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気づけば、“頑張ること”ばかり考えていた。

夜道には、まだ少し昼の熱が残っていた。街灯の光が、アスファルトを細く照らしている。凪と陽菜は、並んで歩いたまま、ゆっくり駅の方へ向かっていた。足音が、静かに重なる。その音を聞きながら、凪は、胸の奥で同じ言葉を繰り返していた。“凪がちゃんと呼吸できる場所”そんなこと、今まで考えたことがなかった。どうしたら嫌われないか。どうしたら安心されるか。どうしたら期待に応えられるか。気づけば、“頑張ること”ばかり考えていた。「……私さ」凪が、小さく口を開く。陽菜が、少しだけ顔を向ける。「頑張ってないと、落ち着かないのかも」夜風が吹く。髪が、少し揺れる。「ちゃんとしてないと」少し間。「ここにいていいって思えない感じ」その言葉は、凪の中にずっとあったのに、今までうまく言葉にならなかったものだった。陽菜は、しばらく黙って聞いていた。急がない。否定もしない。ただ、凪の言葉が出るのを待っている「だから」凪が、少し苦しそうに笑う。「気づくと、ずっと頑張ってる」街灯の下を通り過ぎる。光と影が、二人の足元をゆっくり流れていく。陽菜は、少しだけ空を見上げる。それから、静かに言った。「でもさ」やわらかい声。「今日の凪、ちゃんと頑張ってたじゃん」凪が、少しだけ目を開く。「来るの、怖かったでしょ」陽菜が、小さく笑う。「でも来た」凪は、言葉を返せない。胸の奥が、静かに熱くなる。「だから今日は」陽菜が、前を向いたまま言う。「もう十分なんじゃない?」その瞬間、凪の中で、何かが静かに止まる。“もっと頑張らなきゃ”。いつも頭のどこかで鳴っていた声。急かすみたいに。責めるみたいに。止まらなかった声。でも今、陽菜の言葉が、その音
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待ってる。 陽菜からの何かを。

家の前で、足が止まる。夜風が、少しだけ冷たい。さっきまで隣にいた温度が、ゆっくり離れていく。「じゃあね」陽菜が、小さく手を振る。凪は、少し遅れて頷いた。「……うん」そのまま、陽菜が歩いていく。街灯の下。少し揺れる髪。遠ざかっていく背中。凪は、しばらく動けなかった。胸の奥が、静かにざわついている。苦しい。でも、嫌じゃない。むしろ、離れたあとに、急に静けさが戻ってくる。凪は、ゆっくり家のドアを開ける。暗い玄関。誰もいない空気。いつもの夜。なのに、今日は少し違った。部屋に入って、バッグを置く。そのまま、ベッドに座る。スマートフォンが、机の上で小さく光っている。凪は、少しだけ見る。通知はない。なのに、視線が離れない。「……何やってるんだろ」小さくつぶやく。さっき別れたばかりなのに。もう会えないわけじゃないのに。でも、胸の奥が落ち着かない。凪は、スマートフォンを伏せる。深呼吸する。目を閉じる。でも数秒後、また手が伸びる。画面を開く。通知欄を見る。何もない。閉じる。また開く。凪は、そこでようやく気づく。“待ってる”。陽菜からの何かを。言葉を。通知を。繋がる感じを。その瞬間、胸が少し苦しくなる。「……やだ」小さな声。こんなの、知らなかった。誰かを、こんなふうに待ってしまう感じ。頭の中に残り続ける感じ。気づくと、同じ言葉を思い出している感じ。“凪が楽なほうが、見てて安心する”胸の奥が、また静かに熱くなる。凪は、スマートフォンをぎゅっと握る。「ちゃんとしなきゃ」考えすぎないように。気にしすぎないように。変にならないように。でも、その言葉のあとに、別の声が浮かぶ。今日は、これで十分なんじゃない?陽
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孤独がほどけ始める

ブランコは、もうほとんど揺れていなかった。夜風だけが、静かに通り抜ける。街灯の光が、二人の制服をやわらかく照らしている。凪は、鎖を握ったまま、少しだけ空を見上げた。胸の奥が、不思議なくらい静かだった。今までなら、誰かと長くいると疲れていた。ちゃんとしなきゃ。空気を作らなきゃ。変な間を作らないようにしなきゃ。そんなことばかり考えていた。でも、陽菜の隣では、沈黙が苦しくない。それが、まだ少し怖い。でも、嫌じゃなかった。陽菜が、ゆっくり足を止める。ブランコが、小さく揺れて、きい、と鳴る。「……遅くなってきたね」小さな声。凪は、少しだけ頷く。「うん」帰らなきゃ。時計を見れば、ふつうにそう思う。でも、立ち上がったら、この空気が終わってしまう気がした。凪は、少しだけ指に力を入れる。鎖が冷たい。「凪」陽菜が、静かに名前を呼ぶ。凪が顔を向ける。「今日さ」陽菜が少し笑う。「来てくれて、よかった」その言葉に、凪の胸が、また静かに揺れる。“来てよかった”。そんなふうに、自分の存在をそのまま受け取られる感じ。今まで、あまり知らなかった気がする。凪は、少しだけ困ったみたいに笑う。「……私も」声は小さい。ちゃんと本音だった。陽菜が、その言葉を聞いて、少しだけ安心したみたいに目を細める。沈黙。でも、もう怖くない。凪は、ゆっくりブランコから降りる。スカートの裾が、夜風に揺れる。陽菜も、少し遅れて降りた。帰り道。いつもの道。でも、今日だけは、少し違って見える。二人は、公園の出口へ向かって歩き出す。肩が触れるほど近くはない。でも、離れすぎてもいない。歩幅が、自然と合っていた。凪は、歩きながら思う。今まで、ずっと問
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前より、ちゃんと話してくれた

夜道は、思っていたより静かだった。公園を出ても、二人の歩幅は自然と揃ったまま。街灯が、一定の間隔で道を照らしている。その光の中を、凪と陽菜は、ゆっくり歩いていた。言葉は少ない。でも、沈黙が重くない。凪は、それがまだ少し不思議だった。誰かといる時は、いつも頭のどこかで考えていた。何を話そう。変な空気になってないかな。ちゃんと笑えてるかな。でも今日は、その“考える音”が、少し静かだった。「……凪」陽菜が、前を向いたまま名前を呼ぶ。凪が、少しだけ顔を上げる。「今日さ」陽菜が、小さく笑う。「前より、ちゃんと話してくれた」夜風が吹く。髪が、少し揺れる。凪は、少しだけ視線を落とす。「……そうかな」「うん」陽菜は、迷わず頷く。「前の凪って」少し考えるみたいに空を見る。「なんか、“正解の返事”探してる感じだった」その言葉に、凪の胸が、静かに揺れる。正解。たしかに、ずっと探していた気がする。どう返せば嫌われないか。どう返せば安心されるか。間違えないように。ちゃんとして見えるように。でも、陽菜と話していると、時々、“正解”より先に言葉が出る。「……変なの」凪が、小さく笑う。「陽菜といると、ちゃんとしようとするの忘れる」言ったあとで、少しだけ恥ずかしくなる。でも、陽菜は笑わなかった。「いいじゃん」やわらかい声。「そのほうが凪っぽい」凪の足が、少しだけ止まりそうになる。“凪っぽい”。その言葉が、思っていたより深く落ちてくる。今まで、“ちゃんとしてる”とは言われてきた。“優しい”とも。でも、“凪っぽい”と言われたことは、あまりなかった気がする。凪は、少しだけ前を向く。夜の道。静かな街。隣を歩く陽菜。胸の
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ちゃんと見ろってことかよ……

夜の道は、少しだけ明るく感じた。街灯の光が、やわらかく続いている。二人の足音が、静かに重なる。凪は、少しだけ顔を上げていた。さっきまでとは違う視線。でも、まだ、どこかで迷っている。蓮が、ふと歩く速度を少しだけゆるめる。凪の歩幅に、自然に合わせる。そのさりげなさに、凪は気づく。何も言わないのに。ちゃんと見てくれている。そのことが、少しだけ嬉しい。「……さ。」凪が、小さく声を出す。蓮が、少しだけ顔を向ける。「うん?」凪は、少し迷う。でも、今なら、言える気がした。「さっきの……」言葉を探す。「ズレてるっていうの。」少しだけ視線を落とす。「なんか、わかる気がする。」蓮は、少しだけ笑う。「そっか。」それだけ。余計なことは言わない。その受け止め方が、やさしい。凪は、続ける。「ちゃんとしなきゃって思うほど」少し間。「うまくいかなくなる感じ。」今まで、はっきり言えなかったもの。蓮は、ゆっくりうなずく。「あるよね。」短い言葉。でも、ちゃんと届く。凪は、少しだけ安心する。そのとき、ふと、胸の奥に浮かぶもの。悠真。あの帰り道。あの言葉。「なんかあった?」同じ言葉だった。でも、違った。何が違ったのか。少しだけ考える。(あ……)気づいた。悠真は、優しかった。でも、“どうすればいいか”までは、見ていなかった。蓮は,理由はわからないのに“今の自分”を見てくれていた。その違いが、少しだけわかる。凪は、立ち止まりそうになる。でも、歩きながら、そっとつぶやく。「……ちゃんと見てくれる人って」少しだけ、声が小さくなる。「違うんだね。」蓮は、少しだけ驚いた顔をする。でも、すぐに、やわらかく笑う。「たまたまだよ。」軽く
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なぜか、少しだけ名残惜しい。

夜の道は、どこまでも続いているように見えた。街灯の光が、やわらかく並んでいる。二人の足音が、ゆっくりと重なる。さっきよりも、少しだけ近い距離。でも、まだ、はっきりとは触れない距離。凪は、ふと気づく。自分が、少しだけ話しやすくなっていることに。無理に言葉を選ばなくてもいい。沈黙も、怖くない。そのことが、不思議だった。「……ねえ。」凪が、小さく声を出す。蓮が、やさしく顔を向ける。「うん?」凪は、少しだけ考える。そのまま、言葉を出す。「蓮くんってさ。」少し間。「いつも、そんな感じなの?」蓮は、少しだけ笑う。「そんな感じって?」凪は、少しだけ視線をそらす。「なんか……」言葉を探す。「ちゃんと見てる感じ。」その言い方に、少しだけ照れが混じる。蓮は、一瞬だけ考える。それから、軽く肩をすくめる。「どうだろ。」「たまたまかも。」軽い言い方。でも、ごまかしているわけでもない。凪は、少しだけ首をかしげる。「たまたま、か。」その言葉を、ゆっくり受け止める。そのとき。ふと。凪の足が、少しだけ止まる。家の前の角。もう、すぐそこだった。「あ……」小さく声が出る。蓮も、足を止める。「ここ?」凪は、うなずく。「うん。」少しだけ、間。さっきまで自然に続いていた時間が、急に終わりに近づく。その感覚に、少しだけ戸惑う。凪は、少しだけ迷う。このまま「またね」でいいのか。それでいいはずなのに、なぜか、少しだけ名残惜しい。「……今日は、ありがとう。」凪が言う。蓮は、やわらかくうなずく。「うん。」それだけ。でも、その一言が、ちょうどいい。凪は、少しだけ笑う。さっきよりも、自然に。「……また、学校で。」少しだけ勇気を出して言
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その奥で、 まだ名前のついていない感情が、少しずつ形になり始めていた。

夜の空気は、少しだけ冷えていた。街灯の下を、二人で歩く。さっきよりも、距離はほんの少しだけ近い。でも、触れるほどではないそのくらいの距離。凪は、足元を見ながら歩いていた。さっきより、心は落ち着いている。でも、どこかで、まだ揺れている。蓮が、ふと空を見上げる。「今日は、ちょっと寒いね。」凪も、つられて上を見る。夜の空。星は、少しだけ見えていた。「……うん。」小さく答える。その声は、さっきよりやわらかい。少しの間。風が、静かに通り過ぎる。そのとき、凪が、ぽつりと言う。「さっきさ。」蓮が、少しだけ顔を向ける。「うん?」凪は、少しだけ迷う。言っていいのか。今なら、少しだけ言えそうだった。「……なんで、わかったの?」蓮は、一瞬だけ考える。それから、軽く肩をすくめる。「なんとなく。」それだけ。その“なんとなく”が、嘘じゃないことがわかる。「……顔?」凪が聞く。蓮は、少しだけ首を振る。「顔っていうより」少しの間。「空気かな。」凪は、少しだけ目を見開く。「空気……?」自分では気づかなかったもの。でも、言われてみれば、確かにそこにあった気がする。蓮は、続ける。「無理してる人ってさ」少しゆっくりとした声で。「なんか、少しだけズレてるんだよね。」凪は、言葉を失う。ズレてる。その言葉が、静かに胸に落ちる。「……ズレてるんだ。・・・」小さく、つぶやく。蓮は、うなずく。「うん。」「でも」少しだけ、やさしく笑う。「悪いことじゃないよ。」凪が見る。「ちゃんと頑張ってるってことだから。」その言葉に、少しだけ胸が軽くなる。否定されなかった。むしろ、認められた気がした。凪は、少しだけ笑う。「……そっか。」その笑顔は
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分かっているのに、言葉が、すぐには出てこない

店を出ると、夜の空気がすっと頬に触れた。昼とは違う匂い。少し冷えていて、静か。凪と悠真は、自然と並んで歩き出す。さっきまで向かい合っていたのに、今は同じ方向を見ている。街灯の下を通るたび、二人の影が伸びて、重なって、また離れる。「……今日はさ」悠真が、前を向いたまま言う。声は低くて、抑えめ。「楽しかった」それだけ。余計な言葉はない。凪は一瞬、歩く速度を落としそうになって、でもすぐに整える。「……私も」短く答えたあと、胸の奥がじんわりと温かくなる。駅が近づくにつれて、人の気配が増えてくる。それが、少しだけ惜しい。改札の手前で、二人は立ち止まる。ここで、別れる。——分かっているのに、言葉が、すぐには出てこない。悠真が、少しだけ凪のほうを向く。「……また、誘ってもいい?」問いかけというより、確認。逃げ道を残した言い方。凪は、ほんの一瞬だけ間を置いてから、はっきりとうなずいた。「うん。待ってる」その一言で、今日が“特別な一日”になった気がした。改札を抜ける前、二人は同時に振り返る。手は触れない。でも、視線だけは、ちゃんとつながっていた。夜は、まだ終わらない。でも今日は、ここまで。続きがあると、もう知ってしまったから。
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