翔太は、全国に名を知られる速球投手だった。
バッターは誰ひとり、彼の球にかすりもしない。
三振の山を築き、試合が終わる頃には、
野手がボールに触れることすらなかった。
監督は繰り返し言った。
「仲間を信じろ、三振ばかり狙うな」
翔太は「はい」と答えるものの、
次の瞬間には全力投球で三振を奪っていた。
それには理由があった。
中学最後の大会、全国をかけた決勝戦。
監督の言葉を信じ、
「仲間を信じて打たせて取る」投球を選んだ。
しかし、セカンドのエラーが決勝点につながり、
0-1で敗退。
夢が潰えた瞬間だった。
その日を境に翔太は誓った。
――もう誰も信じない。
――俺が全部三振を奪う。
高校に入ると翔太はさらに自分を追い込み、
限界を超えるトレーニングを自らに課した。
その結果、剛速球は全国レベルに達し、
観客席にはスカウトも集まるほどになった。
だが、どれだけ勝っても、
ベンチに大きな歓喜は広がらなかった。
「俺ら、必要ないよな」
そんな仲間のつぶやきが、翔太の胸を刺した。
勝っているのに、
心に残るのは虚しさと孤独感だった。
ある日、学校で財布がなくなった。
「翔太じゃね?」
疑いの目は、まっすぐ彼に向けられた。
普段から一人で行動し、
誰とも打ち解けない翔太は、
こういうとき真っ先に疑われる存在だった。
結局財布は見つかったが、翔太の心には深い痛みが残った。
――俺は誰からも信じられていない。
その夜、天井を見つめながらつぶやいた。
「信じるって、なんなんだよ」
夏の大会、準々決勝。
強豪相手に翔太は肩を痛めながらも三振を重ねた。
七回。
打球がショートに飛ぶ。
――また、あの日の悪夢が蘇る。
だが健司は泥だらけで飛び込み、
必死に送球してアウトをもぎ取った。
ベンチから大歓声。
健司は泥まみれの顔で笑った。
「任せろ!」
翔太の胸に何かが崩れ、
何かが芽生えた。
次の打者に対して、
翔太は全力投球をやめた。
外角に誘い球を投げ、打たせたのだった。
打球は外野へ飛び、
仲間が全力で走って捕った。
スタンドが大きく揺れ、歓声が響く。
マウンドの上で翔太は、
胸の奥が熱くなるのを感じた。
――信じるか、信じないか。
そんな単純なことじゃないのかもしれない。
九回裏、最後の打者。
翔太は仲間を見渡し、静かに頷いた。
外角低めへ誘い球を投げ込む。
打球は高く舞い上がり、ライトフライ。
外野手がしっかり捕り、
試合終了。
仲間が駆け寄り、
泥だらけの手で翔太を抱きしめた。
その瞬間、彼ははっきりと気づいた。
「信じる」「信じない」という言葉だけで
切り分けてきたけれど、違っていた。
信じるとは、日々の積み重ねの中で感じるものだった。
グラウンドで交わす声、
流れる汗、
一つひとつのプレー。
そのプロセスの中で少しずつ築かれていくものなのだ。
俺は結果しか見ていなかった。
大事なものを、ずっと見ていなかったのだ。
翔太は仲間と抱き合いながら、
心の奥で静かに思った。
これからは、この積み重ねを共に歩んでいこう。
孤高のエースは、
ようやく“本当のチームの一員”になった。