一度目の休職①はこちらから
想像の遥か上を行く
朝から気分はすぐれなかった。
理由はハッキリしている。
一度、丹念にお願いをして、きっぱりと断られたことを、もう一度お願いしようというのだ、気楽であるはずがない。
重たい足取りで事務所に入る。
「おはよう。調子はどうだ?」
上司Cは、いたって普通のテンションだった。
迷惑をかけた事に謝罪をし、緊張しながら本題に入る。
まず、心療内科でもらってきた診断書を手渡す。
私の貰ってきた診断書には“うつ状態”と書かれていた。
「うつ… うつ状態?」
はぁ?といった表情で私の顔を凝視する。
上司Cの雰囲気が一変する。
恐怖と緊張で上手く声が出なくなる。
私は、のどの奥をねじり上げるようにして声を絞り出した。
「新年度から新人の教育係を任されていますが、指示にも従いませんし、態度も横柄で口ごたえもするし、作業に対する適正も低いように感じます。」
その言葉を聞いた瞬間、上司Cは間髪入れずに
「俺はそう思わんなぁ~」
と、私の感じ方を全否定する。
「私の感じ方が間違っているかもしれませんが、私には彼を一人前にするだけの能力がありません。睡眠障害も出ているし、このような精神状態では、彼の教育係を続けることはできないので、教育係を外してください。お願いします。」
その瞬間だった。
「おい!!!B~!!!!!!」
自分のデスクで事務作業をしていた上司Bの名前を大声で叫ぶ。
「お前は課長なんだから、新人ができなかったら、何とかするのがお前の仕事だろ~!!!」
想像の遥か上を行く事態に、私はパニックを起こす。
取り乱し、泣きながら「やめてください」と言うと、「だったらお前が出ていけ!」と一喝される。
私は泣き崩れながらヨロヨロと事務所の外にある、打ち合わせなどをするテーブルに座り号泣していた。
事務所の中から聞こえる罵詈雑言は、収まるどころか激しさを増していく。
落ち着きたくとも、落ち着ける訳もない。
呼吸が荒くなり、顔がしびれはじめる。
「この感じは、あれだ…」
二日前に経験した感覚が蘇る。
「呼吸を整えろ… あんな思いは二度としたくない…」
私は混乱する頭で必死に過呼吸に抗っていた。
何分ぐらい経過しただろうか。
やっと事務所内が静けさを取り戻した。
涙は収まっていたが、冷静さを取り戻した訳では無かった。
あまりにも想定外の対応に打ちのめされていたのだ。
もはや何も考えていなかった。
ただただ事務所の扉を開けて、力無く「教育係は無理です」と三回目のお願いをする。
「お前の言い分だけ聞く訳にもいかんから、新人の言い分を聞いて決める」と言われた。
「この期におよんで…」
うまく働かない頭で、そんな事を思いながら、自らの職場に向かい作業を始めた。
その一時間後、教育係は他の人に変わった。
教育係に選ばれた人には申し訳ないが、私はうまくいかない事を願った。
うまくいかなければ、私の指導者としての能力が足りないのではなく、新人が異常だという事が証明される思った。
「俺はそう思わんな~」
私の感じ方のすべてを否定した、あの言葉を受け流せる余裕が私には無かった。
私の感じ方が正しい事を証明したくて、私は生まれて初めて仕事で他人が失敗する事を心の底から願った。
醜いと思いながらも、思わずにはいられなかった。
この一件で、私は上司達との価値観の違いを明確に認識してしまった。
彼らは他人の人生に興味がないのだ。
もっと言うなら、自分の人生にも興味がない。
あるのは、その時の感情だけ。
私は他人の人生の一部になりたかった。
私と関わる人に良い変化を起こす事ができる人間になりたいと思っていた。
そんな自分になることで、誰かの心の中に生き続けたいと思っていた。
そんな生き方ができたら、悔いの無い人生だったと思って死んでいけると思っていた。
だからこそ、自分に任された仕事を全力で全うしようとしたのだ。
彼らは上司としての仕事に全力を尽くしていただろうか。
新人の問題行動を見て見ぬふりをして、部下からの相談をはぐらかし、健康問題に目を背け、都合の悪いことはキレることで丸め込もうとする。
あぁ…この熱量の違いこそが、以前から感じていた違和感の正体だったのだ。
でも、それに気づいたところで、何かができる余力は残っていなかった。
仕事を辞めるという選択肢が浮かばなかった私は、仕事を続ける方法を選択するしかなかった。
その方法は、違和感に気づかぬふりをして、傷ついた心を見て見ぬふりをすることだけだった。
今なら、うまくいくはずがないと思えるが、悲しいかな当時の私にはそれしか選択肢が無かったのだ。
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