職場の帰りにふらりと立ち寄る焼き鳥屋「鳥吉」。
カウンターに座ると、いつものように「手羽先串」を頼む。
ジュウ、と小気味よい音。
数分後、運ばれてきた串を見て、ふと思う。
「なあ大将、ここの手羽先って、いつも右だけじゃない?」
大将は手を止めずに笑った。
「右のが焼きやすいんだよ、なんとなくな」
その場はそれで流れた。
隣の常連客がぽつりとつぶやいた。
「ここの手羽先は効くんだよ、ほんと」
「効くって?」
「まあ、食ってりゃわかるさ」
それきり黙ってしまった。
数日後、朝起きて歯磨きをしていると、ふと気づく。
左手で歯ブラシを握っている。
気のせいかと思ったが、箸もペンも、妙に左手がスムーズだ。
気味が悪い。
その夜、いつものように鳥吉に行くと、厨房の奥にある冷凍庫が半開きになっていた。
中をちらりと覗くと、見覚えのない串がずらり。
…手羽先。全部、左。
ギョッとして顔を上げると、大将と目が合った。
彼は何も言わず、静かに冷凍庫の扉を閉じた。
それから数日後、右手を交通事故で骨折した。
ギプスをはめた腕を見て、会社の同僚は同情してくれたが、俺はどこか落ち着いていた。
すでに左手で、ほとんどのことができていたからだ。
完治したある日、久しぶりに鳥吉へ行くと、串の手羽先が逆になっていた。
今度は、左手羽。
俺が驚いていると、大将が静かに言った。
「うちはバランスを取る店でね。人間、右ばっかでも、左ばっかでも歪むんだよ。だから、うちはその“間”を焼いてんのさ」
串を噛みしめながら、俺はふと思う。
この店、いったいどこから“材料”を仕入れてるんだろう。