……悠真のおばかさん

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コラム
夜に変わりかけた空が、
まだ少しだけ明るさを残していた。

街灯が、ひとつ、またひとつと灯り始める。

悠真は、家に向かって歩いていた。

足は動いているのに、頭の中は止まらない。

凪の後ろ姿。
振り返らなかった横顔。

「なにもないよ」
あの言葉。

(なにもないわけ、ないだろ)
小さく、息を吐く。

気づいていた。

ずっと前から。
少しずつ、何かがズレていること。

でも。
見ないようにしていた。

見れば、何かが変わる気がして。

そのとき。
ポケットの中で、スマホが震えた。

取り出す。

陽菜からのメッセージ。
「さっきのさ」
短い一文。

少し間を置いて、また震える。
「ちゃんと考えたほうがいいよ」

悠真は、画面を見たまま止まる。
返そうとして、指が止まる。

何を返せばいいのか、わからない。

少しだけ考えて、打つ。
「……何を」
送る。

すぐには既読がつかない。

その数秒が、やけに長く感じる。

やがて、既読。

そして、返信。
「わかってるでしょ」

その一言。
胸の奥が、少しだけ重くなる。

画面を見つめたまま、動けない。

(わかってるよ)
心の中で答える。

でも。
どうすればいいのかが、わからない。

そのとき。
もう一度、通知が来る。

「ねえ」
少し間。

「見てる“つもり”じゃだめだよ」
昨日、言われた言葉と同じ。

でも。
文字になると、逃げ場がない。

悠真は、目を閉じる。

凪の顔が浮かぶ。

笑っていた。

でも。
あの笑顔は、少し苦しかった。

そのまま、もう一通。
「ほんとさ」

少し間があって。

「……悠真のおばかさん」
画面の中の文字。

たったそれだけ。

なのに。
何も言い返せない。

スマホを持つ手に、少しだけ力が入る。

(……ああ)

小さく、息が漏れる。

責められてるわけじゃない。

でも。
ちゃんと刺さっている。

逃げていたこと。
気づいていたのに、
何もしなかったこと。

全部、見透かされたみたいに。

夜の風が、少しだけ強く吹く。

悠真は、ゆっくりと顔を上げる。

遠くの空は、もうほとんど暗い。

でも。
さっきまでの夕焼けの色が、
まだ少しだけ残っていた。

(このままじゃ、だめだ)
はっきりと、思う。

さっきよりも、強く。

画面をもう一度見る。

陽菜の言葉が、そこにある。
「悠真のおばかさん」

悠真は、短く打つ。
「……わかった」

送る。
それだけ。

でも。
その指は、さっきより迷っていなかった。

ポケットにスマホを戻す。

歩き出す。
さっきと同じ道。

同じ夜。

でも。
ほんの少しだけ、違って見えた。

凪のこと。
ちゃんと、見ようと思う。

逃げずに。
ごまかさずに。

風が、静かに吹く。
その中で。

何かが、ゆっくりと動き始めていた。
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