彼女は、 まだ何も壊していない
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三條輝は、自分の机に座りながら、
何度も同じ一点を見つめていた。
——おかしい。
凪は、拒んだ。
はっきりと、言葉で。
それ自体は、想定内だった。
多少は強くなるだろう、
とも思っていた。
でも。
(迷わなかった)
そこが、想定外だった。
「……」
三條は、ペンを指で転がす。
彼の中で、これまでの凪は
「揺れて、迷って、
選ばされる側」だった。
守られるか。
黙るか。
誰かに語らせるか。
どれを選んでも、
主導権は、彼女の手には残らない。
——はずだった。
休み時間。
女子たちの会話が、耳に入る。
「凪、さっきの言い方」
「ちょっとびっくりした」
「でもさ」
「ちゃんとしてたよね」
三條の指が、ぴたりと止まる。
“ちゃんとしてた”。
評価が、変わり始めている。
それは、
空気が“動いた”ということだ。
(……面倒だな)
胸の奥に、
じわりと、苛立ちが広がる。
怒りではない。
焦りに近い。
「三條」
声をかけられて、顔を上げる。
クラスメイトの男子だった。
「凪の件さ」
「もう、いいんじゃない?」
軽い口調。
その言葉は、
三條の神経を逆なでした。
——もう、いい?
「何が?」
問い返す声が、驚くほど低い。
「いや、だって」
「本人もちゃんと話してるし」
“ちゃんと”。
三條は、小さく笑う。
「……そう見える?」
男子は、少し戸惑う。
「だって、あれ以上何を——」
「何も」
三條は、遮る。
「何も、言ってないよ」
そう言ってから、
自分の言葉に、わずかに眉をひそめる。
——言い過ぎた。
三條は、いつもの表情に戻る。
「たださ」
「人って、簡単に安心するでしょ」
「“話した”ってだけで」
「全部、解決した気になる」
男子は、曖昧に笑って去っていく。
三條は、机に肘をついた。
(凪……)
彼女は、
まだ何も壊していない。
でも。
壊れないまま、立ち位置を変えた。
それが、厄介だった。
放課後。
廊下の向こうで、
凪と悠真が並んで歩いているのが見える。
距離は、近すぎない。
でも、離れてもいない。
——対等。
その構図に、
胸の奥が、きしりと音を立てる。
(そう来るか)
三條は、視線を逸らす。
盤面が変わったとき、
やってはいけないのは、
力で押し戻すこと。
必要なのは——
次の段階へ進めること。
三條の口元に、
うっすらと笑みが浮かぶ。
(なら、次は)
凪は、
“拒絶したあと”にどうするか。
そこを、見せてもらおう。
彼の中で、
静かに、
次の一手が組み上がっていく。
想定外は、
排除するものじゃない。
利用するものだ。
——少なくとも、
三條輝は、そう信じていた。