リモートワークが、国境を軽々と越えるようになった
業務の一部を外部のフリーランスに委託する。いまや珍しくもなんともない選択ですが、ここ数年で増えているのが、「お願いしたい相手が海外に住んでいる」というケースです。
仕事はオンラインで完結する。打ち合わせもチャットとビデオ会議で済む。それなら相手がどこに住んでいても同じ——実際、業務の進め方だけを考えれば、ほとんど同じです。
ただし、契約書は同じではありません。
国内のフリーランスと結ぶ業務委託契約書のひな型をそのまま使うと、海外在住者との契約では、ところどころが空回りします。書いていない前提が問題になり、書いてある条文が実態と合わなくなる。この記事では、海外在住の個人に業務を委託するときの契約書で、よく見落とされるポイントを「落とし穴」の形で14個、順番に解説します。
なお、ここで想定しているのは、日本の事業者が、海外在住の個人事業主(フリーランス)に業務を委託する場面です。海外の法人との取引や、自社の従業員を海外で働かせる場面とは、論点が異なりますのでご注意ください。
落とし穴1:国内用のひな型を、そのまま流用する
最初の落とし穴は、個別の条文の前に、姿勢の問題です。
手元にある業務委託契約書のひな型は、ほぼ間違いなく、国内取引を前提に書かれています。当事者は両方とも日本にいて、日本円でやり取りし、何かあれば日本の裁判所で争う。この前提が当たり前すぎて、条文には書かれていないことも多い。
相手が海外に住んだ瞬間、この「書かれていない前提」が全部、宙に浮きます。
分かりやすい例を挙げると、「月に一度、委託者の事務所で対面の定例打ち合わせを行う」といった条文。国内の相手なら自然でも、海外在住の相手には実行のしようがありません。実行できない条文が残っていると、それ自体が形式上の契約違反の種になりますし、読む人に「対面の場面が想定されているのか?」という余計な解釈もさせてしまいます。
ひな型を使うこと自体は問題ありません。ただ、一条ずつ「この条文は、海外にいる相手との取引で意味を持つか」と確かめる工程を挟んでください。以下の落とし穴は、その確認作業のチェックリストとしても使えます。
落とし穴2:準拠法と裁判管轄を書いていない
国内同士の契約では書かなくても困らないのに、海外がからむと突然重要になる条文の筆頭が、これです。
準拠法とは、その契約をどこの国の法律で解釈するかという取り決め。裁判管轄とは、もめたときにどこの裁判所で争うかという取り決めです。当事者の一方が海外にいる契約では、ここが空欄だと、「そもそもどこのルールで読むのか」自体が争点になりえます。トラブルの中身を争う前に、土俵の場所で争うことになる。これほど不毛な消耗はありません。
日本の事業者が委託側なら、「本契約は日本法に準拠し、日本法に従って解釈される」「本契約に関する紛争は、委託者の所在地を管轄する日本の裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする」という二点を入れておくのが基本形です。それぞれ一行で済む条文です。書き忘れたときの面倒さと比べれば、入れない理由がありません。
なお、国際的な取引では裁判の代わりに仲裁という方法を選ぶこともありますが、個人のフリーランスとの比較的小規模な委託なら、日本法・日本の裁判所というシンプルな形でまず十分です。契約書は、取引の規模に合わせて複雑にしすぎないことも大切です。
落とし穴3:通貨と振込先を決めていない
報酬の金額は決めてあっても、「どの通貨で」「どこの口座に」払うのかが書かれていない契約書は、意外と多いです。国内取引なら考えるまでもないことだからです。
相手が海外在住の場合、選択肢が生まれます。日本円か、現地通貨か。日本国内の銀行口座か、海外の口座か。そして、海外送金には手数料がかかり、為替レートは毎日動きます。
シンプルにできるなら、日本円建て・日本国内の口座への振込、で揃えるのが一番です。相手が日本に口座を残している場合は、この形にすれば、為替変動の論点も海外送金手数料の論点も、まとめて消えます。
それができない場合は、決めることが増えます。為替レートはいつの時点のものを使うのか。送金手数料はどちらが負担するのか。ここを曖昧にすると、毎月の支払額が微妙にずれて、小さな不信感が積み重なっていきます。海外口座への送金は着金までの日数も国内より長いので、支払期日の設定に少し余裕を持たせておくことも、地味ながら効きます。金額そのものより、「決めたとおりに払われている」という納得感のほうが、継続的な取引では効いてきます。
落とし穴4:時差を考えずに、期限を書いている
地味ですが、実務で一番ひんぱんに効いてくるのが時差です。
たとえば相手が北米在住なら、日本とのあいだに半日以上の時差があります。こちらの月曜朝イチは、向こうの日曜の夜。「今日中にお願いします」の「今日」が、お互いに別の日を指している、ということが普通に起こります。
普段のやり取りなら笑い話で済みますが、契約書に書かれた期限はそうはいきません。納品期限の「◯日中」、解約通知の「◯日前まで」、支払期日の「月末まで」。これらがどちらの国の日付・時刻を基準にするのか、契約書のどこにも書いていなかったら、期限ぎりぎりの場面で必ず解釈が割れます。
対策は一行です。「本契約における日時は、日本時間を基準とする」。これだけで、契約書じゅうの期限の解釈が一気に安定します。あわせて、主な連絡手段(メールか、チャットツールか)と、通知はどの手段で行えば有効か、も決めておくと、「言った・届いていない」の争いを防げます。
落とし穴5:相手の国の「働く資格」に触れていない
見落とされがちですが、リモートワークでも、本人が住んでいる国のルールからは自由になれません。
国によっては、滞在資格(ビザ)の種類によって、就労できる範囲に制限があります。「日本の会社からリモートで仕事を受けるだけだから関係ない」と言い切れるかどうかは、その国のルールと本人の資格次第で、日本側からは確認のしようがありません。
ここで大事なのは、役割分担を契約書に書いておくことです。委託する側が海外の役所のルールまで調べて保証することは、現実的にできません。だから、「受託者は、業務の遂行に必要な滞在国における資格・許認可等を、自己の責任と負担で確保する」と明記する。冷たく見えるかもしれませんが、守れない約束を黙って引き受けるより、線をはっきり引くほうが、双方にとって誠実です。
実務の入り口としては、契約の前に「いまお持ちの滞在資格で、この業務を受けられるか、現地で確認しておいてください」と一言伝えておくだけでも、のちの行き違いをかなり減らせます。
落とし穴6:税金を、国内と同じつもりで処理する
海外在住者への報酬の支払いは、税務の扱いが国内とは変わる場合があります。
代表的な論点が二つあります。ひとつは源泉徴収。支払う相手が日本の居住者か非居住者かで、源泉徴収の要否や税率が変わることがあり、業務の内容や、日本と相手国とのあいだの租税条約によっても結論が動きます。もうひとつは消費税。相手が課税事業者かどうか、取引が課税対象になるかどうかで、請求書の書き方が変わってきます。
率直に申し上げると、ここから先は税理士の領分です。契約書の側でできるのは、「請求書に記載すべき事項を定める」「税務上必要な情報や書類を相互に提供する」という手続きの整理まで。肝心の課税判断は、契約を結ぶ前に、必ず税の専門家に確認してください。
「契約書を作った専門家が大丈夫と言ったから」では、税務署には通りません。専門家には領分があります。それぞれの領分のプロに、それぞれの部分を確認してもらうのが、結局いちばん安全で安上がりです。
なお、請求書のやり取りも、国内の感覚とは少し変わります。相手が日本のインボイス制度の登録事業者でないことも多く、消費税の処理をどう整理するかという論点も生じえます。このあたりも含めて、取引を始める前に一度だけ税理士に相談しておくと、毎月の処理がずっと楽になります。
落とし穴7:経費の精算ルールを決めていない
業務に通信費やソフトウェア利用料などの実費がかかる場合、その精算ルールが曖昧な契約書は、あとでもめます。
もめ方はいろいろですが、委託側の「そんな出費は聞いていない」と、受託側の「業務に必要だったのに」がぶつかる構図は、だいたい共通しています。どちらの言い分にも一理あるのがやっかいなところで、原因は人ではなく、ルールの不在にあります。
おすすめは、毎月の請求書で締める方式です。「業務の遂行に要した費用は、当月分の請求書に記載して請求する」。この一文で経費は毎月精算され、認識のずれがあっても、その月のうちに小さい金額のまま発覚します。受託側にとっても、立て替えたお金が早く戻ってくるルールなので、一方的な縛りではありません。
金額の大きくなりそうな出費については、「事前に委託者の承認を得る」を付け加えておくと、さらに安定します。
落とし穴8:報酬の「決め方」と「変え方」を書いていない
報酬の金額だけ書いて、その性質や変更の手続きを書いていない契約書も、リスクを抱えます。
まず、決め方。報酬は何の対価なのかを、一文で定義しておきます。「本報酬は、本契約に定める業務の遂行に対する対価として、双方合意のうえ定めたものとする」。当たり前のことを書いているようですが、この定義があると、業務の外にある事情を理由にした事後の増額要求が、契約の土俵に乗らなくなります。海外がからむ契約での分かりやすい例は、為替です。「為替が動いて手取りが目減りしたので、円建ての報酬額を上げてほしい」。気持ちは分かりますが、為替リスクをどちらが持つかは報酬を決めた時点で織り込まれているはずで、見直すなら次の変更手続きの中で正面から協議する、というのが筋になります。
次に、変え方。「報酬の変更は、双方が書面で合意した場合に限る」と、変更の入り口を一本化しておきます。変更できない、ではなく、変更の手続きを決めておく。これなら、業務量が実際に増えたときには正面から協議すればよく、一方的な主張だけが通らない形になります。
そしてもうひとつ、途中で契約が終わったときの精算です。月の途中で終了した場合は、そこまでの履行の割合に応じて支払う。この一文がないと、最後の一か月分をめぐって、終わりぎわに気まずい交渉をすることになります。
落とし穴9:契約の「やめ方」を設計していない
期間と更新と解約。出口まわりの設計が甘い契約書は、終わるときにもめます。
決めておくべきことは三つです。第一に、期間と更新の方針。継続前提なら自動更新が便利ですが、期間限定のつもりなら、自動更新は入れずに「期間満了をもって終了し、継続する場合は改めて書面で合意する」と書く。終わる予定の契約に自動更新を入れて、通知を出し忘れて延長されてしまった、というのはよくある事故です。
第二に、通常の中途解約。期間の途中でも、一定の予告期間(30日前の書面通知など)を置けば解約できる道を、双方に用意しておきます。
第三に、例外的な出口。相手の重大な契約違反や、支払い停止のような信用不安が生じたときに、催告なしで直ちに解除できる道です。あわせて、双方が合意すれば直ちに契約を終了できる、という合意解約の一文も入れておくと、関係がこじれたまま予告期間を消化する、という消耗を避けられます。
平時の解約と、有事の解除と、合意による即時終了。性質の違う出口を分けて書いてあるか。契約書の設計力は、入り口より出口に表れます。
もうひとつ、海外の相手ならではの備えとして、連絡が取れなくなった場合の扱いも入れておくと安心です。国内なら、最終手段として住所を訪ねることもできますが、海外ではそれも現実的ではありません。「一定期間、合理的な方法による連絡に応答がない場合、委託者は本契約を解除できる」。使う場面が来ないことを祈る種類の条文ですが、あるとないとでは、いざというときの身動きがまるで違います。
落とし穴10:個人データが国境を越えることに、気づいていない
業務で扱う情報に個人情報が含まれる場合、相手が海外にいるというだけで、論点がひとつ増えます。データが国境を越えるからです。
日本の個人情報保護法には、外国にある第三者へ個人データを提供する場合の規律があります。さらに、相手の住んでいる国・地域によっては、日本より厳しいデータ保護のルールが適用されることもあります。ヨーロッパのGDPR(一般データ保護規則)が有名な例です。
契約書でやっておくべきことは、受託者の義務として、日本の法令に加えて業務に適用される外国のデータ保護ルールを遵守すること、漏えいやそのおそれが生じたときは直ちに通知すること、契約終了時にはデータを返却または消去すること、を明記しておくことです。取引先から一定のセキュリティ基準への対応を求められている事業者の場合は、その基準の遵守も受託者の義務に含めておくと、守りに抜けがなくなります。
秘密保持の条文も、守る対象を「委託者から開示された情報」だけでなく、「委託者がその取引先から預かっている情報」まで広げておきましょう。請負構造で仕事を出す場合、一番大事な情報は、自社の情報ではなく預かりものの情報だからです。
落とし穴11:書きすぎて、「雇用」に見えてしまう
最後の落とし穴は、これまでと逆向きです。心配のあまり条文を盛りすぎると、別の問題が生まれます。
業務委託契約は、雇用契約ではありません。働く時間や手順を細かく管理せず、仕事の進め方は受託者に任せる。それが業務委託の建て付けです。ところが、契約書に「毎日の始業・終業時刻を報告する」「業務時間中は常に連絡が取れる状態にする」といった勤怠管理のような条文を入れてしまうと、書類の名前が業務委託でも、実態は雇用に近づいていきます。実態が雇用なら、法律上は雇用として扱われる可能性があり、そうなると話は労働法の世界に変わります。
線のこちら側に踏みとどまる書き方はあります。稼働時間は上限の目安として定める。時間や工数の管理は受託者自身が行う。報告は、求めがあったときに業務の状況を報告する形まで。副業は原則自由とし、制限するのは「業務上知り得た情報を使って競合する行為」だけに絞る。
なお、相手が海外在住の場合、日本の基準だけでなく、滞在国にも雇用と委託を分ける独自のルールがあることがあります。意識する線は二本ある、と思っておいてください。
落とし穴12:契約書を何語で作るか、決めていない
相手が日本語の読み書きに不自由がなければ、日本語版だけで足ります。ただ、相手が日本語を読めない場合や、現地での税務・行政手続きのために契約書の提示が必要になる場合には、英語版などの翻訳を用意することがあります。
このとき必ず入れておきたいのが、正文条項です。日本語版と英語版の内容に食い違いがあったとき、どちらを正とするか。翻訳というのは、どれだけ丁寧にやっても、言葉のニュアンスまで完全には一致させられません。二つの言語版が同じ効力で並んでいると、食い違いが見つかったときに「どちらの文で読むのか」という争いがもう一つ増えることになります。「本契約は日本語版を正文とし、翻訳は参照のためのものとする」。日本の事業者が委託側で、準拠法も日本法なら、日本語を正文にしておくのが自然な形です。
逆に、相手がまったく読めない言語の契約書にそのままサインを求めるのは、トラブルのもとです。正文は日本語としつつ、内容を確認できる参考訳を渡す。ひと手間かかりますが、「読めない書類に署名させられた」と後から主張される事態に比べれば、はるかに安い手間です。
落とし穴13:成果物の権利の行き先を書いていない
業務の中で何かが作られる場合——文書、資料、データ、デザイン、プログラムなど——その権利が誰のものになるかは、書いておかないと宙に浮きます。
日本の著作権法では、著作物の権利は原則として作った本人に発生します。報酬を払ったから自動的に委託者のものになる、わけではありません。納品されたものを将来にわたって自由に使いたいなら、「成果物に関する著作権(著作権法第27条及び第28条に規定する権利を含む)は、報酬の支払いをもって委託者に移転する」という趣旨の条文が必要です。あわせて、著作者人格権を行使しない、という一文も実務の定番です。
相手が海外在住の場合は、もう一段の注意があります。著作権の扱いは国によって違い、権利の移転や放棄について、日本と異なるルールを持つ国もあります。準拠法を日本法にしておけば基本は日本の整理で動かせますが、成果物を相手の国でも利用する予定があるなら、その国での扱いを一度確認しておくほうが安全です。
落とし穴14:「判子を押して郵送」を前提にしている
最後は、契約の結び方そのものです。
国内向けのひな型の結びには、「本書2通を作成し、記名押印のうえ各1通を保有する」とよく書かれています。相手が海外にいると、この一文が急に重い手続きになります。紙を2通印刷して、国際郵便で送り、サインをもらって1通を返送してもらう。往復で数週間かかることもありますし、そもそも判子は日本のローカルな文化です。
現実的なのは、電子契約です。電子署名サービスを使えば、海をまたいでいても短時間で締結できますし、日本法のもとでも電子署名による契約は有効に成立します。契約書の結びの文も、「本契約の成立を証するため、本契約の電磁的記録を作成し、甲乙双方が電子署名を行う」という形に書き換えておきます。
電子契約サービスを使わない場合でも、どの方法で合意の証拠を残すかだけは、最初に決めておいてください。署名入りPDFをメールで交換するのか、メール本文での承諾を合意の成立とみなすのか。締結方法は契約全体の効力を支える足場なので、ここが曖昧なまま業務だけが始まってしまうのが、実はいちばん危ない状態です。
まとめ:チェックすべきは「書かれていない前提」
14個の落とし穴を並べてきましたが、貫いている話はひとつです。国内取引の契約書は、「両方とも日本にいる」という書かれていない前提の上に立っている。相手が海外に住んだ瞬間、その前提が崩れるので、前提だった事柄をひとつずつ、言葉にして契約書に戻していく必要がある——これだけです。
どこの法律で読むのか。どの通貨で、どこに払うのか。期限はどちらの時間か。働く資格は誰の責任か。税金はどう変わるのか。データはどこまで運ばれるのか。何語の契約書を、どうやって結ぶのか。普段は考えなくていいことを、一度だけ全部考える。それが海外在住者との契約書づくりです。
逆に言えば、一度きちんと作ってしまえば、あとの運用は国内の委託とほとんど変わりません。リモートで働ける優秀な人は、世界中にいます。契約書の不安だけを理由に、その選択肢を捨ててしまうのは、もったいない話です。
最後にもうひとつだけ。この記事は業務を委託する側の目線で書きましたが、ここに挙げた落とし穴は、受託する側——海外に住みながら日本の仕事を受けるフリーランスの方——にとっても、そのままチェックリストになります。提示された契約書に、通貨や時差や正文の定めが書かれていなかったら、サインの前に確認する。期限の基準がどちらの時間か分からなかったら、質問する。それだけで防げるトラブルが、ずいぶんあります。
本記事は、海外在住の個人に業務を委託する際の契約書に関する一般的な考え方の解説です。最適な契約内容は、業務の性質や取引の実態、相手国の制度によって変わりますので、個別の事情に応じた検討をおすすめします。税務上の判断は、必ず税理士等の専門家にご確認ください。契約書の作成・確認のご依頼は、出品中のサービスからお気軽にどうぞ。