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成人式で一人戦う君へ

今日、成人式に出ると勇気を出した君。 覚悟していても緊張するね。これまで耐えて来た苦しみ。自分なりに努力して。前も向こうと。少しは目も見れるようになった。何回もシュミレーションもしたね。 それでも。また、あの時のような絡まれ方をしたらどうしよう。強気に返すはずの言葉が、少しかすれてしまうかもしれない。振り絞った勇気とたくさんの怖さの狭間で。一人、戦う君。よく頑張って来たね。よく勇気を出したね。何もカッコ悪くなんかないよ。誰に馬鹿にされたって。シュミレーション通りに出来なくたって。 大丈夫。今日、あなたが寒さと一緒に踏みしめたその一歩は。もう、とっても素敵な。大きな一歩だから。きっと、これからもいっぱい戦うあなたの力になる。これからも一歩ずつ。迷ったり、戻ったりもしながら。乗り越えて行ける。どうか、あなたの未来により多く。あたたかな時間が過ごせますように。
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新しい人生の幕開け…17

Rさんから突然の電話…。私が会社を辞めたことを誰かに聞いたのだろうか、ちょっとめんどくさいな、と思いながら電話に出た。「久しぶり~!何してた?」と、しらばっくれたような電話だった。「特になにもしてないよ」と当たりさわりのない返事をした。そしたら案の定…「保険屋、辞めたんだって?仕事探してるの?」と言ってきた。「あ~話早いね(笑)」などと話をしていたが、Rさんは思わぬことを私に言ってきた。「いや~実はさ、私今、あの近くのスーパーのフードコートで働いているんだけど、人手が足りないのよね」と。「あ~そうなんだ~」と聞き流していたら「どうせあんた暇でしょ!私ここのフードコートの責任者になっているから面接は私だけど求人票欲しいから早く取ってきて~」と。「ありがたいけど、土日休みじゃないでしょ?」というと「土日は高校生のバイトもいるし、年配の人もいるから完全に土日休みとはいかないけどなるべく休んでいいから」と…。「うん、ありがとう、わかった、旦那に相談してみるね」というとすかさず「旦那なんかアテになんないんだし、自分で決めればいいでしょ」と言われてしまった。そうだけど…一応、相談しないと、という耳は一切聞かず、「今もう面接来てるしあんたのシフトのところ空けておくからハローワーク行ってきて!」といい、電話は切れてしまった。確かにいい話ではある。そこのスーパーはその当時、できたばかりでいろんなフードコートが入っていた。家からも近い…。選択肢などなかった。自分で探しても仕事などなかった。子供のこともわかってくれる人が責任者なら、それはそれでありがたい。Rさんは最近音沙汰なかったと思ったら、そこで
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保健室登校の期間は・・・

息子も保健室登校がすぐに出来るようになったわけではありませんでした。保健室登校というのも、実は勇気がいるものだと思います。保健室登校をまだしていないときは、登校の準備をして玄関で靴を履いて後 固まることがよくありました。私としては、ここまで準備もできたのだから、玄関の外に飛び出してしまえばなんとかなると思ってましたが、その一歩がなかなか難しく、そのまま玄関から出られずということを何度繰り返していました。その後、保健室登校をするようになってからは、何とか行けるようになってきましたが、朝はやはり私が保健室まで送って行っていました。でも、保健室登校が出来る子は、まだ登校に意欲のある子だと思います。保健室登校さえできていたら、とりあえずは大丈夫だと思いながら、藁をもつかむ思いで保健室登校をさせていたのを今でもよく覚えています。保健室には時折 友達がのぞきに来たり、仲の良い子が保健室に給食を運んでくれたりして、クラスの子と交流はあったようです。その時の息子の気持ちは、気まずいという感情ではなく、嬉しい気持ちが強かったようです。保健室の先生の仕事の手伝いもたまにしたようでした。穏やかに見えた保健室登校でしたが、これも出来る日と出来ない日がありました。保健室登校出来ない日は家にいて、テレビをみたりして過ごしていたようです。当時はインターネットは子供一人の時は、させていませんでした。ですので、息子がうちに一人でいるときは、退屈で寂しかったのか仕事中の私に何度も電話がありました。私も仕事も手につかず いつも気になって、何度も息子へ電話をしたりしてました。この頃は 本当に親も子も 辛い時間だったと
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新しい人生の幕開け…23

卒園式の日は、旦那は出席しなかった。なぜなのか…。それはわからない。仕事でもそういう「式」には参加してほしかった。周りは旦那どころか「祖父母」まで参加していた。また襲ってくる「孤独感」せっかく再婚したのに…。私と一緒にいることが「恥ずかしい」のだろうか子供といることが恥ずかしいのだろうか…。なんだろう。今までの保育園の行事にも参加することはなかった、「運動会」や「夕涼み会」など…。私はいつも「一人」で参加していた。もちろん自分の子供だから苦痛ではないし、成長を見れるのは嬉しい行事。なんだかいつも「シングルマザー」の気持ちでいた。それでもいい、「自分で決めたんだ、この結婚も妊娠も…」そうやって自分に言い聞かせて…。卒園式が終わり家に帰り、息子はそのまま保育園に預けて娘と二人で過ごした。もうすぐ小学校の入学式に向けての準備だ!卒園式から入学式って結構短いですよね💦前から準備は少しずつしていた。自分と同じようにならないように、巾着袋はキャラクターにしたり、なるべく「みんなと同じ」を意識した。入学式の服もその当時は高かったし、もちろんお下がりもない。ランドセルはまだ安いのがあったから1万円くらいのを購入していた。けれど、みんなは結構高いランドセルに驚いた祖父母がいる、って強いな、本当にそう思った。今では色んな色とデザインがあるが、その当時は安いランドセルと高いランドセルの差が大きかった。それでも娘は何も言わなかった…。遠慮していたのだと思う。「言えなかった」が正しいのだと思う。そうして家の問題もあったが時間は止まらず、娘は入学した。入学式は旦那は参加した。けれど、他の親御さんたちに「挨
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新しい人生の幕開け…7

家に着いた。彼は、そそくさとなにか準備し始めた。「これからどこかに行くの?」と聞くと「仕事」と答えた。え?婚姻届け一緒に出しに行ってくれるんじゃないの?という言葉と気持ちを飲み込んだ。「明日出発かと思ったよ…気をつけてね」「うん」とだけいい、彼はさっと仕事に行ってしまった。私だって…一応○○の日記念日だから~とか言ってみたかった。他のカップルと同じように…。それにいつ出してとか、○○日出してとか全く婚姻届けを出す日すら何も言われていないし相談もなかった。これをどうしたらいいんだろう。彼に電話して聞いてみることにした。「一緒に出しに行こう」…その言葉を期待して。彼はすぐに電話に出た。まだ近くにいる時間だ。「あのさ、婚姻届け…どうすればいい?」そう聞くのが精一杯だった。「あ、出してくればよかったなー…。まだ日にち書いてないもんな。俺もまたいつ帰れるかわからないしな…。」「………」無言になってしまった。私が勝手に出すようなものではない。いくら証人が揃っても…。彼の気持ちがわからなくなった。なんのために同僚までお願いして証人を書いてもらったのか。無言でいる私に彼は言った「お前、都合のいい時出しておいて!で、出したら教えて」と…。一番聞きたくない言葉だった。「私が結婚記念日になる日を一人で決めるの?」とちょっと突っ込んで聞いた。「しかたないだろ、俺は仕事休めないし積み下ろしの時間も決まってる。俺が帰ってくる日に役所が開いてるとも限らないし、帰ってからは休みたいし…長距離運転手の嫁はそういうもんだ」と返ってきた。私の知っている限りでは長距離の旦那を持つ人はいなかったからわからなかった。知っ
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若気の至りのつけを払わなければならないときがある

今日はちょっと重いテーマを取り上げます。 「2ch修羅場スレ」で見つけた話です。 以下に概略を引用します。「ウチの子が友達から『親に言われて遊ばない』っていわれたらしくて、今まで仲良くしてたのに、親の都合で友情を裂くの可哀想だと親のところに電話してみたら、母親がスーパーフリー事件の*被害者の友人で、『絶対に許さないし、そんな女の子供と仲良くして欲しくない』って言われた」 *早稲田大学のイベントサークルを舞台にして行われた大規模な輪姦事件(出典:Wikipedia)早稲田大学のインカレサークル「スーパーフリー」のメンバーは、女子大生らへの輪姦を常習的に行っていた。輪姦された女性の数は数百人以上に上る。早稲田大学の他にも東京大学、慶應義塾大学、学習院大学など首都圏の有名大学出身の学生ら合わせて14人が準強姦罪で実刑判決を受けた。起訴されたのは3件の輪姦のみであり、関与した多くの者が未逮捕のままとなった。輪姦を幇助した女性も多数存在したが、女性は1人も逮捕されなかった。 そして、相談者は次のように述べます。 「それが分かった途端に凍り付くほどに冷めた…。 今まで凄く愛してたし、お互い上手くいってたのに、 その話を聞いた途端に全部冷めた…。 今は口を利くのも忌々しいし、嫁も戸惑ってるのが分かるんだけど、理由が言いにくくて、別に怒ってないとしか言えない自分ももどかしい どうしたらいいだろう?」 結局、相談者は嫁を問い詰め、それが事実であったことを確認します。 そして、「マスコミに騒がれたような幹部ではなかったみたいだけど、女の子たちをイベントに勧誘してたりしたのは事実っぽい。それなら小学
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「言えない」が巻き起こす悲惨な現状

「言えない」とは、言えない環境にあるということ。 またはその子の持って生まれた性質もあると思いますが…。子供の頃から、自分の気持ちを言えない子と、素直に言える子と2パターンあるとしたらどうでしょう。「言えない子」というのは、優しい子(気の弱い)、繊細な子、悲観的な子。「言える子」といのは、素直な子、前向きな子、普通っぽい子。だと思いますが。「言えない環境」というのは、親が先回り・過干渉をする親だったり、親の心に絶えず心配事や依存心があったり、夫婦喧嘩が絶えない家庭に育つと子供にとっては「言えない環境」にいることになるでしょう。繊細な性質を持った子が、「言えない環境」に育つとどうなるでしょう。その子はうちに居ても苦しい、外にいても本音が言えないというダブルパンチになってしまうでしょう。せめて「言えない環境」だけでも、取り除いてあげたいと思いますが、「言えない環境」とは親が仕事ななどでずっといない状態も物理的に「言えない環境」になりますね。子供が話したくても話しが出来ない。。これは親として心苦しく思います。ですが、物理的な時間というのは実はあまり関係がなくて、実質的な有意義な時間を親子間で持つことが出来たらいいのだと思います。「言えない環境」というのは親の不安感が作り出していることが多いと思いますので、根本は親が安心感の親になることだと思いますが、まずは積極的に「子供の気持ちを聴く」ことを意識するだけでも良いと思います。そして、徐々に「言える子」にしていく。「言える子」になれば、いじめられたときに、嫌と言えるでしょう。「言えない子」はいじめられても、嫌と言えずにストレスを抱えてしま
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大人のイジメについて考える

台風が去って、また気温が上がってきましたね。皆さん、お互いに熱中症に気をつけながら過ごしましょうね!こんにちは、nicoです(^^)今日はうつ病との関連が深い【イジメ】をテーマに書いてみます。イジメと聞くと、すぐに思い浮かぶのは学校での生徒によるイジメが思い浮かびますね。不登校や自殺に関わる重大問題です。ちなみに、私は小学生時代にクラスのボス的男子生徒に目をつけられてことで仲間ハズレにされ、ボス生徒派と私派にクラスの輪が2分された経験があります。理由は、ボス生徒が嫌いな人と私が仲の良い友達だったことが気に入らなかったそうです。。なんとも、くだらないっ!笑それはさておき、今回は学校などでの子供のイジメではなく、【大人のイジメ】について考えていきましょう。残念ながら、年齢を重ねても全ての人の精神が成熟し、「大人はイジメをしない」なんて事はありません。社内、学校教員間、ママ友関係、家庭内など、イジメは多くの場所に潜んでいます。テレビ番組で「痛快TV スカッとジャパン」というバラエティ番組がありますね。嫌がらせを受けた後に、それを解消させる(スカッとする)出来事が視聴者の体験談として紹介されるものです。この番組が人気な理由は共感を生むことにあるのだと思います。共感できてしまう現状があります。番組が成り立ってしまうほど、そのような嫌がらせが日本社会に溢れているのは何とも嘆かわしいことかと思われます。そして、番組のように毎度スカッとする出来事が起きるとは限らないのです。あなたはイジメはなくなると思いますか?医学博士の吉田たかよし氏は、「人間を含めた脊椎動物の多くは、弱い個体を集団より排除す
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新しい人生の幕開け…19

旦那も新しい職場で慣れてきた1か月くらい経ったであろうか。旦那も私も「新しい仕事」に対して、一生懸命だったと思う。時間も休みもバラバラになってしまったが、みんなが顔を合わせる時間は増えたと思う。もちろん会話も増えた。会話が増えると共に「喧嘩」も増えてきたと思う。そんな大きい喧嘩ではなかったと思う。喧嘩の原因は、やっぱり「金銭問題」だった。それまでは旦那が35万前後、私も同じくらいの収入があった。二人で65万以上の収入があったわけだが、旦那も新人というのもあってか、旦那の収入は15万ほど…私はパートだから6万ほどに落ちていた。それでも保育料は二人で月5万、家賃5万、車のローン5万、公共料金3万、携帯料金二台3万(昔は高かったです)。もう無理ですね…。まずは「保育料」を今の収入を市役所に提示して保育料を下げてもらったりした。そんな話もしているのに旦那は、あっけらかんとしている。ちょっと話そうもんなら「無言」を貫いていた。貯金もそんなにない…。前回の無職の時などで使ってしまっていた。失業期間にも補填してきた。旦那のお義父さんにもお金を借りたりした。……もうだめか…。そう思ったが、旦那に相談してもどうにもならない。お金の問題だけは誰にも相談できない。どうしよう…。一人で悩む日々…それでも日常は止まることなくやってくる。子供たちにもたべさせなきゃいけない保育園に行くには車も使わなければいけない。もうガソリンさえままならないくらいに貧困状態になっていた。そこでハッと気づいた。旦那は自分のファミリーカーで仕事に行っている。それを私の「軽自動車」で通勤してくれないか、と提案した。ガソリンだって
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#345 モラルハラスメント犯人職場追放!!

私の鑑定で実施しています。通称「花束」(以前も少し書いた)を販売にさせて頂きます。鑑定の中で悩み相談の一つとして「花束」メソッドを教えると次から次へと本人の理由で会社を辞めていかれます。実行した方本人もビックリされています。「ほんとになるんですね」と・・・以前も書きましたが、ツイキャスで24時間配信をしておりますが、そこでも職場の悩み相談が多く、この方法を教えると、次々に達成しています。心理学者のカール・ユングは、人類に通じている集合的無意識を提唱しました 集合的無意識につながっているのは潜在意識です 相手の潜在意識を使うことが可能となるのでは? それを密かに実践していたのがアメリカ陸軍のRVの特殊部隊(現在も活躍中)です 他人に影響力を与える方法をご極秘に実践して数々の成功例があります これまで自分の潜在意識を使うことを書かれた本は山ほどありましたが、相手の潜在意識を使う方法が書かれたものは皆無です。なぜなら禁断の方法だったからです。 アメリカ軍特殊部隊は集合的無意識を経由してターゲットの潜在意識にはいり込む事に成功し現在も使用中のメソッドです 「ホントに可能にするのかな?」と思う方へ 結論から言います、そんな心配は必要ないです、科学ですから出来ます ただ、継続する事とが必要、私も毎日7~8種類送って次々と可能にしています 人生でこれを知ってる人と知らない人では大きく差が付きます。このメソッドは特殊部隊のインストラクター(インゴ・スワン)が普通の人が出来るように作られています、スポーツと同じで毎日実行して技を磨くだけです、日々向上します。1⃣ 割引クーポンをゲットする。 割
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新しい人生の終焉…2

Rさんが、夜にも関わらず、とんできてくれた。もしかしたら、「人の不幸」を興味本位で来たのかもしれない。それでもよかった。そんなことを考えられる余裕などはなかった。Rさんは「二人で話なさい」と子供たちの面倒を見てくれていた。私はRさんが来てくれたので安堵したのか冷静になった…。けれど私の怒りが修まったわけではない。旦那と二人で向き合って話をした。どこで知り合ったのか、いつからなのかなど色々…。知り合ったのは当時流行っていたゲームアプリ。半年くらい前からだそうだ。それって…ディズニーに行くかという話があったあたり…。その間には旦那は「家族ゴッコ」をしていたのか…。私たちと…。もう頭がパニックというか真っ白になった。頭が真っ白というのは、こういうことを言うんだなと、どこか他人をみるように冷静だった。子供たちにもずっと「お父さん頑張って仕事をしているから学校にいけるんだよ」とずっと言い聞かせていた。子供たちの前で一切「自分の稼ぎで」と言ったことはない…。私も前の旦那で少しでも学んだつもりだった。今の旦那に尽くしてきたつもりだった…。仕事中の急なお弁当、給料が少ないと私が借金していたこともある。舅姑、お墓まで全部させてもらったと自負している。旦那の顔は立ててきたつもり…。「うつ病」のことだって何にも言ってくれなかったから病院にもほとんど行ってない。私が何をして「他の女性と一緒になりたい」と思ったのか、そして何を思って家に帰ってきていたのか…。私と子供たちだけが「我慢」していたのか…。どんなにお金がなくても…どんなに子供たちはお父さんに会いたくても…。怒りも沸いたが、虚しくもなった。けれど
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新しい人生の幕開け…13

旦那は翌日ハローワークに行って面接の日どりを決めてきたようだ。旦那は求人票を私に見せてきた。……。「職種/営業・外壁のリフォームのアポイントのルート営業」「給与/35万以上可」私はバカにされている気分だったから「やれるやらやれば?」と言った。旦那は結構浮かれている感じだった。そして、面接当日、旦那はいつもは作業着だったのだが面接にはスーツで行った。ネクタイの結び方すらおぼつかない手つきで…。数時間経ってから旦那が帰ってきた。「俺、あんな会社の面接は初めてだ!みんなスーツ着てるし現場にも車で送迎だって!」と息巻いていた。結果は数日後にきた。「採用」旦那はすごく喜んでいた。今までやったことのない職種なことと給料、そして「ラク」な仕事だと思っているし、スーツを着る仕事など初めてらしい。ウキウキしていた。仕事初日…どんよりした顔で帰ってきた。まず子供たちのことをしてから旦那の話を聞くことにした。私は二階から降りて旦那のところにいった。旦那は難しい顔をして、紙を見ていた。なになに??「ロープレしてこいって言われた…。」「あ~そうなのね!営業なら普通だからね」とチクリと言ってやった。そして旦那が見ていた紙を見ると…。A4サイズにちょこっとだけ書かれた営業用の挨拶やアポイントを取るための言葉が並べられていた。「じゃあ、それ読んでみて」というと、ぎこちない言葉で話し始めた。そして「会社の人、これ暗記してこいっていうんだよ、いくら見ても覚えれない!」とダダをこね始めた。「え、これくらい普通だし逆になんで覚えれないの?少ないくらいだけど」と言った。そして何度かロープレをしたがとてもじゃないけど、営
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新しい人生の幕開け…11

その日は本当に疲れてしまった。次の日の仕事が休みで本当によかった。その夜は子供たちは「おばあちゃん、おじいちゃんがきた!」や「新しい家ひろ~い!」などと楽しんでいたが、お義母さんは「おばあちゃんじゃない!」と娘に強く否定した。なんなんだろう、この人…。その光景を見た旦那がやっと「うるさい!ババアは黙ってろ!」と言った。怒鳴ってくれたことで私の怒りは少し和らいだが、それを言われた娘は悲しかったと思う。絶対にこの親たちとは仲良くなれない、と確信した。翌朝、私はいつも通り5時に起きて掃除をしていた。私はいつも起きてから家の掃除をする。これは多分、元旦那の姑から「朝飯前の仕事をしろ」というのが染みついているせいだと思う。その習慣は今でも変わってはいない。そして洗濯を回しながら朝ごはんの支度をしていた。もちろん、舅姑の分も。そうしているうちに子供たちが起きてきた。ご飯を食べ、テレビを見ていると、舅が先に起きてきた。舅は割と子供たちと仲良くしてくれていた。そしてもう9時になろうとしているころにノコノコと姑が起きてきた…。ありえない…。「あら~朝早いのね~、お腹すいちゃった!ご飯食べる!」とあたかも当然のように言ってきた。「そこにできてます」というと「あら!あなたたちもう食べたの?」とシレッとしていた。旦那の話には聞いていた。お義母さんが料理ができないこと、自分のお母さんの味(おふくろの味)というものが分からないこと。全部おばあちゃんがしてくれたことなど…。聞いてはいたが、ここまでとは…。子供たちは、近所の子供たちが遊びに来てくれたので外に遊びに行った。旦那は車庫の中を片付けたりしていた。旦
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耐える戦い

誰にも言えなかった。自分さえ我慢すればいい。口にしても解決しない。迷惑をかけるだけ。今、耐えれば。大事にはならない。自分さえ笑って誤魔化せばいい。友達まで巻き込めない。理不尽に与えられる暴力。自分達が楽しむだけの為に平気で一人をからかって遊ぶ集団。傍観するしかない人達。逃げ場なんてどこにもない。耐えるしかない日常。心の中で見下しながら。でも逆らえない。逆らったらもっとイジメられる。理由をつけて反抗できない自分も嫌。笑って誤魔化して。こんな日常、何も楽しい訳ないのに。そう。楽しくもないのに笑顔で誤魔化して。見下しながらも、怖くてたまらなかった。なるべく目立たないよう。なるべく見つからないよう。いつ暴力が飛んでくるか分からない。そいつの気分次第で変わる一日。逃げるのも簡単じゃない。毎日、そこに行くのが嫌だったよね。そんなに嫌なのに。みんなに迷惑をかけたくなくて。暴力や反抗することなく。耐える戦いをしていた。弱くなんてない。あなたなりに、一生懸命戦ってたんだよね。
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小学校生活6

そんな中、5年生のPTAがあった。授業参観日、という嫌な日。その日は父は参観日には来ないことになっていた。時間になると続々くる母親たち授業が始まったその先生は何を思ったのか「自分の席に立って自分の名前とお母さんの名前と趣味をいいなさい」といった。もちろん、私には母親がいないことはわかりきっていることである。どうしよう…頭が真っ白になった…他の親もいる…なんて言おう…母親の名前…他の人は張り切って自分の名前と母親の名前と好きなことを言って座った…。やばい…自分の順番がくる…とうとう自分の順番になった自分の名前をいい…その後、なにを言ったらいいのか、なんて言ったらいいのかわからなくなった。ただ悔しくて、苦しくて、辛くて、涙がでた。その光景を先生は、ニヤリと笑いながら見ていた。数分後…「もう座りなさい」と言われて座った。周りからはクスクスと笑い声が聞こえた。その日の授業参観は、なにをしたのか、もう覚えていない。多分、記憶から消したかった。けれど、それだけは今でも消えない。私に対するイジメはもう、誰も助けてはくれない。その傍らで、母親が毎日のように電話をしてくるそして、私は誰かに聞いてほしくて母親にいじめられていることを話した。母親は、「お母さんがいないせいでイジメられたんだね、辛かったね、ごめんんね、学校なんて行かなくていいよ」と言った。学校に行かないのは「負け」のような気がしたから、学校に行かない選択肢はなかった。父に学校に行かない、なんて言えるはずがない。そうして12月がきた12月と言えばクリスマス。クリスマスは私にとっては、そんなにうれしいものではなかった。頼んだものを買っても
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新しい人生の幕開け…42

後日、銀行から旦那に仮審査の結果の電話がきたようだった。旦那から私が仕事中に電話が来た。「仮審査…ダメだって」とひどく落胆した声だった。私は正直ホッとした。「そっか…残念だね…でもしょうがないよね」とは言ったが。まず一つ肩の荷が下りた感じがした。本当は「家を建てる」ってもっとウキウキしたり、楽しんだりして建てるものという感覚だったから…。けれど、その当時の私はとても楽しめるというような気持ちではなかった。これで家を建てることが実現してしまったら、とてもじゃないけど家計が続かないとわかっていた。その当時の旦那の給料は15~18万…。今の時代は可能かもしれないが、その当時はダメだった。そのうえに子供が3人ともなれば銀行も貸さないだろうなと。私が働いてはいるものの「連名」ではないから尚更だろう。さて、まずは一件落着というところですか…。旦那も諦めたというか諦めざる終えなかったので。そうして、そんな忙しい日々を送って数か月が過ぎた。ある日、下の娘が「ディズニーランドに行きたい」と言い出した。そういえば…私も行ったことがないな~とぼんやり考えていた。私がないということは上の子供たちも行ったことはなく…。近々私のボーナスが出る…そのボーナスの金額で行けたら連れていきたいなぁ…くらいに考えていた。それで旦那に夜子供たちが寝静まってから電話をしてみた。「もしさ、ボーナスがよかったらディズニー連れてってくれない?子供たち行きたがってたし…まぁ…いくら貰えるか次第だけど」と…。そうしたら旦那は開口一番「ボーナスがある会社でいいな」と嫌味を言われた。旦那だって最初はボーナスがある会社にはいたのだ。そ
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【ご相談】いじられるとヘラヘラしてしまう自分が嫌い。

こんにちは!占いカウンセラー占い紳士です。ご相談頂きました。Q.私はいわゆるいじられキャラです。軽い、いじりなら笑ってやり過ごせたのですがここ最近は、いじりの度が過ぎて、「もういじめなんじゃないか」ってくらいにいじられます。場の空気を読んでへらへらしてしまう自分にも嫌気がさします。なにかいじられない方法などあれば教えて頂けないでしょうか。【The EMPEROR】【自分の人生に責任を持つ】仲のよい友だち同士の軽い「いじり」ならなんとも思わないのですがそこまで信頼関係の出来ていない人からの雑な「いじり」は悪でしかないですよね。いじってくる人というのはいじってあげているいじられることを喜んでいると勘違いしている人が多いようにおもいます。もちろんそんなことはなくいじられる側が、「なんで俺がお前らで勝手に作った キャラを演じなきゃならんのだ」という強い憤りを感じていることに気づいていないんですね。いじられキャラの人は、空気を壊したくないという思いから「自分が我慢すればいい」と自分の本当の気持ちを押し込めている傾向にあります。そして本当に恐ろしいのは、「いじり」そのものではなく周囲に蔓延する「コイツいじってもいいんだ」というその場を支配する空気ではないでしょうか。空気を読んで自虐的にいじられキャラに甘んじている人は他人から粗末に扱われます。自分を大事に出来ない人は他人からも大事にされないので当たり前のことですね。自分を卑下する空気はあえて読まない。そんな強い姿勢を見せ続けることで、いつしか周囲の反応も徐々に変わってくるはずです。空気ばかり読んで空気みたいな人間にならないように気をつけまし
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新しい人生の幕開け…25

引っ越しできる「貸家」があったようだ。色々考えてはみたが、物件が他にないのでまずは見てみることにした。数日後、引っ越し先の物件を「内覧」することにした。子供たちを学校や保育園に送った後、旦那が電話をしていた。その相手はこれから行く物件の方の不動産屋さんだった。時間は今すぐどうぞ、とのことだったので、すぐ二人で向かった。その家はすぐ着いた。今の家から車で5分ほど。着くと玄関で不動産屋さんらしい人が立っていた。とても人の良さそうな感じがした。建物の外観は…今の家と比べると、それはやっぱり古く見えた。そして軽く挨拶をして中を見せてもらうことになった。玄関は広いな…すぐ右はお座敷か…真っすぐがリビング!!すごい広い!!換気扇もリフォームされてる!窓も大きくていいな!続き間があるのね。便利そう。そして二階や色んな所をみて最後に「お風呂とトイレ」だった。不動産屋さんも申し訳なさそうに「工事したいんですけどね…ここは住宅街で簡単にできないんですよ…」などと言っていた。最初から水洗は可能らしいが、その工事も住宅が密集していると簡単ではないらしい。お風呂はよくアパートなどで使われているタイプの「手動」のガスの「追い炊き機能」そして、洗い場は「石畳」だった。お風呂のドアは「木」でできていた。昭和の木の枠に擦りガラス。その向かいにトイレがあるから擦りガラス越しに誰が入っているのかがわかる。そして旦那と不動産屋さんはとても仲良く話をしているが…パッと私の顔を見ると「キッチンや水場は奥さんのお城ですからね」などと不動産屋さんは話しかけてきた。そうよ、旦那なんかほとんど家事しないし朝晩だけいる人じゃん…と
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新しい人生の幕開け…20

来年、上の娘が小学校に入学する。そんな時、私の急な体調不良…それでも仕事に行っていた。なんだろう…。熱もないしな…。私は幼少期から熱を出すということがあまりなかった。祖母がいうには「うち熱」といって、体温計には出にくい熱を出すそうだ。それでふと、思い出した。「あ、私、そういえば何年か前に『うつ病』って言われたんだ…、そのせいかもしれない」と、私は近くの精神科を受診した。診断された病院はもう遠い。しかもその時は「私がなるわけない」と思ったり、当時彼だった旦那もそんなに気にも留めていなかったから忘れていた。現に、「うつ病」と言われる症状はでていなかったと思う。母親のことや元旦那のこと、色んなことでたまに思い出して動悸がすることはあったけど、それが「うつ病」の症状だとは思いもしなかった。病院に行ったが、精神科は物々しい雰囲気で、病院内は薄暗く居心地がいいとはとても言えなかった。先生に前にうつ病と診断されたことなどを伝えたが、先生は私の顔をみるなり「今までの育成環境」を聞いてきた。はっきりいって、「げっ!」と思ったが、そのまま簡単に伝えた。黙って先生は聞いていた。そして「よく生きてこれましたね」と…。私は「はい?」とキョトンとしてしまった。どういうことだろう…。診察が終わり、薬を出されたが「眠くなるかもしれない」と言われ眠くなられたら…仕事はおろか、子供のことができない。そう思い、薬はその時は飲まなかったと記憶している。けれど、目まいと吐き気が辛くなり、休みの前の日だけ飲んでみた。気持ち悪さや目まいは治まったように感じたが、眠気がすごかった…。車なんて運転できない、と思うほどだった。怖
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新しい人生の幕開け…10

新婚、のような初々しさはなく、ただ淡々と時間だけが過ぎていった。旦那の借金を全額返済し、数年したら家を買う。その一心だった。そして、旦那が帰ってきた時にお世話になっている不動産屋さんに一緒に向かった。そして、不動産の人は何も知らないのでしかたなかったが、旦那は乗り気で引っ越しの話や家賃の話、色々していた。もう話は完全にあの戸建てに引っ越す話になっていた。そこで引っ越しの日どりなどの話が進んでいた。私はわざと「え、引っ越しって私一人でやるの?」というと、旦那は「実家からも手伝いに来てもらうし俺もいるようにする」と言われたので、反対する理由もなかった。引っ越し当日。引っ越しといっても、そもそもあまり「物」がなかったせいもあって案外スムーズに行ったが、来ると言っていた「旦那の両親」が来ていなかった。遠いせいもあるだろうと思ってあまり気にしてはいなかったが、引っ越し先も伝えなければならないのでは?とも思った。なんでこの人(旦那)はこんなにのんびりしているんだろう…。引っ越しは旦那と不動産の人が手伝ってくれた。トラックも出してくれた。そのおかげで1往復と少しで荷物の搬入は終わった。天気も良くて引っ越し日和だった。その物件にあった物などは使わないものは不動産で持って行っていく、というので差し当たり見た感じで使えなさそうなものは持って行ってもらった。さて、やりますか!子供たちが帰ってくるまでにでかさないと大変だ!と、ふと気づくとまだ旦那の両親はこない。旦那に聞いてみた。「あれ、お義父さんたちは?」と、それで気づいたのか、それともわざとなのかわからないが、「あれ?そういえばこないな、電話してみ
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小学校時代

小学校に入学する前、ランドセルやいろんなモノをそろえますよね♪ それが楽しみだったり…。 祖母は前回も話した通り、現役時代に仕事中の事故で「右手の腕」から下が切断されて義手をしていました。でも裁縫をしたり、料理はもちろん、ゲートボールに行ったり(笑) フットワークの軽い人でした。おばあちゃんが私が入学の準備をしてくれて、「給食袋」などの巾着袋を手作りしてくれました。 入学式当日… みんなは「キャラクター」がついたかわいい巾着でした。 私のは…「着物の切れ端」の巾着でした。 愕然としました。「お母さんがいないということは、こういうことなのか…」 と、茫然としている私に、ある女の子が「え!手づくり?い~な~」と言ってくれたのです。 私は「??」と思いましたが、すぐに嬉しくなりました。 もちろん帰ってから早速おばあちゃんに報告したのはいうまでもありません。 しかし、入学式を終え、学校生活に慣れてきたころ「それ」は始まりました。最初のきっかけは、今でも思い出せません。「じゃれあい」だったのかもしれません。最初は「文房具」を盗まれるとか、小さいことだった。次は…「自由時間に仲間に入れてもらえない」私は、その頃から校庭で一人で遊ぶようになった。それから徐々に…「〇〇菌」と、呼ばれるようになった。「それ」が始まるのに時間は掛からなかった。原因は、髪の毛だったかもしれない…巾着だったかもしれないけれど、それを祖母に言うことは私にはできなかった。
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私の今までを書いていきます…

某ブログサイトにも載せていますが、私がなぜ、「メンタルケア心理士」になったか…それは必然だったのだと思います。最初の虐待今、考えると「あれがが虐待だったのか…」と、思うことを、つらつら書いていきます。私が物心ついた時には、もう母親は一緒には住んでいませんでした。なんで自分には「母親」がいないのか…3歳から育ててくれていた「おじいちゃん・おばあちゃん・お父さん」には聞けませんでした。聞いた話では私が3歳のころに「いなくなった、どこにいったんだろうね~」と、おばあちゃんは毎日、私に謝ったり、おばあちゃん自身を責めていました。私は「お母さん」がいないことに、そんなに気にしたことはなかったので、なんとなく子供心に申し訳なさがありました。私が保育園に通い始めてから、おじいちゃんが「がん」で亡くなりました。私の全てを理解してくれていたのは、おじいちゃんだったのを今になって思い出します。今日はここまでにします。
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バッグの持ち方。

貢ぎ体質の人は斜めがけバッグをよく使う。以前、SNSで『警察24時』的なドキュメンタリー番組を見ていたら、これからガサ入れに行こうという女性警官がバッグを斜めがけにしていて、上司から注意される場面がありました。つまり、バッグを斜めがけにしていると、警官だとバレると言うんですね。なるほどと思いました。確かに、堅いというか地味な職業についている人は、警戒心が強いのか、あるいはオシャレに関心が薄いのか、斜めがけにしている人が多いように思われます。では、なぜ貢いでしまうのでしょうか。それは、一度ある特定の相手に心を許してしまったら、それまで固く閉ざしていた心の窓を全開にしてしまう性質のせいかもしれません。川の流れをせき止めていたダムが、ちょっとした刺激で一気に決壊してしまうかのように。派手に遊んでいそうな人より、一見地味で暗そうな人のほうが、一線を越えると暴走しやすい(貢いだぶんの金を返せとなる)と言われるゆえんでしょう。
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高次元様からの今日のお言葉【75】

✨ イジメた人は忘れても。。イジメられた人は一生覚えている。。。 ✨傍観者も、イジメている側に含まれる。。。    闇子より闇子の闇は、闇の闇。。。闇子の病みは、病みの病み。。。闇子は、人の心の闇と病みを視ることができます。
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「世界の果てまでイッテQ!」での中岡創一さんの受難-やはりテレビはオワコン

先日の「世界の果てまでイッテQ!」で、ロッチの中岡創一さんのWBC観戦を番組側が妨害した企画が物議を醸しています。なんでも、中岡さんがWBC決勝戦を観戦するために米国マイアミに渡航したのですが、決勝当日にマイアミ空港に到着するやいなや番組スタッフから3つのミッションが課せられたんですね。すべてクリアすれば、決勝戦を観戦できるという展開。中岡さんはなんとかミッションをこなしたものの、球場に到着できたときには、すでに選手の入場シーンは終わってしまっていました。そして、番組側の企画によって観戦も危うい状況に追い込まれたわけです。こうした中岡さんの姿を笑えない人も多かったようで、「イジメと変わらない」という拒否反応が続出。Twitterでは「中岡可哀想」がトレンド入りしました。この事態を受けて、中岡さんは自身のInstagramを更新し、以下のように語っています。「イッテQのロケは中岡がバカな事を全力でトライして笑ってもらう事が全てだと思ってます」「可哀想に見えた人達には見せ方や僕の発言に足らない部分はあったかと思います・・・(中略)可哀想と言われる中岡はまだまだ未熟な赤ちゃん芸人!」まあ、このコメントは建前ですね。番組のレギュラーで芸人である中岡さんが番組を批判できるわけも、番組の企画であれば何をされても文句をいうことなんかできるわけもありません。しかし、この企画としい、先日の春日さんの騒動といい、テレビ局は本当に変わりませんね。芸人の竹山隆範さんは「ある意味ロケ行って水があって、そこに落ちるっていうのは、例え動物がいようと落ちるていうのは、日本のお笑いの“古典芸能”みたいなもんだっ
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新しい人生の幕開け…28

ドタバタだった引っ越しも終わり、前の不動産屋とも前のように揉めることもなく終わった。子供たちは新しい家の近くに早々に友達を見つけたらしい。その間、息子の検診があった。確か5歳児検診だったと思う。子供たちには日頃から「本の読み聞かせ」はしていた。娘は黙って聞きながら眠りにつくが、息子は、例えば昔話のお決まりの「昔、昔あるところに…」と始まりますよね。そうすると「昔っていつも昔??!あるところってどこ??」など質問攻めに合うこと多々ありました(笑)けれどそれは、「興味」の一つだと思っていたからそんなに深く考えたことはなかった。検診の時、保健婦さんと息子と私とで話や色々なことをしていると、保健婦さんが「息子君、この色な~に?」と問いかけた。そうすると息子は「あお!」…明らかに「赤」だった。そして次の質問「この色は?」「きいろ!」…「青」だった。テーマは変わって男の子なら興味があるであろう「車」のことについて聞き始めた「これは?」と指を指す保健婦…「パトカー!」…救急車だ…。あれ?こんなに私教えてこなかったっけ…。と疑問を抱いた。子供むけの本も毎月買っていた。そこには救急車やパトカーなど散々書いていたし見せていたけど…確かに興味がなかったかもしれない…。保健婦さんは…少し考えた様子で「お母さん…息子さん…もしかしたら『発達障害』かもしれません…。専門医に一度診察してもらったほうがいいかもしれません」と言われた。初めて聞く言葉だった。「私は、そうですか…、どこにいけばいいですか?」と聞いた。「秋田市にいかないといけませんが、予約がないと受診できないのでコチラで予約とっても大丈夫ですか」と
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新しい人生の幕開け…15

やっとの思いで家に帰ったときはもう日付は過ぎていた。私は子供たちを部屋に運び布団へと寝せた。そしてI子さんも、なにも言わずに寝た。旦那はまだ泣いている。「明日どうしよう…」と…。そんなことまで私が指示しないといけないの?とほとほと呆れてしまった。そして「明日も早いから」と言い残して私の寝た。次の日の朝、私はいつも通り家の掃除をし朝ごはんを作っているとI子さんが起きてきた。「昨日はお疲れさん」と慰めの言葉をくれた。こっちこそ、本当は楽しませてあげたかったのに…と申し訳ない気持ちだった。子供たちを保育園に送って帰ってくるとまだ旦那は家にいた。もう出勤の時間だ。旦那はガクッと肩を落とし、「会社になんて言おう…」とブツブツ言っていた。それを見たI子さんは「こら!男だったらしっかりしなさい!!」と叱ってくれたが本人はボーッとしているだけだった。そうしているうちに会社から電話がきたようだ。そりゃそうだよな…出張先からいなくなったんだもんな…。旦那はビクっとしながらも電話にでた。色々話していたようだが、ただ「はいはい…」としか答えない旦那。そして何を話したのか「もう自分はできません…辞めさせてください」と言っていた。電話を切った後、「なんていってた?」と聞くと「自分のものを取りにいくのと退職届だしに行ったりしなきゃいけない…会社行くのいやだなぁ…」と子供のようなことを言っていた。私は「事務処理とかもあるからいかなきゃだよ」とチクリと言った。私は多分、その頃から旦那に対しても色々な考え方が変わったように思う。旦那が渋々会社に行くのを見届けてから、私はI子さんを家に送って行った。I子さんは帰りの
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新しい人生の幕開け…14

突然の出張の話。なんで出張になったかと聞くと、「なんか成績上げれない人に限定して講習会?みたいなやつやるんだって」と…。アポの一件もまだとれていないのか…。そこは口には出さず、「どこに出張なの?」と聞くと「宮城の仙台」と言った。期間は2週間くらいだと言っていた。週明けから行くらしい旦那は「初」の出張という経験をする。聞くと、講義室に缶詰め状態らしい。旦那は不安になっていた。「俺缶詰め状態苦手なんだよな…」と…。そして見送った朝。子供たちは寂しがっていたが、旦那からは何も連絡はなかった。多分相当疲れているだろうな、と推測していた。こちらから電話をすることもしなかった。そういう会社はほぼスケジュール管理されていることを知っているからだ。泊まるところはビジネスホテルだと聞いた。そうして次の日、電話がきた。「俺、こんなんだとは思わなかった。缶詰状態に耐えられない…」と弱音を吐いていたが、「そうだね、けどもう少しだから…」と励まして電話を切った。それから数日後の夜、その日は珍しくI子さんが家に泊まりに来ていた。それは旦那にも報告していた。久しぶりに会ったのと子供たちのことを心配してくれていたのとで話が弾んだ。子供たちも大喜びだった。が、寝る時間になり、息子が熱をだした。多分はしゃぎ過ぎかと思われたが、I子さんを残して病院にも行けず、咳もなかったため様子を見ようということになった。が…電話が鳴った。夜の9時過ぎだ。なんだと思い携帯を見ると「旦那」の表示。電話をとると「俺、もう無理だ…お金もないし、車もないから帰れない、どうしよう、けどもうあの会社には居たくない!辞めてきた!もうやだ!」と本
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イジメの被害に遭ってる方、御相談お聴きします

現在、会社・バイト先・派遣先・大学等でイジメの被害に遭ってる方、そのお悩みを私に教えてください。 勤め先で、無視されたり、身体的な嫌がらせ、恐喝、仲間外れ、暴言を言われる・強要・パワハラ・モラハラ・セクハラなどで、プライドを傷つけられて精神的にストレスを被っている方は、その苦悩は筆舌に尽くしがたいと思います。 これが為に、出勤拒否や、引きこもり、うつ病などの精神疾患に罹患されてしまう方も少なくありません。その為に退職に追いやられ、それに伴う、あなたの損失は計り知れないものがあります。 実は、私自身が小学生の時から高校2年生まで、イジメの対象になっていて、暴力やカツアゲ、仲間外れ、公然に悪口を言われたりし、イジメられた経験があります。なので、イジメられる気持ちは痛いほどよく理解できます。イジメられる原因は、自分で分かっている場合と分かってない場合があり、「なぜ、自分がこんな目に遭わなければならないのか」と自己憐憫に陥り、精神的に深いダメージを被り、最悪の場合、自殺してしまう方も少なくありません。死にたくなる気持ちもよく分かります。私も自殺未遂を経験した一人ですから。子供の時のいじめと違って、大人のイジメは、より陰湿で冷淡であり、イジメられる者にとっては精神的なダメージは更に大きいものです。名誉を棄損されたり、公然に侮辱されたりと、刑法で構成要件に掲げられている「名誉毀損罪」「侮辱罪」に抵触している可能性があります。また、罪には問われないが悪質な人権侵害を被る方が多いです。 勤務先の上司や、人事課等に相談しても解決しない方もいらっしゃいます。 そのような方は、私に一度ご相談ください
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新しい自分へ…8

それから彼からはしばらく連絡はなかった。私は、バイトや子供たちのことに専念していた。けれど実際問題、お金が貯まるなど何年先になるかわからない状態が現実だった。それでも「諦める」という考えはなかった。児童養護施設では最低2年施設に入所してもらう、というのが条件だったが、私はそれより早く子供を引き取りたかった。気づけばもう1年が経とうとしていた。小学校入学前までには…一緒に生活していたい…。今のバイトでは無理だ…。その頃の秋田県はパートでもアルバイトでも「副業」ということが原則「禁止」されていた。そのころ、ちょうど「某牛丼チェーン店」は「牛肉輸入制限」かなにかで肉が入ってこなくなる事態に陥り、店は混雑、シフトも人数も増やして対応していた。帰るのは、シャワーを浴びに帰るだけの日々が2週間くらい続いた。これでは「副業」どころの話ではない…。体力的にも限界に近かった。忙しかったせいもあり、色んなことを忘れて仕事に打ち込むことができた。そして、牛肉がなくなりシフトも通常に戻った…やっと休める…それを見計らったかのように「彼」から電話がきたのである。私はハッとした…。そうだ、返事も返していない。返事だけはしようと電話にでたそうすると相変わらず何事もなかったかのように接してきた。そうか、ただの気の迷いだったんだな、私はあの話には触れないようにしていた。そうして、今までの仕事のことや彼の仕事のことなど他愛もない話をしていたそうすると「それで、考えてくれた?あの話」と…え?私はどうやって返していいのか分からなくなった。断る、ということをしたことがないからどうやって断ったらいいのか分からなかった。黙
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・ジョジョに学ぶ「覚悟」

「ジョジョの奇妙な冒険 Parte.5」で、主人公である、ジョルノ・ジョバァーナが、同じスタンドを持つ人間と初めて対決するシーン。ブローノ・ブチャラティのテリトリー内で不可解な事件が起こったので捜査していたが、どうやら原因がジョルノジョバァーナと判明し、一気に相対することとなる。まだ過去に戦闘経験がないにもかかわらず、ジョルノジョバァーナは、ギャング組織のチームリーダーの一人である、そのブチャラティに対して早々と腹を括りました。※大体こんな感じ。そして、彼は堂々と言い切った。あなた…「覚悟」して来ている人」………ですよね人を「始末」しようとするって事は逆に「始末」されるかもしてないという危険を常に「覚悟している来ている人」ってわけですよね…あなたが、いわゆる「いい人」だったら、何かと職場などで理不尽な仕事を安易に引き受けていたりしませんか?なにも職場に限ったことではないです。交友関係にしても、本当は受けたくない頼み事。いい人だけに機械的に承諾していませんか?これが、自己承認欲求を得ることで解消できる実に風変わりなタイプのいい人なら問題もないのですが…。また、修行と思って耐えれるもっと風変わりすぎる人ならですね。どんどん、押しつけを飲み込んでストレスを貯めていくと脳を傷つけていくことになります。そうすると鬱気味になったりします。実際にそういう状態になっている人は多いですよね。私は大手企業にいましたが、上司からの無茶な仕事を押し付けられて統合失調症で倒れた人を三人も見ました。「子供のイジメと同じ構造ですよね」黙っておけば調子に乗ってエスカレートしていく…。こういうスパイラルは、ずっ
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中学校生活7

中学校でも相変わらず、イジメにあっていた。中学ともなれば、いろんな小学校から入学してきて、新しいスタートを切れると思っていたが、入学当初は、そうでもなかったが、そもそも小学校からの持ち上げありの生徒も方が圧倒的に多かったから、イジメが再発するのも簡単だった。中学のころは、母親の家と自分の家を行き来していた。中学二年生くらいには、ほとんど学校に行かないようになっていた。学校に行く日は父の家から登校するときくらいだった。その頃くらいに父に彼女ができたらしい。その彼女にも子供がいて、一個上の年だという、そして同じ学校…私がイジメられていることはバレていた。廊下ですれ違うと、すぐに嫌や顔をした。それは仕方のないことだと思った。その彼女さんの子供はとても頭もよく、スポーツが万能で…私とは天と地の差があった。当然のごとく、比べられた。「〇〇ちゃんは、こんなに頭いいのに、お前はなんだ!恥をかかせるな!」と、口癖のようにいうようになった。彼女さんは、父に「なんでそういうことをいうの!」と叱っていたが、私は、父には私がいないことで幸せになるなら、私はいなくなってもいい、と思っていた。男手1つで、今まで関わったこともない実の子とは言え、私が全部をダメにしている。そう思った。母親は、なぜか優しい言葉をかけるようになってきていたせいもあってか、ほぼ母親の家に住み着くようになった。子供たちも幼いせいか、とても慕ってくれた。私は母親の家にいてもいいのか…と考えるようになった。そんな朝、母親の家から学校に行こうとしたとき、「学校には行くな!」「家から出るな!」と言われた。え?!どういうことだろう。「お前は学
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小5の後半はずっと家、 たまに保健室登校~

私が息子の登校を諦めて、息子が家にいる生活が始まりました。 給食を食べなくなるので、お昼ご飯はどうしようと考えるように なりました。 私はフルタイムで仕事があるため、帰りは19時半頃になります。 息子はうちで一人で、何を思って過ごしていたのでしょう。 学校に行かなくなって、ほっとして穏やかに過ごせてたでしょうか? 不登校の子 全般に言えることと思いますが、登校できずに、うちにいる間は 「不安・焦り・怒り・悲しみ」などが混在している時間で、 何もできずに悶々として、辛いのでしょう。 何かしたいけど、その気力がない。 学校へはもちろん戻りたいけど、戻りたくない。 エネルギーが切れた状態だけど、家にいると元気になっているようにも見えました。 うちは幸い 引きこもる部屋もなくオープンな間取りになっているので 自分の部屋から出てこないというような状態にはなりませんでした。 ある日 息子の幼馴染のママ友が保健室登校をしてはどうかと言って来ました。 私は、早速 学校に交渉をして保健室登校をさせてもらうことにした。 先に保健室登校をしていたのは、 息子より年下の男の子が一人だけでした。 保健室のY先生は、担任の先生とは違い 優しさ溢れるタイプの方でした。 Y先生は息子の様子をノートに詳細に書いてくれました。 保健室で息子が何をして過ごしたのかよく分かりました。 息子が保健室登校をしている間、担任の先生は、ほとんど保健室へ顔を出さなかったようです。 私としても 担任とはあまり顔を合わせてほしくなかったので、ちょうど良かったのですが。。 たまに時間の空いた
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もっちり肌にはオイル。

マッサージや入浴に使えるオイルは1年中使えるアイテム。サラサラの肌とは少し違う、吸い付くようなもっちり肌をつくるのは、クリームよりもボディオイル。オイルは肌にじわっとなじみ、弾力とうるおいを生み出してくれるのです。極上の肌にするなら、入浴後の濡れたボディにそのままオイルを塗る方法がベスト。体が濡れた状態で全身にオイルを塗り、なじませてからバスタオルで軽く拭き取ります。そのまま顔まで薄くのばしてもOK。化粧水や美容液の浸透がよくなり、スキンケアも充実させられます。ひじやかかとなどの乾燥している部分は、服を着た後にさらいオイルを手で温めながら染み込ませていきます。ホホバオイルやオリーブオイルが基本ですが、ベタつくのが苦手ならスクワランやグレープシードオイルがおすすめ。乾燥しながら部分はアボカドオイルやナッツのオイルなどを使うと、さらにしっとりします。ボディの乾燥がひどい時には、入浴後のボディにオイルをたっぷり塗ったまま、バスタオルの上に、15分ほど寝転びます。湯冷めしないように、体の上からもバスタオルをかぶせてください。時間が経ったら、バスタオルで軽くオイルを拭き取れば、翌朝には乾燥がしっとり肌に変化しているはずです。夏など、ベタつきを最小限に抑えたい場合は、お風呂でボディを洗った後にオイルをたっぷり塗り、そのまま湯船に浸かる方法もおすすめです。初めは少し勇気がいりますが、湯船の中でオイルを肌に入れ込むようにマッサージすると、肌がツルツルになっていきます。湯船から出た後はそのままでも大丈夫ですし、気になる場合は軽くシャワーで流せばベタつきはほとんどありません。ただ、湯船にオイルが残
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食べたい具材なの?・・・

家で鍋をするときにウインナーや餃子など変則的な具を必ず入れる男性は浮気される。こういう男性は、往々にして浮ついてる感があると言えます。恋愛ドラマなどによく出てくる、ちょっといいやつなんだけどモテない。とにかく、やたら気がつくマメな男性。最初はマメだし、いいかも、なんて思って女性は近づきがちだけど、長く付き合っていると、なんか個性がないというか味がないというか。ウインナーは長く煮ていると味が出てスカスカになるし、餃子も皮が溶けてグズグズになる。時間の経過に耐えられない。そもそも変則的な具を入れる人は、本当に鍋にして食べたいわけではなく、ウケねらいの場合が多いと考えられます。要するに、飽きられやすいんですね。
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折りたたみ財布の・・・私のイメージ

不幸な人の財布は「折りたたみ」。この不幸をウンヌンというのは、あくまでも本人が自分のことを幸せかそうでないかと思っているのであって、絶対的な指標にあてはめているわけではないことを最初にお断りしておきます。CMや広告でよく見かける「※イメージです」というアレです。たとえば、ドラテにつっかけ姿で焼き芋のリヤカーの後を言いかけている人が持っているのは、長財布と折りたたみ財布のどっちでしょう。片手に大きなボストンバッグを持ち、赤ん坊を背負って夜行列車の切符を買おうとしている女の人が握りしめている財布は、どっちでしょう。いや、そんなことはない。折りたたみ財布を持っていても幸せな人はいっぱいいると主張される方もいるでしょう。まったくその通りなんです。でも、問題は「※イメージです」というやつなんです。
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これから先を考える重要性!!

子どもの頃、親や学校の先生に「ちゃんと反省しているのか!」と怒られた人も少ないと思います。この経験からなんとなく「失敗をしたら深く落ち込んで反省すべきで、そうしないと不真面目だと思われる」と考えてしまいますよね。仕事で「何であんな失敗をしちゃったんだろう、自分は情けないなぁ」って思った経験がある人もいるのではないでしょうか。でも実は反省ってそこまで重要じゃないんです。もちろん失敗を放置したり、見て見ぬふりをしてもいいというわけではありません。ですが実際には、反省だけしたところで「悪いことをしてしまった・・・」って感じるだけで、状況は何も変わらないですよね。じゃあ反省ではなんとなくどうすればいいか?失敗をした時に大事なのは、次どうすべきなのかという「改善」です。なぜ失敗してしまったのか原因を考えて、次から何をしておけば同じ失敗を防げるか対策して行動する、そうすれば次の失敗を防ぐことができるんです。とはいえ、「反省をしなかったら自分がダメ人間になってしまうのでは?」と思う人もいるかもしれません。過去の嫌なことを何度も反すうすると、気持ちが落ち込みやすくなると分かっています。その一方で、今後の問題解決に向けて動いていこうとする思考であれば気持ちを緩和させると言われているんです。自分で問題を解決していけた人に共通するのは、失敗→改善→行動のサイクルを何度も回せることでした。・例女性のAさんはとあるコンビニで働いていました。レジ操作や商品の発注でミスしてしまうことが多く、その度に「私はダメ人間だなぁ」と自分を責めてしまっていました。次第にどうしても仕事に行く気力がなくなって欠勤するように
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我慢しなきゃいけない???

若いうちは会社にいると先輩や上司からイジられたりすることもありますよね。普段からコミュニケーションを取っている間柄で、イジリ方がうまければ笑い話で終えられます。ですが中には、あなたの見た目や収入など簡単には変えられないことをイジってくる人がいます。「言われていることは正しいから・・・」と反論しづらいかもしれませんが、そういう人は大人としてのデリカシーがない証拠です。決してあなたが我慢する必要はありません。他の人がいる前で「お前太ってるよなw」とか「月にいくらもらってんの?」みたいに、他人に言いたくないことを平気でイジってくる人がいます。こういう人は、大人としての礼節を欠いていると思います。容姿や収入というのは周りが思っている以上にコンプレックスがあるものです。それをイジっておいて「こんなの冗談なんだから気にするなよ」という言葉で済まされるものではありません。そんな人とはもう話したくない、一緒に仕事したくないという気持ちにもなりますよね。とはいえ、「イジられるような原因がある自分が悪いのでは?」と思っている人もいるのではないでしょうか。ですが、こういったデリカシーのないイジりをするのは、明らかにイジるほうの問題です。実は、上司や先輩がイジりをする時は、心のどこかで人間性や仕事ではあなたよりも優位に立てないと思っている場合があります。自分のその気持ちを解消しようとして、上の立場を利用してイジってきたりするんです。社内の上下関係を利用して、あなたが言い返してこないと分かっていてイジってくる卑怯なやり方です。なので、すっとあなたがそのイジりで悩んでいるようであれば、さらに上の上司に相談
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会社の人間関係

上司や先輩から「嫌な人とでも仲良くするのが社会人だ」って言われた経験がある人も多いでしょう。でも、どう考えたって嫌な人と我慢してニコニコしながら一緒にいるのはつらいですよね。だったら無理に仲良くしなくたっていいんです。私が以前お会いした男性のAさんは自分と同期入社した同僚といつも仲良くしていました。周りから見ても親友のような感じで、休日も一緒に出かけることが多かったようです。ですが、5年、10年、とたつにつれて、だんだんとその同僚の態度が目に余るようになりました。同僚が何度も会社を遅刻したり、取引先からの注文を忘れるようになりました。間に合わない仕事をAさんにカバーしたのに、同僚からお詫びの一言もなかったようです。次第にその同僚と一緒にいるのが苦痛になってきましたが、優しいAさんは同僚に言いたいことも言えませんでした。本当は休日には家族とゆっくり過ごしたいのにもかかわらず、同僚からお出かけに誘われればいつも我慢して付き合い、楽しそうに振る舞っていました。Aさんは「我慢してでも仲良くしておかないと関係が悪くなって、相手に嫌な思いをさせるんじゃないか」と気にしていました。そこで私から、会社の人間関係はあくまで仕事に支障がない程度に関わればいいので、嫌ならば無理にプライベートまで付き合う必要はない、と伝えました。それからAさんは同僚との関係を仕事上で関わる程度にとどめ、休日は家族で過ごす時間を増やしたら、徐々に気持ちが楽になっていきました。家族は一緒にいる時間が最も長く、自分の心に大きな影響を与える存在だから優先して大事にしたほうがよく、一方で仕事上の人間関係は仕事が円滑に回る程度に
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パワハラに負けるな!

僕たちの時代は、パワハラは当たり前でした。しかし、許されないパワハラはたくさんあります。僕は、40歳の頃に癌を患い退院した後に就職しましたがとんでもない会社に入ってしまいました。初日から、やたらと怒鳴られまくりました。それも、理不尽なことばかりで怒鳴られました。3日間は我慢しましたが、3日目には「お前についていけるか!」とやめてしましまいました。出来の悪い社長について行っても自分の成長はないと感じたからです。大したことない奴ほどパワハラをやるものです。いくら上司と言えども黙っていては、苦しいだけです。パワハラと戦かう姿勢が大切です。そうしないと、パワハラする人は相手が弱いと感じると、どんどんイジメてきます。だから、そのパワハラに対して冷静に対抗して下さい。怖いかもしれませんが、相手に反省させてください。パワハラしてくる人は、ろくでもない人たちです。あなたが、弱いとダメです!ずっと、パワハラしてきます。戦って下さい!
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新しい人生の終焉…4

私は決めた。…「離婚する」…。このままでは、不信感しかない、そして、また自分の心を殺して、このまま生きていくのか…。それで子供たちに「素直になりなさい」と言えるのか…。子供たちにどんな顔して毎日を送ればいいのか。親として、妻として…そして一人の女性として…それは果たして「正解」なのか…。色んなことを考えての「決断」だった。私の気持ちは何日経っても変わることはなかった。旦那が帰ってくる日を待った。そして、その日は案外すぐ来たのか、そう感じただけなのかはわからない。そして、子供たちが寝静まった後、旦那に話をした。「もうあなたを信じることはできない…。」と…そうすると旦那は「なんでこれからやり直そうとしているのに、そういうことをいうんだ!」と言ってきたが、その後に「じゃあ別れなくてもよかったじゃん」と…。なにを言っているんだ?この人は?自分の言っていることの意味も今口に出していいことの区別もつかないのか?私はキレそうにもなったが、「もう別れる」と決めた心には怒りなどはなかった。そして、私は淡々と続けた。「離婚するにも証人が必要だから、それはRさんに頼んであるけど、もう一人、あなたの方から出してね、それと慰謝料とか養育費を決めたい」と一気に話した。旦那はここまで言って初めて本気だと思ったのか「どうしたら許してくれるの?」「お前にだって悪いところはあるぞ」などと言ってきたが黙ってただ、反応もせず旦那の言う事を聞いていた。そうすると段々「わかった…もう相手とは別れたし、俺にはお前しかいないから、やり直すという前提で離婚しよう」と言い出した。なんて都合のいい人だ。こんな人だと本当に思っていな
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新しい人生の幕開け…27

私のパート先の方が先に撤退するということで、撤退する作業が行われた。そこではもう使わない食器などを持って帰っていい、とのことだったので、使えそうなものをもらって帰ってきたりしていた。最後には本社の人たちも来て、昼間の短時間ではあったが「お疲れ様会」が行われた。撤退作業はたった1日で終わった。人数が結構いたので、すぐ終わったのだ。高校生のバイトの子たちも…パートの人たちも、最後には笑顔で迎えられた。みんなに私のお腹を気遣ってもらったり優しい人たちだった。けれど、そのフードコートの中でもたくさんのトラブルはあった。お金が盗まれた、勝手に店のものを食べた…など。犯人はわかった時もあったが最後までわからなかったこともある。けれど、印象的な件を一つ。パート・アルバイトの募集は随時ハローワークに出していたらしく、時々「面接」の電話はきていた。その中で「はい、○○です!」と電話を出ると、声と話し方だけでも、結構なお年寄りの声がした。「お宅さんで、アルバイトの募集をしているときいたので…」と女性。「はい、募集しております!面接のご希望ですか?」と聞くと「はい…だと思います」と…。思います??おかしいな…と思いながら「○○様が面接のご希望でしょうか」と聞くと「あたしゃもう年よりだから、息子に働いてもらいたいと思って」というのだ。え??親が、というよりもう成人しているであろう息子の面接を親がする、という行為に驚いた。「すみません…アルバイトされる息子さんからもう一度お電話いただけるようお伝えください…」と返した。本人ではないのに「面接の予定」は入れられないのだ。高校生でも「自分」で面接の電話は自分
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新しい人生の幕開け…24

この家をどうしようか…選択肢はほぼない。引っ越すしかないのだ。不動産屋とも揉めているし、これからの家のことも考えると、この先は考えられない。そう話し合った。けれど私は「妊婦」だ。一人で荷物をどうのこうのすることには限界がある。かといって、どこに引っ越すのかもまだ決まっていない。娘が小学校に入学しているのもあって、学区を変えたくはなかった。それは、旦那にも伝えて同意してくれた。それから数日、家探しをしていた。けれどそうそう学区内にある「貸家」はなかった。アパートは子供がまだ小さいせいもあって近隣の人に迷惑をかけると思ってアパートは除外。貸家に絞っていた。子供は伸び伸び育てたい。それはやっぱり児童相談所で育ててしまった自分に責任があると思っている。保育園や学校でも子供なりにストレスを感じて過ごしてると思えば、家では「自分」をちゃんと出してほしかった。少しくらいうるさくても怒られない空間に居てほしかった。子供でも「我慢をしている」私は痛いほど知っている。「していい我慢と」「しなくてもいい我慢」子供の時しかできないことをたくさんさせてあげたい。私自身、父親に「強制的に習い事」をさせられたこと母親に「理不尽や暴力を振るわれたこと」これは、子供であっても「我慢しなくていい」し、誰かに助けてほしかった。けれど誰にも言えなかった。金銭的な贅沢はさせてあげれないけど、それでもできる限りのことはしてあげたい。私は父が亡くなってから「自分の居場所は自分で作る」ずっとそう思ってきた。なんだかんだ考えて毎日が過ぎた。本当に時間や色んなものが足りなかったと思う。そんなある日。パート先に行くと、Rさんたちが
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新しい人生の幕開け…21

私は勇気を出して「トイレ」にいった。判定は…。「陽性」…。え…。今仕事始めたばかりなのに、まだ旦那は子供たちとそんなに多くの時間を過ごしてないのに…。どうしよう…。パニックになった。その話はすぐにRさんに報告した。仕事のこともあるからだ。Rさんは「やっぱり…。おかしいと思ったよ。で、堕すんでしょ?」と当然のように聞いてきた。え?なんで他人からこんなこと言われなきゃいけないんだろう。やっぱりRさんは苦手だ。「ちょっと考えるし、旦那にも相談しなきゃだから」と濁した。「仕事は出てもらうからね」といい、Rさんは電話を切った。溜息しかでなかった。嬉しいことだけど、今じゃないような気がする。けれど私ももう28歳だ。多分これが最後の妊娠となるだろう。まずは旦那に相談だ!夜になり、子供たちが寝静まってから私は旦那に切り出した。「あのね…最近体調が悪かったんだけど…調べたらね、妊娠してた」と。旦那は「まじ?ホント?おう!そうか!やった~!」と喜んでいたが「ん、でもね、ちょっと考えてる…今の子供たちだけでも大変でしょ、経済的にも色々…それに私、息子の産後の時も無理してしまってるから体力的にも自信ないんだよね」と気持ちそのままを伝えた。「え?それっておろすってこと?1人くらい増えたって変わらないだろ!せっかくの命なのに…それに俺にとっては初めての子だし…」と。確かにそうだ。今の子供たちは旦那の子供ではない、だからこそ、もっと今の子供たちと触れ合ってほしかったし、「自分の子供はかわいい」みたいに産まれたら、今の子供たちへの態度が変わってしまうんじゃないか、という不安もあった。それも伝えた。けれど旦那は
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新しい自分へ…

そんな日々でも、それでも「時間」というものは過ぎていった。あとは息子を引き取るだけとなった。入籍は全部子供を引き取り、そしてそれが落ち着いてからにしようと決めていた。そうしているうちに「一か月」はあっという間に経っていた。娘も保育園に慣れてきていたので「同じ保育園に」と思っていた。そしてそれを保育園の園長先生にも相談した。そしたら園長先生は心よく快諾してくれた。よし!また一歩進んだ!引き取る環境は揃った!あとは彼に相談して時期を決めようと思った。そして、その日に早速相談した。彼は相変わらずの長距離運転手だったから、相談などは全て「携帯電話」で行っていた。そのことを相談すると「保育園もOKしてるなら一日も早いほうがいいね」と言ってくれた。そうなると早速私は次の日「児童相談所」に電話した。何にをするにも「児童相談所」を通さなければならなかった。それも仕方ない…。児童相談所に電話したら「面談」をしたい、とのことだったので近いうちに面談することにした。もちろん児童相談所は土日休みなので、私は休みを取って面談をしに行った。すでに娘を引き取っていた経緯もあってスムーズに事は進んだ。その日に引き取りの日程も決まった。そのまま私は家に帰ろうかとも思ったが、息子に会ってから帰ろうと思った。息子は少し見ないうちに大きくなっていた。引っ越してからあまり息子に会えなくなっていた。1歳半になっていた。1歳の誕生日も施設で過ごさせてしまった…貴重な1歳の誕生日…もう戻ってくることは二度とない1歳…。一か月といえども、怒涛の一か月だったと思う。保育園に馴れさせることや、自分の仕事、家事などをしていたら、自分
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離婚まで…34

女性相談所…シェルター…。そこは私にとってとても気持ちがゆっくりした場所になった。朝起きて、子供を着替えさせ朝ごはんを食べる、歯を磨いて部屋を掃除したり、洗濯をしたり…。そして子供たちを遊ばせる。お昼ご飯を食べて、お昼寝させて、おやつを食べて遊ばせる。夜はご飯を食べて、お風呂に入り、三人で川の字になって寝る。そんな何気ない生活も今まではできなかった…。何日かすると、一人のおばさんが話しかけてきた。そのおばさんとはすごく仲がよくなった。口は悪いけど悪気がない、さっぱりした性格の人だった。年齢は…50代くらいの人。その人は自分からどんな理由でここに来たかを話してくれた。その人は知人からの嫌がらせで家が火事になって全焼したそうだ。それで急遽ここにきたらしい。知人は捕まったのかどうかもわからず不安だというのだ。そのおばさんをi子さんとよぶことにします。i子さんは子供たちにも優しくしてくれた。外で遊ばせたいから自分が付いてい行くから外に出してやってくれ、などと職員に頼んでくれたりした。職員からは30分だけ、という条件を出されたが、それでも子供たちにとっては嬉しいことだった。1週間くらいずっとシェルターの中にいたから子供たちも大はしゃぎだった。すぐ近くに公園があったのもありがたかった。生後6か月の息子はベビーカーを借り、ベビーカーで移動した。そうして、数日経った。その間、何もしないわけではない、仕事を探したり、保育園を探したり…、色々なことをしていた。けれど、車もない、特別な資格があるわけでもない、離婚もまだ済んでない状態、仕事などあるわけがなかった…。ましてや中卒…。子供が病気になったと
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小学校生活7

母親に言った「お父さんになんて説明すればいいの」そしたら、「もう隠すことないじゃない、話してしまえば?」と…なんて簡単に物事を言うんだろう。けれど、クリスマスプレゼントを受け取るまで、この人は引かない…仕方なくプレゼントを受け取りに行った。そしたら、さっきの罵声とは考えられないような笑顔で玄関に立っていた。「ほら!みて!ジャンパー!あなたの好きな色!」と…。紫だった。よく男性が着ている、ダボダボの…スカジャン?あれでした。背中にはなぜか龍の絵柄…私の意見など誰も聞いてはくれない。気持ちも…「着てみて!絶対似合うから!」と興奮している。私は素直に従った…そうしなければ、また怒鳴られる。そして長い説教…着てみた。母親だけが嬉しそうだった。そして、そのジャンパーを持ち帰ることに…帰り道、お父さんにどうやって話そう、そればかり考えていた。ジャンパーなんて別に欲しくない。捨ててしまうか。色々考えた。けれど、ジャンパーを着ないとまた怒鳴られることになる家に着いてしまった…あれこれ悩んでいるうちに父が帰ってきた…これは言うしかない…「お父さん、あのね、実はお母さんと会っているんだ、クリスマスプレゼントもらった」ボソッと…父はピクっとしたと思う。あ、怒られると思ったが「ほう」しか言わなかった、否定肯定もしなかった。なんだか、逆に不安になった。父を傷つけたのではないか、本当は会ってほしくはないよな…。父に会っていることを伝えた辺りから、母親の態度がエスカレートしていった。泊まりにくればいいと…。そして、自分の家族を紹介すると。さすがに泊まるのは約束というか、ルール違反だと思った。そうしている日々
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小学校生活5

このころになると、イジメもエスカレートしてきた。「〇〇菌」「近づくな」「触るな」「くさい」など…。この言葉は、私が近づく度に言われた。 先生も注意どころか笑っていた。 朝、教室に行くと「あれ、机がない…」 みんなクスクス笑っていた 探しているとチャイムが鳴り 私は茫然としたまま… 先生が教室に入ってきても、私を見ないフリをしていた そこにはまるで私が「いない」ようだった。 ふと ふと、外をみた瞬間 「あった…」 私の机はベランダに放り投げられていた。 教科書も中身も全部グチャグチャだった。 使えるものは自分が持っているものだけ。 その時間はただ黙って教室の隅で立っていた。 授業が終わり、私は黙って自分の机を元に戻した。 もちろん、手伝ってくれる人なんていない。 ゴチャゴチャした机や教科書を泣くこともできず ただ無言で直した 先生は当然のように目にも留めない もとの場所に戻そうとしていると、どこからか 「教室にいるな!空気が汚れる!」 …私はどこへ行けばいいんだろう 私は「元の位置」ではなく教室の廊下の隅に置いた… また誰かが 「汚くて通れないだろ!」 私は教室から机を出した。 そしたら何も言われなくなったから、もう、ここでいいや… と思う事にした そうするしかなかった そう思うしかなかった 次に授業が始まった 先生はいきなり私に大声で怒鳴りつけた 「なんでそこに机があるんだよ!周りを見ろ!俺の立場も考えろよ!」 静かな教室の隅に机を置いた 決して「元の場所」ではない。 それでも先生は何も言わなかった。 そうか、周りの先生の目が怖かっただけか…そう理解した。 教室に入ると」、みん
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1312.小さな悩みも、話せば心が軽くなる 〜悩み相談、受け付けています〜

小さな悩みも、話せば心が軽くなる 〜悩み相談、受け付けています〜こんにちは。このブログに足を運んでくださってありがとうございます。現代は情報があふれ、SNSやネットの発達で「人とつながる」ことが簡単になった一方、「本音を誰にも言えない」と感じる人も増えているように思います。誰かに相談したくても、相手の時間を奪うのが申し訳なかったり、「こんなことで悩んでるなんて情けない」と自分を責めてしまったり――そんな経験、ありませんか?でも、声を大にして言いたいのです。どんな小さな悩みでも、あなたが苦しいなら、それは立派な悩みです。話していいんです。なぜ、私が悩み相談を受けようと思ったのか私はこれまで、いろんな経験をしてきました。若い頃は下働きからスタートし、誰よりも早く出勤して、誰よりも遅くまで働く日々。夢中でしたが、当然失敗も多く、叱られ、悔しくて眠れない夜もありました。やがて独立し、会社を立ち上げ、経営者としての道を歩み始めました。でもそれで「成功した」と言えるわけではありません。順風満帆な時期もあれば、取引先に裏切られ、会社の資金繰りに頭を抱えたこともあります。信じていた人に騙された経験も、手痛い失敗も、今だから笑って話せますが、当時は本当に苦しかった。そんな中でも、助けてくれる人がいました。話を聞いてくれる人、ただ黙ってそばにいてくれる人、そして時には厳しい言葉で目を覚まさせてくれる人。そういう人の存在に救われてきたからこそ、今度は私がその立場になろうと思ったのです。「イジメ」も相談してほしい。見えないところで、心が泣いている人へ特に、イジメに関する相談は、もっともっと声に出してほ
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外出する時は~アレに気をつけて!!

家の窓を開けたまま外出する女性は浮気される。窓を開けっ放しにしておくと、男性が出て行く・・・。運気が逃げるというならまだしも、これは統計というより風水の考え方に近いような気もしないではありません。それにしても、女性の4人に1人が窓を開けっ放しにして外出したことがあるという事実。警察庁は知っているんでしょうか。これはもう危機感が薄いというか、基本的にうかつですよね。このうかつさが、彼、もしくは夫を浮気に走らせる原因になっているのではないかということは、想像に難しくありません。ですが、かといって男性の浮気を恐れるあまりガチガチに警戒するのもよくなくない。男性とは追われれば逃げ、逃げられると追いたくなる生き物からです。要は「ほどほど」が肝心なのでしょうが、やはり外出するときの戸締まりくらいはしっかりしていただきたいと思います。
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ガラケー派?スマホ派?

ガラケーの男はセックスに対して消極的。もはやスマホの天下となったケータイの世界ですが、ガラケーをあえて使い続ける男性。「ガラケー男子」wwwこの「ガラケー男子」という呼称には、一切ネガティブな意味は含まれておらず、そこらへんの「ガラケーおやじ」とは違います。では、なせ「ガラケー男子」がセックスに対して消極的なのか?理由はいくつかあるようです。そのひとつが、「チャラくなさそう」というもの。誰もが使っている「LINE(ライン)」を使って女の子とどうこうしたいという下心が透けて見えないんですね。なぜ、男性がチャラくなるのか。理由はおそらく、不特定多数の女性とセックスをしたいからなんですね。だけど、ガラケー男子はそうじゃない。絵文字のいわば進化版である「スタンプ」も使わないから、そのぶん自分の感情や思いなどを表現しようとするので、メールが丁寧になる傾向があるということです。まあ、しかしそれもよく考えると、練りに練った文章で遠回しにエッチをせまる男性もいるわけで、いちがいにガラケーだからどうこうとはちょっと言えないような気もします。
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波乱を呼ぶのは・・・素の状態

寝起き状態でも宅急便が来たらそのまますぐに出る女性は離婚しやすい。昼寝だか寝坊だかわかりませんが、とにかく全女性のうちの3割が、寝起き状態で宅急便が来てもそのままの格好で玄関のドアを開けると答えています。この数字が多いのか少ないのかは別として、離婚経験者の場合は約4割の女性がスッピン対応しています。一般女性よりは明らかに多いという結果が出たわけです。これにはなにかありそうですね。一言で言うと、警戒心が薄いのでしょうか。「ピンポーン」「あ、誰か来た」「出なきゃ」という感じで反射的に生きている。大らかと言えば大らかなのでしょうが、まあ「来るモノは拒まず」という生き方が、こういう対応に結びついているのかもしれません。この「来るもの拒まず」精神をうまく活用すれば、再婚という道もまた開けるのでしょうが、配達のお兄さんとどうなることもないだろうという、一種のあきらめがあるのかもしれません。
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ヘッドドレス

髪を華やかに飾るヘッドドレスは女を楽しむアイテム。はっきり発色する赤リップ、ピンヒール、大胆なデザインのランジェリー。とれも身につけるだけで日常から少し離れて『自分は女なんだ』と再認識させてくれる素敵なアイテムです。そんなアイテムと同様、髪につけると一気に女度が上がるのがヘッドドレス。花やレースをあしらった華やかなヘッドドレスをつけるだけで、特別な気分になります。ヘッドドレスは黒・赤・紫などのチュールつきのものがおすすめ。日常的には使いませんが、ドレスアップした時だけではもったいない。一人の時間や色気の強化の時に使用してみてください。私はパソコンでの仕事が続いて「女度が落ちているかも」と感じた時、ヘッドドレスをつけてみます。それだけで一気にスイッチが入り、そのままメイクやドレスアップしてしまうテンションになることもあるほどです。どんな長さの髪にでも着けられるのがヘッドドレスのいいところ。ロングの方は大胆にカールさせた方が、バランスがよくなります。ヘッドドレスを着ける時は、同色系のシンプルなワンピースなどコンパクトにまとめると、ヘッドドレスの存在感をだすことができます。
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靴下の種類で・・・

ツギ当てのある靴下をはいている男性は合コンでモテる。せっかくなので、つぎ当てのある靴下を合コンにはいてくる男性について考えみましょう。なかなか見かけることのない逸材だと思いますが、これは明らかに演出ですね。くつを脱ぐ必要がある、いわゆるお座敷合コンにわざわざそんな靴下を履いてくるような男性は間違いなくねらっていると言っても過言ではないでしょう。しかも自分からアピールしてきたとしたら、それはほぼ100%間違いありません。靴下なんて、100円ショップでもそこそこの質のモノが普通に売っています、いまどき。それも買えない男性が合コンに来るな・・・ということは言ってはいけません。要するに、彼女いないアピールです。「かわいそうでいたいけな俺」を演出しているわけですね。放っておけないわと・・・。母性本能をくすぐる作戦ということです。
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草食男子

家でハーブを育てている男性は合コンでモテる。「美肌にヒースとポットマリーゴールド、ダイエットにはフェンネルかセージ、疲労回復にはマジョラムかローズマリー、二日酔いにはペパーミントですね」知ったような口を聞いてますが全て親戚に教えていただきました。これ以上の草食性を感じさせる趣味はなかなかありません。実際、家のベランダで植物に水やりとかして育てている、「ハーブ男子」という人たちがいるようです。ルッコラ、オレガノ、バジルにタイム・・・。こんなのを育てているなんて、もう「俺料理できるから」アピールですね。カモミールやミントときたらお茶まで入れるわけですから、これは女心をくすぐられずにはいられないはずです。本当に好きでやっている人には申し訳ないですが、これ、狙ってやっているとしたら相当なやり手です。植物男子だと思ったら、草食系どころか実は食中植物みたいなオチだったりして。いずれにせよ、草食男子とは似て非なるものと考えたほうがよさそうです。
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ダイエット。

カロリーカッとのマヨネーズを使う人は浮気される。みなさんは、ダイエット中の人は浮気をされやすいという話を聞いたことはありませんか。特に過激なダイエット中は要注意、だそうです。なぜか。まず、ダイエットをしている人は余計な誘惑を避けるため、お酒や食べ物がある場所に近づきたがりません。しかも、ダイエット中は空腹で血糖値が下がっているので、ちょっとしたことで機嫌が悪くなり、些細なことでケンカ・・・にもなりかねません。そこから先はわかりますよね。サラダに思い切りマヨネーズをかけて食べたい。でもダイエットしなきゃ。だったらカロリーハーフにして、ちょっとなら食べてもいいか・・・。そういう思い切りの悪さというか、「弱気」なところを恋人の「浮気」がついてくると考えられるのです。
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虐めてくる人の本心

今日の日記はぐちぐちねちっこい愚痴吐きです。過去に受けた虐め話を思い出しちゃったので、勢いにまかせて書きます。(虐めの話が載っているのでフラッシュバックの危険がある方は立ち去り下さいませ…!!)今日は朝から英語の勉強をしました。最近辞書を引いたりなどの真面目な勉強をしていなかったので、英語力がガッツリ下がりました…今まで覚えていた英単語も忘れかけています。なので今日は思いついた文章を日本語でざっと書いて、英語に変換していく…という学習法を試してみました。偶然思い浮かんだ文章がこちら↓-----------------------------------I'm a very vulnerable person.I often get bullied.Everyday I dream of being bullied.A person who has been bullied in the past appears in a dream.I'm very nervous and breathing faster...Her got married to someone who has been abusive to me in the past👰‍♀️I was horrified when you sent me the wedding invitations🥶Abusive person quickly forgets his mistakes. Those who were abused will never forget.--------------------------
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会社の上司は利用するもの。

会社に気が合わない、口うるさい上司がいると「何でこんな会社に入っちゃたんだろう・・・自分はついてないなぁ」と思うかもしれません。毎朝会社へ行く足取りが重かったり、「早く週末にならないかな・・・」なんて考えちゃったりもしますよね。ですが、こんな上司でも一緒に働いていることのメリットに目を向ければ、気分も少しマシになります。もちろん、あなたの人格を否定するような度が過ぎるパワハラだったら、会社の人事部などに相談したほうがいいかもしれません。ですが実際には、パワハラと言えるほどひどくはないけれど、毎日一緒にいるのは苦痛、という場合が多いと思います。そうなるとすぐその上司と離れることもできないし、つらい気持ちだけが続きますよね。そんな時はぜひその上司と一緒にいることのメリットについて考えてみてください。どんなにムカつく上司であっても一つくらいは良いところがあって、それはあなたが仕事をする上で助けになったり、参考になったりするものです。とはいえ、「そんなのは単なる気休めでは?」って思うかもしれません。ですが、この方法はストレスのかかるような状況の中でもプラスの面を見つけることによって、メンタルの病気を予防できたり、人生の満足度が上がると言われているんです。・例20代女性のAさんはある病院に看護師として勤めていましたが、いつも看護師長から厳しい口調で注意をされていました。Aさんは看護師長の顔を見る度に「また注意されるのかな・・・」と不安になっていたそうです。そこで私はAさんに看護師長と一緒にいることで何か良いことはなかったかを振り返ってみました。そうするとAさんは「看護師長は口調は強いけど
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信号が点滅する・・・。

鳴かないなら鳴くまで待つなか、なんとかして鳴かせてみせるのか、あるいは殺してしまうのか・・・ホトトギスの飼い方でわかるくらいですから、信号の渡り方にその人間の性格が出るのは、当然といえば当然かもしれません。渡ろうとしていた横断歩道の信号が点滅しだしたら、あわてて走って渡るか、それとも次を待つか・・・。「貢ぎ体質」というと、どこか「じっと耐える」とか「待つ」というイメージがあったのですが、そうではないです。というものの、貢ぐ人は走るといっても大股で豪快に走るではなく、小走りではないでしょうか。別れを言い残して去っていく恋人の後を追いかける姿をイメージしていただければいいと思います。貢ぐ人は横断歩道を走るにしても、どこか健気なんですね。
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出世って大事??

「バリバリ働いて社長になりたい!」という人もいれば、「ある程度昇進しておかないと周りからカッコ悪いと思われる」など、程度の差はあれ人は地位や肩書きが欲しいと思うものです。出世したい気持ちは分かりますし、それに目指すこと自体が悪いとも思いません。ですが、出世にこだわりすぎないほうが幸せな人生になりやすいんです。出世のことばかり考えていると同僚が競争相手にしか思えなくて、仕事へのプレッシャーを感じてきたりしますよね。常に会社からの評価を気にして、そうなると、常に同僚に仕事で勝った、曲げ負けたと一喜一憂することになり、メンタルを消耗しやすくなります。本当は協力し合えば一人で頑張るよりも大きな成果をあげられるはずなのに、「自分よりも相手の評価を上げてしまうことになるのでは・・・」と気にすると、助け合うことができなくなります。お互いの足を引っ張り合うような雰囲気になればそれだけで会社にいるのがしんどくなりますよね。会社から評価されて出世することを目指していたはずなのに、なんだか逆効果になってしまっています。嫌いな人とまで無理に仲良くする必要はありませんが、出世に対してメンタルを消耗するくらいなら、出世への考え方を見直してもいいかもしれません。とはいえ、「出世しないと自分だけが取り残されるような気がして不安になる」という気持ちになることもあるでしょう。ですが、幸せな職業人生を送ることを目指すのであれば、出世と人間関係のバランスには気を遣ったほうがいいんです。健康で幸せな人生を送るのに最も重要なものは富や名声ではなく良質な人間関係だと明らかにされています。出世にこだわって同僚とギスギスした関
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