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放課後の歌声

夕方、台所でラジオをつけたまま片づけをしていたとき、懐かしいメロディーが流れてきました。それは、かつて合唱コンクールで歌った曲。耳に届いた瞬間、あの放課後の情景が鮮やかによみがえったのです。秋の空が赤く染まるころ、教室の机と椅子を端に寄せ、私たちは音楽室へ移動しました。誰もが本気なのに、うまく声が揃わなくて、焦りと苛立ちが漂っていた。私は輪の中に入りきれず、窓際の席で小さく息をひそめていました。──自分は何をしているんだろう。心の奥でそんな声が響き、胸がぎゅっと苦しくなる。歌は好きなのに、勇気が出なくて声を出せない。そのとき、隣に座っていた友人が笑って言いました。「大丈夫、一緒に歌おうよ。あなたの声があると落ち着くんだ」そのひとことが、固まっていた心を溶かしました。少し背伸びをして声を出した瞬間、不思議と旋律に乗れた。みんなの声と重なり合い、音楽室に響くハーモニーの中で、自分も確かに存在していると感じられたのです。大人になった今、あの記憶を思い返すと、当時の切迫感や不安さえも懐かしい。あのときの小さな勇気が、今の自分を支えているのだと気づきます。人生もまた、合唱に似ているのかもしれません。ひとりでは出せない響きがあり、仲間の声に寄り添うことで新しい音色が生まれる。そして、少しの背伸びが、未来を変える調べになる。ラジオから流れる合唱曲は、やがて静かに終わりを告げました。私はそっと目を閉じ、あの放課後の歌声に包まれた自分を思い出しながら、しんみりとした余韻に浸りました。
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詩織、あなたがいてくれて、よかった。

出張で訪れた街の駅に降り立ったとき、胸の奥がふっとざわめいた。石畳の道、店先から漂う甘い醤油の香り、観光客のはしゃぐ声。──この匂い、この音、この空気。高校二年の修学旅行で過ごした日が、波紋のように広がって私の中へ戻ってくる。あの時の経験が、今の私の仕事の原点になっているなんて、当時の私は夢にも思わなかった。大変で、正直、泣きたくなるほどの出来事だったのに。それでも今では、ただただ感謝でしかない。あの日がなければ、私はきっと、今の私になっていない。高校二年の私は、教室で目立たないほうだった。クラスの中心で笑いをとるタイプでもなく、運動が得意でもない。テストで上位に食い込むわけでもなく、「私は、いてもいなくても同じかもしれない」と心のどこかで思っていた。修学旅行の班分けが決まった日もそうだ。誘われたというより、余ったピースが空いた枠にすべり込むみたいに、なんとなくその班に入った。笑い声の輪の内側に立っていても、心だけが半歩外にいるような、そんな置き去り感を抱えていた。──そして迎えた修学旅行。観光地をいくつか回り、写真を撮って、お土産を見て回り、歩き疲れてベンチに座ったときだった。ふと周りを見渡すと、ひとりがいないことに気付く。美咲。その名前が、私の喉の奥でひっかかる。「え、どこいった?」「さっきまで一緒にいたよね?」笑い声が途切れ、空気が一段暗くなる。集合時間まで、あと三十分。焦りが胸の内側を爪でかく。まずは連絡──。私はスマホを取り出し、LINEで「どこ?」と送る。スタンプも押した。電話もかけた。でも画面に表示されるのは、無機質な「未読」。そして「応答なし」。「やばくない?」
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仲間を信じろ、三振ばかり狙うな

翔太は、全国に名を知られる速球投手だった。バッターは誰ひとり、彼の球にかすりもしない。三振の山を築き、試合が終わる頃には、野手がボールに触れることすらなかった。監督は繰り返し言った。「仲間を信じろ、三振ばかり狙うな」翔太は「はい」と答えるものの、次の瞬間には全力投球で三振を奪っていた。それには理由があった。中学最後の大会、全国をかけた決勝戦。監督の言葉を信じ、「仲間を信じて打たせて取る」投球を選んだ。しかし、セカンドのエラーが決勝点につながり、0-1で敗退。夢が潰えた瞬間だった。その日を境に翔太は誓った。――もう誰も信じない。――俺が全部三振を奪う。高校に入ると翔太はさらに自分を追い込み、限界を超えるトレーニングを自らに課した。その結果、剛速球は全国レベルに達し、観客席にはスカウトも集まるほどになった。だが、どれだけ勝っても、ベンチに大きな歓喜は広がらなかった。「俺ら、必要ないよな」そんな仲間のつぶやきが、翔太の胸を刺した。勝っているのに、心に残るのは虚しさと孤独感だった。ある日、学校で財布がなくなった。「翔太じゃね?」疑いの目は、まっすぐ彼に向けられた。普段から一人で行動し、誰とも打ち解けない翔太は、こういうとき真っ先に疑われる存在だった。結局財布は見つかったが、翔太の心には深い痛みが残った。――俺は誰からも信じられていない。その夜、天井を見つめながらつぶやいた。「信じるって、なんなんだよ」夏の大会、準々決勝。強豪相手に翔太は肩を痛めながらも三振を重ねた。七回。打球がショートに飛ぶ。――また、あの日の悪夢が蘇る。だが健司は泥だらけで飛び込み、必死に送球してアウトをもぎ取った。
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