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【想像を絶する孤独】

う〜ん、ツラい‼️ ツラ過ぎる💦 想像を絶する過酷な 時間に耐え切れない    \(//∇//)\ 退社しても、、、 先日までのように 朝6時30分に家を出て〜 夜の8時10分 (13時間40分)まで 見知らぬ街を放浪して 仕事していたフリをして 帰宅しました\(//∇//)\ この作業が、、、   ツラ過ぎる💦 時間がつぶせない↘️ 7/28の投稿の翌日から 出勤しては得意先への挨拶と 残務整理に引き継ぎっと超多忙、、、 全てが終わった翌日から〜 することが何もない\(//∇//)\ 孤独の波に 飲み込まれながらの〜 時間潰し💦 痛感しました‼️ 大勢の人々の中の 孤独の恐怖を、、、 サラリーマンって 孤独やったんな(泣) もう〜投稿できません ゴメンなさい  おやすみなさい💤
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あえて孤独になることの3つのメリット

「孤独」というとメガティブなイメージを持たれるかもしれません。 外交的でたくさんの人と関わる方が、豊かな人生になると思われている方は多いと思います。 確かにたくさんの友達を持ちたくさんの価値観に触れることは大事です。 しかし、人との関わりを少しお休みにし、あえて孤独になる時間も人生には必要だったりします。 今回は、「孤独」の3つのメリットについて解説したいと思います。 ①自分と向き合うことが出来る。 他人の考え方に常に影響され、自分の人生はどうありたいのか、自分の使命は何なのか、そういった自分の心の中にある答えにたどり着けない。 それは、人と関わり過ぎているからかもしれません。じっくりと自分の心と対話し、自分の心の声に正直に生きることで、人生の満足度は上がります。 ②アイデンティティを確立できる 学校や会社などの組織では、「こうでなければならない」という画一的な価値観がどうしても出来てしまいます。 また、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」といった、集団で一緒に間違った方向に進んでしまうのが人間です。 そんな時、迎合することなく自分を保つ上では、「孤独」も大事だったりするのです。 ③なすべきことの優先順位が明確になる 他人との付き合いは大事ですが、時間は有限です。 飲み会・打ち合わせ・井戸端会議など、限られた人生の中でそれが本当に大事なものなのかを考える必要があります。 一人一人、人生での重要項目は異なるのです。したがって、孤独になる時間を設けて、マルチタスクは避けて「これを成し遂げれば後悔がない」ということに全力投球してみましょう。
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孤独とはひとりでいるからじゃない。

こんにちは、元居酒屋ママの社会福祉士pinです♪毎日嫌になるくらい暑いですがいかがお過ごしでしょうか?水分補給お忘れなく🥛皆さんは一人暮らしですか?ご家族と一緒でしょうか?1人でいると孤独を感じますか?いえ、誰といたって孤独を感じることはあります。それは心が通わないから・・・1人が孤独なんじゃありません。心通わす人がいないのが孤独なんです。夫婦でいても、彼、彼女といても、友達といてもそばにいたって心通わぬ相手なら孤独を感じてしまいます。人は一人では生きていけないものです。自分を理解しようとしてくれる人話を聴いて一緒に笑って泣いてくれる人心の支えが必ず必要です。なぜ話したいんだろう?聴いてほしいんだろう?今のこの気持ちに共感してほしいわかってほしいからですよね?人は不安も悩みも自分という存在を丸ごと受け止めてもらえた時本当に幸せを感じます。だから否定されたときはすごく悲しくなるんです。話すことはとても大切なことなんですよ😊そして受け止めてもらう幸せをぜひ体験してほしいな🍀
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母親同居していた時の気持ちと離れてからの自分の気持ち

母親と初めて会ったときは、前にも書いていた通り、別に「会いたくない」という気持ちが強かった。それから、父親と二人で過ごした時間は、とても私には「つらい」ものだったた。強制的な「習い事」やイジメを黙認する父親。テストの点数が悪いと暴力を振るう父親。その当時は本当に父親が憎かった。そして、特に会いたくもない母親に会い、「家族」というものの新鮮さを一瞬でも感じた。それに惹かれてしまった自分。もちろん、これは「自分の意志」でもあったが、その「本当の姿」を見抜くことはできなかった。父が亡くなってからは、すごく「後悔」した。もっと父と会話していればよかったかな、とか、もっと自分の気持ちを言えばよかったのかなとか…。けれど多分、あの当時の父も自分も「素直」にはなれなかったと思う。父に対する気持ちは「感謝」へと変わっていったが、母親への「憎しみ」は暴走した。「母親として」というより「人としてどうなのか」という気持ち。いつの間にか「絶対母親(あいつ)より、いい生活をしてやる!」「絶対あいつのようなことはしない、したくない」「あいつはラクになんか死なせない」「父の彼女をも苦しめたことは許せない」「あいつが死んでも絶対葬式なんか行かない」「あいつより幸せになる」何度となく「頭の中であいつを殺した」犯罪心理学のお偉いさんが言っていた…「本当に憎い人を殺すときは『心臓ではなく、顔を潰す』行為をする」と…。私はまさにソレだった。本当に手を掛けないだけで頭の中では何度も母親を…あいつの顔を原型を忘れるくらいに潰してボコボコにした。本編の中では割愛しているが、頭がおかしくなったと見せかけて…というか、すでにお
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新しい自分へ…15

その時、ふと自分を振り返った。私は今まで「親には恵まれなかったけど人には恵まれていたんではないだろうか…。」と。結局、どんな時も「助けてくれた」のは親でもなく「知人・友人」だった。母親から逃げるときのお金も居場所も…。それに気づいたとき、全てに「感謝」ができた。もちろん、母親に感謝できるほど人間はできていないけど。今の彼もそう。最初は「同情」だったかもしれないけれど「同情」だけでできないこともたくさんしてくれていると思っている。多分、毒親に育てられた人のほとんどは「同情」なんかしてほしくないと思う。「同情」がいかに自分を惨めにして、悲劇のヒロインを作り上げるかをわかっているから。私も「同情」という言葉も、その気持ちも大嫌いだった。だからこそ、I子さんは「同情」とは思わせないようにしてくれたのかもしれない。それはI子さんにしかわからない。私と彼の計画はドンドン進んで行った。こんなに順調でいいのか、と疑うくらいに…。アパートも家を購入前提で一時の間借りとして1LDKを借りることにした。この私が彼と再婚をして家を購入する、までになるなんて!人生とはどこでどんでん返しがくるかわからない、と本当にその時は思った。けれど、100%全部を信用できないでいる自分もいたことは確か。だからこそ「慎重になろう」と心がけた。確実に一歩一歩。まずは、上の娘は「住む場所が決まって保育園が確定した1か月後」に退所ということになった。その前に児童相談所の相談員さんがアパートを見に来る。ということ。その日は、割とすぐに来た。相談員さんは結構年配の女性で、気軽におしゃべりなんかをしながら、部屋の環境や交通の便、引
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孤独は心の自立訓練

単身生活者、非婚率の増加、核家族化などがニュースになる、というかもうニュースにすらならないほど当たり前になってきています。人が孤独を感じるのは、家族が少ないから、またはいないからでしょうか?通信手段がなかった時代ならまだしも、リアルではなくても誰かと繋がることはそう難しくない現代で、それだけが理由とは思えません。現代の孤独とは、何が理由でしょうか。孤独をどう捉え、どう活用すればいいでしょうか。1.一人=孤独?→いいえ違います周囲にまるっきり他者がいない生活をしている人は、ほとんどいないと思います。独り暮らしであっても、お隣さん、電車で一緒になった人、勤務先の同僚、ショップの店員、雑踏ですれ違う人。またはSNSで繋がっている人。相互フォローしていれば「繋がり」と言えなくもありません。家族がいれば尚更誰かしらそばにいるでしょう。それなのに孤独だと、淋しさを覚える人は多いと思います。物理的な「一人」が孤独の原因ではないからです。2.家族、友人がいても孤独を感じるのはなぜか?物理的な近い距離に家族や友人がいても孤独は感じます。仲間外れにされているとかではなくても、疎外感や、自分は一人だ、と感じる瞬間があると思います。そこに足らないものは「心の所属感」です。自分が望む時に望む相手と繋がれる信頼感・安心。それは「いつでも24時間繋がっている」こととは別物です。あえて独りになりたいときも、人間にはあります。だからいつでもつながっている必要はないし、それを求めるのは無理な話です。そしてつながった相手との相互理解。誰かと会話していても孤独を感じる時には、理解されていない淋しさ、相手を理解出来ない
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深い傷を知る者は、希望も深い

生まれつき親のいない子供幼少時から虐待を受けていた子供学校でいじめの対象になっていた子供誰からも愛されず孤独の中で育った子供そういった「愛」に飢えた子供たちそういう子供の多くは、心に深い傷を受けている誰にも心を開けず、誰をも受け入れることを拒んでしまう誰も信じられない だけど、常にアガペー(無償の愛)の存在を求めてる悲しい「負のループ」の中を彷徨っているそういう不遇な境遇のもとで育ってきた子供は成長し大きくなるにつれ、大きく三つのタイプに分かれる・「どうせ自分なんか誰からも求められやしないんだ」と、自分すら信じられず、悲観的で排他的なコンプレックスに満ちた人と・「誰からも愛されたい 私はここにいるよ みんな私のことを見て」と哀れなまでに愛情を求め、自分を「良い子」に演じる人と・「いつかみてろよ…いつかみてろよ」と悔しさに満ち溢れんばかりの反骨精神に満ちた、恨みや憎しみを秘めた人  そういう人達の多くは、常に孤独で人一倍の寂しさに飢えている そういう人達の多くは、冷たく、寂しく、悲しい瞳をしているそういう人たちに「生きる喜び」を感じてもらうためには周囲の人たちが、その人の存在を「承認」してあげることが必要だろう「私は、あなたの存在を認めているよ」「あなたのことを承認しているよ」そういうメッセージを心に届けることで 少しずつ 心の扉を開いてくれるそういう人達は、人並み以上の、ずば抜けた才能や魅力を持っている人が多いその才能や魅力を引き立たせるためには、称える誉め言葉ももちろん大事だが強く握手をしてあげたり、ハグをしてあげたり、頭を撫でてあげたりという非言語的コミュニケーションも同時
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新しい自分へ…14

彼にバイトを辞めたことを伝えた…。なんて言われるだろう…。見放されちゃうかな…呆れられちゃうかな…。嫌われるかな…。色々考えた…が、彼は…「しょうがないんじゃない?俺一人の稼ぎでも少しはやっていけるだろ!」といった。意外な回答だった。嬉しいような申し訳ないような…。素直に喜べない自分がいた…。「ごめんね…大事な時に…」それでも彼は私を責めることはなかった。「今度は車もあるし、別なところ探せばいいよ!」と逆に励まされた。「ありがとう…」といい、今後のことも少し話して電話を切った。そして、娘の施設に行き、今後のことなどを相談しにいった。もちろん、ここでバイトを辞めた、なんて知られたら引き取ることはできない。そう思ってバイトのことは伏せていた。順調に進んでいるかのように見せていた。もちろん「不安」でしかなかったが、すぐに娘を引き取れるわけではない…これから児相がアパートを見に来たり、手続きやらがたくさんある、会議にかけてそれから「引き取り」という流れらしい。その話を聞いて最短でも2週間のうちに仕事を見つけなければ!そう焦っていた。そんな状態の中、Rさんから電話がきた。少しめんどくさいな、と思いながらも電話に出なかったりかけなおさなかったりするとややこしくなるので、電話に出てみた。そして、また彼の話や自分の話などをしていく中で、「あれ?あんた今日バイトは?」と言われた。…いや、バイトだと知ってて電話してきたの?とも思ったが、背に腹は代えられない…新しい仕事先を紹介してもらえるかも、と思いバイトを辞めたこともやめた理由も話した。そうすると意外にわかってくれて、「あぁ、それなら紹介できるよ
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新しい自分へ…13

次の日もバイトだった。休みの日を利用して、市役所行ったり、児童養護施設に行って娘と面会や外泊…。外泊のときはなるべく彼も一緒にいることにした。彼は特別、娘に気に入ってもらおうともせず、普通に接してくれていた。まるで、「今までなにもなかったか」のように…。とても「自然」に触れあってくれた。下の息子にも同じだった。息子は何もわからない年齢(12か月くらい)だったが、ぐずることにも何も言わず嫌な顔をすることなくあやしてくれた。そんな姿や光景をみて、「あぁ…これが『普通の家族』なんだなぁ」と感じていた。こういう「普通」がなによりほしかった。彼は特別何かをしているわけではないが、それもまた嬉しかった。晩御飯を買いにスーパーに行くときも自然に娘の手を取り歩いていた。なんだろう…すごく胸が熱くなるのを感じた。「このまま幸せが続けばいいのに…」そう思わずにはいられなかった。バイト仲間も彼の存在を知り始めてきてくれて、「頑張ってね!次は幸せになるんだよ!」などと声を掛けてくれた。そんな中…事件は起きた…バイトを終えた私はアパートに帰った。次の日バイトに行くと「店長」から呼び出しがあった。「なんだろう…」と控室に行った…。「お前、エアコンの電源落としていかなかっただろ!」と…。そこの店はそういう細かいところにうるさかったため、たかだか10分休憩のときなどエアコンは使っていない。「え、私ではありませんけど…。しかも私がエアコン使わないの知ってますよね…」というと「お前しかいないんだよ!なんで認めないんだ!」と…。普段店長とは良好な関係が築けていたと思っていたから、そんな風に言われるのは驚いた。冗談も
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新しい自分へ…12

Rさんから電話がきた。電話に出るなり「なんなのあの男!私に対して失礼じゃない?挨拶もなしに!あんな男、私は許さないよ!別れな!」と怒涛のように言われた。私は「ごめんね…疲れてたみたいで」というのが精いっぱいだった。彼もいるし…どっちの味方とか、何が悪いとか…朝から憂鬱な気分になった。それからもゴチャゴチャ言われたが、もうほぼ覚えていない…。電話を終え、バイトの準備をしていると彼も起きてきて、自分の仕事に行くといい、仕事にいってしまった。さっきの電話…聞いてたかな…ちょっと心配になった。けれど、時間も迫っていたため、そのままバイトにいった。その日は、どっちからも電話はこなかったと思う。私はつかの間の「自分の時間」ができた。明日はバイトが終わったら市役所に行こう。そう思いながら、その日は寝た。最近の出来事が多すぎて疲れていたのか、ぐっすり寝れた。そしてバイトに行き、終わってから市役所にいった。その理由は「施設の退所、その後の保育園」の話を相談しにいくためだ。市役所に行くと、保護課の人や福祉課の人たちが私を向かい入れてくれた。そこで色々な話をした。これからのことアパートでの生活のこと相手の話のこと施設を出てからの生活のこと自分の体のことなど細かいところまで…いつ退所予定かなど…。色々話したらもう市役所が閉まる時間になってしまった。その後の話は後日、ということになった。市役所を出た私はドッと疲れてしまった。真っすぐ家に帰り、彼に市役所で話したことを話したりした。もうご飯を食べる気力すらなかったため、シャワーを浴びその日は寝た次の日もバイトだ…。
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張り付いた孤独

こんにちは皆様。今日は三女が友達に会いに行って、次女と二人なのでボンヤリしている、家族が一人でも減るとやる気が起こらないのは何故だろう。三女は学生時代の友達やキンダーで知り合った人とか人に会いに行く事が多い。学生時代の友達は兎も角、キンダーで知ったと言われると、「大丈夫なの」と言いたくはなる。まあでも30過ぎの立派な大人に言うのも何なので、言わないでに守っている、親なんてそうだよね。遠方の短大を出てすぐに結婚して地元に帰ってきた私は、学生時代の友達と遊びのはできなかった。親や夫に協力してもらえなかった上に、落ち着いたころ阪神淡路大震災があって、友人との連絡も途切れた。心配だが被災して生活を必死に立て直しているのだと思う、地元にはもっと子供のころの友達もいるのだけれど、子供4人いて親のところさえ(同じ市にいる)行く暇もないので、当然付き合いはない。孤独を感じる時間もない位に忙しい日々だったんだ、今考えると子供や夫がいても孤独は身体に張り付いていたんだ。孤独を解消するのは多くの人の所に行く事じゃない、これは私が仕事でレジや居酒屋に勤めて気が付いた事実だ。人がどんなに沢山いても孤独を感じるときには感じている、それよりも自分の時間をもってチャレンジする方が孤独を解消できる。人が生きる時間はいつも孤独を背中に張り付かせて、それを感じながらも、時々背中の物をこそげて、落としていく行為なんだと今は思っている。あなたは孤独ですか?1人だと感じますか?それを含めて生きてゆくって事なんだというと、ちょっと教唆的で嫌ですが、孤独を双子の兄弟と思うしかないんだと思う。あなたは連帯があると思っているかも
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新しい自分へ…11

納車まで2週間くらいあるらしい。ので、その間私はワクワクしていた。ところが…。その当時、母親のところにいたときに私の世話をしてくれていた地元のRさんという6つ年上の女性がちょくちょく私のところに連絡をしてきていた。そのRさんはとても口が堅く、むしろ私の味方でいてくれていたが、Rさんに幼い子供がいたので迷惑はかけられない、と思い私からは連絡はしてなかった。そのRさんから久しぶりに連絡がきた。そして、今の状況を伝えると「はぁ!?中古の車で98万?そんなの今すぐ返せよ!」とすごまれた。私は喜んでくれると思っていたから少し怖くなってしまった。なんでそんなことを言われなければならないのか…。Rさんは結構、きっちりしている性格で、白黒ハッキリタイプだった。そして話の流れから再婚するかもしれないこと、子供を引き取れるかもしれないことなど色々話した。そしたら「その彼氏に今度会わせて」と言われた。私は相手のこともあるし、自分のいる場所もバレたくない。いくら口が堅いと言っても、その時の私には信用できなかったが、母親と一緒に住んでいる時に一番の理解者で、味方で「お前の母親は最低だ」と冷静に見てくれていた人だけに信用をしたいと思いたいが…。私は角を立てないように「相手にも聞いてみるね!長距離だしいつ帰ってくるかもわかんないし!」といってその場は終わった。けれど、最後に「車は返せよ!」と言われてしまった。私は電話を切った後、考えた。自分のやったことが軽率ではなかったか、急いでしまったんではないか…。けれど「秋田」にいて「車がない」のは死活問題だった。子供を引き取ったとして、それこそ病気になったりしたらタ
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「群れる人、群れない人」

群れないと、何にもできない人っているものだ。 ってか、日本人はそーゆー人、多いよね。 みんなでいるときは賑やかでうるさいのに、一人でいるとめっちゃ大人しい人w 行動する人は一人でもやる。 一人でどれだけできるかっていうことも大事だ。 仲間がどうこうって言ってる人はマルチ商法の人が多いが、才能のある人はぼっちになりやすいらしい。 やっぱり意識が違うっていうのもあるし、意味のない飲み会とか、食事会などに出ないからね。 そんな暇があったらやるべきことをやるでしょ。 仲間とつるんでワイワイやるのは楽しいよ。 私も前はそうだった。 でも、それで自分の時間がなくなったりとか、絶対嫌だもんね。 人生の時間は限られてる。 無限に生きられる訳じゃない。 その時間は無駄に使うことはできないんだよね。 勉強なり、仕事なりに使える時間を有効活用しないとね。 まあ、みんなで行動することも強制されることもあるし、日本の教育自体がそういうことを強制するものだから、致し方ないところはある。 孤独は悪いものじゃない。 ひとりにならないと、人間はちゃんと考えることができないからね。 集中するにはひとりにならないと。 集団に埋没するより、ひとりで行動する道を選ぶべきだと、私は思うけどね。オイコスヨーグルト買ってきた。プロテインのヨーグルトで、めっちゃ美味いんだよね〜w
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新しい自分へ…10

なんだか後味が悪い感じではあったが、「私の味方」をしてくれたことが嬉しかった。今まで私の味方をしてくれる人などいなかったから…。心が温かくなる…とはこのことか…。私はその頃には「花を花だとも思わない」「綺麗だと思わない」他で子供が殺されてもなんとも思わない…感情が希薄になっていることを気づかずにいた。花なんて…なんの足しにもならない。多分、その時の私はそう思っていた。「現実の感覚」しか感じなくなっていた。「いいか」「悪いか」の選択の感覚…これを読んでくれている皆さんなら、ご存じかもしれないが、私はこれまで「選択」を迫られてきた。そこに「感情」があったかどうかはわからない。その時、「最善の決断」を迫られてきた。彼ともそうだ。けれど、彼はちゃんと感情があった。そんな人が私と一緒にいてくれる…なんだか自分が「おこがましく」思えてきた。そんな人と一緒にいていいのか…私なんか、親もいなくて歯もなくて学歴もないのに…。相手は両親がいて、妹もいて…学歴も普通くらいある。仕事もちゃんとしてる…どう考えても「不釣合い」だ色んな感情がめぐってきた。この人といれば子供たちとも一緒に住める。親に反対されても味方してくれる。「この人を大事にしよう」改めて思った。「この人の恥じない人になろう」そう決めた。帰りの道中は終始楽しい話をしていたが、アパートに着く前には「母親のことは気にしなくていいから」とまで言ってくれた。顔に出てたかな…。「うん、ありがとう」と言って、その日は別れた。私はドッと疲れたのか、すぐに眠りについてしまった。これが「普通」なんだな、と感じた。初めて「普通」の感覚を感じた。そして次のバイ
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開運メッセージ 変容と孤独

今日もセイクレッドディスティニーオラクルカードでメッセージをお伝えします。偶然性によって現れたカードから受ける インスピレーションをお伝えしています。 ランダムなのに、なぜか続けて同じカードをひくことがあります。 私が言葉をお伝えしていますが、このブログをご覧いただいた方が 写真のカードを見て、感じたことがそのままメッセージでもあります。 どうぞ、感じたことをそのままに迷った時に指針になさってみてください。変化、変容の蝶のカードが出ています。今月は気温の変化、寒暖の差も激しく心身も小刻みに微調整をしています。体は私たちが「暑くなったから、汗を出さないと」と意識しなくても自然と汗を出して体内の熱を外にだしてくれます。無意識の反応のおかげで、こうして生きていけるわけです。もちろん意識的に、寒いので羽織り物を…、あったかい飲み物にしようとすることもあります。意識と無意識のバランスが整うとより安定していけるのです。もし今、あなたが毎日を送る上で不都合を感じているにならそれが何に対してなのか意識してください。そして無意識に傾く反応をさぐってみてください。そこを変化させることによって、がらっと過ごしやすくなるのです。一人ではできないとあきらめていたこともなんなくこなせるようになります。「孤独」というとなんだか寂しいイメージですが自分一人でできること、自分に向き合う時間こそが、自分を成長させる時間になることもあるのです。今日も良い一日をおすごしください あなたの無意識、今取り組むことをカードが伝えてくれます。セイクレッドディスティニーオラクルカードの魂の風景にアクセスしてみてください。
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新しい自分へ…8

それから彼からはしばらく連絡はなかった。私は、バイトや子供たちのことに専念していた。けれど実際問題、お金が貯まるなど何年先になるかわからない状態が現実だった。それでも「諦める」という考えはなかった。児童養護施設では最低2年施設に入所してもらう、というのが条件だったが、私はそれより早く子供を引き取りたかった。気づけばもう1年が経とうとしていた。小学校入学前までには…一緒に生活していたい…。今のバイトでは無理だ…。その頃の秋田県はパートでもアルバイトでも「副業」ということが原則「禁止」されていた。そのころ、ちょうど「某牛丼チェーン店」は「牛肉輸入制限」かなにかで肉が入ってこなくなる事態に陥り、店は混雑、シフトも人数も増やして対応していた。帰るのは、シャワーを浴びに帰るだけの日々が2週間くらい続いた。これでは「副業」どころの話ではない…。体力的にも限界に近かった。忙しかったせいもあり、色んなことを忘れて仕事に打ち込むことができた。そして、牛肉がなくなりシフトも通常に戻った…やっと休める…それを見計らったかのように「彼」から電話がきたのである。私はハッとした…。そうだ、返事も返していない。返事だけはしようと電話にでたそうすると相変わらず何事もなかったかのように接してきた。そうか、ただの気の迷いだったんだな、私はあの話には触れないようにしていた。そうして、今までの仕事のことや彼の仕事のことなど他愛もない話をしていたそうすると「それで、考えてくれた?あの話」と…え?私はどうやって返していいのか分からなくなった。断る、ということをしたことがないからどうやって断ったらいいのか分からなかった。黙
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「自分軸」と「他人軸」の違いわかります?

こんばんは、天日エリカです^^昨日、2件依頼をいただきました♡名前の通り、太陽のように、温か〜く癒すことができたようで、お客様からも嬉しい評価をいただきました・・・♡数あるサービスから選んでくださり、最後にアンケートも答えてくださりました。本当に感謝感激です><さて。表題の件・・・「自分軸」と「他人軸」について。「自分軸は〜、自分で決めてなんでもやること、自分の気持ちに素直になって行動することでしょ?」「他人軸は、その逆で、周りの人の目を気にしたり、他人の言いなりになったり、言いたいことが言えなかったりすることでしょ?」そう思われているかもしれませんね。でも、ここで引っかかる人もいらっしゃるかと思います。「え、自分軸って、わがままとか気が強いとか思われたりしない?図々しくない?」私の考える「自分軸」と「他人軸」の最もわかりやすい判別方法は、こうです。自分軸:自分が「物語(人生)の主人公(ヒーロー、プリンセス)」だと思って、その役が取るであろう言動を取ること他人軸:自分が「物語(人生)の脇役・敵(ヴィラン)」だと思って、その役が取るであろう言動を取ること例えば、「白雪姫」で言いますと・・・自分軸 ➡︎私は白雪姫。「いつか王子様が」来てくれることを確信して笑顔で楽しく暮らしている。他人軸 ➡︎私は魔女。「鏡」が、この世で一番美しいのは私ではなく白雪姫だと言った。おかしい!そんなの嘘だ。よし、白雪姫が邪魔だから、殺そう!わかりますか?この違い。魔女は、、、自分は変わろうともせず、他の人が邪魔になったら、何がなんでも排除しようとする。その人を殺したって、また他に「この世で一番美しい」人
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孤独感や寂しさも、自分を受け入れる事で楽になります

こんにちは!笑顔だけが取り柄のオスカーです^^会社勤めの方やパートやアルバイトをされている方々も、ゴールデンウィーク明けの一週間、本当におつかれさまでした!憂鬱な気持ちのなかで頑張った一週間ですが、くれぐれも「六月病」も、気をつけてくださいね!⬇ 過去ブログに記載しているので、ご興味ある方はご覧ください~さて、今回は孤独や寂しさについて、私が普段、感じている事を書きたいと思います。孤独や寂しさはどのような時に感じるのか?孤独や寂しさや切なさは、人それぞれ違いはあれど、大抵は感情に左右されます。ココナラ電話相談サービスでずっと待機中の時の私もとっても孤独で寂しいのです...^^人によっては常に孤独を感じている人もいれば、普段は大丈夫でも、ふとした瞬間、孤独を感じてどうにもならなくなる人もいます。寂しさも同様で、一人でいる時も大勢でいる時も、感情がマイナス方向に向かっていると寂しく感じます。感情的な面での影響が、大部分を占めており、ある意味、自分では制御が効かないものでもあります。「ふとした瞬間の...」という表現がピッタリの感情ですね。家族や友人、豊かな人間関係、沢山のお金を持っている人、有名人であっても、孤独や寂しさを抱えているものです。どのように対処すれば良いのか?何かおすすめの対応策は?対応策や対処についてはズバリ、その状況の自分を受け入れる事です。なぜなら、生きている限り、誰もが感じてしまう感情であり、癖のようなものでだからです。この感情を"悪いもの"として捉えず、時間が過ぎ去るのを待ちましょう。生まれて一度も、孤独を感じた事がない、寂しくない、という人はいませんよね^^
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・「同じ立ち位置」から社会的孤立者の個々の解放を。

人間の脳のシステムは、社会的なものも、心理的・生物学的なものもすべて、社会的な集団や他者との交流の中で発達してきたので、「社会的孤立」は多くの場合、孤独感や不安、ときには抑うつ状態などのマイナスの影響をもたらしている事実は至極当然の話なのですね。先日のダチョウ倶楽部の上島竜兵さんの訃報を朝のモーニングショーで耳にした時に、私は絶句しました。広告業を営んでいる私は実に具合が悪かったですね。「たまさか」上島竜兵さんと仕事が過去になかっただけで、もし、仕事で接点があったとすると、どれだけ不愉快な気分になるのか?こういう報道、特にネットなどの最後に定型分としてコピペしているようなフォロー先。◆主な相談窓口・いのちの電話・日本いのちの電話連盟 国や一般社団法人、特定非営利活動、NPO法人。こういう場を提供していますが、まず繋がらない。根本的に繋がららければ、もっと地方行政はコロナ禍にあって経済的なフォローも当然やらなければならないことですが、同時に心のケアも並列でフォローも手厚く行なっていくべきだと思うんです。でも、そういった部分は後手に回りすぎている現実。日本社会の構造がそうであり続ける限りは、大袈裟かもしれませんが、このココナラでの電話サービスの出品者にお金という対価を受け取るためには、きっちりと心の解放としての役目を果たすべきであって、そう願っています。その役目というのは、どこまで相談者様と同じ立ち位置まで真剣に合わせられるかです。やはり、これは民間人同士の強みとなるからです。相談ごとや愚痴は、決して上からのポジションで説得されるようなものではではなく前提として「同じ立ち位置」から
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新しい自分へ…5

彼はベットで寝ていた。そしてとうとう男女の関係になった。これまで、自分の体のことなどどうでもいいと思っていたが、この人は違うなと感じた。朝になり、彼は「子供たちのこともあるし、俺と真剣に付き合おう」と言われた。「子供?!」私はハッとした。この人は「子供」のことまで考えてくれていた。そのあとに「長距離やってるからある程度は養えるから」と…。そこまで!?私は即答できなかった…他人の子供を養うってどういうことかわかってないそう思った。そんな簡単なことじゃない黙っていると「返事は後ででいい」というので「わかった、あとで返事するね」と返した。その日はアパートに降ろしてもらって別れた…。私はなにが一番「最善」なのか…。考えていた。今、生活保護を受給しているものわかっている子供を施設に入れていることも私に両親がいないこともそして…入れ歯なことも…。最初は「会う」とは思っていなかったから全部話していた。それでも「養う」?そんな簡単なことじゃない彼も考えてくれただろうが自分の母親でさえもあの有様だ…そして自分の旦那の子供であってもかわいがることはなかった…それを他人がやる?顔も会わせてないのに?また「騙される」ところだった…そう思うことにした。そして、しばらく連絡は控えよう…。そして、私はそのことを忘れるかのようにバイトをした。今までの生活に戻した。バイトをして子供に会ったり外泊をさせたり…。彼からも連絡はなくなっていた。所詮そんなもんか…。そんなもんだよな一時の気の迷い、ってやつかな本当に男の人はわからないな。まぁ好かれるなんて思ってないけどね。ちょっとは「期待」した自分もいたが子供のことをな
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毒母の日常生活とは…。

たぶん、このブログを読んでくれている皆さんが思っている「毒母の生活」はどんなの?と思われていると思います。ブログの中では、なかなか細かいところまで伝えきれていないな、と思い1つの「記録」として書くことにしました。小学5年の頃の母親は、とある「団地」に住んでいました。下に1部屋(多分6畳くらい?)とキッチン(1畳)トイレ(和式のボットントイレ)二階に6畳くらいの部屋が二つを襖を取って一つの部屋にして使っていました。お風呂は、玄関を出てすぐのところにあった。洗濯機も一緒に置いてあった。お風呂は団地では「自分で用意するもの」なのだそうだ。洗い場も着替えるスペースも一緒でなければ身動きもできない状態だった。母親は、その当時から「宗教」にはまっていて、その「祭壇?」のようなものが場所を陣取って、子供たちも座る場所もないくらいのスペースでした。朝は早くからその宗教の「集会?」のようなところに行き、お昼頃に帰ってきてパチンコ屋へ…。義理の弟妹は当時保育園だったが、朝ごはんなど用意はされていなかった。夕方一度パチンコ屋から帰ってきたら小さい自分の子供と私を連れてパチンコ屋に戻る(当時未成年でも入れた)そしてパチンコ屋にいる「どこかのおじさんやおばさん」にご飯やお菓子をもらって飢えをしのいでいた…。そんな風景をみて母親はニヤニヤしていた。そして、私の父が亡くなる直前には私に「タバコとお酒」を強要してきたのだ。そう、ブログにも書いてある通り、「子供を利用して奢ってもらう」という考えだった。周りには「理解のあるいい親」を演じていたと思う。現に、周りからは「お母さんはあなたのことをとても心配していたの
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孤独とぼっちと幸せな時

孤独とは、「仲間や身寄りがなく、ひとりぼっちであること。思うことを語ったり、心を通い合わせたりする人が一人もなく寂しいこと。Goo辞書」とあります。あなたに、家族や友達がいても、孤独を感じるとしたら、相手を仲間だと思えていない状態かも^^あなたが自分で、相手を仲間だと思えない状態を作っていませんか?相手を仲間だと思うには、自分から心を開く必要があります。私が、家族や友達に心を開く勇気がなかったのは、自分を守る為だったし、そんな自分が嫌いでしたが、私が心を開くことが出来るようになったのは、自分で自分を嫌っていると気付き、自分が何をどう考えて生きているのか?を理解しつつあるから。自分で自分を理解していかないと、本当の思いを言語化できず、相手に心を開いたとしても、自分を正しく相手に理解してもらえないのですね。コミュニケーションは、態度で伝わる情報は多いですが、適切な言葉も、相手によっては必要になります。なので、あなたの孤独を解消する為には、先ずは、<<自分が自分に心を開くコミュニケ―ションを自分で取りましょう>>それが、人間関係に変化を起こすきっかけです♪そして、自分が自分に心を開いたコミュニケーションが出来るようになれば、相手から過度に自分を守る必要が無くなり、たとえ、ぼっちであろうと幸せを感じられることもできます^^更に、孤独を楽しめる孤独好きになるかも♪本当のあなたは、どんな人ですか?例えば、「周りに誰もいない状態で、好きな場所で好きに出来るとしたら、あなたは、何がしたい?どんな生活がしたいですか?」本当の思いを言語化して自分を理解していきましょう!
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人と親密になるための”たった2つ”のこと

こんにちは。働く人のメンタルサポート サトウです。今年のGWはコロナに関する行動制限が3年ぶりになく各地で少しずつ賑わいが取り戻されているようです。当方も久々の長期休みなので、今まで会えなかった人と会ってみたり、人とのつながりを感じる休暇にしています。そんな”人とのつながり”に関連するのが孤独感です。SNSの普及により私たちはこれまでよりも孤独感を感じやすくなっていると言われています。孤独感は誰しも抱く感情の一つですが、もし孤独感に苛まれているのであれば、親密感をもつための行動を意識してみるのはいかがでしょうか。親密さとは、理解することと、親身になって気に掛けることこの2つの要素によって感じることができるあたたかく安心できる感覚のことです。人と親密になるためにはこの2つを理解することが必要であり、この2つについて考えようと思えたならばきっと人生を少しでも豊かにするきっかけとなることでしょう。■お互いに理解すること親密になるためにはお互いを理解することが大切です。これは長く一緒にいれば理解できる(される)わけではなく、誰かを好きになれば自動的に理解できる(される)ものでもありません。例えば、自分自身のことを考えるとわかりやすいのではないでしょうか。自分という存在とはこれまで片時も離れず、ずっと一緒です。けれど、あなたは自分自身のことをどれくらい理解していますか?何が好きで、何が必要で、何が大事で・・・自分自身のことは意外と見えにくく、30~40年生きてやっと理解するものもあったりします。では、それを他者に置き換えて考えてみましょう。おそらく受け身的では相手についての理解が少ないこ
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新しい自分へ…4

i子さんは、私たちをアパートに呼んでくれた。そして、お昼ご飯を作ってくれた。娘はi子さんのことを「ばあば」と呼ぶようになっていた。I子さんはそれを聞いて喜んでいるようだった。i子さんの息子さんは遠く北海道に住んでいて、奥さんとも仲が悪いらしい…。I子さんの家庭事情もよく話してくれていたからなんとなくは知っていた。だからか私の娘も「孫」のようにかわいがってくれた。そろそろ施設に戻らなければいけない時間になっていた。I子さんのアパートを出て、私のアパートに行き荷物をもって自転車に乗せて施設に向かった。娘は施設に戻ることはわかっていただろうが、私もあまり触れないようにしていた。自転車に乗って30分くらいして施設に着くと、やはり寂し気な顔になった…。施設の人に引き渡すときは、娘も私も泣いていた。やっぱり寂しい…。苦しい…。辛い…。帰りの道中、私は考えた「あんまり会わない方がいいのかな…、でもな、見放されたと思ってほしくない。かといって頻繁だとまた施設の人から言われるし…。間隔的にどうしよう…。」と考えながら自転車を漕いでいた。今度は下の息子に会いにいった。息子の「外泊の許可」を取りたかったから話だけでも聞いてみようと思った。乳児院は比較的、外泊もokらしい。よかった!息子と少し会って、その日は帰った。あのまま帰りたくなかった。苦しかった、娘はもっと苦しいと思うとどうしていいかわからなくなった。息子とはいつでも会えそうだ。それなら娘に専念しよう、そう思った。娘を2週間に一回息子を3週間に1回のペースで外泊させよう!そう決めた。とはいえ、娘の幼稚園の関係上、土日でなければ外泊は不可能だった
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新しい自分へ…3

離婚裁判から一か月くらいが経った。そろそろ「慰謝料」などが振り込まれてもいい時期だ。私はどういうルートで慰謝料が振り込まれるかわからなかった。直接…ということは私の口座を相手が知っていなければならないし、裁判所経由で振り込まれるのか、それとも弁護士さんから振り込まれるのか…、私は、弁護士さんの事務所の近くに丁度用事があってきていたので、行ってみることにした。弁護士さんはいなくても事務の人がいるから、どういう状況かくらいは教えてくれるかな、と思い寄ってみた。玄関を入ると、受付で事務の方が私のことを覚えていてくれて「あら、こんにちは、今日どうしたの?」と話しかけてくれたので「慰謝料の件なんですが、いつ頃振り込まれるでしょうかと思って…」というと事務の人はいきなり険しい表情になり、「慰謝料は振り込まれましたが、あなたに振り込まれるだけの金額ではありません!こっちがマイナスなくらいです!!」とピシャリと言われた。私は「え?私にはこないということですか?」あまりの言い方に私は聞き返してしまった。事務「そうよ!こっちが逆に欲しいくらいだわ!わかったらもう帰って!先生も忙しいのよ!」と言われてしまった。あっけに取られているうちに目の前から誰もいなくなり、私はうつむきながらその事務所を後にした…。いくら慰謝料が振り込まれたのか、いつ払われたのか、なぜ私には連絡がこなかったのか、裁判に勝っても私が全部払わないといけないのか…。今のように携帯電話もそこまで詳しく教えてくれるわけでもない。周りに詳しい人がいるわけでもない。どれが本当でどのようにすればよかったのか、全く分からなかった。ただ「離婚が成立
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新しい自分へ…2

離婚が成立し、養育費や慰謝料が振り込まれる前に、義姉から手紙がきたこと、そしてそのためにまた費用が掛かること…。なにより長男の気持ちを優先したい気持ち。長男はその年に小学校入学を控えているはずだった。入学式も見れないか…。気持ちの整理をするのはとても時間のかかることだったが仕方ない。施設の人に何回も注意されていたが、娘や息子に会いに行っていた。そして、その間バイトをし、休みの日には携帯で出会った人と遊んだりしていたが、i子さんのおかげでそれも少なくなってきた。そんな中、電話だけで何日も続いている人がいた。その人は「長距離運転手」をしているらしい。その人には「会うことはないだろう」と思っていたから何でも話せた。地元は同じ県だけど県外に荷物を運んでいるためほぼ地元にはいないという。その人は2歳年下だったが、とても話しやすかった。流行りに乗るような人ではないらしく、落ち着いた感じがした。その当時ではなかった「携帯電話の話し放題」がある携帯会社を使っていたということで、何時間も話すことがあった。お互い、仕事のことやプライベートのこと。友達関係や、趣味のこと。相手の「眠気覚まし」に話したり。私を道具ともお金とも思わない男性に出会った。出会った、といっても電話友達、のような感覚だった。ただの「暇つぶし」なのはお互い様。一生会うことなんてないんだからいいか!そんな日々を続けていたある日、私のバイトが終わると着信が入っていた。「誰だろ」見ると、彼だった。自転車でアパートに戻ると電話をかけなおした。そうすると「今日、これからそっち方面に仕事があるんだけど一緒にご飯でもどうかなって」という電話だっ
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離婚まで…40

私のほうの弁護士さんから連絡がきた。旦那のほうが弁護士を付けたそうだ。え……。けれど私の先生は「大丈夫、負けはしないから」と心強い言葉をくれた。そして、待ちに待った「離婚裁判」私は緊張していた。朝早くから準備をして、裁判所の近くで時間がくるのを待っていた。裁判所…。人生で2回目…。一度目は「父親の相続」のとき…。まさか二回目があるとは…。あれから10年…。10年の間に色々ありすぎたなぁ…と裁判所を見上げて思った。「神様」というものを私は信じていなかった。だから裁判所に着いたときも「神頼み」というものはしなかった。神様がもし、いるとしたら「なぜ私が生まれてきたのか、神様まで私を憎いのか」と思っていた。そんな時間もあっという間に過ぎ…裁判の時間になった。私は裁判所から来た手紙を見ながら部屋を探した。うろうろしていると裁判所の人から声を掛けられた。「ここに行きたいんですけど」というと丁寧に案内してくれた。そして、記載された部屋に入った。控室だから一人なのは当たり前だけど心細かった。少し経ってから私の弁護士さんが入ってきた。「もうすぐね、大丈夫よ!呼ばれるまで待っててね」私「はい」弁護士さんはどこかへ行ってしまった。トントン!ドアをノックする音が聞こえた。ドキっとした。いよいよか…。私は「よし!行くぞ!」と気を引き締めた。裁判が行われる部屋にノックして入った…。心臓がバクバクしていた。扉を開けると、私の弁護士さんの反対側に男性が一人、中央に男性が一人座っていた。そして、コンコンとノックの音と共に旦那が見えた、と思ったら舅も入ってきそうになったが裁判官から「本人だけの入室となります」と断
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離婚まで…39

いよいよ「離婚裁判」にたどり着けそうだ。無料相談に行った際、女性の弁護士が付いてくれるというのでその弁護士さんにお願いすることにしていた。その女性の弁護士さんは、私の話を丁寧に、そして優しく聞いてくれた。母親の虐待の話や、金銭の話、離婚裁判には全く関係のない話だったが、「あなたのことをキチンと知ったうえで裁判をしたい」といってくれた。優しい表情から、時折厳しい表情に変わるときも私は必死になって話した。そして、2時間くらい話した。弁護士さんはなぜか泣いていたそして一通り話終わると「よく生きてこれたね…偉かったね」と言った…。私はこれまで「褒められたこと」など一度もない。邪魔にはされても褒めれれることはなかったまして「生きてきた」ことに対してなど誰も認めてはくれなかった。「普通」のことが「普通」ではない。私は「この弁護士さんならお願いしたい!」そう思った。そして、絶対「息子も養育費も慰謝料も取ってやる!」弁護士さんとそう約束した。そして、「着手金」のお金も渡した…。数日後には旦那のほうに手紙がいくらしい。「裁判を起こしました」という内容のものだそうだ。数日後、打合せのために弁護士さんのところへ行った。前回は旦那や母親のことを中心に話してきたが今度は子供のことや、これからのことなどを話したりした、今後のことは私にとっても重要なポイントとなる。けれど、今「不利な状況だ」という。なぜなら私に「両親がいない」から…それはなにを意味するかというと「息子を引き取れない」ということだった、それには愕然とした。息子…言葉が出なかった…それだけで負けた気がした。なぜ息子が引き取れないか、それにはもう
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離婚まで…38

i子さんとばったり道であった!私は嬉しくなった!そして道端にも関わらず、色々話した。話しているうちにi子さんの家がこの近くだというのだ。私のアパートと歩いて10分くらいの距離にいるようだった。「ついでだからおいで!」と言われて嬉しくなってi子さんのアパートに付いていった。そしたらなんと、風呂トイレ共有のアパートに住んでいた。i子さんは「ここ汚くてね、また私掃除からよ(笑)」などと笑いながらいっていたが部屋はi子さんらしく綺麗にされていた。i子さんは「花」が大好きだ。その部屋にもたくさんの花があった。シェルターから出たときのことや今までの話、色々二人で話した。そして時間も遅くなりそろそろ帰ろうかな、と思っていた時「晩御飯食べていきなよ!私も一人で食べても美味しくないし!」といってくれたので、その言葉に甘えることにしました。i子さんはとても料理が好きな人ならしく、ドンドン料理が出てきました。こんな料理は何年ぶりだろう…暖かいご飯、みそ汁、漬物や焼き魚…サラダ…テーブルに乗せられないくらいの料理が出てきた。どれも美味しく、泣きそうになった…これは美味しくて、もそうだけど、「子供たちに食べさせてあげたかった」という気持ちが強かった。そしてなにより、i子さんの気持ちが嬉しかった。たくさんご馳走になった後、「今度私のアパートにも遊びにきて!」と言って帰った。i子さんは携帯電話ではなく、「家電」を契約したようで家の電話番号もおしえてもらった。そうして、数日が経った…。全く何事も前に進まない時間が過ぎていった。アパートを借りてから2週間ほど経ったとき、私は初めて娘のいる施設にいった。娘は私を見
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孤独は悪か?

私たちは「孤独」と聞くと ネガティブなイメージを膨らませ 淋しさや悲しさを連想する人の方が 多いのではないでしょうか? しかし、本日の記事を読む事で 「孤独でいいじゃん!」 「孤独最高!」 という気持ちに変化している 自分に気付くかもしれません。 孤独を愉しむ 今の時代は人と人との繋がりが 協調され、スマホなどの機器を通じて やり取りをしていないと不安になる人も 多いのではないでしょうか? 誰かと繋がりたいと「いいね」を押し 写真を載せて共感を得ようとする。 とにかく人から外れたくない、 同じ輪の中に居たいとあがいている人 は増えたように感じます。 孤独を愉しむ事が出来る人は 一人の時間を孤独だと捉えず 自分と対面する時間 だと思っています。 一人の時間を持つ事で、 本当の自分を知る事が出来ます。 自分はどう考えているか。 何がしたくて、何をすべきか。 何を選べばいいか。 自分と向き合い、 思考を巡らせる事で 自ずと自分の納得する 生き方が見えてきます。 「淋しさ」と「孤独」は別物 淋しさとは一時の感情であり 孤独とはそれを突き抜けた 一人で生きていく覚悟です。 淋しさは何も生み出さないが 孤独は自分を厳しく 見つめる事ができます。 若い人達の自殺の原因のほとんどは 友達や知人から遠ざけられ嫌われ、 もはや生きていけないと思い込んで しまうところからきています。 つまり、淋しさが原因になる事が多い。 1人でいる事=淋しさではありません。 自分の中で「孤独はみじめ」だという 思い込みが自分を苦しめている という事に気付きましょう。 孤独になる事で得られる メリットは沢山あります。
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SNSの付き合い方

現代ではSNSをやっていない人の方が 少数派になるのではないでしょうか? しかしあまりにもSNSに入り込みすぎて、 日常生活に支障が出るよう になってしまったら注意が必要です。 本日はそんなSNSの付き合い方 について書いていきたいと思います。 誰かと一緒にいる時も SNSが気になる 誰かと一緒にいる時もほとんど会話をせずに スマホでSNSばかりみている光景は 今では珍しくありません。 人は誰かが側にいたとしても 心が通じていないと 淋しさを覚える生き物です。 目の前にいる人をそこにいない事に してしまうのはとても 悲しい事です。 SNSは一人でも見る事ができます。 目の前の人を透明人間にしてまで 見なきゃいけないものですか? 誰かと一緒にいる時くらいは SNSの交流ではなく、目の前の人と心の 交流を大事にして下さい。今、目の前にいる人が、 明日また必ず会える確証はありません。 人の幸せや成功に嫉妬する SNSでは相手の近況を簡単に 知る事が出来る反面、 知りたくない情報も沢山入ってきます。 例えば 友達のリア充写真を見て 嫉妬で「いいね」を押したくない という気持ちになったり、近しいと思っていた人が 大活躍してて焦ったり。昔の恋人が楽しそうにして いるのを見てへこんだり。 誰かと自分を比べて落ち込んだり、嫉妬したり、劣等感を抱く事で そんな自分を嫌いになる。 そんな悩みを抱える人も 今では多いのではないでしょうか? その嫉妬の対象になる人と 中身が変わったら 自分は本当に幸せか 考えてみて下さい。 SNSで見る部分は氷山の 一角で一番綺麗な部分だけ を切り取って発信しています
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離婚まで…37

その間私は、保険屋さんの勉強に通っていた。試験も終わり、さぁ!仕事するぞ!というときになりいきなりの「採用解除」のようなことを言われた…。私は頭が真っ白になった。理由は「車がないこと」だったらしいが、そんなことは面接のときに話していることだ。それも上司に話したが、「本社の決定だから…」しか回答はもらえなかった…。え、これからどうすればいいの?アパートの支払いは?生活は?アルバイトも以前に「車を所有していないと雇用できない」と言われていた。コンビニのアルバイトでさえだ。なぜかというと「夜勤のとき危ないから」だそうだ。本当に地方は「車がない」と仕事もできない。免許はあっても車がない…自転車はあったが、もはや仕事の手段にはならないようだ。早く仕事に就いて子供たちを引き取るんだ!そういう願いも虚しく…。なぜこうも上手くいかないんだろう…シェルターの職員に相談をしに行ったそしたら「生活保護をもらいにいきなさい」と言われた。「生活保護…。」生活保護がどんなものなのかさっぱりわからなかった「とにかく市役所いっておいで!そのままでいいから!」と言われたそして、市役所に行き、言われた通り「保護課」にいった。そうすると「相談室」のような狭いところで色々話を聞かれた若い男性だったと記憶しているが、とても丁寧に相談にのってくれて最後のほうは泣きそうになったが、「ここで泣くのはずるい」と自分に言い聞かせてなんとか抑えた。そうして、何時間か話した後、その男性職員は「すぐ手続きしますね!印鑑は持っていますか?」と聞かれた。今は持っていないことを伝えると、後ででいいので持ってきて、とのことだった。生活保護の仕
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離婚まで…36

20万円…。これがあればアパートが借りれる!けれど、シェルターに帰ると、このお金、没収される…。どうしよう…。そして、思いついたのが、知人に預かってもらうことだった。「大金だから怖いけど、アパート決まるまで預かっておくね!」と言ってくれた。シェルターに帰り、職員の人に事の説明をした。そしてそのお金は知人に預かってもらっていることも伝えた。職員の人は「いろんな人がいるから大金をもってたら危ないからね」と言ってくれた。そして、早くアパートを探そうとも言ってくれた。そして、前回見ていた35000円のアパートの物件を見に行くことにした。保証人などが必要だったが、シェルターの職員の人が付いてきてくれて不動産屋さんに話をつけてくれて、大家さんにその場で電話してくれて「貸してくれる」ことになった!よっしゃ!!順調だ!35000円あれば入れる!あとは家電などがリサイクルショップなどで揃えよう!と、そんなとき、シェルターで私に色々してくれたi子さんがシェルターを出るという話を聞いた。その人の行く先は誰にも教えない、教えられない決まりだった。ただi子さんは「このシェルターの近くにはいるから!」とだけ言って翌朝には居なくなっていた…。みんないなくなる…。そんな中、シェルターの上は「母子寮」になっていたことがわかった。全然顔も合わせないからそんな施設が併設されているのは知らなかった。どうやら玄関が違うらしい…。その母子寮に入っていた若いママが話しかけてきた。子供はまだ1歳くらいだったと思う。髪を金髪にして、いかにも「今時のママ」のような恰好をしていた。ハスキーな声で「シェルターいるの?」などと話しかけ
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「誰かに気持ちをわかってほしい」って何なのか。その意味と方法

誤解、曲解、無理解…。同じ人間なのに、誰も自分の苦しみや悲しみを理解してくれない。なんで私だけ?と悩むことってありますよね。悲しいのに平静を装っていたら「気楽そう」と思われ、怖いから慎重にしていたら「何考えてるのかわからない」「冷たい」と思われ、人に何かを相談したら軽く扱われたりしますよね。辛いときに攻撃されることは、手負いのときにさらに傷を受けること。傷が一つから二つになるのは、精神衛生においては単純に二倍の苦労になるだけではありません。こういう経験が増えれば増えるほど、他人に接する際のリスク回避のために必要な手順や制限が増えてきます。縛りが多くなるほど、心に起きていることが複雑になっていって、さらに誰もわかってくれなくなっていきます。そんなこんなで、もっと気持ちを他人に理解してほしい!ということになると思います。そこでこの記事では、まず「気持ちを他人に理解してもらう」というの