朝のチャイムが鳴る。
窓の外はやわらかな青。
なのに教室の中は、今日も灰色に沈んでいる。
起立、礼、着席。
動きはそろうのに、心はどこかそろわない。
担任が出欠をとる。
「提出物の締切は昨日。まだの者はこのあと来ること。」
「連絡事項は掲示と配布プリントを各自確認するように。」
1限目。
チョークの粉が白く舞い、黒板の文字はまっすぐ並ぶ。
「ここ線引け」
「ここ重要」
「ここ覚えろ」
ノートの罫線には同じ大きさの文字が並び、
ページが隙間もなく埋まっていく。
(これ、あと何回繰り返すんだろう)
2限目が終わる。
休み時間。
同じ会話が、また教室に流れる。
「次の小テスト、やばいな」
「宿題、間に合った?」
「マジでだるい」
——昨日も聞いた、たぶん明日も聞く言葉たち。
蛍光灯はジジ、と小さくうなり、
時計は同じ音で時を刻む。
窓の外は澄んだ青なのに、教室だけは色が抜けたままだ。
クラスメイトの佐藤が近づいてきた。
「おい、先生が呼んでるぞ」
「……俺? 何かしたか?」
心当たりはない。
胸の奥にざわめきが広がる。
職員室。
紙の匂いと、印刷機の低い唸りが途切れ途切れに続く。
机の向こうで先生が顔を上げた。
視線は冷たい。
「提出物、締切は昨日だ。お前、まだ出していないな」
「はい……すみません。今ここに持ってきました。これから——」
声が一段低くなる。
「遅れた時点で提出したとは言わん。規則は規則だ。
学校は社会の縮図だ。ここで守れない者は、社会に出ても通用せんぞ!」
机をドンと叩く音が響いた。空気が揺れる。
心臓の鼓動が耳の奥でガンガン鳴っていた。
「……俺、本当にここまで責められることをしたのか?」
教室へ戻ると、同じ会話が待っている。
「で、どうだった」
「まあ、ルールは守っておけよ。」
正しくなければならない、正しくなければならない・・・・・
輪唱みたいに言葉が重なって、
胸の温度がまたひとつ下がった。
窓の外は雲ひとつない青。なのに教室だけ、色が抜けたまま。
数日後、また佐藤が来る。
「生活指導の先生が呼んでる」
指導室。
生徒手帳のページに指が置かれる。
「髪が耳にかかっている。襟にも触れている。校則に反している。」
「これぐらいで……?」
「少しでも違反は違反だ。反省文。保護者呼出。規則は規則だ」
短い言葉が針みたいに刺さる。
息を吸っても、吐いても、そこにあるのは正しさのオンパレード。
この学校は、まるで正しさのデパートだ。
棚に並んでいるのは正しさばかりで、
自由も楽しさも一つも置かれていない。
(俺さ、正しさじゃ動けねぇんだよ。正しさで動けるほど、立派じゃねぇ)
「こんな生活、あと何日繰り返せば解放されるんだ——!」
叫びは空気に溶けていき、返事はない。
(……こんな学校、もうやめたっていい)
その日の放課後、帰ろうと下駄箱に向かった。
どの下駄箱も、靴がきっちり揃えられている。
(ここは、俺なんかがいる場所じゃねぇ)
昇降口を抜けると、音が聞こえてきた。
中庭へ向かう。
土が足音を吸い、光がまぶたを温める。
ベンチのあたりで、小さな輪ができていた。
「サビ、もう一回」
「ごめん、今コード外した」
——もう一回。
間違いは責められず、笑いに変わる。
——もう一回。
同じやり取りの反復が、なぜか耳に優しい。
立ち尽くす俺に、ひとりが気づいて手を上げた。
「おーい、聴いてただろ。こっち来いよ」
「え、俺?」
「いいから。手拍子だけ貸してくれ。」
足が勝手に前へ出る。
輪に入ると、誰かがゆっくり数える。
「いち、に、さん、し——もう一回」
手拍子が少しズレても、
ギターがもつれても、笑いが先に立つ。
ここでは“正しさ”じゃなく、“楽しさ”があった。
胸の奥に、温かいものがこみあげる。
「音楽って……楽しいんだな」
楽しさ。
やっぱり心が動かされる。
いつ以来だろう、この感じ。
小学生のころ、
放課後に友達と缶蹴りをして、
夢中で走り回って笑い転げた。
あのときの胸の高鳴りが、今ふたたび蘇っている。
音を楽しむ——その言葉のとおり、
音楽は“楽しさ”そのものだった。
灰色に覆われた世界に、ようやく色が差し込んだ。
そしてその輪の中に、
自分の居場所があるかもしれないと思えた。