「業務委託契約書」という題名は、当てにならない
タイトルに「業務委託契約書」と書いてあれば、業務委託契約として通る。そう思っている方が、けっこう多いんです。でも、題名と中身は別物。実務でいろいろな契約書を見ていると、表紙は業務委託なのに、中の条文はぜんぜん業務委託になっていない、というものが、本当によくあります。
何が問題なのか。中身が業務委託になっていないと、いざトラブルになったとき、その条文が無効になったり、最悪の場合「これは業務委託を装った雇用だ」と判断されたりします。そうなると、払う必要のなかった残業代や社会保険料を、さかのぼって請求される。題名で安心していると、足元から崩れるんです。
この記事では、受け取った(または自分で作った)業務委託契約書を見たときに、「あれ、これ大丈夫か?」と気づけるように、危ない条文のパターンを7つ挙げていきます。発注する側にも、受注する側にも、自分で契約書を作る人にも、チェックリストとして使える内容にしました。
先に、全体を貫く考え方をひとつ。業務委託契約というのは、ざっくり言えば「対等な事業者どうしが、仕事を任せ・引き受ける」契約です。雇う・雇われるの関係ではない。ここがブレると、条文のあちこちがおかしくなります。これから挙げる7つも、根っこをたどると、たいてい「雇用と委託が混ざっている」か「ひな型を実態に合わないまま貼っている」か、このどちらかに行き着きます。そこを意識しながら読むと、見分けが早くなります。
パターン1:従業員を「常駐させて指揮監督する」と書いてある
いちばん危ないのが、これです。
たとえば、こんな条文。「乙は、従業員を甲の事業場に常駐させ、甲の指揮監督のもとで作業させる」。一見、もっともらしく見えます。でも、これはもう業務委託ではありません。人を送り込んで、相手の指揮命令で働かせる。これは実態として、労働者派遣か、あるいは雇用そのものです。
業務委託というのは、仕事の進め方を受注側が自分で決めて、自分の判断で成し遂げる契約です。発注側が常駐させて、時間を管理して、こまかく指示を出す。それをやった時点で、もう委託の枠を超えています。裁判になれば、その「従業員」は実質的に発注側の労働者とみなされる可能性が高い。そうなると、労働法上の責任が一気に発注側にのしかかってきます。
「常駐」「指揮監督」「指示に従って」。このあたりの言葉が業務委託契約書に出てきたら、黄色信号です。本当に委託でやりたいのか、それとも派遣や雇用にすべき関係なのか、そこから考え直したほうがいい。
ついでに言うと、人を送り込んで相手の現場で働かせる形は、やり方次第で労働者派遣にあたります。派遣には派遣の免許(許可)が要りますから、無許可でこれをやると、契約の有効性どころか、業の適法性そのものが問われます。「業務委託」の看板で派遣まがいのことをしていないか。ここは、契約書の文言以前の、事業の組み立ての問題です。常駐させて指揮監督したいなら、派遣の許可を取るか、いっそ雇うか。委託の形にこだわるなら、現場の進め方は受注側に任せる。どれを選ぶかを、はっきりさせておく必要があります。
パターン2:「労働保険・社会保険は適用しない」とわざわざ書いてある
これは逆方向の落とし穴です。良かれと思って書いた一文が、かえって不利になるパターン。
業務委託契約書に、「本契約は雇用ではないので、社会保険・労働保険は適用しない」「労災は乙の自己責任とする」といった条文が入っていることがあります。書いた人の気持ちは分かります。「これは雇用じゃないですよ」とはっきりさせたかったんでしょう。
でも、考えてみてください。業務委託は、そもそも雇用じゃないんです。雇用じゃないんだから、社会保険も労働保険も、最初から関係がない。関係のないことを「適用しない」とわざわざ書くのは、不自然なんですね。
それどころか、こう書いてあると、「この契約は、本当は雇用なんじゃないか。だからわざわざ否定しているんじゃないか」という疑いを呼びます。やましいことがないなら、書く必要がない。書いてあること自体が、偽装雇用を疑わせる材料になってしまう。きちんとした専門家が作る業務委託契約書には、この手の「適用しない」条文は入りません。あったら、むしろ削るべきです。
同じことが、有給休暇や、勤務時間、残業といった言葉にも言えます。業務委託の契約書に、雇用の世界の言葉が混ざっていたら、それ自体が「中身は雇用では?」のサインです。業務委託なら、働く時間は受注側が自分で決める。だから「勤務時間」も「残業」も、本来は出てこない言葉なんです。逆に、これらの言葉を使わずに済んでいる契約書は、ちゃんと委託の発想で書かれている、とも言えます。雇用の語彙が紛れていないか、という目で読むと、その契約書が本当に委託なのかが見えてきます。
パターン3:「善管注意義務」が、意味もなく入っている
ちょっと専門的な話になりますが、よく見かけるので挙げておきます。
「乙は、善良な管理者の注意をもって本業務を行う」。この「善管注意義務(ぜんかんちゅういぎむ)」という言葉、契約書によく出てきます。でも、使い方を間違えているケースが多いんです。
善管注意義務というのは、もともと「他人のものを預かったときに、自分のもの以上に大事に扱いなさい」という場面で出てくる考え方です。たとえば、修理工場がお客さんの車を預かったとき。預かりものだから、丁寧に扱う義務がある。これが善管注意義務です。
ところが、預かるものが何もない業務委託で、ただ「善管注意義務を負う」とだけ書いてあると、何に対する注意なのかが分からない。意味のない条文になってしまいます。預かる物や情報があるなら、「○○を善管注意義務をもって管理する」と対象をはっきりさせる。対象もないのに言葉だけ置いてあると、専門家が見れば「ああ、よそのひな型をそのまま貼ったな」と分かります。
こういう「とりあえず重そうな言葉を置いただけ」の条文は、善管注意義務に限りません。やたらと難しい法律用語が並んでいるのに、よく読むと何を約束させているのか分からない条文。これは、専門家が一から考えて書いたのではなく、複数のひな型から条文をかき集めて貼り合わせた契約書に、よく見られる特徴です。立派に見えて、中身が空っぽ。契約書は、難しい言葉が多いほど強いわけではありません。むしろ、自分の取引で何を約束し合うのかが、平易な言葉で具体的に書いてあるほうが、ずっと強いんです。
パターン4:受注側に「会社の肩書」を使わせている
これは、発注する側が気づきにくい落とし穴です。
「乙は、甲の指定する肩書を使用し、それに伴う名刺を作成できる」。受注側に、発注側の会社の肩書や名刺を持たせる、という条文ですね。営業を手伝ってもらうときなどに、入れたくなる気持ちは分かります。
でも、これをやると「表見代理(ひょうけんだいり)」という問題が起きることがあります。難しい言葉ですが、中身はシンプルです。外から見て、その人が会社の人間に見える状態を会社が認めていると、その人が外で起こしたことの責任を、会社が負わされることがある、ということ。
会社の肩書と名刺を持った人が、取引先と何か約束をしてくる。受け取った取引先からすれば、「会社の人がそう言ったんだから」と信じますよね。すると、その約束の責任を、会社が引き受けなければならなくなる。受注側のしたことなのに、発注側が全部かぶる。肩書を使わせる条文は、便利そうに見えて、こういうリスクを抱えています。入れるなら、使える範囲をきっちり絞っておかないと危ない。
パターン5:そもそも「何の業務か」が書いていない
意外と多いのが、これです。
「甲は乙に対し、本業務を委託する」とだけ書いてあって、その「本業務」が具体的に何なのかが、どこにも書かれていない。あるいは、ぼんやりした一般的な言葉で濁してある。
普段は、これでも回ります。お互い、何の仕事かは分かってますから。問題は、もめたときです。裁判になったとき、いちばん最初に問われるのが、「で、この契約は、そもそも何についての契約だったんですか」という点なんです。ここが曖昧だと、何が約束だったのか、どこからが契約違反なのか、すべての判断の土台が定まらない。
「無駄な一文に見えて、実は最重要」というのが、この業務内容の特定です。委託する業務が毎回変わるなら、契約書本体には大枠だけ書いて、個別の中身は別途の覚書や個別契約で取り決める。そうやってでも、「何の仕事か」は必ずどこかに残しておく。ここが空っぽの契約書は、いざというとき、いちばん肝心なところで足場がありません。
パターン6:個人情報の「立入調査」が、やりすぎている
受注側に個人情報を預けるとき、発注側がその管理をチェックしたい、という気持ちは自然です。でも、書き方を間違えると、逆に違法になりかねない条文があります。
「甲は、乙の事業所に立ち入り、乙が管理する個人情報を閲覧・調査できる」。こういう条文です。管理がきちんとされているか確認したい、という意図は分かります。でも、立ち入って個人情報そのものを見る、となると、話が変わってきます。
受注側が預かっている個人情報は、もとをたどれば、その情報の本人のものです。受注側には、それを適切に管理する義務がある。そこへ発注側が立ち入って中身を見せろ、というのは、場合によっては受注側に個人情報保護法違反をさせることになりかねない。管理が適切かどうかの「報告を求める」のは問題ありません。でも、立入検査で中身そのものを確認するのは、行きすぎなんです。
チェックしたいなら、報告を求める、書面で管理状況を確認する、というところまで。中身を直接見にいく条文は、入れないほうが安全です。
個人情報まわりは、ほかにも「とりあえず感」の出やすい場所です。やたら長い個人情報保護の条文がずらっと並んでいるのに、よく読むと整合が取れていない、というケースをよく見ます。定義はあるのに、その定義した言葉が後ろで使われていなかったり、報告の条文と安全管理の条文が噛み合っていなかったり。これも、複数のひな型を貼り合わせた跡なんです。個人情報の条文は、量より中身。自分が実際に預かる情報は何で、それをどう守り、終わったらどうするのか。この流れが筋道立っていれば、条文は短くても機能します。
パターン7:「引き抜き禁止」が、ただ書いてあるだけ
最後は、効きそうで効かない条文の話です。
「相手方の役員や従業員を引き抜いてはならない」「取引先を勧誘してはならない」。こういう引き抜き禁止・勧誘禁止の条文、よく入っています。気持ちは分かります。せっかくの人や取引先を、ごっそり持っていかれたら困りますから。
ただ、ただ「禁止する」と書いてあるだけだと、実際にはあまり効きません。禁止と言われても、破ったらどうなるのかが書いていなければ、相手にとっては痛くもかゆくもない。職業選択の自由や営業の自由との兼ね合いもあって、広すぎる禁止は、そもそも無効と判断されることもあります。
効かせたいなら、禁止と書くだけでは足りないんです。何が禁止行為なのかを具体的に決めて、それを破ったらどうなるか――違約金や損害賠償――まで、セットで書く。「これをやったら、これだけ払うことになる」と分かって初めて、抑止力になります。引き抜きを本気で防ぎたいなら、禁止行為・違約金・損害賠償の三点を組みで設計してください。
業務委託の現場でいちばん多いのは、「中抜き」を防ぎたい、という相談です。発注側が紹介した取引先と、受注側が直接つながって、発注側を飛ばして取引してしまう。これを防ぎたいなら、まさに上の三点セットが要ります。発注側を介さず直接取引することを禁止行為として明記し、破ったらいくら払う、という違約金を添える。「直接取引はしないでくださいね」とお願いするだけでは、止まりません。お願いを、効く条文にするのが、契約書の仕事です。
受け取った契約書が、この7つに当てはまったら
ここまで7つ挙げてきました。受け取った契約書がこれに当てはまったとき、どうするか。立場によって、対応は変わります。
あなたが受注側(業務を受ける側)なら、まず落ち着いてください。これらの条文の多くは、もめたときに「無効になる可能性が高い」というもので、今すぐあなたが不利になるわけではないことが多いんです。相手が用意した契約書にサインを求められて、しかも自分のほうが立場が弱いなら、無理に全部を直させようとしなくてもいい。気になる点を頭に入れておいて、実際に問題が起きたときに専門家へ相談する、という構えでも、受注側ならそれほど困らない場面が多い。
現実問題として、仕事をもらう立場で「この契約書のここを直してください」とは、なかなか言い出しにくいものです。そこは無理をしなくていい。ただし、明らかに自分が一方的に重い責任を負わされる条文――たとえば、損害が出たら上限なく全額負担する、といった青天井の賠償条文――だけは、サインの前に気づいておきたい。気づいたうえで受けるのと、知らずに受けるのとでは、いざというときの心構えが違います。全部は直せなくても、どこが自分のリスクなのかは、把握しておく。それだけでも価値があります。
あなたが発注側(業務を出す側)なら、話は別です。これらの危ない条文は、たいてい発注側に跳ね返ってきます。偽装雇用とみなされる、表見代理で責任を負う、無効な条文で守ったつもりが守れていない。発注側こそ、自分の契約書をこの7つで点検すべきです。
そして、自分で契約書を作る人なら――よそのひな型をそのまま使うのは、いったんやめたほうがいい。ネットで拾える業務委託契約書のひな型には、ここで挙げた危ない条文が、わりと普通に入っています。それを業種も立場も違う自分の取引にそのまま当てはめると、合わない条文を抱え込むことになる。
ひな型をそのまま使うと、なぜ危ないのか
少し補足します。なぜ、ひな型に危ない条文が紛れているのか。
ひとつは、ひな型が「とりあえず色々入れておく」発想で作られているからです。あれもこれも入れておけば安心、という感覚で、業務委託に不要な条文(社会保険を適用しない、など)まで盛り込まれている。多いほど安全、ではないんです。実態に合わない条文は、むしろ弱点になる。
もうひとつは、ひな型には「想定している立場」があるからです。発注側に有利に作られたひな型もあれば、受注側を守るために作られたものもある。自分がどっちの立場かを考えずに拾ってくると、自分に不利なひな型を使ってしまうこともある。
業務委託契約書を見たり作ったりするときの基本は、「この条文は、うちのこの取引に、本当に必要か」を一つずつ確かめることです。題名や見た目の立派さではなく、中身が自分の実態と合っているか。そこを見られるようになると、危ない契約書を、サインの前に見抜けるようになります。
それと、契約書が毎回の案件で中身の変わる取引なら、無理に一枚で全部を背負わせないことです。共通のルールは業務委託契約書本体に書いて、案件ごとに変わる業務内容や報酬は、覚書や個別の合意書で都度取り決める。本体に汎用的なことを詰め込みすぎると、合わない条文が増えて、かえって弱くなります。本体はシンプルに、個別は別紙で。この組み立てにすると、危ない条文も紛れ込みにくくなります。
不安なら、サインの前にひと目だけ
業務委託契約書は、世の中にあふれています。だからこそ、よくできたものと、危ういものが、混ざって出回っている。題名が同じでも、中身の安全性はぜんぜん違うんです。
ここで挙げた7つ――常駐と指揮監督、保険を「適用しない」の一文、意味のない善管注意義務、肩書の使用、業務内容の不記載、行きすぎた立入調査、ただ書いてあるだけの引き抜き禁止。この7つを頭の隅に置いておくだけでも、契約書を見たときの解像度が変わります。
そして、金額が大きい取引や、長く続く取引、人が関わる取引でこの種の契約書を交わすなら、サインの前に一度、第三者の目を通しておくと安心です。直すべきところは、たいてい数か所。でもその数か所が、あとで効いてきます。「題名が業務委託だから大丈夫」ではなく、「中身が業務委託になっているか」。そこを確かめる習慣だけは、持っておいて損はありません。
本記事は、業務委託契約書に関する一般的な考え方の解説です。雇用と業務委託の区別や条項の有効性は、働き方の実態や個別の事情によって判断が変わりますので、実際の作成・確認にあたっては個別の検討をおすすめします。契約書の作成・チェックのご依頼は、出品中のサービスからお気軽にどうぞ。