今にも雪のちらつきそうな休日、俺と宇井は近くの動物園に来ていた。今朝のニュースではお天気お姉さんが、
「今日は午後から雪が降るでしょう!」
と良い笑顔で言っていた。だから動物園の園内も人はまばらだった。当然だ。真冬のこんな寒い日に、動物園に来るような馬鹿がいるか?
「常々、動物園は冬に行くものだと思うの」
ここにいた。
「何で?」
「だって、夏はニオイが凄いじゃない」
「いや、春か秋か、もっと季節の良い時でも」
「ダメです」
「冬は寒いし」
「ダメです」
「動物たちだってさぁ」
寒すぎて、さっきから外に出てこないのだが。こんな寒空の下、外に出ている動物なんて温泉に浸かっているカピバラか、飼育員さんぐらいしかいない。俺はからっぽの檻を見に来たわけじゃない。しかし幸いなことに、この動物園は建物内からも動物たちの様子が見られるようになっていた。中からならよく見られるだろう。
それから、あっちへこっちへ、宇井の気の向くままに引っ張りまわされた。
「浅木! 見て見て、あの猿! 鼻長い! 天狗だ!」
「ホワイトタイガー! 本当に真っ白なんだ! ガオー!」
「ヒクイドリ? 火食べるの?」
「アイアイって、何か顔怖いよねぇ。ゲームのダンジョンかどこかのモンスターっぽい」
楽しそうで何よりだけど一つ思うのは、
「何でちょっとマイナーな動物ばっかり見てるの?」
「え、まさか、浅木って王道のライオンとかゾウとかキリンとか、そういうのが見たい感じの人? うわぁ、引くわぁ……」
「別に嫌いではないけど、そんなこと一言も言ってないだろ」
わざとらしくしかめ面して見せる宇井。それがちょっと腹立たしいから、赤くなっている鼻を摘まんでやった。
「冗談だって。ああいうオーソドックスな動物も好きだけど、今はさっき見てたようなマイナーな動物の方が魅力的に見えてきちゃって。それに、妖怪みたいじゃない? 天狗でしょ、白虎でしょ、火食べる鳥でしょ、猿モンスターでしょ。ほら」
何が「ほら」だ。
「あ、帰ったらモンスターを狩るゲームしようよ」
「ん。じゃあ、そろそろ帰る?」
「それは嫌。まだまだモンスター見つける!」
他に人がいないのを良いことに、宇井は俺の手を掴み駆け出した。大の大人が、とも思うし、目的が妖怪じゃなくてモンスターになっているが、宇井が楽しそうだから良いかと手を引かれるままにした。
一通り動物を見た後、ベンチに座って休憩していると、買ったアイスクリームを一舐めして宇井が言った。
「ふむふむ、この動物園はまだまだ改善の余地がありますねぇ」
あごに手を当てて、真剣な顔をして、もっともらしく繕っているが、手に持った二段重ねのアイスクリームのせいで何だか微笑ましい。
「ほほう、先生はどういう点でそう思われるのですか?」
「うむ。物足りないのです」
さっきまで小さい子がドン引きするようなテンションではしゃいで、俺にゴリラについて熱弁していたのに?
「何が物足りないんだ?」
「動物が物足りない」
王道のライオン、キリン、ゾウあたりもちゃんといるし、マイナー所も充実していたと思うけど。
「先生、俺には分かりません」
「えー、全然ダメですねぇ」
「で、結局何が見たかったの?」
「ハト」
「……それ、いつもの公園で良くない?」
「え?」
きょとんとする宇井。「え?」じゃない。何を言っているのか分からない、みたいな顔やめろ。
「だって、わざわざお金払って動物園に来る必要性……」
「浅木、馬鹿なの?」
こっちの台詞だよ。
「だって、私はハトが見たかったし、動物園にも来たかったんだもの。じゃあ、動物園にハト見に行こうってなるじゃない」
「ならないだろ」
またもや、きょとんとする。この突拍子もないお馬鹿さんは、時々こんな1+1=3みたいな答えを出すことがある。その結果が、今日の、真冬の動物園だ。しかも肝心のハトはいないらしい。
心なしか落ち込んだ様子の宇井。どうにかならないかと、園内マップを見ると、『鳥の楽園』という文字が目に入った。ここなら、もしかしたら――。
「宇井、本当に書くのか?」
「当たり前じゃない!」
結果だけ言おう。『鳥の楽園』にハトはいなかった。ワシやオウムやフクロウやハシビロコウ、他にも珍しい鳥が沢山いたというのに、宇井はそれらに目もくれず、ただひたすらハトを探していた。が、いなかった。だから現在、大層ご立腹なのだ。出入口のゲート近くにあったアンケートを見つけ、クレームを付けようとするほどに。
「ハトもいないくせに、『鳥の楽園』を名乗るなんておこがましいわ! 出直してきなさい!」
「おぉ、本当にそう書いたのか」
他にわざわざ動物園にハトを見に来ようとする人なんてほとんどいないだろうから、本当に厄介客のクレームでしかない。このアンケートを読んだ気の毒な職員さんの反応が気になるところ。
「さ、帰ろう。帰ってゲームするんだろ?」
「うん!」
どれだけ自由気ままで振り回されても、どうにもこうにも憎めない。腹いせに帰ったらゲームでこてんぱんにしてやろうかと思ったけれど、結局いつも通り俺が譲ってやるのだろうなと思いつつ家路についた。