凪は、赤いリボンを握ったまま、
しばらく動けなかった。
悠真の言葉が、胸の奥で何度も響いている。
――俺が見てるの、誰だと思ってる。
その意味を、考えようとする。
でも。
考えるほど、怖くなる。
もし。
もし違ったら。
期待した瞬間に、全部崩れてしまう気がした。
凪は、小さく首を振る。
「……違うよ。」
声が、少し震える。
悠真の目が、わずかに細くなる。
「何が。」
凪は、視線を落とす。
廊下の床に、夕方の光が伸びている。
「悠真は。」
言葉が、少しずつ形になる。
「やさしいから。」
「わたしが落ち込んでると思って、そう言ってるだけ。」
そう言いながら、胸の奥が痛む。
本当は。
違う答えを聞きたい。
でも。
聞いたら、もう戻れない。
凪は、そっと言う。
「だから。」
その言葉が、出かかる。
――わたし、少し距離を。
その瞬間。
「凪。」
悠真の声が、少し強くなる。
凪は顔を上げる。
悠真は、真剣な顔をしていた。
「勝手に決めるな。」
その言葉が、まっすぐ胸に届く。
「俺の気持ち、聞いてからにしろよ。」
廊下の空気が、静かに止まる。
凪の心が、大きく揺れる。
聞いてしまったら。
この恋は、
もう後戻りできなくなる。
凪は、息を吸う。
そして。
ゆっくり口を開こうとする。
そのとき。
階段のほうから、明るい声が聞こえた。
「悠真!」
二人が、同時に振り向く。
陽菜だった。
友達と笑いながら、階段を上ってくる。
夕方の光の中で、
その笑顔は、やっぱり明るかった。
凪の胸が、きゅっと締まる。
さっきまでの言葉が、
急に遠くなる。
悠真は、一瞬だけ凪を見る。
凪は、小さく笑う。
そして。
一歩、後ろに下がる。
その動きは、
とても小さかった。
でも。
凪の心の中では、
何かが静かに決まりかけていた。