父の弁当を、私は捨てていた。

父の弁当を、私は捨てていた。

記事
小説
ー えんたくの、しずかな物語 ー

・・・

母が死んでから、父は、単身赴任のまま、月に一度だけ、家に帰ってくる人になった。

私は、高校生だった。

・・・

父と、二人きりの、月に一度。

気まずくて、しかたなかった。

何を、話していいか、わからない。

・・・

それだけじゃ、ない。

私は、ずっと、思っていた。

私がいなければ、父は、もっと自由に、生きられたんじゃないか。

母が死んだあとも、父が家に帰ってこないのは、私が、いるからじゃないか、と。

・・・

一度だけ、父が、ぽつりと、言ったことがある。

台所で、背を向けたまま。

「……もう少しで、こっちに、戻れそうなんだ」

・・・

私は、「ふうん」と、だけ言った。

どんな顔を、すればいいか、わからなかったから。

・・・

単身赴任先へ、戻る日の朝。

父は、必ず、私に、弁当を、持たせた。

・・・

料理なんて、できない人だった。

いびつな、おにぎりと、焦げた卵焼きを、白い紙で、無造作に包んだだけの、弁当。

・・・

おにぎりは、いつも、しょっぱすぎた。

卵焼きは、いつも、焦げていた。

・・・

私は、その弁当を、学校の帰り道で、こっそり捨てていた。

中身も、見ずに。

・・・

月に一度の、その弁当を。

私は、毎回、ゴミ箱に、押し込んでいた。

・・・

ある日。

父が、単身赴任先で、倒れた。

くも膜下出血だった。

単身赴任先へ、戻った、その日の、ことだった。

・・・

知らせは、私が、まだ学校に、いる間に、届いた。

・・・

その朝、父が、私に持たせた弁当は

まだ、カバンの中に、あった。

いつもみたいに、捨てる。その、前だった。

・・・

私は、そのまま、病院へ、走った。

・・・

父は、すぐに、手術室へ、運ばれた。

長い、手術に、なると言われた。

・・・

廊下の、固い椅子で。

私は、ただ、待つしか、なかった。

・・・

看護師さんが、父の、預かりものです、と、小さな袋を、渡してくれた。

・・・

その中に、古い手帳が、あった。

何気なく、開いた。

・・・

そこには、数字が、並んでいた。

「54」「53」「52」……

一日に、ひとつずつ。

几帳面に、線を引いて、消していった、あと。

・・・

最後は、「23」で、止まっていた。

・・・

その先の、ページには。

赤い丸が、ひとつ。

そして、一言だけ。

「うちに、帰る日」

・・・

意味が、わからなかった。

・・・

朝から、何も、食べていなかった。

でも、何かを、口にする気には、なれない。

・・・

ふと、カバンの底に、あの弁当が、あるのを、思い出した。

・・・

私は、それを、出した。

初めて、白い包みを、開いた。

・・・

いびつな、おにぎり。

焦げた、卵焼き。

・・・

ひとくち、食べた。

・・・

しょっぱかった。

やっぱり、しょっぱかった。

・・・

ぽろっと、涙が、こぼれた。

・・・

「やっぱり、しょっぱいよ……へたくそ……」

・・・

声に、出していた。

手術室の中の、父に。

届くはずも、ないのに。

・・・

食べ終えて。

くしゃくしゃの包みを、畳もうとした、そのとき。

・・・

紙の、裏に。

小さく、鉛筆で。

「23」

・・・

手が、震えた。

さっきの、手帳の、最後の数字と。

同じだった。

・・・

父は、単身赴任先で、毎日、数えていた。

あと何日で、この暮らしが終わって。

あと何日で、私と、また、一緒に、暮らせるか、を。

・・・

「もう少しで、戻れそうなんだ」

あのときの、あれは。

あと、二十三日、という、意味だったのか。

・・・

私は、父の、重荷だと、思っていた。

ちがった。

・・・

父にとって、私は。

毎日、指を折って、待つ、その理由だった。

家に、帰る、理由だった。

・・・

しょっぱい、おにぎり。

その塩は。

不器用な父が、私のために、握りしめた、その手の、力だった。

・・・

私は、その塩を。

ずっと、捨てて、いた。

・・・

手術は、成功した。

でも、父は、なかなか、目を、覚まさなかった。

・・・

その夜。

私は、家の、台所に、立った。

生まれて初めて、自分で、弁当を、作った。

・・・

わざと、塩を、効かせた、おにぎり。

わざと、焦がした、卵焼き。

白い紙で、不器用に、包んだ。

・・・

そして、その裏に、書いた。

「0」

・・・

もう、数えなくて、いい。

もう、待たなくて、いい。

私が、ここに、いるから。

・・・

翌朝、病室で。

まだ、眠ったままの父の手に、私は、その弁当を、握らせた。

包みの、「0」を、指の腹に、当てて。

・・・

父の指が。

ほんの少し、動いた気がした。

その数字を、確かめるように。

なぞる、ように。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

最後まで、読んでくださって、ありがとうございます。

・・・

想いは、あったのに。

伝え方が、不器用で。

受け取る側も、気づかないまま、すれ違ってしまうことが、あります。

・・・

「不味い」と、捨てていたものの裏に。

いちばん、伝えたかった言葉が、隠れていることが、あります。

・・・

私は、タロットで、その「言えなかった言葉」を、視ています。

・・・

もう、渡せなくなった想いも。

すれ違ったままの、親子の心も。

カードを並べると、別の形で、受け取り直せることが、あります。

・・・

私の鑑定は、対面では、ありません。

文章でご相談をいただいて、鑑定書という手紙で、お返しします。

人に顔を見られず、急かされず、あなたのペースで。

・・・

ココナラ|えんたくの鑑定


えんたく

関連サービスカテゴリ

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す