【連載小説】第69話 運命の10分間

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狭間さんがお店で暴れた翌日だった。

雅子ママは嫌な予感が消えなかった。

そして店長を連れて狭間さんの事務所へ向かった。

『私が三十分経っても出てこなかったら警察に電話して』

そう言い残し、雅子ママは一人でビルの中へ入っていった。

店長は時計を何度も見ながら待った。

十分。

二十分。

そして約束の三十分が過ぎようとした時だった。

雅子ママがようやく姿を現した。

その顔は僅かに青ざめていた。

『雅子ママ、大丈夫ですか?』

『ええ、大丈夫』

『売掛金は?』

『渋々だったけど全額払ってもらったわ』

そう言って雅子ママは小さく笑った。

店長は胸を撫で下ろした。

同時に思った。

この人はやはり普通ではない。

銀座で生き抜いてきた強さを持っているのだと。

そして数日後。

昼のニュースを見ていた美月は思わず声を失った。

狭間さんが映っていたのだ。

詐欺集団の主犯格として逮捕されたという報道だった。

雅子ママが事務所へ乗り込んだのは逮捕直前。

一歩間違えばどうなっていたか分からない。

銀座とは時として薄い氷の上を歩くような世界だった。

華やかな光の裏には、

誰にも見えない危険が潜んでいる。

そんなことを改めて感じた出来事だった。

それからしばらく経ったある日。

『美月ちゃん、ちょっと話があるの。今から寿司雅まで来てくれないかしら』

突然の電話だった。

美月は慌てて支度をして寿司雅へ向かった。

雅子ママはすでに席に着いていた。

『何でも好きなもの食べてね』

『はい。いただきます』

美月は緊張していた。

雅子ママと二人きりになると今でも背筋が伸びてしまう。

しばらくして雅子ママが箸を置いた。

『実はね、美月ちゃんに聞きたいことがあるの』

『はい』

『まだ誰にも話していないことなんだけど』

その言葉に美月は自然と姿勢を正した。

『近いうちに自分のお店を出そうと思っているの』

『本当ですか!おめでとうございます!』

思わず大きな声が出た。

雅子ママは微笑んだ。

『それでね』

そして一呼吸置いて言った。

『美月ちゃん、一緒に来ない?』

美月は一瞬言葉を失った。

雅子ママを頼って銀座へ来た。

右も左も分からない自分を育ててくれた人だった。

その人から必要だと言われた。

それだけで胸がいっぱいになった。

『もちろんです』

美月は即座に答えた。

『私は雅子ママを頼って銀座へ来ました。どこまでも一緒に行きたいです』

雅子ママは嬉しそうに頷いた。

『ありがとう。でもこの話はまだ内緒よ。こういうことはタイミングが大事だから』

『はい。分かりました』

『じゃあ今日はそれだけ』

『えっ、それだけですか?』

『それだけよ』

二人は思わず笑った。

『また詳しいことが決まったら連絡するわね』

『はい。楽しみにしています』

寿司雅で過ごした時間はほんの十分ほどだった。

長い人生から見れば、

あまりにも短い時間だった。

けれど人生とは不思議なものだ。

何年も続く出来事より、

たった十分の会話で未来が決まることがある。

その時の美月は、

新しいお店への期待しかなかった。

その十分が、

この先の人生を大きく変える運命の十分間になるとは、

まだ知る由もなかった。
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