【連載小説】第77話 再会

【連載小説】第77話 再会

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交通事故に遭ってから、美月はよく考えるようになった。

人の人生は、明日どうなるか分からない。

あの日、自転車ではなく体に車が直撃していたら——。

そう思うと背筋が寒くなった。

それまでの美月は、毎日が楽しかった。

銀座で働き、仲間と笑い、お客様と過ごす。

それだけで十分幸せだった。

けれど事故を境に、ふと考えるようになった。

このまま歳を重ねていくだけでいいのだろうか。

何か自分の力で残せるものはないのだろうか。

そう思った時、頭に浮かんだのが資格だった。

書店へ通い、資格の本を何冊も立ち読みした。

その中で目に留まったのが『行政書士』だった。

独立もできる。

国家資格でもある。

法律を学んだことのない自分でも挑戦できるらしい。

ただし当時は短大卒以上の学歴が必要だった。

地方の女子校卒の美月には縁のない話に思えた。

だが諦めるのは簡単だった。

それなら先に短大卒業資格を取ればいい。

そう考えた瞬間から行動は早かった。

通信制の短大を探し、資料を取り寄せ、勉強を始めた。

久しぶりに胸が高鳴った。

未来に向かって歩いている気がした。

『美月ちゃん、最近なんだか楽しそうね』

そう声を掛けてきたのは、仲良くなった小夜子さんだった。

金沢出身で、しっとりとした着物姿がよく似合う女性だった。

『そう見える?』

『見える見える』

『私ね、資格を取ろうと思ってるの』

『えー!勉強?』

小夜子さんは本気で驚いた顔をした。

『ただ生きてるだけみたいな人生は嫌なのよ』

『私はお金もらっても勉強なんてしたくないわ』

『でも将来不安じゃない?』

『不安だけどねぇ』

そう言いながら小夜子さんは笑った。

『小夜ちゃんの夢は?』

『小料理屋のおかみさんかな』

『いいじゃない!』

『夢のまた夢だけどね』

『今度ご飯作ってよ』

『いいわよ。実家からぶりが届くから、ぶりづくしにしてあげる』

『本当?絶対行く!』

魚はそれほど得意ではなかったが、人の手料理が恋しかった。

その約束だけで少し嬉しくなった。

そんなある日の深夜だった。

銀座から自宅へ帰るためタクシーに乗った。

運転手の後ろ姿を見た瞬間、妙な親近感を覚えた。

どこかで見たような背中。

独特の話し方。

まさか——。

『あの、川上さんですか?』

運転手はバックミラー越しに不思議そうな顔をした。

『はい、川上ですが』

『私、美月です。覚えてませんか?』

その瞬間、川上さんの目が大きく開いた。

『ああ!風花の美月ちゃんか!』

懐かしい名前だった。

地方のクラブ時代。

こずえさんとの騒動で人生が大きく狂った男性。

突然姿を消して以来、消息も分からなかった人だった。

『川上さん、どうしていたんですか?』

『いやあ、何から話したらいいかな』

川上さんは少し笑った。

だがその笑顔は昔よりずっと疲れて見えた。

家庭も会社も失ったこと。

知人を頼って東京へ出てきたこと。

頼った相手に裏切られたこと。

様々な仕事を転々としたこと。

そして今はタクシー運転手として働いていること。

静かな口調で話してくれた。

『自業自得だよ』

最後にそう言って苦笑した。

『こずえさんは?』

『知らないな』

『実家の近くでお店を持ったって聞いたわ』

『そうか』

川上さんは窓の外を見た。

『あの人は店を持つのが夢だったからな』

その横顔はどこか遠くを見ているようだった。

マンションへ着いた時だった。

『美月ちゃん』

『はい?』

『こうして会えて嬉しかったよ』

『私もです』

『頑張れよ』

『ありがとうございます』

タクシーは静かに走り去っていった。

しばらくその場から動けなかった。

あれほど勢いがあり、誰もが羨む生活をしていた人だった。

その人が今は深夜の東京を走るタクシーの運転席に座っている。

人生は本当に分からない。

今日笑っている人が、明日も笑っている保証などどこにもない。

事故の日から心のどこかで感じていた不安が、川上さんとの再会で形になった気がした。

だから私は勉強しようと思った。

誰かに頼るためではない。

自分の足で立つために。

そんなことを考えていた頃だった。

『美月ちゃん、ちょっと相談があるの』

約束通り小夜子さんの手料理をご馳走になっている時だった。

小夜子さんは、今まで見せたことのない真剣な表情で口を開いた。
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