なぜか、少しだけ名残惜しい。
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コラム
夜の道は、どこまでも続いているように見えた。
街灯の光が、やわらかく並んでいる。
二人の足音が、ゆっくりと重なる。
さっきよりも、少しだけ近い距離。
でも、
まだ、はっきりとは触れない距離。
凪は、ふと気づく。
自分が、少しだけ話しやすくなっていることに。
無理に言葉を選ばなくてもいい。
沈黙も、怖くない。
そのことが、不思議だった。
「……ねえ。」
凪が、小さく声を出す。
蓮が、やさしく顔を向ける。
「うん?」
凪は、少しだけ考える。
そのまま、言葉を出す。
「蓮くんってさ。」
少し間。
「いつも、そんな感じなの?」
蓮は、少しだけ笑う。
「そんな感じって?」
凪は、少しだけ視線をそらす。
「なんか……」
言葉を探す。
「ちゃんと見てる感じ。」
その言い方に、少しだけ照れが混じる。
蓮は、一瞬だけ考える。
それから、軽く肩をすくめる。
「どうだろ。」
「たまたまかも。」
軽い言い方。
でも、
ごまかしているわけでもない。
凪は、少しだけ首をかしげる。
「たまたま、か。」
その言葉を、ゆっくり受け止める。
そのとき。
ふと。
凪の足が、少しだけ止まる。
家の前の角。
もう、すぐそこだった。
「あ……」
小さく声が出る。
蓮も、足を止める。
「ここ?」
凪は、うなずく。
「うん。」
少しだけ、間。
さっきまで自然に続いていた時間が、
急に終わりに近づく。
その感覚に、少しだけ戸惑う。
凪は、少しだけ迷う。
このまま「またね」でいいのか。
それでいいはずなのに、
なぜか、少しだけ名残惜しい。
「……今日は、ありがとう。」
凪が言う。
蓮は、やわらかくうなずく。
「うん。」
それだけ。
でも、
その一言が、ちょうどいい。
凪は、少しだけ笑う。
さっきよりも、自然に。
「……また、学校で。」
少しだけ勇気を出して言う。
蓮は、少しだけ目を細める。
「うん。」
「またね。」
その言葉が、静かに落ちる。
凪は、振り返る。
家のほうへ。
でも、
一歩だけ進んで、少しだけ止まる。
ほんの一瞬だけ。
振り返る。
蓮は、まだそこにいた。
変わらない距離で。
やわらかいままの空気で。
目が合う。
ほんの少しだけ。
凪は、小さく手を振る。
蓮も、同じように手を上げる。
それだけ。
それ以上はない。
でも、
その一瞬が、どこかに残る。
凪は、家の中へ入る。
ドアが閉まる。
静かな夜。
でも、胸の奥に、
少しだけあたたかいものが残っていた。
そして――
別の場所。
悠真は、まだ歩いていた。
同じ夜。
同じ時間。
でも、
違う空気の中で。
ふと、足を止める。
理由は、わからない。
でも、胸の奥に、
少しだけざわつく感覚。
(なんだ……これ)
言葉にならない違和感。
確かに、そこにある。
悠真は、顔を上げる。
夜の空。
さっきよりも、少しだけ遠く感じた。
その距離に。
初めて、気づき始めていた。