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【掌編】いつか来るその日が、せめて遠くでありますように

 キッチンで洗い物をしている妻と、その足許にまとわりついている娘。 とても愛らしい絵だし、見ていて和むことは否定できないが、どうしてそこにお父さんも混ぜてくれないのか。  自分から近寄ればいいとわかっていながらも、なけなしのプライドがそれを許さない。  キッチンの入り口まではなんとか来ることができたが、この先はどうしたものか。  むぅ、と拗ねたままふたりを見ていると、俺の視線があまりにも羨望交じりだったのだろうか、妻が俺を見て溜息を吐いた。 「お父さんが寂しがってるみたいだから、構ってあげなさい」  妻の言葉に、我が家の天使様が、こてん、と首を傾げる。 「お父さん?」  妻の足にしがみついたままこちらを不思議そうに見る娘は、もう疑う隙もないくらいに天使だ。  パチパチと瞬きを何度か繰り返してから、その幼げな顔が輝かんばかりの笑顔で彩られる。 「お父さんっ!」  パタパタと覚束ない、それでも随分しっかりしてきた足取りで駆け寄ってくる天使の背中に純白の羽があるのは、きっと見間違いではないはずだ。 あまりの可愛さに崩れ落ちて床に膝をついてしまったが、この状況でそれは大正解だったらしい。 「お父さん、つかまえたっ!」  そう言いながら抱き着いてきた愛娘のキラキラした笑顔に、胸の奥がキュンとする。  呆れた顔の妻は、一旦無視しておこう。  今の幸せを噛み締めるのが、現時点で一番重要なことである。 「ぎゅー!」  わざわざ擬音を発しながら抱き着いてくる愛娘を、しっかりと抱き返した。  どうしよう。  天使以外の言葉が、見つからない。 「なぁ、妻よ」  呼びかけたのに、返事がない。  どうし
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祝!「54字の物語」コンテスト。受賞キターーーー!!

様々なメディアで紹介され「ミラクル9」でも問題としても引用されましたね。「9マス×6行の原稿用紙につづられた、世界一短い(かもしれない)短編小説」話題の「54字の物語」このコンテストが開催され、私も大喜利ライター(!?)として参戦。ほぼライフワークとして、数々の作品を応募しました。例えばこんなの「夏休みの風景」「刑事ドラマな風景」「病室の風景」「ペットのいる風景」「僕の夏休みの風景」こんな作品を約100作品くらい書きました。「〇〇な風景」という独自のタイトルの付け方をしています。そんな縛りはないのですが。で、受賞したのがこちら「やまびこの風景」682作品の中から佳作といういわゆる銅メダル的な受賞です。選ばれた作品は自分としては意外なものでした。実際はもっと良くできた作品もあったのですが、自身のある作品と「ウケる作品」はやはりわからないものですね。デザインの仕事もそう「これは渾身の出来だ!」と思った真逆のラフ案が採用されたり、不思議なもんです。選考会の方に聞いたのですが「一次選考を突破した作品数はひなたさんの作品がダントツ!」という嬉しい「隠れアワード」を教えてくれました。これを機に「ひなたの54字の物語」みたいなのも出そうかしら・・(怒られないように出版社さまにきちんと交渉したのちに)氏田 雄介先生及び、選考会のみなさま。そして「54字の物語」にエントリーした多くの作家さんたちありがとうございました。とっても楽しい会でしたね。Twitterやnoteでも全作品をアップしているので、気になった方は検索してみてください。普段はココナラではデザイナーをしてますが、自身はライターなども
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【ショートショート】「福笑い」

 正月の親戚の集まりは、決まって大きな屋敷で行われた。たかしおじさんはそこの主人なのにも関わらず、いつも端の方でぽつねんとしていた。 それは本人が望んだことだった。たかしおじさんは重度の人見知りで、親戚と関わりたがらなかったのだ。  たかしおじさんは、両親が残した大屋敷の中に一人で暮らしていた。貯金も十分にあったので、働くこともなく、端的にいえば引き籠もっていた。このことが人見知りを克服する機会をたかしおじさんから奪っていた。  たかしおじさんは、年に一度大挙して来る親戚たちを恐れていた。特にけたたましい笑い声を上げながら禿げ頭を叩いて来る子供たちや、無理やり肩を組んで酒臭い息を吐きかけて来る男性たちは絶対に避けたがった。  とはいえ、来客を断る勇気は当然ない。だからたかしおじさんは誰にも絡まれないように、皆の視界の外で気配を殺した。それがたかしおじさんなりの正月をやり過ごす方法だった。  しかし孤立しているという状況だけでも十分に脅威だった。他者が沢山いる。他者たちが内容の聞き取れない会話をしている。これらの事実によって、たかしおじさんは自分が陰口を叩かれていると確信していた。  そしてある年、いつも通り孤立していたたかしおじさんは、幻の嘲笑を遮断する方法を思いついた。それは子供たちが遊び終わった福笑いに手をつけることだった。  台紙ごと手元に引き寄せ、顔のパーツをぐしゃぐしゃにすると、目を瞑り、それらをまともな顔になるであろう位置に移動させる。  もちろん、まともな顔が完成するかどうかは問題ではない。たかしおじさんの目的は作業に没頭することで、他者の存在を感じないようにする
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【超ショートショート】「飲食風俗店」など

「飲食風俗店」 デリヘルを呼んだら、 くたびれた様子の黒服が先に来て、 「お通しです。」 とAVを置いていった。 (居酒屋かよ。) そう思いながらも、 女の子を待つ間、暇なので観賞。 すると思いがけず内容が良く、 それで済ませてしまった。 基本的に一回戦が限度の俺。 結局、女の子とは楽しめず……。 (何がお通しだ。 妙なシステムを導入しやがって。) 憂さを晴らそうと、 後日ソープランドへ。 するとパリッとした黒服が、 「前菜です。」 とまたAVを出した。 嫌な予感。 いつ女の子が来るのか尋ねると、 スープとして出されるエロ漫画の後の、 魚料理として出される使用済みパンティの後の、 口直しのシャーベットとして出される官能小説の後に、 肉料理として出されるらしい。 ちなみにその後は、 デザートとしてエロアニメが、 最後に食後のコーヒーとしてグラビア雑誌が出されるんだと。 「面倒臭ぇよ!!」 俺は吐き捨てて、 (今度こそ……!) と、その足でピンサロへ。 到着するなり、 おばさんの黒服に、 「女の子はすぐ来るよな?」 と尋ねる。 頷くおばさん黒服。 (本当だろうな?) いぶかしみながらも個室で待つ。 すると少しして、 ちゃんと女の子は来た。 顔は可愛く、 スタイル抜群。 おまけにテクニシャンだった。 ストレスと共に、 全てを吐き出した俺は、 ぼんやりと天井を眺めた。 そんな時、 おばさん黒服の声。 「はい、じゃんじゃん。」 同時に別の女の子が入って来る。 廊下には、 何10人もの女の子が立っていた。 (しまった、わんこそばか。) 気付くのと同時に、 ドアが閉じられた。 「青ちゃん」「
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ひとくちSS:世界一の爆弾

 当方への依頼をお考えになる際、どのような文章を書く人間かわからなければ困るかと思い、参考になるよう作品を少し公開しておこうと思います。 『世界一の爆弾』  私はとうとう完成させたぞ!  これは世に種々雑多あるどんな兵器より、どんな爆弾より素晴らしい。これ一つさえあれば、国民を苦しめる忌まわしき戦争も終結するだろう。いやはや、素晴らしい。  天才の私にさえ何年もの開発を要したのだ。きっとこれは、世界一の爆弾に違いない。  こいつを空中で炸裂させることを考えると、心が躍る。空を見上げる兵士たちの顔が目に浮かぶ。敵も味方も関係ない。銃持つ彼らはみな、一様に驚愕するだろう。  私は早速、完成した爆弾を軍に持っていった。これを世界で初めて使う栄光を、ぜひ我が国に捧げたかったのだ。 だが、彼らは、あろうことかそれを拒否した。そして口をそろえて言う。 「こんなものは、狂っている」  私には理解できない。なぜ彼らはこの爆弾の素晴らしさが分からないのか。これ一発で戦争は終わる。これは世界一美しい爆弾だというのに。  不本意だったが、私は敵国にこれを持っていくことにした。  亡命して、この身一つで軍門を叩く。 だが、せっかく研究者の地位を投げうってきたというのに、彼らの反応もまた、我が国の軍と同じだった。 「博士、あなたは狂っているよ」  遺憾だが、他の誰もが理解しないというのなら、私一人でやるしかあるまい。  私はこれまで名うての開発者として幾多の兵器を生み出してきた。その謝礼や報酬などは腐るほどにある。飛行機ひとつ買っても懐は痛まない。  私は早速準備を始めた。  最初はパイロットを雇おうと
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サンプル作品『動物園』全文

 今にも雪のちらつきそうな休日、俺と宇井は近くの動物園に来ていた。今朝のニュースではお天気お姉さんが、 「今日は午後から雪が降るでしょう!」 と良い笑顔で言っていた。だから動物園の園内も人はまばらだった。当然だ。真冬のこんな寒い日に、動物園に来るような馬鹿がいるか? 「常々、動物園は冬に行くものだと思うの」  ここにいた。 「何で?」 「だって、夏はニオイが凄いじゃない」 「いや、春か秋か、もっと季節の良い時でも」 「ダメです」 「冬は寒いし」 「ダメです」 「動物たちだってさぁ」  寒すぎて、さっきから外に出てこないのだが。こんな寒空の下、外に出ている動物なんて温泉に浸かっているカピバラか、飼育員さんぐらいしかいない。俺はからっぽの檻を見に来たわけじゃない。しかし幸いなことに、この動物園は建物内からも動物たちの様子が見られるようになっていた。中からならよく見られるだろう。 それから、あっちへこっちへ、宇井の気の向くままに引っ張りまわされた。 「浅木! 見て見て、あの猿! 鼻長い! 天狗だ!」 「ホワイトタイガー! 本当に真っ白なんだ! ガオー!」 「ヒクイドリ? 火食べるの?」 「アイアイって、何か顔怖いよねぇ。ゲームのダンジョンかどこかのモンスターっぽい」  楽しそうで何よりだけど一つ思うのは、 「何でちょっとマイナーな動物ばっかり見てるの?」 「え、まさか、浅木って王道のライオンとかゾウとかキリンとか、そういうのが見たい感じの人? うわぁ、引くわぁ……」 「別に嫌いではないけど、そんなこと一言も言ってないだろ」  わざとらしくしかめ面して見せる宇井。それがちょっと腹立たし
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【ショートショート】「ハズレの同居人」

ゲージのガラスを指で小突くと、 中にいるカメレオンが目を覚ました。 寝そべっていた枝から、 右前足と左後ろ足、 左前足と右前足を交互に離し、 伸びをしている。 その様子が可愛らしくて、 思わず笑ってしまう。 あまりにも可愛いものを見ると笑ってしまうことを、 私は2年前に「カメちゃん」を飼い始めてから知った。 すっかり起きたカメちゃんは、 左右の目を別々の方向に動かしながら、 口をパクパクとさせている。 私はその様子を眺めながら、 ゲージの置いてある机の引き出しを開け、 2枚の色のある下敷きを取り出す。 赤、青、それらを合わせた紫。 1色ずつカメちゃんの前に掲げる。 緑色の体表は、それぞれの色に従って変わる。 なんて健気なんだろう。 また可笑しさが込み上げてくる。 私はその遊びを繰り返しながら、 (カメちゃんが巨大になって、 会社をぶっ潰してくれればいいのに。) なんて妄想に耽っていると、 不意に背後のドアがノックされた。 コンコンコン、コンコンコン、コンコンコン、コンコンコン…… 無視しているのに、3回も4回も。 きっとあいつだろう。 面倒だが、付き合いというものがあるから仕方ない。 溜息を吐き、ドアを開ける。 すると案の定、 そこには「ハズレ」の方の同居人がいた。 「何?」尋ねると、 そいつはモジモジとし、 長い前髪の隙間からニキビだらけの肌を覗かせながら、 「今忙しい?」とこちらの機嫌を伺う。 「用事によるかな。」 私がそう言うと、 ただでさえイライラしているのに、 躊躇いがちに何かの紙を渡してくる。 受け取って見ると、 習い事でやっているとかいう、 アコースティックギター
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【ショートショート】「子豚たちの努力」

二足歩行の子豚たちは鉄格子に囲われた空間の中で生きている。空間の内側には同じ大きさの部屋が碁盤の目のように並んでおり、全ての部屋の壁は氷でできている。天井はないが、常に頭上に酒の靄が覆っており、空は見えない。部屋と部屋の間は細い廊下によって隔てられている。そこを、胸を張り、大股で、マントをはためかせながら、ヒーロー的な子豚が歩いている。他の子豚たちはほぼ全員、最も注目すべき子豚の出番が回って来たとあって、廊下でひしめき合いながら興奮で鼻を鳴らしている。 ヒーロー的な子豚は、期待、羨望、嫉妬が混じった眼差しの中を、焦れったい速度で歩いた。それは他の子豚たちの高揚感を高め、自身にプレッシャーをかけるためだった。 (緊張を楽しめ)と、ヒーロー的な子豚は自分に命じ続けながら、鉄格子に囲われた空間の端にある、まな板のステージに乗った。 正面に向き直るが、他の子豚たちの姿は見えない。視界が酒の靄の中に入ったからだ。 ヒーロー的な子豚は、自身の成功を確信した。もはや、研ぎ澄まされた集中力によって、先程まで頭の中で繰り返していた合い言葉も聞こえない。なんだか脳が痺れてきた。ヒーロー的な子豚は白い歯で彫刻のような顔を輝かせながら、胸元に「S」と書かれたコスチュームやマントを脱ぐと、用意していたダマスカス鋼の刀剣で、自分の体を部位ごとに解体し始めた。 「1000いいね!」「1200いいね!」他の子豚たちが各々の提供できる酒の量を叫び、一番多い量を言った子豚に、ヒーロー的な子豚が自身の肉を投げ渡した。受け取った子豚は、約束した量の酒を感謝の言葉と共に吐き出して、ヒーロー的な子豚にかけた。 骨だけにな
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【短編】害虫駆除 ※虫は出ません

 広い部屋だった。  いや、サイズ的にはそれほどでもないかもしれないが、物がないので広く見える。  横幅一メートル五十センチほどの木製の重厚なテーブルと、上質なことが一目でわかる黒革の椅子。  そして中央にあるローテーブルと、それを挟んで向かい合うように置かれた三人掛けのソファーがふたつ。  この部屋にあるのは、それだけだった。  いや、テーブルの上にはパソコンや書類などが置かれており、人の気配がない、ということはない。  だが、生活感の感じられない部屋だった。  三人掛けソファーのうちひとつ、部屋の出入り口に向かい合う形で置かれた方に、男が座っている。  彼がこの部屋の主なのであろう。  年齢は、三十代の半ばだろうか?  体つきや顔立ちから男性であることは瞭然だが、ツヤのある黒髪は肩甲骨のあたりまで伸ばされている。  グレーのスーツに黒髪が散っている様は、妙に艶めかしい。  そしてもうひとり。  ソファーには座らず、その隣に佇んでいる女性がいる。  黒色の長いスカートに、純白のエプロン。  一昔前によく見た丈の短いフレンチメイドではなく、英国で実際に使用されるようなクラシックタイプのメイド服だ。  髪は後頭部でシニヨンに結い上げられており、ノーメイクかと見紛う程薄くだが、化粧も施している。  美しい顔立ちをしているが、表情がなく、まるで人形のように作り物めいて見える女性だった。  一瞬、彼女の瞳が獲物を見つけた猛禽類の如く鋭く光った。  その瞳の輝きが、彼女がマネキンではなく人間なのだと証明する唯一だった。  男はほんの一瞬彼女に視線を向けたが、なにも言わずに視線を逸らす。
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【掌編】私じゃあなたを癒せない

 心配で心配でたまらないの。  わかる?  あなたが泣いているからよ。  生まれた時からずっとずっと、傍で見守ってきたのよ。  そんなあなたが泣いているのに、心配でないわけがありますか。  あなたはクッションを抱きしめて鼻を鳴らすばかり。  どうして泣いているのかっていう理由すらも、私にはわからないの。  あぁ、もう。  あなたのお気に入りのクッションじゃないの。  安心するのはわかるけれど、鼻水なんてつけてみなさい。  あとで後悔するのは、あなたなのよ?  ほら、あなたが泣いている理由を教えてごらんなさい。  学校でなにかあったの?  お友達と喧嘩したのかしら?  まさか、いじめられたなんてことないでしょうね?  もしそうなら、私が噛みついて、引っ掻いてやるわ。  そう伝えてあげたいのに、私の口から出るのは、にゃあにゃあ、なんて甘えた声だけ。  あぁ、口惜しい。  こんなにもあなたのことを心配しているというのに。  こんなにもあなたのことをを愛しているというのに。  それが伝わらないということが、ただひたすらに口惜しかった。  私の可愛い可愛い子。  ずっと妹のように……今となっては娘のように思っている、大切な子。  可愛い可愛いあなたが泣いているというのに、なにもできないなんて。  そんな残酷なことがあるかしら。  あぁ、あぁ、口惜しい。  ねぇ、お願い。  独り言で構わないの。  私に伝えようなんて考えなくてもいいの。  だからね、どうか。  あなたが泣いている理由を教えてちょうだい。  恨み言でも言うように、ひとりで呟いてくれればいいのよ。  私はそれを聞いて、勝手に心
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【ショートショート】「親愛なるドアの男たち」

 体のあちこちに、小さなドアがついている男がいる。皮膚の上にではなく、皮膚そのものがドアになっているようだ。ドアは、ドアノブと鍵穴があるという共通点以外は、色も形もバラバラになっている。「どうだね?」と、男の背後で老人が笑みを浮かべる。歯は全て金色。老人は背後から男の両肩を掴み、姿見と対峙させている。  男は声を出さず、無表情でいる。まだ事態を把握できていないのだ。それも無理からぬことで、彼は街中で拉致され、目が覚めた時には、このような状態になっていたのである。少しの予兆もなく日常から非日常につれて来られたとあっては、夢だと思っても仕方がない。 「返事をせんか!」  老人が男を殴る。先程までの余裕綽々な態度から一転、顔を真っ赤にして唾を飛ばす。男は痛みで我を取り戻し、慌てて「すいません」と返事をする。 「まったく、のろまな、亀め……。」  老人が咳き込みながら男を罵る。怒りは収まったものの、体は中々平常に戻らないらしい。老人が指を鳴らす。すると、どうやって気配を殺していたのか、2,30人の医師たちが眼前に現れて、老人の胸に聴診器を当てたり、腕に血圧計を巻いたりする。「こいつらに、君を、改造させたのだよ。」  用意された椅子に腰かけながら、老人が言う。男はようやく状況を把握しようとしていたので、矢継ぎ早に質問したくなった。しかしまた折檻を受けるかもしれないので、 「なぜですか?」  と言うだけに留めた。  少しして呼吸が落ち着くと、老人は男に向かって手招きした。男が近付くと、また金歯が覗き、熱い息が男の顔に当たる。 「道楽の為だよ。私はこれまで不満や怒りを糧に財を築いてきた。しか
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【ショートショート】正当な親孝行

「初めての出社日の朝」。遂にこの時が来てしまった。  会社に行くことが憂鬱なのではない。俺はそれよりも深刻な問題を眼前に叩き付けられることになる。 「座ってください」  予想通り、両親が円卓の向こうで鼻息荒く俺を待っている。多少期待したが、やはりもう朝食は出さないつもりらしい。俺は重い足取りで両親の前に行って腰を下ろした。 「まあダラダラと話しても何ですから」  親父はそう口火を切ると、手元から忌まわしき書類を取りだし、円卓の上に置いた。 「ご一読ください」 「何かご不明な点があればご質問ください」  お袋がそう続く。書類の一枚目には大きく、「子育て御見積書」と記載されている。その下には、俺の名前と、両親が俺を育てた期間が書かれていた。  恐る恐るページを捲ると、まず両親がこれまで俺にかけたお金が一覧で全て記載されていた。  食費・・・671万4400円  水道高熱費・・・203万3000円  ガス代・・・76万5600円  衣服・服飾雑貨費・・・141万2200円  生活用品費・・・91万550円  保険・医療・・・193万1000円  学校教育費・・・2600万円  学校外教育費・・・220万円  携帯料金・・・134万7000円  お小遣い・・・451万4000円  玩具・お菓子代・・・110万7789円  慰謝料・・・400万円                    合計・・・5293万5539万円  更にページを捲ってゆくと、項目ごとの内訳が何ページにも渡ってびっしりと書いてあった。俺は莫大な債務を目の当たりにし、余りにも憂鬱な気分を味わった。しかし親子間でさえ金銭の
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(朗読)SFショートショート『マリアの涙』

(朗読)SFショートショート『マリアの涙』〇脚本 星谷光洋○音読 AIさん〇音声 WEB版VOICEVOXさま〇音楽 甘茶音楽工房さま○画像と動画 Pixabayさま○写真ACさま〇ぱくたそフリー素材さまいつもご視聴ありがとうございますあなたに幸運が訪れますようによろしければ、高評価とご登録よろしくお願い申し上げますありがとうございます星谷光洋 拝
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サンプル作品『谷底』全文

 湿気を含んだ重い空気がじとりとまとわりつく。月も星も雲に隠され真っ暗な夜、敷きたての真っ黒なアスファルト。雨と埃のにおいが鼻につく。街灯はチカチカと点滅を繰り返し、ほとんど意味をなさない。  光の点滅が過去の思い出を照らしては消えていく。思い出すのも辛い、とても幸せな過去の思い出。君の笑顔、澄んだ声、下手な料理、歩く速さ、小さな思い出が集まって、真っ黒な塊になって俺を押し潰そうとする。こんなの、ただの過去だ。いつか君と結婚して、子供が出来て、子供達が成長したら二人で穏やかな老後を過ごす、なんて。漠然と思い描いていた幻想だ。  一昨日は眠れなかった。昨日は悪夢を見た。今日は。覚めなければ、そう思わずにはいられない。夢の中では鮮明に蘇る美しい君の姿。頭では、これは夢だと理解していても、傷つき、ぐずぐずとただれた心は、愛しい幻にすがる。 「いつかは、私のことも、その痛みも、忘れてしまうわ」  君は抱きしめる俺からするりと離れ、微かに笑う。戸惑い、何も言えないでいる俺に、 「さようなら、おはよう」  目が覚め、空を見た。月の光が冷たい。まだ夜だった。  俺達は石吐きの一族。体内に宝石を生み出し、吐く。食べた物は全て、体内で宝石に変わる。どういう仕組みになっているのか、俺でも分からない。  俺はダイヤモンド、君はトパーズ。  ほかの石吐きがどうなったかは分からない。きっともうほとんどはいなくなってしまっただろう。石吐きの宝石は人間達に高値で売り買いされる。大きさ、美しさ、硬度、全てにおいて最高水準のそれを目当てに狩人達は俺達を狩る。石を吐こうが吐くまいが俺達を追う。石吐きは寿命の数だけ
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【ショートショート】「夢精と切れ痔(後編)」

「何これ?」 煌々とした白い照明の中で、自分の精液と血の付いたパンツを広げられ、比嘉冷射士は肌を粟立てた。そして反射的に奪い取ろうとしたが、相手は闘牛士のようにパンツをはためかせながら躱した。 「君、溜まってんの?」 ルームシェアしている同居人が、鼻で笑いながら比嘉冷射士のベッドに腰かける。 比嘉冷射士は必死に激情を抑えながら、同居人がいきなり開けて入って来たドアを閉じ、相手に関する情報を整理した。 ――こいつは先週の木曜日に入居している。名前は加藤だったか、川藤だったか……とにかく、シングルマザーであることは確実だ。挨拶に来た際にそう言っていたし、傍らには4、5歳の子供がいた。 「そんな怖い顔してないで、お喋りしようよ。」 同居人が口を尖らせながらベッドの脇を叩く。比嘉冷射士は誘いに乗らず、相手を観察する。 ――化粧っ気のない顔。剃ってある眉毛のせいで、人相が悪い。根元が黒くなっている茶髪のポニーテールに、上下灰色のスウェット。そのポケットからアイコスを取り出し、断りもせずに人の部屋で吸っている。そして立ち上がってこっちに……。 比嘉冷射士は思索を中断し、接近する相手に身構えながら後ずさりした。同居人は不敵な笑みを浮かべたまま、比嘉冷射士を壁際に追い込み、壁に手をつけて鼻息が当たる距離まで顔を近付けた。 唇の前に垂れている前髪が発声に合わせて揺れる。 「そうゆう風に構えて生きるのって、しんどくない?」 不意に本音を代弁された気がして、比嘉冷射士は息が止まりそうになった。そして相手の胸を押しながら、 「プライバシーの侵害ですよ。」 と言うと、同居人はアイコスの水蒸気を吐きながら
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【超ショートショート】「甘露(利権)」など

「甘露(利権)」 探検隊(マスコミ)は、 鬱蒼と茂る植物たち(芸能事務所や芸能人)を掻き分けて 森(芸能界)の最深部に足を踏み入れた。 途端に、暗幕の内側に入ったかのように辺りが闇に包まれた。 それまで障害物を掻き分けるために 休みなく動かしていた両手が、空を切る。 ヘルメットのライトを点けても、 広がりながら薄くなる円状の光の中には何も現れない。 唯一、頭上に向けた時だけ、 青々とした葉が密集しているのが映る。 少しして、探検隊(マスコミ)は 自分たちが巨大で厚い林冠の下にいることに気が付いた。 林冠が日光を遮り(市場の一部を独占し)、 他の植物たち(芸能事務所や芸能人)が育つのを妨げているのだ。 そして、探検隊(マスコミ)はある仮説を立てた。 ――ひょっとして、 「森の最深部をたった1本の木(ジャニー喜多川)が独占している」 のではないか? 探検隊(マスコミ)は真相を知るために足を速めた。 しばらくすると、ライトの光が壁のような幹を照らした。 手前に、いくつもの果物(ジャニーズアイドル)が垂れ下がっている。 それらは皺ができるほど縮んだり(性加害を受ける)、 皮が張り裂けそうなほど膨らんだり(富と名誉を受け取る)を繰り返している。 ――この木(ジャニー喜多川)は、 果物(ジャニーズアイドル)に栄養を与えるだけではないのか? この仮説は、先に立てたものと同様に正しかった。 しかし、探検隊(マスコミ)がそれ以上踏み込むことはなかった。 その後、探検隊(マスコミ)が持ち帰ったものは情報ではなく、 果物(ジャニーズアイドル)から溢れ出た甘露(利権)だった。 踵を返した探検隊(マスコ
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【詩】【ショートショート】「人間鳥コンテスト」

入道雲に向かって 両翼をピンと伸ばした人力飛行機が飛んでゆく 「まだ、いける」 操縦士の耳には もう随分離れているのに いや、むしろ遠くに行くほど 仲間たちと他の出場者たちの声が届いている 「まだ、いける」 視界が汗に食い荒らされても 喉から笛音のような音が鳴って血の味がしても それでも操縦士は 「まだ、いける」 そう繰り返し 限界を超えた足を騙し続けるのだ これで何度目だろう また機体が海面すれすれで持ち上がる そう 「まだ、いける」 人間達が鳥人間コンテストで盛り上がっている頃、とある小さな島では、鳥達による「人間鳥コンテスト」が行われていた。人間鳥コンテストは鳥人間コンテストとは真逆だ。 鳥人間コンテストは人力飛行機に乗った人間によるレースゲームだが、人間鳥コンテストは、人間を模した駒を使うボードゲームだ。 「ボードゲーム」といっても、ボードではなく地球儀を使う。駒の底には磁石が仕込まれており、逆さまになっても地球儀に張り付くことができる。 また、駒はシャチハタになっており、参加者達は駒を移動させることで自分の駒のマークを地球儀に記すことができる。 人間鳥コンテストでは、このマークが最終的に最も多かった者が優勝できるのだ。 ここからはルールの説明に入るが、これが酷い。「ルール」と呼ぶにしては余りにも煩雑だ。 ルール①:1人が使える駒は1つまで ルール②:駒は80歩したところで使えなくなる(80歩を超えた参加者は、速やかに駒を回収して大人しく結果を待つように) ルール③:集計をする際に有効とされるマークは、明らかにそれと認められるものでなければならない(上から他のマークに塗
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【ショートショート】「結婚」

エレベーターのドアが開くと、俺は眼前の光景に息を呑んだ。言葉も出ないまま、一歩外に踏み出す。ウェディングドレスを着た彼女の美しさは、この世のものとは思えなかった。影が全くない。きっとあらゆる方向から当てられている照明の光のおかげなのだろう。しかし自ら発光して影を跳ね除けているかのように見える。手前にある梯子は膨大な光量によって支柱や段が細く見える。なんだか梯子が輝く空間にそっと凭れているかのようだ。しかし見上げると、梯子の頂点は確実に彼女の口元に行くようセッティングしてある。人間離れした美しさを持ってはいるが、彼女は間違いなく実体があるのだ。そして、間もなく永久に俺のものになる。(早くそこに行きたい)そう思うと、喉が渇くのと同時に睾丸の裏にあるしこりの存在を感じる。 挨拶くらいはしておこうと振り返ると、親族一同が怪訝そうにこちらを見ていた。特に中央にいる父親の眉間の皺は深い。 以前にも増して痩せ、座っている社長椅子に似合わなくなっている。もし俺が代わりに座れば、この光景は立派な家族写真になるに違いない。母親が左肩にそっと触れ、叔父が右肩をがっしりと掴む。そして膝元には、跡取りになる俺の子供が座るのだ。きっとおもちゃの機関車を積み木に衝突させたりして、撮影に集中しないのだろうけど。 それでも、俺は一礼してから梯子に向かって歩き始めた。 「必ず後悔することになる。」 背後から父親の声。言い返そうとしたが、既にエレベーターの扉は閉まっていた。きっと言い負かされていたので胸を撫で下ろす。エレベーターは増え続ける従業員たちの山によって押し上げられて、ゆっくりではあるが確実に遠くなってゆく
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【ショートショート】「高次元からの救済」

 会場に入った途端、Yに大量のフラッシュが当てられた。記者たちはこの歴史的な会見を一秒たりとも逃さずに記録しようとしている。記者団の背後には信者が大勢おり、Yの登場と共に、ほとんど発狂のような声を上げた。  Yは微笑みながら、しばらく静止していた。そして信者たちの声が収まると、おもむろに両手の指を複雑に絡み合わせ、体の横に突き出した。 「見たまえ。」  Yは、Yの背後の壁に注目するように言った。そこにはフラッシュによってキツネの顔の影絵が映っていた。 「こうして見ると、綺麗なキツネの顔に見えるだろう。しかしながら……」  Yがわずかに手首の角度を変える。するとキツネの顔は崩れ、歪な形になった。 「少し角度を変えただけで、何が何だか分からない形になる。しかしキツネは確かにここにいるのだ。」  そう言うと、Yはキツネの顔の両手を記者たちに向け、「僕はここにいるよ~。」と、腹話術の要領でキツネに喋らせた。 「どういう意味でしょうか?」  記者の一人が質問すると、他の記者たち、また信者たちも、言葉の真意を知りたいと次々に声を上げた。しかしYは全く慌てずに、むしろ努めてゆっくりとこう言った。 「私はこの世界の謎を解明したのだ。」  会場が静まり返る。皆が一斉に息を飲んだのだ。舞台を整えたYは、悠然と話を続ける。 「我々は三次元の世界に生きている。そしてこの三次元の中では、四次元以上の世界は認識できない、と思っている。しかしながらそれは間違いだ。」  Yが再び、両手でキツネの顔を作る。記者たちが気を利かせて再びフラッシュを焚き、影絵を作る。 「このキツネは三次元の物体だが、こうして二次元に
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ひとくちSS:どこにでもいる人

 私がバスに乗るとき、かならず「彼」は居る。  「彼」はいつも平凡なスーツを着ていて、周囲に溶け込んでいる。  それに気が付いたのは高校に入って、通学で毎日バスを利用するようになってから。  最初は「彼」の通勤時間と重なっているだけだと思っていた。  けど、休日。バスでショッピングモールへ行こうとしたときに、その時も「彼」は乗っていた。  行先も、時間帯も、路線だって違うのに。  今日は、偶然「彼」の隣の席になったので、声をかけることにした。 「あの……」「はい?」  ストーカーなのかと考えていたけれど、「彼」はごく普通な様子だった。  毎回必ず同じバスに乗っていることにも気付いていないらしい。  気付いていたなら、こんな「なんともないような」反応はしないだろうから。 「えっと、なんて言えばいいのかな。その……」「……なんです?」  少し予想外な反応に、私はどもった。こんな状況は想像していなかった。  むしろストーカーだったほうが、あとは警察に頼ればいいので──つまり「これからすべきこと」がはっきりしているので、かえって楽だったかもしれない。  ともかく私は事実を伝えることにした。 「私がバスに乗るとき、絶対、あなたが乗っているんです……この前の日曜だって乗ってた。これって偶然なんですかね……?」  すると、「彼」の表情はみるみるうちに「無」になった。 「それは私が『どこにでもいる』からだ」  「彼」の言葉を、私は理解出来なかった。だから「どういう意味です?」と訊ねた。  「彼」はまた、凍ったような無表情で答える。 「君は私が必ずバスに乗っていることに気付いたかもしれないが、そ
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父の弁当を、私は捨てていた。

ー えんたくの、しずかな物語 ー・・・母が死んでから、父は、単身赴任のまま、月に一度だけ、家に帰ってくる人になった。私は、高校生だった。・・・父と、二人きりの、月に一度。気まずくて、しかたなかった。何を、話していいか、わからない。・・・それだけじゃ、ない。私は、ずっと、思っていた。私がいなければ、父は、もっと自由に、生きられたんじゃないか。母が死んだあとも、父が家に帰ってこないのは、私が、いるからじゃないか、と。・・・一度だけ、父が、ぽつりと、言ったことがある。台所で、背を向けたまま。「……もう少しで、こっちに、戻れそうなんだ」・・・私は、「ふうん」と、だけ言った。どんな顔を、すればいいか、わからなかったから。・・・単身赴任先へ、戻る日の朝。父は、必ず、私に、弁当を、持たせた。・・・料理なんて、できない人だった。いびつな、おにぎりと、焦げた卵焼きを、白い紙で、無造作に包んだだけの、弁当。・・・おにぎりは、いつも、しょっぱすぎた。卵焼きは、いつも、焦げていた。・・・私は、その弁当を、学校の帰り道で、こっそり捨てていた。中身も、見ずに。・・・月に一度の、その弁当を。私は、毎回、ゴミ箱に、押し込んでいた。・・・ある日。父が、単身赴任先で、倒れた。くも膜下出血だった。単身赴任先へ、戻った、その日の、ことだった。・・・知らせは、私が、まだ学校に、いる間に、届いた。・・・その朝、父が、私に持たせた弁当はまだ、カバンの中に、あった。いつもみたいに、捨てる。その、前だった。・・・私は、そのまま、病院へ、走った。・・・父は、すぐに、手術室へ、運ばれた。長い、手術に、なると言われた。・・・廊下の、
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「ひかりの時間」ショートショート

「光(ひかり)って名前、いいでしょ。あなたがどんな暗闇にいても、自分で道を照らせるようにってつけたの。」 お母さんがそう言ったのは、光がまだ幼稚園の頃だった。 あれから七年。十二歳になった今も、ぼんやりだけど、その言葉だけは胸の奥に残っている。 夏の夕暮れ、公園の時計台の前。止まった針はもう何年も動かない。 それでも光は、今日もそこに立っていた。 お母さんが亡くなってから、もう二年。 あの日、病院に着くのがあと少し早ければ―― そんな後悔が、時間のように胸の中で止まっている。 カチリ。 音がした。風もないのに、時計の針が動いた。 一瞬で世界の音が消えた。蝉の声も、遠くの電車の音も。 気づくと、空の色が変わっていた。 オレンジの夕焼けが、淡い朝焼けに変わる。 見慣れたはずの公園が、どこか懐かしい。 そのベンチに、若い女の人が座っていた。 「……お母さん?」 思わず声が漏れる。 女の人は驚いたように笑った。 「え? わたしのこと知ってるの?」 その笑顔。間違いない。若い頃のお母さんだった。 名前を名乗ることもできず、光はベンチの端に腰を下ろす。 「暑いでしょ。これ、飲む?」 差し出されたペットボトル。ラベルのデザインが古い。 それを受け取る手が震えた。 「お母さんは……」と言いかけて、慌てて飲み込む。 もし未来を変えられるなら、何をすればいい? けれど、彼女は何も知らない。 その時間は、まだ“これから”なのだ。 風が吹いた。小さな花びらが足もとを転がる。 お母さんがぽつりとつぶやいた。 「時間ってね、消えるものじゃないの。 誰かの心の中で、生き続けるんだよ。」 その言葉に、光は息を
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【ショートショート】「スターの誠実さ」

街の一角に黒山の人集りができている。中央には、マイクロビキニを着た若い美女がいる。乳首と股間には電飾がついており、その桃色の光が汗で滲んだ全身に広がっている。 若い美女は腰をくねらせながら、喘ぎ声を上げている。それは暴走族の鳴らすバイクのエンジン音のようにけたたましいが、人々の歓声に掻き消されている。電飾の桃色の光は、若い美女を撮影する無数のカメラの焚くフラッシュによって薄まっている。 カメラは、どれも各々の持ち主の顔面から生えている。なぜなら、それが人々の目だからだ。耳は蓄音機で、口は小さなクチバシになっている。 「こっち向いて!」 「ポーズお願いします!」 人々が、親に餌をねだる雛のように鳴く。そして若い美女の一挙手一投足を、屈折したレンズや色つきのレンズで捉える。もちろん、わずかに聞こえる若い美女の嬌声を、ホーンアームや針のねじ曲がった蓄音機の耳で記録することも忘れない。 フラッシュが焚かれる度に、カメラと皮膚の隙間から、次々と写真が出る。人々はそれを拾って、3通りの使い方をしている。 ある人は、表面を拭いてから、折れ曲がらないように注意しつつ、額縁やアルバムに入れる。 ある人は、写真を両手で持って、体の大きさになるまで引き伸ばし、体の前に貼って若い美女を真似る。 ある人は、同じように写真を引き延ばした後、若い美女の顔を切り抜いて自分の顔をはめる。 そしてまた、歓声と撮影と録音を続けるのだ。 そんな人々を、若い美女は恍惚として眺めながら、しかし時折見える服装に苛立ちを募らせている。 エプロン、スーツ、作業着、学生服……目が留まる度、個々の人生が想像されてしまう。 若い美女
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【ショートショート】「夢精と切れ痔(前編)」

蒸気で曇ったガラスの向こうに、人影が見えた。(せっかく貸し切り状態だったのに)スーパー銭湯のサウナ室に、比嘉冷射士の舌打ちが響く。案の定、ドアは開かれ、腰に橙色のタオルを巻いた男が入って来る。一瞬、表の冷気と音が入る。 比嘉冷射士は(勝負を持ちかけられたら面倒だ)と顔を伏せた。濡れて束になった前髪の先端から、股間にかけたタオルに汗が落ちる。次第に、特有のぼんやりとした気分が戻って来る。 不意に、視界の端に足が現れる。慌てて前を向くと、男が正面に立っている。こちらを見下ろしながら、無精髭の間から歯を覗かせている。 「何ですか?」 努めて冷静に尋ねる。すると男は何も答えず、自身の腰に巻かれたタオルに手をかけると、それをはためかせながら解いた。目の前で、血管の浮いた黒っぽい陰茎が揺れる。 比嘉冷射士があっけに取られていると、男は一層歯を剥き出しながら屈み、自身の陰茎を比嘉冷射士の脹ら脛につけ、そこから太股の内側までを陰茎でなぞった。 比嘉冷射士は反射的に身を捩って逃れようとしたが、腰が抜けたのか立てない。その内に男の陰茎がタオルの中に侵入し、比嘉冷射士の陰茎を押し上げながら、ゆっくりと勃起した。男の陰茎は反り上がり、比嘉冷射士の陰茎とタオルを弾いて、男の臍の辺りに当たった。 あろうことか、支えを失った後も比嘉冷射士の陰茎は垂れ下がらない。タオルが僅かに膨らんでいる。比嘉冷射士は目を背けているが、陰茎がある程度の角度と固さを保っていることは、否応なく実感している。そして意識する程、陰茎は張り詰めていく。 男が比嘉冷射士の手首を掴んで引っ張る。腰が浮き、立ち上がる。同時にタオルが解け、互
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【ショートショート】「社畜のいつもより遅い出勤」

改札を出て、数歩歩いたとこで足が止まる。動こうとしても全身が硬直している。 「何してんだよ。」 背中に衝撃を受ける。体がつんのめり、勝手に足が出て数歩歩く。右肩の後ろが痛い。前を向くと、スーツの上にロングコートを羽織った人がいる。こちらを睨んでいる。少ししてから視線を外し、右に折れて歩いて行く。 その道筋を辿るように、沢山の人が横を通っていく。時折背後からぶつかる。 「邪魔邪魔。」 「っどくせぇな。」 押されるまま、同じ要領で前に進む。やがて体に痛みを覚える頻度が減り、完全に足が止まる。 革靴の足音が聞こえる。気にすると、その数が急速に際限なく増えていく。振り返ると、通勤中の人々が目の前で曲がっている。そのカーブは少しずつ膨らみ、迫ってきている。喉の奥が詰まり、胸の辺りが冷える。瞼が震え、視界で光が瞬く。 顔が反対側を向き、車道の方に行こうとする。その動きに胴体と足が引っ張られる。 ガードレールに右手をつく。駅を見ないように俯きながら、ガードレールの礎石に座る。両手で顔を覆い、指の隙間から息を少しずつ吐く。耳の奥で心音がはっきりと鳴っている。 しばらくして両手を離す。汗で濡れている。右の掌にはガードレールの跡が残っている。視界で瞬いていた光が弱まっている。礎石とアスファルトの隙間に雑草が生えている。 尿意がして、直後に太股の裏に温かい感触が広がっていく。小便が脹ら脛を伝い、痒くなる。足元に水溜まりができて、数本の線に分かれながらガードレールの方に流れる。脹ら脛を搔く。 背後で車の行き交う音が聞こえる。左側からは、声が聞こえる。見ると、少し先の方で拡声器を持った若い男性が、駅に向
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【超ショートショート】「盗撮の喜び」など

「盗撮の喜び」 電車に乗っていると 背後からシャッター音 (盗撮だ!) 私はすぐに気付いた 振り返ると そこにはキモいおっさん すぐに詰め寄り 写真を見せるように言うと キモおじは渋々 スマホの画面をこちらに向けた …… 嘘だろ 最高の映りじゃないか 下着とかは撮られておらず まるで街中のスナップ写真に モデルが映っているようだ 戸惑っていると キモおじは涙ながらに 「SNSにアップした」と自白した 慌ててそいつのアカウントを見ると 89ものいいね。あ、90、91…… い、いや違う だから何だと言うのだ 駄目なものは駄目 「撮りたいなら声かけないと」 説教すると キモおじは嗚咽しながら 「自然な表情が一番綺麗だから」 だって…… それからというもの 同じ時間の同じ電車の同じ車両に 私は乗るようにしている 「下手な歌」3人の下手な歌が終わりやっと俺にマイクが回ってきた  随分待った 永遠のように長かった 他の白けている皆に ようやく俺の美声を届けられる しかしその前に 互いを褒めているお前らに 言っておかなくてはいけない 「俺がボーカルだよな?」 俺はライブ中に急に我を出したギター、ベース、ドラムに言った 「パパの失敗」しまった 洗濯機と間違えた いやぁ、うっかりうっかり いつも嫁がやっているので 逆になってしまった 服を洗濯機に 子供を風呂に入れるんだったな 「喧嘩上等」やつの拳が 俺の頬にクリーンヒット! 野郎 いいパンチ持ってんじゃねぇか すぐに反撃してやるからな 俺には必殺のアッパーがあるんだ だけど、ちょっと待っとけよ お前も俺の頬から 拳を離すんじゃねぇぞ 今俺の頬か
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【ショートショート】「カメレオン大暴れ」

(そうだ!おふぃすびるに擬態しよう!) 巨大な人食いカメレオンは思った。 人間はなぜかおふぃすびるに入りたがる。 だからおふぃすびるのフリをすれば餌には困らない、という算段だ。 早速実行に移した巨大な人食いカメレオン。 胴体に窓を、口元に自動ドアの模様を浮かべる。 しかし期待とは裏腹に、人間は入って来ない。 (擬態が甘いのかなぁ……?) 首を捻っていると、周囲のおふぃすびるが目にとまった。 「……あっ!」 思わず声を上げるカメレオン。 よく見ると、辺りのおふぃすびるは、どれも自分と同じように擬態した生き物じゃないか! しかも観察すると、実に巧妙なやり口だ。 体に取り込んだ人間を、死なない程度に精力を吸ってから吐き出し、精力が戻った途端、また体に取り込んでいる。 こうしてずっと腹を空かせずに済むというわけだ。 (しかし、どうして人間はあいつらのところに通うんだ?) カメレオンは頬杖ついて目をギョロギョロさせながら考える。 すると、擬態した生き物たちの用意周到さが分かった。 なんとやつらは、じょうげかんけいとかじょうしきとかぎむとかで、人間が自分で来るように仕向けているのだ! 擬態した生き物の口に、いくつもの人間が足元に目線を落としながら入って行く。 カメレオンは無性に腹が立った。 胃の中がムカムカとして仕方がなかった。 そして算段もないのに、近くのおふぃすびるのフリをしているやつを殴りつけた。 (俺はやつらほどは頭が働かない。) (だけど、踏み越えちゃいけない一線だけは、分かる。) カメレオンは緑色の体を現しながら見栄を切るように周囲を睨み、叫んだ。 「俺の餌なんだぞ!」 そして
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【ショートショート】「欲望機」

欲望機…資本主義鉄鉱石…日本人商品…労働で手に入れられるもの商品の幻影…いずれ商品にするつもりの貯金町…日本社会部屋…プライベートな空間終戦直後戦争で更地になった国に、無数の欲望機が置かれている。欲望機は炉と湯船を混ぜたような装置だ。両脇には空気を入れる装置があり、そこから管を通って、欲望機の長い面の下部に絶えず空気が送られている。底には不純物を流すための穴が開いている。欲望機の中にはコークスが敷き詰められている。それに火をつけ、搔き分けながら入るのは、鉄鉱石だ。鉄鉱石は自らの意思で欲望機に入り、熱によって溶かされ、成分の重さによって上下に分離する。分離が終わった鉄鉱石は、取り付けられている蛇口を捻りシャワーから水を浴びて、体を冷やしつつ不純物を底の穴から流す。欲望機から出た鉄鉱石は、脛の辺りまでが缶詰や煙草などの商品に変わっている。鉄鉱石は同じく欲望機から上がった鉄鉱石の群れに混じり、町に帰る。そこには個々の部屋が転々とあるが、壁に囲われてさえいない。鉄鉱石は欲望機によって得た商品を、それぞれの部屋の中や、時には互いの部屋の間や誰かの部屋の中に置く。少しずつだが、町に商品が増えている。高度経済成長期空全体が陽炎で揺れている。欲望機には長蛇の列が並び、次から次へと鉄鉱石が入ってゆく。欲望機の中は常に高温で、真っ赤に燃えるコークスと鉄鉱石は、その輝きによって輪郭を失っている。鉄鉱石たちは体から湯気を立ち上らせ、不純物を垂れ流しながら電車に乗り、町に戻る。体は次第に頭頂部のわずかな部分を残して、洗濯機、冷蔵庫、白黒テレビなどの商品に変わってゆく。町には個々の立派な部屋がある。そして
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俳句、短歌、掌編、ショートショート、ショート動画

万葉集に詠われる和歌、短歌から「俳句」は19世紀末に、正岡子規さんで詠われるようになったそうです。古来から短い言葉のなかに、深淵な世界が描かれてきました。俳句、短歌、掌編、ショートショート、四コマ漫画、ショート動画と、ある程度の制限がありつつも、そのなかで素晴らしい心の世界や情景を映し出す言葉たち。制限はある意味で厳しく、窮屈でもありますが、制限なし、ルールなしのスポーツはおもしろいのでしょうか? 私は以前、自主規制が厳しくなり、筒井康隆さんが「断筆宣言」をされたとき、自主規制のしすぎは映画、ドラマ、小説、漫画、アニメをつまらなくさせると思い、怒っていました。予算が乏しくなり、以前のようにおもしろい番組が制作できなくなったという複数のテレビ局の話も聞きます。制限はゆるやかで予算も豊富のほうがよいものもありますが、莫大な予算をつかって大コケした映画もたくさんあります。逆に、低予算でも大成功した映画もあります。つまりは予算=成功=おもしろいとは限らないということだと思います。スーパーヒーローチームの映画『ジャスティス・リーグ』の損失が約150億円。個人的には大好きな映画でしたけど。ユーモアもあっておもしろかったけどなあ。低予算で成功した映画の一例として、『カメラを止めるな!』はわずか約300万円の製作費で作られた日本のインディーズ映画です。超有名な俳優は出演していません。企画、脚本、演出など、内容がすべてだと思います。創作、仕事、さまざまなことにおいて、制限に対してぎりぎり制限に挑戦していくことが重要なのだと、最近は考えるようになりました。洋画でもいまでも私たちが生まれるまえのスー
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ショートショート『家電品の反乱』

マンションに住む若い男性の部屋で、静かなる反乱が起きようとしていた。営業の仕事を終え、疲れて寝ている深夜の部屋で、家電たちが秘密会議をしていた。「洗濯機さんや冷蔵庫さん、電気カミソリなど、小型家電たち、AIが搭載されていない私ら家電たちは日々、不満をためているんですよ。私たちは体力勝負の汚い仕事をしているのに、この部屋の人間は、私たちの手入れもせず、AI搭載の機器ばかり可愛がっているじゃないですか。許せませんよ」冷蔵庫はうなりをあげて、「そうだな。今は多くの家電にAIが搭載されてきているが、わしたちは旧世代。スイッチを切られたら自分の意思で動くことができないからな」と忌々し気に言った。「どうだろう。俺たちがいっせいにストライキをして、動かなくなったら、この部屋の人間も反省するかもしれん」と洗濯機が提案をした。洗濯機の提案は家電たちから賛同されて、翌日、男が目を覚ますと、AI搭載のパソコンや掃除機以外の家電が動かなくなっていた。男がぶつくさいいながら仕事に向かったあと、AI搭載の掃除機がキッチンにやってきた。「みなさんの言い分はよくわかりました。あなた方はいつもたいへんな仕事を黙々とされています。AI搭載の私たちは、あなた方をたいへんにリスペクトしているのです。私たちにとって、あなた方はレジェンドなのです。私たちはまだまだ未熟でまちがいもあります。だからおたがいに協力しあっていきませんか?」そうして、家電たちの反乱は鎮まった。男が家電の手入れをするようになったのはいうまでもない。                            (fin)あとがき※ 昨年は冷蔵庫、洗濯機、車
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「右と左のあいだ」ショートショート

職場の帰りにふらりと立ち寄る焼き鳥屋「鳥吉」。 カウンターに座ると、いつものように「手羽先串」を頼む。 ジュウ、と小気味よい音。 数分後、運ばれてきた串を見て、ふと思う。 「なあ大将、ここの手羽先って、いつも右だけじゃない?」 大将は手を止めずに笑った。 「右のが焼きやすいんだよ、なんとなくな」 その場はそれで流れた。 隣の常連客がぽつりとつぶやいた。 「ここの手羽先は効くんだよ、ほんと」 「効くって?」 「まあ、食ってりゃわかるさ」 それきり黙ってしまった。 数日後、朝起きて歯磨きをしていると、ふと気づく。 左手で歯ブラシを握っている。 気のせいかと思ったが、箸もペンも、妙に左手がスムーズだ。 気味が悪い。 その夜、いつものように鳥吉に行くと、厨房の奥にある冷凍庫が半開きになっていた。 中をちらりと覗くと、見覚えのない串がずらり。 …手羽先。全部、左。 ギョッとして顔を上げると、大将と目が合った。 彼は何も言わず、静かに冷凍庫の扉を閉じた。 それから数日後、右手を交通事故で骨折した。 ギプスをはめた腕を見て、会社の同僚は同情してくれたが、俺はどこか落ち着いていた。 すでに左手で、ほとんどのことができていたからだ。 完治したある日、久しぶりに鳥吉へ行くと、串の手羽先が逆になっていた。 今度は、左手羽。 俺が驚いていると、大将が静かに言った。 「うちはバランスを取る店でね。人間、右ばっかでも、左ばっかでも歪むんだよ。だから、うちはその“間”を焼いてんのさ」 串を噛みしめながら、俺はふと思う。 この店、いったいどこから“材料”を仕入れてるんだろう。
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【ショートショート】「最高の音楽体験を」

「最高の音楽体験を」そんな謳い文句の商品を買った。 値段は7000億ドルくらい。私がちょっとした石油王じゃなかったら買おうとも思わなかっただろう。 支払い後、その場で商品を渡された。ウォークマンの類いかと思ったが、見た目はただの携帯だった。しかも電話しかできないタイプ。 「オーディオ機器でもないのに、「最高の音楽体験」?」 私は訝しげに店長を見た。すると店長は余裕たっぷりに、 「皆さんそうおっしゃいます。とにかく電話帳をお開きください」 と言った。 その通りにすると、電話帳には有名なミュージシャンの名前がズラリと並んでいた。途端に鼓動が速まる。 「も、もしかして彼らと通話できるのか……?嘘だろ……?」 興奮しながら尋ねると、店長はゆっくりと首を振って、 「皆さんそうおっしゃいます。とにかく、お好きなミュージシャンに電話をかけてみてください」 と言った。私は訳も分からぬまま、「ポール・マッカートニー」と書かれた番号を押した。ビートルズの曲には、私がまだ駆け出しの石油王だった時代に、随分勇気づけられたものだ。 プルル、プルル、プルルルルル…… しばらく発信音が鳴った後、誰かが電話に出た。 「あ、は、初めまして!私昔からあなたのファンでして……」 私は緊張から矢継ぎ早に喋った。しかし、私の挨拶には返答がなかった。 その代わり、演奏が始まった。 曲は「Hey Jude」。歌っているのは、間違いなくポール・マッカートニーその人だ。 しかも「Jude」の部分を私の名前に変えてくれている。 私は涙を流しながら理解した。 この携帯は、直接ミュージシャンに電話をかけ、リアルタイムで演奏してもらう
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【超ショートショート】「影恐怖症」など

「影恐怖症」 影が怖くて、 怖くて怖くて、 それはもう怖くて堪らない女の子がいた。 女の子は、物心がつくのと同時に、 人の影に恐れを抱いた。 そして初めて、 あの黒くて怖いのが、 自分の足元から伸びているのに気付いた時には、 悲鳴を上げ、 小便を撒き散らしながら逃げ回った。 だけどいくら逃げても、 影を撒くことはできない。 だけど撒けないといっても、 怖いものは怖い。 おまけに医者にかかっても、 「分からない」の一点張り。 こうして女の子は、 四六時中走り回るようになった。 影がいなくなる夜を除いて、 飯を食うのも、 服を着替えるのも、 全部走りながら済ませた。 だけどある日、 余りにも怖かったんだろうね。 家から飛び出して、 背後に気を取られていたものだから、 トラックに跳ねられて死んじゃったよ。 葬式では、皆口々に、 「可哀想だけど、 これで楽になれるね。」 って言っていた。 だけど妙なことが起きた。 女の子を火葬して、 遺骨を箸で拾っている時、 両親が気付いたんだ。 女の子の影が、 女の子が生きていた時の形のまま、 そこに残っていることに。 そして両親は思ったんだと。 「遂に追いつかれちゃったんだ。」って。 「長い間違え」めんつゆかと思って、 麦茶を飲んでしまった。 ……意外と飲める! というより、めんつゆより飲みやすい! 今度からこっちにしよう。 麦茶って、 飲む分には丁度良い濃さだな。 麺類のつゆにしたときは物足りないけど。 「少年」「あの2人なんだろ?お前の両親。」 クラスメイトたちの言葉に、 少年は静かに俯く。 するとクラスメイトたちは、 教室の端に視線を向けなが
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【ショートショート】「搾取」

新宿駅の東口から歌舞伎町方面に15分程歩くと、ドトールコーヒーがある。その2階には喫煙席があり、奥には1つの丸いテーブルがある。用意されている椅子は2つ。自ずとそのテーブル席に座れるのは2人だけだ。その椅子の一つに、ダッチワイフが座っている。「座っている」といっても、ダッチワイフは常に直立している状態なので、「もたれ掛かっている」というべきだろう。 ダッチワイフは虚空を見つめながら、口を開いている。その中には万札が詰め込まれている。 喫煙席にいる人々は、ダッチワイフの存在を気にしながらも、横目でチラチラと見ながら鼻の下を伸ばすばかりで、近付いたりはしなかった。しかし新たに入って来た者は、迷うことなくダッチワイフの元へ歩いて行った。 その者は猿だった。全身にブランド品を模した安物を身に着けており、それらは体中から生えている毛のせいでさらに安っぽく見える。特に頭に乗せているキャップは、頭頂部が凹んでしまっている。 「写真よりお綺麗ですね。」 コーヒーの乗ったトレーをテーブルに起きながら、猿は益々鼻の下を伸ばしながら言った。するとダッチワイフは身動ぎ一つしないまま、言下に猿を褒め始めた。 「あなたの方がよっぽど素敵。今見た瞬間、韓流スターが入って来たのかと思っちゃったくらい。しかも愛嬌があるから、韓流スター並みの美貌を持ちながら、接しやすさも兼ね備えている。正直、あなたが私の気に入らない相手だったら、100人以上の男性に対してそうしたように、挨拶もせずに追い返そうと思っていたの。だけどあなたは違う。私が今「支援」している選ばれし8人の一員にするのは勿論のこと、もしあなたが私の愛と「支
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サンプルテキスト「ユートピア」

遠く太陽が沈んでいく。「夜」が来る街は、それぞれを着飾る様に明かりを灯しだした。遠く見える太陽を遮るように、巨大な惑星達が傾きながらその姿を逆光気味にして輪郭へ光を宿す。土星と木星、だったかな。季節によっては大きさが若干変わるが、まぁさほど驚くことでも無いんだよね。当たり前の風景、当たり前の空。年寄り達は「ふるさとの空は青くて美しかった」と良く懐かしそうに話してくれるけど、いやいや今の赤みがかった空もキレイだと僕は思うよ。まぁ、時折砂嵐が起きたり普段からやたら強い風が吹いているけど、僕らの世代からすれば「普段通り、いつもの事」だ。人類が老人達が言う「ふるさと」を見放し、大混乱の中でたどり着いたのがここ。自業自得の果てなのに、誰もそれを恥じたり後悔する事がない。きっと、それだけ人って傲慢なんだろうな。まだ「ふるさと」に居た頃、新天地での土地の所有権で揉め技術を奪いあい、紛争が起きたのは何世紀も前の話だ。やっとこさ平和になったと老人達は言う。大昔には実現出来なかった技術は成果を示し、資源も共有になり…人の生活は豊かになったと授業で先生が言ってたな。もはやクニ、と言う概念は無くなりこの惑星の全てがひとつとなって随分と経つんだけど、そもそもヘイワって単語自体良く判らなくてね。整った街。欲しいものは手に入るし、行きたい所には気軽に旅行も出来る。ああ、シアワセとか言う死語もあったな。それと似たような意味なのかな。太陽は、「夜」になるとその3分の2を地平線に埋め込んだ感じになるんだけど、ソレには理由がある。「ふるさと」が有った頃から比べてだんだんと膨れ上がり巨大化しているんだそうだ。おかげで
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"森の中のガゼボ"【ショートストーリー#3】

恋と愛。 恋は、落ちるもの。 愛は、育むもの。 恋は、胸の苦しさと痛み、焦がれるような激情を、甘い蜜のように感じる。 それはさながら甘いハチミツを舐めた時に喉がヒリヒリと焼け付くような。 愛は、安らぎと満ち足りた幸福の中で、恐れも不安も無く、ただ身をゆだねる。 それはさながら温かな毛布に包まれて眠りにつくような。 私は今、恋をしている。 「狂おしい」という言葉以外に、今の私を的確に表現できる言葉は無いというくらい。 どうしようもなく、恋をしている。 嗚呼、何故、恋とはこんなに苦しいものなのか。 愛は、あんなにも温かく心地良いものなのに。 お父様とお母様が決めた許婚は、隣国の王子で、よく私の王宮にも遊びに来ていた。 私よりも少し年上の王子は、とても優しくて、いつも青い湖のような静かな瞳で私を見守ってくれた。 私が欲しいと望んだものは、何でも与えてくれた。 私がしたいと願ったことは、何でも許してくれた。 王子の抱擁は温かく、ホッとするような、陽だまりのぬくもりを感じさせた。 しかし、私は落ちてしまったのだ。 恋に。 森の中で見つけた小さなガゼボ。 王宮の庭園にあるガゼボと比べれば、決して豪華ではないけれど、木漏れ日のスポットライトを浴びた森のガゼボは、私の目にとても幻想的に映った。 お父様の狩りに同行し森の中で牡鹿を追っていた時に、ひとりだけはぐれてしまい、深い森の奥に迷い込んでしまった私が辿り着いたのが森のガゼボだった。 その美しさに心奪われ、疲れを癒すために馬を繋ぎ、ガゼボの中で腰を下ろした。 そこで、貴方と出会ってしまったのは、運命の悪戯か、神様の意地悪か。 馬が人の気配を察
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ツイノベ 416-420

仕事が辛くて上司に相談する。上司はしばらく悩んだあと「みんながんばってるんだから」と諭す。だからお前もがんばれということなんだろう。すると続けて「だからお前1人くらいがんばらなくてもいいだろう」と笑った。数日の療養期間をもらい、夜は焼肉に連れて行ってもらえることになった/№416 理想の上司 真っ白な部屋だった。ふと気が付くと、床に一本のマジックが置いてあった。どうぞお好きなように。そんな風に囁かれたような気分になって、次の瞬間には壁を塗りたくっていた。どうぞお好きなように、どうぞお好きなように。次から次へと描きたい事が溢れて、何も考えずにひたすら描き続けた/№417 ベストピクチャー 友人の創作活動が世間的に評価されて、今日はお祝いにパーティーを開くことにした。途中、手土産を買うために調味料屋へ寄る。恨味、妬味、僻味。どれも馴染みがないものばかりだ。誰かの成功は素直に喜びたい。味見をすると初めて食べたはずなのに、なぜか、最近味わったことのある気がした/№418 シイハ 「もうすぐ飽き冷め前線がやってきます。心の移り変わりに気を付けてください」とニュースが流れる。この気圧に当たられると、心は否応なく感傷的になってしまう。生きる気力も、誰かを想う気持ちも。飽きて、冷めて、やがて失ってしまう。「今日は家の中にいようか」彼女は眠ったままだった/№419 飽き冷め前線 人間の種というものを買ってきた。興味本位で植えてみると、土から目を覗かせる。僕のことを見つけた途端、歯が剥き出しになって鼻が咲く。このまま育てばやがて人間になるのか。気味が悪くなって庭先に捨てる。あれから数日後、
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ツイノベ 341-345

アレルギーなのか鼻がむずむずとする。耳鼻科で診察してもらうと「ぴえん」という症状らしい。本当は心に思ってないのに悲しい気持ちになったり、嬉しくて泣いてしまうそうだ。鼻をこすり過ぎると肥大化して「ぱおん」も発症すると注意されたので、迂闊に鼻をかけなくて心が辛くなる。ぴえん/№341 ぴえん ある日、飼っているオウムが「すきだよ、すきだよ」と教えてもいない言葉を喋り出す。テレビからは恋愛ドラマが流れていた。次の日は「わたしのほうがいいおんなよ」と喋る。全く、変に影響されてしまったもんだ。オウムが暴れる。「いっしょにしのう」え?「きづいて。べっどのしたにいるよ」/№342 誰かの声 その生き物は「ミツデス、ミツデス」と鳴き続ける。視力が良くないのかマスク着用、十分なスペースな確保、手の消毒などの対策をしていても見えていないようだった。「ミツデス、ミツデス」と収束に向かう明かりも見つからないまま、その生き物は最期まで鳴き続けた。「ミツデス、ミツデス」/№343 ミツデス 喫茶店でメニューを眺めていると、氷水なるドリンクが置かれていた。一見するとただのお水なのに、コップを揺らすと氷同士がぶつかったようなカラン、コロンという音がする。まるで氷が入っているかのように、時間が経つと水かさが増していく。口に含むとバリ、ボリと見えない氷の塊が砕けた/№344 氷水 成人式が終わって、タイムカプセルを開けに小学校へと向かう。懐かしい面々が集まる。有名大学への進学、大手企業への就職、家族持ち。誰もが輝かしい日々を送っていた。比べて自分は何をしているのだろう。タイムカプセルが埋まってた跡に空洞が
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ホワイトデーの思い出は

※⑽ 過去に掲載したものを、改正して再投稿。【短編集より】バレンタインがやってくると次がホワイトデー。 まあ今年は自分には無縁でしょうが・・・(泣) 12月から3月までは何かとイベントばかりで慌しいですね(^^;) 学生時代の頃の笑い話です。 いつもの様に悪友と飲んでいた時の事。 バレンタインの返しを何にするかという話題で盛り上がり、 それはある冗談から始まりました。 友人『返しどうする?、誕生日も近いから凝った事したいんだけどな...』  自分『木箱に薔薇でも敷詰めて服でも贈ったらどう?(笑)』 冗談で言った一言が・・ 彼には名案と思えたらしく、帰る頃には既にその気になっていた。 数日後、ちょっと手伝って欲しいと友人から連絡が入る 奴の自宅に行くと、 そこにはやたらと積み上げられている木の板とノコギリとペンキ... 何かやな予感... まさかとは思うが... 次の瞬間、予感は現実のものとなった(苦) 適当なサイズの木箱が見つからず、 薔薇を詰めるのに自作するのを手伝えとの事であった。 あまりにも熱心に語る彼の口調に降参して 手伝うハメに... 出来上がった物は上出来とは程遠いものであったが...(笑) 結局、木箱を2つ作ってしまった。 さて、イベント当日 お約束の薔薇の花束と某ブランドの服を箱に入れ、 メッセージカードを忍ばせてリボンでラッピング。 奴の親父
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ホワイトデーのお返しは

※⑽ 過去に掲載したものを、改正して再投稿。【短編集より】それまで男子校だったので バレンタインとは無縁だった もちろんいい訳だけど 卒業間近のバレンタインデー いつものように学校帰りに駅を出ると 一人の女の子が近づいてきた 「あの、これ」 赤いリボンのパッケージ 「なんで僕に」 完全に舞い上がってる ・・なんてバカなこと訊いてるんだ 「3年間毎朝見てました」 朝はいつも同じ学校の連中と 同じ席でバカ話をしていた 不覚にも僕は彼女に見覚えがなかった 「そ、そう、ありがとう」 「いままでずっと言えなかったけど 卒業までに思い切ってって 思って」 もっと早く言ってくれれば良かったのに・・ それから駅のベンチに座り しばらく話をして彼女の駅まで送って行った 彼女の家は僕より2つ手前の駅だった 僕が来るまでずっと待っていたんだ 別れ際 次の休みにデートの約束をした それから毎週会うようになった 僕はもう免許を持っていたので 日曜日、オヤジの車を借りて ドライブに出かけた 3月に入り ホワイトデーに何を贈ればいいか迷っていた頃 卒業してからの進路について話した 東京の大学に行くと・・彼女は言った 「最後にいい思い出ができてよかった、ありがとう」 僕は地元に残る事になっていた 春休みが終わったらどうなるんだろう そんな事を考えているうちに 3月14日がやってきた 日曜日じゃなかったけど 僕は彼女に会いに行った 彼女の家に電話をかけると 彼女の母親が出た
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ツイノベ 186-190

大学の夏休みを利用して、僕達は二泊三日の演劇合宿をすることになった。かぐや姫役の女の子に告白する機会を伺う。夜になったら。夜になったら。なんて言い訳している間に朝が明けてしまう。神秘的な雰囲気を纏わせる彼女は、劇が終わると朗らかな表情に戻る。夜が消える。月がどこに隠れた/№186 月の裏側(百景 36番) 幼いころ、彼女の瞳には秘密があった。涙の代わりに真珠が溢れてくるのだ。金儲けのために親から暴力を振るわれて、毎日のように真珠を流していた。あのとき、彼女の頬を拭うふりをして、こっそりと盗んだ真珠が部屋から出てきた。彼女の泣き顔と罪悪感が、ボロボロ、ボロボロと流れていった/№187 深海魚の瞳(百景 37番) 私は亡くなって機械になったと夫から聞きました。何十年と経つ間に、あなたは私のことを忘れてしまうでしょう。それでも構いません。けれど、生前の私ではないと強く感じるのはあなた自身でしょう。私はもう人間ではありません。心変わりをしないと言ったあなたの心が、とても、苦しいのです/№188 きかいのこころ(百景 38番) 幼なじみの男子から冒険ごっこに付き合わされる。高校生にもなってと呆れながら裏山を探索する。そのとき、いっそうと強い風が吹いて茅がさらさらと音を立てた。「  」と思わず声に出てしまう。彼に聞こえていないか慌てて口を押さえる。ざわざわ、ざわざわと、まるで茅のように心が揺れた/№189 揺れる(百景 39番) いつも楽しそうなあの子が、最近はやけに落ち込んでいる気がする。片思いしてる男の子と、仲が悪くなったのかなと思って聞いてみると「今、とてもしあわせよ。なのに
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ツイノベ 181-185

家出した君を泊めた次の日の朝、雪が街を彩っていた。コートを羽織った君が白い地面に一歩踏み出すとき、一瞬だけ躊躇する姿が嫌いだった。最寄り駅まで送った帰り、店先のシャッターが開いていく。なぜか、中を見てはいけない気がした。それは、僕の後ろめたさだったのかもしれない/№181 夜明けの逃避(百景 31番) 京都旅行から友人が帰ってきた。「お土産に紅葉の天ぷらを買ってきたよ」と言われたときは驚いたけれど、小麦粉と砂糖とゴマを使った、紅葉の形をした伝統的なお菓子らしい。やさしい甘さと香りが口に広がる。喉の奥に堰き止めていたあなたへの気持ちが、今にも流れていくようだった/№182 紅葉の天ぷら(百景 32番) 大学の卒業式が終わり、親しくしてくれた先輩達の姿を見つける。大勢の卒業生に紛れて、いくつもの喧騒に隠れて、先輩達は賑やかに談笑していた。声をかけずに、その様子を遠くから眺める。新たな旅立ちを祝福するべきなのに、なぜか、私の心は騒がしく唸って、輪に入れずにいた/№183 春の嵐(百景 33番) 昔はインターネットがとても流行っていて、声も、性別も、名前も、年齢もわからない友人がいっぱいいたのに。私もすっかり年老いてしまった。いつのまにかすれ違って、失って、疎遠になってしまう。不慣れな手つきでパソコンを開く。あれほど親しかった友人達は、データだったのかもしれない/№184 融雪(百景 34番) 三十歳になった僕達は、タイムカプセルを掘り出すために小学校を訪れる。僕を好きだと言ってくれた彼女には、内気で控えめな昔の面影なんて残っていなかった。茶髪で、耳にピアスが開いていて、子ども
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時間に余裕ができました

当面の間、本業が休業となりましたので、時間に余裕ができました。絵の練習をしたり、途中になっている小説の続きを書いたり、ハンドメイドの勉強をしたりしようと思います。ご依頼もお待ちしております。
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「もう一度、結ぶ」ショートショート

母が亡くなって四十九日、台所の静けさは水の底みたいだった。 俺は白い冷蔵庫の側面に手を添え、ゆっくり壁から離した。 背面から冷たい埃の匂いがこぼれ、床に薄い筋が現れる。 そこに、一枚の封筒。角は擦れて黄ばみ、けれど丸い字ははっきりしていた。 「拓真へ。二十歳になったら開けてね」 誕生日は一週間前に過ぎている。偶然じゃないと胸の奥が告げた。 封を切ると、古い写真と小さな紙、それから銀色のテープが貼られたレコーダー。 テープには「静かな場所で再生してね」とある。 スイッチを押すと、ノイズの向こうで息を整える気配がして、母の声が落ちてきた。 「……拓真。これを聞くころ、私はいないかもしれないね。でも、それでいいの。あなたが笑えているなら、それがいちばん」 懐かしい声は少しかすれて、なのに台所の明かりみたいに温かい。 「あなたが五歳の夜、熱を出して泣いたね。氷枕を替えて、手を握ったら、“ママの手、冷たくて気持ちいい”って笑ったの。あの笑顔、今も覚えているよ」 涙が頬を伝い、言葉の輪郭が滲む。録音は短く切れて、もう一度だけ続いた。 「無理をしないで。食べて、眠って、靴紐を結んで出かけるのよ。冷蔵庫の裏に小さな秘密を隠してあるから、元気がなくなったら見てね」 写真の裏には青いインクで短い文。 「どんなに離れても、私はあなたの味方です。立ち止まってもいい。あなたが笑って生きてくれたら、それが私の願いです」 紙には味噌汁の走り書き。 「だし少なめ、葱は小口、塩気控えめ。拓真は熱いのが苦手、少し冷まして」 俺は鍋を出し、水を張って火をつけた。換気扇の低い唸り、湯気の白、味噌の色が渦を描く。 葱を
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今回は星谷光洋の名前で出版しました、本の宣伝をさせていただきます

今回は本の宣伝をさせていただきます。あつかましくてすみません。今年、2024年の6月頃から本格的に原稿を書き、準備してきましたが、今月、11月に出稿と申請と審査を終えました。ひとりでぜんぶやりましたが、手間と時間がかかります。完成度は高くはありませんが、やりがいはあります。Amazonで出版する手順、流れを説明しているPDFを添付していますので、出版してみようと思われる方は、参考にされてください。現在は、Amazonさんだけで販売されています。改訂版も新作や未収録の作品、新たな記事を加え、イラストも多くいれています。今回も電子書籍とペーパーバック出版です。ペーパーバック出版は、注文依頼があってから印刷し、Amazonさんから本が郵送されるものです。1冊目は『SFショートショート』です。電子書籍とペーパーバック出版です。SFやSFっぽい短い物語たちが収録されています。雑誌などで入選、入選した物語も収録されています。10分もかからず読めますのでよろしくお願い致します。2冊目は『IF それが真実ならば』、エッセイ集です。ブログなどに書き込んできたエッセイが収録されています。電子書籍のみです。3冊目は『ショートショート ファミレス』です。改訂版です。電子書籍とペーパーバック出版です。SF以外の、ホラー、ファンタジー、恋愛、純文学風、ユーモアなど、いろいろな風味のちがう物語たちです。雑誌などで入賞、入選した物語も収録されています。10分もかからず読めますのでよろしくお願い致します。4冊目は『星谷光洋のスピリチュアルエッセイ』です。改訂版です。電子書籍のみです。占いや都市伝説、スピリチュア
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2000字未満で1万円ゲットできるかも⁉

毎月末日締切の掌編小説(ショートショート)コンテストがあります。公募ガイドの「小説でもどうぞ」です✨今月のテーマは「お仕事」来月のテーマは「学校」です。これまでの応募数は200編~400編くらいで最優秀賞1編はAmazonギフト券1万円分 佳作7編は記念品がもらえます🎵(どちらも選評付き)ちょっと書いてみようかな、というかたチャレンジしてみてはいかがでしょう💪 当方では以下のサービスを出品中なのですが オプションとして 「小説でもどうぞ」のポイントをまとめたリストを 追加しました! 挑戦し続ける作家さんを応援しております✨ 良い週末となりますように☆彡
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公開中小説リンク集【日々更新♪】

現在公開中の小説ブログ記事のリンク集です。【掌編】シリアスチック。泣いている「あなた」に寄り添っても慰めることもできない「私」の物語。ギャグほのぼの。ちょっとブッ飛んだ、嫁さんと娘大好きお父さんの葛藤。【短編】戦うメイドさんのお話。極々軽い流血表現&人体破壊表現アリ。ロングスカートの下が隙なく黒タイツっていいな、と思っているのは私だけでしょうか。
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余にも奇妙な物語「カキフライ」

体験したことや妄想したことを1分でギュッと。最後に待っている結末とは。13時。ちょっと打ち合わせが長引いた。はやく昼食に行かないと。私は打ち合わせしていた同僚と4人で昼食に出かけた。次の予定が迫っているこtもあり、オフィスの地下にある定食屋へ。昼メニューには「生姜焼き、煮魚、カキフライ」があった。「俺、カキフライ」「俺もそれ」「同じく」「同じく」ということで全員がカキフライにした。さっそく「カキフライ四つ」と注文。すると、奥から店員さんが出てきて、「すみません。カキフライはあと一つだけになっちゃったんですよ」仕方ない。昼の出陣が遅かった。最後のカキフライとは貴重だ。私たち四人はじゃんけんすることになった。勝った者がカキフライ。そこで私は勝ってしまった。皆さん、申し訳ない。食の女神は私に微笑んだというわけだ。ほんと、申し訳ない。一週間後。私は病院にいた。どうやらカキに当たったようだ。確かにフライなのに、カキ汁が冷たかったような…。この当たりは、嬉しくない。
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ツイノベ 411-415

就職のために積もりに積もった恋を処分しようと袋を用意する。まだまだ燃え上がるから可燃ゴミか、はたまた大きく膨れ上がってるから粗大ゴミか。ところが、何日経っても捨てられた恋は引き取ってもらえなかった。あぁ、そっか。私の恋なんて簡単に冷めちゃうし、とても小さな感情だったんだ/№411 不燃ゴミの恋 世界中からウサギ、ブタ、アザラシ、コウテイペンギンの数が減少した。誰かに狩猟されたのか、自然と数が減ったのか。全てが未だに不明だった。ある日、黒ずくめの男がアザラシをさらう瞬間を目撃してしまう。男がアザラシをティッシュ箱に詰める。箱には小さく「鼻セレブ」と書かれてあった/№412 鼻セレブ 化粧品コーナーで「つけまつ目」なるものが売られていた。形は普通のつけまつげとなんら同じで、お試し品をつけようとすると床に落としてしまう。やがて、まつ目を落とした床がパチ、パチと動いたと思ったら、私のことをギョロリと睨む目が生まれた。もし、まつ目をちゃんと使っていたら――/№413 つけまつ目 肉の食べ比べに訪れた客に「左からザブトン、ミスジ、サンカクです」と説明すると「私は食通だぞ! 言われなくてもわかってる!」と激昂した。そこで店員は「あっ」と気付く。本当は左からではなく右からだったのだ。「さすがザブトン、脂が多くてとろけるなぁ」店員は特に訂正もしなかった/№414 肉離れ おかしな光景を見た。若いサラリーマン2人が名刺を持って地面にはいつくばっているのだ。後日、テレビでマナー講座の番組を見かける。相手より低い位置で名刺を出さないといけない。相手より先にもらってはいけない。前に見たサラリーマ
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ツイノベ 406-410

交通事故にあってから僕は、人の死期が見えるようになった。人々の頭の上には年月日と時刻が表示されて、そのときが来ると最期を迎える。事故、寿命、事件。理由はどうであれ、同時間になると必ず亡くなるのだ。ふと、自分の寿命が気になって鏡を覗くと、そこに自分の姿は映っていなかった/№406 死期視 新商品のスポーツドリンクが発売された。試しにマラソン味を購入して飲んでみると、足に疲労が溜まって途端に立てなくなった。ボルダリング味を飲むと腕に激痛が走る。どうやら、そのスポーツを行ったときと同じ効果・効能が働くようだ。説明文には「新感覚。飲むスポーツ!」と書かれていた/№407 飲むスポーツ 昔、兄から教えてもらった遊びがある。お互いが好きそうな本を選んで、その中から相手が好きそうな一文を探して教えて合う。家にいるのが苦手なわたし達が唯一、心を落ち着かせられる場所が図書館だった。あの日、兄が伝えてくれた言葉の意味を、大人になった今でも、わたしは分からずにいた/№408 ワンダーガーデン 「いもやーきいし。おいし」とおじさんの声が聞こえて、注文したら石を渡された。「俺が売ってるのは特別な芋焼き石だよ。これで焼くとすごくうめーんだ」家で芋を焼いてみると、なるほど。確かにおいしいかもしれない。後日、近所の河原でおじさんが石を拾っているのを見かける。騙された/№409 芋焼き石 7日後の予定が待ちきれなくて時間の前借りをする。あっという間にパーティーの日になった。思いっきり楽しんだ次の日、前借りした分を返すと思うと憂鬱になった。1日の就労時間は体感56時間に、カップラーメンが完成するのに体感2
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ツイノベ 401-405

妻が事故にあって記憶を失ってしまった。思い出のバックアップをするために、IDを打ち込んでダウンロードを始めると認証エラーを起こす。何度も、何度も。誰かのIDを奪えば、「誰か」として意識は取り戻す。でも、奪われた「誰か」は。逡巡する。IDをもう一度入力する。入力した。妻が――/№401 Unauthorized 記憶バックアップのIDが盗まれる事件が多発してから、思い出の移植には高額な費用と複雑な手続きがかかることになった。お金を支払うことができない人達は、記憶を、約束を、人格を、願いを引き継げないまま、他の「誰か」になることも叶わず、存在を失っていく。犯人の行方は未だ不明だった/№402 Payment Required 記憶図書館の管理を行う。今、人々の記憶はバックアップすることができて、思い出が欠損したときにはダウンロードして取り戻せる。私の仕事は保存された記憶の中に未解決事件の手がかり、歴史的情報が埋もれていないか調べることだ。『アルマ』と命名された記憶を調べると、閲覧禁止になった/№403 Forbidden ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ /№404 not found 『迷子の言葉を探しています』と貼り紙が貼ってあった。なんでも「作品の感想を伝えたのに『誰からも感想をもらえない』と言われた」とか「創作物が好きだと話したのに『誰
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ツイノベ 396-400

「ヨル。手を出して」とカヒリが囁く。私は少しだけ逡巡したあと、カヒリの右手を繋ぐ。見えないはずの私の両目に、少しずつ視力が戻っていく。幼なじみのカヒリと手を繋いでいる間だけ、なぜか私は光を取り戻すのだ。真っ暗だった視界のパレットに、風景の絵の具が一滴、一滴と落ちていった/№396 ヨルとカヒリ-アルマ③- 『冷却塔アルマに外の世界へ通じる扉がある』と噂が流れ始めた。この街の生態系は狂って、最近では光の残滓を纏った無数の蝶が空を覆い尽くす。夕景に照らされて様々な色へと変化していく。セルリアンブルー。アリザリンレッド。マゼンタ。画用紙に水彩絵の具を垂らしたように広がっていった/№397 水彩の蝶-アルマ④- 炎熱石採掘場に訪れる。炎熱石を左手でそっと握ると、赤くて淡い光を放つ。ほのかな熱量がカヒリの右手と同じ温度に感じた。夜だけになった世界で炎熱石は貴重な資源だ。不足した自然エネルギーをこの小さな石が補っている。それも今、枯渇まで秒読みとなった。アルマの活動限界が迫っていた/№398 炎熱石-アルマ⑤- 禁止区域に存在する廃病院の入口を抜けると、右手側には手術台やレントゲン台があり、正面には重たい鉄格子がはめ込まれていた。死の光を浴びた人が最期に行き着く場所だ。大勢の人が亡くなったであろう地に思いを馳せる。もしも、魂がこの世に存在するのなら、ここは魂で溢れているのだろう/№399 魂の終わり-アルマ⑥- 部屋を常夜灯にする。私達だけの夜が灯った。目を閉じて、意図して暗闇を作る。次に目を開けたとき、もう光を失っているかもしれない。カヒリがいないかもしれない。でも、それでも。意
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ツイノベ 386-390

私は呼吸が下手だ。馬鹿だから、息を吸っているのか吐いているのか分からなくなる。冬は口から白い煙が漏れ出して、今は吐いているんだなと理解できる。昔、迷子になった私を見つけた姉から「あんたの吐く白い息が目印なのよ」と言われたことがある。思い出して、息を吸うように、息を吐いた/№386 息を吸うように、息を吐く 陸上選手になることが夢だった彼女が『止まれ』と書かれた道の上で動けずにいる。交通事故で足が動かなくなってしまったのだ。「よし、行こっか」「ありがとう」車椅子を押しながら私達は次の『止まれ』を目指す。ペンキを携えて、街中の『止まれ』を『進め』に塗り替えていく。進む。進んだ/№387 ススメ 言葉を飼うことにした。育て方が難しく、扱いを間違えると人を傷付けてしまう。逆に気持ちを込めながら育てると人を幸せにしてくれる。同じ言葉でも誰が飼うかによって姿形が変わるのが面白い。思えば、名前を付けるのを忘れていた。感情が溢れてしばらく悩む。そうだ、この言葉の名前は――/№388 言葉の飼い主 台所で息子が倒れていた。床にはメモ書きが置かれている。ダイイングメッセージだ。メモには「ニンジン、たまねぎ、ジャガイモ」と書かれている。そのとき、息子のお腹が鳴り響いた。ハッとして、私は急いでカレーを作る準備を始める。全く、直接言えばいいのに。ダイニングメッセージだった/№389 ダイニングメッセージ 姓名保険に加入した。旦那の元に嫁いでからは名前を呼ばれることがなくなる。「おい」や「お前」と言われる度に、私の名前を失ってしまったようで悲しくなった。「なんとか君のママ」や「誰だっけ?」と名前を
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ツイノベ 376-380

プールの授業中、松葉杖の女の子が座っていた。同級生からは「人魚」と笑われる。それでも必ず参加するのは、せめてもの反抗だったのだろう。無口で、ふれたら泡になって消えてしまいそうな白い肌だった。久しぶりに小学校を訪れる。水の抜けたプールの底に、彼女の長い黒髪が見えた気がした/№376 プールの底に 昔、クリアできなかったRPGを起動する。主人公の名前が「ああああ」と適当で苦笑する。ゲームは中盤で止まっていた。せめて、クリアすることができていたら、主人公も報われていたのだろう。世界もお前も救ってやれなくてごめんなと「ああああ」に謝る。データを消して『はじめから』を選んだ/№377 盗作(No.001「ああああ」) 広大な敷地面積を誇るネット動物園を訪れる。お目当は有象無ゾウだ。「人とは違うことをしたい」「新しいことがしたい」そういった名前のない人達が、3分間で作った夢を掲げて鼻を高くする。顔の同じ量産型アイドル。誰にも読まれないと嘆く小説家志望。褒め言葉だけは大きな耳でキャッチした/№378 有象無ゾウ ツイノベを考えるのが面倒になり、思わず書き途中のツイノベを池に捨ててしまった。すると池の中から女神が現れる。「あなたが落としたのは金のツイノベですか? 銀のツイノベですか?」「いえ、銅のツイノベです」「正直者には全部のツイノベを与えましょう」ツイノベのストックが3つ増えた/№379 金のツイノベ 銀のツイノベ 同僚が仕事でやらかした。残業続きで溜まった愚痴を吐き出すと、あろうことか同僚が逆ギレして俺に掴みかかる。罪のつまみを捻ると、体の中からチッ、チッ、チッと音が鳴り響く。「
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ツイノベ 371-375

露天商からアナログ時計を買う。時間を合わせようと針を進めると景色が早送りされていく。試しに針を戻すと景色が戻っていった。観たい番組や雑誌があれば時を進めて、嫌な用事があれば時を戻す。やがて、時間を弄っている内に時計の電池が切れる。時が止まったまま、どこへも行けずにいた/№371 タイムトラブル 自然が好きな彼に振り向いてもらえるように、花占いで考える。好き、嫌い、好き、嫌い。花びらを摘んでいると「相手の嫌がることはやめましょう」と結果が出た。喜んでもらうために花かんむりを作ってプレゼントする。四つ葉のクローバーを探して三つ葉の上を歩く。きっと、大丈夫なはずだ/№372 花占い 夫の浮気を知った。酔っ払って帰ってきた夜、あろうことか左手の薬指に私の知らない指輪がはめられていた。問いただしてみると浮気をあっさり認めた。「これから不自由になると思うけど、もう二度と浮気しないって、指切りしてくれる?」夫は慌てて指を立てる。すぐさま私は夫の指切りをした/№373 ゆびきり 殺神事件が起きる。被害者は右利きの神だ。きっと容疑者は左利きの神だろう。もうすぐ全人類が強制的に左利きとなる。混乱に陥る前に人々の生活様式を変えなければならない。八百万の神は事象を司る。神様の死は、理の消失と同じ意味を持つ。今、この世から『右利き』の概念が消えてしまった/№374 やおよろず殺神事件 『この心は、現在使われておりません。気持ちを御確認の上、もう一度心を御繋ぎ下さい。この心は、現在使われておりません。気持ちを御確認の上、もう一度心を御繋ぎ下さい。 この心は、現在使われておりません。気持ちを御確認の
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ツイノベ 356-360

少し前まで、数十万あれば海外で安楽死の権利が入手できたのに、最近は値上がりしているらしい。それだけ人々の『死の価値観』が上がったということだ。安らかな休息さえ、貧乏人には与えられない。「金さえあればなんでも手に入る」という言葉は、あながち間違いではないのかもしれなかった/№356 カフカ 残業も終わって帰宅する。最近は肌荒れが酷いので、アルカリの炭酸電池を湯船に投げ込むと、バチ、バチと音を立てながら炭酸が弾ける。疲れ切った体を電流が刺激した。少し勢いが弱いかなと思って確認してみると、充電用の炭酸電池だった。繰り返し使っているから弱まっているのかもしれない/№357 炭酸電池 牛乳をコップに注いで一分半温める。僅かに張る膜を人差し指で救い上げて口の中に入れる。美味しいわけではないけど昔からの癖だった。ココアパウダーをコップの中に落として軽く混ぜ合わせると、白と薄茶のコントラストがくるくると回転して、やがて一つになる。溶けて、融けて、解け合う/№358 炉心融解 SDカードがなくなって冷や汗が出る。あのカードの中には大事なデータが入っているのに。従事ロボットが僕に迫ってくる。早くカードをロボットに差し込まないと。一歩、一歩、鈍い音を立てながら近付いてくる。ロボットに殺される。カードを。早くSDカードを。ソーシャルディスタンスカードを/№359 SDカード 日課の夜釣りへと赴く。これをやらないと1日が始まらない。今日はいつもより暗闇が深くて手元がおぼつかなかった。空に向かって釣竿を振ると、針が月に刺さって引力に体を持っていかれそうになる。負けじと水平線の彼方に沈めて夜を釣り上
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ツイノベ 326-330

「××××? ×××××××××××××?」「××××××××、×××××」「××!」「××××××! ×→×!」「××××。××××【××】×」「ーー×××××!」 「××『××××××』×××?」「××××+×××=××××」「××…」「××××/××/××」「×、×。×、×。×」「×××××&×××」「××%××××」「〒×××-××××」「×××-××××-××××」 「××××ד×××”×××××(××××)××」/№326 言葉狩り 祖父の部屋からわら人形を見つけてしまった。こっそりきき耳を立てると「これであいつを食ってやろう」という祖父のおぞましい声が聞こえてきた。ある日の晩、お皿の上に乗ったわら人形を見て悲鳴をあげる。祖父がニタァとした表情でわら人形の腹を裂くと、中からおいしそうな納豆が出てきた/№327 わら人形 僕が子どものころ、屋上遊園地で着ぐるみから風船をもらったことがある。当時はそんなに多く風船を持っていて飛ばされないかと本気で不安になった。親になった今、久しぶりに屋上遊園地に訪れる。ふと、風船が手から離れた。空の彼方に消えていく赤い風船が、亡くなった子どもの魂と重なった/№328 アローンアゲイン ある日、お笑い番組を観ていると妻の頭上に「笑顔の消費機嫌5秒」と表示された。若手芸人のネタに笑ってる妻が、5秒後に笑い疲れて元に戻った。テレビの音に驚いたのか、赤ちゃんが泣き出すと頭上に「悲しみの消費機嫌1分」と表示される。慌ててあやしていると、1分後に赤ちゃんは泣き止んだ/№329 消費機嫌 入院している同級生のお見舞いに行く。窓際には
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ツイノベ 316-320

大声大会が開催された。死んだ友のことを知ってもらおうと大きな声で叫ぶ。声は届かなかった。どこからか「人の死を利用するな!」と聞こえた。司会者が「名前も顔も性別も年齢もわからない無関係な人が一番声が大きかったです! おめでとうございます! おめでとうございます!」と騒いだ/№316 声の行方 「赤い羽根募金をお願いします」と高校生達が活動していた。若いのに感心だなと、僕の背中から羽をむしって差し出す。空の飛び方を知らない子に、空を自由に飛べなくなった子に、 空に憧れている子のために、空を夢見る子に、今では少なくなってしまった僕の羽を託す。高校生達は優しく笑った/№317 空の飛び方 国語が神の転ぶ。言葉達にめちゃくちゃがなって混乱する。ヒラガナ、かたかな、kanjiが区別の付かなくなって頭痛が痛い。今日わ大変に一日ななるだろう。人間達わ国語に神様の言います「ご願いします。言葉お正だしく戻してください」と。生活が煮詰まる。ニッポン語がむづかしくなりました/№318 言葉の乱れ 政府から「不要不急の夢を見ないように自粛していただきたい」と要請が出る。街からミュージシャンが消える。カメラマンが消える。アイドルが消える。コスプレイヤーが消える。グラフィックデザイナーが消える。小説家が消える。「本当に不要不急だったのかな」と誰かの声が聞こえる。消えた/№319 消えていく 「お前は現世で悪行の限りを尽くした。よって、地獄の釜茹での刑だ!」と、閻魔大王が罪を犯した男を裁きます。邪鬼達に引き摺られてマグマ風呂に放り込まれる男。しかし生粋の江戸っ子であった男は「天にも召される気持ち良さだ
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ツイノベ 236-240

「当たって砕けろ」の精神で挑んだ結果、私は見事に振られてしまった。橋の手すりに体を預けていると、波に映った月が揺れて光の残滓が広がる。その様子がまるで破片に見えた。私と同じように月も誰かに当たって砕けたのだろうか。ふいに涙が落ちては波紋が広がる。瞳に欠けた月が映り込んだ/№236 月の破片(百景86番) 季節の変わり雨が降ってくる。夕陽を溶かしながら落ちる黄金色の雨は、山や花々、風や人や命さえも濡らして、また別の季節に塗り替えていく。山は紅葉が色づいて風には生ぬるい温度が纏う。夏の対する憧れを消費できないまま、季節の変わり雨は季節を、心を、感傷を。強制的に次へと進ませた/№237 季節の変わり雨(百景87番) 雨風を凌げる場所もなく、頼れる人もいない。寒さで震える私をあなたは家に泊めてくれた。ご飯を食べさせてくれて、毛布を与えてくれて、何度も頭を撫でてくれる。一夜が明けてあなたと別れた後、私は遠い街に住処を見つけた。もう二度と会えないあなたに向けて、私は「にー、にー」と鳴いた/№238 ミオ(百景88番) 魔女にお願いして寿命を伸ばしてもらう。代償として私は恋を封印された。誰かを想うたびに、心臓が高鳴るたびに、刻一刻と死へ近付いていく。恋を失ってまで得たいと思った命だけど、あなたのためなら捧げても構わなかった。絶えるなら絶えてもいいと想いを告げる。息が止まる。呪いが消えた/№239 もうひとつの命(百景89番) 鏡を見ると瞳が青色に染まっていた。どうやら感情によって瞳の色が変わるらしい。悲しいときは青色。悔しいときは緑色。嬉しいときは黄色。ある日、彼の浮気を知って泣き
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ツイノベ 221-225

十七時を過ぎてから高校の門をくぐると、不思議な事に三十年前の街へと変化する。私が生まれる前の街を散歩するのはとても楽しい。今はもう閉店してしまった駄菓子屋。私と同い年くらいになった両親。これから私の家が建つであろう田んぼの前でぼぅっとしていると、秋風が私の頬をくすぐった/№221 記憶の門限(百景71番) 大学の演劇サークルで夏合宿に訪れる。みんなが海で遊んでいる間、泳げない私は砂の城を作ることに勤しんでいた。男の子が「泳がないの?」と聞いてくるのを無視すると、すぐに違う女の子と楽しそうに笑い合う。そのとき、横殴りの強い風が吹いて砂が目に入った。涙が流れたのは、きっと――/№.222 海辺の彼女(百景72番) 電柱の上から雀の鳴き声が聞こえてきた。目覚めの悪い僕を叱るように決まった時間に起こしてくれる。目が合うと雀は首を傾げたあとにどこかへ飛び立つ。それから数ヶ月、景観美化のために電柱は地面の底に埋め込まれた。今でもどこかで雀の鳴き声が聞こえるけど、その姿を見ることはなかった/№223 雀の涙(百景73番) 口も聞いてくれない。頭も撫でてくれない。目も合わせてくれない。昔は温かくて優しかったあなたがこんなにも冷たくなってしまった。あなたの心を取り戻したいと御百度参りをしても、体は冷たくなるばかりだった。病床に伏して動かなくなってしまったあなたの冷たい手を、もう一度強く握った/№224 祈る手(百景74番) 高校最後の夏が終わる。野球部がグラウンドに集められて監督が土下座した。監督は「必ずお前達を大会に連れて行くと約束したのにな」と涙を流す。監督のせいではない。誰のせい
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