絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

8 件中 1 - 8 件表示
カバー画像

僕がうつになった経緯について(その2)

皆さん!こんにちは!konkon835(「コン」と呼んで下さい)です!さて前回記事(「僕がうつになった経緯(その1)」)の続きを紹介します。入社4年の11月に「気分障害(うつ病)」で2週間会社を休みました。クリニックから処方されたお薬は全く飲んなかったです。当時2週間も休むのは初めてのことでもあった為、とても長く感じ、会社の寮に引きこもってゲームばかりしてた記憶があります。2週間の休職が終わり、自分では「体調が完全に復調した」と錯覚し、薬も飲まずに以前のように、フルスロットルで仕事(土日無しの7:00~24:00)をしました。上司(高卒たたき上げの何事にも細かい)は、僕の復帰を喜んでくれました。しかし、以前のように仕事もさばけなくなり、入社5年目の2月には、また朝に起きれなくなり、会社に行けなくなりました。上司から、「とりあえず前回お世話になったクリニックに行き、診断書もらって下さい」という助言もありました。しかし、僕自身は前回のクリニックの医師がを信頼(理由は僕を”気分障害(うつ)”と診断した為)できず、大阪の別のメンタルクリニックに行きました。大阪のクリニックの医師の診断では、「”うつ病”で1ケ月の休養が必要」というものでした。このクリニックでもお薬(確かアモキサンとリーゼ)を処方されましたが、前回同様に「自分が”うつ”であると認めたくない(自分が弱いと認めたくない)」ため、全く飲みませんでした。そうして、2回も休職(2週間と1ケ月間)をしているのにも関わらず、病識(精神障害でもたらされる何らかの状態)を認めないこと、そして、治療態度(薬の服用やキチンした休息)の悪いことが
0
カバー画像

僕がうつになった経緯について(その1)

皆さん!こんにちは!konkon835(「コン」と読んで下さい)です!さて、僕がうつになった経緯をに紹介します。(人間は過去を美化しやすい傾向にあるみたいですが、できるだけ事実を載せるようにします。)大学卒業までは、授業を体調不良で休むとか無く、うつとは無縁で普通に生活できてました。会社に入社後、1年目は新人研修がメインのお客さん状態でした。2年目に実業務に就き、担当した業務が海外輸出火力プラント(中東向け)の電気工事設計でした。仕事のノウハウ無し・知識無し・英語力無しの「右も左もわからない暗中模索」の状態からのスタートでした。また、僕の上司が高卒からたたき上げで出世した仕事に厳しい方で、また「何事にも細かい(悪い意味で言えば重箱の隅をつつく)」性格の方でもあった為、僕はかなり神経を使って資料と図面を作成してました。その上司の元で評価されるには、”自分の力不足(仕事知識無し・英語力なし)を”時間”でカバーするしかない”と腹に括ってました。ですから、仕事は土日無しの朝7:00~24:00までの仕事漬けでした。その甲斐あって、その上司も僕の面倒を良く見てくれました。しかし、その上司の影響で仕事に対して非常に細かくなり、非常に神経質になりました。そうして時が流れ、仕事もある程度任されるようになった入社4年目の1月頃に、毎朝5時に起きれていたのが、だんだんと起きれなくなり、ついに3月頃には会社に行けなくなり休むようになりました。休む理由は「風邪」としましたが、一日休めばしばらくは勤務できていたので、僕自身も「自分の精神がたるんでいるだけだ」と自身を鼓舞するようになり、少々しんどくても気
0
カバー画像

鬱になる前、心は5回もSOSを出していた。気づかなかっただけで。

人はなぜ鬱になるのか。鬱の正体って、一体なんなのか。そもそも、鬱になることは避けられないのか。そんなこと、考えたことはありませんか?一度鬱になってしまうと、本当に厄介。日常生活がまともに送れなくなる。何より、苦しくて苦しくて仕方がない。そして一度このトンネルに入ってしまうと、長いこと出られない。出方も出口もわからなくなって、進む気力が根こそぎ削がれていく。鬱になんかなりたくない。ならないに越したことはない。そんなことは皆思ってる。だからこそ、「鬱になる手前の最後の防御壁」を知っておきたい。トンネルに入る前に、心はちゃんとサインを出している。それを知っているかどうかで、鬱になるかならないかの別れ道になるから。鬱になる直前に起きること臨床の現場では、鬱状態に入る前の段階を「黄色信号のゾーン」と呼ぶことがあります。完全に赤になる前の、ぎりぎりのタイミング。脳や心が「このままだと本当に危ない」と察知して、強制的にブレーキをかけようとしている状態。その「最後の防御反応」には、いくつかの代表的なパターンがある。1. 何もしたくなくなる突然、意欲が底をついたように感じる。動きたくない、人に会いたくない、当日の朝になると予定を全部なかったことにしたい。そんな衝動が湧いてくる。脳がエネルギーを節約しようとしている、れっきとした生理的な反応。車で言えば、ガス欠を防ぐために速度を落としている状態に近い。2. 体の不調が増える強い疲労感、頭痛、胃の不快感、吐き気、めまい、動悸。こころが限界に近づくと、体が代わりにSOSを出します。「なんか最近、体の調子が悪い」という感覚が続くとき、それは心のサインであ
0
カバー画像

引きずりやすい5月病、6月病のメンタルケアの秘訣

5月病という言葉をよく耳にしますが、実際に5月病が改善しないまま6月に突入し、そのまま7月半ばまで連休もない状態が続くことは少なくありません。この状況は「6月病」と呼ばれることもあり、多くの人が経験するものです。この投稿では、この6月病を乗り切るための具体的なメンタルケアの方法についてご紹介します。1️⃣自分の状態を認識し、受け入れるまず、重要なのは自分の状態を認識し、それを受け入れることです。5月病から続く疲れやストレスを感じていることに気づき、それを無視せずに受け止めることが大切です。「まだ大丈夫」「もっと頑張らなければ」というプレッシャーを自分にかけるのではなく、自分の体と心が発しているシグナルに敏感になりましょう。2️⃣規則正しい生活を維持する疲れやストレスが蓄積しやすい時期こそ、規則正しい生活リズムを保つことが重要です。毎日同じ時間に起き、同じ時間に寝ることで、体内時計を整えることができます。また、栄養バランスのとれた食事を摂ることも欠かせません。特に、ビタミンB群やマグネシウム、オメガ3脂肪酸を含む食品を積極的に摂ることで、ストレス軽減に役立ちます。3️⃣適度な運動を取り入れる運動はメンタルヘルスにとって非常に効果的です。適度な運動を取り入れることで、エンドルフィンという幸福感をもたらすホルモンが分泌され、ストレスが軽減されます。週に数回、軽いジョギングやウォーキング、ヨガなどを行うことで、気分がリフレッシュされるでしょう。4️⃣リラクゼーションの時間を確保する仕事や日常生活の忙しさから一歩離れ、リラックスする時間を持つことも大切です。お風呂にゆっくり浸かる、好きな
0
カバー画像

鬱のとき、今日「絶対にやらなくていい」3つのこと

朝、布団の中でスマホを開いた瞬間に気づく起き上がれない。頭はぼんやりしているのに、心だけがやけに忙しい。 「今日もちゃんとできなかった」「また連絡を返せていない」「自分はダメだ」——そういう言葉たちが、目を覚ます前から頭の中を埋め始める。誰かのSNSを開く。みんな普通に生きている。仕事して、笑って、ごはんを食べて。 なのに自分は、布団から出ることすらできない。なんでこんなに自分だけがダメなんだろうーーもしかして、今このnoteを読んでいるあなたも、そういう朝を過ごしているのかもしれません。それとも昼間なのに部屋が暗くて、何時間もスマホを眺めているかもしれない。夜中に急に不安になって、「鬱 治し方」「鬱 原因」「鬱 回復期 やること」などと検索して、ここにたどり着いている方もいるかもしれません。今、あなたがどんな状況だとしても、このnoteを開いてくれたこと自体、十分すごいことだと思います。鬱の時って、理解されづらいけれど、本当に何も出来ない。身体が重くて、布団から出てお風呂に入るまでの道のりがまるで何百キロ先の山のてっぺんにあるようにさえ思えてくる。なのにお腹は空く。でもコンビニにも行けないしスーパーにも行けない。人の気配を感じるだけでぐったりするし、人の声も聞きたくない。何より人に会いたくない。家からも出たくない。外に出るために着替えなくちゃ行けないと思うだけで、その日の夜ご飯を諦めたりもする。今日、あなたに伝えたいことはたった一つ。鬱のとき、あなたには「絶対にやらなくていいこと」がある。それを知るだけで、少しだけ、呼吸が楽になるかもしれません。はじめに——「頑張れ」と言わな
0
カバー画像

森林セラピー

千葉大学等が、森林セラピーの効果を研究していました。それは、都内の大手企業で働く人たちに2日間の森林セラピープログラムを行うというものでした。その結果は、心拍数や血圧が有意に低下しており、リラックス効果が確認されました。都会に住んでいても、時には、自然の多い場所に行く事が、病気の予防効果にもなるようです。
0
カバー画像

「支える中で学んだ、僕自身の守り方と向き合い方」

■「一番ひどかった時と比べれば大丈夫」まず、僕がいちばん大切にしてきたのは、「どんな時でも、一番ひどかった時と比べれば…」という考え方です。夜中にベッドの横で泣き崩れていた彼女、公園でひとり涙を流していた姿。あの頃が“底”でした。だからこそ、たとえ少し元気がなくても、「あの時よりは大丈夫」と思える。この“比較の基準”が、僕の心を落ち着かせてくれました。■「とにかく自分が冷静にいる」感情に飲み込まれてしまうと、相手の不安がそのまま自分にも移ってしまうことがあります。だからこそ、僕はどんな時も、まず自分が冷静でいることを意識しました。ただ、どうしても限界が近いときは、「辛いね」と言って一緒に泣くこともありました。一緒に涙を流すことは、感情を共有しながらも、ちゃんと気持ちに寄り添っている証だったと思います。■「“死ななければいい”という考え方」正直に言えば、どうしてもコントロールできない行動もありました。リストカットや薬の過剰摂取など、本当はやめてほしいことばかり。でも、「それで少しでも落ち着けるなら」「死ななければいい」――そう思うことで、僕自身の心を守っていました。本当は全部やめてほしい。でも、「生きていてくれること」が、僕にとって一番の願いでした。■「未来に希望を持ち続ける」気分変調症には波があります。でも、その波の先には、穏やかな時間や笑顔が待っていると信じていました。何があっても、「きっとよくなる」「きっと未来は変えられる」と思っていたことが、僕を支えてくれました。■次回予告次の記事では、「支えながら僕自身がどう成長できたか」について書いてみようと思います。誰かを支えること
0
カバー画像

気分変調症の彼女を支える中で、大変だったこと

前回の記事では、「気分変調症とはどんな病気か?」について、彼女との実体験を通じてお話しました。今回は、その彼女をそばで支えてきた中で、僕自身が感じた「支える側の苦しさ」や葛藤について書いてみようと思います。■ 怖くて、眠れなかった夜ある晩、彼女が夜中に起きて、ベッドの横でうずくまっていました。話しかけても反応がなく、ただ黙って震えているような様子。その姿が怖くて、自分も眠ることができなくなってしまったことがあります。「どうしてあげたらいいんだろう」「明日の朝も早いのに、自分も壊れそうだな」そんな不安と緊張で、ただ朝が来るのを待つ夜が何度もありました。■ 朝、姿が見えなかった日ある日、朝起きると彼女が部屋にいませんでした。パニックになりながら、近所を探し回って…ようやく、近くの公園でひとり、ベンチに座って泣いている彼女を見つけました。何も話せないまま、ただ隣に座って一緒に泣きました。■ 働いてほしいけど、働かせたくない彼女は一人暮らしをしていて、アルバイトで生活を支えていました。でも、バイトに行く時間が近づくと、どうしても涙が止まらなくなる。家から一歩も出られなくなる日もありました。「生活のために働かないといけない」「でも、今の彼女に無理させるわけにはいかない」そんな相反する気持ちに、何度も押しつぶされそうになりました。■ 自己否定とリストカットアルバイトを休んでしまった日、彼女は自分を責めました。「またダメだった」「私は価値がない」と、何度も繰り返していました。そして、ある日突然、カッターで太ももを切りつけてしまったことがありました。止めてほしい。でも、感情の行き場がなくて、本
0
8 件中 1 - 8