私がバスに乗るとき、かならず「彼」は居る。
「彼」はいつも平凡なスーツを着ていて、周囲に溶け込んでいる。
それに気が付いたのは高校に入って、通学で毎日バスを利用するようになってから。
最初は「彼」の通勤時間と重なっているだけだと思っていた。
けど、休日。バスでショッピングモールへ行こうとしたときに、その時も「彼」は乗っていた。
行先も、時間帯も、路線だって違うのに。
今日は、偶然「彼」の隣の席になったので、声をかけることにした。
「あの……」「はい?」
ストーカーなのかと考えていたけれど、「彼」はごく普通な様子だった。
毎回必ず同じバスに乗っていることにも気付いていないらしい。
気付いていたなら、こんな「なんともないような」反応はしないだろうから。
「えっと、なんて言えばいいのかな。その……」「……なんです?」
少し予想外な反応に、私はどもった。こんな状況は想像していなかった。
むしろストーカーだったほうが、あとは警察に頼ればいいので──つまり「これからすべきこと」がはっきりしているので、かえって楽だったかもしれない。
ともかく私は事実を伝えることにした。
「私がバスに乗るとき、絶対、あなたが乗っているんです……この前の日曜だって乗ってた。これって偶然なんですかね……?」
すると、「彼」の表情はみるみるうちに「無」になった。
「それは私が『どこにでもいる』からだ」
「彼」の言葉を、私は理解出来なかった。だから「どういう意味です?」と訊ねた。
「彼」はまた、凍ったような無表情で答える。
「君は私が必ずバスに乗っていることに気付いたかもしれないが、それ以外はどうだろうか? 学校では? 街中では? ショッピングモールでは? 服装や髪形は違うかもしれないが、私は必ず君の意識の隅っこに存在している」
私は、男の言っていることをいまだ理解できずにいたが、しかし得も言われぬ寒気を覚えていた。
ふいに、バスがクラクションを鳴らしながら急停車した。
悲鳴をあげる乗客も居て車内は混乱していたが、運転手から「子供の飛び出しです」とアナウンスが入った。
そして気付いた時には、「彼」は居なかった。
私が通路側の席だったのに。
バスの扉は開いていないのに。
窓も開いてすらいないのに。
私以外の誰も、それに気が付いていないようだった。
それからの私は、あの背筋に感じたおぞましさもすっかり忘れて生きていた。
おそらく「彼」の事は、意識してはいけない存在だったのだろう。
きっと「彼」はいる。今も、どこか、意識の隅っこに。