「最高の音楽体験を」そんな謳い文句の商品を買った。
値段は7000億ドルくらい。私がちょっとした石油王じゃなかったら買おうとも思わなかっただろう。
支払い後、その場で商品を渡された。ウォークマンの類いかと思ったが、見た目はただの携帯だった。しかも電話しかできないタイプ。
「オーディオ機器でもないのに、「最高の音楽体験」?」
私は訝しげに店長を見た。すると店長は余裕たっぷりに、
「皆さんそうおっしゃいます。とにかく電話帳をお開きください」
と言った。
その通りにすると、電話帳には有名なミュージシャンの名前がズラリと並んでいた。途端に鼓動が速まる。
「も、もしかして彼らと通話できるのか……?嘘だろ……?」
興奮しながら尋ねると、店長はゆっくりと首を振って、
「皆さんそうおっしゃいます。とにかく、お好きなミュージシャンに電話をかけてみてください」
と言った。私は訳も分からぬまま、「ポール・マッカートニー」と書かれた番号を押した。
ビートルズの曲には、私がまだ駆け出しの石油王だった時代に、随分勇気づけられたものだ。
プルル、プルル、プルルルルル……
しばらく発信音が鳴った後、誰かが電話に出た。
「あ、は、初めまして!私昔からあなたのファンでして……」
私は緊張から矢継ぎ早に喋った。しかし、私の挨拶には返答がなかった。
その代わり、演奏が始まった。
曲は「Hey Jude」。歌っているのは、間違いなくポール・マッカートニーその人だ。
しかも「Jude」の部分を私の名前に変えてくれている。
私は涙を流しながら理解した。
この携帯は、直接ミュージシャンに電話をかけ、リアルタイムで演奏してもらう商品だったのだ。
演奏が終わると、すぐに電話は切れた。
まさしく「最高の音楽体験」だ。私はしばらく余韻に浸った後、店長とがっちり握手交わしながら、こう言った。
「嬉しいんだけど、申し訳なさが勝つかな……」
店長は、握手と共に返品された携帯を眺めながら、
「皆さんそうおっしゃいます」
と力なく言った。
読んでいただきありがとうございました。
あなたのイヤホンがサビの直前で外れませんように。