早く戻ってこいよ。お前の灯りが必要なんだ

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コラム
「黒板消さねーと、田中先生の説教が始まるぞ!」
「早く誰か消せよ!」

休み時間の教室に苛立ち混じりの声が響いた。

けれど誰も立ち上がらない。

机に突っ伏すやつ、スマホをいじるやつ。
空気だけが重く淀んでいく。

やっと一人が黒板消しを手に取り、力任せにこすった。
次の瞬間、白い粉がふわりと舞い上がり、辺りに広がる。

「うわっ、きったねぇーな!ほこりだらけじゃねぇーかよ!」

「そんなこと言うならお前がやれよ!」
「こっちはボランティアでやってやってんだぞ!有難いと思え!」

教室の中に、非難と苛立ちだけがぶつかり合った。

そのとき誰かがゴミ箱を見て声をあげた。

「おい、ゴミ箱ごみでパンパンじゃねーか!」
「誰だよ当番!ちゃんと捨てろよ!」

「そうじだって全然できてねーし、床ざらざらじゃん!」

ざわざわと声は広がるが、誰も動かない。

机や床に残る紙くず、使いっぱなしの雑巾。

チョークも短くなったまま補充されていない。

窓も開けっ放しで、冷たい風が入り込んでくる。

――少し前までは、こんなことなかったのに。

ふと誰かがぽつりと言った。
「……そういえば、黒板消してたのも、掃除ちゃんとやってたのも、
  ゴミ袋取り替えてたのも、チョーク補充してたのも……
 全部、佐伯じゃなかったか?」

一瞬、教室が静まり返った。

そうだ。思い返せば、確かにそうだった。

授業が終われば、
佐伯はいつの間にか黒板をきれいにしていた。

ゴミ箱がいっぱいになる前に袋を替え、
廊下まで持って行っていた。

チョークが短くなれば補充し、
プリントが足りなければ走って取りに行った。

掃除の時間には一番嫌がられるトイレ掃除や
窓ふきを黙って担当していた。

体育の用具も最後まで残って片づけていたのは、
いつも佐伯だった。

「……全部、佐伯だったんだな」
気づいた瞬間、
胸の奥に重たいものが落ちてきた。

その佐伯はいま、入院している。
体を壊して、
しばらく学校を休まなければならない。

担任からそう告げられたときは、
「元気そうだったのに」と驚くだけだった。

けれど、彼の不在が日を追うごとに教室を乱していき、
ようやく気づかされた。

――佐伯がいないだけで、こんなにも回らなくなるのか。

数日後、有志でお見舞いに行った。

病室で会った佐伯は少し痩せていたけれど、
笑顔はそのままだった。

「なんだよ、お前ら全員で来るなんて大げさだな」
「当たり前だろ。クラスめちゃくちゃなんだから」
「そんなに?」
「黒板も消されねぇし、ゴミ箱もパンパン、プリント足りなくても放置だし……」
「マジでお前がいないとダメなんだよ」

佐伯は少し照れくさそうに笑って言った。
「俺、そんなにすごいことしてたつもりなかったけどな」

その言葉に胸が熱くなった。
彼にとっては“当たり前”。

けれど、その当たり前にどれだけ支えられていたか、
ようやく分かった。

帰り道、誰かがつぶやいた。
「でもさ……なんで佐伯って、あんな面倒なことまで全部やれたんだ?」

「気に入られたかったのかな?」
「いや、いじめられないようにとか?」

「……でもさ、そういう顔でもなかったよな」

沈黙が落ちる。
誰も答えを出せずにいた。

もしかしたら佐伯にしか分からない理由があったのかもしれない。

でも確かなのは、私たちはその“理由”に関係なく、
彼の行動に助けられていたということだ。

翌日。
誰かが黒板消しを手に取り、もう一人がゴミ袋を替えた。
チョークを補充するやつもいれば、
掃除のとき黙って窓を拭くやつもいた。

ぎこちなくても、少しずつ空気は変わっていった。

人は、失って初めて気づくことがある。

当たり前に灯っていた光は、
消えて初めて、その温もりの大きさを知る。

佐伯は、クラスの灯りだった。

誰も気づかぬうちに、ともり続け、
みんなを照らしていた。

夕暮れの教室に差し込む光が、
黒板をやさしく照らしていた。

その輝きは、まるで佐伯の灯りが
まだそこに残っているかのようだった。

胸の奥で小さくつぶやいた。
「早く戻ってこいよ。お前の灯りが必要なんだ」

静かな教室に残ったのは、
佐伯への感謝と、しんみりとした余韻だった。
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