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そのやさしさが、少しだけ苦しかった。

夜の空気は、思っていたより静かだった。さっきまで残っていた夕焼けの色は、もうほとんど消えている。街灯の下。悠真は、少しだけ立ち止まっていた。ポケットの中のスマホ。さっきのやりとりが、まだ残っている。「……ゆうまのおばかさん」小さく、息を吐く。(ほんとだよな)誰にも聞こえない声で、つぶやく。歩き出す。でも。さっきとは、少しだけ違う。前に進んでいる感じがした。――その頃。凪は、もう家の近くまで来ていた。同じ帰り道。でも。今日は、少しだけ長く感じる。歩くたびに、思い出してしまう。「なんかあった?」あの声。やさしかった。でも。そのやさしさが、少しだけ苦しかった。(どうして、そんなふうに聞くの)心の中で、小さくつぶやく。(気づいてるくせに)歩くスピードが、少しだけ落ちる。家の前の角。いつもなら、そのまま曲がる。でも。今日は、足が止まる。振り返る。誰もいない。当然なのに。少しだけ、胸がきゅっとなる。(来るわけ、ないよね)わかってる。わかってるのに。ほんの少しだけ、期待してしまった自分に気づく。凪は、目を伏せる。そのとき。遠くで、足音がした。凪は顔を上げる。夜の中。街灯の明かりの向こう。誰かが、こっちに向かって歩いてくる。心臓が、少しだけ速くなる。でも。その姿がはっきり見えた瞬間。凪は、少しだけ安心して、少しだけ寂しくなった。「……あれ?」聞き慣れた声。クラスメイトの男子だった。柔らかい雰囲気の。いつも、無理に話しかけてこないタイプ。「凪、だよね?」凪は、小さくうなずく。「うん。」その男子は、少しだけ笑った。「こんな時間に珍しいね。」「……ちょっと、遅くなっちゃって。」自然に会話が続く。気を
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いつか変わる日が来ると信じて・・・

ある日、私は学校の教室で一人黙って机に向かっていた。彼の名前は太郎といい、私が密かに想いを寄せている相手だ。太郎はクラスで人気のある男子で、いつも周りには友達がたくさんいた。私は彼に話しかける勇気もなく、ただ彼の姿を見つめるだけで満足していた。そんなある日、校門の前で太郎が何かに気を取られている様子があった。私は近づいてみると、彼がスマートフォンを見ながら苦悩しているのを目撃した。彼の表情は困り果てたようで、何か心配事があるのかもしれない。私は勇気を振り絞って彼に声をかけた。「太郎、大丈夫?何か悩み事でもあるの?」彼は驚いたような表情で私を見つめた後、少し困ったように笑って答えた。「あ、いや、別に大したことじゃないんだ。ただ、友達との約束がキャンセルになっちゃってさ。」私は彼の言葉に少し安心しながらも、なぜか胸が痛むのを感じた。「そうなんだ。でも、大丈夫?一人でいるのは寂しくないの?」太郎は少し考え込んでから、にっこりと笑って言った。「まあ、寂しいというか、なんだかさみしい気持ちになるよ。でも、今日はゆっくり自分と向き合ってみようと思って。」私は彼の言葉に少しだけ嬉しさを感じた。彼も一人でいることを寂しく感じるのか、私と同じような気持ちを抱えているのかもしれないと思った。その瞬間、私は勇気を持って彼に告白しようと決意した。数日後、私は再び教室で一人太郎の姿を見つめていた。彼は机に向かって真剣な表情で勉強していたが、私はその様子に心が痛んだ。「君は一度も私のことを好きって言ってくれないね」と心の中でつぶやいた。私は彼に近づき、思い切って声をかけた。「太郎、実は私、ずっと君のことが
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待ってる凪、想像できるから

電話の向こうで、陽菜がくすっと笑う。その音だけで、胸の奥が少しあたたかくなる。沈黙。切りたくない。凪は、少しだけスマホを握り直す。「……ねえ」小さく呼ぶ。陽菜が、すぐに返す。「ん?」その“間のなさ”に、少しだけドキッとする。凪は、ほんの少しだけ勇気を出す。「明日さ」少し間。「どこから帰る?」陽菜が、笑う。「それ、もう決まってるやつじゃない?」少しだけ意地悪。でも、楽しそう。凪も、つられて笑う。「じゃあ……」少しだけ声が小さくなる。「門のとこ、待っててもいい?」言った瞬間、少しだけ心臓が速くなる。返事を待つ時間が、やけに長く感じる。すぐに返ってくる。「いいよ」やわらかい声。それだけで、安心する。それだけじゃ終わらない。陽菜が、続ける。「むしろ」少し間。「迎えに行くけど?」その一言。凪の頬が、少し熱くなる。「え、なんで」少し慌てる。陽菜が、軽く笑う。「だってさ」少しだけ声が近づく。「待ってる凪、想像できるから」その言い方。ちょっとずるい。けど、すごくうれしい。凪は、少しだけ黙る。言葉が出てこない。「……じゃあ」やっと出た声。「お願いしていい?」素直に。まっすぐに。陽菜が、すぐに返す。「いいよ」短いけど、笑ってるのがわかる。そのとき、窓の外で、風が少しだけ強くなる。カーテンが、ふわっと揺れる。凪は、そのまま空を見上げる。(……なんか)少しだけ思う。いままでとは、違う。この感じ、安心だけじゃない。嫌じゃない。少しだけ、楽しみ。「ねえ、凪」陽菜が、また呼ぶ。「なに?」凪が返す。少しだけ、自然に。「明日さ」少し間。「ちゃんと来てね」その言い方。軽いのに、少しだけ意味がある。凪は、ゆっくりう
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その言葉。自分がずっと求めていたもの。

電話の向こうで、少しだけ息が重なる。沈黙。でも。嫌じゃない。むしろ、少しだけ、近い。陽菜が、ぽつりと。「ねえ」やわらかい声。「今日さ」少し間。「手、つないだじゃん」凪の心臓が、ドクンと鳴る。思い出す。あの夕焼け。あの温度。「……うん」小さく返す。陽菜が、少しだけ笑う。「なんかさ」声が、ほんの少しだけやわらぐ。「安心した」その一言。凪の胸が、ぎゅっとなる。(……安心)その言葉。自分がずっと求めていたもの。でも、今は違う意味で届く。凪は、ゆっくり言う。「わたしも」正直に。「陽菜といると、安心する」電話の向こうで、少しだけ沈黙。それから、小さく笑う声。「それさ」少しだけ意地悪に。「ずるくない?」凪が、少しだけ慌てる。「え、なんで」陽菜が、くすっと笑う。「だって」少し間。「嬉しいじゃん」その言い方、まっすぐすぎて、凪の頬が、少し熱くなる。窓の外。夜の空。でも、今は、少しだけあたたかい。陽菜が、少しだけ声を落とす。「ねえ、凪」呼び方が、少しだけ違う。やわらかい。「無理してるときの凪よりさ」少し間。「今の凪のほうが、好きかも」その言葉。まっすぐ届く。凪は、言葉を失う。嬉しいのか。恥ずかしいのか。少し、わからない。でも、確かに、心が動いている。「……陽菜ってさ」やっと、声が出る。「そういうこと、普通に言うよね」陽菜が、すぐに返す。「言わないと、伝わんないじゃん」少しだけ笑う。その言葉、今日、何度も聞いた気がする。でも、今は、少し違って響く。凪は、ふっと笑う。「……そっか」小さく、でも、ちゃんと。そのとき、陽菜が、ぽつりと。「ねえ」少しだけ声が低くなる。「明日さ」間。「ちょっとだけ、一緒に帰ら
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やっと同じとこに立てた感じする

夕焼けの光が、二人の手をやわらかく包む。凪と陽菜。握ったままの手。強くもなく、弱くもなく。ちょうどいい力。その温度が、少しずつ伝わっていく。陽菜が、少しだけ笑う。「……変な感じ」凪も、少しだけ笑う。「うん」短い言葉。でも、どこか安心している声。手を、そっと離す。距離は、さっきより近い。陽菜が、軽く息を吐く。「なんかさ」少しだけ目を細める。「やっと同じとこに立てた感じする」その言葉に、凪の胸がやわらぐ。ずっと、どこかズレていた。でも今は。同じ場所。同じ高さ。そのとき、悠真が、小さく笑う。「それ、俺たちも入っていいやつ?」陽菜が、すぐに返す。「ダメって言ったらどうするの?」少し意地悪に。でも、楽しそうに。悠真は、肩をすくめる。「じゃあ、勝手に入る」そのやりとりに、空気がふっと軽くなる。蓮も、静かに笑う。「それなら、俺も」自然に。でも、ちゃんとそこにいる言い方。四人の距離が、また少しだけ近づく。誰かが外じゃない。誰かが上でも下でもない。ただ、同じ場所にいる。陽菜が、ふと真面目な顔になる。「でもさ」少しだけ間。「これ、簡単じゃないよね」その言葉。現実。凪が、うなずく。「うん」悠真も、ゆっくり言う。「でも、やるしかない」短く。でも、強い。蓮が、続ける。「逃げないって決めたしね」その言葉で、さっき決めた“ルール”が重なる。陽菜が、少しだけ笑う。「じゃあさ」軽く手を振る。「とりあえず今日だけは」少し間。「難しいこと考えない日にしよ」その一言。四人が、少しだけ息を抜く。凪は、窓の外を見る。夕焼けが、少しずつ夜に変わっていく。終わりじゃない。ただの切り替わり。そして、凪は、三人を見る。「……帰ろ
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意識は、放課後に向かっている。

教室のドアが開く。朝のざわめきが、ふっと流れ込む。いつもと同じ景色。でも、四人にとっては、まったく違う朝だった。席に向かう。凪は、ゆっくり歩く。背中に、いくつかの視線を感じる。悠真。蓮。そして、少し離れた場所に陽菜。誰も、何も言わない。椅子を引く音。静かに座る。教科書を出す。ページを開く。文字は見えているのに、頭に入らない。(放課後……)その言葉だけが、浮かぶ。今日、全部が決まる。そんな予感。ふと、隣の席から、小さな声。「凪」悠真。凪は、少しだけ顔を向ける。近い距離。でも、今はちゃんと見れる。「今日さ」声は、低くて落ち着いている。「逃げないでくれる?」その言葉。お願いじゃない。でも、強制でもない。凪は、少しだけ息を吸う。「……逃げないよ」はっきりと決めた言葉。悠真の目が、少しだけやわらぐ。そのとき、後ろから、軽い声。「いいね」蓮。凪の心が、少しだけ揺れる。振り向く。蓮は、やわらかく笑っている。でも、その奥に、静かな強さ。「ちゃんと向き合うなら」少しだけ間。「俺も、逃げないよ」空気が、ピンと張る。凪の胸が、大きく鳴る。悠真の視線が、蓮に向く。言葉はない。でも、火がついた。陽菜が、机に肘をつく。少しだけ笑う。「なんかさ」ため息みたいに。でも、楽しそうに。「青春って感じじゃん」軽く言う。その一言で、空気が少しだけ抜ける。凪は、小さく笑う。ほんの少しだけ。ちゃんと、自分の笑い。チャイムが鳴る。授業が始まる。でも、誰の心も、ここにはない。時間は進む。意識は、放課後に向かっている。そして、その時間は、思っているよりも早く訪れる。放課後。教室の空気が、少しずつ変わる。人が減っていく。ざわめき
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好きと安心。二つの感情が、同じ場所で動き始めている。

校門の前。朝の光が、少しだけ揺れる。凪の言葉のあと。「……でもね」その続きが、まだ空気の中に残っている。悠真は、待っている。急かさない。逃がさない距離で。凪は、小さく息を吸う。言わなきゃ。そう思うほど、言葉が重くなる。それでも、ゆっくり口を開く。「悠真のこと」名前を呼ぶ。それだけで、胸が少しだけ痛くなる。「好きだよ」はっきりと、逃げずに言う。悠真の目が、わずかに動く。空気が、一瞬止まる。でも、凪は続ける。止まらない。「でも」少し間。言葉を選ぶ。「一緒にいるとき」視線が、少しだけ揺れる。「無理してた」その一言が、静かに落ちる。悠真の呼吸が、少しだけ変わる。凪は、続ける。「嫌われたくなくて」少しだけ声が震える。「ちゃんとしなきゃって思って」一歩、少しだけ踏み出す。「自分じゃなくなってた」言えた。全部じゃないけど一番大事なところ。空気が、深くなる。重くはない。軽くもない。悠真は、少しだけ下を向く。考えている。逃げずに。それから、ゆっくり顔を上げる。「……そっか」短い言葉。ちゃんと受け止めている声。凪の胸が、少しだけほどける。そのとき、後ろから、軽い足音。「おはよー!」陽菜だ。いつも通りの明るさ。でも、その目は、少しだけ空気を読んでいる。凪と悠真を見る。ほんの一瞬。それだけで、全部を察したような顔。でも、何も言わない。ただ、笑う。「朝から真面目な顔してるじゃん」軽く言う。空気を壊さない程度に。その距離感が、やさしい。少し離れた場所。校門の影。蓮が、静かに見ている。表情は変わらない。視線だけが、少しだけ深い。凪は、まだ気づいていない。物語は、もう止まらない。好きと安心。二つの感情が、同じ
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まだ誰も気づいていない

校門の前。朝の光が、少しだけ強くなる。凪と悠真。ほんの少しの距離。その距離が、やけに遠く感じる。「……おはよう」さっき交わした言葉の余韻が、まだ残っている。次の言葉が、出ない。凪は、少しだけ指を握る。逃げないと決めたのに。やっぱり、少しだけ怖い。悠真が、ゆっくり口を開く。「昨日のことなんだけど」その声は、落ち着いていた。でも、どこかで、迷っている。凪は、うなずく。「……うん」短い返事。でも、ちゃんと聞く姿勢。悠真は、少しだけ息を吸う。「俺さ」少し間。視線を外さない。「ちゃんと見てるつもりだった」凪の心臓が、少しだけ強く鳴る。「でも」悠真の声が、少しだけ低くなる。「見てなかったかもしれない」その言葉に、凪は少しだけ目を見開く。予想していなかった言葉。悠真は、続ける。「昨日さ」少しだけ苦笑する。「陽菜にも言われたんだよ」一瞬だけ、空気が揺れる。「……ゆうまのおばかさんって」凪の心が、少しだけ揺れる。その言葉。どこか、引っかかる。でも、不思議と、やさしく響いた。悠真は、少しだけ目を細める。「たぶん、俺」少し間。「ちゃんと見てなかった」まっすぐな言葉。逃げていない。そのことが、伝わる。凪は、少しだけ息を止める。胸の奥が、静かに揺れる。(……あ)昨日、感じた違和感。それが、少しだけ形になる。悠真は、続ける。「だから」一歩、少しだけ近づく。距離が、ほんの少し縮まる。「ちゃんと知りたい」その言葉が、静かに落ちる。凪の視線が、揺れる。逃げたくなる。でも、逃げないと決めた。凪は、小さく息を吸う。「……わたしも」声が、少しだけ震える。震えが止まらない。「ちゃんと話したい」言えた。はじめて、ちゃんと
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……好きって、なんだろ。

スマホの画面を、ゆっくり開く。指先が、少しだけ冷たい。表示された文字。「いいよ。」たった、それだけ。凪は、少しだけ息を止める。短い。でも、その一言がやさしく落ちてくる。(……怒ってない)胸の奥が、少しほどける。そのあとに、もう一行。「ちゃんと話そう。」凪の指が、止まる。その言葉。逃げ道を残してくれているのに、ちゃんと向き合おうとしてくれている。(……やっぱり、ずるい)小さく、笑う。でも、その笑いは、少しだけあたたかい。スマホを胸に置く。天井を見る。さっきまでの迷い。蓮との時間。安心。全部、そこにある。でも、その中で、ひとつだけ、はっきりしてきたものがある。(ちゃんと、向き合いたい)誰かにじゃなくて自分に。そして、悠真に。そのとき、ふと思い出す。蓮の声。「無理してること、あるんじゃない?」凪は、小さく息を吐く。(……あるよ)心の中で答える。ずっと、無理してた。ちゃんとしようとして。嫌われないようにして。自分を押し込めてた。でも、さっきは、違った。(……あの時間を思い出す。)やわらかい空気。自然に笑えた感じ。「……好きって、なんだろ。」ぽつりと、こぼれる。安心すること?ドキドキすること?どっちも、違う気がする。どっちも、ある気もする。凪は、ゆっくりと目を閉じる。胸の奥に、二つの気持ちが静かに揺れている。蓮。悠真。違う形。違う距離。どっちが正しいとかじゃない。どっちが自分にとって本当なのか。そのことに、少しずつ向き合い始めている。スマホが、もう一度震える。凪は、ゆっくり目を開ける。画面を見る。「明日、話せる?」悠真から。短い。逃げられない問い。凪は、少しだけ息を吸う。指を動かす。迷い
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ちゃんと見ろってことかよ……

夜の道は、少しだけ明るく感じた。街灯の光が、やわらかく続いている。二人の足音が、静かに重なる。凪は、少しだけ顔を上げていた。さっきまでとは違う視線。でも、まだ、どこかで迷っている。蓮が、ふと歩く速度を少しだけゆるめる。凪の歩幅に、自然に合わせる。そのさりげなさに、凪は気づく。何も言わないのに。ちゃんと見てくれている。そのことが、少しだけ嬉しい。「……さ。」凪が、小さく声を出す。蓮が、少しだけ顔を向ける。「うん?」凪は、少し迷う。でも、今なら、言える気がした。「さっきの……」言葉を探す。「ズレてるっていうの。」少しだけ視線を落とす。「なんか、わかる気がする。」蓮は、少しだけ笑う。「そっか。」それだけ。余計なことは言わない。その受け止め方が、やさしい。凪は、続ける。「ちゃんとしなきゃって思うほど」少し間。「うまくいかなくなる感じ。」今まで、はっきり言えなかったもの。蓮は、ゆっくりうなずく。「あるよね。」短い言葉。でも、ちゃんと届く。凪は、少しだけ安心する。そのとき、ふと、胸の奥に浮かぶもの。悠真。あの帰り道。あの言葉。「なんかあった?」同じ言葉だった。でも、違った。何が違ったのか。少しだけ考える。(あ……)気づいた。悠真は、優しかった。でも、“どうすればいいか”までは、見ていなかった。蓮は,理由はわからないのに“今の自分”を見てくれていた。その違いが、少しだけわかる。凪は、立ち止まりそうになる。でも、歩きながら、そっとつぶやく。「……ちゃんと見てくれる人って」少しだけ、声が小さくなる。「違うんだね。」蓮は、少しだけ驚いた顔をする。でも、すぐに、やわらかく笑う。「たまたまだよ。」軽く
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気づいてたのに、何もしてねえ

夕焼けは、もう少しだけ色を濃くしていた。帰り道。住宅街に入ると、さっきまでの足音が少しだけ響かなくなる。悠真は、凪の後ろ姿を思い出していた。あの距離。ほんの少しなのに、どうしてあんなに遠く感じたのか。(……なんでだよ)歩きながら、何度も考える。何かしたのか。何もしてないのか。わからない。ただ一つだけ、はっきりしている。「いつもと違う」それだけだった。隣で、陽菜が歩いている。少しだけ間をあけて。「ねえ。」陽菜が声をかける。悠真は顔を向ける。「さっきの、気づいてるよね。」悠真は、少しだけ黙る。誤魔化そうとして、やめた。「……ああ。」短く答える。陽菜は、少しだけ笑う。でもその笑顔は、いつもより静かだった。「凪さ。」少し間。「無理してるよ。」その言葉が、ゆっくり落ちてくる。悠真の中に。「……だよな。」自然に出た言葉だった。陽菜は、少しだけ安心したようにうなずく。「たぶんさ。」空を見上げる。夕焼けが、少しだけ淡くなってきている。「言えないんだと思う。」「……何を。」悠真が聞く。陽菜は、少しだけ考える。それから、やわらかく言った。「自分の気持ち。」その言葉に、悠真は何も言えなくなる。頭の中で、凪の顔が浮かぶ。笑っていた。でも。あの笑顔は、少しだけ違った。(気づいてたのに)胸の奥が、少しだけ痛くなる。(気づいてたのに、何もしてねえ)足が、止まりそうになる。でも、止まらない。陽菜が、ふっと横を見る。「悠真。」「ん?」「ちゃんと見てあげなよ。」まっすぐな声だった。「凪のこと。」悠真は、息を飲む。「……見てるよ。」すぐに出た言葉。でも。陽菜は首を少しだけ振る。「ううん。」やさしく。「見てる“つもり
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勝手に決めるな。俺の気持ち聞いてからにしろよ。

夕方の光が、廊下の床に長く伸びていた。窓から差し込むオレンジ色が、三人の影を静かに並べている。誰も、すぐには言葉を出さなかった。凪は、少しだけ目を伏せた。胸の奥が、落ち着かない。さっきの言葉が、まだ耳に残っている。「勝手に決めるな。 俺の気持ち聞いてからにしろよ。」その言葉を思い出すたび、胸がぎゅっとなる。でも。凪は、小さく息を吸った。そして、少し笑う。「……わたし、先に帰るね。」静かな声だった。でも。その声は、どこか遠かった。悠真の眉が、少しだけ動く。「もう帰るの?」凪はうなずいた。「うん。今日は、ちょっと疲れちゃった。」本当は違う。疲れているのは、体じゃない。心だ。でも。そんなこと、言えるはずがない。凪は、カバンの紐をぎゅっと握る。そして歩き出そうとした。そのときだった。「待てよ。」悠真の声。凪の足が止まる。振り向かない。振り向いたら、きっと顔に出てしまうから。少しだけ、沈黙。夕焼けの光が、さらに濃くなる。悠真は、ゆっくり言った。「また、勝手に決めてる。」凪の胸が、強く揺れる。でも。凪は、笑ったまま言う。「決めてないよ。」「……決めてる。」短い言葉。でも。その声は、まっすぐだった。その空気を、陽菜も感じていた。陽菜は、二人を交互に見る。いつもの空気じゃない。凪の笑顔。どこか、無理をしている。悠真の声。少しだけ、強い。陽菜は、ふっと小さく息をついた。そして、やわらかく言った。「なんかさ。」二人が、陽菜を見る。陽菜は少し笑う。「わたし、邪魔してる?」凪の心臓が跳ねる。「そんなことないよ!」凪は、すぐに言った。少し、早すぎるくらい。でも。陽菜は、わかってしまった。三人の間に流れる
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――俺が見てるの、誰だと思ってる。

凪は、赤いリボンを握ったまま、しばらく動けなかった。悠真の言葉が、胸の奥で何度も響いている。――俺が見てるの、誰だと思ってる。その意味を、考えようとする。でも。考えるほど、怖くなる。もし。もし違ったら。期待した瞬間に、全部崩れてしまう気がした。凪は、小さく首を振る。「……違うよ。」声が、少し震える。悠真の目が、わずかに細くなる。「何が。」凪は、視線を落とす。廊下の床に、夕方の光が伸びている。「悠真は。」言葉が、少しずつ形になる。「やさしいから。」「わたしが落ち込んでると思って、そう言ってるだけ。」そう言いながら、胸の奥が痛む。本当は。違う答えを聞きたい。でも。聞いたら、もう戻れない。凪は、そっと言う。「だから。」その言葉が、出かかる。――わたし、少し距離を。その瞬間。「凪。」悠真の声が、少し強くなる。凪は顔を上げる。悠真は、真剣な顔をしていた。「勝手に決めるな。」その言葉が、まっすぐ胸に届く。「俺の気持ち、聞いてからにしろよ。」廊下の空気が、静かに止まる。凪の心が、大きく揺れる。聞いてしまったら。この恋は、もう後戻りできなくなる。凪は、息を吸う。そして。ゆっくり口を開こうとする。そのとき。階段のほうから、明るい声が聞こえた。「悠真!」二人が、同時に振り向く。陽菜だった。友達と笑いながら、階段を上ってくる。夕方の光の中で、その笑顔は、やっぱり明るかった。凪の胸が、きゅっと締まる。さっきまでの言葉が、急に遠くなる。悠真は、一瞬だけ凪を見る。凪は、小さく笑う。そして。一歩、後ろに下がる。その動きは、とても小さかった。でも。凪の心の中では、何かが静かに決まりかけていた。
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……わたしさ。……でもね。

凪は、赤いリボンをぎゅっと握ったまま、顔を上げた。悠真は、逃げない。まっすぐこちらを見ている。夕方の光が、廊下に長くのびる。凪は、ゆっくり言葉を探す。「……わたしさ。」声が、少しだけ小さい。でも、止めない。「悠真といると、楽しいよ。」悠真の目が、少しやわらぐ。「でもね。」凪は、窓の外を見る。グラウンドは、もうほとんど人がいない。その向こうに、陽菜の笑顔が、まだ頭に残っている。「陽菜って、すごいよね。」悠真の眉が、少し動く。凪は続ける。「明るいし。」「誰とでも自然に話せるし。」「……ああいう人、好きになると思う。」言いながら、胸の奥が、きゅっと痛む。でも。ここで言わないと、きっと、ずっと言えない。凪は、小さく笑う。「だからさ。」言葉が、もうすぐ出る。――わたしは。その瞬間。悠真が、ふっと息を吐く。「凪。」その声は、さっきより低い。「それ。」凪は、顔を上げる。悠真は、少し困ったように笑う。「全部、凪が決めてるだけだろ。」その言葉に、凪の心が、大きく揺れる。「俺、そんなこと一回も言ってない。」廊下に、静かな空気が流れる。凪の胸が、強く鳴る。まさか。そんなこと、考えてもいなかった。悠真は、少しだけ近づく。そして、静かに言う。「凪。」その目は、まっすぐだった。「俺が見てるの、誰だと思ってる。」その言葉が、凪の胸に、静かに落ちる。そして、凪の心は、また大きく揺れ始める。
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ちょっとだけ、理由ある

通話の向こうで、陽菜の呼吸が少しだけ近くなる。「ねえ、凪」やわらかい声。さっきより、少しだけ低い。凪の胸が、また小さく跳ねる。「なに?」自然に返したつもりなのに、声が少しだけやさしくなっている。陽菜が、少しだけためらう。その“間”が、やけに長く感じる。「さっきのさ」ゆっくりと言葉を選ぶように。「迎えに行くってやつ」凪の指が、スマホの端をなぞる。「……うん」陽菜が、小さく息を吐く。「ほんとはさ」少し間。「ちょっとだけ、理由ある」凪の心臓が、ひとつ大きく鳴る。「理由?」声が、ほんの少しだけ上ずる。陽菜が、くすっと笑う。でも、その奥に、ちゃんと本音。「凪が待ってる顔」少し間。「見たいなって思った」その一言。胸の奥が、じんわり熱くなる。恥ずかしい。でも、うれしい。凪は、思わず目を伏せる。誰にも見られてないのに。「……そんな顔、しないよ」小さく言い返す。でも、少し照れているのがわかる。陽菜が、すぐに返す。「するよ」短く。でも、確信してる声。「今もしてるでしょ?」その言い方。ちょっとずるい。凪は、思わず笑ってしまう。「見えないでしょ」陽菜も、笑う。「想像できる」軽いのに。まっすぐ。そのとき。凪の中で、何かがほどける。(あ……)この感じ。安心とも、違う。でも、ちゃんと心が動いてる。凪は、少しだけ深呼吸する。それから――「じゃあさ」自分から言葉を出す。陽菜が、少しだけ驚いたように。「なに?」凪は、少しだけ笑う。「明日」間。「ちゃんと見ててよ」その一言。電話の向こうで、一瞬沈黙。それから、小さく、息をのむ音。「……いいの?」少しだけ、声が変わる。凪は、うなずく。見えないのに。「うん」静かに。でも
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距離はあるのに。心は、近い。

電話の向こうで、笑い声が重なる。さっきまでの少しぎこちない空気は、もうない。自然に話してる。それだけで、少しうれしい。陽菜が、ふっと声を落とす。「ねえ」少しだけ間。「今、何してる?」凪は、少しだけ部屋を見渡す。「ノート見てた」正直に答える。陽菜が、くすっと笑う。「まじめだね」軽い声。でも、どこかやさしい。凪も、少しだけ笑う。「全然進んでないけど」そのやりとり。なんでもない会話。でも、なんでこんなに、安心するんだろう。そのとき、陽菜が、ぽつりと。「さ」少しだけ声が近づく。「今からさ、窓開けてみて」凪が、少しだけ驚く。「え?」「いいから」少しだけ笑いながら。でも、ちょっと強引。凪は、立ち上がる。カーテンを少し開けて。窓を、ゆっくり開ける。夜の空気が、ふわっと入ってくる。少し冷たい。でも、気持ちいい。「……開けた」凪が言うと。陽菜が、少しだけうれしそうに言う。「ね」少し間。「同じ空気だよ」その一言。凪の心が、ふっとほどける。離れているのに。同じ夜。同じ空気。つながってる感じ。凪は、少しだけ空を見上げる。星が、少しだけ見える。「……ほんとだ」小さくつぶやく。その声が、少しだけやわらかい。陽菜が、続ける。「だからさ」少しだけ照れたように。「そんなに遠くないよ」その言葉。凪の胸に、じんわり広がる。距離はあるのに。心は、近い。凪は、気づく。(あ……)この感じ。安心とも、違う。でも、すごく、あたたかい。「……陽菜」少しだけ声を出す。陽菜が、すぐに返す。「なに?」凪は、少しだけ迷って。逃げずに言う。「明日、一緒に帰るの」少し間。「楽しみ」その一言。電話の向こうで、少しだけ沈黙。それから、小さく笑
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ちょっとだけ、話せる?

夜、深くなる。時計の針の音だけが、部屋に響く。凪は、ノートを見つめたまま動かない。「わたしは、どうしたい?」書いたままの一行。答えは、まだないけど、その問いを消したくはなかった。(……逃げないって、こういうことかも)凪は、ゆっくりペンを置く。窓を開ける。少し冷たい風が、部屋に入ってくる。胸の中のもやもやが、少しだけほどける。そのとき、スマホが、ふっと光る。メッセージ。差出人――陽菜。凪の指が、少しだけ止まる。ゆっくり開く。「ねえ、起きてる?」短い一文。いつもの軽さ。でも、今は、少し違って見える。凪は、少しだけ迷ってから打つ。「起きてるよ」すぐに、既読がつく。少し間。それから、「ちょっとだけ、話せる?」その言葉に、凪の胸が、少しだけ強く鳴る。(……来た)逃げないって決めた夜。凪は、小さく息を吸う。「うん」短く返す。すぐに、通話の着信。画面に映る名前。陽菜。凪は、一瞬だけ目を閉じる。それから、通話ボタンを押す。「……もしもし」少しだけ緊張した声。向こう側で、陽菜が小さく笑う。「なんかさ」軽く始める。その奥に、本音がある。「今日の続き、しよっか」その一言で、空気が、少しだけ変わる。そして、止まっていた“関係”が、静かにもう一度、動き出す。
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これからどうすんの?

夕焼けの光が、少しずつやわらいでいく。教室の中。さっきまでの重さは、もうない。でも、全部が解決したわけでもない。その“途中”の空気。凪は、三人を見る。悠真。蓮。陽菜。同じ場所に立っている。それだけで、少しだけ安心する。陽菜が、ふっと笑う。「でさ」軽く首をかしげる。「これからどうすんの?」さっきと同じ問い。でも、今は少しだけ、やわらかい。凪は、少しだけ考える。答えは、まだない。逃げないことだけは決めている。「……普通に、過ごしたい」ぽつりと。でも、ちゃんとした声。「みんなと」その一言に、三人の表情が少しだけ変わる。驚き。でも、否定ではない。悠真が、ゆっくりうなずく。「いいと思う」短く。でも、まっすぐに。蓮も、少しだけ笑う。「それが一番むずかしいけどね」やわらかい声。でも、本音。凪も、少しだけ笑う。「うん」そのとき。陽菜が、少しだけ前に出る。「じゃあさ」軽く手を叩く。「ルール決めよ」三人が、少し驚く。陽菜は、にやっと笑う。「重くならないやつね」その言い方。いつもの陽菜に戻りつつある。さっきの本音を知っているから、違って見える。「まず」指を一本立てる。「無理しない」凪の胸が、少しだけ動く。「二つ目、ちゃんと言う」悠真が、少しだけ苦笑する。「それ、俺に言ってる?」陽菜が、笑う。「全員に」空気が、少しだけ軽くなる。「三つ目」少し間。「逃げない」その言葉で。また、空気が少しだけ締まる。でも、怖くはない。さっきより、ちゃんと立てているから。凪は、うなずく。「……いいと思う」自分の言葉で、悠真も、ゆっくりうなずく。「守る」短く。蓮も、少しだけ目を細める。「それなら、やれる」陽菜が、満足そうに笑
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やっぱり、凪ってそういうとこあるよね

教室の空気が、ゆっくりと沈む。夕焼けの色が、少しだけ濃くなる。陽菜の言葉のあと誰も、すぐには動けなかった。凪は、陽菜を見る。今まで知っていた陽菜じゃない。でも、これも陽菜。そのことが、ちゃんと伝わってくる。凪は、小さく息を吸う。「……陽菜」名前を呼ぶ。少しだけ、やさしく。でも、逃げない声で。陽菜は、顔を上げない。視線は、床のまま。でも、聞いている。凪は、一歩だけ近づく。距離を、縮める。「のけものじゃないよ」はっきりと、言い切る。陽菜の肩が、わずかに動く。凪は、続ける。「わたしが勝手に、  そういう形にしてただけ」少し間。「ちゃんと見てなかった」その言葉に、悠真と蓮の視線も、凪に向く。凪は、陽菜から目をそらさない。「陽菜がどう思ってたか」少しだけ声が揺れる。でも、止めない。「ちゃんと知ろうとしてなかった」正直な言葉。言い訳じゃない。陽菜が、ゆっくり顔を上げる。目が、少しだけ赤い。でも、泣いてはいない。「……そっか」小さく。でも、ちゃんとした声。陽菜は、少しだけ笑う。「やっぱり、凪ってそういうとこあるよね」軽く言う。でも、責めていない。いつもの距離感に戻そうとしている。凪も、少しだけ笑う。「……ごめん」素直に。それ以上、言い訳しない。そのとき、悠真が、静かに言う。「陽菜」少しだけ間。「俺も、ごめん」その一言で、空気がまた揺れる。陽菜が、少しだけ驚いた顔をする。悠真は、続ける。「ちゃんと見てなかった」凪と同じ言葉。でも、意味は少し違う。陽菜は、ふっと笑う。「それ、さっき聞いたやつ」少しだけ、意地悪く。その声は、やわらかい。悠真も、少しだけ笑う。蓮が、静かに口を開く。「俺も、勝手に“凪
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どんな自分でいたいかが、まだわかってない

夕方の光が、教室の奥まで伸びている。凪の言葉が、まだ空気に残っている。「自分をちゃんと選びたい」その一言で、場の重さが、少しだけ変わった。悠真が、ゆっくり息を吐く。「……そっか」短い。その中に、いろんな感情が混ざっている。納得と。戸惑いと。少しの寂しさ。凪は、それをちゃんと見ている。目をそらさない。もう、逃げないから。蓮が、静かに口を開く。「それってさ」やわらかい声。「今は、どっちも選ばないってこと?」正直な気持ち。責めていない。ただ、確かめている。凪は、少しだけ考える。そして、「……うん」小さく、でもはっきり。「今のままじゃ、選べない」正直な言葉。悠真の指が、少しだけ動く。握る。でも、何も言わない。凪は、続ける。「どっちがいいかじゃなくて」少し間。「どんな自分でいたいかが、まだわかってない」それは逃げじゃない。ちゃんと向き合っているからこそ出た言葉。陽菜が、ふっと笑う。「それ、めっちゃ大事じゃん」軽い言い方。でも、一番核心を突いている。凪は、少しだけ安心したように息を吐く。悠真が、顔を上げる。「じゃあさ」少しだけ前に出る。「その時間、ちゃんと取ろう」凪の目が、揺れる。「無理に今決めなくていい」まっすぐな言葉。「でも」少しだけ間。「俺は、待つ」その一言。押しつけじゃない。凪の胸が、少しだけ熱くなる。そのとき、蓮が、少しだけ笑う。「俺も」短く。でも、はっきり、「急がせるつもりないよ」その言葉に、凪の中で、何かがほどける。比べられていない。選ばされていない。ただ、自分で選べる場所に立っている。陽菜が、腕を組む。少しだけ楽しそうに。「なんかさ」ゆっくり言う。「いい感じにめんどくさいね
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……わたし・・・自分のままでいたい。

教室の空気が、静かに止まる。夕方の光が、少しだけ長く差し込んでいる。凪は、二人を見ている。悠真。蓮。どちらからも、目をそらさない。逃げないと決めたから。でも、簡単じゃない。胸の奥で、二つの感情が揺れている。好き。安心。どっちも、本当。どっちも、嘘じゃない。凪は、小さく息を吸う。「……ごめん」その一言で、空気がわずかに揺れる。悠真の眉が、少し動く。蓮の視線が、静かに深くなる。凪は、続ける。「どっちかを選ぶって」少し間。「そういうことじゃない気がしてる」言葉にする。まだ曖昧な気持ち。でも、逃げてはいない言葉。悠真が、ゆっくり口を開く。「じゃあ、どういうこと?」責めていない。まっすぐな問い。凪は、少しだけ考える。そして、言葉を探す。「……わたし」小さく、でもはっきり。「自分のままでいたい」教室の空気が、少しだけ変わる。凪は、続ける。「悠真といるとき」少し間。「ちゃんとしなきゃって思ってた」「でも、それって」ゆっくりと「本当のわたしじゃなかった」その言葉に、悠真の表情が揺れる。凪は、蓮を見る。ほんの一瞬。「蓮くんといると」少しだけ、やわらかくなる声。「そのままでいられた」その事実。そこで終わらない。凪は、もう一度悠真を見る。「でも」少し強くなる声。「悠真のこと、ちゃんと好きだよ」教室の空気が、深くなる。嘘じゃない。どっちも、本当。その矛盾が、そのままそこにある。凪は、小さく息を吐く。「だから」少し間。「どっちかを選ぶ前に」ゆっくりと「自分をちゃんと選びたい」その言葉が、静かに落ちる。誰かのためじゃなくて。自分として、どういたいか。それを、決める。悠真は、しばらく黙る。考えている。それか
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本当の気持ちと向き合う時間が、始まる。

校門の前。凪の言葉の余韻が、まだ残っている。「好きだよ」「でも、無理してた」その二つが、空気の中で重なっている。悠真は、少しだけ黙る。逃げない。でも、すぐにも答えない。その沈黙が、やさしい。凪は、少しだけ息を整える。言ってしまった。戻れないところまで。でも、後悔は、していない。悠真が、ゆっくり口を開く。「……ありがとう」その言葉に、凪は少しだけ驚く。責められると思っていた。でも、違った。悠真は、続ける。「ちゃんと言ってくれて」少しだけ笑う。でも、その笑顔は、どこか不器用だった。「俺、たぶん」少し間。「勝手に思ってた」凪の心が、少しだけ揺れる。「凪は、こうだって」「自分の中の凪。  それに、当てはめていた。」悠真は、視線を落とす。「ちゃんと見てるつもりで」少しだけ苦笑する。「見てなかった」その言葉に、凪の胸が、静かにほどける。責めていない。自分も、同じだったから。「……わたしも」「勝手に決めてた」小さく、こぼれる。「悠真の気持ち。ちゃんと聞く前に。 距離を取ろうとしていた。」二人の間に、静かな理解が生まれる。少しだけ。ほんの少しだけ。そのとき、陽菜が、ふっと息を吐く。「……よかった」ぽつりと、自然に出た言葉。凪と悠真が、同時に陽菜を見る。陽菜は、少しだけ肩をすくめる。「なんかさ」少し笑う。「ちゃんと話してる感じ、初めて見た」その言い方に、やわらかさがある。責めていない。ただ、二人を見ていた言葉。そして、ほんの少しだけ、いたずらっぽく笑って。「ゆうまのおばかさん」軽く言う。でも、その一言は、やさしかった。空気が、ふっと緩む。悠真が、少しだけ苦笑する。「……はいはい」どこか救われた顔
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昨日のことが、よみがえってくる。

朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。やわらかい光。どこか逃げられない明るさ。凪は、ゆっくりと目を開ける。一瞬だけ、ぼんやり。昨日のことが、よみがえってくる。蓮との帰り道。部屋での時間。悠真からのメッセージ。「……もう朝、・・・か。」小さくつぶやく。胸の奥がざわつく。怖いわけじゃない。でも、落ち着かない。布団の中で、少しだけ体を丸める。(ちゃんと、話そう・・・)昨日、そう決めたんだ。まだどう話すかは、決まっていない。スマホを手に取る。画面を開く。悠真とのやりとり。最後は、自分の「うん」。短い「うん」に全部詰まっている。「……行かなきゃ」小さく言って、体を起こす。制服に着替える。紺のブレザー。赤いリボン。いつもと同じはずなのに、今日は、少しだけ違う気がする。鏡の前に立つ。自分の顔を見る。(ちゃんと……見て)蓮の言葉が浮かぶ。“無理してること、あるんじゃない?”凪は、少しだけ深呼吸する。笑おうとして、やめる。無理に笑わない。そのままでいい。「……いってきます」小さく言って、家を出る。朝の空気は、少し冷たい。そして、どこか澄んでいる。通学路。見慣れた道。今日は、少しだけ遠く感じる。学校が近づく。心臓が、少しだけ速くなる。門が見える。そのとき、校門の前に人影。凪の足が、止まりかける。遠くからでもわかる。悠真。いつもの場所。今日は、待っているように見える。凪の心臓が、大きく震える。(もう……)逃げられない。でも、逃げたくない。一歩、踏み出す。もう一歩。距離が、少しずつ縮まる。悠真が、顔を上げる。目が合う。その瞬間、空気が少しだけ変わる。昨日までとは違う何か。静かな緊張。はりつめた空
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なぜか、少しだけ名残惜しい。

夜の道は、どこまでも続いているように見えた。街灯の光が、やわらかく並んでいる。二人の足音が、ゆっくりと重なる。さっきよりも、少しだけ近い距離。でも、まだ、はっきりとは触れない距離。凪は、ふと気づく。自分が、少しだけ話しやすくなっていることに。無理に言葉を選ばなくてもいい。沈黙も、怖くない。そのことが、不思議だった。「……ねえ。」凪が、小さく声を出す。蓮が、やさしく顔を向ける。「うん?」凪は、少しだけ考える。そのまま、言葉を出す。「蓮くんってさ。」少し間。「いつも、そんな感じなの?」蓮は、少しだけ笑う。「そんな感じって?」凪は、少しだけ視線をそらす。「なんか……」言葉を探す。「ちゃんと見てる感じ。」その言い方に、少しだけ照れが混じる。蓮は、一瞬だけ考える。それから、軽く肩をすくめる。「どうだろ。」「たまたまかも。」軽い言い方。でも、ごまかしているわけでもない。凪は、少しだけ首をかしげる。「たまたま、か。」その言葉を、ゆっくり受け止める。そのとき。ふと。凪の足が、少しだけ止まる。家の前の角。もう、すぐそこだった。「あ……」小さく声が出る。蓮も、足を止める。「ここ?」凪は、うなずく。「うん。」少しだけ、間。さっきまで自然に続いていた時間が、急に終わりに近づく。その感覚に、少しだけ戸惑う。凪は、少しだけ迷う。このまま「またね」でいいのか。それでいいはずなのに、なぜか、少しだけ名残惜しい。「……今日は、ありがとう。」凪が言う。蓮は、やわらかくうなずく。「うん。」それだけ。でも、その一言が、ちょうどいい。凪は、少しだけ笑う。さっきよりも、自然に。「……また、学校で。」少しだけ勇気を出して言
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その奥で、 まだ名前のついていない感情が、少しずつ形になり始めていた。

夜の空気は、少しだけ冷えていた。街灯の下を、二人で歩く。さっきよりも、距離はほんの少しだけ近い。でも、触れるほどではないそのくらいの距離。凪は、足元を見ながら歩いていた。さっきより、心は落ち着いている。でも、どこかで、まだ揺れている。蓮が、ふと空を見上げる。「今日は、ちょっと寒いね。」凪も、つられて上を見る。夜の空。星は、少しだけ見えていた。「……うん。」小さく答える。その声は、さっきよりやわらかい。少しの間。風が、静かに通り過ぎる。そのとき、凪が、ぽつりと言う。「さっきさ。」蓮が、少しだけ顔を向ける。「うん?」凪は、少しだけ迷う。言っていいのか。今なら、少しだけ言えそうだった。「……なんで、わかったの?」蓮は、一瞬だけ考える。それから、軽く肩をすくめる。「なんとなく。」それだけ。その“なんとなく”が、嘘じゃないことがわかる。「……顔?」凪が聞く。蓮は、少しだけ首を振る。「顔っていうより」少しの間。「空気かな。」凪は、少しだけ目を見開く。「空気……?」自分では気づかなかったもの。でも、言われてみれば、確かにそこにあった気がする。蓮は、続ける。「無理してる人ってさ」少しゆっくりとした声で。「なんか、少しだけズレてるんだよね。」凪は、言葉を失う。ズレてる。その言葉が、静かに胸に落ちる。「……ズレてるんだ。・・・」小さく、つぶやく。蓮は、うなずく。「うん。」「でも」少しだけ、やさしく笑う。「悪いことじゃないよ。」凪が見る。「ちゃんと頑張ってるってことだから。」その言葉に、少しだけ胸が軽くなる。否定されなかった。むしろ、認められた気がした。凪は、少しだけ笑う。「……そっか。」その笑顔は
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うまく言えない。でも、「……楽。」

夜の道は、静かだった。街灯の光が、やわらかく足元を照らしている。二人で歩く帰り道。さっきまでの空気が、まだ少しだけ残っている。凪は、ふと横を見る。隣にいる男子。見たことはある。でも、ちゃんと話したことは、なかった。少しだけ迷って、口を開く。「……顔は、見るけど」少し間。「ちゃんと話すの、初めてだよね。」男子は、やわらかくうなずく。「うん。」それだけで、余計なことは言わない。その感じが、心地いい。凪は、少しだけ考える。「名前……」少し視線を上げる。「たしか、蓮くん……だったよね。」「うん。」「合ってる。」凪は、小さく息をつく。「よかった。」並んで歩く。夜の空気。さっきまでと同じ道なのに、少し違う。蓮が、静かに言う。「……なにかあった?」やさしい声。凪は、少しだけ間をおく。「……別に、なにもないよ。」小さく笑う。でも、その笑顔は、少しだけ無理をしている。蓮は、少しだけ首をかしげる。「……なんで?」凪が、少し驚いたように見る。蓮は、少しだけ視線を落とす。それから、ゆっくり言う。「なんか」少し間。「無理してること、あるんじゃない?」凪は、言葉を失う。胸の奥を、やさしく触れられた感じ。否定しようとして。でも、うまく言葉が出てこない。少しだけ沈黙。夜の静けさ。蓮は、急かさない。ただ、待っている。凪は、小さく息を吐く。「……ちょっとだけ。」ぽつりと、こぼれる。さっきよりも、少しだけ本音に近い声。蓮は、うなずくだけ。それ以上、聞かない。その距離が、やさしかった。並んで歩く。同じ帰り道。でも、空気が、少し違う。凪は思う。(なんだろう)さっきまで、あんなに苦しかったのに。今は、少しだけ楽だった。何
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……なんかあった?

夕焼けが、少しずつ色を深めていた。校舎の外に出ると、空気が少しだけ冷たくなる。三人は並んで歩いていた。でも。その並び方は、いつもと少し違う。凪は、ほんの少しだけ前を歩いていた。悠真は、その背中を見ている。陽菜は、その二人の間にある距離を感じていた。足音だけが、静かに続く。しばらくして、陽菜が口を開いた。「今日の実験さ、ちょっと難しかったよね。」明るい声。いつもの陽菜。凪は、少しだけ振り向く。「うん……そうだね。」笑う。でも。やっぱり、どこか遠い。悠真は、その笑顔を見て、目を細める。言葉が出てこない。出そうとして、止まる。何を言えばいいのか、わからない。三人でいるのに。どこか、うまく話せない。沈黙が、少し長くなる。そのとき。凪が、小さく言った。「わたし、こっちだから。」分かれ道だった。いつもの帰り道。でも。今日は、その分かれ道が、少し違って見える。陽菜が笑う。「そっか、じゃあまた明日ね。」「うん。またね。」凪は、軽く手を振る。そのまま、歩き出そうとする。その瞬間。「凪。」悠真が呼ぶ。凪の足が止まる。振り向く。夕焼けの光が、横顔を照らす。悠真は、少しだけ言葉を探してから言った。「……なんかあった?」凪は、一瞬だけ目を揺らす。でも、すぐに笑う。「なにもないよ。」やわらかい声。でも。その言葉は、少しだけ軽かった。悠真は、わかってしまう。なにもないわけがない。でも。それ以上、踏み込めない。言葉が、喉の奥で止まる。そのとき。陽菜が、二人を見ていた。静かに。何も言わずに。でも。確かに感じていた。「なにもない」じゃないことを。凪は、少しだけ視線をそらす。「じゃあ、またね。」今度こそ歩き出す。夕
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俺が見てるの、誰だと思ってる。

陽菜の足音が、廊下に軽く響く。凪は、まだ動けずにいた。悠真の言葉が、胸の奥で何度も揺れている。――俺が見てるの、誰だと思ってる。その意味を、考えないようにしていた。考えたら。きっと、期待してしまうから。凪は、小さく息を吐く。そのとき。「悠真?」陽菜の声が、すぐ後ろで止まる。凪は振り向く。陽菜は、少し驚いた顔をしていた。「どうしたの?」その声は、いつもと同じ明るさだった。でも。その明るさが、凪の胸を少しだけ苦しくする。悠真が答える。「いや。」少し言葉を探す。「ちょっと話してただけ。」陽菜は、凪を見る。その視線は、やさしかった。「凪、顔赤いよ?」思わず、凪は視線を落とす。「え?」自分でも気づかなかった。悠真が、少しだけ笑う。「ほらな。」凪は、慌ててリボンを触る。「ち、違うよ。」でも。胸は、まだ強く鳴っている。陽菜は、二人を見比べる。そして、少しだけ首をかしげる。「なんか。」小さく笑う。「わたし、邪魔だった?」その言葉に、凪の心が、また揺れる。違う。邪魔なんかじゃない。むしろ。凪は、そっと思う。――わたしが。その言葉が、また胸の奥で形になりかける。でも。そのとき。悠真が、はっきり言う。「違う。」廊下の空気が、少し止まる。悠真は、凪を見たまま言う。「まだ、話終わってない。」その一言で、凪の心は、また大きく揺れ始める。夕方の光が、三人の影を、長く廊下に伸ばしていた。
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先生から、話があるって

放課後の教室。人が減ったはずなのに、空気は、昼より重かった。三條輝は、窓際の席に座ったまま、スマホを伏せて置いている。画面は、見ていない。もう、打ち終えていた。——送信。それだけで、いくつかの歯車が、同時に回り始める。「ねえ、聞いた?」教室の入り口で、女子の声がした。「今日、職員室に呼ばれた人いるらしいよ」「例の件で」凪の肩が、わずかに強張る。(……来た)坂本も、顔を上げる。悠真は、何も言わず、凪の様子を見る。三條は、立ち上がった。「凪」名前を呼ぶ声は、相変わらず穏やかだ。「先生から、話があるって」「一緒に行こうか」一瞬、教室の視線が凪に集中する。——善意の顔をした、公開の場。凪は、すぐには答えなかった。代わりに、深く息を吸う。「……いい」短い言葉。でも、はっきりしている。「一人で、行く」ざわり、と空気が揺れる。三條の眉が、ほんのわずかに動く。「そう?」「でも、誤解されたままだと——」「誤解なら」凪は、言葉を重ねる。声は震えていない。「先生に、話す」「クラスの前で話す必要は、ない」その一言で、悠真が静かに立ち上がる。「俺も、付き添う」前に出すぎない位置。でも、確実に“横”。坂本も、椅子から半分立ち上がって、迷ってから、言う。「……必要なら」「俺も、行く」三條は、三人を見る。——これは、想定外だ。「ふうん」小さく笑う。「団結、ってやつ?」凪は、三條をまっすぐ見る。「違う」「選んだだけ」「誰に、何を話すかを」一瞬。三條の笑顔が、ほんの少しだけ、硬くなる。「……わかった」そう言って、道を譲る。引いたように見える。でも、凪は感じていた。——これは、別の場所で切るつもりだ。廊下に出ると、
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やさしいけど、逃げるよね。

夜は、まだ終わらない。でも、どこかで、流れが止まりかけている気がした。凪は、スマホを見つめたまま、少しだけ考える。(……このままでいいのかな)やさしい会話。心地いい距離。でも、それだけじゃ、何かが足りない。陽菜が、ぽつりと。「ねえ」少しだけトーンが変わる。凪の背筋が、すっと伸びる。「なに?」陽菜は、少しだけ間を置く。「さっきからさ」ゆっくりと。「いい感じで終わろうとしてない?」その一言。凪の心が、ドキッとする。図星。でも。逃げない。「……してるかも」正直に言う。陽菜が、少しだけ笑う。「だよね」軽い。でも、ちゃんと見抜いてる。「凪ってさ」少しだけやわらかくなる声。「やさしいけど、逃げるよね」その言葉。痛い。でも、否定できない。凪は、少しだけ息を吸う。(……ここだ)逃げないって決めた夜。ここで変わらないと、意味がない。凪は、ゆっくり言う。「じゃあさ」少し間。「逃げないで言うね」陽菜が、少しだけ黙る。その沈黙が、少し重い。でも、もう戻らない。凪は、続ける。「陽菜といるとさ」胸の奥が、じんわり熱くなる。「安心するだけじゃなくて」少しだけ言葉を探す。「……ドキドキする」言った。ちゃんと。逃げずに。電話の向こうが、一瞬止まる。空気が、変わる。それから、小さく、息をのむ音。「……それ」陽菜の声が、少しだけ揺れる。「ずるい」さっきと同じ言葉。でも、今度は、意味が違う。凪は、少しだけ笑う。「陽菜が言ったんじゃん」陽菜が、ふっと笑う。でも、少しだけ照れている。「……ほんとだね」そのとき、窓の外で、風が強く吹く。カーテンが、大きく揺れる。凪の心も、同じように揺れる。でも、今は怖くない。陽菜が、ゆっく
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「どうしようかな」 あれは、本音だった。

夜は、静かに更けていく。凪の部屋。机の上の明かりだけが、やわらかく灯っている。ノートは開いたまま。ペンは止まっている。(……なんか、眠れない)理由はわかっている。今日のこと。言葉。表情。そして、陽菜の「どうしようかな」。頭から離れない。凪は、ゆっくりと窓のほうを見る。外は、深い夜。遠くの灯りが、小さく瞬いている。ふと、昼間に聞いた話を思い出す。庚申の夜。昔の人は、この夜、眠らなかった。体の中の“何か”が、自分のことをどこかへ伝えてしまうから。だから、起きて、自分で見ていた。自分の中を。凪は、少しだけ笑う。(変な話……)でも、どこか、わかる気がした。目を閉じてしまったら。本当の気持ちを、見ないままにしてしまいそうで。凪は、机に向き直る。ノートを見る。ゆっくりと、ペンを持つ。「わたしは、どうしたい?」その一行だけ書いてみた。それ以上、続かない。でも、それでいいと思った。無理に答えを出さない。でも、逃げない。それだけでいい。その頃、陽菜も、ベッドの上でスマホを見ていた。画面はついているのに、何も見ていない。(……わたし、なにやってんだろ)小さく笑う。少しだけ苦い。いつもなら、こういうとき、軽く流せた。でも今日は、違う。ちゃんと、引っかかっている。悠真の言葉。凪の言葉。そして、自分の言葉。「どうしようかな」あれは、本音だった。陽菜は、ゆっくり起き上がる。カーテンを開け、夜空を見る。(……逃げないって、決めたよね)凪たちと同じように。自分も。ちゃんと、自分で決める。その頃、別々の場所で、同じ夜を過ごす四人。それぞれの中で、静かに何かが動いている。まだ答えは出ていない。でも、この夜は、きっ
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さっきの「どうしようかな」が、まだ頭の中にある。

夜風が、少しだけ冷たい。四人の足音が、またゆっくりと動き出す。誰も、さっきの言葉を拾わない。聞こえていないわけじゃない。ちゃんと、胸のどこかに残っている。凪は、陽菜の隣を歩く。さっきの「どうしようかな」が、まだ頭の中にある。軽く言ったようで。軽くなかった。凪は、少しだけ迷ってから声をかける。「……陽菜」陽菜が、ちらっと横を見る。「なに?」いつもの調子。でも、少しだけやわらかい。凪は、少しだけ言葉を探す。「さっきのさ」間。「どうしようかなってやつ」陽菜が、ふっと笑う。「あー、あれ?」軽く流すように。でも、完全にはごまかさない。「なんとなく言っただけだよ」そう言って、少しだけ前を見る。でも、その目は、少し遠い。凪は、それ以上踏み込まない。今は、まだその距離。その代わりに。「そっか」それだけ返す。それで、十分だった。その少し後ろ。悠真と蓮が、また並んでいる。さっきより、自然な距離。悠真が、ぽつりと。「……難しいな」小さくつぶやく。蓮が、少しだけ笑う。「楽なほうが珍しいよ」その言い方、どこか達観している。悠真が、少しだけ空を見る。「でも、逃げたくない」短く、強い言葉。蓮も、うなずく。「うん」四人の歩幅が、少しずつ揃っていく。道が、分かれる場所。ここで、それぞれの帰り道になる。自然と、足が止まる。誰も、すぐには別れない。そのとき、陽菜が、ふっと笑う。「じゃあさ」軽く手を振る。「また明日」シンプルな言葉。そんな言葉にも、今の四人には、ちゃんと意味がある。凪が、うなずく。「……うん、また明日」悠真も、少しだけ笑う。「ちゃんと来いよ」陽菜が、すぐに返す。「そっちこそ」そのやりとりに、蓮が少し笑
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四人の距離が、少しずつ整っていく。

夕焼けの廊下を、四人で歩く。足音が、ゆっくりと重なる。さっきまでの教室とは違う。少しだけ、軽い空気。どこか、ぎこちない。その“ちょうど途中”の感じ。凪は、陽菜の隣を歩いている。さっきまで握っていた手の感触が、まだ残っている。陽菜が、ちらっと横を見る。「……ねえ」小さく声をかける。凪も、そっと視線を向ける。「さっきさ」少しだけ間。「ありがとう」まっすぐじゃない言い方。でも、ちゃんと届く。凪は、少しだけ驚いてから、笑う。「……うん」それだけで、十分だった。その少し後ろを悠真と蓮が並んで歩いている。無言。でも、さっきまでの“張り合う感じ”はない。悠真が、ぽつりと。「……蓮」蓮が、少しだけ目を向ける。「なに?」自然な返し。悠真は、少しだけ考えてから言う。「負けないけど」短く、はっきり。蓮が、少しだけ笑う。「うん」同じトーンで。「俺も」それ以上は言わない。それで十分だった。競い合いじゃない。でも、引かない。四人の距離が、少しずつ整っていく。階段を降りる。外に出ると、空はもうオレンジがきえかけている。風が、少しだけ冷たい。陽菜が、両手を伸ばす。「はー、つかれた」わざとらしく。陽菜らしい、どこか本音。凪が、少しだけ笑う。「わかる」そのやりとりに、悠真と蓮も少しだけ笑う。さっきまでの重さが、少しずつ抜けていく。全部消えたわけじゃないけど、まだ、ちゃんと残っている。凪は、空を見る。今日一日、長かった。でも、無駄じゃない。そのとき、陽菜が、ふと立ち止まる。「ねえ」三人が振り返る。陽菜は、少しだけ真面目な顔。「明日も、ちゃんと来るよね?」その問い。軽くない。逃げないかの確認?凪は、すぐにうなずく。「
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……それが一番ずるいよ。

夕方の光が、少しだけ濃くなる。凪の言葉のあと。教室は、静かなままだった。誰も、すぐに動かない。そのとき、陽菜が、ふっと笑う。その笑いは、いつもと少し違った。「……ねえ」軽い声。でも、どこか引っかかる。三人が、陽菜を見る。陽菜は、少しだけ首をかしげる。「これさ」少しの間。「わたしだけ、のけものじゃない?」空気が、一瞬で変わる。冗談みたいな言い方。でも、違う。凪の心臓が、強く鳴る。陽菜は、続ける。「なんかさ」少し笑う。でも、その目はまっすぐだった。「三人でちゃんと向き合ってる感じじゃん」少し間。「わたし、外から見てるだけみたい」その言葉。軽く聞こえるのに、重い。悠真が、少しだけ動く。「陽菜……」名前を呼ぶ。でも、続かない。陽菜は、ふっと視線を落とす。ほんの一瞬。それから、また笑う。「……ねえ」今度は、少しだけ低い声。「わたしってさ」少し間。「そんなに魅力ないのかな」凪の胸が、ぎゅっと締まる。陽菜は、続ける。「ねぇ悠真?」ちらっと見る。その言葉で、空気が、深く沈む。「なんかさ」小さく笑う。でも、震えている。「わたしが一番、バカみたいじゃない?」その一言。教室の空気が、完全に止まる。誰も、すぐに返せない。軽く扱えない。無視もできない。凪は、ゆっくり陽菜を見る。今まで見ていた“陽菜”じゃない。ちゃんと、同じ場所に立っている。同じように、揺れている。凪は、小さく息を吸う。「……違うよ」はっきりとした声。陽菜の目が、少しだけ揺れる。凪は、続ける。「陽菜は」少し間。「ちゃんとここにいる」その言葉。ただの慰めじゃない。同じ場所に立っている人への言葉。陽菜は、少しだけ目を伏せる。そして。小さく、息
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昨日の続きが、そこにある。

校門の前。四人の距離が、静かに揃う。誰も、急がない。でも、止まってもいない。蓮が、ゆっくりと歩み寄る。凪の少し後ろで、止まる。近すぎない。でも、遠すぎない。その距離。「……おはよ」やわらかい声。凪は、少しだけ振り向く。「……おはよ」声が、少しだけ落ち着いている。昨日とは違う。でも、まだ、揺れている。蓮は、凪の顔を一瞬だけ見る。何も言わない。けれども昨日の続きが、そこにある。悠真が、その様子を見る。視線が、少しだけ変わる。(……あいつ)言葉にはしない。でも、確実に、何かを感じている。陽菜が、ふっと笑う。「なんかさ」少しだけ前に出る。四人の真ん中に入るように。「朝から濃くない?」軽い言葉。でも、空気を壊さない絶妙な強さ。凪が、少しだけ笑う。悠真も、少しだけ肩の力を抜く。蓮も、目を細める。その一瞬で、四人の空気が、少しだけ整う。でも、終わったわけじゃない。むしろ、ここからが、本当の始まり。悠真が、ゆっくり言う。「……凪」名前を呼ぶ。今度は、迷いがない。「放課後、時間ある?」まっすぐな言葉。凪の心臓が、大きく鳴る。逃げ場はない。逃げたくもない。凪は、少しだけ考える。ほんの一瞬。そして「……うん」はっきりと、答える。その一言で。空気が、また変わる。悠真の表情が、少しだけ締まる。覚悟の顔。そのとき、蓮が、静かに口を開く。「俺も、いい?」やわらかい声。空気が、一気に張る。凪の目が、揺れる。悠真の視線が、蓮に向く。陽菜が、ほんの少しだけ息を止める。三人じゃなかった。四人の物語だった。選ぶ時間が、もう目の前まで来ている。朝の光が、少しだけ強くなる。その中で、四人は、それぞれの想いを抱えたまま、同
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好きって、 ただ想うだけじゃなくて、変わろうとすることでもあるんだ。

校門の前。さっきまでの張りつめた空気が、少しだけやわらいでいる。でも、完全にほどけたわけじゃない。その“途中”の感じ。凪は、まだ悠真を見ている。さっき言った言葉。「好き」「でも、無理してた」その両方が、まだ胸に残っている。悠真が、静かに言う。「……ありがとうって言ったけどさ」少し間。「それだけじゃ、終わりたくない」凪の心臓が、少しだけ強く鳴る。逃げない言葉。「無理してたの、やめてほしいって言ったけど」悠真は、少しだけ息を吸う。「俺も、変わる」まっすぐな言葉。凪の目が、少しだけ揺れる。「ちゃんと見る」短いけど強い思い。「凪が、どんなときに無理してるのか」少し間。「ちゃんと、わかるようになりたい」その言葉が、静かに届く。凪の胸が、じんわりあたたかくなる。(……そんなこと)思ってもみなかった。好きって、ただ想うだけじゃなくて、変わろうとすることでもあるんだ。凪は、小さく息を吐く。少しだけ、笑う。「……ずるい」ぽつりと。悠真が、少しだけ首をかしげる。「なにが?」凪は、少しだけ視線をそらす。でも。また、戻す。「そういうこと、ちゃんと言うとこ」少し照れたように。でも、正直に。悠真は、少しだけ笑う。「言わないと、伝わらないってわかったから」その言葉に、凪の胸がまた揺れる。昨日までとは、違う。確実に、何かが変わっている。そのとき。陽菜が、ふっと笑う。「なんかさ」軽く肩をすくめる。「いい感じじゃん」さらっと言う。でも。その言葉には、ちゃんと意味がある。凪は、少しだけ戸惑う。「……いい感じって」陽菜は、にこっと笑う。「ちゃんと話してる感じ」それだけ。余計なことは言わない。でも。その言葉で、空気が少
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ちゃんと話そうって思ったのに・・・。うまく言えなくてさ・・・・。

校門の前。朝の光が、少しだけ強くなる。凪と悠真。言葉の続きを、探している空気。でも、その“間”は、昨日とは違う。逃げていない間。「……昨日さ」悠真が、静かに続ける。凪は、うなずく。「うん」短い返事の中にちゃんと受け止める準備がある。悠真は、少しだけ言葉を選ぶ。「ちゃんと話そうって思ったのに・・・。」少し苦笑する。「うまく言えなくてさ・・・・。」凪の胸が、少しだけ揺れる。その言葉。どこか、自分と重なる。「……わたしも」自然に、声が出る。悠真が、少しだけ目を上げる。「うまくできなかった」凪は、視線をそらさない。少し震えているけど。逃げていない。「ちゃんと話したいって思ってるのに」少し間。「どう話したらいいか、わかんなくて」正直な言葉。空気が、静かに整っていく。悠真は、ゆっくりうなずく。「それでいいと思う」その一言が、やわらかく落ちる。「無理にちゃんとしなくていい」凪の目が、少しだけ揺れる。(……あ)昨日の言葉。蓮の言葉。“無理してること、あるんじゃない?”それと、少しだけ重なる。でも。違う。悠真は、今、変わろうとしている。そのことが、伝わる。「……でもさ」悠真が、少しだけ言いづらそうに続ける。凪の心臓が、少しだけ速くなる。「凪がさ」名前を呼ばれる。それだけで、少しだけ緊張が走る。「俺といるとき、無理してるなら」少し間。「それ、やめてほしい」まっすぐな言葉。逃げない言い方。凪は、息を止める。(……そんなこと)思ってもみなかった。でも、胸の奥に、確かにあったもの。それを、言葉にされる。「……してる」小さく、こぼれる。気づいたら、言っていた。悠真の目が、少しだけ動く。でも、否定しない。た
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無理、してる。今も。

部屋の中は、静かだった。スマホの光だけが、凪の顔を照らしている。「さっき、ごめん。」その一文を、何度も読み返す。短いのに。重い。(どういう意味……)指が、少しだけ震える。怒ってるわけじゃない。責めてるわけでもない。ただ。まっすぐ、こっちを見てる感じ。(ずるいよ……)小さく、つぶやく。あんな言い方をされたあとに。こんなふうに来られると。無視なんて、できない。凪は、ゆっくりと体を起こす。ベッドの上。スマホを両手で持つ。画面の文字を、見つめる。(どうしよう)頭の中で、いくつも言葉が浮かぶ。「気にしてないよ」「大丈夫」「こちらこそ」どれも、しっくりこない。どれも、少しだけ嘘になる気がする。指が、止まる。そのとき。ふと、さっきの帰り道が浮かぶ。蓮の声。「無理してること、あるんじゃない?」凪は、少しだけ目を閉じる。(……そうだ)無理、してる。今も。ちゃんとした返事をしようとして、正しく返そうとして、また、同じことをしている。(わたし……)ゆっくりと、息を吐く。それから、画面を見て、指を動かす。少しずつ、迷いながら。でも、止まらずに――「さっきは、ごめん」一度、止まる。消そうか、迷う。でも、消さない。そのまま続ける。「ちゃんと話さなきゃって思ってたのに」また、止まる。胸が、少しだけ苦しくなる。それでも、指は、動く。――「うまくできなかった」そこまで打って、手が止まる。画面を見つめる。これが、本音。でも、まだ、全部じゃない。凪は、少しだけ迷う。そして、もう一度、指を動かす。――「もう少しだけ、時間ほしい」送る。小さく、息を吐く。画面を閉じる。ベッドに、ゆっくりと倒れる。天井を見つめる。さっきよ
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好き、なのか? 安心、なのか?

部屋の灯りは、やわらかいままだった。時計の針が、静かに進んでいる。凪は、ベッドに横になったまま、天井を見ていた。さっきの言葉。自分で言った言葉。「……すきかも。」小さく、もう一度つぶやく。その響きに、自分で少しだけ驚く。(ほんとに……?)胸に手を当てる。どくん、と心臓が鳴る。でも、それは、強く跳ねる感じじゃない。やわらかく、あたたかい感じ。(これ……)少しだけ目を閉じる。思い出すのは、蓮の横顔。やさしい距離。無理をしなくていい空気。(……安心、してた)その言葉が、すっと落ちる。好き、なのか。安心、なのか。まだ、はっきりしない。でも、そのどちらも、そこにある気がした。「……でも。」小さく、つぶやく。悠真の顔が浮かぶ。あの帰り道。あの言葉。「勝手に決めるな。」胸が、少しだけ締めつけられる。(あのとき……)ちゃんと聞こうとしてくれていた。逃げようとしていたのは、自分だったのかもしれない。(わたし……)少しだけ、息を吸う。(ちゃんと、向き合ってない)そのことに、気づく。悠真の気持ち。自分の気持ち。どっちも、曖昧なままにしている。「……だめだよね。」ぽつりと、こぼれる。ベッドの上で、少しだけ体を丸める。(ちゃんとしなきゃって思うと、苦しくなるのに)それでも、逃げたままじゃ、いけない気がする。蓮といると、楽だった。でも、それだけで決めていいのかは、わからない。(わたし……)天井を見つめる。白い光が、少しだけにじむ。「……どうしたいんだろう。」答えは、まだ出ない。でも、ひとつだけ、わかることがある。さっきよりも。昨日よりも。自分の気持ちが、少しだけ見えてきている。そのとき、スマホが、小さく震
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……悠真のおばかさん

夜に変わりかけた空が、まだ少しだけ明るさを残していた。街灯が、ひとつ、またひとつと灯り始める。悠真は、家に向かって歩いていた。足は動いているのに、頭の中は止まらない。凪の後ろ姿。振り返らなかった横顔。「なにもないよ」あの言葉。(なにもないわけ、ないだろ)小さく、息を吐く。気づいていた。ずっと前から。少しずつ、何かがズレていること。でも。見ないようにしていた。見れば、何かが変わる気がして。そのとき。ポケットの中で、スマホが震えた。取り出す。陽菜からのメッセージ。「さっきのさ」短い一文。少し間を置いて、また震える。「ちゃんと考えたほうがいいよ」悠真は、画面を見たまま止まる。返そうとして、指が止まる。何を返せばいいのか、わからない。少しだけ考えて、打つ。「……何を」送る。すぐには既読がつかない。その数秒が、やけに長く感じる。やがて、既読。そして、返信。「わかってるでしょ」その一言。胸の奥が、少しだけ重くなる。画面を見つめたまま、動けない。(わかってるよ)心の中で答える。でも。どうすればいいのかが、わからない。そのとき。もう一度、通知が来る。「ねえ」少し間。「見てる“つもり”じゃだめだよ」昨日、言われた言葉と同じ。でも。文字になると、逃げ場がない。悠真は、目を閉じる。凪の顔が浮かぶ。笑っていた。でも。あの笑顔は、少し苦しかった。そのまま、もう一通。「ほんとさ」少し間があって。「……悠真のおばかさん」画面の中の文字。たったそれだけ。なのに。何も言い返せない。スマホを持つ手に、少しだけ力が入る。(……ああ)小さく、息が漏れる。責められてるわけじゃない。でも。ちゃんと刺さっている。逃げていた
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待ってたら、また誰かが決める

その夜。凪は、自分の部屋でスマホを握ったまま、画面を見つめていた。通知は、増えていない。でも、それが逆に不安を煽る。——静かすぎる。学校の外では、噂はいつも、音を立てずに広がる。(待ってたら、また誰かが決める)その考えが、胸の奥で、はっきり形になった。凪は、ベッドに腰を下ろす。深呼吸を、ひとつ。逃げないと決めた。拒んだ。立った。——なら、次は。スマホのメモを開く。長い説明はいらない。弁解もしない。ただ、歪まれやすい部分だけを、自分の言葉で置いておく。指が、ゆっくり動く。《心配してくれてる人へ》《誰かを傷つけるつもりはありませんでした》《説明を誰かに任せたこともありません》《必要なことは、私が話します》送信先は、クラス全体でも、SNSでもない。坂本にだけ。——広げるかどうかは、彼に委ねる。それは、丸投げじゃない。“信頼して渡す”という選択だった。少しして、既読がつく。すぐには、返事は来ない。凪は、スマホを伏せる。——これでいい。結果を、コントロールしようとしない。その頃。別の場所で、三條輝はスマホを見ていた。新しい噂が、思ったよりも、広がらない。(……止まってる?)坂本の名前が、何度か目に入る。三條は、舌打ちしそうになるのを、ぎりぎりで抑えた。——先に、語られた。しかも、感情的じゃない言葉で。正論でも、暴露でもない。“余白を残した説明”。(やりにくいな)人は、怒りや混乱には反応する。でも、落ち着いた言葉には、考える時間が生まれる。それが、一番、厄介だった。翌朝。教室の空気は、昨日より、少しだけ軽かった。坂本が、凪に近づく。「……昨日の、読んだ」凪は、うなずく。「広めた?」坂本は、
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“整えられた物語”に飲み込まれる?

職員室のドアは、軽い音を立てて閉まった。それだけで、教室とは別の世界に入った気がする。「どうぞ、座って」担任の声は、穏やかだった。凪は、椅子に腰を下ろす。背筋が、自然と伸びる。悠真は、少し後ろに立つ。坂本は、ドアの近くで様子を見ていた。——守られている。でも、代わりに話されるわけじゃない。その距離感が、今はありがたかった。「最近、クラスで」「いろいろあったと聞いています」担任は、凪を見る。「凪自身から、話してもらえる?」凪は、一瞬だけ目を伏せ、すぐに顔を上げた。「……はい」心臓の音が、うるさい。でも。ここで曖昧にしたら、“整えられた物語”に飲み込まれる。「告白されたことは、事実です」「でも、誰かを泣かせる      つもりはありませんでした」言葉を選ぶ。責めない。煽らない。「私が返事を迷っていたことが」「噂になったのだと思います」担任は、静かにうなずく。「誰かに、説明を任せた覚えは?」「ありません」凪は、はっきり言った。「代わりに話されることも」「守られる形で広められることも」「望んでいません」悠真の視線を、背中に感じる。——大丈夫。「私は」「自分の言葉で、必要な人に話します」短い沈黙。担任は、ペンを置いた。「……わかりました」その一言で、空気が、少し緩む。「学校としては」「誰かを一方的に    責めるつもりはありません」「ただ」「これ以上、憶測が広がらないよう」「クラスには、事実だけを伝えます」“事実だけ”。凪は、その言葉を胸の中で反芻する。——それで、十分だ。職員室を出ると、夕方の光が、廊下に長く伸びていた。坂本が、小さく息を吐く。「……思ってたより」「ちゃんとしてたな」悠
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私の話を勝手に“分かりやすく”しないで

昼休みの終わり。教室に戻る途中の廊下で、凪は、呼び止められた。「凪」三條輝だった。人通りは、そこそこある。でも、聞き耳を立てなければ、会話の中身までは届かない距離。——逃げられない、ちょうどいい場所。「さっきの休み時間さ」「また少し、話題になってた」三條の声は、いつも通り穏やかだ。凪は、立ち止まる。「心配してる人、多いよ」「凪が無理してるんじゃないかって」“心配”。その言葉に、胸が、わずかにざわつく。「だからさ」三條は、少しだけ身を屈める。「俺が、説明しようか?」「凪の代わりに」凪は、はっと顔を上げる。——来た。これまで、何度も示されてきた選択肢。黙るか誰かに語らせるか。「それなら」「クラスも落ち着くと思う」三條の目は、凪の反応を、静かに待っている。凪は、深く息を吸う。(ここだ)ここで、また流されたら、全部が元に戻る。凪は、ゆっくりと首を振った。「……いらない」三條の眉が、ほんのわずかに動く。「私のことを」「私の代わりに話さないで」声は震えている。でも、逃げていない。「でも、それだと——」三條が何か言いかける。凪は、遮った。「それは」「三條くんの話でしょ」その一言で、空気が、はっきり変わった。「私は」「誰かに守られてる話でも」「誰かに利用されてる話でもない」凪は、まっすぐ見る。「私の話を」「勝手に“分かりやすく”しないで」——拒絶。はっきりと、逃げ道を残さない拒絶。三條は、しばらく黙っていた。やがて、小さく息を吐く。「……そっか」声の温度が、少し下がる。「強くなったね」褒めているのか、測っているのか、判断できない声。「でも」三條は、最後に言った。「強く出ると」「それなりに、反動
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「人ってね、守る側が疲れた瞬間、一気に壊れるんだよ」

「……違う、から」凪の声が教室に落ちたあと、しばらく、何も起こらなかった。三條輝は、すぐには返事をしなかった。否定もしない。怒りもしない。ただ、じっと凪を見ている。その沈黙が、言葉よりも重かった。「そっか」やがて、三條は軽く笑った。「言えるようになったんだね」褒めるような口調。でも、その声には温度がない。凪は、無意識に拳を握る。「別に、責めてるわけじゃないよ」「ただ……気になっただけ」三條は、机に手をつき、少しだけ身を屈める。距離が近い。逃げようとすると、逃げたこと自体が“意味を持ってしまう距離”。「ねえ、凪」名前を呼ばれた瞬間、あの時の光景が、脳裏に蘇る。——教室の視線。——噂の刃。「悠真に守られるのは、楽?」その言葉は、優しさの皮をかぶっていた。凪は、すぐに答えられない。「悪い意味じゃないよ」「ああいうタイプ、安心するでしょ」三條は続ける。「自分で決めなくていい」「自分で説明しなくていい」「誰かが前に立ってくれる」——ズキリ、と胸が痛む。それは、凪が一番触れられたくなかった部分だった。「でもさ」三條の声が、少しだけ低くなる。「それっ、いつまで続けるの?」凪は、顔を上げる。「人ってね、守る側が疲れた瞬間、 一気に壊れるんだよ」淡々とした声。まるで、経験談のように。「そのときさ、 守られてた人は、何も残らない」——違う。そう言いたいのに、言葉が追いつかない。三條は、凪の反応を逃さない。「今のクラスの空気も、そう」「誰が悪いか、もう決めたがってる」「悠真が立ったことで」「余計にね」その言葉に、凪は息を詰める。「だからさ」三條は、まっすぐ凪を見る。「凪がどうしたいのか」「ちゃんと考
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動いたら何かが壊れてしまいそうで

放課後の校舎は、昼間よりも音が大きい。机を引く音。廊下を走る足音。誰かの笑い声。——全部、自分に向けられている気がして。凪は、最後まで教室に残っていた。帰り支度をする気力が、なかったわけじゃない。ただ、動いたら何かが壊れてしまいそうで、それが怖かった。悠真は、もういない。先生に呼ばれて、どこかへ行った。「……」誰もいなくなった教室で、凪は自分の机に手を置く。冷たい。ついさっきまで、ここで名前を呼ばれ、噂で切り刻まれ、守られて——それなのに。自分は、何ひとつ言えていない。「違う」、とも「やめて」、とも「傷ついた」、とも。(私……)声が、ない。そう気づいた瞬間、胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。守ってもらった。確かに、救われた。でもそれと同時に、「自分は何もできなかった」という事実が、凪を静かに追い詰めていた。——このままでいいの?誰かに守られるだけの存在で。誰かの言葉で、評価されて。誰かの噂で、裁かれて。「……いやだ」小さな声だった。でも、確かに凪自身の声だった。そのとき。教室の扉が、きい、と音を立てて開く。振り向くと、そこに立っていたのは——三條輝だった。「まだいたんだ」軽い口調。何事もなかったような顔。でも、目だけが笑っていない。「今日はさ、災難だったね」凪の背中に、冷たいものが走る。「でもさ」三條は、一歩だけ近づく。「黙ってたよね。ずっと」——来た。凪の中で、警報が鳴る。「否定しなかったってことはさ」「……そういうことなんじゃないの?」責める声じゃない。慰める声でもない。ただ、試す声。凪は、唇を噛む。逃げたい。でも、逃げたら——また、同じになる。胸の奥で、小さな何かが、必死
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正しさのデパートと、音の色

朝のチャイムが鳴る。窓の外はやわらかな青。なのに教室の中は、今日も灰色に沈んでいる。起立、礼、着席。動きはそろうのに、心はどこかそろわない。担任が出欠をとる。「提出物の締切は昨日。まだの者はこのあと来ること。」「連絡事項は掲示と配布プリントを各自確認するように。」1限目。チョークの粉が白く舞い、黒板の文字はまっすぐ並ぶ。「ここ線引け」「ここ重要」「ここ覚えろ」ノートの罫線には同じ大きさの文字が並び、ページが隙間もなく埋まっていく。(これ、あと何回繰り返すんだろう)2限目が終わる。休み時間。同じ会話が、また教室に流れる。「次の小テスト、やばいな」「宿題、間に合った?」「マジでだるい」——昨日も聞いた、たぶん明日も聞く言葉たち。蛍光灯はジジ、と小さくうなり、時計は同じ音で時を刻む。窓の外は澄んだ青なのに、教室だけは色が抜けたままだ。クラスメイトの佐藤が近づいてきた。「おい、先生が呼んでるぞ」「……俺? 何かしたか?」心当たりはない。胸の奥にざわめきが広がる。職員室。紙の匂いと、印刷機の低い唸りが途切れ途切れに続く。机の向こうで先生が顔を上げた。視線は冷たい。「提出物、締切は昨日だ。お前、まだ出していないな」「はい……すみません。今ここに持ってきました。これから——」声が一段低くなる。「遅れた時点で提出したとは言わん。規則は規則だ。 学校は社会の縮図だ。ここで守れない者は、社会に出ても通用せんぞ!」机をドンと叩く音が響いた。空気が揺れる。心臓の鼓動が耳の奥でガンガン鳴っていた。「……俺、本当にここまで責められることをしたのか?」教室へ戻ると、同じ会話が待っている。「で、どうだった」「
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ちゃんと目、合わせてね。

電話の向こうで、陽菜の笑い声がふわっと広がる。その余韻が、耳に残る。凪は、なぜかすぐに次の言葉が出てこない。沈黙。でも、切りたくない。このまま少し続いてほしい。「……ねえ」陽菜が、先に声を出す。凪の心臓が、少しだけ跳ねる。「なに?」できるだけ普通に返す。でも、少しだけ声がやわらいでいる。陽菜が、少しだけ間をあける。その“ため”に、ドキドキする。「さっきさ」ゆっくりと。「迎えに行くって言ったじゃん」凪の指が、スマホをぎゅっと握る。「……うん」陽菜が、少しだけ笑う。「ほんとに行くからね」その言い方。軽いのに、逃げ道がない。凪の頬が、少しだけ熱くなる。「……そんな、わざわざ」つい言ってしまう。その瞬間、陽菜がかぶせる。「わざわざじゃない」少しだけ強い声。でも、優しい。「行きたいから行くの」その一言。まっすぐすぎて。凪の心が、止まりそうになる。言葉が出ない。でも、嫌じゃない。むしろ、うれしい。凪は、少しだけ息を吸う。「……じゃあ」小さく。でも、ちゃんと。「待ってる」その言葉が出た瞬間。胸の奥が、ふっとほどける。陽菜が、すぐに笑う。「うん」短い。でも、すごく嬉しそう。そのとき。風が、またカーテンを揺らす。夜の空気が、静かに流れる。凪は、窓の外を見る。暗いはずの夜が、少しだけ明るく感じる。「ねえ、凪」陽菜が、もう一度呼ぶ。「なに?」今度は、少し自然に返せる。陽菜が、少しだけ声を落とす。「明日さ」間。「ちゃんと目、合わせてね」その一言。一気に、距離が近づく。凪の心臓が、大きく鳴る。逃げたくなる。でも、逃げない。「……うん」少しだけ照れながら。でも、ちゃんと答える。電話の向こうで、陽菜がくすっ
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それ、ちゃんと守ってくれればいい

教室に、静かな余韻が残る。誰も、すぐには動かない。夕方の光だけが、ゆっくりと色を変えていく。凪は、まだ立っている。まっすぐに。でも、その中で、ひとつだけ、確かに変わったものがある。“迷い方”が、変わった。逃げるための迷いじゃない。向き合うための迷い。悠真が、ふっと息を吐く。「……さ」少しだけ、声がやわらぐ。「今、決めなくていいって言ったけど」凪の目が、ゆっくり動く。悠真を見る。「逃げないって言ったの」少しだけ笑う。「それ、ちゃんと守ってくれればいい」凪の胸が、少しだけ温かくなる。強く縛らない言葉。ちゃんと信じている言葉。凪は、小さくうなずく。「……うん」そのとき、蓮が、一歩だけ前に出る。静かに。でも、はっきりとした足取り。「じゃあさ」やわらかい声。「その時間、ちゃんと一緒に過ごそうよ」凪の心が、少しだけ揺れる。「決めるための時間じゃなくて」少し間。「自分でいられる時間として」その言葉に、凪の呼吸が変わる。(……それ)すっと、胸に入ってくる。悠真も、少しだけ目を細める。反発しない。でも、簡単には譲らない空気。「それ、俺も一緒でいい?」短く真っ直ぐに。蓮が、少しだけ笑う。「もちろん」その一言で、また、空気が揺れる。競い合いじゃないけど、引かない関係。凪は、その二人を見ている。不思議だった。少し前まで、どちらかを選ばなきゃと思っていた。でも今は、“自分をどうするか”を考えている。その中に、二人がいる。そのとき、陽菜が、軽く手を叩く。「はい、ストップ」少しだけ笑いながら。三人が、そっちを見る。「これ以上やるとさ」肩をすくめる。「重すぎて青春じゃなくなるから」その言葉に、ふっと空気がほど
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ずるい、じゃない。怖いんだと思う。

校門を出た瞬間、空気が少しだけ軽くなった。でも、それは安心とは、違う。凪は、夕焼けに染まる道を歩きながら、胸の奥に残るざらつきを感じていた。——学校では、終わった。けれど。(終わらないものも、ある)スマホが震える。グループ通知。知らない名前が、いくつか並んでいる。《ねえ、聞いた?》《先生には、ああ言ったらしいよ》《結局、どっちが本当なんだろ》凪は、画面を伏せた。——始まった。悠真も、坂本も、同じようにスマホを見ているのがわかる。凪は、歩みを止める。「ね」「私、ちゃんと話したよね」声は、小さい。でも、確かめるような響きがあった。悠真は、すぐに答える。「話した」「逃げなかった」坂本も、少し遅れて続ける。「だから、これ以上は」「凪の責任じゃない」その言葉に、胸が、少しだけ楽になる。でも。(それでも、噂は回る)そのとき。道の向こうに、三條輝の姿が見えた。友達数人に囲まれて、楽しそうに笑っている。一瞬、視線が合う。三條は、軽く手を挙げた。——何も知らない、という顔で。凪は、目を逸らす。(学校の中では、動けない)だから。(外で、形を変える)そのことを、はっきり理解した。坂本が、歯を食いしばる。「……ずるいな」凪は、首を振る。「ずるい、じゃない」「怖いんだと思う」坂本は、驚いた顔をする。「主導権が、戻らないのが」三條は、学校の中では、もう動けなかった。だから今、“空気”を使おうとしている。——でも。凪は、立ち止まった。「ね」「私、もう黙らない」悠真と坂本が、振り返る。「全部を説明するわけじゃない」「でも、歪んだ話を」「放ってはおかない」悠真は、静かにうなずく。「俺も、横にいる」坂本は、少し笑
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誰かの味方になるということは、 同時に、誰かの視界に入るということ

坂本が席に戻ったあと、教室は、いつも通りの音に戻った。椅子を引く音。ノートを閉じる音。誰かの笑い声。でも、凪にはわかっていた。——さっきまでとは、違う。坂本が話し掛けたことで、この出来事は、ただの空気の揺れじゃなくなった。(戻っていいのかな……)凪がそう思った瞬間。「坂本」静かな声が、教室の後ろから落ちた。三條輝だった。呼び方は、いつも通り。声も、穏やか。でも。その場にいる全員が、無意識に耳を澄ませたのがわかった。「さっき、凪と話してたよね」坂本は、一瞬だけ動きを止めてから、振り向く。「ああ、うん」軽く返したつもりだった。でも、声が少し硬い。「何の話?」三條は、首をかしげる。「別に、 詮索したいわけじゃないんだけどさ」そう前置きしてから、続ける。「最近、みんなピリピリしてるでしょ」「変に誤解が広がるの、よくないなって」凪の胸が、ざわつく。——来た。三條は、坂本を責めていない。でも、場を三條のペースに戻そうとしている。坂本は、少し考えてから言った。「誤解、っていうか」一拍。「俺は、凪さんが ちゃんと話してたって思っただけ」教室の空気が、きしむ。三條の目が、ほんのわずかに細くなる。「ちゃんと、って?」坂本は、視線を逸らさない。「自分の言葉で、って意味」それは、三條の論理に、真っ直ぐ当たる言葉だった。「ふうん」三條は、笑う。「でもさ」「一部しか話してないのも、 事実だよね」凪の心臓が、跳ねる。(坂本くん……)坂本は、少しだけ言葉に詰まる。その“間”を、三條は逃さない。「ほら」「だから、みんな迷ってる」「誰を信じればいいか」その言葉は、坂本に向けたもののようで、実は教室全体に向けられて
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味方って、 最初から隣に立つ人じゃない

昼休みの終わり。凪は、教室の自分の席で、窓の外を見ていた。はっきりと拒絶し、言葉にした。——でも。世界が劇的に変わったわけじゃない。視線は、まだ感じる。噂も、完全には消えていない。ただ。昨日までの「決めつける空気」だけが、少しずつ、形を失っていた。「……なあ」背後から、声がした。凪は、一瞬だけ肩を強張らせてから、ゆっくりと振り返る。そこに立っていたのは、あのとき三條と話していた男子、坂本だった。坂本は、「凪さん、さぁ~」そう言って、照れたように頭をかく。坂本を見た瞬間、凪は、不思議な感覚に包まれた。今まで“クラスメイトの男子”“空気の一部”だった存在が、急に、一人の人間になった。「昨日のことさ」坂本は、少し声を落とす。「正直、 どう言えばいいか迷ったんだけど」凪は、何も言わず待つ。「凪さん、 ちゃんと自分の言葉で話してたよね」「それって、すごいと思った」胸の奥が、きゅっと鳴る。「三條くんの言い方もさ」「悪気ないんだろうけど……」「なんか、決めつけてる感じがして」坂本は、視線を泳がせる。「俺さ」「いままで、ただ空気に流されてた」正直な言葉だった。「でも、凪さんが拒否したの見て」「……あ、これは、 俺、ただ黙ってた側じゃいけないって 感じた」凪は、言葉を探す。感謝でも、謝罪でもない、何か。「……ありがとう」結局、出てきたのは、その一言だった。坂本は、少し驚いてから、笑う。「いや、別に」「味方とか、そういうんじゃなくて」一拍、置いて。「ただ、ちゃんと見てたいだけ」その言葉は、凪の胸に、静かに染み込んだ。——味方って、——最初から隣に立つ人じゃない。ちゃんと見て、ちゃんと考えて、遅れて
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彼女は、 まだ何も壊していない

三條輝は、自分の机に座りながら、何度も同じ一点を見つめていた。——おかしい。凪は、拒んだ。はっきりと、言葉で。それ自体は、想定内だった。多少は強くなるだろう、とも思っていた。でも。(迷わなかった)そこが、想定外だった。「……」三條は、ペンを指で転がす。彼の中で、これまでの凪は「揺れて、迷って、   選ばされる側」だった。守られるか。黙るか。誰かに語らせるか。どれを選んでも、主導権は、彼女の手には残らない。——はずだった。休み時間。女子たちの会話が、耳に入る。「凪、さっきの言い方」「ちょっとびっくりした」「でもさ」「ちゃんとしてたよね」三條の指が、ぴたりと止まる。“ちゃんとしてた”。評価が、変わり始めている。それは、空気が“動いた”ということだ。(……面倒だな)胸の奥に、じわりと、苛立ちが広がる。怒りではない。焦りに近い。「三條」声をかけられて、顔を上げる。クラスメイトの男子だった。「凪の件さ」「もう、いいんじゃない?」軽い口調。その言葉は、三條の神経を逆なでした。——もう、いい?「何が?」問い返す声が、驚くほど低い。「いや、だって」「本人もちゃんと話してるし」“ちゃんと”。三條は、小さく笑う。「……そう見える?」男子は、少し戸惑う。「だって、あれ以上何を——」「何も」三條は、遮る。「何も、言ってないよ」そう言ってから、自分の言葉に、わずかに眉をひそめる。——言い過ぎた。三條は、いつもの表情に戻る。「たださ」「人って、簡単に安心するでしょ」「“話した”ってだけで」「全部、解決した気になる」男子は、曖昧に笑って去っていく。三條は、机に肘をついた。(凪……)彼女は、まだ何も壊していな
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空気は放っておくと、勝手に形を決める

放課後の昇降口。三條輝は、靴を履き替えながら、何気ない顔でスマホを眺めていた。画面に表示されているのは、クラスの非公式グループチャット。——未読、十二。「早いな」小さく、そう呟く。彼は、昨日の教室での空気を思い出す。凪が、声を出した瞬間。悠真が、一歩引いた瞬間。——流れが変わった。だからこそ。「ちょっと、整えないと」三條は、指先で短い文章を打つ。昨日の件、誤解も多いみたいだからさ誰が何を言ったのか、ちゃんと知ってる人いる?名前は出さない。断定もしない。ただ、問いを投げる。それだけで、人は勝手に考え始める。——誰が嘘をついているのか。——誰が被害者なのか。スマホをポケットにしまい、三條は階段を下りる。その途中、二人の女子がひそひそ話しているのが聞こえた。「でもさ、凪って結局」「自分では、はっきり言ってないよね」「悠真が前に出なかったら」「どうなってたんだろ」三條は、足を止めない。——いい。その程度でいい。完全に追い込む必要はない。必要なのは、疑いを残すこと。翌日。教室の空気は、前日よりも静かだった。誰も、凪を直接責めない。でも、誰も、積極的に近づかない。「……」凪は、自分の席で、ノートを開いたまま、動けずにいた。(昨日より、静か……)それが、余計に怖い。悠真は、少し離れた席から、何度か視線を送ってくる。でも、前みたいに、すぐ近くには来ない。——距離を、守っている。その配慮が、今は少しだけ、心細い。休み時間。後ろの席から、声が落ちてくる。「三條くん、昨日のこと詳しいらしいよ」「全部、見てたって」凪の指が、止まる。(……三條くん)名前を聞くだけで、胸が、ひやりとする。そのとき。三條が
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凪が立つ場所を、俺が奪うなら、それは、守ってるって言わない

放課後の廊下は、妙に長く感じた。悠真は、先生の後ろを歩きながら、自分の足音だけが響いている気がしていた。——やりすぎたのか?教室で立ち上がった瞬間のことを、頭の中で何度もなぞる。凪を守った。ただ、それだけのつもりだった。でも。「正義」も「正論」も、学校という場所では、必ずしも歓迎されるものじゃない。職員室の前で、立ち止まる。「三條くんからも話は聞いた」先生の声は、淡々としている。「君が強く出たことで、 クラスの空気が一気に固まった」「結果的に、 凪さんを孤立させる形になった可能性もある」悠真は、言葉を失う。——そんなつもりは、なかった。「守ることと、前に出ることは違う」「それを、覚えておいてほしい」説教ではない。注意でもない。ただ、責任を置いていく言い方。「今日は、これでいい」「戻りなさい」廊下に出た瞬間、悠真は大きく息を吐いた。胸の奥が、重い。(俺は……)凪を見たとき、考える前に体が動いた。でも。その行動が、凪の立つ場所を、さらに狭くしたのだとしたら。——守ったつもりで、奪っていた?教室に戻ると、すでに人影はまばらだった。窓際の席に、凪がいる。悠真は、少し迷ってから近づく。「……大丈夫か」凪は、顔を上げる。昨日より、ほんの少しだけ、目が違った。「うん」即答じゃない。でも、逃げていない。「今日、話してたね」凪は、小さく笑う。「怖かった」「でも……黙るよりは、よかった」悠真は、胸が詰まる。「俺さ」言葉を選ぶ。「守ったつもりだった」「でも……それで、 余計なことになったかもしれない」凪は、少し驚いたように目を瞬かせる。「悠真が、悪いわけじゃない」「でも」悠真は続ける。「凪が立つ場所
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黙っていたら、また誰かが決める

翌朝。教室に入った瞬間、凪はそれを感じた。——昨日とは、違う。視線がある。でも、向けられているのに、合わない。話し声はある。でも、凪が近づくと、少しだけ音量が下がる。「……おはよう」小さく挨拶をすると、二、三人が、ワンテンポ遅れて返してくる。それだけ。それ以上でも、それ以下でもない。(大丈夫……)凪は自分に言い聞かせる。誰も、何も言ってこない。直接、責められているわけじゃない。なのに。胸の奥が、ずっとざわついていた。席に着くと、前の席の女子が、ひそっと友達に耳打ちする。「昨日の、見た?」「三條くんと話してたよね」声は小さい。でも、凪にははっきり聞こえた。「結局、どっちなの?」「守られてるのか、利用してるのか」——利用。その言葉が、刺さる。凪は、俯いて教科書を開く。文字が、頭に入らない。(違う……)でも。違う、と言うには、昨日も、今日も、まだ足りない。悠真は、まだ来ていなかった。それが、余計に不安を煽る。——今日は、守ってくれる人はいない。チャイムが鳴る直前、後ろの席から、声が落ちてきた。「ねえ」振り向くと、クラスでも目立つ女子が立っている。敵意をむき出しにするタイプじゃない。むしろ、誰からも好かれる側。だからこそ、怖い。「はっきりさせたほうが   いいと思うんだけど」周囲が、しんと静まる。「悠真くんのこと」「三條くんのこと」「……あと、噂のこと」凪の心臓が、大きく鳴る。「私たち、   巻き込まれてる感じするんだよね」「クラスの空気、変わったし」“私たち”。その言葉で、凪は理解する。——これは、個人の問題じゃない。「別に責めてるわけじゃないよ?」そう前置きして、彼女は続ける。「で
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