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兄弟姉妹がもたらす心理的影響~恋愛・結婚への障害~

廉清生織のブログの部屋へようこそ今回も兄弟姉妹がもたらす人間関係について心理戦なども含め家庭環境の中で影響力が大きい関わりなのではないかとクローズアップしていきたいと思いますのでお付き合いください例えばパートナーシップでは・・パートナーとの距離ときょうだいの心理的距離が近くなることもあり・見えないところで嫉妬や競争などを生み出していることがあるんです また横のつながりに大きな影響を及ぼしているので・・仲間や同僚から近所付き合いとの関係性にヒントを与えてくれる存在でもあるんです皆さんの人間関係に兄弟姉妹が与える影響を少しでも理解していただければ幸いです兄弟姉妹というのは「親について同じ目線で話ができる相手」です兄と弟ではその視点や受ける影響は異なりますが・・同じ親を持つもの同士の共通点もありますし・・また・・いわゆる“共同戦線を張るもの同士”の心理的な連携も生まれます 特に「夫婦」や「長年付き合っている恋人」との関係性を見ていく場合・・パートナーと兄弟姉妹の位置がかぶってきている場合もあるのですだから「妻と娘がライバル的な心理状態にある」「夫が息子に嫉妬している」といった問題が出てきたりするのです親ほどには近くはないのですが・・他人よりもずっと近い存在ということで…扱う問題によっては兄弟姉妹がキーパーソンになってくることも少なくないのです「ずっと自分が守っていこうと思っていた障害者の弟に…逆に助けを求めることで人生が一気にものすごく楽になった」とか「恋愛がうまく行かなくて心を掘り下げていったら・・兄との関係が問題だと気付き・適切な距離を取ることで恋愛がうまくいくようになった」とか
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田中角栄氏が見せた娘・眞紀子さん結婚式でのエピソード

第64・65代内閣総理大臣を歴任された故田中角栄氏、彼の政治家としての功罪はいずれにせよ、その政治家としての田中角栄氏の稀代の手腕のすごさはその逸話から、誰もが納得するものと思います(*´︶`*)。.:*♡私も、ご存命であれば、今年107歳というその故田中角栄氏の人間的魅力に傾倒する者の一人なんですよ🤗今もって、人間田中角栄氏の残した金言の数々は私たちの心を掌握してやみませんが、その中でも、娘・眞紀子さんの結婚式で、父親としての心情を吐露した彼のスピーチは感激もので、ここで改めてご紹介しますね😊これは、眞紀子さんが出版した【父と私】の中に綴られていたものです。政財界から多数の出席者が参加していた、眞紀子さんと夫君の直紀さんの結婚披露宴もお開きが近づいてきたころ、父・角栄氏が司会者に手を挙げてから、マイクの前にスタスタと歩み出したそうです。いったい何事かとざわめく人々の前で恭しく頭を下げてから、彼はこう語り出しました。          〜💗✨✿☘️〜💗✨✿☘️〜💗✨✿☘️〜💗〜「花嫁の父がスピーチをするなどということは異例であることは充分心得ております。しかし、眞紀子の父親としてどうしても直紀君に言っておきたいことがあります」と切りだし、「私たち夫婦は眞紀子を田中家の跡取りとして男の子の様に育ててきました。    《眞紀子さんのうえには正法(まさのり)さんというお兄さんが                                   おられましたが5歳の時に夭折されていました。   眞紀子さんの名前もご長男にちなみ、【眞紀(まさのり)子】と   お付けになられたようです。
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父の弁当を、私は捨てていた。

ー えんたくの、しずかな物語 ー・・・母が死んでから、父は、単身赴任のまま、月に一度だけ、家に帰ってくる人になった。私は、高校生だった。・・・父と、二人きりの、月に一度。気まずくて、しかたなかった。何を、話していいか、わからない。・・・それだけじゃ、ない。私は、ずっと、思っていた。私がいなければ、父は、もっと自由に、生きられたんじゃないか。母が死んだあとも、父が家に帰ってこないのは、私が、いるからじゃないか、と。・・・一度だけ、父が、ぽつりと、言ったことがある。台所で、背を向けたまま。「……もう少しで、こっちに、戻れそうなんだ」・・・私は、「ふうん」と、だけ言った。どんな顔を、すればいいか、わからなかったから。・・・単身赴任先へ、戻る日の朝。父は、必ず、私に、弁当を、持たせた。・・・料理なんて、できない人だった。いびつな、おにぎりと、焦げた卵焼きを、白い紙で、無造作に包んだだけの、弁当。・・・おにぎりは、いつも、しょっぱすぎた。卵焼きは、いつも、焦げていた。・・・私は、その弁当を、学校の帰り道で、こっそり捨てていた。中身も、見ずに。・・・月に一度の、その弁当を。私は、毎回、ゴミ箱に、押し込んでいた。・・・ある日。父が、単身赴任先で、倒れた。くも膜下出血だった。単身赴任先へ、戻った、その日の、ことだった。・・・知らせは、私が、まだ学校に、いる間に、届いた。・・・その朝、父が、私に持たせた弁当はまだ、カバンの中に、あった。いつもみたいに、捨てる。その、前だった。・・・私は、そのまま、病院へ、走った。・・・父は、すぐに、手術室へ、運ばれた。長い、手術に、なると言われた。・・・廊下の、
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№212 - 2025/8/9 父と娘

「 パパが遺した物語 」という映画をみました愛していた父親が病気で突然亡くなったトラウマにより男性に愛されても、いずれ失ってしまうという恐怖があったヒロイン最後には、愛されることで何がこわかったのか、恐れていたのか自分でもわからなかったのですが、「捨てられる」という恐怖があるということを認識し、男性との距離が一歩ちぢまったところで終わりましたこの、こみあげてくるどうしようもない違和感、恐れ、拒否感というのは通常あっても、感じないようにしている人もいるでしょう感じれたとしても、それが何なのかはなかなか分からないものです違和感を感じた時点で、それを忘れてしまう方向にフォーカスしてしまう人間は、本来向かうべき方向になかなかいけないものです逃げて、逃げて、遠回りをして、最後にはゴールに向かうということが意外と多いのかもしれませんわたしもまさにそうです映画の最後に、音楽が流れて、そのなかに「父と娘には、さよならがない」という言葉があったと思います(だいたいでm(__)m)これはこの作品を書いた作者からのメッセージだと思いますがわたしも本当にそうだなぁと受け取りました父と娘というのは、母と息子とはちがう、なにか特別なつながりがあると感じますそこに気づかせてくれた、とてもいい映画でした最後まで読んでいただき、ありがとうございました(*^-^*)
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知ってか知らずしてか

GW中、旦那は2から4だけお休みでした。息子が巣立って、病気療養中の娘と3人の生活が始まり一ヶ月少しが過ぎました。話せば喧嘩になるので必要最低限の会話とすれ違いながらの生活。娘もいつ父が切れださないか心配な日々。そんな中で去年も買ってきてくれたわらびもちやいちごなど娘が食べやすいものを通常の買い物以外に買ってきてくれていました。娘は、自分のために買ってくれたんならうれしいねって言いました。                             それから気になってとろりさんのインスタをのぞいてみたらこんなすてきなフレーズが…父は知っていたでしょうか?私がラインでこういう意味でよいですよねって確認したけど、いつものごとく反応はなかったです( 一一)
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