ちょっとだけ、理由ある
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コラム
通話の向こうで、陽菜の呼吸が少しだけ近くなる。
「ねえ、凪」
やわらかい声。
さっきより、少しだけ低い。
凪の胸が、また小さく跳ねる。
「なに?」
自然に返したつもりなのに、
声が少しだけやさしくなっている。
陽菜が、少しだけためらう。
その“間”が、やけに長く感じる。
「さっきのさ」
ゆっくりと言葉を選ぶように。
「迎えに行くってやつ」
凪の指が、スマホの端をなぞる。
「……うん」
陽菜が、小さく息を吐く。
「ほんとはさ」
少し間。
「ちょっとだけ、理由ある」
凪の心臓が、ひとつ大きく鳴る。
「理由?」
声が、ほんの少しだけ上ずる。
陽菜が、くすっと笑う。
でも、その奥に、ちゃんと本音。
「凪が待ってる顔」
少し間。
「見たいなって思った」
その一言。
胸の奥が、じんわり熱くなる。
恥ずかしい。
でも、うれしい。
凪は、思わず目を伏せる。
誰にも見られてないのに。
「……そんな顔、しないよ」
小さく言い返す。
でも、少し照れているのがわかる。
陽菜が、すぐに返す。
「するよ」
短く。
でも、確信してる声。
「今もしてるでしょ?」
その言い方。
ちょっとずるい。
凪は、思わず笑ってしまう。
「見えないでしょ」
陽菜も、笑う。
「想像できる」
軽いのに。
まっすぐ。
そのとき。
凪の中で、何かがほどける。
(あ……)
この感じ。
安心とも、違う。
でも、
ちゃんと心が動いてる。
凪は、少しだけ深呼吸する。
それから――
「じゃあさ」
自分から言葉を出す。
陽菜が、少しだけ驚いたように。
「なに?」
凪は、少しだけ笑う。
「明日」
間。
「ちゃんと見ててよ」
その一言。
電話の向こうで、一瞬沈黙。
それから、
小さく、息をのむ音。
「……いいの?」
少しだけ、声が変わる。
凪は、うなずく。
見えないのに。
「うん」
静かに。
でも、ちゃんと。
陽菜が、ゆっくり笑う。
「じゃあ」
少し間。
「ちゃんと見る」
その言葉。
約束みたいに響く。
凪の胸が、またやさしく揺れる。
電話は、まだ続いている。
もう、ただの会話じゃない。
少しずつ。
確かに。
距離が変わっていく。
そして、明日。
“目が合う瞬間”が、
きっと、何かを決める。