ひかりが言う。
「んー……どうだろ」
「考えごとしすぎとか」
「それはあるかも」
「認めるんだ」
「今日はなんか無理。誤魔化しきれない」
そう言うと、まなが小さく笑った。
「るな先輩、今日は正直モードですね」
「たまにはね〜」
駅前まで来ると、人通りが少し増えていた。
学生、会社帰りの人、買い物袋を持った親子。
いつもの景色。
でも、夕方になると少しだけ世界が柔らかく見える。
「じゃあ、私はこっちなので!」
まなが元気よく手を振る。
「また明日です!」
「うん、またね」
「気をつけてね」
「はいっ!」
ぱたぱたと走っていく後ろ姿を見送りながら、私は小さく笑った。
「ほんと元気だなあ」
「見てると明るくなるよね」
「うん」
そのあと。
ひかりと二人きりになる。
さっきまで賑やかだった空気が、少しだけ静かになる。
でも、不思議と気まずくはない。
「……るな」
「ん?」
「今日さ」
「うん」
「結構、蒼先輩のこと考えてたでしょ」
私は少しだけ苦笑した。
「やっぱバレてた?」
「まあね」
「ひかりには隠せないなあ」
「長い付き合いだから」
駅前の信号が赤になる。
二人並んで立ち止まる。
夕暮れの風が、髪を揺らした。
「……ねえ、ひかり」
「なに?」
「恋って、どこから恋なんだろ」
ひかりが静かにこちらを見る。
私は前を向いたまま、続けた。
「会いたいな、とか」
「うん」
「思い出すな、とか」
「うん」
「そういうのって、みんな普通にあるのかなって」
信号の向こうで、電車が通り過ぎる音がする。
ガタン、ゴトン、と遠ざかっていく音。
「……るなはさ」
ひかりがゆっくり口を開く。
「“恋”って名前つけた瞬間、変わっちゃう気がしてるんじゃない?」
私は少しだけ目を瞬いた。
「変わる?」
「うん」
「……どう変わるの?」
「今まで通りじゃいられなくなる、みたいな」
その言葉が、胸の奥に静かに落ちる。
ああ。
たぶん私は、少しだけ怖いんだ。
“好き”って認めたら。
今までの気持ち全部が、急に意味を持ってしまいそうで。
「……そっか」
小さく呟く。
ひかりは無理に続きを言わなかった。
それがありがたかった。
信号が青になる。
私たちはまた並んで歩き出した。
「でもね」
ひかりが少し笑う。
「私は、るなのそういうところ好きだよ」
「え?」
「ちゃんと大事に考えるところ」
「……考えすぎってよく言われるけど」
「それでもいいんじゃない?」
風が吹く。
どこかの店から、焼き菓子の甘い匂いが流れてきた。
「透先輩の時もね」
ひかりが少し照れたように笑う。
「最初、“好き”って認めるの怖かった」
「ひかりでも?」
「うん。だって認めたら、傷つくかもしれないし」
「……あー」
「でも」
ひかりは空を見上げる。
「それでも、“一緒にいたい”って思ったから」
その言葉に、私は静かに息を飲んだ。
一緒にいたい。
その感覚は、なんとなく分かる。
今すぐじゃなくても。
特別なことがなくても。
ただ同じ景色を見たい、みたいな。
「……私さ」
「うん?」
「まだ、よく分かんない」
「うん」
「でも」
少しだけ迷ってから、私は笑った。
「また冬、来てほしいなって思ってる」
ひかりは、一瞬だけ目を丸くして。
それから、とても優しく笑った。
「それ、十分だと思う」
空はもう、夜に近づき始めていた。
駅前の街灯が、ひとつ、またひとつと灯っていく。
まだイルミネーションの季節じゃない。
でも。
小さな光は、もう静かに始まりかけていた。
駅前の広場では、数人のスタッフが何かを運んでいた。
白いコード。
銀色の支柱。
大きな段ボール。
「あれ、イルミネーションの準備かな」
ひかりが足を止める。
「え、もう?」
「たぶん、倉庫整理とかじゃない?」
「気が早いなあ」
私はそう言いながら、なんとなくその光景を見つめた。
冬は、まだ遠い。
でも。
街は少しずつ、ちゃんと覚えてる。
また今年も灯ることを。
また誰かが、同じ場所で笑うことを。
「……なんか不思議」
「なにが?」
「まだ夏も来てないのに、もう冬の準備してる」
私がそう言うと、ひかりは少し考えるように笑った。
「でも、恋もそんな感じかもね」
「え?」
「気づいた時には、もう始まってるっていうか」
その言葉に、私は少しだけ黙る。
好きって気持ちは、イルミネーションみたい。
急に全部が光るんじゃない。
ひとつずつ。
気づかないくらい小さく、灯っていく。
「……ひかりって、たまにすごいこと言うよね」
「そう?」
「なんか今、ちょっと刺さった」
「えへへ」
そのとき。
駅のホームから電車到着のアナウンスが流れた。
夕方特有のざわめきが、少しだけ大きくなる。
「そういえば」
ひかりが思い出したように言う。
「今度、透先輩と会うかも」
「えっ」
「兄弟でご飯行くらしくて、そのついでに」
「へえ〜……」
私は自然を装いながら返事をした。
でも、少しだけ胸が揺れる。
透先輩。
その名前を聞くと、どうしても連想する。
蒼のことを。
「るな?」
「ん?」
「今、“ついでに桐生先輩もいるかな”って考えたでしょ」
「なっ……!?」
「図星だ」
「いやいやいや!?」
「顔に書いてある」
「今日は顔が働きすぎなの!」
ひかりが楽しそうに笑う。
私は思わず頬を押さえた。
「そんな分かりやすいかなあ……」
「うん、かなり」
「ショック……」
「でも可愛いよ」
「それで許されると思わないで?」
「許して?」
「……ちょっとだけ」
二人で笑う。
その笑い声が、夕方の風に混ざっていく。
「でも実際」
ひかりが少しだけ真面目な声になる。
「蒼先輩、最近ほとんど帰ってきてないみたい」
「……そっか」
「課題忙しいんだって」
「美大って大変そうだもんね」
「うん」
私は視線を落とした。
少しだけ寂しい。
でも、それ以上に。
ちゃんと前に進んでるんだな、って思った。
あの人は、今。
新しい場所で、新しい景色を見てる。
きっと毎日、忙しくて。
たぶん、この街のことを思い出す時間なんて、そんなにない。
……それでも。
「るな?」
「え?」
「また静か」
「ごめんごめん」
「考えごと?」
「うん、ちょっと」
私は少し迷ってから、小さく笑った。
「なんかさ」
「うん」
「ちゃんと前に進んでる人見ると、すごいなって思う」
「蒼先輩?」
「……うん」
ひかりは静かに頷いた。
「でも、るなも進んでるよ」
「え、私?」
「うん」
「全然そんな感じしないけど」
「るなって、自分の変化に気づくの遅いだけだから」
その言葉に、私は少しだけ目を丸くする。
「変わってるよ、ちゃんと」
ひかりが柔らかく笑う。
「前より、“誰かを大事にする顔”してる」
胸の奥が、ほんの少し熱くなる。
私は誤魔化すみたいに空を見上げた。
夕焼けが、ゆっくり夜に溶けていく。
「……帰ったら、ホットココア飲もうかな」
「まだちょっと早くない?」
「気分的に」
「るならしいなあ」
そのとき。
駅前の準備中の電飾が、試験点灯なのか、一瞬だけ光った。
白い光。
ほんの数秒。
でも確かに、そこに灯った。
「あ……」
思わず声が漏れる。
まだ季節じゃない。
まだ始まってもいない。
なのに。
その光を見た瞬間。
私は少しだけ、会いたいと思ってしまった。
初夏の風が吹く。
揺れた電飾は、すぐにまた静かに消えた。
でも。
胸の奥に灯ったものは、
たぶん、もう簡単には消えなかった。
(第1章・完)
曲タイトル『まだ名前のない光』歌詞紹介
【Intro】
夕暮れの駅前
まだ灯ってないイルミネーション
なのに どうしてかな
胸だけ 少し光ってる
【Verse 1】
放課後の風に 髪を揺らして
いつもの帰り道 歩いてた
笑いながらでも
心のどこかで
君のこと 探してしまう
“また冬 見れたらいいね”
何気ないその言葉
こんなに残るなんて
知らなかったよ
【Pre-Chorus】
恋ってまだ 言えないけど
たぶん 特別で
会いたい理由が
増えていくんだ
【Chorus】
まだ名前のない光
胸の奥で 揺れてる
イルミネーションより先に
気持ちが 灯り始めた
急がなくても いいよって
初夏の風が 笑うから
この想いを 大事に抱いて
今日を歩いていく
【Verse 2】
雑貨屋帰りの 夕焼け空
友だちの声が 少し遠い
“好きになる瞬間”なんて
もっと派手だと
思ってたのにな
白いコード 吊るされた
駅前の準備中の光
まだ始まってないのに
ちゃんと そこにあった
【Pre-Chorus】
気づかないまま
始まるものが
いちばん 本物なのかも
【Chorus】
まだ名前のない光
小さく胸で 瞬いた
花火みたいな恋じゃなくて
静かな あたたかさで
会えなくなる怖さより
また会いたいが 増えていく
その気持ちを 認めるたび
少しだけ 変わっていく
【Bridge】
ねえ
季節は 進んでいくのに
どうして心だけ
同じ場所で 立ち止まるんだろう
でも――
立ち止まったままじゃなくて
ちゃんと 見つめていたかった
この気持ちを
【Final Chorus】
まだ名前のない光
今夜そっと 灯ってる
冬でも春でもない
この季節の 真ん中で
“好き”って言葉に
急がなくても いいんだね
一緒に見たい未来が
もう 始まってるから
【Outro】
駅前の電飾が
一瞬だけ 光った
その小さな輝きに
少しだけ 似ていたんだ
……今のわたし
小説とオリジナル曲同時作成します
世界観をまるごと形にしてみませんか?
あなたの
・想い
・大切な人
・オリジナルキャラクター
・忘れられない出来事
それらをもとに、 オリジナル小説+その物語のためだけのオリジナル曲を制作します。
文章だけでは伝えきれない感情を
音楽がそっと包み込み
音楽だけでは描けない情景を
物語が広げていきます。
✔ 世界観重視
✔ ふんわり依頼OK
✔ 完全オリジナル
✔ AIを活用した高品質制作
AI技術を活用し、クリエイターの感性で構成・調整を行っています。
「読む」「聴く」だけでなく “感じる作品”を求めている方へ。
小説とオリジナル曲同時作成します 世界観をまるごと形にしてみませんか?
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