「仕事を外注したいけれど、情報が漏れないか心配」「取引先から預かったデータを、再委託先に渡しても大丈夫だろうか」。ソフト開発に限らず、仕事を誰かにお願いする場面では、こうした不安がつきものです。そんなときに用意しておきたいのが、秘密保持契約書、いわゆるNDAです。
とはいえ、いざ作ろうとすると、「何を書けばいいのか」「自分の文章で大丈夫なのか」「厳しすぎたり、逆に足りなかったりしないか」と、迷うことばかり。ひな形をネットで探してはみたものの、自分のケースに合っているのか分からない、という方も多いと思います。このブログでは、秘密保持契約書をこれから用意しようと考えている方に向けて、依頼する前に知っておくと安心なことを、やさしくまとめました。書類を作るという、行政書士の仕事の範囲でお話しできることを中心にしています。
なお、この記事は一般的な解説です。出てくる例はすべて説明のための一般的な設定で、特定のご相談や事業者を取り上げたものではありません。最適な形は、扱う情報や取引の形態によって変わりますので、考え方の参考としてお読みください。
こんなご相談をよくいただきます
よくあるきっかけ
秘密保持契約書のご相談は、たとえばこんなきっかけで寄せられます。「業務が広がってきて、仕事を再委託することになった」「外注先に、取引先から預かった資料やデータを渡す必要がある」「発表前の製品情報や、独自の技術を扱うので、漏れたら困る」。共通しているのは、自分の手を離れて情報が流れていくことへの不安です。
口約束や「常識的に考えて大丈夫だろう」では、いざというときに心もとない。とくに、もとの取引先から預かった情報を扱う場合は、自分が漏らさないだけでなく、外注先からも漏れないようにする責任が生じます。だからこそ、「外に出さない」「目的以外に使わない」という約束を、あらかじめ書面にしておきたい、というご希望につながります。
「汎用的に使える一通がほしい」という声
もうひとつよくいただくのが、「案件ごとに作り変えるのは大変なので、汎用的に使える一通がほしい」という声です。取引先や外注先が増えるたびにゼロから作っていては手間ですし、内容にばらつきも出ます。当事者の名前や対象の業務など、案件ごとに変わる部分だけ差し替えれば使える。そんなひな形があると、新しい相手が出てきても、同じ水準で安心して約束を交わせます。
ただし、汎用的にしようとするほど、内容は当たり障りのない方向に流れがちです。自分が本当に守りたい情報は何か、自分の仕事の特性をどう反映するか。汎用性と、自社の実態に合っているか。この両立を意識しておくと、「持っているだけ」で終わらない、使える一通になります。
秘密保持契約書とは、何のための書面か
ひとことで言うと
秘密保持契約書は、「相手に渡す情報を、外に漏らさない・目的以外に使わない」と約束してもらうための書面です。お互いに(あるいは一方が)守秘義務を負うことを、文章ではっきり決めておきます。
大げさな道具のように聞こえるかもしれませんが、要は「大事な情報を、安心して渡せるようにするための土台」です。相手を疑うためではなく、お互いが気持ちよく仕事を進めるための準備、と考えるとしっくりきます。きちんとした書面があること自体が、相手にとっても「信頼して任せてもらえている」という安心材料になります。
出しておくと、何が変わるのか
きちんとした秘密保持契約書を交わしておくと、まず、守ってほしいことが相手にはっきり伝わります。何が秘密で、どう扱ってほしいのか。それが明文化されているだけで、相手の意識も変わります。口頭で「気をつけてね」と言うのと、書面で取り決めるのとでは、受け止め方がまるで違います。
そして、万一トラブルになったときの拠り所になります。「こういう約束だった」と示せる書面があるかないかで、その後の対応はずいぶん違ってきます。逆にいえば、約束があいまいなまま情報を渡してしまうと、後から困るのは渡した側です。備えとしての一通を、トラブルが起きる前に用意しておく意味は、そこにあります。
ソフト開発などの外注で、とくに気をつけたいこと
ソースコードや技術情報の扱い
開発の仕事では、守りたい情報が具体的になります。プログラムのコードそのもの、作業の中で見聞きする技術情報、使っているライブラリや手法など。これらをきちんと秘密情報に含めておきたいところです。形のないノウハウも、立派な守るべき情報です。
ただし、世の中で広く知られている一般的な技術まで「秘密だ」と縛ると、相手は仕事がしづらくなりますし、約束として無理が出ます。守るべきは、あくまで自社や取引先に固有の情報。その線引きを意識すると、相手にも納得してもらいやすい内容になりますし、いざというときにも「これは確かに秘密だった」と主張しやすくなります。
成果物の権利は誰のものか
開発を頼むと、できあがったプログラムや、その過程で生まれた工夫が出てきます。そのとき、「成果物の権利は誰のものか」をはっきりさせておかないと、後でもめることがあります。発注した側に権利を残すのが一般的ですが、もとに取引先がいる再委託では、その取引先の取り決めが優先することもあります。
権利の帰属は、秘密保持契約書の中で触れることもあれば、別の契約で定めることもあります。どこで決めるにせよ、あいまいにしないことが大切です。とくに、複数の関係者がいる再委託では、「誰が作ったものが、誰のものになるのか」が複雑になりがちなので、早い段階で整理しておくと安心です。特許など、専門性の高い権利の話は、後で触れるように専門家と相談しながら進めるのがよいでしょう。
再委託・再々委託の歯止め
情報が、頼んだ相手からさらに別の相手へ渡っていくこともあります。これを野放しにすると、どこまで情報が広がるか分からなくなります。そこで、「さらに別の相手に出すなら事前に知らせてもらう」「もとの取引先が二次委託を禁じているなら認めない」といった歯止めを入れておきます。
あわせて、相手の社内でも、業務に関わる人だけに情報を絞ってもらい、その人たちにも同じ義務を守らせる、という形にしておくと安心です。情報が想定外のところまで流れないよう、入口と、相手の内側の両方でルールを決めておくわけです。
自分で作るときに迷いやすいところ
「秘密情報」をどこまで含めるか
いちばん迷うのが、何を秘密情報とするかです。広く書きすぎると管理が大変になり、狭すぎると本当に守りたいものが外れてしまう。守りたいものを具体的に挙げつつ、すでに公になっている情報や、相手がもともと持っていた情報は対象から除く、という形にすると、過不足のない定義になります。
「とにかく全部秘密」と書けば安心、と思いがちですが、実はそうではありません。範囲が広すぎると、何が本当に大事なのかがぼやけ、相手も守りようがなくなります。守るべきものを見極めて、はっきり書く。これが結局はいちばん効きます。
「通知」と「承諾」の違い
地味ですが大事なのが、言葉づかいです。たとえば、相手が情報を第三者に出すときに「通知する」と書くか「承諾を得る」と書くかで、意味がまったく変わります。通知は「知らせればよい」、承諾は「許可をもらう」。許可制にしたいのに「通知」とだけ書いていると、相手は知らせるだけで出せてしまいます。
こうした一語の違いが、後から大きな差になることがあります。自分が思っている縛りと、文章が表している縛りがずれていないか。出す前に、言葉の意味を一つひとつ確かめておくと安心です。
いつまで義務が続くのか
「契約が終わったら、もう守らなくていいの?」という点も、見落とされがちです。秘密を守る義務は、契約終了後も一定期間は残すのが普通です。せっかく業務中に守ってもらっても、終わった途端に自由になってしまっては意味がありません。
さらに、項目によっては期間を区切らずに続けたいものもあります。たとえば知的財産に関することや、漏洩時の報告などです。どの義務を、いつまで残すのか。ここを決めておかないと、後で「もう切れている」と食い違うことがあります。
厳しすぎ? 足りなさすぎ?
「この内容で厳しすぎないか」「逆に足りなくて危なくないか」。自分で考えた方が必ずぶつかる悩みです。一方的に厳しい内容は、相手が契約を渋ったり、後でもめたりする原因になります。かといって、ゆるすぎては守りになりません。
一般論としては、守りたい情報を中心に据え、それを守るために必要な義務を過不足なく置く、という発想で見直すと、輪郭がはっきりしてきます。守りは固めつつ、相手も受け入れられる落としどころを探る。この見極めは、書類作成を専門にする立場がお手伝いできるところです。
ありがちな失敗と、その防ぎ方
ネットのひな形を、そのまま使ってしまう
いちばん多いのが、見つけてきたひな形をよく確かめずにそのまま使ってしまうケースです。ひな形は便利ですが、想定している場面が自分のケースと違っていたり、自分が守りたい情報がカバーされていなかったりすることがあります。ソフト開発のように扱う情報に特徴がある仕事では、汎用のひな形だけだと足りない部分が出てきがちです。土台として使うのはよいのですが、自分の状況に合っているかを一度確かめることが大切です。
渡したあとのルールを決めていない
「外に出さない」ことばかりに気を取られて、「使い終わったあと」の扱いを決め忘れる、というのもよくあります。業務が終わったら、資料を返してもらう、データを削除してもらう。この出口のルールがないと、情報がずっと相手の手元に残り続けてしまいます。入口の約束と同じくらい、終わり方も決めておくのが安心です。
口約束で先に情報を渡してしまう
「契約書はあとで」と言いながら、先に情報を渡してしまう。これも避けたい失敗です。渡したあとでは、約束の条件をこちらから持ち出しにくくなります。大事な情報を渡す前に、書面を交わしておく。順番を守るだけで、防げるトラブルは少なくありません。
「うちは小さいから大丈夫」と思ってしまう
規模が小さいうちは、つい「身内のような関係だから、わざわざ契約書なんて」と考えがちです。けれど、情報の価値は会社の大きさとは関係ありません。むしろ、小さな体制ほど、一度の漏洩が事業に与える打撃は大きくなります。関係が良好なうちにこそ、きちんと約束を交わしておく。それが、お互いを守ることにつながります。
ご依頼いただく場合の流れ
ご相談からお届けまで
一般的な流れとしては、まずご相談で、どんな仕事で、誰に、どんな情報を渡すのか、何を守りたいのかをうかがいます。次に、その内容をもとにひな形を作成し、ご確認いただきます。修正のご希望があれば反映し、納得いただいたうえで、完成版としてお届けします。やり取りを重ねながら、実態に合った一通に仕上げていくイメージです。
はじめてのご依頼でも、難しく考える必要はありません。「こういう場面で使いたい」というところから一緒に整理していきますので、契約書の知識がなくても大丈夫です。
よくあるご質問
自分で作った契約書でも有効ですか
書き方のルールを守っていれば、自分で作った契約書も有効です。ただ、言葉づかいがあいまいだったり、必要な項目が抜けていたりすると、いざというときに思ったとおりに使えないことがあります。心配なときは、内容を見直してもらうという頼み方もあります。
相手が個人でも会社でも同じですか
基本的な考え方は同じですが、書き方に違いがあります。会社が相手なら正式な名称と所在地、代表者名を正確に。個人が相手なら氏名と住所を確認します。いずれも、相手を正しく特定して書くことが土台になります。
一方だけが義務を負う形でもいいですか
情報を渡すのが一方だけなら、受け取る側だけが義務を負う形もあり得ます。ただ、実際にはお互いに情報をやり取りすることが多いので、双方が義務を負う書き方にしておくほうが、後から困りにくく、汎用的にも使いやすくなります。
収入印紙は必要ですか
秘密保持契約書そのものは、一般に、印紙税のかかる文書には当たらないと整理されることが多いです。ただし、契約の内容やほかの取り決めと一体になっている場合などには、判断が変わることもあります。要否や金額は中身や事情によって変わるので、迷ったら個別に確認するのが安心です。
案件ごとに作り直す必要がありますか
汎用的なひな形を一通整えておけば、毎回作り直す必要はありません。変わる部分だけ差し替えれば使えます。ただ、扱う情報の性質が大きく変わるときは、定義や義務の範囲を見直しておくと安心です。
海外の相手でも同じ契約書で大丈夫ですか
相手が海外の事業者だと、どの国の法律で判断するか、言語、紛争解決の方法など、国内向けのひな形だけでは足りない論点が出てきます。基本の考え方は共通しますが、海外が絡む取引は、その点を踏まえて別に整えるのが安全です。
相手から「この内容では署名できない」と言われたら
秘密保持契約書は、片方が作って一方的に押し付けるものではなく、お互いが納得して交わすものです。相手から修正の希望が出ることもよくあります。守りたい点は守りつつ、相手の言い分にも理由があれば取り入れる。そうやって折り合いをつけていくのが自然です。どこを譲ってよくて、どこは譲れないのか、その整理もお手伝いできます。
業務委託契約書とは別に必要ですか
秘密保持の取り決めは、業務委託契約書の中の一条項として入れる形もあれば、独立した秘密保持契約書として別に交わす形もあります。どちらがよいかは、取引の進め方によります。たとえば、契約交渉のもっと前の段階で情報を見せる必要があるなら、先に秘密保持契約書だけ交わしておく、という使い方もあります。状況に合わせて選べます。
無料のひな形では足りませんか
無料で手に入るひな形が、すべてダメというわけではありません。基本的な枠組みは押さえられていることが多いです。ただ、それが「自分のケースに合っているか」は別問題です。守りたい情報の種類、再委託の有無、業界の特性などによって、足したい条項や直したい言い回しは変わってきます。ひな形を出発点にしつつ、自分の状況に合わせて調整する。その調整の部分こそ、専門家が役に立てるところです。
押印やサインは必要ですか
最後は、当事者がそれぞれ記名押印(または署名)して、一通ずつ保管するのが基本の形です。誰と誰の契約なのかが書面の上で確定して、はじめて約束として完成します。電子的に契約を結ぶ方法もありますが、まずは紙で一通きちんとしたものを用意しておくと、どんな相手にも対応しやすくなります。
おわりに
秘密保持契約書は、相手を縛るためというより、お互いが安心して仕事を進めるための準備です。とくに外注や再委託では、情報が自分の手を離れていくぶん、入口できちんと約束を交わしておく意味があります。
秘密保持契約書は、一度しっかりしたものを用意しておけば、その後の取引で長く使える、いわば「守りの定番アイテム」です。はじめて作るときは戸惑うかもしれませんが、勘どころを押さえれば、けっして難しいものではありません。大切なのは、何を守りたいのかをはっきりさせること。そこさえ定まれば、条項の組み立ては後からついてきます。
「厳しすぎないか、足りないか」と迷ったときは、自分が本当に守りたい情報は何かに立ち返ると、判断の軸が見えてきます。ひな形を新しく作りたい、いま使っている契約書を見直したい、自分で考えた原案を整えてほしい。そんなときは、書類作成の専門家にご相談ください。お話をうかがいながら、実態に合った一通を一緒に整えていきます。どんなに小さなことでも、まずは「どんな場面で、何を守りたいのか」を教えていただくところから始めましょう。
ー この記事について ー
私たちアトラス行政書士法人には、行政書士法にもとづく守秘義務があり、実際のご相談・ご依頼の内容を公開することはありません。本記事は、契約書作成のご依頼でよく扱う論点を組み合わせた一般的な解説であり、特定の案件や依頼者を描いたものではありません。また、収入印紙の要否や金額、契約書の最適な形は、契約の種類や個別の事情によって変わります。実際の手続きにあたっては、個別の確認をおすすめします。