朝、目が覚めた時。
理由はよく分からないけれど、
今日は少ししんどい。
そんな朝があります。
昨日と何かが大きく変わったわけではない。
体調が悪いわけでもない。
それなのに、
いつも通りの自分でいられない気がする。
本当は頑張りたい。
やるべきことも分かっている。
だからこそ、
思うように動けない自分に焦ってしまうことがあります。
私たちは、
強くあることを良いことだと教わることがあります。
弱音を吐かないこと。
頑張り続けること。
期待に応えること。
前を向くこと。
もちろん、
それらは大切なことかもしれません。
けれど、
いつも強くいられる人はいません。
疲れる日もあります。
迷う日もあります。
立ち止まる日もあります。
それでも私たちは時々、
そんな自分を許せなくなります。
「もっと頑張らなきゃ」
「こんなことで疲れていてはダメだ」
「みんなはちゃんとやっているのに」
気づけば、
苦しさよりも先に、
自分を責める声の方が大きくなっていることがあります。
でも、
強くいられない日は、
弱い日なのでしょうか。
もしかすると、
そうではないのかもしれません。
強くいられない日があるから、
自分の限界に気づける。
強くいられない日があるから、
人の痛みにも気づける。
強くいられない日があるから、
休むことの大切さを知る。
いつも頑張れることだけが強さではありません。
無理をしている自分に気づくことも、
ひとつの強さなのだと思います。
だから今日、
もし少しだけ力が出ないのなら、
無理に元気になろうとしなくても大丈夫です。
強くいられない朝もあります。
そんな朝があることまで含めて、
人は生きているのだと思います。
今日は少しだけ、
強くなろうとすることを休んでみませんか。
導仁より。
ここまで読んでくださって、
ありがとうございました。
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