【ショートショート】「親愛なるドアの男たち」

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 体のあちこちに、小さなドアがついている男がいる。皮膚の上にではなく、皮膚そのものがドアになっているようだ。ドアは、ドアノブと鍵穴があるという共通点以外は、色も形もバラバラになっている。

「どうだね?」と、男の背後で老人が笑みを浮かべる。歯は全て金色。老人は背後から男の両肩を掴み、姿見と対峙させている。

 男は声を出さず、無表情でいる。まだ事態を把握できていないのだ。それも無理からぬことで、彼は街中で拉致され、目が覚めた時には、このような状態になっていたのである。少しの予兆もなく日常から非日常につれて来られたとあっては、夢だと思っても仕方がない。

「返事をせんか!」

 老人が男を殴る。先程までの余裕綽々な態度から一転、顔を真っ赤にして唾を飛ばす。男は痛みで我を取り戻し、慌てて「すいません」と返事をする。

「まったく、のろまな、亀め……。」

 老人が咳き込みながら男を罵る。怒りは収まったものの、体は中々平常に戻らないらしい。老人が指を鳴らす。すると、どうやって気配を殺していたのか、2,30人の医師たちが眼前に現れて、老人の胸に聴診器を当てたり、腕に血圧計を巻いたりする。

「こいつらに、君を、改造させたのだよ。」

 用意された椅子に腰かけながら、老人が言う。男はようやく状況を把握しようとしていたので、矢継ぎ早に質問したくなった。しかしまた折檻を受けるかもしれないので、

「なぜですか?」

 と言うだけに留めた。
 少しして呼吸が落ち着くと、老人は男に向かって手招きした。男が近付くと、また金歯が覗き、熱い息が男の顔に当たる。

「道楽の為だよ。私はこれまで不満や怒りを糧に財を築いてきた。しかし不自由のない生活を送れるようになった時、気付いたんだ。本当は、全ての行動はただの退屈凌ぎだったってことにね。今となっては、当時のような必死さはとても得られない。私は考え、そしてある名案を思いついた。君を改造することは、その下準備というわけだ。」

 男は「狂ってる。」と口から出そうになるのを堪えながら、素早く周囲を観察する。彼の頭は益々冷静さを取り戻し、老人の道楽に付き合うよりも、この建物から脱出し、最寄りの警察署に駆け込むことを決めていた。

 壁際が暗くて見え辛い。照明は、男と老人と姿見を中心とした半径2メートル程しか照らしておらず、そこに医師たちが入れ替わり立ち替わり現れている。(もう少し目が慣れれば……。)

 男はそう思い、時間稼ぎの為に質問を続ける。

「これから俺はどうなるんですか?」

「どうなるかって……?」

 老人は喉の奥で笑い、空中に手を差し出す。すると誰かの腕が伸びて来て、掌の上に鍵を置く。

「どうなるんだろうね……?」

 堪えきれずに声に出して笑いながら、老人が男の脇腹にあるドアに鍵を差し込む。男は反射的に抵抗しようとしたが、背後から何者かに羽交い締めされ、身動きが取れない。

「こうなるんだよ。」

 老人が鍵を回し、ドアを引く。すると開かれたドアから、照りのある真っ赤な肉塊が膨らむようにして出て来て、落ちる。しかし床にはつかず、長く伸びて男の体から垂れ下がっている。

「それはお前の腸だ。」

 老人の言葉が男の耳に入った途端、脇腹を中心に、全身が鉄のように冷たくなった感覚が男を襲う。

 どういうわけか、痛みは全くない。このことが何よりも男を恐怖させる。目の前の光景は作り物のようだ。視界が汗で滲んでゆく。

「安心しろ。」老人が男の肩を軽く叩く。「その程度では死なん。簡単に死んでもらっては困るからな。」

 何を言われても、最早男には聞こえなかった。男は余りのショックに気を失い、その場に倒れ込んだ。

 男が目を覚ますと、見知らぬ天井があった。辺りを見渡すと、そこはコンサートホールのような場所で、男は壇上で寝ている格好。そして男の他には誰もいない。

 体を見ると、拉致される前の服を着ているし、近くにはバッグもある。男は、(先程までの出来事は夢だったのか)と思ったが、服を脱いでみると、やはりドアだらけだった。しかも脇腹のドアは開いている。閉めようとするが、元々その形だったかのように動かない。

 途端に吐き気が込み上げて来たが、耐える。(警察、とにかく警察だ。警察……。)と自分に言い聞かせながらバッグを漁るが、携帯がない。仕方なく脇腹を押さえながら、立ち上がって観客用の出入り口に向かって歩く。

 コンサートホールを出ると、ロビーが現れる。やはり誰もいない。端には階段があり、どうやら一階に続いているらしい。

 恐る恐る下りると、受付が現れ、男が安堵の溜息を吐く。受付の係員が立っている。

(これで一安心だ。)

 そう思いながら男が近付き、「あの……」と横から声をかけた途端、被せるように係員が口を開く。

「退屈されている方は、沢山いらっしゃいますよ。彼等は皆自身の問題を解決し切ってしまったが故に、他者にそれを押し付けるようです。」

 思わぬ言葉に男があっけに取られていると、係員は男と目を合わさず、正面を向いたまま続ける。

「不自由のない生活を手に入れた方々は皆、刺激をご所望です。財界の大物も、与党内の派閥のトップも、そして、警視総監も。」

 係員が何を言おうとしているのか、そして老人が何を仕組んだのか、男は少しずつ理解してゆく。

「あの方々は一本ずつ鍵を持っています。正確には、彼らがあなたに仕向ける刺客たちが持っています。そして……。」

 係員が男の方を向く。その手には、鍵が握られている。

「私もその一人です。」

「ヒッ。」と男が悲鳴を上げるのと同時に、係員は受付台を軽やかに乗り越え、男に飛びかかる。男は背中を向けて走り出したが、係員の動きは素早く、あっけなく組み伏せられてしまう。

「2本目。あと15本です。」

 背後からの声と同時に、男の背中から笛のような音が鳴る。今度は体の変化が実感される。呼吸が苦しい。深く息を吸い込んでも、胸が膨らまない。背中に腕を回して指を這わせると、ある場所で滑落したかのように指が沈み込み、先端に生暖かい風が当たる。

(肺だ。恐らく背中から、左の肺に穴を開けられている。)

 理解するが、意外にもショックは小さい。寧ろ肺さえ無事なら、声を出して笑っているところだ。男はこれから何が起こるのかを知って、自分の運命の凄惨さに呆れている。

 このシニカルな態度は、男自身にも意外なことに、男を前向きにさせた。

「待って、くれ、よ……。」

 男の言葉に、報告の為か携帯を触っていた係員の手が止まる。

「申し訳ないのですが、必要以上の関わりは慎むようにと指示を受けていますので。」

 係員が立ち去ろうとする。しかし男は係員の裾を掴んで離さない。縋るように両手で止めるので、腸が垂れ下がっている。

「あんたが、あのじいさんに、会う機会が、あったら、伝えてくれ。」

「何と?」 

 男の必死な様子によって、思わず係員が尋ねると、男が息も絶え絶えに、しかし燃えるような眼差しで言う。

「あんたは、自分が思っているよりも安全じゃない。俺が死ぬ時は、あんたと共倒れしてやるよ。ってね。」

 男は立ち上がり、体を丸めて腸を抱えながら、出入り口に向かって行く。表からの光が、男の足元に伸びて、無数の人々が行き交う町中に誘い出す。

 係員はそれを見届けた後、一応雇い主に男の伝言のことも報告した。すると雇い主は「これも一興」として、老人に伝えた。

「分かった。それじゃあまた。」

 電話を終えると、ジャグジーの傍らに座る従者に携帯を渡し、老人はワイングラスに口をつける。血よりも赤いワインが、老人の含み笑いを濡らす。

 それからの男が過ごした格闘の日々は、男が残した手記に記録されている。以下はその中から、男が直接鍵を持つ刺客と対峙した時のものを中心に、記述を抜粋したものである。

 5月24日。3人目が現れた。家で情報収集を進めている時に、郵便配達員を偽ってやって来た。もちろん警戒していたので、配達物の内容を言うように指示すると、俺が通販で頼んでいた、大量の缶詰、スタンガン、日本の地図帳、コンパスを正確に言い当てたので入れてしまった。護身用に庖丁を隠し持っていたが、取り出す前に襲いかかられ、左肩のドアを開けられた。どの鍵穴にも瞬間接着剤を入れておいたが、そいつがICカードのようなものをドアに翳すと、ドアの内側から音がして、開錠されてしまった。

 僧帽筋や三角筋が機能しなくなったのか、左腕が動かせない、幸いなことに指は不自由なく動く。もう家にはいられない。特に家のパソコンからインターネットにアクセスするべきじゃないだろう。奴等に情報が筒抜けだ。残り14本。

 6月1日。4人目が現れた。今まで宿泊した9つのインターネットカフェでは何もなかったこと。また国道沿いにあり、利用者の大半が車でやって来るので、逐次駐車場を警戒すれば対応できると考えたことに、今回の失敗がある。どうやらネットカフェのパソコンからも、俺の情報は抜かれるらしい。また奴等は俺を追って来ているのではなく、先回りしているようだ。いや、そもそも移動せず、海中の網のように俺を待ち構えているのかもしれない。きっと鍵を持っていないというだけで、刺客の数は山程いるのだろう。

 襲われたのは宿泊3日目で、相手は顔馴染みになりつつあった利用者だった。今思えば、俺が寝るタイミングを知る為の2日間だったのだろう。寝込みを、あの狭い空間で急襲されればどうしようもない。やられたのは頭頂部のドアだ。今回もサランラップで覆って凌ぐ。傷は定期的に消毒しつつサランラップを取り替える対応で、今のところは問題なさそうだ。

 問題は、この頃暑くなって来たことだ。体を隠す為のダッフルコートが、さらに体力を奪う。酷暑の中移動を続けるのは難しいだろう。残り13本。


 6月7日。ようやく5人目が現れた。今度こそ鍵を持った刺客だった。連日のように写真を撮って来るだけの刺客に襲われていたので、不要な緊張が解けた。

 場所は地下鉄のホームだった。一番端にいたので、近付いて来る人々がよく見えた。しかし驚くべきことに、やつは対岸のホームから線路上を歩いて俺に接近したのだ。さらにホームの下から俺に向かってカードキーを投げた。幸いなことに、カードキーが体に当たったものの、どのドアも反応しなかった。

 俺がカードキーを蹴って遠避けている間に、やつはホームをよじ登ろうとしていた。しかしその時、電車がやって来た。やつは上ろうか、ホームの下にある避難用の窪みに入ろうかを迷い、その一瞬の躊躇いによって、電車と衝突した。

 破砕した体がそこら中に飛び散った。俺の足元にはやつの指が転がって来た。駅員に離れるように指示されたので、俺は呆然としながら後退りして、野次馬に加わった。今振り返ると、隙だらけだったと思う。いつの間にかカードキーを回収していた他の刺客に気付かず、あっけなくドアを開けられてしまったのだ。

 蹲りながら振り返ると、一昨日写真を撮って来たやつだった。やはり刺客だったのだと気が付いたのはこの時だ。左足のアキレス腱の辺りをやられた。残り12本。


 6月25日。6人目が現れた。初めての勝利。ドアを開けられることなく、鍵とカードキーと情報を手に入れることができた。

 左足の都合により、一か所に留まり刺客を待ち構えることを決めた後、ひとまず自宅に帰ったが、刺客と思われるやつが出て来るのが見えたので断念した。仕方なく、ホームレスに混じって路上生活を始めた。

 約2週間、俺は段ボールの家を出ることなく、警戒し続けた。天井から四方の壁に沿わせるように、缶詰の空き缶を釣っておいた。これは我ながら名案で、壁に少しでも振動が伝わると音が鳴り、寝ていても襲撃を防ぐことができるのだ。また買っていた大量の缶詰のおかげで、長期間の籠城が可能だった。

 数日して、表で気配がするようになった。同じ足音が行ったり来たりしていたので、こちらを観察しているのは明らかだった。初めの内は足音を殺しているようだったが、最後の2日程は大きく、そして鋭くなっていた。

 刺客は俺が死角だらけの外に出て来るのを待っているようだったが。最後には痺れを切らして襲いかかって来た。深夜だったが、缶詰の警報音の効果もあって、俺は手元のスタンガンで刺客を仕留めた。両手足を縛り、拷問にかけてやった。

 分かったことは次の2つだ。

・この刺客は、300万円もの大金を積まれて俺を襲った。
・刺客を雇ったのは、大手イベント制作会社の経営者。(正確には登録しているイベント運営会社の幹部に斡旋されたらしい。その幹部と元請けの経営者が懇意だったことが関係しているようだ。)

 残念ながら、刺客の持っている情報は少なかった。しかし朧気ながらこの「道楽」に関する仮説が浮かび上がって来た。

 老人が鍵を渡した者たちは、協力し合っていない。そして各々の方法―――1人だけを雇って襲撃させたり、インターネットを介して居場所を特定したり、人海戦術で追跡させたり―――を使って、俺のドアを開けようとしている。でなければ、情報を共有して俺の居場所を突き止め、大挙して来る筈だ。

 そしてドアを開けた後は、もう俺に手を出して来ない。今俺は試しに街中を歩いているが、先日俺をつけていた写真を撮る連中は全くいない。

 つまり、この仮説が正しければ、鍵を持った刺客と対峙する程道楽の参加者が減り、俺は楽に動けるようになるということだ。
 希望はある。残り11本。

 7月14日。再び国道沿いのネットカフェに入ってから2日後、7人目が現れた。段ボール生活の時と同じように空き缶で急襲の対策をしていたので、返り討ちにできた。

 しかしそれは1人目に限った話だ。他にも10数人の仲間がいたので、俺はなすすべなくドアを開けられた。場所は、最悪なことに右足のアキレス腱周りで、もう歩くことはほとんど困難になっている。まだ右肺のドアの方がマシだろう。

 今回のことで分かったのは、やはり道楽の参加者同士に連帯感はなく、寧ろ競争しているということだ。刺客たちが自分たちの早さの順位を知りたがっていたので間違いない。

 しかし参加者が各々の追跡方法を使っているという点では、仮説は間違っていた。皆がインターネットと人海戦術のどちらともを駆使して俺を追っている。個性があるとすれば、使う人材の種類だろう。
 果たして、安全な場所はあるのだろうか。参加者の数と共に刺客の数は減るが、どのように網を張っているのかが分からない以上、避難地の見当はつかない。残り10本。

 7月23日。
 俺は1人目と会ったコンサートホールに戻り、関係者用の通用口から客席下にある倉庫に入った。

 当然一人では移動できなかったので、ネットカフェにいた、いわゆる「ネカフェ難民」に50万円で手伝わせた。やつは運送業者の格好をして、積み上がったダンボール箱を台車に乗せて倉庫に入った。ダンボール箱は内側がくり抜かれており、俺が中に隠れていた。

 やつは俺を運び終えると、 

「じゃ、引き上げさせてもらいます。」

 と直ぐに帰ろうとした。俺はやつを呼び止め、事前に買わせておいた強力な磁石を、全身のドアに貼るように言った。

 磁石を使ったのは、ドアをカードキーに反応させない為だ。カードキーなどに使われる磁気テープは携帯機器などの磁力によって反応しなくなることがある。だから磁石を使おうという短絡的な考えだった。

 明らかに付け焼き刃だ。刺客に磁石を剝ぎ取られるかもしれないし、そもそも磁石に効果はないかもしれない。しかしやらないよりはいいだろう。

 また台車の取っ手を分解させ、短い鉄柱を両足の添え木にさせた。これには明かに効果があり、妙な歩き方だが自由に移動できるようになった。

 やつは帰り支度をしながら、 

「まったく、先にそっちをやらせれば、こんなことせずに済んだのに……。」
 と文句を言っていた。適当な詫びを入れながら、添え木の位置を調節するように言うと、やつは怪訝な貌をしながらも、俺の足元にしゃがみ込んだ。

 その瞬間、俺はやつの首を締め上げた。自由に動く右腕で首を挟み、万力のような力を込めた。腕に爪を立てられたが、血が滲んでも力を緩めなかった。

 1時間にも感じるような数分を経て、やつは脱力した。少しの間締め続けてから離すと、大きな音を立てて床に落ちた。顔が鬱血し、舌が根元から口外に出ていた。

 口止めが完了すると、俺はやつの携帯を触った。指の動きを注意深く見ていたので、ロックは解除できた。あいにく圏外だったが、倉庫からは直ぐに出て行くつもりだったので問題ない。これで安全に老人に関する情報を集められるだろう。

 倉庫で人を殺したのは、老人に対する見せしめだった。安全圏で胡坐をかいていられるのは今の内だという俺からのメッセージだ。

 手記はこの日を最後に途切れている。この後に現れた刺客によって、男はトドメを刺されたのだ。

 カードキーの対策に効果がなかったのか、それとも違反行為の罰として粛正されたのか。男が痕跡も残さずに消息を絶っている為、今となっては確かめようがない。 

 奇妙なことに、ちょうど同じ頃、老人は死亡している。病死という説もあるが、自殺の線も捨てられないだろう。

 何にせよ、この件が2人の胸に秘められていた情熱を開放した。それだけは紛れもない事実である。

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