【連載小説】第71話 祝福の夜

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銀座には不思議な力がある。

ひとりの女性が夢を追い続け、
やがて自分の店を持つ。

それは誰もができることではない。

だからこそ、その夜は特別だった。

『クラブ・ヴィーナス』オープン初日。

私は今まで生きてきた中で、
あれほど多くのお客様を見たことがなかった。

開店前から店の前には祝いの花が並び、
階段を埋め尽くし、
一階の入口から道路まで続いていた。

ビルのオーナーですら、

『最近ではこんな光景は見ないよ』

と驚いていたほどだった。

店内では次々と胡蝶蘭が運び込まれ、
ご祝儀袋が手渡され、
高価なシャンパンがまるでビールのように注文されていく。

その様子を見ながら私は改めて思った。

雅子ママは本当にすごい人なのだと。

『ヴィーナス』は銀座八丁目並木通り。

誰もが憧れる一等地だった。

白と金を基調とした店内は上品で華やかで、
正面には天井まで届く大きな生花が飾られていた。

女性は三十人近く。

全員が着物姿。

黒服たちも黒いスーツで身を固め、
店全体が祝祭の空気に包まれていた。

そんな中でも雅子ママは少しも浮かれていなかった。

『佐藤様、ありがとうございます』

『ママの夢が叶ったな』

そう言われると雅子ママは静かに微笑んだ。

『いえ、まだ途中ですわ』

『途中?』

『この店を持つことは夢でした。でも私の夢はまだ先にありますの』

その言葉に佐藤さんは声を上げて笑った。

『さすがだな。普通はここで満足するものだ』

『満足したら終わってしまいますもの』

雅子ママはそう言ってグラスを持ち上げた。

私はその横顔を見ながら思った。

この人はどこまで行こうとしているのだろう。

私には想像もつかなかった。

その夜の店内は戦場だった。

栞さんも私も席から席へ走り回り、
気が付けば何時間経ったのかも分からない。

『美月ちゃんも来たのか』

『はい、よろしくお願いします』

『ママのこと頼むな』

そう声を掛けてくれたのは田中さんだった。

予備校を経営する有名な実業家で、
雅子ママの古いお客様でもある。

派手な女性遊びをするわけでもなく、
誰か一人を囲うわけでもない。

いつも大勢の仲間を連れて来店し、
気前よく飲んで、
最後は六本木あたりで朝まで騒ぐ。

銀座には珍しいタイプのお客様だった。

文句を言わない。

お金払いもいい。

そして女性に執着しない。

だから皆から好かれていた。

誰もが羨むような家庭もあった。

渋谷の松濤の豪邸。

美しい奥様。

息子さんと娘さん。

順風満帆な人生。

誰の目にも幸せそうに映っていた。

けれど人の心は外から見えない。

どれだけ恵まれていても、
ふと立ち止まり、

『このままでいいのだろうか』

と考えてしまうことがある。

田中さんもまた、
そんなひとりだったのかもしれない。

そしてその頃、
彼の人生にはひとりの女性が現れていた。

和服の似合う女性。

駒子という名の、
色白で穏やかな瞳をした女性だった。

その時の私はまだ知らない。

この出会いが、
田中さんにとって不幸をもたらすことになるとは。。。

祝福に包まれた夜の始まりだった。
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