新しい人生の幕開け…27

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私のパート先の方が先に撤退するということで、撤退する作業が行われた。

そこではもう使わない食器などを持って帰っていい、とのことだったので、使えそうなものをもらって帰ってきたりしていた。

最後には本社の人たちも来て、昼間の短時間ではあったが「お疲れ様会」が行われた。

撤退作業はたった1日で終わった。人数が結構いたので、すぐ終わったのだ。
高校生のバイトの子たちも…パートの人たちも、最後には笑顔で迎えられた。
みんなに私のお腹を気遣ってもらったり優しい人たちだった。

けれど、そのフードコートの中でもたくさんのトラブルはあった。

お金が盗まれた、勝手に店のものを食べた…など。
犯人はわかった時もあったが最後までわからなかったこともある。

けれど、印象的な件を一つ。

パート・アルバイトの募集は随時ハローワークに出していたらしく、時々「面接」の電話はきていた。

その中で「はい、○○です!」と電話を出ると、声と話し方だけでも、結構なお年寄りの声がした。

「お宅さんで、アルバイトの募集をしているときいたので…」と女性。

「はい、募集しております!面接のご希望ですか?」と聞くと
「はい…だと思います」
と…。

思います??
おかしいな…
と思いながら「○○様が面接のご希望でしょうか」
と聞くと
「あたしゃもう年よりだから、息子に働いてもらいたいと思って」
というのだ。

え??
親が、というよりもう成人しているであろう息子の面接を親がする、という行為に驚いた。

「すみません…アルバイトされる息子さんからもう一度お電話いただけるようお伝えください…」
と返した。
本人ではないのに「面接の予定」は入れられないのだ。

高校生でも「自分」で面接の電話は自分でしてくる。もちろん「親の承諾書」と「学校の承諾書」は必要だが、承諾書だけだ。

どこで何のバイトをしたいか、は自分で決める。

それから、その「息子さん」らしい人からの面接の電話はきていない。

声だけ聴くと、本当に「お年寄り」のような声だった。
声だけだから本当の年齢は分からないが自分でも「年だから働けない」というからに多分60歳はとうに過ぎているであろう声だった。
だとすると息子の年齢は30歳は過ぎているであろう…。

息子の働き口に親が電話する…。
これは過保護に見えてとても辛い決断だったのではないか、と今になれば思う。
本当は息子が電話すればいい、けれど息子は「働くことをしない」ということなのでは…。考えすぎかもしれないけど、私にはそう取れた。

そんな色んなこともあったパート先。
ココが無くなったら私は強制的に働くことができない。
もう7か月くらいだったと思う。

そして、家に帰ると引っ越し作業に追われたが、そもそも引っ越してきてそんなに「物」がなかったので、案外スムーズに梱包が進んだ。

もちろん、重いものは旦那が帰ってきてから頼んだりしてた。

私は「次の貸家」に関してはあまり口を出さないようにしていた。
「お金のこと」「これからのこと」
不安でない、と言えばウソだが、その時は自分の体調管理と子供たちのこと、家事で手一杯だった。

旦那には「引っ越しの日」だけ教えてもらった。
それまでに梱包すればいいから。

住所変更などは私がしなきゃいけないから、ギリギリにならないように。

そして引っ越しの契約が済んだ、という話を聞いた。
相手の不動産屋さんは「いつでも入居できますよ」と言ってくれたらしい。

今の家の家賃がギリギリになる前に引っ越ししたいというので、その月の1週間前に引っ越しを終わらせることに決めた。

それまでもう1週間もないくらいだったと思う。

旦那は休みの日は「すぐ使わないもの」を新しい住居に運んでいた。
まだ「鍵」もないから大家さんにわざわざ開けてもらって、終わったら鍵を閉めてもらう、という感じだったと思う。
私はまとめた荷物を玄関に出すまでが精一杯だった。
段ボール1つでも重く感じていた。

引っ越し当日になった。

旦那のお義父さんとお義母さんがきた。
今度はちゃんと来てくれたようだ。

トラックを持ってきてくれて冷蔵庫などを運んでくれた。
あっという間に家の中のものが無くなった。

その次は新しい家に移り、荷ほどき作業になったが、
お義母さんは眺めているだけでなにもしなかった。

娘は新しい家を知らないので帰りは迎えにいくことにしていた。
前の家と今の家では娘の行動範囲内ではあったが、迎えに行くことにしていた。

ある程度、食器や冷蔵庫など設置し終わって、休憩していた。

お義母さんは何もしていないのに「コーヒーいれて」という言葉にイラっとしたが、お義父さんはとても頑張ってくれたので我慢できた。
お義父さんは「なんだお前、なにもしてないんだから自分の飲み物くらい自分で買ってこい」とちょっと怒っていた。
なんだか、安心した。

娘が帰ってきて、新しい部屋に喜んでいたが、やっぱりトイレには驚いていたようだ。
「なにこれ!!水流れないの?どうするの?」
と(笑)
それはそうだ。
ボットンなんて今やほとんどない。

お風呂も足が延ばせるほどもない。

けれど私も「子供部屋」が一人ひとり持てそうな部屋数なのは大切だと思っていたから、部屋数があるのは嬉しかった。

娘は「ココ!私のへや~!」と喜んでいた。
子供の柔軟性はすごい、と改めて思った。

二階を選ぶのかな、と思ったらまさかの1階を選んだ。
理由は「怖いから」だそうだ(笑)

そして、その夜、へとへとになった私ではあったが、お義父さんにはお礼をしなくては…と思っていた。
なにがいいかはわからないが…お酒を飲むようなので焼酎にした。

そこでお義母さんが「今日ここに泊まるわ!」と言い出した。

……やれやれ、と思ったが疲れたお義父さんをただで帰すわけにはいかない…。

そしてあるものでサッと作った。
お義父さんは子供たちと遊んでくれている。
本当にお義父さんには頭が上がらなかった。
本当の孫のように接してくれていた。

息子を膝を上に乗せてみたり、娘と一緒にテレビをみたり。

その一瞬だけは本当に「よかった」と思えた瞬間だったと思う。

旦那もお酒は好んで飲まない人だったから、ツマミになるようなものを少し作ってお義父さんに出したら
「あんた!!この人に酒飲ませないで!!」
とキレられた…。

私はブチっと何か切れた感じがした瞬間
「誰もあんたに飲めとは言ってないよ、お義父さんは協力してくれたからいいんだよ」
ととうとう口に出してしまった。
ハッと思ったが、「私は間違っていない」
そう思えた。
今まで言われっぱなしの自分に見切りを付けたかったのもあったかもしれない。

お義父さんと子供たちは美味しそうに食べて飲んでくれた。

ご飯を食べてからお義父さんが子供たちをお風呂に入れてくれた。
微笑ましかった。

20時に過ぎてふと見ると、息子と娘と3人で「川の字」になってお義父さんと寝ていた。

それをみたお義母さんは「あれ~?いつもなら明け方まで飲んでるのに」
とブツブツ言っていたが、私は聞き流し、「もう寝るよ」といい、私はまだ完成していない部屋に入った。

旦那はもう寝ていた。

私は、これからのことをやっと落ち着いて考えられる、と思いつつ無事に引っ越しができたことに安心して眠った。

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