『今日はオープン祝いだ!乾杯しよう!』
ヴィーナスの開店からしばらく経った頃だった。
その夜も店内は賑わい、
シャンパンと笑い声が飛び交っていた。
普段はお酒が苦手な私まで、
気がつけばかなり酔っていた。
『美月ちゃん、大丈夫?』
そう声を掛けてくれたのが駒ちゃんだった。
色白で上品な顔立ち。
派手さはないけれど、
なぜか人の心をほっとさせる不思議な魅力を持った女性だった。
その日を境に私たちは急速に仲良くなった。
駒ちゃんは地方で芸者をしていたお母さんに育てられた。
三味線が好きで、
着物姿もどこか粋だった。
いつか東京で成功して、
お母さんを呼び寄せて一緒に暮らしたい。
それが彼女の夢だった。
ある時、お店の旅行で温泉へ行った。
一緒に湯船に浸かった時のことだ。
私は思わず息を飲んだ。
駒ちゃんの肌は雪のように白く、
傷ひとつなく、
まるで日本画から抜け出してきた女性のようだった。
同性の私ですら見惚れたくらいだから、
男性ならなおさらだっただろう。
けれど人生とは残酷だ。
その美しい身体が、
一年も経たないうちに大きく変わってしまうことを、
その時の私は知るはずもなかった。
そんな頃だった。
雅子ママが伊豆に購入した別荘へ、
みんなで遊びに行くことになった。
海の近くに建つ和風の別荘。
手入れの行き届いた日本庭園。
陶芸家が作った大きなテーブル。
夕方には庭でバーベキューが始まった。
潮風が心地良く、
みんな笑顔だった。
いつもスーツ姿の田中さんも、
その日だけはラフな格好でどこか少年のように見えた。
ところが楽しい時間は突然終わった。
『美月ちゃん……』
駒ちゃんが苦しそうな声を出した。
顔色は真っ青で、
お腹を押さえながら汗を流している。
私たちは慌てて母屋へ運び、
田中さんの運転で病院へ向かった。
診断はウイルス性胃腸炎。
一晩点滴を受ければ大丈夫とのことだった。
それを聞いて、
全員が胸を撫で下ろした。
『本当に良かった』
私がそう言うと、
田中さんも静かに頷いた。
病室のベッドの上で、
駒ちゃんは力なく微笑んだ。
痛み止めが効いてきたのだろう。
その表情はどこか儚く、
守ってあげたくなるような美しさがあった。
田中さんは何も言わなかった。
ただ黙って駒ちゃんを見ていた。
それまで多くの女性を見てきた人だった。
華やかな女性も、
美しい女性も、
数え切れないほど出会ってきた。
けれど人は時として、
思いがけない瞬間に心を奪われる。
それは豪華なドレス姿でもなく、
華やかな銀座の夜でもなく、
病室の白いベッドの上だった。
その時、
田中さんの胸の奥で何かが静かに動き始めた。
それは小さな恋のはじまりだった。