僕がうつになった経緯について(その1)

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皆さん!こんにちは!konkon835(「コン」と読んで下さい)です!
さて、僕がうつになった経緯をに紹介します。
(人間は過去を美化しやすい傾向にあるみたいですが、できるだけ事実を載せるようにします。)

大学卒業までは、授業を体調不良で休むとか無く、うつとは無縁で普通に生活できてました。

会社に入社後、1年目は新人研修がメインのお客さん状態でした。

2年目に実業務に就き、担当した業務が海外輸出火力プラント(中東向け)の電気工事設計でした。仕事のノウハウ無し・知識無し・英語力無しの「右も左もわからない暗中模索」の状態からのスタートでした。
また、僕の上司が高卒からたたき上げで出世した仕事に厳しい方で、また「何事にも細かい(悪い意味で言えば重箱の隅をつつく)」性格の方でもあった為、僕はかなり神経を使って資料と図面を作成してました。
その上司の元で評価されるには、”自分の力不足(仕事知識無し・英語力なし)を”時間”でカバーするしかない”と腹に括ってました。ですから、仕事は土日無しの朝7:00~24:00までの仕事漬けでした。その甲斐あって、その上司も僕の面倒を良く見てくれました。しかし、その上司の影響で仕事に対して非常に細かくなり、非常に神経質になりました。

そうして時が流れ、仕事もある程度任されるようになった入社4年目の1月頃に、毎朝5時に起きれていたのが、だんだんと起きれなくなり、ついに3月頃には会社に行けなくなり休むようになりました。
休む理由は「風邪」としましたが、一日休めばしばらくは勤務できていたので、僕自身も「自分の精神がたるんでいるだけだ」と自身を鼓舞するようになり、少々しんどくても気合いで乗り切ってました。

その年の6月に現地(中東)でトラブルが発生したため、設計支援という形で、僕は4ケ月間中東に派遣されました。現地の方には大変良くし頂いたので、仕事は休むことなく無事に任務を達成したと思います。
(仕事に関しては、周りから特にクレームもなく処置していたので、それなりの評価はされていたと思います。反対に、僕はかなり自信過剰で”俺はバリバリ仕事ができる!”とかなり自惚れてました。)

しかし、帰国後の11月に本格的の会社を休むようになり、会社の就業規定で7日間以上休む場合は、医者の診断書が必要でいうことで、会社が薦めるメンタルクリニックを受診しました。
医師の診断は「燃え尽き症候群による”気分障害(うつ)”で2週間の休養が必要」というものでした。お薬(確かデプロメールとリーゼ)も処方されましたが、僕自身は「いや、”うつ”なんかじゃない!自分の気合いが足らんだけだ!精神論で解決する!」という変なプライド(自分が弱い人間と認めたくない)を持ち、そのお薬も全く飲みませんでした。
この病識(精神障害でもたらされる何らかの状態)を認めないことが、今後の転落人生のスタートとなるのです。

長くなりますので、続きは次回のブログで。。。

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