【ショートショート】「高次元からの救済」

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 会場に入った途端、Yに大量のフラッシュが当てられた。記者たちはこの歴史的な会見を一秒たりとも逃さずに記録しようとしている。記者団の背後には信者が大勢おり、Yの登場と共に、ほとんど発狂のような声を上げた。

 Yは微笑みながら、しばらく静止していた。そして信者たちの声が収まると、おもむろに両手の指を複雑に絡み合わせ、体の横に突き出した。

「見たまえ。」

 Yは、Yの背後の壁に注目するように言った。そこにはフラッシュによってキツネの顔の影絵が映っていた。

「こうして見ると、綺麗なキツネの顔に見えるだろう。しかしながら……」

 Yがわずかに手首の角度を変える。するとキツネの顔は崩れ、歪な形になった。

「少し角度を変えただけで、何が何だか分からない形になる。しかしキツネは確かにここにいるのだ。」

 そう言うと、Yはキツネの顔の両手を記者たちに向け、「僕はここにいるよ~。」と、腹話術の要領でキツネに喋らせた。

「どういう意味でしょうか?」

 記者の一人が質問すると、他の記者たち、また信者たちも、言葉の真意を知りたいと次々に声を上げた。しかしYは全く慌てずに、むしろ努めてゆっくりとこう言った。

「私はこの世界の謎を解明したのだ。」

 会場が静まり返る。皆が一斉に息を飲んだのだ。舞台を整えたYは、悠然と話を続ける。

「我々は三次元の世界に生きている。そしてこの三次元の中では、四次元以上の世界は認識できない、と思っている。しかしながらそれは間違いだ。」

 Yが再び、両手でキツネの顔を作る。記者たちが気を利かせて再びフラッシュを焚き、影絵を作る。

「このキツネは三次元の物体だが、こうして二次元にもなっている。つまり二次元の生物にも認識できているのだ。しかしながら、低次元の生物は高次元の物体を多角的に物事を見ることはできないので、一度角度を変えてしまえば、キツネはキツネではなく、名も無い歪な形の物体になってしまう。ここまではいいかね?」

 Yが問い掛けると、全員が何度も素早く頷いた。話を急かさせる意図があった。それを察したYは、「つまり私が言いたいことは」と続けた。

「低次元では醜悪なものが、高次元では綺麗かもしれないということだ。例えば、こんな風に。」

 Yは両手の指をより複雑に、ミミズの群れのように絡ませた。すると壁には、先程よりも精巧なキツネの顔が映っていた。

 会場にいた全員は顔を見合わせた。皆が共通の疑問―――低次元が醜悪で高次元が綺麗だと言ったのに、壁に映っている方がまともな形をしているのはどういうわけだ?―――を持ち、それが自分だけの違和感ではないことを、目線で確認し合った。

 その後、皆の視線は当事者の2人を除いて、全く同じ動きをした。まずはYの方を向き、間違いかどうかを確かめた。しかし相変わらずの余裕の態度から何も見い出せぬまま、悲鳴が上がった方を向いた。そこには泣き崩れる一人の信者の姿があった。

 目も当てられない泣き方だった。嗚咽を漏らしながら、その信者は記者たちを掻き分け、Yに近付こうとした。そして皆に制止されると、抵抗しながら、「なんていうことだ。」と叫喚し、やがてぐったりとした状態で会場から連れ出された。

 一連の騒動の中、記者たちはメディアの本能によってシャッターを切り続けたものの、信者に激情のわけを聞くことはできなかった。記者たちでさえ、その信者が気付いた事実に触れるのを恐れたのである。

 会場は静寂と緊張感で満たされた。それは誰かの唾を飲む音が響き渡る程だった。

 Yは再び十二分に皆の意識を集中させてから、口を開いた。そして語られた話は、Yが会見を開き、例え話を使った意図を皆に理解させた。

 Yは、こう言ったのである。 

「私の先程の発言と行動は矛盾しない。この醜い指の形と美しい影絵は、間違いなく、低次元では醜悪でも、高次元では綺麗なものの一例だ。

 ここでの低次元とは、二次元のことではなく、三次元のことだ。この手は三次元では醜悪だが、高次元である四次元や、それ以上の次元から見れば綺麗になっている。

 君たちには分からないかもしれないが、これは真理だ。私程のクリエイターになれば、それが感覚的に分かっている。

 これと同じことが、ここ最近私の周りにも起こっている。私が作ったものが、低次元に留めていた方が良かったと糾弾されている。

 だが確かに私が手がけた作品は、三次元では醜悪に思えても、高次元から見れば素晴らしいのだ!」

 Yが言うと、記者たちは大量のフラッシュを焚きながら、Yが会場に入って来た時と同じように、口々に罵声を飛ばした。

 それは信者たちも同じだった。皆連れて行かれた信者同様、泣き喚きながら、彼らの信仰の対象である人気漫画を汚したYを殴り掛かりそうな勢いで罵倒した。

 それでも尚、Yは悠然として、人気漫画の実写映画を監督し、「原作レイプとは正にこのこと」と呼ばれる程の、歴史的な駄作を生み出したことへの言い訳を続けている。

「高次元から見さえすれば、私の映画は素晴らしい!」

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