地獄への道…12

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前から雰囲気が悪くなっていた「お隣さん」…。

とうとう実害、というか当たりが強くなってきたのと、発言と暴言が多くなっていた。

前から少し発言は気になっていたが大家さんに相談していたため、原因はわかっていた。
だから、あまり前のようには関わらないようにしてきた。

が、その時はあまり深く考えなかったが、夜中にいきなり叫び始めたり。
その原因が「私の家の子どもたちがうるさいから」と。

とうに子供たちは寝ている時間である。子供たちは21時前後には寝ている。
お隣さんが叫ぶのは22時過ぎ…。
私自身も22時には寝ている。
叫び声で起こされるのだ。

それが数日続き、とうとう「子供たち」を怒鳴り始めた。

学校から帰ってくる時間を狙っているのか、偶然なのかはわからないが子供たちが家に入る寸前を狙って
「お前ら!!毎日うるせぇんだよ!!」
と怒鳴り始めたのだ。

子供たちもビックリしていた。私もその時はすぐ玄関にいって謝っていたが、これが続くのはもう耐えられなかった。

大家さんは当時すでにご年配のため、アパートの管理を大手の管理会社に譲渡していた。
そこで、その管理会社に電話することにした。

が、明確な対処も得られず…。

大家さんからは何も聞いていないという返事だった。

これではコチラばかりが「クレーマー」のようになってしまう。そう感じた。

どう考えても「子どもが住んでいる」という時点で、コチラが悪くなるのは分かっていた。

もう…引っ越すしかないか…。

とはいってもすぐに引っ越せるわけもなく…。
生活保護を受給している以上、今まで通りにはいかない。

まずは「目の前」のことを1つ1つこなしていくしかなかった。

上の娘も中学生になり、それなりに学校生活を楽しんでいるようだった。

夕飯時は、いつも揃って食べるため、子供たちの話を聞くので精一杯だった。
自分のご飯はない。
食べれないのだ。
ご飯を作るだけで相当な体力が必要だった。

それでも「惣菜」を出すことはしなかった。

そうこうしている内に、息子の診断結果が出る日になった。

その日はバタバタと支度をして、病院に向かった。

気持ちの中では
「どうせ今回もダメかな」などと半ばあきらめてもいた。

何度も押し寄せる「息子を障害者にしたいのか」という元旦那の言葉
「○○君は全然大丈夫だよ」という保育士さんの言葉

それでも感じる「違和感」

もう小学5年生になっていた。

5年も診断がつかなかった。

複雑な思いで病院に向かった。

前にも書いたが「専門医」までは車で片道2時間はかかる。

やっと着いた病院。

呼ばれるまでは時間は掛からなかった。

医師「よく来たね!元気だった?」
息子「うん!野球したり大学生の人とも友達になったよ」
などと他愛のない会話をしていた。

そして、先生が「○○君、ちょっとお母さんとお話があるから待合室で待っててね、すぐ呼ぶからね」と言った。

息子は「は~い!」と返事をして診察室から出ていった。

医師は私に視線を変え
「お母さん、診断結果が出ましたよ。発達障害で間違いないでしょう。発達障害と言っても「遅延」の方ですが同じようなものです、多動症の傾向も強いので。今までよく頑張りましたね」
と…。

私はその場で泣きそうになった。

これで息子はラクに生きられる。

私は先生に
「ありがとうございます」
と声を震わせて答えた。

先生は「これから色んな手続きを行いましょう」
と。
私はこんなにスムーズにいくものなのかとビックリしたが、それは診断書などが必要なため、診断書を書きますと言ってくれた。

息子が「通級」しているのも知っている先生は「学校に行けていますか?」と尋ねた。
私は「いえ、無理に行かせようとはしていません。なので今は家にいるより外で人と遊んでいた方が気がまぎれるかと思っています。」と。
私は先生に叱られるかと思ったが、先生は
「いいですね。この状態ではジッとしているのも辛いと思います。支援学校に転校するか通級のままでいるかはお母さんに任せますが、本人の気持ちとお母さんで話し合ってください」
と言ってくれた。

改めて息子を診察室に呼んだ先生は
「よ~し!!ちゃんと待てたね!偉いね!」
と言って褒めた。
それから身長と体重を計って終わった。

長い「闘い」だった。

もっと早くこの病院を知っていれば…

息子の数年はもっと違うものになっていたかもしれない…。

自分が悔しかった。
嬉しさと共に悔しさも出てくる。

誰が分からなくても「先生と私」さえ息子をわかっていればいい。

私自身も少し「自信」が付いたというか…。

安心したともまた違う。
「息子は息子でいい」
そう認められた、という気持ちが強かった。

私は急にチカラが抜けたようになった。

診断書(簡易的な?)をもらい、病院を後にした。

明日、学校に電話しよう。

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