【ショートショート】「欲望機」

記事
小説
欲望機…資本主義
鉄鉱石…日本人
商品…労働で手に入れられるもの
商品の幻影…いずれ商品にするつもりの貯金
町…日本社会
部屋…プライベートな空間

終戦直後

戦争で更地になった国に、無数の欲望機が置かれている。

欲望機は炉と湯船を混ぜたような装置だ。両脇には空気を入れる装置があり、そこから管を通って、欲望機の長い面の下部に絶えず空気が送られている。底には不純物を流すための穴が開いている。

欲望機の中にはコークスが敷き詰められている。それに火をつけ、搔き分けながら入るのは、鉄鉱石だ。鉄鉱石は自らの意思で欲望機に入り、熱によって溶かされ、成分の重さによって上下に分離する。

分離が終わった鉄鉱石は、取り付けられている蛇口を捻りシャワーから水を浴びて、体を冷やしつつ不純物を底の穴から流す。欲望機から出た鉄鉱石は、脛の辺りまでが缶詰や煙草などの商品に変わっている。

鉄鉱石は同じく欲望機から上がった鉄鉱石の群れに混じり、町に帰る。そこには個々の部屋が転々とあるが、壁に囲われてさえいない。

鉄鉱石は欲望機によって得た商品を、それぞれの部屋の中や、時には互いの部屋の間や誰かの部屋の中に置く。

少しずつだが、町に商品が増えている。

終戦直後レビュー.png

高度経済成長期

空全体が陽炎で揺れている。

欲望機には長蛇の列が並び、次から次へと鉄鉱石が入ってゆく。欲望機の中は常に高温で、真っ赤に燃えるコークスと鉄鉱石は、その輝きによって輪郭を失っている。

鉄鉱石たちは体から湯気を立ち上らせ、不純物を垂れ流しながら電車に乗り、町に戻る。体は次第に頭頂部のわずかな部分を残して、洗濯機、冷蔵庫、白黒テレビなどの商品に変わってゆく。

町には個々の立派な部屋がある。そして部屋と部屋の間には、新幹線などの共有できる商品が置かれている。

とある鉄鉱石が、産み出した高速道路の部品を付け加える。完成すれば町の発展は益々加速するだろう。

自分の産み出した商品が皆の役に立っている。鉄鉱石たちは新たな商品を町に置き、変わってゆく景色を眺めながらそれを実感する。

高度経済成長期レビュー.png

経済安定期

町のいたるところに木が植えられている。

整然と並んで生えている木々は、欲望機を使った際に出る二酸化炭素や粉塵を軽減するのに役立つ。

欲望機の周囲は以前ほどは混んでいない。産み出される商品は減り、欲望機から出た鉄鉱石たちの体は、肩の辺りまでがトイレットペーパーや女性雑誌などに変わっている。

また商品だけでなく、高級車や戸建て住宅などの商品の幻影も産み出されている。

鉄鉱石たちの欲望は少なくなっている。それは自動車で町に帰っても、商品の置き場が限られているからだ。互いの部屋の間は既に埋まっており、商品を置けるのは自分の部屋しかない。

部屋と部屋の間に通信機器やなどを置く余地はあるが、鉄鉱石たちは以前ほど渇望していないので、置いても役に立った実感は少ない。

この頃は互いの部屋を行き来しにくくなっている。それどころか姿も見えづらい。

経済安定期レビュー.png

失われた30年

町と欲望機はベルトコンベアで繋がっている。

鉄鉱石たちは自らの意思で移動せず、欲望機まで運ばれている。その視線は前を向いていない。

鉄鉱石たちはベルトコンベアに運ばれるまま欲望機に入り、街に戻ってゆく。

冷えた体は腰までしか商品や商品の幻影になっていない。それも個人が使う生活必需品や娯楽品ばかりだ。

ベルトコンベアを降りた鉄鉱石たちは、既存の商品に埋もれている各々の部屋に戻る。互いの部屋は見えていない。

欲望機の部品のように同じ運動を繰り返すだけの生活だが、鉄鉱石たちは生活に不便は感じていない。それに街を変えようと思っても、部屋と部屋の間の商品たちは余りにも巨大になっている。

失われた30年レビュー.png

未来予想

もはや鉄鉱石は欲望機を使っていない。

しかし欲望機は燃え続ける。耐火性の高い森の中からコークスの眩い光を放ち、鉄鉱石がいなくなっても商品を吐き出している。

欲望機が産み出した商品は、ベルトコンベアに乗せられて町に運ばれる。ベルトコンベアは枝分かれして各部屋に繋がっており、商品を求めた鉄鉱石の元へ間違いなく運ばれる。

部屋の中には鉄鉱石がいる。その体は一度も燃えたことがない。しかしたった今届いた修理品が気を紛らわす。

鉄鉱石が頭部にそれを装着し、電源を入れる。すると何もない更地が浮かび上がる。

鉄鉱石は胸を躍らせる。この世界を自分の自由にできるからだ。

未来のレビュー.png

※ご覧いただきありがとうございました。
よろしければ、「お気に入りに追加」していただけるとモチベーションが上がります。
またシナリオ形式であれば、作成やご相談まで、何でもご依頼を受け付けておりますので、機会があれば以下からよろしくお願いいたします。

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す