動いたら何かが壊れてしまいそうで

動いたら何かが壊れてしまいそうで

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コラム
放課後の校舎は、昼間よりも音が大きい。

机を引く音。
廊下を走る足音。
誰かの笑い声。

——全部、自分に向けられている気がして。

凪は、最後まで教室に残っていた。

帰り支度をする気力が、
なかったわけじゃない。

ただ、
動いたら何かが壊れてしまいそうで、
それが怖かった。

悠真は、もういない。
先生に呼ばれて、どこかへ行った。

「……」

誰もいなくなった教室で、
凪は自分の机に手を置く。

冷たい。

ついさっきまで、
ここで名前を呼ばれ、
噂で切り刻まれ、
守られて——

それなのに。

自分は、何ひとつ言えていない。

「違う」、とも
「やめて」、とも
「傷ついた」、とも。

(私……)

声が、ない。

そう気づいた瞬間、
胸の奥が、
ぎゅっと締めつけられた。

守ってもらった。
確かに、救われた。

でもそれと同時に、
「自分は何もできなかった」
という事実が、
凪を静かに追い詰めていた。

——このままでいいの?

誰かに守られるだけの存在で。

誰かの言葉で、評価されて。

誰かの噂で、裁かれて。

「……いやだ」

小さな声だった。
でも、確かに凪自身の声だった。

そのとき。

教室の扉が、
きい、と音を立てて開く。

振り向くと、
そこに立っていたのは——

三條輝だった。

「まだいたんだ」

軽い口調。
何事もなかったような顔。

でも、目だけが笑っていない。

「今日はさ、災難だったね」

凪の背中に、冷たいものが走る。

「でもさ」

三條は、一歩だけ近づく。

「黙ってたよね。ずっと」

——来た。

凪の中で、警報が鳴る。

「否定しなかったってことはさ」
「……そういうことなんじゃないの?」

責める声じゃない。
慰める声でもない。

ただ、
試す声。

凪は、唇を噛む。

逃げたい。
でも、逃げたら——

また、同じになる。

胸の奥で、
小さな何かが、
必死に形を探している。

言葉にならない感情。
でも、確かに「自分のもの」。

凪は、俯いたまま、
それを手繰り寄せる。

(まだ、ちゃんとは言えない)

(でも——)

「……違う」

声は震えていた。

それでも。

「……違う、から」

三條の目が、わずかに見開かれる。

凪は、初めて顔を上げる。

泣きそうで、
怖くて、
それでも、逃げていない目で。

「私……」
「私のこと、勝手に決めないで」

沈黙。

教室の空気が、張りつめる。

凪はわかっている。

これは、まだ始まりにすぎない。
言葉は拙く、弱くて、頼りない。

それでも。

——これは、誰の言葉でもない。

凪自身の言葉だった。

その一歩を見た三條が、
ゆっくりと口角を上げる。

「へえ……」

その笑みが意味するものを、
凪は、まだ知らない。

でも。

事件は、
確実に次の段階へ進んでいた。
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