絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

124 件中 1 - 60 件表示
カバー画像

【懺悔】だめダメ〜な私も許してチョ

🔹ポンコツ女発揮Day🔹昨日は〜リイちゃん朝から大忙しだった😱午前中は彼氏と新居用のお買い物〜🛍️✨まずニトリでカーテン買って〜ラグは現物が店舗になかったKARA〜アプリで取り寄せ注文して、16時に受け取り予定〜その間に別のお店で、ダイニングテーブルとイス買った🤗そしてお昼ご飯食べて、やっと新居でバルサン炊いたよ!!下記ブログ読んでない方は読んでみて_(┐「ε:)_前回、火災報知器にカバー取り付けできなくて諦めたケド〜彼氏が肩車するから〜って事でソレでどうにか対応してきたYO〜🤣(笑)その後に、会社行って今後どうするかについて上司2名と面談対応してきた〜🏃‍➡️🏢結論、9月は休職して〜10月にまた復帰お試しして〜11月からどうするか決める事にした_(┐「ε:)_今の部署の上司たちは私の意見を尊重してくれるからリイちゃん本音吐き出しちゃったYO〜🤣(笑)彼氏の愚痴聞いて貰った(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾そしたら上司たちも引越し後の私の事心配って🤣!そして面談後は、お家で少しダラダラして〜また彼氏と合流してニトリにラグ取りに行ったの🏃‍♀️💨サービスカウンターで会員証読み取って貰って受け取りしようと思ったら〜上手く読み込みできず、あれ🤔? ってなってたら〜HANDSの会員証だったYO〜😂(笑)だって、緑でアプリ似てたから間違っちゃった(≧∀≦)テヘ彼氏が少し冷ややかな目で見てたよ(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾でもリイちゃん昨日は全然気にしてなかった🤗そして店員さんに声かけられて〜今度はニトリの会員証をちゃんと読み取って貰ったら〜預かってる商品はこちらの店舗にないです👩っ
0
カバー画像

身を置く環境って大切

こんにちはお久しぶりの看護師でカウンセラーのゆきです(*´꒳`*)ご存知の方もいらっしゃると思いますが、実は今年の2月からココナラをお休みしていました(^^)ちなみに、看護師のお仕事もお休みしていました!今日はお休みしていた理由をお話しますね♡♡*・゜゚・*:.。..。.:*・'♡・*:.。. .。.:*・゜゚・*♡お休みしていた理由は、『適応障害』です💦カウンセラーである自分がまさかとは思いましたが、ココナラをお休みし始めた2月頃からちょっと調子が悪かったんですよね💦調子が悪くなった引き金は『夜勤』でした…持病があるので、夜勤の回数は月に3〜4回にしてもらっていたのですが…1つの病棟が機能しないくらいの看護師の人手不足で月の夜勤の回数が5〜7回に増えていました💦しばらくは仕方ないと思って働いていましたが、夜勤の回数が増えたことで、生活リズムが乱れ、体調を崩し、少食になり、夜眠れなくなり、仕事に行くのが嫌になりました。そんなある日、仕事に行く途中でなぜか涙が止まらなくなり、自分が限界であることに気がつきました💦泣きながら病棟師長にお休みの連絡をし、泣きながらメンタルクリニックの予約を取りました(^^;;運よくその日に予約が取れたメンタルクリニックを受診し、泣きながら診察を受け、『適応障害』と診断され、仕事を休むことになりました。休職期間中は何もする気が起こらず、傷病手当を受給していたということもあり、ココナラもお休みすることにしました。最初は、仕事を休むことに罪悪感がありましたが、休職期間を終えた今は、『休んでよかった』と思っています。それは…・自分の頑張りや、 変化には限界が
0
カバー画像

休むことも大切

こんにちは看護師でカウンセラーのゆきです(*´꒳`*)適応障害でお休みしていた半年間…『お休み中は何をしていたの?』とよく聞かれます。本日はお休み中の私の過ごし方についてお話したいと思います(*´꒳`*)♡*・゜゚・*:.。..。.:*・♡・*:.。. .。.:*・゜゚・*♡お休み中はメンタルクリニックの先生にも相談しながら過ごしていました。先生から、「ちょっと気持ちが前向きに なるようなお薬出すね。」と言われ、抗うつ薬と睡眠導入剤を処方してもらいました。最初の1〜2ヶ月はとにかく寝ていることが多かったです。緊張の糸が切れるというか、溜まっていた疲れが一気に体に出たというか、しばらく仕事に行かなくてもよくなったことで気が緩んだのか、とにかく眠たかったです。ご飯も食べずにとにかく寝ていました。こんな過ごし方で本当に自分は大丈夫かと思うこともありましたが、休むために休んでいるのだからそれでいいんだよと友人に言われてひたすら寝ていた気がします。本当なら、仕事の引き継ぎなどは、休職に入ってから2週間ほどで終わらせた方がいいのですが、休みはじめてからも2ヶ月ほどは職場の人から仕事に関するLINEが送られてきていました。ストレスである職場から離れるために休んでいるのに、LINEのせいでしばらく休めませんでした💦所属師長に了解をとって、職場からのLINEは全てブロックすることでこれは解決しました。職場の連絡でLINEを使用すること自体おかしいんですけどね💦なぜかそこの病院ではLINEが仕事の連絡ツールになっていました💦3〜4ヶ月くらい経過すると薬のおかげなのか、少しづつ動けるようになりました
0
カバー画像

#73 青月さん会社辞めたってよ、そんで、自己解放サポーターで生きてくってさ

いつもブログをお読みいただきありがとうございますなんだか今年に入って、ドタドタと人生が激変して本業としていた5年勤めた会社を退職しました自分でもビックリです(笑)1年前に、ココナラで電話相談を始めてまさか、1年後に会社を辞めるなんて想定外でした。。というか、2023年10月に、メンタル崩壊寸前で休職したいと思っていたタイミングがもしかすると、退職のタイミングだったのかもしれませんその時の私は、まだ概念が変わっていなかったので気持ちを奮い立たせて、「正社員」というブランドに執着していました「正社員」なら・・・・「正社員」だと・・・・「正社員」だから・・・・正社員ブランドの安心感を得るために自分を犠牲にしまくっていたわけですそれと同時に私のような人(自分の決めつけ)は自分で切り開いていくタイプではなくて雇用されてパフォーマンスを発揮する人だからと、思い込んでいたわけですですが、ココナラさんで電話相談を始めてみると、会社員では得られない喜びを感じていましたそして、去年はココナラさんにのめり込みました私の概念が変わったのは、今年に入って最近のことです2月に入り、配属された職場でのトラブル&ハプニングにより頭では、「こうすればいい」「こう考えればいい」と、乗り越えようとしてるけれど気持ちと身体は付いていかずあっという間に体調に不調が出始めて通勤時にめまい、吐き気、頭痛、貧血、真冬なのに滝汗が数日間続いてそれから間もなく休職となりました休職してから2週間くらいは全てにおいて無気力でココナラでの待機はお休みさせていただきましたその休職期間中はもう仕事のことを考えなくてもいいという解放感に浸り
0
カバー画像

「またダメになるんじゃないか」そんな思いがよぎったら考えてほしいこと

こんにちは、ユウ_Yuです。 私は過去に適応障害で体調を崩して仕事を休職したことがあります。 その経験がとても頭に強く残っているせいか、困難な壁にぶつかったとき、目標に向かって動き出すときなどに、頭をよぎってしまうことがあります。 「またダメになるんじゃないか…」という思いです。 いざっていうときに自分に自信が持てなくなり、同じことを繰り返してしまうのではないかと弱気になってしまうのです。 過去の経験が自分の思考や行動にブレーキをかけてしまうんですね。 「過去にダメだったから、今回もダメかもしれない」という思い込みを作りだしてしまうようです。 私の場合は、仕事量や職場環境のマイナス面がタイミング悪く重なってしまい、こころに負荷がかかって体調を崩しました。 しかし、それはそのときの話であって、次はどうなるか分かりません。 次もまた同じようにダメになるという根拠は何もないのです。 勝手に過去と未来を繋げては、同じことを繰り返すのではないかと思い込んでいたんです。 そのことに気が付いてからは、気持ちに余裕が持てるようになりました。 もし、また失敗したとしても、それはそれで受け入れられる自分がいます。 過去の失敗と今回の失敗はまた違う別物だと考えて、次に活かす視点を持てるからです。 この視点がなければ、「あぁ、また同じ失敗を繰り返した。やっぱり自分はダメな人間なんだな」というように自信を失うと思います。 他の例でいうとどうでしょうか。 例えば、大学受験に失敗したことを大人になってもずっと頭の片隅に引っかかっている人がいます。 大人になって国家資格を取得しようと思っても、大学受験に失敗し
0
カバー画像

僕がうつになった経緯について(その2)

皆さん!こんにちは!konkon835(「コン」と呼んで下さい)です!さて前回記事(「僕がうつになった経緯(その1)」)の続きを紹介します。入社4年の11月に「気分障害(うつ病)」で2週間会社を休みました。クリニックから処方されたお薬は全く飲んなかったです。当時2週間も休むのは初めてのことでもあった為、とても長く感じ、会社の寮に引きこもってゲームばかりしてた記憶があります。2週間の休職が終わり、自分では「体調が完全に復調した」と錯覚し、薬も飲まずに以前のように、フルスロットルで仕事(土日無しの7:00~24:00)をしました。上司(高卒たたき上げの何事にも細かい)は、僕の復帰を喜んでくれました。しかし、以前のように仕事もさばけなくなり、入社5年目の2月には、また朝に起きれなくなり、会社に行けなくなりました。上司から、「とりあえず前回お世話になったクリニックに行き、診断書もらって下さい」という助言もありました。しかし、僕自身は前回のクリニックの医師がを信頼(理由は僕を”気分障害(うつ)”と診断した為)できず、大阪の別のメンタルクリニックに行きました。大阪のクリニックの医師の診断では、「”うつ病”で1ケ月の休養が必要」というものでした。このクリニックでもお薬(確かアモキサンとリーゼ)を処方されましたが、前回同様に「自分が”うつ”であると認めたくない(自分が弱いと認めたくない)」ため、全く飲みませんでした。そうして、2回も休職(2週間と1ケ月間)をしているのにも関わらず、病識(精神障害でもたらされる何らかの状態)を認めないこと、そして、治療態度(薬の服用やキチンした休息)の悪いことが
0
カバー画像

同期がどんどん病んでくよ

(2023年10月頃の記事)こんにちは☺️2ヶ月前に、同期 (・・・といっても、10歳年下の20代半ばの女の子。)が、精神的にしんどくなってしまい、休職を決意。いま、お休み中です。彼女と言う人は、(仮にも社会人を10年以上やってきてる私から見て)『まともな』人間です。常識もある、とてもデリケートだけど素直な感情の持ち主で人の痛みが分かる、優しくて知的な人。20代半ばって言えば・・・、思い返すと、自分なんて落ち着きがなくて、キャピキャピしたくて、まだまだ人の痛みがわからない「子供」でしたが、今ドキの若い人?ってこともあってか、彼女は「これでもか!」ってくらい落ち着いてる。なんか悟ってる。人生経験の少なさを、悟りが補っていると言う感じ。なんだか波長も話も合うので、10個も違うけどすごく仲良くしてもらってます。***それで。彼女が休職。寂しいし、彼女に意地悪した彼女の上司に恨みの気持ちが湧いたりしてるんですけれど、そんなさなか、先日、続けて、もう1人同期が病んで休職始めた(*_*)🤯彼は30代後半の男性。中途入社で、誠実でしっかりもの。新入社員研修では最も優秀な成績をおさめた、the・社会人の鏡!そんな彼が、またまた精神を病み、お休み。彼もまともな人だよ・・・。職場の空気が悪くって、萎縮しているうちに吐き気が慢性化し、手足が震えるようになってきちゃったと。そんなこんなで、仲良いどころが2人も同時に休職してしまい寂しい毎日。私はラッキーなことに、毎日元気に出勤できているけど環境がたまたま良かっただけで、ほんと幸運としか言いようがなく・・・幸い今はまだ元気な、私のミッションは、彼女たちと
0
カバー画像

うつ病と休業補償給付

12月28日(火)、おはようございます。昨日は傷病手当金についてお話させていただきました。今日はパワハラ、セクハラなど業務上の事由による休業の補償についてお話させていただきます。※今日も「年収1000万円ですが、うつ病になってしまいました…何か補償は受けられますか?」という記事を私のコメントとともにシェアさせていただきます。音声ブログです👇休職についての体験談など、メッセージいただけたらと思います。必ずお返事させていただきます!それでは、また✋
0
カバー画像

うつ病と傷病手当金

12月27日(月)、おはようございます。うつ病に限ったことではありませんが、病気や怪我をしたけれど、休めないということありますよね…※今日は「年収1000万円ですが、うつ病になってしまいました…何か補償は受けられますか?」という記事を私のコメントとともにシェアさせていただきます。音声ブログです👇休職や退職、転職についての体験談など、メッセージいただけたらと思います😊必ずお返事させていただきます!それでは、また✋
0
カバー画像

隠れストレスと過剰適応

12月22日(水)、おはようございます。今日は冬至だそうです。ゆず湯に浸かりたいですね😊今日は「エリートに『突然休職する人』が意外にも多い理由」という記事を私のコメントとともにシェアさせていただきます。今日も音声ブログです👇過剰に人に合わせよう、期待に応えようとしていませんか?あなたのご感想や体験談など、よかったらメッセージいただけたらと思います😊必ずお返事させていただきます!それでは、また✋
0
カバー画像

僕がうつになった経緯について(その3)

皆さん!こんにちは!konkon835(コン)です!さて、前回記事(「僕がうつになった経緯(その2)」)の続きを紹介します。入社5年目の2月に「うつ病」で1ケ月間会社を休みました。前回同様にクリニックから処方されたお薬は全く飲んでません。また、休職中は会社の寮に引きこもってゲームばかりしてました。そして、1ケ月間の休職が終わる直前に、会社の”産業医”と”カウンセラー”と”僕”との3者面談がありました。「1ケ月間何をしていたのか?」「薬はちゃんと飲んでいたのか?」「今の体調はどうか?」等の質問でしたが、バカ正直は答えずに、復職ができるように”模範回答”で適当に回答しました。しかし、”産業医”と”カウンセラー”の見解は「復職は認めますがが、過去2回休職しているので、管理区分”B”からスタートです。」というものでした。この管理区分というのは、病気で長期休職した人が、休職開けに無理に働いて体調を崩さないように、”A”、”B”、”C”の三つの区分が設けられた会社の制度です。”A”が残業不可の毎日定時退社、”B”が月20時間まで残業可能、”C”が残業規制なしで勤務可能(一般社員)です。僕はこの管理区分”B”に対し不満でしたが、キチンと勤務できれば2ケ月程度で”C”に戻してくれるということで渋々納得しました。さて、復職後2ケ月が過ぎ、無事、管理区分も”B”→”C”に変更になり、またフルスロットルで仕事(土日無しの7:00-24:00)をしました。その時は、何故か体調が悪くなく、「完全に復調した!」と変な自信がありました。そうして2ケ月経った時に、会社の同僚から合コン(看護師さんと5対5)に誘
0
カバー画像

僕がうつになった経緯について(その1)

皆さん!こんにちは!konkon835(「コン」と読んで下さい)です!さて、僕がうつになった経緯をに紹介します。(人間は過去を美化しやすい傾向にあるみたいですが、できるだけ事実を載せるようにします。)大学卒業までは、授業を体調不良で休むとか無く、うつとは無縁で普通に生活できてました。会社に入社後、1年目は新人研修がメインのお客さん状態でした。2年目に実業務に就き、担当した業務が海外輸出火力プラント(中東向け)の電気工事設計でした。仕事のノウハウ無し・知識無し・英語力無しの「右も左もわからない暗中模索」の状態からのスタートでした。また、僕の上司が高卒からたたき上げで出世した仕事に厳しい方で、また「何事にも細かい(悪い意味で言えば重箱の隅をつつく)」性格の方でもあった為、僕はかなり神経を使って資料と図面を作成してました。その上司の元で評価されるには、”自分の力不足(仕事知識無し・英語力なし)を”時間”でカバーするしかない”と腹に括ってました。ですから、仕事は土日無しの朝7:00~24:00までの仕事漬けでした。その甲斐あって、その上司も僕の面倒を良く見てくれました。しかし、その上司の影響で仕事に対して非常に細かくなり、非常に神経質になりました。そうして時が流れ、仕事もある程度任されるようになった入社4年目の1月頃に、毎朝5時に起きれていたのが、だんだんと起きれなくなり、ついに3月頃には会社に行けなくなり休むようになりました。休む理由は「風邪」としましたが、一日休めばしばらくは勤務できていたので、僕自身も「自分の精神がたるんでいるだけだ」と自身を鼓舞するようになり、少々しんどくても気
0
カバー画像

適応障がいかもしれないと思ったら

仕事・転職・キャリアの悩み相談カテゴリでキャリアカウンセリングを行っている、あやか(社会福祉士・精神保健福祉士)です😊ココナラではプラチナランクで活動しており、最近は特に、「休職」や「退職」に関するご相談が増えています。今回は、・適応障がいかもしれないと感じたときの考え方・休職や転職をどう判断していくか・無理をしない選択の仕方について、少し具体的にお話ししますね。「適応障がいかもしれない」と感じる瞬間・朝になると体が動かない・仕事のことを考えると強い不安が出る・涙が出る、気分が落ち込む・職場に行こうとすると体調が悪くなるこうした状態が続くと、「もしかして適応障がいかもしれない」と感じる方も多いと思います。ただ同時に、「これくらいで休んでいいの?」「自分が弱いだけでは?」と、無理をしてしまう方もとても多いです。最近増えているご相談ここ最近は特に、・休職するか迷っている・すでに休職していて、復職が不安・復職したけど、またしんどくなってきたといったご相談が増えています。年度末〜新年度のタイミングは、環境の変化や業務量の増加もあり、心身の負担が大きくなりやすい時期です。「甘えなのでは」と悩んでしまう理由多くの方が、まずここでつまずきます。・周りも頑張っている・自分だけ休むのは申し訳ない・もっと大変な人はいるこうした考えから、限界を超えても頑張り続けてしまうのです。でも実際には、👉 「無理が続いた結果、症状が出ている」状態であることも少なくありません。環境と自分、どちらの問題かここで大切なのは、「自分が悪いのか?」ではなく「何が負担になっているのか?」を整理することです。例えば、・業務量
0
カバー画像

【メンタルダウンと休職】私が経験した体調不良と休職の話

おはようございます。 今日は私がココナラで副業を始めるきっかけとなった「休職」の体験を話させて下さい。出向先の職場で「使えないおじさん」になるという大きなストレス私は半導体製造の仕事に4組3交代の交代勤務者として約13年ほど携わってきました。 職場の規模縮小などの事情もあり、私は2019年の10月から2021年終わりまで子会社に出向する事になりました。 しかしその子会社は装置の組み立てを行う会社で、私としてはまったく畑違いの仕事でした。 また、端的に言ってしまうと古い体質の会社でした。 自分で言う事でもありませんが、それまでの職場に13年居座っていましたので、リーダーとしても作業者としても職場の主力として働いていました。 それがいきなり「給料だけもらってる使えないおっさん」になってしまったのです。 私としてはかなりストレスを抱えていたと思います。 この時のストレスは後の体調不良に少なからず影響があったのではと今は考えています。 紆余曲折はあったものの、なんとか出向を終え、2022年の1月に再び親会社の半導体製造の事業部に戻ってきました。 事業部は同じでしたが職場は別の職場です。 多少の違いはありますが、慣れた半導体の製造の職場に帰ってきたこともあり、ホッとしました。 2か月間通常の勤務に従事した後、慣れ親しんだ交代勤務に3月から従事する事になりました。 「やっぱり古巣は居心地いいよね」と思っていたのですが…。 原因不明の発熱と体調不良、そして初めての休職を経験する2022年の5月の中旬、会社に出勤したところ、耐えがたい吐き気と頭痛に襲われ、早退しました。 自宅で熱を測ると37.
0
カバー画像

沖縄県教職員組合に行ってきました。

前回のブログに書かせて頂きましたが、居てもたってもいられず。沖縄県教職員組合に行ってきました。私に何ができるかは分かりません。でも、私にはできるんです。窓口で名刺を渡し伝えたいことを話すと奥から書記長(偉い方)が来てくださいました。門前払いかと思っていましたが、私の熱意をくみ取って真剣に思うことを聞いてくださいました。感謝です。・学校に担任がいない。(14校あるそうです)・食事を学校給食でつないでいる。あり得ないですよね。返還されてから、復興した本島より色々な整備が遅れているそうです。時代だけが進み。教職員だけ負担が増える。会社でいうところの管理職に当たる辛さですかね。学校に関わる方へのアプローチも必要と考えております。私なら一人でも助けられる、そう思って頑張ります。しまむら
0
カバー画像

傷病手当

皆さん、働いていて突然の事故に遭い、長期間働けなくなるようなことがあったら、 どうしますか? 有給休暇を使うにしても、 年間で20日程度でしょうか。翌年最大限繰り越していたとしても、例えば、 何か月も休まなくてはいけないような 大怪我だったらどうでしょう。 これは、 メンタル疾患においても 同様です。 特に、メンタル疾患は、 数週間~数年に及ぶこともあり、 有給休暇だけでは 対処できない可能性もあります。 そんな時に知っておいていただきたいのが、 休職制度です。 会社には、休職制度を設ける義務があり、 産休・育休と同様、 就労できない(働けない)場合でも、 一定の期間については、 雇用契約が維持される、という制度です。 休職できる期間は、企業によって様々ですが、 短かくとも3ヶ月、長ければ数年休むことができます。 就労年数によって変わることもありますので、 もし働けなくなった場合には、 自分は、いつまで休むことが許されるのか、 安心して休むためにも、 始めに人事に確認しておいた方が良いでしょう。 休職期間というのは、 解雇はされませんが、 有休と異なり、給与は支払われません。 また、休職できる期間にも限りがあります。そして、住民税などの税金や、 社会保険金(年金や健康保険)などは会社に支払い続ける必要があるため、 休職中でも請求が発生することになります。 ただ、一方で、 国の保証制度として、傷病手当があります。 これは、休職前にもらっていた給与のうち、 6~7割程度が健康保険組合から支払われるもので、 休職期間が1年半に至るまで支給されます。 (休職できる期間が、 それより短け
0
カバー画像

【ほのぼの日記通信♡第647号】少しだけ休みを取る♡

おはようございます♡みなさん、いかがお過ごしでしょうか♡今日も、家事や、お仕事、がんばってくださいね♡今朝も5時過ぎに起きて、ゆっくり目覚めています✨まだ、ボーッとするけど日記通信を書くとちょっとだけ頭が起きますね☺️不思議です✨*写真はイメージですこの時間でもすでに明るくになってる✨季節的にも未明から明るくなるのも早いのかな?私の体もきっと、青空が見える時間に合わせてくれてるのかも(笑)なーんて、勝手な妄想します✨あとで、朝散歩しよ✨*写真はイメージです仕事やプライベートは楽しいことがあれば、辛いこともありますよね私も、両方を経験しますでも、疲れすぎてるとたとえ、楽しいことでも、疲れてしまうこともあります私はいま、そんなときかな?なーんて、思ったりちょっとだけ、焦りはあるけど体はね、必要なときは休めないといけません*写真はイメージです私はいま、そんなときでちょっとだけおやすみをすることにしました✨本業はちょっとだけ休憩まぁ、こんな判断もすると、気は楽になるものです不思議ですよね✨これで、良くなると嬉しいなぁ*写真はイメージですみなさんも疲れを感じるときは無理せずに休んでくださいね✨そう願いつつ、窓から見える明るい朝の空を見上げます明るい空を見ると少しずつ、私も元気になりそう ✨あとで、少しだけ、コーヒーでも飲んでゆっくりしよっと☺️*写真はイメージです私の朝に欠かせないのは、朝のコーヒー✨いつ飲んでも美味しくて体にスイッチが入ります☺️頭を真っ白にしてゆっくりしつつ、仕事前の贅沢時間です☺️*写真はイメージですさて、今日もクライアントワークがんばります✨経理案件がメインにある
0
カバー画像

休職・退職・転職 デメリットしかない?

12月25日(土)、おはようございます。年賀状づくりに追われています😅※今日も「エリートに『突然休職する人』が意外にも多い理由」という記事を私のコメントとともにシェアさせていただきます。音声ブログです👇休職や退職、転職についての体験談など、メッセージいただけたらと思います😊必ずお返事させていただきます!それでは、また✋
0
カバー画像

再び…休職へ…

自身で、自分の状態がよくわからないまま、再び休職を余儀なくされ、次は病院併設のデイケアという当時としては、何も知らない場所へ行くことになります。幸い、最初に休職した際よりも体調は、まだ動ける状態だったので転院手続きとデイケア申し込みをすることが出来、周りから勧められるまま…新たな病院へ通院し始めます。病院が合う、合わない…というのは今まで考えたことがなかったですが、これまでの一方的に病状を押し付けてくる雰囲気とは違い、親身になって話を聞いてくれる…という雰囲気がありました。ここで初めて、自分が自身の状態がわからない、どうしていいかわからない…ということを伝えることが出来ました。言いようのない「安心感」があったのを覚えています。合う・合わないという感覚は未だにわかりませんが、ここでは、なぜか今まで話すことがなかったことを自分から話すことが出来ました。上手く言葉にならなくても話していいんだ…という感覚をこの時感じました。こうして…新たな病院での通院生活がスタートします。通院を始めて、しばくして…併設のデイケアにも通所することになります。この場所で、様々な気づきや価値観・考えの変化に直面することになります。あの頃の私はまだ知らなかった。この場所での時間が、自分の人生の流れを少しずつ変えていくことを。
0
カバー画像

心を休めるために:休職時に確認すべき支援と手続き

うつ病などで休職するとき、一番心配になるのは今後のことやお金のことです。ゆっくり心を休めて、と言われても、その部分が不安でゆっくり休めない方も多いでしょう。休職に入るときに、以下のことを確認しておくと、復職までの時間が少し安心になります。1️⃣傷病手当金  傷病手当金は、健康保険加入者が病気やケガで働けない場合に支給される制度です。給与の約3分の2が最長1年6か月受け取れます。会社を通して申請するため、早めに相談しましょう。  2️⃣自立支援医療制度(精神通院医療)  通院が長期に渡ることになり、通院や薬の費用が高額になる場合、自立支援医療制度を利用すると、医療費の自己負担が1割になります。主治医に相談し、市区町村で手続きを行いましょう。  3️⃣障害年金  長期的に症状が重く、生活や仕事に支障が出る場合は、障害年金の対象となる可能性があります。申請には診断書が必要なので、主治医や年金事務所に確認してください。  4️⃣会社の休職制度の確認  会社の就業規則に基づく休職制度が利用できる場合があります。規定によって給与が支払われるケースもあるため、総務や人事に確認しましょう。    うつ病での休職は心身ともに不安が大きいですが、これらの制度を活用することで、治療に専念できる環境を整えることができます。主治医や職場、自治体に相談しながら、自分に合った支援を受けてください。うつ病で休むときに、これらの手続きは負担が大きいこともあります。病院でケースワーカーに相談できる場合もあります。主治医とよく相談しましょう。少しでも、楽になりますように。
0
カバー画像

社会のためのまえに自分のために生きる

「自分を大切にすること」は、巡り巡って誰かのためになる。まずは自分を満たす。やりたいことを自分のために追求して深く掘る。そしたらそのプロセスや成果に共感してくれたり、価値を感じてくれる人がいる。このブログもそうなってほしいと心から願っています🫶
0
カバー画像

わたしの休職中の過ごし方

9ヶ月間の休職経験を振り返ってみました。過去のわたしと同じように、〈本当の自分〉が窒息寸前になっている人に届いたらいいな🥺立ち止まるのはこわかったし、自己嫌悪にもなったけど、わたしの人生には間違いなく必要な過程でした。すべての人が、「自分だけの小径」を見つけられますように。🌷
0
カバー画像

一度目の休職④

一度目の休職①はこちらから想像の遥か上を行く朝から気分はすぐれなかった。理由はハッキリしている。一度、丹念にお願いをして、きっぱりと断られたことを、もう一度お願いしようというのだ、気楽であるはずがない。重たい足取りで事務所に入る。「おはよう。調子はどうだ?」上司Cは、いたって普通のテンションだった。迷惑をかけた事に謝罪をし、緊張しながら本題に入る。まず、心療内科でもらってきた診断書を手渡す。私の貰ってきた診断書には“うつ状態”と書かれていた。「うつ… うつ状態?」はぁ?といった表情で私の顔を凝視する。上司Cの雰囲気が一変する。恐怖と緊張で上手く声が出なくなる。私は、のどの奥をねじり上げるようにして声を絞り出した。「新年度から新人の教育係を任されていますが、指示にも従いませんし、態度も横柄で口ごたえもするし、作業に対する適正も低いように感じます。」その言葉を聞いた瞬間、上司Cは間髪入れずに「俺はそう思わんなぁ~」と、私の感じ方を全否定する。「私の感じ方が間違っているかもしれませんが、私には彼を一人前にするだけの能力がありません。睡眠障害も出ているし、このような精神状態では、彼の教育係を続けることはできないので、教育係を外してください。お願いします。」その瞬間だった。「おい!!!B~!!!!!!」自分のデスクで事務作業をしていた上司Bの名前を大声で叫ぶ。「お前は課長なんだから、新人ができなかったら、何とかするのがお前の仕事だろ~!!!」想像の遥か上を行く事態に、私はパニックを起こす。取り乱し、泣きながら「やめてください」と言うと、「だったらお前が出ていけ!」と一喝される。私は泣き崩
0
カバー画像

古傷と生きる

今日は台風1号の影響で関東は朝から雨もようです。こんな日は古傷が痛む方も多いのではないでしょうか。頭、肩、腰、足…、ほんとうにじくじくと辛いものです。わたしの古傷は心にあります。仕事や家庭での圧力に負けて数年前に鬱を患い休職となりました。ベッドから起き上がれなくなり何もできませんでした。ずいぶんと自分に無理をさせてきたのだと思います。ご存知の方もいらっしゃるでしょうが鬱は完全に治りにくい病です。ふとしたきっかけでぶり返したり、病の原因になったことに触れて気持ちが重くなったりします。痛みを消そうとすると、その負担で気持ちはさらに落ち込んでいきます。そんな私でも、復職と離婚をへて、明るく前向きに病とむきあえるようになりました。この病の時には大きな決断をしてはいけない、といいます。気持ちが不安定ですからそのとおりです。でも、私の病の原因は、多忙でストレスの大きな管理職という仕事と、冷え切って居心地の悪い家庭にありました。病を抱えて復職し管理職は辞退しました。仕事は専門的で研究や分析が中心となりました。花形の稼ぎ頭である部門からの移動でしたので給料は半分に減りました。でも、毎日会社にいくのが楽しくなりました。減った収入をおぎなうための協力が家族から得られませんでしたので、自宅は売却しました。そして家庭の空気はさらに冷たくなり、離婚しました。出世も家庭も財産も失いましたが、代わりに穏やかで暖かい毎日を手に入れました。こんな雨の日は、胸のおくが痛み辛かった日々が現実であったことを思い出させてくれます。以前はそれを忘れようとしました。でも、いまはちがいます。傷も、痛みも、思い出も、大切な人生
0
カバー画像

一度目の休職①

きっかけは4年前に新入社員の教育係に指名されたことだった。私が任された新人は新人らしからぬ態度だった。言うことは全然聞かないし、時間は守らないし、態度が非常にデカかった。基本的な作業を覚えさせるために、作業の説明をして、実際に作業している所を観察させてメモを取らせる。数週間それを続けて、メモを取る手が鈍ってきた頃、「さあ、やってみて」とやらせてみると、全く違うことをやりだす。「なんでメモを見てやらないの?」と尋ねると、「メモを見ながらやったら力がつかないんで」と自信満々のドヤ顔で答える。「給料貰って勉強してるんだから、見ながらでも、なんでも、出来てなきゃダメなんだよ。そういうのは趣味でやってくれ」と言うと、露骨に不貞腐れる。物覚えが悪く、素直さが無く、異様に自信満々。間違えても、失敗しても、とにかく「すいません」の一言が言えない。そんな可愛くない新人に仕事を教える時間は、私自身が作り出さなければいけない。新人の教育係になったからといって、今までこなしてきた仕事の量を減らしてもらえる訳ではない。新人と不毛なやり取りをしても仕事が間に合うように、今までよりも早く出勤して準備をしているのだから、自分のしている事を“馬鹿らしい”と感じるまで、あまり時間を要さなかった。一ヶ月ほど経過した頃、新人は、とある製品で起きた不具合の修正をするように指示される。「この作業が終わるまで、教育係から解放される」と思ったのも束の間、作業開始から20分が経過した頃、新人の異変に気付く。座って行う作業だからなのか、船を漕いで居眠りしているのだ。入社して一ヶ月。緊張感のかけらも感じられない。「お前、眠てぇなら
0
カバー画像

はじめまして!

最近、ココナラを始めました"konkon835"と申します。簡単に自己紹介させて頂きます。元々は、大手機械メーカーで発電プラントの設計業務に携わっておりましたが、20代後半にうつ病で休職・復職を経験しました。しかし、最終的にはうつ病を再発して30代半ばに退職していまい、傷病手当金・失業保険・障害年金で生活してまいりました。しかしながら、退職後の30代半ばから40代前半まで、うつ病で働くことができなく、とうとう貯金もゾロになり、最終的に生活保護のお世話になりました。その生活保護も約半年ぐらいお世話になりましたが、アルバイトするようになり、現在はアルバイトと障害年金で生活しております。ココナラでは、これまでの経験を生かして、”うつ病で会社を休職・退職された方のご相談”をメインに活動しようと思います。どうぞ、宜しくお願い致します。↓↓早速ですが、会社を休職・退職中の方のお悩みを相談させて下さい(電話相談)↓↓ お気に入り追加、フォロー、DM、お待ちしております! 少しでも気になった方は、お気軽にメッセージ下さいね! konkon835(コン)
0
カバー画像

人生は予測不可能...でもにゃんとかなる!

まさか自分がうつ病になるなんて、夢にも思わなかった。転職をしてたったの二か月だった。「適応障害」との診断を受けて、休職することになってしまった。仕事を休んでいると、まるで何もしていない怠け者のようである...が、頭痛い、足が痛い、手が痛い、お腹痛い...気持ち悪い、吐き気がする、眠れない...だるくて身体が動かない・・・それでもただの疲労で、2、3日で回復するだろうと思っていた。が、甘かった。身体が鉛のように重く、布団から起き上がることができないのだ。 仕事を休んでいることへの罪悪感が、脳内を駆け巡り、動悸が激しく、息苦しさが増してきて、呼吸困難になる。病院へ向かうバスの中でも立っているのがやっと...胸が苦しい。医師は、薬が効いてくれば症状は和らいでくる  と言っていたが、本当だろうか。苦くて、更に気持ちの悪くなる薬を、がんばって飲んでいる。薬のせいで、余計に布団から起きられないのではないだろうか。午前中はだるくて起きられず、生活リズムがどんどん狂い、怠け者まっしぐら...である。これはいつになれば治るのか。仕事はどうすればよいのか。社会復帰できるのか...。毎日ぐるぐると、布団の中で考えていた。焦りが回復を遅らせる...らしいが、このような状態で、焦らずにいられる人はいるのだろうか。そもそも、焦らずにゆっくり休める人は、うつ病にはならないのではないだろうか。ただ、思うのは、病気にならなければ、仕事を休むことはできなかった。病気が、私の身体を守ってくれた...と、心理士の先生の言葉を理解できるのは、だいぶ後のこと。自分が「適応障害」と診断されてはじめて、「適応障害」になった人
0
カバー画像

一度目の休職③

一度目の休職①はこちらから職場で突然倒れるグッスリ眠れる薬を手に入れた私は、“現実”から“眠りの国”に逃避できるパスポートを手に入れたような気持ちになり、毎日服用していた。その日は朝から快晴だった。空調の無い職場の気温はグングン上がる。そんな暑さが原因なのか、はたまた起きてはいても薬が抜け切れていないのか、朝から足元がおぼつかない。「なんだか体にうまく力が入らないな…」そんな事を思った次の瞬間、突然、膝から下の力が抜けて、その場にヘタりこむ。パニックに陥る。呼吸が荒くなり、胸が苦しい。顔がしびれて、身体の自由がきかない。となりで働く同僚が上司を呼びに行く。駆け付けた上司Aは熱中症を疑い、涼しい場所まで私を移動させる。数分後、上司Bがやってきて、苦しんでいる私を一目見て上司Cを呼びに行く。上司Cは私を見て「ダメだなこりゃ」と言って、ようやく救急車が呼ばれることになる。それと同時に自宅にも連絡が入り、妻が次男と一緒に駆け付ける。妻が私の手をにぎって「大丈夫だよ」と声をかける。その時に前日に目にしたテレビ番組の内容が頭をよぎった。その番組は脳卒中で突然人が亡くなるという内容だった。「死ぬかもしれん…」その言葉を口にした瞬間、目から涙が溢れ出た。“無念”その時の気持ちを表すとしたら、これほど適切な単語は他にないだろう。死ぬことが悲しかったのではない。生きてるうちに成し遂げたい事が達成できなかった事に対する悲しさだったのだ。すでに倒れてから一時間ほどが経過していただろうか。ようやく救急車が到着する。救急隊員は私からのヒアリングで過呼吸だと診断する。命に関わる病気ではないと思うが、念の為、
0
カバー画像

パワハラやストレスで不眠で休職された方が、復帰!パワハラ上司は小さく見えて笑えました

4回のヒーリングで、会社に復帰されました!初めてのお申込みの時には、眠れずに、男社会のパワハラで休職され どうしていいかわからず、精神科に行くか迷っている、という状況でしたこの方とは、すごくシンクロニシティ(偶然の一致)がよく起こってました最近のことでいえば私からの鑑定で「眉間のところに違和感がありました」とお伝えすると、この方から「藍色を感じました。」ということでしたこの藍色というのは、チャクラでいえば、眉間のところに当たるのですねそして私のチャネリングではこの方の家の中なんでしょうか?そこで何か鑑定していてたのでしょうかよくわからないのですが、その壁に向かって、積み木の底蓋みたいなものを向けていたら、それがユラユラと震えていたんですねなぜだか、わかりませんが・・・(笑)すると、この方からは「今回は、たくさん身震いをしました。 ハートの裏側や全身、寒いわけでもないのに、何度もゾクゾクしました。」というご報告を頂きましたこのように私の感じたことを、この方も直接的に間接的に感じられていたのですねこれは1回目のヒーリングから、そうでした、内容は以下です↓そういうプロセスがあり、4回目のヒーリング後に復帰され感想頂きました初日だったんであまり関わってないですが、久しぶりに見たパワハラ上司は小さく見えました。 笑えました。 ほんと可哀想な人ですね…。 このまま離れて行ってくれたらいいのにな〜という感想を頂きましたこの笑えました、ほんと可哀想な人ですね、と達観できているのが素晴らしいですね、この感覚があれば、おそらくパワハラは引き寄せないと思われますただ、また前の癖がでてきたり、調子を崩
0
カバー画像

「自分を写す鏡」である友人や家族から気付かされたこと

こんにちは(*´ω`)謎のカバー画像ですが…(笑)大好きな藤井風くんのLIVEが収録されたBlu-rayを再生中に撮影したものです…!いつもこのカバー画像選びに苦戦しています…(笑)日記的な話になりますが、つい先日、急遽産業医からのドクターストップという形で職場を去ることになりました。急なことで心がついていかず、何か大きいものを失ったような、後悔や情けなさでいっぱいだったのですが。タイトルの通り、たくさんの友人や家族から優しい言葉や物、愛のこもった心遣いという名のプレゼントをたくさん、本当にたくさん受け取りました。『自分がまだ大丈夫だと思っていても、心と身体は限界なんだと思うから自分を責めないで』『今まで頑張ってきたから神様がプレゼントをくれたんだね』『申し訳なさも情けなさも感じなくて良い』『好きなことして好きなもの食べて、とにかくゆっくり休んでね』挙げたらきりがないですが、本当に優しい言葉をたくさんもらいました。数日おきに連絡をくれて、いつも私を褒めて肯定して、吐き出した言葉もすべて受け止めてくれる大好きな優しいお姉ちゃん。「ママとおそろいだよ」「幸せになろうね」「大好きだよ」ってお守りを送ってくれる母。言われた通り身体を休めるうちに、やっと自分と向き合うための心の余裕がでてきた気がします。何かの本に、「自分の周りに居る人は自分を写す鏡だと思って良い」と書いてありました。それを思い出した時、「今までの自分の生き方は間違ってなかった」「自分のしてきたことは正しかった」という確信を持つことができました。考えすぎる性格が自分の心に必要以上に負荷をかけてしまうこと。人が好きだからこそ
0
カバー画像

転院…~新たな居場所~

転院手続きから、しばらくして病院併設のデイケアサービスへ通所を始めました。これまで自身の症状や、同じように苦しんでいる方達に目を向けてこなかった自分において、このような場所があることを何も知らなかったですし、自分がこのような場所に行くことなど微塵も考えてなかったことが、自身にとって大きな衝撃を受けることとなりました。初日…初めてその場所へ足を踏み入れた私は…想像では皆暗く静かな場所をイメージしていました。ところが…皆、周りの人と話をしたり…中には笑顔で談笑する姿が…。もちろん…静かに読書をされている方もいましたが、想像とは真逆の明るい雰囲気で賑やかとさえ思える場所でした。この人たちは…皆…病気なの??…と思えるほどでした。この当時、人と接することをおっくうに感じていた自分だったのでこの雰囲気は馴染めるのかな?と戸惑いを感じたのを覚えています。席に案内され…静かにしていると…1人が自己紹介とあいさつに来てくれました。「よろしくお願いします」と丁寧にあいさつしていただき「なんでも聞いてくださいね」とおっしゃっていただきました。この何気ないひと言が、どれだけ心強かったか…初めての場所で戸惑っていた自分を温かく迎え入れてくれた気がして安心した記憶があります。この方は自分よりも年下の方で、デイケアには長年の「引きこもり」から通所している方でした。この方とは今現在でも交流があります。こうして…自分にとって、初めてのデイケア通所という新たな経験がスタートします。この場所で、たくさんの方たちと出会い、話をし…皆抱えているもの、病気や障がいといった世界があること…を通じて、自身の考え方や価値観が
0
カバー画像

"休職”は逃げじゃない😊

「今の職場がしんどい。でも、休職ってどうすればいいの?」 「そもそも休職しても大丈夫?」 休職は決して甘えではなく、心と体を守るための大切な選択肢です。 「今、どうすべきか?」 を一緒に考えていきます。 どうか一人で抱え込まず、まずはお話を聞かせてください。 ♡こんなあなたにおすすめです♡ ☘️休職しようかどうしようか迷っている。 ☘️休職に関してわからないことがいろいろある。 ☘️医師やカウンセラーのアドバイスではなく、経験者の立場でアドバイスがほしい。☘️経験者につらい気持ちをわかってほしい。 ☘️毎日会社に行くのがしんどい。 ☘️毎朝電車の中で涙が出てくる。 ❤️どんな小さなモヤモヤでも大丈夫。1分から、お気軽にどうぞ❤️
0
カバー画像

YouTubeでうつ克服の方法を解説

YouTubeでうつの原因についてお話しさせて頂きました。
0
カバー画像

「リワーク占い」組織ができること ②

こんにちははたらく女性の心と身体の調和を応援するカウンセリングサロン「いなはぁーと」のカウンセラー naomi ですこの「リワーク占い」をサービスにしよう!と思ったきっかけは人事部門へ異動したことがとても大きいですそこで 考えたことです続きますーーーーーー 休職者が出てしまった時 人事部門にいるからこそできることはないか「組織として何ができるのだろう」と考えました例えば休職中の職員の管理監督は 上司が行います休職後異動してきて面識がなくても 新しい上司が本人に電話で連絡をして状況を確認します行うタイミングは 休職期間がそろそろ切れるタイミングでした体調が改善していない場合は 病院の診断書の再提出を求めます過度な電話連絡は負担になるので業務上 必要な場合以外は基本連絡をしませんこれは あくまで管理監督です休職中の職員に対し 組織は 直接ケアすることはかなり難しくなりますどちらかといえば空いてしまった仕事の穴埋めに翻弄するメンバーをフォローしたり人事部門に職員の補充を依頼したり仕事がスムーズにできるよう 職場環境を整えていきます人事部門として 休職している職員に対しできることは安心して休めるように 利用できる制度の説明を行なうこと安全衛生委員会を開催し 復職について話し合うこと復職した場合の仕事の内容や量などの調整を行うこともしかしたら 他にもできることがあるかもしれませんがその時 私が考えたことは このような感じでしたですが実際はどうでしょう休職者の家庭訪問をしたことがありました月に1回程度の電話連絡のみで 引っ越したことは聞いていました休職期間がそろそろ終わるので 延長するのか
0
カバー画像

ストレスをコントロールする

ご覧頂きありがとうございます。精神科ナースマン ヤムチャと申します。今回は「ストレスをコントロールする」についてお伝えしていきたいと思います。最後までお読み頂くと、①今抱えているストレスが少し楽になる②ストレスとの向き合い方が分かる③今後の長い人生をストレスに振り回されにくくなる・・・かもしれません笑①ストレスの傾向②ストレスとの向き合い方③具体的な考え方④結論の順でお話していきます。〈ストレスの傾向〉この記事を読んでいるあなたも、日々何かしらのストレスを抱えてらっしゃると思います。仕事のこと、人間関係、お金の心配、健康のこと、家族など自分の大切な人のこと、漠然とした不安、原因不明の気分の落ち込み、イライラ、寂しさ。。。そうした様々なストレスが、種類や大きさを変えながら、日々まとわりついてきますよね。そんなストレスに対して、どう反応するか、人によって傾向があります。ある人は、気づかないふりをするある人は、ただじっと我慢するある人は、浪費やお酒、過度な食事や睡眠などで     一時的に目を背けようとするある人は、悲しみやイライラといった感情に、ただ振り回されるある人は、ストレス自体をやっつけようと、問題解決に奔走するあなたはどうでしょうか?何が良くて、何がダメ、正解はコレというものではありません。受けやすいストレスの種類や、ストレスを受けた時の反応にはその人その人によって「クセ」のような傾向があるということです。まずは、あなたのストレスのクセを振り返ってみて下さい〈ストレスとの向き合い方〉あなた自身の傾向が分かったら、次です。ストレスと、より良く付き合うために、どうしていくか考え
0
カバー画像

研究室のストレスで適応障害になりました

研究歴7年、28歳男性で生物系研究者の「めいす」です。博士(医学)の学位を取得しています。私は現在ポスドクをしており、来年度から大手製薬企業の研究職として就職します。私はポスドク1年目に適応障害を発症し、現在休養中です。本記事では私が適応障害(Adjustment disorder)になった経験について書いていこうと思います。1.適応障害とは?適応障害とは、ストレスによって、気分の落ち込みや不眠などうつ様症状がでる疾患のことです。うつ病との違いは、区別が難しい部分があるようですが、一般的にストレスの原因がはっきりしており、ストレスから離れれば症状が軽減するのが適応障害で、うつ病は脳の病気で、原因が無いのにうつ様症状を示すそうです。私の場合、適応障害と診断された時は、常に気分が落ち込んでいる何もやる気が起きない朝起きるのが辛いあらゆる興味がない呼吸が苦しく感じる時がある非常に疲れやすく、休んでも疲れが取れないといった症状が出ておりました。研究室に行くのが苦痛で、行ったとしても何もやる気が起きない。そんな状態が2週間くらい続きました。人間誰しもが5月病のようにやる気が出ない時というものはあります。適応障害の場合、ただやる気が出ないのではなく、何かをする気力がないという状態だと思います。適応障害は「環境へのアレルギー反応」と例えられることがありますが、まさにその通りだと思っています。小麦アレルギーの人が、小麦を食べられないのは、やる気が起きないからではなく、そもそも食べられないからですよね。適応障害は、環境が自分に合っていないだけであり、やる気といった精神論ではどうにもならないのです
0
カバー画像

仕事のストレスやパワハラによる不眠で、ヒーリングを受けたら、熟睡できて頭が軽くスッキリしてます

【ある女性からのお悩みの内容です↓】職場でのパワハラで不眠です。 気にしないようにしていましたが、昨日から休んでいます。 この先どうしていいかも分からず、精神的にも病院に行った方がいいのか 悩んでいます。 全然笑えず、冷酷な考えしかできなくなってるので、心も頭もスッキリしたい です。 【1回目のヒーリング】まずはヒーリングの鑑定結果をお伝えしますまずは下腹の背中側ですね、強力なしびれを感じ取れました ここは感情面が出てくるところで、強い緊張、ストレスがあったと思われます 綺麗にヒーリングできましたので、和らいでくると思います 次にハートの心の個所ですね ここは前面、背中側、両方から、熱いものが出てきておりました 四方八方から、ヒーリングして正常になりました 最後に、おでこですね、この額側から、何か流れ出てきました なんか想念やウミが出てきて、スッキリされたんじゃないでしょうか? また頭の波動調整でも、けっこう歪み、硬くなっておりました 今日は、まぁまぁ眠れたか、まぁまぁ強力にクリーニングしましたので少し 好転反応があるかもしれません が、これも中側を綺麗にして、正常に戻すための良い行いですので、しばらく ゆっくりされてると良くなってくると思います ですので、流れでて綺麗になりますと、パワハラも引き寄せなくなってくると 思います 【お返事】 ヒーリングありがとうございます。 やはりそのまま眠ってしまいました。 久しぶりにゆっくり眠れました。 ヒーリングも感じました。 胸は針で刺したようなチクチク感。 頭は特に感じられ、頭の右側から5箇所程、チクチクが抜けていきました。 寝起きです
0
カバー画像

なぜココナラを始めたのか

初めまして!まこ汰と申します。ゲイです。私は某キノコが特徴的なサービス業で働く会社員です。この度うつ病を発症し、休職しました。仕事の負担ストレスが大きくうつを発症しましたが、休む気は一切なく、仕事をしながら直すつもりでしたがある日完全に「ブチっ」と頭の中で頑張りの糸が切れる音が聞こえ休むことを決めました。そんな私が悩みなんて聞けるのか?と思いましたが、皆さんがどんなことが辛いのか、休むべきなのか?等のお悩み。ゲイの人に話してみたいこと、聞いてみたいこと、純粋に話したい(笑)等時間ができたからこそやってみたいと思い始めてみました。もし興味を持っていただけたら幸いです。気軽に声をかけてください。
0
カバー画像

デイケアに通所を始めて…

最初は…あまりに和やかな雰囲気に面食らったデイケアですが毎日、通所出来るようになりました。デイケアの流れは…朝9:00~9:30 通所・入室   9:30~10:00 ラジオ体操、お散歩10:00~10:30 休憩 10:30~11:30 午前のプログラム11:30~12:00 休憩12:00~13:00 昼食13:30~14:30 午後のプログラム14:30~休憩、掃除、帰りの会15:00 退出 …という感じの流れでした。最初は、知らない方たちばかりで正直、あまり人とかかわりたくない気持ちでしたが、そういう人たちのために周りも感じ取り、無理に話そうということもなく、落ち着いて過ごすことが出来ました。そういう意味では、皆同じように苦しんでこられた方達ばかりで何も言わなくても、理解してもらえる場であったと思います。これまで、自身の「うつ病」に向き合ってこなかった自分が、この場所で同じように苦しんでいる人達を目の当たりにすることで自分も皆と同じなんだな~…と思い始め、こんなにたくさんの人たちが自分と同じ思いを抱えて苦しんでいるんだ…と初めて思いました。これが…この場所に来て初めて感じた「気づき」でした。
0
カバー画像

復職1年半~葛藤と苦悩…~

復職をして何とか1年半を過ぎ、時折…めまいなどありながらも、自身では「まぁ~大丈夫だろう」と安易に考えていました。そんな折、復職プログラムも終わり、通常業務へとシフト…職場も異動となり、自分なりに色々考えながら業務へ取り組みました。気丈に振舞っていましたが、内心は不安感で押しつぶされそうな時もあり、この時すでに不安定だったかもしれません。それでも無理して続けていたのは、復職した分を取り戻そうとしていた自分があったからです。そんな状態で3ヶ月…徐々に不安感は大きくなり…体調面でも不眠や吐き気など出てくるように…通院もしていましたが、正直…この当時は自身の「うつ病」というものに対して理解もせず、服薬していればいいんだ…程度にしか考えていませんでした。次第に…体調がすぐれない日々が続き、休みがちになっていきました。自身で「なぜ体調がすぐれないのか?」そんな疑問と「仕事に行かなくては…」と葛藤の中で、会社から転院を進められました。この当時、通院していた病院は、よくわからないまま…街の看板を頼りに選んだ病院でした。自身にとって合っているのか?どうか?など自分にとってもわからないまま通院している状態でした。そんな状態をみて、診療所から復職プログラムのあるデイケア併設の心療内科さんを紹介され、再び…休職をすることになります。
0
カバー画像

【自己紹介】「100点」を目指して壊れた30代が、「60点」で生き直す話。

「まだいける」 「これくらいで弱音なんか吐いていられるか」 そうやって、自分の限界を毎日更新しながら、日々のストレスを押し殺して通勤する毎日でした。 しかし、ある日突然、私の人生に「強制終了」がかかりました。 朝、起き上がれない。 体は動くはずなのに、ベッドから出られない。 頭では「行かなければ」と分かっているのに、涙だけが勝手に出てくる。 診断名は、適応障害。 100点を目指して走り続けてきた私は、いつの間にか「自分を大切にする」ということに関しては、0点の状態に陥っていました。 目次1. 自己紹介 2. このブログで発信していくこと 3. あなたへ 1. 自己紹介はじめまして。このページを訪ねてくださり、ありがとうございます。私は少し前まで、どこにでもいる「普通」の会社員でした。 30代、中堅として現場を支える立場。 性格は、昔から「完璧主義」で、中途半端が大嫌い、細かいことが気になってしまうタイプ。 その分、仕事ではミスも少なく、周囲からは「彼がいるなら大丈夫だ。安心して任せられる」と評価されていました。 でも、その「期待」という名に応え続けようとした結果、私の内側では静かに、でも確実に限界へと向かっていました。 2. このブログで発信していくこと 私がこの場所で書きたいのは、キラキラした成功法則ではありません。誰にも頼れず、暗闇の中にいたあの時の私が、喉から手が出るほど欲しかった、「具体的で、泥臭い、自分を守るための知恵」です。環境から自分を物理的に切り離し、心を穏やかに保つ「防衛術」。 完璧主義な思考を「60点」で止めるための考え方。 壊れた状態から、少しずつ日常を取
0
カバー画像

キャリアを止めて「休む」のは逃げではない。疲弊した心を回復させ次へ進む勇気

「朝、体が鉛のように重くて動かない。でも、休んだらキャリアに穴が空いてしまう……」「周りはみんな頑張っているのに、自分だけが立ち止まるなんて許されない」「一度レールを外れたら、もう二度と元の場所には戻れないのではないか?」今の仕事に限界を感じながらも、そんな恐怖から無理をして自分を削り続けていませんか?「休む=負け」「キャリアの空白=価値の低下」という強迫観念。実は、その「無理な継続」こそが、将来のキャリアを修復不可能なほど壊してしまう最大のリスクかもしれません。■私、ケマナラは何者か?なぜ、ココナラにいるのか?私はこれまで、事業部長、人事責任者としてHR業界を20年経験してきました。現在は独立し「KM3 Creative Studio」の代表として、採用代行(RPO)や人事コンサルタントとして企業の採用支援や現役面接官を継続しています。 ▼プロフィールはこちらから https://coconala.com/users/4914830 20年間、数多くの履歴書を読み、面接を行ってきました。その中で、「戦略的に休んだ人」がその後、驚くほど力強く復帰する姿も見てきました。心が折れてしまう前に、正しく立ち止まることの大切さを伝えたい。その想いで、私はココナラで相談に乗っています。■面接官が「空白期間(ブランク)」をどう見ているかの本音多くの人が恐れる「キャリアの空白」ですが、実は面接官は「期間の長さ」そのものよりも、「その時間をどう扱い、どう決着をつけたか」を重視しています。面接担当者の本音を明かせば、こうです。「無理をしてメンタルを崩したまま入社されるより、しっかり休養して『今は
0
カバー画像

メンタルが壊れる前兆。体が発している「SOS」のサインを見逃さないで。

「最近、朝起きるのが異常に辛い」「好きだった趣味に、全く興味が持てなくなった」「夜、ふとした瞬間に涙が出てくる」もし心当たりがあるなら、それはあなたの心が限界を超え、体が必死に「SOS」を発している証拠です。20年組織の中にいた私から言わせれば、メンタルが壊れるのは「弱いから」ではありません。「責任感が強く、一人で抱え込みすぎてしまったから」です。【30秒でわかる!心が動かなくなる前に知ってほしい「自分を守る戦略」】・メンタルが削れるのは「弱いから」ではなく、真面目すぎるから朝起きるのが辛い、趣味に興味が持てない、不意に涙が出る……。それは心が限界を超えたSOSです。20年組織の中にいた私から言わせれば、心を病んでしまうのはあなたが弱いからではなく、誰よりも責任感が強く、一人で耐えすぎてしまった証拠です。我慢の先にあるのは「回復のための長い空白期間」かもしれません。「逃げる」ことは、時に人生を守り抜くための最も賢い戦略になります。・そのイライラや不安は、あなたではなく「環境」のせい理不尽に怒鳴る、手柄を奪う。そんな「クソ上司」の下で自信を失っていませんか?上司は尊敬すべき対象ではなく、台風のような「避けるべき環境リスク」です。真面目な人ほど自責の念に駆られますが、悪いのは100%相手。お城の外(市場)から見れば、その上司はただの「裸の王様」です。自分を責めるのを今すぐやめて、まずは安全な場所に毒を吐き出しましょう。・瞳の光が消える前に、組織の論理から抜け出す一歩を日々多くの面接をしていますが、無理をして耐え続けている方は、どんなに実績が立派でも瞳に悲壮感が漂ってしまいます。組織
0
カバー画像

職場に行きたくない朝、検索してしまう言葉がある。 ― それでも会社へ向かうあなたへ、伝えたいこと ―

こんにちは。「話すことで落ち着いた」と言っていただくことの多い、現役カウンセラーちか です。「職場 行きたくない」「朝 動けない」こんな検索履歴が、スマホの中に並んでいたら、それだけで“毎日よく頑張ってる証”だと思うんです。でも、その検索履歴は、誰にも見せられない。心の中で小さくSOSを出しながら、今日も出勤してるあなたへ。今日は、そんなあなたに向けて書いています。■「仕事に行きたくない」は“怠け”じゃなくて“防衛”よく「逃げたい気持ちは誰にでもある」って言いますよね。でも、毎朝、身体が重くて仕方ないのは、ただの気分の問題じゃない。それは身体が、「今はこれ以上頑張れないよ」ってちゃんと教えてくれてるサインかもしれません。私がこれまでお話を聴いてきて思うのは、限界のサインは“意外と静かに”やってくるということ。・朝がつらくなってきた。・理由はわからないけど涙が出る。・そのまま出社しても、うまく笑えない。そうやって、“こころのバッテリー”が少しずつ減っていくのをごまかしながら働き続ける人が、とても多いです。■「もうちょっと頑張れる」は危険信号かもしれない「まだいける」「もうちょっと我慢しよう」そう言い聞かせてきた人ほど、ある日ぷつんと糸が切れることもあります。だからこそ、“ギリギリになる前”に気づけたあなたは、すごいんです。今はまだ話せないかもしれない。でも「誰かに気持ちを整理してもらいたい」と思ったなら、それは心が、あなたに助けを求めているサインです。■話すことで、自分の心の「居場所」ができる職場では誰にも言えない。家族にも、同僚にも、理由がうまく説明できない。――そんなときこそ
0
カバー画像

【リアルな現状】感情ジェットコースター

🔹過去〜現在進行中🔹2年ぐらい前、私は今の会社を休職する事になった。それに至るまでの過去や、当時の症状は長くなるから今後記載する事にする🫢メンタル、身体の異様な症状に気付いた私は自宅から1番近い心療内科へ予約の電話をした。初診と伝えたところ、1ヶ月先と言われたので一旦予約はせず他の病院へも電話で確認したがどこも同じくすぐに受診はできなかった(>_<)メンタル系の不調だろうな、とは思っていたけど物理的に身体に異常があるかどうかだけでも分かれば安心できるんじゃないか、と思いまず内科を受診。結果、異常はなし。症状的に心療内科を紹介され、「やっぱそうですよね〜」なんて言いながら身体に異常がなければとりあえず大丈夫か(°_°)なんて思って甘く見てた私😂その間も心も身体もボロボロだったが、遅刻してでも会社に行ってたのよね、バカだよね(笑)当時の部署の上司に、「部署移動や少し纏まった休みを取って身体を休めないと最悪仕事ができなくなったり、日常生活も困難な状態になる事もあるから無理しないでほしい」そう言われた時の私は、私はそんな事にはならないし、それよりこんな忙しい状況の中で私が抜けるわけにはいかない。誰がバランス見て全体管理できるの?誰が皆の愚痴や相談を聞いて気にかけてあげるの?もう辞めたいです、辛いですこのタスクどうしたらいいですか?もう頑張れないです。。私に相談にきてるギリギリの人も数人いる中で私だけ休めるわけないじゃん!と、上司の話を聞きながらそう思っていた。「私がいないと回らない」「もっと私が頑張らないと」「皆苦しい思いで頑張ってるのに私が抜けるのは絶対無理」そんな状態の
0
カバー画像

うつ病とは?心と体の健康を守るために

現代社会ではストレスの多い環境や生活習慣の変化が原因となり、誰でもうつ病を発症する可能性があります。このコラムでは、うつ病の基本的な理解、予防方法、そして周囲のサポートの重要性について考えてみます。【うつ病とは?】うつ病は、単なる一時的な「落ち込み」とは異なる精神疾患です。長期間にわたって持続的に気分が沈んだり、喜びを感じられなくなる状態が特徴的です。主な症状には以下のようなものがあります:    心理的症状:悲しみ、無力感、自己否定感、不安感。    身体的症状:疲労感、睡眠障害、食欲変化、身体の痛み。    行動の変化:集中力の低下、仕事や学業への興味喪失。  等々これらの症状が2週間以上続く場合は、専門家の診察を受けることが推奨されます。【うつ病の原因】うつ病は、単一の原因で発症するわけではありません。以下のような複数の要因が複雑に絡み合っています: ストレス:仕事や家庭環境、人間関係のストレスが大きな要因となることがあります。    遺伝的要因:家族にうつ病の既往がある場合、リスクが高まると言われています。    脳の化学的不均衡:セロトニンやドーパミンといった脳内の神経伝達物質のバランスが崩れることが影響します。    生活環境の変化:引っ越し、転職、失恋など、生活環境の大きな変化もリスク要因です。【予防とセルフケア】うつ病を予防するには、日常生活の中で心と体の健康を守る習慣を取り入れることが重要です。    規則正しい生活:睡眠時間を一定に保ち、バランスの取れた食事を心がけましょう。    適度な運動:ウォーキングやヨガなどの軽い運動は、気分を安定させる効果がありま
0
カバー画像

今、休職している方へ③1秒でも今ここに、心地よさを。

前回は、休職するくらいまで頑張ってきた自分を労うことや 自分が苦しいときは、時には人に頼る、助けを求めること 頼ることに抵抗がある場合は、そんな自分を見つめてみることを書きました。さらに補足ですが、①の記事で受容の話をお伝えしましたが この受容は書くと簡単なのですが、実際にどんな自分も受け入れるのは、なかなか難しいかもしれないなぁなんて思いました。なので、まずは苦しい自分に、現実に抗う自分に気づくことが入口かもしれません。 以上補足でした。 本題に入ります! 休職されている方にさらにご提案させていただくなら 心地よさに目を向けよう、心地よさを探してみようという視点です。 もっと言えば、今ここに目を向けることです。たとえ、1分、1秒だとしてもです!! 一瞬でも今ここ、心地よさに向けようとする意識が大切です。私が今年、トラウマについて学んできて特に感じていることです。 休職していた当時の私は心地よさを感じようという意識はほとんどなく 貯金額や休職期間がいつ終わるか、転職のこと、そして家族の問題、揺れ動きなど さまざまな悩みや不安、心配を感じていたことが多かったです。 心地よさに目を向けることに、意識があまりありませんでした。意味がないとも思っていました。 ネガティブな自分に気づくこと、受け入れることも大切なのですが それと同じくらい、今ここに意識を向けること、自分の心地よさを感じることもとても大切です。 自分の心地よさて何だろうと探してみてください。問いかけてみてください。 それは、シンプルで身近なもので構いません。 ・音楽を聴いているとき ・好きな食べ物を食べているとき ・お風呂
0
カバー画像

カウンセリングとは ~対話から気付くこと~

カウンセリングの定義は各団体によって異なりますが、私の感覚としては、単なる相談よりも相談を受けることによる「援助」という意味合いが強いように思います。 相談を受けて、実際に異動などの行動に出ることは少ないですが、かと言って、話を聞くだけでもありません。 対話のプロとして、本人の感じていることを受けとめ、言語化し、さらに本人に気づきを促します。そうすることによって、本人は自分が真に考えていることを認識できるようになったり、新たな考え方・感じ方ができるようになったりして、カウンセリングを受ける前と後とでは、生き方そのものが変わることもあるのです。 このような過程は、自分ひとりで体験することは非常に稀だと思います。 カウンセラーである私自身ですら、自分の考え方の枠を正確に認識し、その枠を変えることは容易ではありません。 それが、カウンセリングを受けることによって、これまで見たことのない世界を自分の中に見ることができるようになるのです。 自分の考え方を再認識する効果として、よく例え話として使われるのは、「鏡」です。 私達は、鏡を見ずして、自分の顔かたちを正確に認識することは難しいです。しかし、鏡を見ることで、こんな顔、恰好をしていたのか、と改めて確認することができる。それは、自分でイメージしていたことと違うこともあるでしょうし、それによって、その後の行動が変わることもありますよね。 カウンセラーは、クライアントの鏡として、クライアント以上にクライアントの考え方を捉え、クライアントに返すこともします。 これは、あくまでカウンセリングの機能のほんの一部ですが、これによって、クライアントが望
0
カバー画像

「長期休養」を申請される前に 管理職が「職務軽減の判断をする」② 現状説明😢😢

A先生はこんな状態でした😢😢 4月に転勤したばかり 子供さんは小学一年生になったばかり 2年生の担任になりました 立ち歩きをする児童がBさんが在籍 暴言をはく子です 校内委員会では ただただ長い会議を繰り返すばかり 特別支援担当の先生やスクールカウンセラーさんという専門職が参加していても 専門的なアドバイスもなかったそうです 困った困ったと愚痴の溢し合い 何をどうしたらいいか誰も出さなかったといいます 組織的に対応できない管理職((+_+)) こんな状態の中で管理職の判断は 副校長が時々見に行く つけるときだけ支援員がつく ところが状態は悪化するばかり ついには 他の先生方が空き時間に割り当てられて順番に「見張る」という対応を管理職は取りました ここでようやく学校全体の課題であったということが明らかになったのです私の目から見ればBさんは素行症の典型事例です 副校長には 医療と連携すれば 服薬で和らぐ場合が多いことを進言 すると スクールカウンセラーや特別支援担当教員が教えてくれなかったと反応 保護者への説明を進言しましたが 親との関係は良くない これ以上話をこじらせたくないという態度でした ならば A先生の職務軽減を進言しました このままでは A先生は休職に陥りますよ ・・・ご本人のためにも 同僚のためにも 児童のためにも・・・と  以下を進言  今でも国語1時間と 音楽2時間は担任でない先生がしています  加えて図画工作も図工専科が行う  朝の会・帰りの会・給食指導は専科がつく  医療へのつなぎは 副校長・養護教諭・スクールカウンセラーとともに共   感しながら説明を続ける
0
カバー画像

不安障害の診断を受けた話

 私は今現在、仕事を休んでいる。 所謂休職というものだ。理由が職場での人間関係トラブルな為、妥当な判断だと思う。 仕事に行けなくなったのが二週間程前。もし今後休職するなら診断書が必要、と上司に言われた為、私は予約が取れた心療内科に出向くことにした。 実は学生時代にも、一度だけ別の心療内科に出向いたことがある。 当時はかなり適当に症状を話してしまった記憶がある。その為、特に病状に名前は付けられず、気持ちが安定する薬を渡されて診察が終了した。 この数年後に気づいたのだが、私は自己分析が苦手だ。 それは就職活動で面接時に使うようなペラペラな自己評価のことではなく、自分のストレスに対する耐性や、自分に起こっている吐き気や動悸、呼吸困難症状がどれくらい社会的に問題なのかの判断を付けることが出来ない。自分の症状は甘えなのではないだろうかと自分で考えては、自己完結してしまう。 学生時代は特にその問題が根強かったので、医者にも自分の症状がどれ程しんどいかをアピールすることは出来なかった。その時の時間や金銭のことを思えば非常に悔やまれるが、引っ越した為、もうその病院に世話になることはない。 閑話休題、今回ははっきりと自分の症状を伝えたることが出来た。最近の症状を思い出しながら、時には当時のメモなどを見ながら慎重に説明する。お陰で医者も診断がしやすかっただろう。「パニック障害ですね」  そう言われた時、「そうなんですか」と初めて知ったみたいなリアクションをしたが、実際は「だろうな」という感想だった。 医者に、あなたは病気ですと言われると、何だか心根で安心している自分がいた。自分は弱っていると第三
0
カバー画像

燃え尽き症候群になった過去

こんにちは。私は過去に適応障害になったことがありますが、今思い返すと燃え尽き症候群だった可能性が高いなと思います。私のエピソードを交えてお話しします。今、同じように悩んでいる方の参考になると幸いです。燃え尽き症候群とは、仕事などを頑張り過ぎて、今までやる気があったのに急にやる気がなくなったり、仕事に行きたくない・やりたくないなどの症状が出るものです。燃え尽き症候群を発症した育休明け私の場合は育児休暇が終わり、復職した際に発症しました。当時の私は、子育ても仕事も両方とも頑張りたいという気持ちが強かったです。特に仕事においては、早く遅れを取り戻したいと言う気持ちが強かったです。そのため、復職前から勉強をしていました。iPadに勉強用のアプリをインストールして、参考書をダウンロードして勉強しました。また、助産師雑誌の定期購読を申し込み、毎月送られてくる雑誌を読んでいました。でも全然仕事に集中できません。1年と言う育児休暇で頭は全然動いておらず、復職当日は自分のID・パスワードも忘れており、電子カルテに入れませんでした・・・。「ほんと、情けない」と自分を責めました。時短勤務だったので、朝の申し送りも聞けず状況の判断も難しかったです。毎日毎日が必死で、あっという間で気が休まることはありませんでした。人間関係で悩む当時、中堅層の助産師がほとんど産休や育休・退職などで不在でした。慢性的に人手不足でした。また他の病院から来たベテラン助産師や厳しいと噂の主任が来たりと人間関係が大きく変わっていました。何とか普通に仕事をしてはいたものの、やはり慢性的にストレスが溜まっていきました。パニック障害?お
0
カバー画像

発達障害を強みに変える

発達障害があると、仕事などでうまくいかなかったり、失敗が多かったりすることがあります。これは短所として捉えられがちですが、短所を長所に変えることができます。私自身、ADHDの不注意の特性から仕事で誤字や脱字が多く、上司から怒られ続けるストレスから適応障害を発症してしまいました。 しかし、その後、自分の短所を見つめ直し、短所が長所になる方法を模索しました。短所の裏側には長所が隠れているADHDには不注意・衝動性・多動性という3つの特性がありますが、これは短所として捉えられることが多いです。しかし、私は自分の不注意の特性が、今の仕事や勉強において生かされていると感じています。例えば、書類作成の作業中に頭の中が考えで忙しくなってしまい、正確な作業ができないという短所があります。しかし、この特性が、より複雑な問題に取り組む際に役立っています。私は複数の情報を同時に色々と考えたり調べたりする能力があるため、様々な本や情報を同時並行で調べて自分の知識として吸収するという長所に変えることができたのです。自分の短所を疑ってみる私は自分の短所を疑ってみることから始めました。自分ではどうしても克服できないと感じる短所でも、状況や環境によっては長所に変えることができます。自分自身に向き合い、短所を長所に変えるために取り組んだ結果、自分自身の成長にもつながっています。発達障害があるからといって、自分の可能性を否定することはありません。自分自身を受け入れ、自分自身に向き合い、自分の特性を長所に変えることができれば、生きづらさから解放され、自分自身を肯定的に捉えることができるようになります。長所が分からな
0
カバー画像

「リワーク占い」はじめました ③

こんにちははたらく女性の心と身体の調和を応援するカウンセリングサロン「いなはぁーと」のカウンセラー naomi ですこの「リワーク占い」をサービスにしよう!と思ったきっかけについて続けますーーーーーー この後 職員は 応援に来た県内外からの保健師さんの力を借り全員が健康チェックを行いました積極的に休日をとるよう予定を調整したり仕事以外の話も積極的にするようになりました亡くなった職員に線香をあげに行く職員も出てきました周りが少しずつ落ち着いてきた頃ちょっとした仕事上の衝突から 休職する職員が増え出しましたストレスの限界値を超えてしまっていたのでしょうそれでも町の復興は まだまだ見えていない状況でした・・・・・・私は 震災という経験から・どう足掻いても何もできないことがあること・自分を犠牲にして仕事をし続けることが最善策ではないことを知りましたこれを知らずに「やらなければ」という使命感だけで頑張ってしまうと心身に不調をきたしてしまうことがあり結果として仕事に影響を与えてしまうのではないでしょうかそしてこの震災は 終わりが見えない仕事でしたどんなに頑張っても いつ終わるかわからないのです・・・・・私たちの町役場は犠牲になった職員が多かったので震災直後の4月1日は 大規模な人事異動がありましたそれ以降も 他県の応援職員や 企業からの職員の受け入れなど新規採用者も含めて 積極的に受入・採用していきましたそれでも 対応すべきことの多さと困難さそして人が変わるごとに行われる引き継ぎにどの部署も 悲鳴をあげていました人事を担う総務部門は 他の部署の配置を優先した結果震災前よりも少ない人数になり
0
カバー画像

教員が退職するまで ~休職を決める~

みなさんこんにちは。お久しぶりです。春になりましたね。前回は晩秋だったのに・・・。先日お花見に行ってまいりました。天気もよくていいリフレッシュになりました。健康で文化的な最低限度の生活ってこういうことを言うんですね。ということで、久々にブログを書いていこうと思います。さて、私は約10年勤めた公立中学校を退職したわけですが、その経緯を書き記していきたいと思います。こうすることで、今苦しい思いをされている先生方の参考に少しでもなればと思います。以前にも書きましたが、私は元々心身共に無理をする働き方をずっと続けていました。時々ひどく塞ぎ込むことがあったので、精神科に通って服薬しながら教壇に立っておりました。それでも、休職する前まではいいバランスで仕事をしておりました。数年前詳しくは申し上げられませんが(そして教育現場ではよくあることですが)、納得のいかない異動をすることになりました。それでも新しい職場でがんばって環境と人間関係に慣れようと奮闘しておりました。ただ、なかなか解決できない問題をかかえ、いろいろな人に相談したり手助けしてもらっている状態でした。梅雨の時期になり、段々と体調を崩すことが多くなってきました。食欲がなく、朝食や給食が食べられなくなりました。朝、体が重く起き上がるのが困難になりました。ふとしたときに涙が流れるようになりました。病院に駆け込んで、抗うつ薬を増やして貰いました。しかしながら、状況は改善せず、年休を取ることが増えました。生徒たちの事は大好きなのに、学校に行けないもどかしさ。頭では本当に辛かったですが、心は無の状態でひたすらに憂鬱でした。そして、糸が切れるよ
0
カバー画像

ありのままに心のままに③

工場長からの伝言休職中でも勤めていた会社とのやり取りが無くなるわけではありません。今でも籍が残っているので、税金や社会保険料などの控除を会社に毎月納めています。総務のお爺さんは、この会社の中で一番マトモな人と言っても過言では無いくらい話の通じる相手です。そんなマトモな総務のお爺さんが、控除のお金を我が家まで徴収に来ると、妻から聴くだけで、私の体調は異常をきたします。今月で4回目になる、そのルーティンに少し変化がありました。「工場長が一度、どんな様子か話を聞きたいと言っている。無理なら奥さんも一緒でいいから会社に来れないか?」と言っていると、総務のお爺さんから、妻に言伝がありました。私が休んでいる理由は“適応障害”です。あの場所、あの空間にいることが苦痛だという病気です。会って何が知りたいと言うのでしょうか?苦痛を伴う職場まで出向き、「この場所にいるのが苦痛です」と伝える事に意味があるのでしょうか?在職中に上司、幹部の口癖がありました。「対応します」指示を出すわけでもなく、問題を解決するでもない。できるやろ?なんとかしろ!それをやるのがお前のしごとだ!などなど、「対応した」という事実をもって、不利益な結果が出た時の免罪符にしようという予防線を張る、悪しき習慣というより、◯◯イズムとして文化になりつつあります。きっと、今回も長期で休んでいる奴がいるから対応しただけのことなのでしょう。目的もなく、ただ、いたずらに対応したところで何が生まれますか?対応した人間の自己満足と、私に更なる心の傷を生む未来しか浮かびません。“真面目に働いていた人間が、貴方方の卑劣な嫌がらせによって、仕事に行け
0
カバー画像

一度目の休職⑨

一度目の休職①はこちらからここまでやっても足りないってことですか?「うつだから無理だ」と、私は言った。けど、予定は変わっていなかった。その厳しい現実を目の当たりにして、「あぁ… 死ねってことなんだなぁ…」って思った。もう、思考力が落ちて、まともに仕事ができなかった。そんな私に追い打ちをかけるような事態が起こる。仕事に身が入っていない私は、製品に付けなければいけない伝票をつけ忘れてしまった。そのミスを、製品を取りに来たEに指摘されたのだが、「ごめん」と言って伝票に数字を書き込もうとすると、伝票のない製品を、さっさと持っていってしまう。確かにミスをしたのは私だが、二桁の数字を書き込むだけだ。「わずか数秒ぐらい待ってくれてもよかろうに…」Eは元々、性根の曲がった人間だった。相手にしても得るものは何も無いことは思いしらされていた。解ってはいたが、その日の私には、明らかに悪意のある、その行為を受け流すだけの余裕が残っていなかった。伝票を持ってEの元に向かい、私はこう言った。「確かにミスしたのは悪いけど、書き終わるまで数秒なんだから待っててくれても良いんじゃない?」するとEは「そんなん言うなら、もっと早く欲しかったし」と、まるで足を引っ張られてると言わんばかりに言い放つ。その言葉を聞いた時、辛うじて保っていた心の殻が完全に崩壊してしまった。「もっと早く欲しかった」と言われた製品は、その日の朝に突然予定に組み込まれ、その日の内に造り上げたものだった。新人の作業が遅い事を考慮して組まれた予定ではなかった為に、この日にできないと間に合わないというタイミングで組み込まれた、新人の尻拭いをした作業。
0
カバー画像

一度目の休職⑦

一度目の休職①はこちらからしわ寄せの“しわ”は弱者に集まる朝礼で職務放棄を宣言した日から、上司Aの新人に対する態度は明らかに変化した。問題が起こっても「上司Bに言って」と、あからさまに右から左に受け流す姿は、「言ったことに従うように対応する」と言った上司Bに「できるもんならやってみろ」と当てつけているように感じた。上司Bの主な仕事は、作業の進捗管理だった。作業の腕を買われてのし上がった上司Aとは違い、作業に精通していない上司Bにとって、新人の技術不足によって引き起こされるトラブルに対応するのは困難だった。当初はトラブルが発生すると、上司Aに指示を仰ぎ、その指示に従って新人と共に作業をしていたが、そんな非効率な対応を、毎日、毎日続けられるはずもなかった。上司Bが新人の作業をフォローするという流れは、たった数日間で自然消滅してしまう。新人の作業がどんなに遅れていても納期は必ずやってくる。納期遅れを回避するために、上司Bのとった選択は非常に安易なものだった。新人にやらせる予定の作業が、このままでは間に合わないと判断した瞬間に、他の従業員に突然仕事を振る。ただ、それだけだった。この方法の一番の問題点は、作業を円滑に進めている人ほど、仕事を振られるターゲットにされやすいという事だった。職場の中でもベテランの領域に達していた私は、高い頻度でその標的になった。私は数ヶ月の時を経て、また新人のお世話を間接的にさせられる事になる。間に合わないと思った瞬間に振られる仕事は、納期的に逼迫している物がほとんどだ。前日、円滑に回ると思って帰宅して、翌日出勤すると、失敗が許されないような修羅場の予定が組ま
0
カバー画像

一度目の休職②

一度の目休職①を読んでいない方は、こちらから自分を見失い、睡眠に支障をきたすこの頃から、寝つきが悪くなり、中途覚醒の回数が増える。私は自分で言うのもなんだが仕事に対しての責任感は強かった。貧しい家庭で育った私にとって、仕事をする事は生きる事と同義だったし、お金を稼いで家族を養うことは、私にはいなかった父親という存在がすべき最低限の務めだと思っていた。だから、任された仕事を途中で投げ出すということに強い抵抗があった。だが、生まれて初めて経験する“不眠”という症状に、私は不安を覚えた。「このまま体調を崩せば、働けなくなるかもしれない…」たとえ、任された仕事を投げ出して評価が下がったとしても、健康で働き続ける事の方が、私の人生にとって大事だと思った。不本意ではあるが、私は意を決して上司に相談をした。直属の上司Aに、こう伝えた。申し訳ないが、私には彼を一人前にするだけの能力がない。指示に従わないし、従わせる手段を持ち合わせていない。その事で心身に不調をきたしているから教育係を外してほしい。普段与えられた仕事を断ったことがない私が、そのような事を言うのは余程の事だと判断した上司Aは「それじゃあ仕方がないね。わかった。上司Bに伝えておくよ」と私の訴えを受理してくれた。後日、上司Bが「事情を聞きたい」と言うので、改めて説明をする。同じ話を、もう一度するのも苦痛だったが、「これさえ済めば楽になれる」そう思い、なけなし気力を振り絞り、もう一度、自分の状況を伝えた。すると「○日に出張があるので、その道中で上司C(トップ)に聞いてみる」と、一応、私の訴えを受理してくれた。体調が悪いと言っているのに、
0
カバー画像

デイケアでの気づき…②

デイケアには…一般コースのチャレンジとリワークコースとありました。リワークコースの方達も、リワークプログラム以外は基本、一緒に過ごしています。そのこともあり、休憩時間や朝の体操・散歩…昼食などには話す機会もありました。最初は、私もなかなか人の輪に入れずでしたが、もじもじと見つめていると話しかけてくれたり…と、少しづつ話す機会も増えてきました。当時は人と関わることさえ、おっくうに感じていましたが、次第に…話す機会を通じて、デイケアでは人と関わる楽しさを思い出させてくれました。デイケアに通所している方達の中には…私と同じように復職を見据えて体調を整える方…これから社会復帰を考えられている方…体調維持のために通所している方…就職活動をされている方…など様々な理由で色々な方達が通われていました。通所頻度も、毎日の方、週2~3日、月に2~3回など自身の体調に合わせて、自分で目標を決めて通われています。私もなるべく、朝しっかり家を出て毎日通えるように心掛けました。自然と色んな方達と接する機会も増えていき…様々な職業の方がいることを知りました。皆、職場や日常生活…なかには恋愛での悩みなど人間関係で苦しむ方…仕事のストレスや重責に押しつぶされた方…様々な理由でメンタル疾患を患われてこられた方達でした。同じように苦しんできたことで、お互いに分かり合える部分も多かったですね。社会には…色々な生活や仕事があって…皆、一生懸命に生きているんだ…そんな単純でもあり、あたりまえのことを気づかせてくれたのもデイケアでの時間でした。視野が狭くなっていた私にとっては…様々なことを気づかせてくれた時間となりました
0
カバー画像

デイケアでの気づき…➀

こうして…病院併設のデイケアへ約1年半にわたって通所したわけですがデイケアには、一般のコースとリワークのコースがあって最初はチャレンジの意味合いもあり、一般のコースへ通所しました。約1年間こちらのコースへ通いました。最初は…不安があったデイケアですが、自分と同じように「うつ病」で苦しんでいる方、また違った症状で苦しんでみえる方…様々な方達との交流の中で、ひとことで言うと…「やさしい時間」を過ごすことが出来ました。デイケアのプログラムには、SST(ソーシャルスキルトレーニング)や認知行動療法を学ぶもの、心理教育(病気について)など、様々なことを学ぶ座学や、みんなで工作をしたり…ゲームをしたり…身体を動かすものもあり、疲れ切っていた自分にとっては、とても癒しの時間となりました。特に工作分野では、絵を描くものも多く…創作したり描きうつしたり…自分は絵を描くのが好きだったなぁ~というのを思い出させてくれたりしました。SSTは、特に当時の自分は苦手だなぁ~と思うことも多く、例えば…複数人で話している輪のなかに入るという練習が、全く出来なかったです。どのタイミングで何て言って入ればいいのか?皆目見当もつかず、苦労した思い出があります。今でこそ、さらっと会話に入れますが、この当時は全く出来ませんでした。また、病気を学ぶ心理教育では、これまで自分が「うつ病」という病気だということを認識出来ず向き合ってこなかったこともあり、「うつ病」というものの知識を学び、自身が病気なんだ…という認識をここにきて初めて感じました。たぶん、自分がそうだったように…多くの健常者の方達がそうだと思いますが、見た目で怪
0
124 件中 1 - 60