絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む
ココナラコンテンツマーケット 記事の販売が今だけ手数料無料

すべてのカテゴリ

70 件中 1 - 60 件表示
カバー画像

地獄への道…17

私は、家にいる間、過去のことをずっと思い返していた。今自分は周りの目からはどうやって見えているのか仕事をクビになって喜んでいるだろう元旦那も再婚して幸せなんだろう私には幸せになる権利はないだけど、子どもだけには幸せになってほしいふと思った私を愛してくれた人がいないのに私が子どもを愛するなんてできるんだろうか一緒に遊んでもらった記憶もない私は「自分がしてもらいたかったこと」を子どもに押し付けているだけなのではないだろうか…私は「最低な親」なのでは…逃げる場所なんてどこにもないそれでも朝はやってくる私は引っ越しのことを保護課の方に相談して、とても優しく対応してもらったと思う。さぁ、物件探しだ…あ…仕事していないんだった…どうやって借りればいいんだろう…私は誰に相談できるハズもなく再度、保護課に電話してみたアパートや貸家を借りる時は保護を受給しているとどうなるのか借りられないとなったら、この先お隣の人とずっといなければならない…担当の方が電話に出てくれた、ことの詳細を話すと「そうですよね~、皆さん引っ越しの際は悩まれますが、仕事をしている方より保護を受給している方が審査が通りやすかったりします。家賃の保証があるので、だから安心して探してくださいね!もしなんかトラブルになったらまた連絡くださいね!物件探し一人で大変でしょうが、コチラはお手伝いすることができないので、お母さんココは少し頑張ってくださいね」と優しく言ってくれた。物件探しまで甘える気はなかったが、とても救われた。すこし「目標」が見えた気がした。不動産屋さんにいくのも本当に身体が追い付かないくらいの体力しかなく…不動産屋さんに
0
カバー画像

「米国政府(日本担当省)設置か?!」

イヤ~、ひっさびさにボクも驚いたよ!!まさか「トランプ」や「イーロン」がね~、日本のために「日本担当省?」という「ネーミング」かどうかわからんけど、設立する?という事じゃ。まだ決定ではナイみたいじゃけど、これは「スゴイ!」事じゃ。それにその「担当大臣」はダレなのかが問題じゃ!それがね~、なんと!「ロシアに亡命している(スノーデン)」にナルのでは?!との予測じゃ。これって「ヤバク」ない??「元CIA職員」で米国に「指名手配」され、「ロシア」に最重要情報を持って「亡命し、ロシア国籍」を持った「アメリカを裏切った男」じゃ。でも、「日本国家」にとっては「かなり重要な男」じゃ。「米国政府の秘密を握り地球や宇宙の秘密を知っている男」じゃし。この男が、「日本のヤミ」を「打破(だは)」してくれるのは、おそらく「間違いナイ」と思うぞよ。やっぱし「イーロン」が「次期米国政府」の「整理担当大臣」となるし~、彼は「日本がダイスキ人間」じゃ。トランプも「安倍ちゃん」とも「仲良し」じゃったし。「ケネデイ」は「医療担当大臣」じゃから、「日本の医療体制や組織」にはやっぱ「キビシイ指導」が入るのは「間違いない」ぜよ。「日本医師会」だって、も~「どうしていいかわからん」という状態になるじゃろね。だけど、ママの友達が「近所の医者」だからね~、なるべくお手やわらかにお願いするぜよ。あんまり「日本政府や省庁の役人や政治家、皇室やら、国家公務員、地方公務員やら病院関係とか、色々と考えられる役職や重要人物と呼ばれる人々もね~、これからは(安心して寝られない?)ぞよ!!」そう、「次期アメリカ政府」は「本気」じゃ。もちろん「法
0
カバー画像

「山口百恵特集ぅ~♪(11)」

実は、ボクはあまり「百恵ちゃん」は、好みでは、ナイ。でも、「淳子」を紹介したのに、「百恵」を紹介しないのは、「不公平?」じゃ。(じゃ、昌子はどうなるのん?!・・・イヤ、それは・・・それでぇ~・・・あまり、責めないでぇ~!アホかっ。^^;)・・・ただねぇ~ボクは「しし座生まれ」なのじゃ。だから「百恵ちゃん」の「おとめ座宮」を聴いてから、「なんだ!百恵はボクの事が好き」なんじゃ。という勝手な妄想(もうそう)を抱いてもうた。さて、百恵ちゃんじゃけど、彼女は「不幸な家に生まれた少女?」的な感じの「売り?」じゃった。そうね~「影のある美少女」っていう風かしらん。彼女は、「スター誕生」という「新人歌手発掘番組」で、確か「デビュー」したはずじゃ。だから「百恵」、「淳子」、「昌子」は「花の中三トリオ」という「くくり?」で芸能界にデビューしたのじゃ。その中で、やはり「一番不幸な星の元に生れた、山口百恵」が「キャッチフレーズ」ではナイけど、ボクの印象ではそうじゃ。実際に彼女は、中学時代かな?「新聞配達」しているのじゃ。家計は、「母親一人」じゃもん。父親は、不倫だったので、「子供の面倒はオレがみる!」とは、言ったものの、ほったらかしじゃった。そう「妻」がいるのに、愛人である「百恵の母」に子供を作っておきながら、面倒は見なかったぞよ。だから「百恵ちゃん」は、父親が大嫌いじゃ。「芸能界でデビューしたら、父親が親権を主張して大金を奪った」というので、百恵ちゃんは父親がダイキライになって、絶縁したのじゃ。(医者である父親は、ホントにクズじゃった。)まあ「百恵ちゃんの影は、本物」じゃね。;;「生活保護」も受け
0
カバー画像

「気象兵器(HAARP)起動!~台風10号」

う~ん。これはナニ??「史上最大級の台風10号って・・・ホントに?!」どこかの放送で「あ~、アメリカが!?四国に上陸、いや、九州に上陸ぅ~!?」とかって、何やら「バタバタ」しているけど、「気象庁」も「放送局」もナニを慌てて(あわてて)いるのん?!これって、噂(うわさ)の「気象兵器=HAARP」の影響でしょ?!違うかい?!何だか「直角」に「方向転換して、日本列島横断」みたいになっちゃっているけど・・・「迷惑なんだよねぇ~!」・・・「地震兵器」も「気象兵器」も「生物兵器」ももちろん「現実に存在するでしょ?!」・・・まだ「コロナ風邪=COVID-19の変形種?」だかどうだか知らんけど、ま~だ「コロナ」でず~っと「引っ張っているし」・・・「ええ加減にせんかい!」・・・「まぁ、11月の米国大統領選挙までは、民主党が保守なので、あとちょっとは、米国のあらゆる兵器の指示権は(民主党=バイデン=ハリス)側にアルのはしゃ~ないけどね。」・・・「しかし、あの(コロナ)自体だって、存在しないと証明されてなかったかい?!そう、コロナワクチンをどうしても打たせるために、(5G電波)を利用して、(中国の人々が突然に倒れた映像を見せたりして、脅威を世界中のヒトに与えたのがあのバタバタと中国人たちが、道路上とかで倒れた真実じゃろ?!)5G電波で、人体の脳等の”金属”に反応させて、”意識”を狂わせる?!というのが仕組みじゃとボクは認識している。」(まあ、これはボクの勝手な推測じゃけど、おそらく、”当たらずとも、遠からず?!”では、無いのかなって勝っ手に思っておりますぅ~♪)だけど、ボクの奥さんも「あ~、前に大地
0
カバー画像

「障害者5000名解雇!(;;」

どうなってんの?たった「数か月」で、「障害者を5000名」も解雇なんて。おそらく「査定費用」を「再評価」とかして、「介護のお値段」を下げたのではないかしらん。そうすると「経営者」からすれば「こりゃ~、やってられない!」という感じで、「障害者アルバイトさん」を「解雇」せざるを得なかったのかも知れんね。まあ、他にも「事情」があったのかも知れんけど、「障害者さん」からすれば「次の仕事」って、なかなか探せないじゃん。そんなに「地域」に「事業所」なんて数はナイもん。やっぱ「障害者」にとっては、「アルバイト=お仕事=やりがい」じゃん。「ボクはこの世界で、役に立っているんだ!」という「プライド」じゃ。^^たった「時給130円」でも、彼らにとっては「存在意義そのもの」じゃ。「月収」だって、たかが「1万円」程度じゃ。それと、「ボーナス」が「年に3度ほどアル」のがとっても楽しみじゃった。その「ボーナス」だって「1万円」ほどじゃ。でも、ミンナの笑顔は、とても「ダイヤモンド」じゃったぞよ。しかしねぇ~、前にも言ったけど「何で税金を一円も払わない外国人が、ほとんど審議もせず、ただ、日本に入国し申請しただけで(生活保護やら医療保護)ができるのか?」じゃ。そんな「カネ」があるんなら「こういうマジメに働いている障害者に補助してやらん」のじゃ?そんなに「カネ」はかからんぞ!「聴くところ」によれば、確か「1200億円」くらいは、「外国人生活保護」に使っているという事じゃんか!「日本政府」は「アホ」なの?やっぱり「議員さん」も「国家公務員さん」も「地方公務員さん」も「朝鮮人」やら、「帰化人」が多いから、「日本人」な
0
カバー画像

地獄への道…15

私は、その頃には薬漬けになっていた。とにかく子どもたちに悟られないように「テンション」を上げるに必死だったのだ。そして「働いていない」自分にも苛立ちがあった。それでも子どもたちは大きな病気せず、すくすく育ってくれている。それだけでも本当にありがたいことだった。転校が決まってからは、息子はすっかり元気を取り戻した。支援学校に行くことも保護課の担当の人に伝え、色々な手続きや買いそろえなければならないものがあって気持ちはだいぶラクにはなったが、体は休んでいる時間はそれほどなかった。今までもだが、これからもずっと「独り」で、誰にも頼らず生きていかなければならない。私は「生まれた時から一人」だから。私だって、幸せになりたかった。私が望んだのは「ごくごく普通の家庭」贅沢をしたいわけじゃない。高価なブランド品を身に付けたいわけじゃない。ただお父さんお母さんという人がいて子どもがいておじいちゃんおばあちゃんがいておじいちゃんおばあちゃんから子供たちは色んな遊びや、お話を聞いたり話したり私はお姑さんから料理を教わったり…。たまには家族でピクニックに行ったり家の敷地でBBQしたり。そんな家庭が欲しかっただけ子どもは「計画的に」なんてみんな言うけど「計画通り」に行く人生なんて「1つ」もなかった。再婚した当時は元旦那にもそれなりの年収もあったし、それに甘えないで生きようとも努力した。私はいつも「必要」とされたかった。かといって、子どもに対して「お母さんがいなくなったら悲しい?」なんてことは言ったことも思ったこともない。誰にも頼らず、というより「頼れない」が正しい、かな私は「止まる(休む)」ことは許され
0
カバー画像

「祝!韓国、在外同胞庁誕生1年~♪」

ボクも最近知った「韓国」の「在外同胞庁」じゃ。去年(2023年6月)に発足じゃから~、今年(2024年6月)で、早、1年じゃね。まあ、早いっちゃ~早いけど、ボクもこの組織はあまり知らんかったのじゃけど、要するに「韓国外に居住する韓国人(帰化人含む?)はいつでも(来韓OK~♪)という事じゃ~ないの?!」という素直な解釈じゃ。もしそれで「韓国入国」して「韓国居住」も、「韓国の永住権+市民権+その他権利関係もぜ~んぶOK?」なのかしらん?!もちろん、韓国じゃから「徴兵制」はアルぞよ。(^^;でもね~、その省庁が韓国でできたからって、「すんなりと韓国人となって、韓国で仕事や学問を学ぶとかするのかしらん??」ねぇ~。どうじゃろか??日本にも「70万?80万?」位の「在日韓国人」とかいるけど一部は「帰化」していたり、「生活保護」で生活しているヒトも多いじゃん。「通称名=日本人名」を名乗っているヒトも多いし。なかなか「外見」では区別しずらいのは、よく言われるよね。「芸能人」にも「政治家?」にも「韓国人」って多いし。二世、三世とかになるとも~「オレは日本人だ!」なんていう認識の人も多いかもね。しかし、今何で、ボクからしたら「突然の在外同胞庁」スタート?じゃったのじゃろうか?確かに「一年」は過ぎたけど、あんまり「日本」では「知られていない」じゃん。でも「在日韓国人」さんたちには「朗報?いや、悪報?」なのかな??・・・ただね~、ボクは前にブログでいった「トランプのクリーン作戦」の「一環」かな~?って、正直思ったぜよ。もう実質上は、「ウクライナ戦争」って、だいぶ前に「終戦?」しているのじゃ。残ってい
0
カバー画像

「東京貧困女子(プアレデイ物語);;」

なんか、「カナシイ」じゃん。日本の首都「東京」で「非正規」とはいえ「働く女性」の収入がとても「低空飛行?」で、かなり「生活困難」という・・・。ある女性は、手取りで「12~13万」じゃ。それでは「家賃=7.5万」を払うと、残りは数万円じゃ。やっぱ、それでは「食費」まで回るのか?が心配じゃ。それで仕方なく「夜の仕事」に行かざるを得ない。ある女性は「売春」までしなければ「稼げない、生きていけない」というのじゃ。これはあくまで「非正規社員」のケースじゃが、おそらく「正規社員」でも同じ結果となる場合も多いと想像できる。東京では「女性」の仕事は「単価が低い」のか?!またそういう「安い仕事」しかないのか?いや、何か他に問題がアルのでは?とボクは考えたのだが、やはり「アッタ」のじゃ。大学卒業の女性限定?の問題とは思うが「奨学金」の問題が、かなり大きいとのこと。何やら「数百万」位は多くが「借金」しているらしい。そりゃ、親御さんだって「4年間」の「生活費」やら「学費」なんて、なかなか払えんぞよ。「文系」だとしても、「4年間=学費+生活費→200X4=800万位?」かな~?もっと低い?いや高い?とにかく、「とんでもない借金」じゃ。バイト等をして、「学費」も「国公立大学」じゃと、少しは「ラク」かも知れんが、それでも数百万単位の「借金」を「大学生」が負っているから、「社会人」になっても「将来が見えない」のだと思うぞよ。だって「手取り15~20万」で「支払い回数や年月」によるが「5~10年位」で払わんとイカンのでは?まあ「年に100万」の返済でも「月=8万円」位じゃ。すると給料は「半分くらい」になるじゃん
0
カバー画像

「社会保険滞納倒産が激増!ヤバイぞ!」

何じゃ?このヒドイ状況は?!何で「社会保険滞納のために大事な会社が倒産しないといけないの?」という素朴(そぼく)な疑問じゃった。だって、実際に「岩手県のタクシー会社」が「社会保険料の滞納」で「倒産」したのじゃ。しっかし「社会保険滞納」って「分割」とか「延納」とか色々と「役所」というか「国」も配慮しないのかい?!ボクもちょい前に「年金事務所」で「年金手続き」したばっかじゃ。会社員じゃったボクは、あまり「社会保険」に関しては「あまり実感はナイ」のじゃが、これがなかなかの「クセモノ」じゃ。「労使折半(ろうしせっぱん)」ということで、およそ「賃金X0.15X2=賃金X0.3」というのがだいたいの「社会保険料負担」の感じじゃ。つまり「会社」も「従業員」もそれぞれが「半分」づつ「社会保険料」を負担しているのじゃ。これがけっこうな金額になるのじゃ。しかも最近「値上がり」したというぞよ。それも「企業に打撃」じゃった。「え?社会保険なんて、そんなに金額は大きくないのでは?」ってかい?まさか~これが、かなり「デカイ」ぞよ。もし給料が「20万」くらいでも「会社+従業員=20万X0.3=約6万円」じゃ。ど?結構な金額じゃろ~?!「従業員」だけでも、「3万円」も「社会保険料」で引かれているのじゃ。これが「ジョジョ」に「値上げされている」という・・・「こわっ!」ひ~・・・でもね~「国」が必死になるのもわからんでもないのじゃ。「税金」じゃもん。「社会保険料」なんて言うから、ちょっとわかりずらいのじゃ。でもね~「健康保険、厚生年金、介護保険、雇用保険、労災保険」という「社会生活に必須(ひっす)」のモノばかりじ
0
カバー画像

「新公庫創業融資最大7200万!(5年間返済猶予)」

なんとっ!!え~っ!?金融公庫の融資制度が改正されたのかな?何か前よりも「融資額」が多くなっているんじゃ~ないのかな~?でも「7200万」って、スゴ!ま、「設備投資」+「運転資金」じゃろ~けどね~、最大で「7200万」あれば、ほとんどの「小規模企業」ならイケル!^^それとオイシイのが「5年間」の返済猶予という項目じゃ。「5年間」は「利息のみでOK?」じゃろ?「元金」は後払い?じゃ。ま、ちょっと後で「苦労」するけど、これはイイ制度じゃ。ボクの姉もね~「山口」の柳井で「小料理屋」と「マージャン店」をやっているけど、そのビルの「土地」と「建物」及び「設備一式」等で約4000~5000万は「金融公庫」から借りているけど、返済は毎月「約30~40万」位じゃろ~て。もっと多いかな?ただねぇ~、「コロナ」があったじゃん。あの「偽騒動?」のせいで「余計な借金」をしたり、「客足が一時遠のいた」のじゃ。ま、当時は「コロナは危険で、政府等から(ゼロゼロ融資等?)の借金でなんとか(経営)を維持してほしい」との事じゃったがね~、単に「借金」が増えただけじゃ。倒産も増えたし。今から思えば「コロナ風邪」なんてあったのかい?政府も米国も「コロナワクチン」なんていう「中身は毒素」という「単なる生物兵器」を「世界中にばらまいた」だけじゃん。最初は、中国の「武漢」で「医者」が発熱して死亡?したとか・・・「街中でヒトがバタバタ突然に倒れている映像」とかいっぱい流れていたけど・・・あれって「ホンモノ?」なんですか~???もしかして、あれって「バイオ・テロ?(細菌戦争?)」ではないのかい?!なんか映画「ミッションインポッ
0
カバー画像

「令和マネーの虎・・・責めないでぇ~(;;」

「カネをください!・・・1000万です」「はぁ?アナタ!今、生活保護ですよね?」「はい、半年前からですけど・・・病気なんですぅ。IQ150で、自分でクスリも作ったことあります。何とかがんばって将棋の駒を販売し、斬新な将棋アプリを広めたいのです」「あのねぇ~、生活保護受けているのに、アナタは起業しようとしているんだよ~!起業準備できるなら、仕事できるでしょ~!仕事できないから生活保護受けてるんでしょ?おかしいでしょ~!正直なのはイイけどね~」「これって、いいの?今、生活保護受けているヒトが、企業準備ができるということは、法的にも問題ないの?それだと(生活保護受けながら起業したい人)が出てこないかな?」「わたしは、これで起業して(生活保護を卒業したい)のです!おかしいですか?(^^;」「生活保護って、ボク達の(税金)ですよ!家財・商売道具一式(500万)盗まれて精神的に病んだからって、何で(生活保護)を受けながら起業なんですか?(IQ150)をもっと活用しなさいよ~!働けるでしょ~!?」「では、生活保護を受けているヒトは起業できないんですか~?・・・。;;」=====結果発表です!全員「ノーマネー」です!!「あ、そうですか~。お時間いただきありがとうございました。とても参考になりました。」=======まあねぇ~、「令和の虎たち」の言い分もわかるんじゃけど~、いっぱい「非難」され、罵倒(ばとう)されても、緊張の中、何とか言い訳とか反撃をする「志願者」じゃけど、こういう「攻撃されるのを覚悟」して出演している志願者も相当つらいよね~。そりゃ~「海千山千」の「猛者(もさ)」が5人+1人(
0
カバー画像

地獄への道…12

前から雰囲気が悪くなっていた「お隣さん」…。とうとう実害、というか当たりが強くなってきたのと、発言と暴言が多くなっていた。前から少し発言は気になっていたが大家さんに相談していたため、原因はわかっていた。だから、あまり前のようには関わらないようにしてきた。が、その時はあまり深く考えなかったが、夜中にいきなり叫び始めたり。その原因が「私の家の子どもたちがうるさいから」と。とうに子供たちは寝ている時間である。子供たちは21時前後には寝ている。お隣さんが叫ぶのは22時過ぎ…。私自身も22時には寝ている。叫び声で起こされるのだ。それが数日続き、とうとう「子供たち」を怒鳴り始めた。学校から帰ってくる時間を狙っているのか、偶然なのかはわからないが子供たちが家に入る寸前を狙って「お前ら!!毎日うるせぇんだよ!!」と怒鳴り始めたのだ。子供たちもビックリしていた。私もその時はすぐ玄関にいって謝っていたが、これが続くのはもう耐えられなかった。大家さんは当時すでにご年配のため、アパートの管理を大手の管理会社に譲渡していた。そこで、その管理会社に電話することにした。が、明確な対処も得られず…。大家さんからは何も聞いていないという返事だった。これではコチラばかりが「クレーマー」のようになってしまう。そう感じた。どう考えても「子どもが住んでいる」という時点で、コチラが悪くなるのは分かっていた。もう…引っ越すしかないか…。とはいってもすぐに引っ越せるわけもなく…。生活保護を受給している以上、今まで通りにはいかない。まずは「目の前」のことを1つ1つこなしていくしかなかった。上の娘も中学生になり、それなりに学校生
0
カバー画像

地獄への道…11

息子はとても美味しそうに食べた。私も久しぶりにまともにご飯を食べたせいか、全部は食べきれなかった。そして、少しそのドライブインで休憩した後、帰ることにした。その帰りは私は、「息子のこれから」のことを考えていた。お腹がいっぱいになったのか、珍しく車の中で息子は寝てしまっていた。息子のことばかり考えられる時間は限られている。上と下の娘のことも考えなければいけなかった。先生からのイジメや友達間のイジメで一時不登校になった娘。私に悩みを言えないでいるのではないか…。子どもたちには私が仕事を辞めたことは言っていなかった。仕事を辞めたことは…「言えなかった」プライドとかそういうものではなく…「お母さんが仕事をしていない」ということが、どれだけ子どもを傷つけるか、私は知っていた。そう自分の…あの「毒母」がそうだったから…。もちろん自分から辞めたくて辞めたのではないということを子どもに伝えても傷つくだけだろう。それでも私がやらなければいけないことは山積みだったから、これで仕事となったら、とてもじゃないが相当大変だったのかもしれない。その後、家に帰りいつものようにご飯などを作り普段の生活に戻っていた。息子は相変わらず、近くの公園に行ったり一人で遊んでいることが多かった。私も遊んであげたいと思ってはいたが…どうにも、朝8時を過ぎると急に体が動かなくなる…。身体に鉛のようなものが覆いかぶさっているかのように…。それと共に「お日様」や明るい場所、テレビの音さえもうるさく感じてなにもできない状態が続いていた。薬は飲んでいる。それでもパニックも動悸も何も治まらない…。私は単なる「甘え」なのか…これはいつ治
0
カバー画像

「大谷翔平をネラエ!日本をダメにしろ!?」

もう、「大谷翔平」の「タロット鑑定」は、やらないのじゃ。あまりに「的中?」するのは、イヤじゃ。これ以上もし、鑑定をして「最悪」の結果がでるのは、イヤじゃし。それよりもねぇ~、この「事件?」って、何か「おかしく」ないかい?何か一応は、「水原一平」通訳が、「大谷」の口座から「450万ドル?」を「9回」に分けて「50万ドル」づつ「違法賭博業者」の口座に送金したんでしょ~?!でもねぇ~、「アメリカ」では「38州?」だったっけ?もうほとんどというか「80%?」の「州」が「ギャンブル合法」なんですよ~。イイですかぁ~?!そこに「ポカン?」と穴が、空いたようにギャンブル非合法の「カリフォルニア州」が存在しているのですぅ~。これって「ナンナン?」ねぇ~、これって、政治的な意味がアルのじゃと感じるぞよ。米国は「民主党」と「共和党」という「2大政治政党」のシステムじゃ。それで「カリフォルニア州」は、確か「民主党支持」じゃ。というか「共和党」より「民主党支持」の人間が多いという一応「民主党支持基盤」の土地柄じゃ。あれ?「民主党」って、あの今の大統領の「バイデン」さんが、在籍している「政党」ですよね~♪何やら「黒い疑惑」の多い「大統領親子」ですけど~、それも、今期で終了するかもしれないという「ウワサ」じゃ。そう「アメリカ次期大統領選挙」がもうすぐじゃ。すでに「3月」の「予備選」、そう「スーパーチューズデー」は、終了した。大方の指示は「トランプ」優位とは、言われているけど、まだ、結果はわからないのじゃ。前の「2016年大統領選挙」で「ヒラリークリントン」が、大優勢との事じゃったが、「フタを開けると」なん
0
カバー画像

「調和」と「良い塩梅」

最近、切にグローバリズムが進んでいると私は感じるのですが そんな中で、「調和」とは何か?と考えています。 「調和」と聞くと みんな仲良く、美しく みたいな印象を受けるのですが、 これは、日本人の感性であって、他の国で育った人々にはできにくいことだと 私は思っています。 とにかく、世の中は醜い。 日本だけが美しく感じでしまうのは、私だけでしょうか。 そんな、醜い世の中で 日本人だけが美しく生きるのは、とても辛いことだと思います。 日本人だけが「調和」と言う、美しい生き様を見せても 踏みにじられることが多くあると感じます。 ですので、日本人同士は美しく「調和」を奏で 大和魂を持っていない相手に対しては 「良い塩梅」で付き合って行くのが良いと私は思うのです。 もしも、相手が傷口に塩を塗る様なことをやって来たら 日本人はその者の相手を一生しなくてもいい。 それが「良い塩梅」です。 これだけ、グローバリズムが進むと、日本人の優しい心持ちも変える必要があるのです。 決して、餌食になるような、か弱い子羊で居てはいけないのです。 学校では 「人に親切に」 や 「困った人に声をかけましょう」 などと習います。 それは、大和魂を持った相手には、そうすると良いと思います。 ですが、大和魂の無い、まして相手を敬う気持ちの無い魂の人たちには むやみに親切にする必要は無いですし 困っていても声をかける必要は無いと思います。 これが、「良い塩梅」なのです。 最近、生活保護の受給者が増えていますが その中で外国人の生活保護の受給者が日本人以上に増えています。 例えば、在日韓国人・朝鮮人の生活保護を受給率は日本
0
カバー画像

「特定技能実習制度は、ヤベ~じゃろ!」

ドンドンとどんどんと「外国人」が増えてくるぅ~!「あれ?ココは日本なの?」とゆ~状況が、今はまだ「実感ナイ?」けど、確実に、密(ひそ)かに、日本が「ジャパン」になっていくのじゃ!誰がこんな状況を秘密裡に進めているのじゃ?まさか?「ヤツかっ!」日本の総理なのに・・・ナニを考えて、ナニをやってんねん?!・・・そう「岸田文雄」じゃ!・・・それと「河野太郎」じゃ!「デジタル庁」大臣じゃけど、今問題の「マイナンバーカード」では、「被災者は、マイナカードを持って避難してください」との事じゃけど、結局「スイカカード」を代用しての運用を余儀なくされたのじゃ。ま、「スイカ」のほうが「災害時を含め通常時も便利?」という結果じゃ。「あれ?」それに「停電」しているので「マイナカード」がほぼ使えなかったという。また「お年寄り」は通常「マイナカード」は「金庫等」に入れていたりするし。そりゃ~普段は不要で使わないじゃろ~。「保険証」なら「サイフ」にいれて常備するのは普通じゃ。とにかく「情報ミス」やあらゆる「金融、病歴、個人情報、免許情報等」多くの情報を一括で「一か所」に集中するのは、便利な反面「非常に危険」をはらんでいるのじゃ。もし「紛失」したら?もう「何もできない」じゃんか。もし「車やバイク」の運転時じゃと「無免」になるじゃろ~。いずれ「携帯」に「マイナ情報」の「アプリ」を入れるにしても、携帯紛失なら、それこそ「何も」できないぜよ。とにかく「誰か」に「情報」を「イッキに一括で、即、盗まれる」ということは、「社会的生物の人間にとって(死)」を意味するのじゃ。「自分の情報のすべてをだれかに知られ、また、握(に
0
カバー画像

地獄への道…10

こんな人生、終わってしまいたい。そうずっと思っていた。その度に「自分には子どもがいる」と言い聞かせてきた。私の感情など、どうでもいい。この子たちが「幸せ」であればそれでいい。私の役目はこの子たちを自分のような惨めではなく「幸せな人生」を送らせてあげること。それだけしか「私の価値」は要らないし、価値すらない。息子が「支援学校」に通えるようになるまで、家にいたが、それを心配した支援学校の校長先生から電話が度々きていた。「息子くん、どうしてますか?もしよかったら、転校手続きが終わるまで、少し学校にきませんか?」と言ってくれた。私は、涙が出るほど嬉しかった。私は「ありがとうございます。息子は今外で遊んでいます。息子に話してみて、もし希望があればお伺いさせていただきます!」と答えた。その日の夕方、息子が帰ってきた時、早速聞いてみた。そしたら息子は「え!!いいの!?行きたい!」と飛び跳ねて喜んでいた。私もそれを見てとても嬉しくなった。翌日、早速学校に電話した。校長先生に代わってもらい、息子が行きたいと言っていたことを伝えたら「いつでもお待ちしています!」と言ってくれた。息子は「明日にでも行きたい!」という感じだったし、この電話で行くことを伝えた。「学校の都合が良ければ、明日にでも伺いたいのですが…」というと「もちろんです!明日は学校の方も特別な行事がないので、ぜひ!先生にも話しておきます!」と言ってくれた。そのことを息子に伝えると息子は張り切っていた。まだ、転校できるとは決まっていなかったが、それでも「学校にいく」ということは子ども心に嬉しかったのだろう。お姉ちゃんや妹も誰も責めたりはしな
0
カバー画像

「生活保護でホテル971泊~♪^^;」

2021年ごろの事件じゃけど、生活保護のよくある「水増し請求」じゃが、ボクはふとこの記事が気になったのじゃ。(^^;あ~。「おいぃ~!?」「岩手県盛岡市の保護担当者」に恫喝(どうかつ)して、「保護費の水増し請求」をしていた「90才の老人と二人の夫婦」とみられる「3人」が「盛岡市」に対して、「ホテル代+水増し請求」をしていた模様じゃ。なにやら「保護担当者」は、「上限は4万円までですので、それで家を探してください」との回答じゃったが、男は妻に指示して「通常のホテル代を調べて、その1か月分の請求を市に出せ!」という事情が「第三者委員会」での経緯であり、ボクもそんな感じだと思うぜよ。しかし、かなり前に「家賃が払えないので、家を探す間はホテルに泊まる」なんていうのが、まかり通るのかい?なんで、そんな「チンピラ」に「市の税金」や「国の税金」を「月に45万程度?」も払わんといかんのじゃ?!「生活保護費=国が75%で、市が25%?」の分配での負担じゃったと記憶しているけどね~、そりゃ~「市の負担分=45X0.25=11.25万円」じゃ。月の住宅補助の負担部分だけで、これだけの「アホな経費?」を市がなんと「3年近く?」も支払っているというぞよ。「ナンヤネン!」ホンマに「盛岡市」はナニをビビッているんじゃ?!前にも「恫喝ヤクザの生活保護費請求事件?」があったと思うけど、盛岡市もね~、こんな「ハードクレーマー?」は、ちゃんと「警官同伴?」でね~「現状聴取」を「チンピラ」にせんとイカンぜよ~!この「チンピラ」は「はは~ん。ビビッているなぁ~!じゃ、このまま保護費を水増し請求しても、この担当者ならイケル
0
カバー画像

「中学生・学童疎開の謎!~生きて帰れ!;;」

「なに?中学生が親元を離れて、数か月の寄宿舎生活をするの?受験とか勉強のために??・・・」あ~、そう。という政府の発表じゃけど、これって、ナンナン??まだ「中学生」なのに、なんで親元を離れないとイケナイのかい?!今まで、そんな事は「神戸大地震」でも「東北大地震」でもきいたことないけど・・・なんでや?^^;しかも、最初は「2か月程度?」と言っていたのが、「無期限?」という怪しさじゃ。何でも「高校受験を控えているから・・・」という理由かい?!あのな~「高校受験」等よりも、まんず「親子や家族が一緒にこの震災を乗り切る!」というのが、一番の勉強じゃ!!!そう、「ホンモノの生きた実践的な知恵を育てる最高の時」じゃ!!!こんな「災害緊急時」はね~、「半年や一年」位の「学年のズレ?」があってもエエわい!自宅で「お勉強」すればエエのじゃ!「パソコンやタブレット、スマホ」等で十分じゃ!卒業の証書は、各学校で渡したらエエのじゃ!「ちょっとくらい単位が足らなくてもOK!」じゃ!卒業証書さえあれば「就職」も「進学」もOKじゃ!たとえ「学校」に行っても、あまり「お勉強しない?」子供もいっぱいおるのじゃ!何が「疎開?」じゃ??戦時中じゃ~ねえ!しかも「中学生400人中の240~250人くらい?」が「100キロ程度離れた寄宿舎的な宿?に滞在」するが「勉強は自由勉強?」というし「先生は不在?」とのことじゃけど、そりゃ~「子供は自分で勉強をするのかい?自由なら自宅でイイじゃん!」ということじゃ!ナンデこんな「アホな」事をダレが考えて、ダレが実行しているんじゃ?前の「大地震」のときは、こんなこと全然無かったじゃん
0
カバー画像

地獄への道…9

保育園から受けてきた「発達検査」。息子は小学5年生になっていた。それでもまだ自分の「名前」さえ漢字では書けなかった。決して複雑な書体ではない。名前だけでも画数は20。マンガを買ってみたが、見ているのはマンガの「絵」だけ。内容は理解できていない。マンガもその当時流行っていたアニメで、わかりやすいかと思い購入した。それでもペラペラとめくって終わった。「面白くないの?」と聞いてみたが「よくわかんない!」で終わってしまった。一緒に読もうか、と誘っては見たものの断られてしまった。だが、息子の「コミュニケーション能力」は、他の姉妹より長けていた。どこでも「友達」になれる。それは凄いことだと思った。そこを伸ばしてやりたい。いい意味でも悪い意味でも「KY」なのだ。いつだったか、学校の先生に言われたことがある。「息子君ね、すごいよ」と笑いながらだったが話してくれた。先生が廊下を走っていた生徒を廊下で叱っていたそうだ。数人いたそうだが、先生自身も叱ったのはいいが後に引けなかったという。そして次の授業の時間まで怒りを持ちこしてしまい、生徒も先生もどうにも引けなった状態だったという。そんなところに、息子が「♪~♪~」と鼻歌を歌いながら廊下の影の階段から降りてきたそうだ。息子の鼻歌を聞いた先生と生徒は、あまりの可笑しさにお互いに笑ってしまい、その場は納まったというエピソードがあった、という。階段を下りてきた息子は、そんなことはつゆ知らず、シレッとその場を去って行ってしまったと。「お母さん、本来はね、先生が怒っている声なんかを聞くと他の生徒は静かにして当たり障りないようにしていくんですよ、けれど息子君は違
0
カバー画像

幸せを感じるとは *ケアマネさん応援 だけじゃなく

ケアマネさんだけではなく、支援に当たる方、介護にあたる方、考えたことはありますか?あなたが援助している方が、幸せだと感じるのはどのような時だと思います? 福祉職と心理学の関係とは何でしょう? 心理的支援という言葉もありますよね? 心理学は、人の心の動きや仕組、心理的現象を研究する学問で、心が、そう感じるのかを表した統計だと勝手に思っています。 心理的支援とは、心理学に基づいた問題解決を行う支援で、主に社会福祉士や精神保健福祉士が提供していることとされます。 でも、心理に関係することのコアの答えは? 経営だけでなく、コアコンピタンスは福祉の世界でも必要ではないでしょうか?(異業種に関わるスーシャルワーカーの思考?) コアコンピタンス(競合他社に真似できない能力)は福祉に関わる誰でもが持っていい能力だと考えて、今まで、ケアマネさんや支援者側の方に説明してきました。 「人が幸せを感じる」コアを考えたことが有りますか? 例えば以前の話です。 利用者のお宅へ訪問しました。 先輩の訪問に付き合い訪問した先は、変形もあるひざ関節痛で長時間の歩行は無理。自宅内では何とか摑まりながら移動していました。 ご主人は20年以上前に死別。お子さんはいません。 この時、80歳。 大きな団地に独居で生活保護受給で、人柄は良く、ご近所や長年の友人に囲まれて暮らしています。貯金はありません。 訪問で、初めましての挨拶を済まし、近況のご様子をお聞きしながら「ケアマネさんが定期的に来るのがうれしい。今日は二人も来てくれるから余計に嬉しい」と歓迎していただき、近況報告も含め、色々話を楽しそうにしました。 お茶を入れて
0
カバー画像

地獄への道…8

2時間かかろうが、「息子の診断」をしっかりしてくれるところならどこでも診察してもらいたかった。藁にもすがる思い、とはこのことかと思うくらいだった。私は元々「地図」が苦手なので初診ということもあり電話して場所を聞いた。それでも想像は付かなかったが、「近くまで行ったらまだ電話してもいいですか?」と聞いたら快く受けてくれた。秋田市内すらあまり詳しくないが、そこを越していくとなると本当にわからない…。息子を乗せて長時間の運転に耐えられるだろうか…。その当時、私の車にはテレビがみれるようなものもなく、DVDを見せたいが、そうするとカーナビの地図が見れなくなる…。私は息子が退屈しないように話しかけたりして運転していた。その病院は、大きい病院のように「数か月待ち」という状態ではなかったため初診でもすんなり受付をしてもらえた。もちろん、発達障害の検査は時間を要するだろうが、まずは診察から…。数時間走っていくと、もう少しのところで道に迷ってしまった…。病院に電話するか…。電話してみると、丁寧に教えてくれた。「わかりずらいですよね、安全運転でいらしてください」と言ってもらえた。やっとの思いで着いた、その病院は周りには何もなく、道を挟んだところに喫茶店のようなものがポツンとあるだけ…。周りは木々に囲まれていた。建物は新しい作りになっていた。いよいよ診察である。受付に行くと笑顔で「遠くからお疲れさまでした」と言ってもらえた。待合室という「物々しい」感じはなく、まるで「別荘」を思わせるような造り。待っている人は置いてある本を読んだりしていたが、そんなに多くの人はいなかった。数分待っていると「こんなに早い
0
カバー画像

地獄への道…7

生活保護が決定してから2週間くらい経っただろうか、保護のお金が振り込まれていた。少し金銭面的には安心したが、前にも話した通り「人間失格」を張り付けられたような感じがして、どことなく後ろめたさがあった。保護の振込金額は、子供手当などを相殺して振り込まれるが、それでも十分だと思った。車所有の件は、保護の方から「特別許可」という形になった。トントン拍子に物事が決まっていく中、私の体調は反するかのように悪くなっていった…。元々痩せていたわけではないが、体重は減り、とうとう血圧が上80前後になっていた。精神科に通うようになり、慣れない「薬」と合わない「薬」のせいか、脳みそが全く「機能」してくれない。とにかく「眠い」…とにかく下の子を保育園に預ける、というまでが精一杯になっていた。それでも「生活保護受給者」だと思われたくなくて必死だった。そして、「仕事を辞めたこと」も自分の中では消化できていなかった。けれど日を追うごとに「どうせ生活保護を受給するなら、うつ病をしっかり治そう!そして歯医者にも行こう…、行けなかった病院や自分の体を治していこう、それからまた社会復帰すればいい」と思うようになった。そう思えるまでに半年は掛かったと思う。それまでは「会社を訴えてやろうか」、母親のこと、父親の死、全てが「恨み」に変わっていた。母親の宗教、お金のこと、イジメられたこと、サラ金のこと、最初の旦那のこと、元旦那のこと…取られてしまった息子のこと挙げればキリがないほどに恨む要素はたくさんあった。自分は本当に愛されたことはあるのか…子供たちに愛情は与えてられているのか…ただ一つ親だからという「見栄とプライド」
0
カバー画像

地獄への道…6

離婚してまだ半年経ったか、経たないかで元旦那からの再婚の電話。反対とかどういう感情よりも怒りや、「やっぱり…」という感情の方が強かった。その電話ついでに「生活保護を受けるかもしれない」ことも話した。そしたら「あ~じゃあこっちも都合がいいや、今までみたいに生活費入れなくて済むし、その話もしたかったから」人間とは思えない発言だった。けれど私はその当時、もう感情などほとんどなかったおかげでキレずに済んだのかもしれない。子供たちとの面会はどうするのか、と聞くと、「ん~今までのようには行けないからな~」と…。私は「じゃあコッチからなんとか言っておくよ」と言った。もう相手に期待しても無駄だと思った。全てを諦めていた。それでも子供たちの問題は待ってはくれない。次は息子だった。療育センターに通っていることも学校に話した上で、「特別学級」に通級していた息子。少しは環境がよくなったかと思っていた。息子は3年生くらいだったと思う。保育園の時から診察を受けていたが、一向に「診断」は付かず…。もう半ば「発達障害」のことは「秋田では診断できないのではないか」と不信感でしかなかった。そのあたりから私は個人で「発達障害専門」の医師を探していた。その最中、時折「学校に行きたくない」とまたいい始めていた。その度に、私は「無理に行かなくていいよ」と言ってきたが、お姉ちゃんの姿を見ると、それも忘れて学校に行ったりもしたが、どうしてもダメな時は休ませていた。そういう時は、なるべく公園に行ったりしていた。息子は「体を動かす」のが得意のようで、スポーツにとても興味を持っていた。ルールなどは覚えられないがゲーム自体は好きなよ
0
カバー画像

生活保護制度の1つの役割ー自立支援

ここ最近、ニュースで生活保護のデモが取り上げられていました。この件は、ここでは、特に書くことはないのですが、生活保護税度は、日本での最後のセーフティーネットと言われていて、保険などでも生活がどうにもならない時などに使用されていたりします。最近では、引きこもりの人にも適応されるなど、生活保護制度が適応できる範囲が広がってきています。国から、生活資金や物資を供給して、最低限の生活を支援するものではありますが、同時にこの生活保護制度の1つの側面として、自立支援が組み込まれています。その制度として、保護者の自立に向けた支援計画や就労支援が行われます。就労に向けた支援や一定期間ごとに就労状況の評価も行われ、就労できない保護者に対しては、評価の見直し等が行われ、保護者に合わせて取り組みを変化させていくという仕組みがあります。生活保護の終了時点では、保護者の状況に合わせて、就労支援金も支給される仕組みになっています。保護者によって、出来る仕事内容や時間が変わってくるため、その状況に合わせて、対応が変化していきます。また、基本となる生活保護制度の仕組みはありますが、地域によって、地域福祉の支援が変わってくるため、支援内容には、違いや地域に合わせた特性があります。この自立支援は、歴史があるもので、戦後から取り組みが行われていました。社会福祉法が出来てから、大きな変化がありますが、先人から取り組まれている取り組みになります。このように、生活保護は、保護を受けているだけといいうようなイメージのSNSを見ることもあるのですが、このような仕組みも存在しています。
0
カバー画像

地獄への道…3

いきなり、全ての「お金」が入ってこない状態に陥った。ただ「今すぐ食べ物がない」とう状態ではなかったから、なんとか「失業手当」が入ってくるまで頑張ろう、と思っていた。ところが…。その週末の恒例の「飲み会」の時、2人から言われた。「ヒカリちゃん、大丈夫なの?もう限界じゃない?」と…。彼女たちに何を言ったわけではない。元旦那からの振り込みもなくなった、などということも言っていない。いつもであれば「楽しい飲み会」だったのだが、その時は違った。Yちゃんたち2人が何を影で話していたのかは定かではないが、たぶん、今までの私を見てくれていたのだろう…。段々「痩せていく姿」と「なにも食べようとしない姿」、頼るところはないことは、もちろん知っている。私がどんなに話題を変えようとしても、2人は私の体と経済面、そして子供たちのことを心配してくれていた。いつもなら笑ってやり過ごす…そして、自分でなんとか解決をしてきたつもり。今回も特別なことではない、と自分では思っていた。2人に話すことになるのには時間は掛からなかった。そう…「なんで仕事を辞めたか」仕事のことも2人には話していなかったが、Gさんに仕事のことを聞かれたのか、なんだったのか…きっかけは忘れてしまったが、仕事のことを聞かれた時に、私は感情を抑えられなかった…。私はあまり「人前」で泣いたことがない。それが自分の意志とは裏腹に、涙が出て止まらなかった。その時、初めてYちゃんたちに「仕事を辞めたこと」を話した。そのいきさつも全部。けど「どうにかなるよ!」をおどけてみせたが、Yちゃんは顔面蒼白。私がどんな思いで「仕事をしていたか」を知っていたし、なんだ
0
カバー画像

「生活保護不正受給(^^;」

「あの~、生活保護を申請したいです」「は?、どういう理由で申請ですか?」「え~、どういう理由って、オカネがもう無いんです!」「え?オカネが無い・・・じゃ、働いて稼いだらどうですか?」「いやぁ~、ちょっと具合悪くて、仕事できないんですがぁ~・・・。」「はい?じゃ~、病院で検査受けたんですか?」「いえ、まだ診察は受けてません」「そうですねぇ~、まず、職安に行ってそこで働けそうな仕事があれば、それをやってみてくださいよ~!ねっ?!」「はい、そうしたいんですが、やっぱり’パニック障害’でして、仕事ができない上に、’コミュニケーション障害’もあるんですよねぇ~・・・。」「もぉ~、それじゃ~、何も仕事できないじゃ~ないですかぁ~!!」「ま、ちょっとウチでは、判断しかねますので、まず病院に行って’診断書’でももらえば一応’保護申請’は検討してみますよ。いいですか?それで??」「はい~、ありがと~ございますっ!」((よし!やったね!保護費ゲット))「さてえ~、じゃ、保護費の受け取りで市役所行かなくっちゃ!」「なんか保護費も案外、簡単にゲットできて、楽勝じゃんか~!へへ」「次!李さ~~ん。李レオンさ~ん!」「え?もぉ~、あんまり大きな声で名前呼ばれたら、ちょい恥ずかしいじゃん」「小中や高校の知り合いがいたら、どうすんのよ~!ねぇ~~!もぉ~。」「ま、でもいっか、今月はっと、12万だな~♪じゃ、まずキャバクラ行って~そのあと、競馬とパチンコでしょ~、あ、酒も買っとこうか~。^^」(((それを聞かれていた李さん)))「え?アンタ、それって不正受給じゃ~ないの?」「は?まぁねぇ~、不正でっしゃろな」「
0
カバー画像

新しい人生の終焉…7

私は早速、その大家さんに電話してみた。人の良さそうな人でとても優しかった印象を受けた。そして空いているかを聞いたら、「リフォームしてないけどそれでもいいなら入れるよ」と言ってくれた。どうせ、子供たちから汚される(-_-;)私は「大丈夫です、見せてもらえますか?」と聞くと快く快諾してくれた。翌日、仕事の合間を縫って物件を大家さんと一緒に見に行くことにした。2DKとはいうものの1部屋が広かったのでとても良かった。小さくではあるけど「小屋」も付いていた。隣の人の間に小屋が挟んであったので「防音」という意味もあるのかもしれない。そう思ったら、とてもいい条件だった。車も止められる。そして、なにより…アパートの前がとても「急坂」だった。これが「いい条件」な話はまた後で話そうと思う。大家さんは「こんなボロだからお子さんとかいるなら敷金とかいらないよ!」と言ってくれた。私は凄く親切な大家さんと思ったよりいい物件で「即答」した。大家さんはおじいちゃんではあるがとても元気そうな人だった。「さすがに今は契約書はないから来月入居の契約書作ってくるけど、入るなら今月の分はいらないから~鍵だけもう渡しておくね~荷物とかたくさんあるでしょ~」ととても気さく?というか、コッチが堅苦しいのおか?というくらい気さくな大家さんだった。そして私は、「そうすれば今月からお願いします」と言って、お互いその場を後にした。私はその日にもう旦那に言うことにした。とりあえず、仕事を終わらせ、子供たちを迎えに行きご飯とお風呂を済ませて、子供たちが寝るのを待って旦那に電話をした。「もうアパート見つかったから後は手配よろしくね」と。そ
0
カバー画像

「超貧困世代60代以上の女性を救え!」

ボクは、若い時「東京」にいた。「広島」から「東京」へ、12年間。「自由が丘」、「豊洲」、「池袋」、「江古田」・・・ちょっと懐かしい。誰もが知っていそうな場所ばかり。もちろん「渋谷」もよく行っていた。しかし、そこで「悲惨な事件」があったのを全然知らなかったよ。2020年11月、渋谷区幡ヶ谷のある「バス停」で起こった。そこには「64才のホームレスの女性」がいた。そこを居場所にしていた女性、そこを通り過ぎた「ひきこもり男」が、「なんか、ジャマだ!」との一方的な言いがかりをつけ、「石の入ったペットボトル」で頭部を殴りつけ、死亡させた。「くも膜下出血」だ。あとで、老母と一緒に出頭したが、仮釈放の間に「自殺」した。なんとも「痛ましい」事件だけど、彼女はね~、「広島出身」なんだよ。「広島」では「劇団女優」もやっていた「笑顔の魅力的な女性」だった。あだ名は「ミッキー」だ。どうして渋谷で「ホームレス」をやっていたのか?少し前には「試食販売員」として働いていた彼女。「コロナ」での「解雇」が襲った。「そんな状態なら、’生活保護’でも申請したらイイのに・・・」「いいですか?」「生活保護」って、税金です。なるべく市役所も「お金」を出したくないんだ。もし「市役所」に「お金」が足りなくなると「公務に支障が出たり」、最悪だと北海道の夕張市のような「破産団体」として「国とかの直轄管理となり、職員の解雇や減給、その他のあらゆる削減を強行される」と聞いたことあるよ。おそらくそうじゃ。だから、もし生活保護申請しても、「あの~、できれば住所地で申請していただけませんか?」「ネットカフェではダメなの?」「はい、実際の住所
0
カバー画像

「京都桂川介護心中事件」他人事じゃ~ない(;;

いまだに、たまにおもいだす事件・・・。あれは、2006年2月1日の寒い冬の朝。京都市伏見区桂川の河川敷で、ある親子が心中を試み、母親は死亡、息子は助かった。アパートの契約は、「1月31日」で終了だった。そして、アパート契約の終了した次の日に「50代の息子は、大好きな母と心中」を決意した。(;;「もう、2月分の家賃30000円が無いし、デイケアの3600円払うと、残金は7000円だ」・・・親子は、なつかしい京都の街や鴨川を車いすを引いて「心中旅行」した・・・最後に立ち寄った「コンビニ」で「パンとジュース」を買った。もう、「毎日2回の食事」は必要ない。・・・そして午後7時、京都の街を回り続け、母は言った「もう、家に帰ろう」・・・そして、一度はアパートの前まで二人は帰ったが、そこはもう「自宅」ではない・・・そして、二人は桂川の河川敷へ・・・(それから何時間たったのだろうか?二人は何を語ったのか?、いや、決意するための時間が必要だったのか?いまでは、もうだれもわからない。)「もう生きられへんのやで、ここで終わりや」「そうか、あかんのか。一緒やで、お前と一緒や」「すまんな。すまんな。」「こっちにこい!・・・お前はワシの子や。ワシがやったる」その最後の言葉を聞いて息子は母の首を絞めた。(;;そして、自分も「自殺」を図った。2月1日の朝二人は、発見された。母はすでに死亡、息子は助かった。・・・昔、まだ父親が「呉服店」をやっていたころ。当時は裕福だった。息子は父の後継者となった。しかし厳しい父親だった。「他人に後ろ指さされる生き方をするな」といつも言われた。・・・しかし、不景気で呉服の売り上げ
0
カバー画像

「ウクライナ代理母ビジネス」・・・って?!

まず初めに~、前に書いたブログ記事で「公営競馬は、八百長か?!」なんだけど~、記憶力ちょい落ちてるのか「ダイナガリバー」の「優勝サイン?」が「有馬記念」だったか「日本ダービー」だったかどちらも「G1」レースなので、まあ、「どっちでもええやん」ということでも「どっちもサイン出てた」でもいいんだけどね~、ま、ボクも「おじちゃま?」なのでゆるしてたもれぇ~♪(^^ んがっ!?(え?「おじ~ちゃま?」ではナイ^^;)(((そして本題の記事ですぅ~)))まあね~、今までだって「代理母」とか世界でも日本でも色々あったよね。(^^;日本の芸能人でも「代理母」を使っての「ワタシもママになりたいの!」という欲望?を果たしたヒトもいるね。ただねぇ~、今回の「ウクライナ」での代理母ビジネス?って、これはも~死活問題ということで、「致し方なく?」とのことじゃね。今、戦争中で「なかなか仕事ない」ので、「宿とメシと医療と高額契約金?」を狙っての「代理母希望者が殺到?」しているとのことじゃね。^^;;;ボクの聞いているところだと「約300万」くらいで請け負っているらしいね。ドルだと「2万ドル~2万5千ドル」くらいかな~?!今のウクライナだとけっこう高額の取引だね。「ちょっと母体とか代理母の心理面」とかあとで問題にならないかって、危惧(きぐ)するけどね。^^;だけど、カネあるヤツは「いくらでも払う」という「オリガルヒ?」のような富豪なので「コドモはカネで買う時代」という意識なのかねぇ~(^^;ロシアの「コドモ連れ去り」とかも問題あるけど、「ニンゲンもイヌ・ネコのように繁殖させたらええねん!」という感覚って、ボ
0
カバー画像

生活保護を受けていた過去

どうがんばっても生活が苦しくて、借金がかさみ自己破産の末に生活保護を受けていたことがあります。申請に行ったときのことは今でも覚えていて生活福祉課がどこにあるか分からなかったので市役所内で聞いたときすごく見下されたように見られました。きっとあの目は、本当に貧しさを味わったことがない人なら誰でも同じ目で見るんだろうなと思う。人は本能的に貧しさが嫌いだから。それは逆に言うと、存在する人間は皆豊かであるということ。だから貧しいという状態がおかしいということになるんです。お金がないだけなのに、それと貧しいということとはまったく違うと思うのです。本当に貧しくなったことがない人ぎりぎりでも仕事と家があって収入もある人にとっては本能的に忌み嫌う種類の人間の集まりが生活保護者。私は生活保護を受けた経験があってよかったなと思います。なぜなら、単にお金がないだけの人を貧しいと捕らえなくなった事やむしろ自分自身という豊かさに気づけたこと生活保護はもっと気楽に気軽に受けてほしいと思ったしそしてそこからいくらでも好きに稼げると知ったこと。ただの同情や想像力で寄り添うのではなく経験者だからこそ寄り添えるようになったこと。自分の富は流したいところにいくらでも流そうと思えるようになったこと。苦しくてつらい時期が長ければ長いほど咲かす花も実る果実もでかいということが分かったから。
0
カバー画像

新しい人生の幕開け…35

妊娠してからはもちろん、「うつ病」の薬は飲んでいない。そもそも「通院」すらまともにしていない。もちろん、「自分がうつ病になるわけがない」とも思っていたけど、だれも親身にはなってはくれなかったし、そこまでまだ「うつ病」が認知されていなかった。日々過ごしていると「病院に行く」というのは子供主体になってしまい、自分はギリギリまで「病院」というところにはいかなかった。旦那が帰ってきて、名前を決めよう、という話になった。もう時間がない。色んな案が出たが、女の子なのに?という感じの名前になった…。私はあまり賛成ではなかったが、何時間も話しても埒が明かなかった…。お互い離れていても子供の名前の漢字や画数や意味などは考えていると思っていた。けれど旦那は「もうこれでいいんじゃない?」なんてことを言い出す始末。「名前は一生ものなんだよ!」と言っても…「俺の名前も適当だった」だの「爺さんが付けた」だの全くお門違いな答えしか返ってこなかった。夕方までには出さないと、明日にはまた旦那が仕事にいってしまう…。私が出してもいいけど、出生届けくらいは旦那に出してほしかった。出産したことがある人ならわかるかもしれないが、出産したからといって自動的になんでも手続きができるわけではない。健康保険の加入の手続きやたくさんの書類などがあった。今はどうかはわからないが…。そして、出産一時金…。これが問題となった。これは、もちろん私は旦那の扶養になっていたから旦那の社会保険から支給されることになる。その当時の金額は35万円くらいだったと思う。そのお金を…「少し貸してほしい」と言い出したのだ。はい??また始まった。このパター
0
カバー画像

新しい人生の幕開け…34

そういえば、あの後、お義母さんたちは本当に「歩いて」家に帰ったんだろうか。ふと思い出して、旦那に電話した。旦那はすぐ出た。まだトラックを走らせているようだった。「おう!どうした?」という相変わらずの応答だったが、事情を説明した。そしたら「なんだってな…。役に立たない奴らだな…。俺になんにも連絡きてないから、どうせ親父に迎えに来てもらったんだろ、どこかで」という返事だった。「悪いけど、私もそれどころじゃなかったし、止めけどどうにもならなかったし…。あとであなたから連絡してみて。なにかあったら大変だし。」と。「わかった」と言ってくれたが…「それと…赤ちゃんの名前、もうそろそろ決めなきゃいけないんだけど…いつ帰ってくる?」と聞くと「おう!そうだな!明日帰る予定だ!その時決めて、市役所に出しに行かなきゃだろ?」というので「うん、そうだよ。子供たちも名前ないと呼びにくいし、この子もかわいそうだよ」と…。そうすると旦那は「俺も考えてはいるから帰ったら二人で決めよう」ということになった。今までどの子も「私が付けた」とか「二人で話し合って決めた名前」という子がいない。裁判で取られた息子も元旦那の親と義姉さん。娘もそう…。手元にいる息子は、憎いあの母親。そう、勝手に名前を決められて出生届を出された。私の入院中に…。だから、せめて「二人」で決めたかった。全部自分の思い通りにとは言わない。二人で…。そして、ようやく寝ることにした。3人で寝ていると子供の成長がすごくわかる。体が大きくなったな…寝相が悪くなったな(笑)…そうしていると、赤ちゃんがミルクの時間で泣き始めた。最初は子供たち起きるかな?と心配
0
カバー画像

新しい人生の幕開け…33

まずは赤ちゃんが寝ていてくれている間、そして子供たちが帰ってくる前に家の掃除からだった。…産後はゆっくりしたかった…。そういう約束だったよね…。自分の気持ちがぐちゃぐちゃだった。けれど協力してくれる人が一人でもいてくれて心強かった。二人で掃除をするとすぐに片付いた。やれやれ…。私はRさんにお礼をいい、コーヒーを入れた。Rさんは、旦那の両親に対する文句は止まらなかった。それはそうだ。それは私も同感だったけど、赤ちゃんにも、子供にも罪はない。そう、全部私が悪いのだ。Rさんとは色んな話をしていたけど「お前、退院してすぐなんだから少し寝ろ、学校は帰ってくるだろうけど保育園は私が行くから!保育園に電話しておいて!まだ時間あるけど、軽くご飯も作っていくから、少し寝な!」と言ってくれた。私は申し訳なさ過ぎて、寝れるわけもないが、少し横になった。そうしているうちに赤ちゃんが起きた。ミルクを作ったり、オムツを変えたりしたがなかなか寝てくれない…。けれど赤ちゃんの顔を見ると本当に癒される。この頃、まだ名前は決まっていなかった。普通は入院している間や、産まれる前に夫婦で決めたりするものだろうけど、なにせ、旦那もいない。電話やなにかで決められるようなものではない。旦那は明日帰ってくるとのことだった。本当に、私は旦那に愛されているのだろうか…。愛されているつもりになったんだろうかそれとも勘違いなのかそもそも「愛されるってどういうことなんだろう」以前からも感じていたことが、またふと頭をよぎる。けれど、子連れの私と結婚するなんて愛情がないとできないよね…同情だけで結婚とはならないよね…。私は必死に考えた。そ
0
カバー画像

新しい人生の幕開け…31

夕方になり、Rさんが息子を保育園まで迎えにいってくれた。Rさんがいなかったらどうなっていただろう…。本当に感謝と申し訳なさしかなかった。最初は反対していたRさんだけど、いざとなるとこうやって協力してくれる…。けれど甘えてばかりはいられない。5日間、どうすればいいのか…。それだけが心配だった。Rさんには「今旦那の親がこっちに向かっているらしいから」ということは伝えたが、病院にくる気配はなかった。そして、18時頃になりRさんに電話をしてみた。そうすると「家に旦那の親がいたから子供たちそのまま置いてきたよ、けど大丈夫かな」と心配の様子だった。明日になれば旦那も帰ってくるだろうし…。と思ったが…。私は家に電話を掛けてみることにした、そうすると娘がでた「おばあちゃんたち来てる?大丈夫?」と聞いたら「来てるよ!けど私たちなに食べるかわかんないってゆってまだなにもご飯食べてない、お腹空いた~」と…。なんだって??どういうことだ?どうする気でいるんだ?もうパニックだった。娘には「もうちょっとでお母さん退院するから待っててね、ご飯はあると思うから、卵掛けご飯でいいから食べてね!弟にもあげてね!」といい、切りたくない電話を一度切った。旦那に今度は電話をした。「どうなってんの?子供らお腹空かせてるけどなんにもご飯作れないって…、私は5日間退院できないし、どうするつもりでいるの?」と本当に腸が煮えくりかえるような思いで旦那に言った。「ごめん~だってしょうがないだろ!俺だって仕事だし、頼める人いないんだから!」と…。それを言われれば私は何も言えない。自分にまともな親がいたら、こんなことにはなっていないだ
0
カバー画像

受精卵選択-優生思想-弱者切捨

昨日の記事に続いています。「優生思想」に絡む問題は複雑かつセンシティブで、明らかに私なんかの手には余るのですが、非常に興味があるテーマでもあるので、一応取り上げてみることにしました。優生思想問題というと、私が思い出すのはやはり「神聖喜劇」で知られる作家 大西巨人氏と評論家 渡部昇一氏とのいわゆる「神聖な義務」論争です(両氏共故人)。以下に簡単に説明します。かなり昔のことですが、渡部氏は「自分の遺伝子が原因で遺伝子疾患を持った子供が生まれる可能性のあることを知る者は子供をつくるのをあきらめるべきではないか。それが神聖な義務だ」との意見をある週刊誌のコラムで述べました。大西氏は作家ですが、寡作で収入がほとんどなく生活保護を受けていて、しかも、長男と次男は遺伝性疾患である血友病に罹患していたのです。また、次男の1ヶ月の医療扶助費が1500万円に達したことがあるとのことです。要するに、渡部氏は、遺伝性疾患の子供が生まれたのなら、次の子供も同様の疾病に罹患する可能性が高いので、裕福ではない親は第2子をもうけるのを諦めろといったわけです。渡部氏は上記の社会的負担についても触れています。この主張に対して、大西氏は激怒し、「破廉恥漢渡部は非人間的デマゴギーに立って“なぜお前(大西巨人)は『既に生まれた生命』次男野人を『未然に』抹殺しなかったのか”と私(の「人身」)を攻撃批難したのである」と反論しました(これは単なる怒りの声であって、反論にはなっていませんが)。世間は大西氏側につき、渡部氏を「ナチスの優生思想」の持ち主であるとして激烈な批判を浴びせました。まあ、世間の人たちの反応は理解できます。
0
カバー画像

新しい人生の幕開け…23

卒園式の日は、旦那は出席しなかった。なぜなのか…。それはわからない。仕事でもそういう「式」には参加してほしかった。周りは旦那どころか「祖父母」まで参加していた。また襲ってくる「孤独感」せっかく再婚したのに…。私と一緒にいることが「恥ずかしい」のだろうか子供といることが恥ずかしいのだろうか…。なんだろう。今までの保育園の行事にも参加することはなかった、「運動会」や「夕涼み会」など…。私はいつも「一人」で参加していた。もちろん自分の子供だから苦痛ではないし、成長を見れるのは嬉しい行事。なんだかいつも「シングルマザー」の気持ちでいた。それでもいい、「自分で決めたんだ、この結婚も妊娠も…」そうやって自分に言い聞かせて…。卒園式が終わり家に帰り、息子はそのまま保育園に預けて娘と二人で過ごした。もうすぐ小学校の入学式に向けての準備だ!卒園式から入学式って結構短いですよね💦前から準備は少しずつしていた。自分と同じようにならないように、巾着袋はキャラクターにしたり、なるべく「みんなと同じ」を意識した。入学式の服もその当時は高かったし、もちろんお下がりもない。ランドセルはまだ安いのがあったから1万円くらいのを購入していた。けれど、みんなは結構高いランドセルに驚いた祖父母がいる、って強いな、本当にそう思った。今では色んな色とデザインがあるが、その当時は安いランドセルと高いランドセルの差が大きかった。それでも娘は何も言わなかった…。遠慮していたのだと思う。「言えなかった」が正しいのだと思う。そうして家の問題もあったが時間は止まらず、娘は入学した。入学式は旦那は参加した。けれど、他の親御さんたちに「挨
0
カバー画像

新しい人生の幕開け…21

私は勇気を出して「トイレ」にいった。判定は…。「陽性」…。え…。今仕事始めたばかりなのに、まだ旦那は子供たちとそんなに多くの時間を過ごしてないのに…。どうしよう…。パニックになった。その話はすぐにRさんに報告した。仕事のこともあるからだ。Rさんは「やっぱり…。おかしいと思ったよ。で、堕すんでしょ?」と当然のように聞いてきた。え?なんで他人からこんなこと言われなきゃいけないんだろう。やっぱりRさんは苦手だ。「ちょっと考えるし、旦那にも相談しなきゃだから」と濁した。「仕事は出てもらうからね」といい、Rさんは電話を切った。溜息しかでなかった。嬉しいことだけど、今じゃないような気がする。けれど私ももう28歳だ。多分これが最後の妊娠となるだろう。まずは旦那に相談だ!夜になり、子供たちが寝静まってから私は旦那に切り出した。「あのね…最近体調が悪かったんだけど…調べたらね、妊娠してた」と。旦那は「まじ?ホント?おう!そうか!やった~!」と喜んでいたが「ん、でもね、ちょっと考えてる…今の子供たちだけでも大変でしょ、経済的にも色々…それに私、息子の産後の時も無理してしまってるから体力的にも自信ないんだよね」と気持ちそのままを伝えた。「え?それっておろすってこと?1人くらい増えたって変わらないだろ!せっかくの命なのに…それに俺にとっては初めての子だし…」と。確かにそうだ。今の子供たちは旦那の子供ではない、だからこそ、もっと今の子供たちと触れ合ってほしかったし、「自分の子供はかわいい」みたいに産まれたら、今の子供たちへの態度が変わってしまうんじゃないか、という不安もあった。それも伝えた。けれど旦那は
0
カバー画像

新しい人生の幕開け…20

来年、上の娘が小学校に入学する。そんな時、私の急な体調不良…それでも仕事に行っていた。なんだろう…。熱もないしな…。私は幼少期から熱を出すということがあまりなかった。祖母がいうには「うち熱」といって、体温計には出にくい熱を出すそうだ。それでふと、思い出した。「あ、私、そういえば何年か前に『うつ病』って言われたんだ…、そのせいかもしれない」と、私は近くの精神科を受診した。診断された病院はもう遠い。しかもその時は「私がなるわけない」と思ったり、当時彼だった旦那もそんなに気にも留めていなかったから忘れていた。現に、「うつ病」と言われる症状はでていなかったと思う。母親のことや元旦那のこと、色んなことでたまに思い出して動悸がすることはあったけど、それが「うつ病」の症状だとは思いもしなかった。病院に行ったが、精神科は物々しい雰囲気で、病院内は薄暗く居心地がいいとはとても言えなかった。先生に前にうつ病と診断されたことなどを伝えたが、先生は私の顔をみるなり「今までの育成環境」を聞いてきた。はっきりいって、「げっ!」と思ったが、そのまま簡単に伝えた。黙って先生は聞いていた。そして「よく生きてこれましたね」と…。私は「はい?」とキョトンとしてしまった。どういうことだろう…。診察が終わり、薬を出されたが「眠くなるかもしれない」と言われ眠くなられたら…仕事はおろか、子供のことができない。そう思い、薬はその時は飲まなかったと記憶している。けれど、目まいと吐き気が辛くなり、休みの前の日だけ飲んでみた。気持ち悪さや目まいは治まったように感じたが、眠気がすごかった…。車なんて運転できない、と思うほどだった。怖
0
カバー画像

新しい人生の幕開け…11

その日は本当に疲れてしまった。次の日の仕事が休みで本当によかった。その夜は子供たちは「おばあちゃん、おじいちゃんがきた!」や「新しい家ひろ~い!」などと楽しんでいたが、お義母さんは「おばあちゃんじゃない!」と娘に強く否定した。なんなんだろう、この人…。その光景を見た旦那がやっと「うるさい!ババアは黙ってろ!」と言った。怒鳴ってくれたことで私の怒りは少し和らいだが、それを言われた娘は悲しかったと思う。絶対にこの親たちとは仲良くなれない、と確信した。翌朝、私はいつも通り5時に起きて掃除をしていた。私はいつも起きてから家の掃除をする。これは多分、元旦那の姑から「朝飯前の仕事をしろ」というのが染みついているせいだと思う。その習慣は今でも変わってはいない。そして洗濯を回しながら朝ごはんの支度をしていた。もちろん、舅姑の分も。そうしているうちに子供たちが起きてきた。ご飯を食べ、テレビを見ていると、舅が先に起きてきた。舅は割と子供たちと仲良くしてくれていた。そしてもう9時になろうとしているころにノコノコと姑が起きてきた…。ありえない…。「あら~朝早いのね~、お腹すいちゃった!ご飯食べる!」とあたかも当然のように言ってきた。「そこにできてます」というと「あら!あなたたちもう食べたの?」とシレッとしていた。旦那の話には聞いていた。お義母さんが料理ができないこと、自分のお母さんの味(おふくろの味)というものが分からないこと。全部おばあちゃんがしてくれたことなど…。聞いてはいたが、ここまでとは…。子供たちは、近所の子供たちが遊びに来てくれたので外に遊びに行った。旦那は車庫の中を片付けたりしていた。旦
0
カバー画像

次がは、母が他界した後になります

母が他界した後、泣いている暇なんてありません。安置所から火葬になる期間三日。逢いに行きたくても、行ける距離じゃない。母と再会したのは、火葬場でした。身体の水分が抜けていて、お髭が生えていました。お金持ちの葬儀は、まぁすごいんですよ。火葬も「こんなに人集めるの??」ってくらい我が家にはお金がありません。と言うか生活保護で支給される金額をオーバーしたら、自腹になります。私が利用した『小さなお葬式』は生活保護対応。実は、訪問看護師さんの最期のお世話も『自腹』で2万です。生活保護の葬儀は基本的に『火葬式』のみになります。お寺関係は全部自腹です。火葬式は『葬祭扶助』と言い、福祉から約26万ほど支給され、その26万で収まる様に火葬式を行ないます。自腹で払ったのは『火葬が終わるまでの椅子代』です。「は??椅子代??」使いまわしの椅子に一脚970円払いました。合計五脚母が、火炉に入る瞬間『なんも言えね・・・・』とぐっと堪え一言つぶやきました。「40分ほどお待ちください」待合室も簡素。一応お金を払った椅子に座り待つ事40分で「お待たせいたしました」と担当者が火葬炉に案内。ほとんど、遺骨がありませんでした。申し訳ないくらい。その、少ない遺骨を五人で骨壺に入れて、ペット用ですがミニ骨壺に火葬炉担当者が、骨を入れてくれました(葬儀屋に分骨を頼むとオプション料金がかかります)全てが終わった・・・わけではありません!!火葬から通常49日で納骨ですが、我が家は火葬後七日で納骨しましたお墓なんてありません。『永代供養』を選びました。5万5千円。(これも、自腹)分骨したのは、事前に永代供養でも『合肥』になるから
0
カバー画像

うつ病で苦しんでいる方へのメッセージ・・・

今日は、自分を「客観的」に観ることが大切な事である「意」を伝える『禅語』のひとつを紹介います。 「客観的に自分を見る」のは大変です。でも訓練次第で出来る様になります。そんな「意」が皆さんに伝わればよいなと思います。 *****『惺惺着』(せいせいじゃく) 全ての人々には、心の奥深くに住む「もう一人の自分」がいます。その自分に対して問いかける『目を覚ましていますか(惺惺着)』という声。変化や刺激のない生活を送るうちに、つい眠ってしまいそうになる「自分の本心を励ます」言葉です。 人はつい、楽な道を行こうとしてしまうものです。それを正す本心が眠っていたら、どんどん怠け癖がついてしまいます。日々の生活でも「自分に問いかける」ことを忘れずに、しっかりと目を覚まし、本心を偽らないようにしましょう。*****この話は十数年前、まだ私が心理カウンセラーとなる前の出来事です。そして、この経験から現在の道を進もうと決心した出来事でもあります。生活保護施設に私と同年代の『うつ病』患者がいました。仮にこの方を「Yさん(男性)」と呼びます。Yさんは、生活保護施設に入所していました。そんな環境の中『うつ病』を治すため一生懸命努力をしていました。しかし、病状がなかなか改善の方向に向かわず、またドクターとの相性に恵まれなった為、悩み苦しむ日々を過ごしていました。月日が経ち、Yさんはとうとう『本心(本当の心)』が眠ってしまいました。病気に立ち向かう勇気と希望、そして努力をすることを諦めてしまったのです。Yさんを不愍と思い多くの言葉や勇気を付けて貰おうと、気にかけていました。しかし、その思いはYさんには届かず、Y
0
カバー画像

生活保護と医療

新型コロナウイルス感染症の流行によって生活保護の受給者が増えています。 生活保護と医療の現状を、あなたはご存知ですか?①生活保護受給者が医療を受けるには ②生活保護の費用内訳 ③生活保護と医療の課題 ①生活保護受給者が医療を受けるには 生活保護受給者は、医療を受けるためにまず福祉事務所に申請します。 申請や、手続きが必要です。 ②生活保護の費用内訳 生活保護にかかる費用は、半分が医療費です。 その次は生活、住宅の順に多くなっています。 ③生活保護と医療の課題 循環器疾患、つまり心臓病や糖尿病、腎臓病など生活習慣病に関わる病気にかかりやすいです。 これらは生活習慣が原因でかかる病気が多く、病気を予防することが課題です。 精神・行動障害の割合が高いのも特徴です。 ストレス等によって精神や行動障害があり仕事をできず、収入が無いため生活保護を受給せざるを得ない方もいるようです。 まとめ 生活保護は日本における素晴らしい制度だと考えます。 必要な人に、正しく使われる制度であって欲しいですね。 あなたは、いかがですか?
0
カバー画像

新しい自分へ…20

初めて3人で買い物に行った。娘はとても喜んでいた。けれど一つ気になったことがあった。3歳くらいの年齢だと「お菓子」や「おもちゃ」をねだるものだろうが、全くねだらなかった。私はふと気になり、わざとお菓子コーナーに向かった。「何か食べたいものある?」と聞くと娘は、黙って「アンパンマンチョコ」を指さした。「チョコかぁ!いいね!カゴに入れていいよ!」というとニッコリしてカゴに入れた。そうか…。施設ではそういうこともできなかったからか…。好きなお菓子がいつでも食べれるわけではない、そして選べるわけでもない。その施設ではある日ご飯に「もずく」がでたそうだ。娘は一口食べて「吐き気」がしたため食べ進めることができなかったそうだが、それを見た施設の人はこっぴどく娘を叱ったらしい。それから「もずく」は家では出さないようにしていた。好きなものの食べられなければ、嫌いなものは怒られる…。子供にとってどんなに苦痛だったろうか…。少し私たちの生活や保育園に慣れるまでは「自分の意見を言える」ように練習させようと思った。そうしてアパートに着き、娘と彼は一緒に居間で遊んでいた。その間私がご飯を作る…。もはや「絵にかいたような家族」だった。もちろん、下の息子のことを忘れているわけではない。確実に前に進んでいる。全員がそろってご飯を食べるまで、もう少し!私はより一層チカラがみなぎった。夜ご飯が出来て3人でゆっくり食べる食事は本当においしかった。テレビを見ながら話しをしたり、娘が「見たい」というアニメを見たり。彼と娘は私のご飯を「美味しいね!」といってペロリと食べてしまった。私が娘に「お風呂入るよ~」というと娘は「お
0
カバー画像

新しい自分へ…8

それから彼からはしばらく連絡はなかった。私は、バイトや子供たちのことに専念していた。けれど実際問題、お金が貯まるなど何年先になるかわからない状態が現実だった。それでも「諦める」という考えはなかった。児童養護施設では最低2年施設に入所してもらう、というのが条件だったが、私はそれより早く子供を引き取りたかった。気づけばもう1年が経とうとしていた。小学校入学前までには…一緒に生活していたい…。今のバイトでは無理だ…。その頃の秋田県はパートでもアルバイトでも「副業」ということが原則「禁止」されていた。そのころ、ちょうど「某牛丼チェーン店」は「牛肉輸入制限」かなにかで肉が入ってこなくなる事態に陥り、店は混雑、シフトも人数も増やして対応していた。帰るのは、シャワーを浴びに帰るだけの日々が2週間くらい続いた。これでは「副業」どころの話ではない…。体力的にも限界に近かった。忙しかったせいもあり、色んなことを忘れて仕事に打ち込むことができた。そして、牛肉がなくなりシフトも通常に戻った…やっと休める…それを見計らったかのように「彼」から電話がきたのである。私はハッとした…。そうだ、返事も返していない。返事だけはしようと電話にでたそうすると相変わらず何事もなかったかのように接してきた。そうか、ただの気の迷いだったんだな、私はあの話には触れないようにしていた。そうして、今までの仕事のことや彼の仕事のことなど他愛もない話をしていたそうすると「それで、考えてくれた?あの話」と…え?私はどうやって返していいのか分からなくなった。断る、ということをしたことがないからどうやって断ったらいいのか分からなかった。黙
0
カバー画像

新しい自分へ…4

i子さんは、私たちをアパートに呼んでくれた。そして、お昼ご飯を作ってくれた。娘はi子さんのことを「ばあば」と呼ぶようになっていた。I子さんはそれを聞いて喜んでいるようだった。i子さんの息子さんは遠く北海道に住んでいて、奥さんとも仲が悪いらしい…。I子さんの家庭事情もよく話してくれていたからなんとなくは知っていた。だからか私の娘も「孫」のようにかわいがってくれた。そろそろ施設に戻らなければいけない時間になっていた。I子さんのアパートを出て、私のアパートに行き荷物をもって自転車に乗せて施設に向かった。娘は施設に戻ることはわかっていただろうが、私もあまり触れないようにしていた。自転車に乗って30分くらいして施設に着くと、やはり寂し気な顔になった…。施設の人に引き渡すときは、娘も私も泣いていた。やっぱり寂しい…。苦しい…。辛い…。帰りの道中、私は考えた「あんまり会わない方がいいのかな…、でもな、見放されたと思ってほしくない。かといって頻繁だとまた施設の人から言われるし…。間隔的にどうしよう…。」と考えながら自転車を漕いでいた。今度は下の息子に会いにいった。息子の「外泊の許可」を取りたかったから話だけでも聞いてみようと思った。乳児院は比較的、外泊もokらしい。よかった!息子と少し会って、その日は帰った。あのまま帰りたくなかった。苦しかった、娘はもっと苦しいと思うとどうしていいかわからなくなった。息子とはいつでも会えそうだ。それなら娘に専念しよう、そう思った。娘を2週間に一回息子を3週間に1回のペースで外泊させよう!そう決めた。とはいえ、娘の幼稚園の関係上、土日でなければ外泊は不可能だった
0
カバー画像

離婚まで…38

i子さんとばったり道であった!私は嬉しくなった!そして道端にも関わらず、色々話した。話しているうちにi子さんの家がこの近くだというのだ。私のアパートと歩いて10分くらいの距離にいるようだった。「ついでだからおいで!」と言われて嬉しくなってi子さんのアパートに付いていった。そしたらなんと、風呂トイレ共有のアパートに住んでいた。i子さんは「ここ汚くてね、また私掃除からよ(笑)」などと笑いながらいっていたが部屋はi子さんらしく綺麗にされていた。i子さんは「花」が大好きだ。その部屋にもたくさんの花があった。シェルターから出たときのことや今までの話、色々二人で話した。そして時間も遅くなりそろそろ帰ろうかな、と思っていた時「晩御飯食べていきなよ!私も一人で食べても美味しくないし!」といってくれたので、その言葉に甘えることにしました。i子さんはとても料理が好きな人ならしく、ドンドン料理が出てきました。こんな料理は何年ぶりだろう…暖かいご飯、みそ汁、漬物や焼き魚…サラダ…テーブルに乗せられないくらいの料理が出てきた。どれも美味しく、泣きそうになった…これは美味しくて、もそうだけど、「子供たちに食べさせてあげたかった」という気持ちが強かった。そしてなにより、i子さんの気持ちが嬉しかった。たくさんご馳走になった後、「今度私のアパートにも遊びにきて!」と言って帰った。i子さんは携帯電話ではなく、「家電」を契約したようで家の電話番号もおしえてもらった。そうして、数日が経った…。全く何事も前に進まない時間が過ぎていった。アパートを借りてから2週間ほど経ったとき、私は初めて娘のいる施設にいった。娘は私を見
0
カバー画像

離婚まで…37

その間私は、保険屋さんの勉強に通っていた。試験も終わり、さぁ!仕事するぞ!というときになりいきなりの「採用解除」のようなことを言われた…。私は頭が真っ白になった。理由は「車がないこと」だったらしいが、そんなことは面接のときに話していることだ。それも上司に話したが、「本社の決定だから…」しか回答はもらえなかった…。え、これからどうすればいいの?アパートの支払いは?生活は?アルバイトも以前に「車を所有していないと雇用できない」と言われていた。コンビニのアルバイトでさえだ。なぜかというと「夜勤のとき危ないから」だそうだ。本当に地方は「車がない」と仕事もできない。免許はあっても車がない…自転車はあったが、もはや仕事の手段にはならないようだ。早く仕事に就いて子供たちを引き取るんだ!そういう願いも虚しく…。なぜこうも上手くいかないんだろう…シェルターの職員に相談をしに行ったそしたら「生活保護をもらいにいきなさい」と言われた。「生活保護…。」生活保護がどんなものなのかさっぱりわからなかった「とにかく市役所いっておいで!そのままでいいから!」と言われたそして、市役所に行き、言われた通り「保護課」にいった。そうすると「相談室」のような狭いところで色々話を聞かれた若い男性だったと記憶しているが、とても丁寧に相談にのってくれて最後のほうは泣きそうになったが、「ここで泣くのはずるい」と自分に言い聞かせてなんとか抑えた。そうして、何時間か話した後、その男性職員は「すぐ手続きしますね!印鑑は持っていますか?」と聞かれた。今は持っていないことを伝えると、後ででいいので持ってきて、とのことだった。生活保護の仕
0
カバー画像

なぜ「うつ病で会社を休職・退職された方の相談」に乗るのか?

僕がうつ病を20代後半で発症して、約20年近くなろうとしてます。現在もメンタルクリックにお世話になっていますし、抗うつ剤も服用しております。仕事は単純労働のフリーターで、お給料も手取り10万円もいかないために、障害年金も受給させてもらってます。特に資格もスキルもない僕が、恐れ多くも「うつ病で会社を休職・退職された方の相談に乗ります」というコンテンツで出品させて頂いた理由は、「ご相談に乗ることにより、うつ病で数多くの失敗を経験した僕だからこそできるアドバイスがあるのでないか?」と思ったからです。●休職期間の時、なぜ何もせずにボケーと暮らしてしたのだろうか?●復職時に、職場の方になぜあんな態度をとったのだろか?●復職後、しばらくは仕事ができたのに、なぜ体調が悪くなったのだろうか?●なぜ、休職・復職を繰り返すのか?●退職後、なぜ金銭的な問題(借金)が発生してしまったのか?●退職後、なぜ3年以上も家に引きこもり、最終的に生活保護を受給してしまったのか?「そんな失敗した人間のアドバイスなんかいらないよ!」と思う方もいらっしゃるかも知れませんが、「うつ病の方はこれをすると失敗しますよ(うつの必敗の法則)」という引き出しはたくさんある方だと思います。そして、ご相談後に、休職中の方は一日でも早く復職して頂き、または退職中の方は社会復帰して、新しい会社ご活躍して頂けたらと思います。どんな些細なことでも結構ですので、お問い合わせ頂ければ、親身になってご相談に乗らせて頂きます。↓↓会社を休職・退職中の方のお悩みを相談させて下さい(電話相談)↓↓お気に入り追加、フォロー、DM、お待ちしております! 少
0
カバー画像

「人としてどうなんだ」を問う映画

佐藤健、阿部寛、清原果耶、物語の主要人物がスクリーンのなかでくすんでいた。 映画「護られなかった者たちへ」エンターティメントというより、ドキュメンタリーに近い泥の匂いと鉛色の空を感じる映画だった。 餓死という不可解な連続殺人事件を追う、刑事役の阿部寛は、他作品で見せた歯切れのよさがない。常に顔色は悪く最後まで震災の影を引きずっている。佐藤健は画面のなかで静かに怒りを押し殺す目をしている。いつもなら一滴の清涼感となるであろう清原果耶も眩しい輝きを封じていた。三人とも尖った憤りを重く隠している。 唯一救いとなるのが、佐藤健、清原果耶が演じる利根と幹子が漁港を二人乗りの自転車で走るシーンだった。二人の破顔が見れたのはその場面だけだ。倍賞美津子の遠島けいに、笑顔でいなさいと言われて振りむく利根の笑顔はまだ慣れていなかった。笑うことに罪悪感を感じているようだった。 決して、後味のいい物語ではない。それは、観客だけでなく役者にも滲み出ているようだ。 それは、まだこの物語が終わっていないからだ。 続きは最後に伝えられた、円山幹子のSNSへの投稿に現れている。 生活保護行政の理不尽さ、所轄官庁である福祉保険事務所の対応など、一方方向に向ける怒りは、この物語を見れば誰もが持つ。それでも幹子は、「タスケテ」の声をあげ続けて欲しい、と訴えている。そして誰もが、その「タスケテ」の声に耳を澄まして欲しい、と訴えている。 その声を聞くのは誰でもいい。            誰もが聞かなくちゃいけない。 立場もあることも知っている。            自分の生活があるのも勿論分っている。 それでも、誰も
0
カバー画像

幸せな人への妬み

ひろゆきは好きだし、だいたい本当のことを言ってますが、木村花が悪いというのには同意できませんでした。私はひろゆきじゃないから仕方ないですけどね。生活保護に関しては、ひろゆきも言うように、俺は働いてるのに楽してる奴はけしからんという人がけっこういるんでしょうね。ホームレスに対する差別とか。ニートが非難されるのも、楽してる奴がけしからんということなんだと思うんですよね。なので一種の嫉妬なんですね。私も仕事の形態が違うから仕方がないんだけど、比較的楽に稼いでいるので妬まれたようです。時給ではなく、売れなければゼロという、個人事業主みたいなものなんですけどね。ニーチェも言うように何かいいところがある人のことは嫉妬する人がいますからね。DaiGoも、言っちゃいけないことを言ったのは確かですが、金持ちの有名人をこの機会に叩いてやろうという人も一定数いると思うんですよね。ただ、DaiGoの場合は「俺は高い税金を払ってるんだ」という動画の方が本音だと思うので、謝ってもなかなか難しいとは思いますよ。ひろゆきも言うように、実際は生活保護やホームレスを差別してる人は、けっこう多いんじゃないか?ということです。不景気なので、嫉妬、差別が酷くなっているんじゃないか?とのことです。自分が豊かで幸せな人は、そのような事はしないんですよね。私はけっこう金持ちになった頃がかつてあって、自分が幸せなら自然と人格も良くなるなと実感しました。これが逆に、自分は不幸なのに人格を磨きなさいという事だと苦しいんですよ。なので不幸な人が幸せな人を妬むのは、仕方ないのかも知れませんね。
0
カバー画像

地獄の沙汰も金次第

このブログを書くにつれ少しずつ読んでくださる方が増えとても嬉しく何とも言えない気持ちで^^励みになっています!「地獄の沙汰も金次第」というちょっと怖い感じのタイトルつけていますが今日はそんなお話をしたいと思います。知り合いの老夫婦は若い時に手に手を取って遠方から逃れるように移り住んできた方々です。お二人は子供もいなかった事から自由気ままに楽しく暮らしていきました。ご主人はとてもお元気で80歳まで会社の社長さんが許可してくださりトラックに乗っていました。いくら元気とは言えその年齢を考えるといつ不調になってもおかしくありません。良く働きましたが二人は一緒に遊んでいたので貯金もありません。身体が動きにくくなって仕事が出来なくなって年金もかけていませんでしたので受け取れず生活保護を受ける事になりました。お酒もたばこも生活保護を受けている人には嗜好品となり当然ながら拘束されてしまいます。「好きな事も出来ずに生きて居たくない!こんな思いするぐらいなら殺してくれ」と福祉課の人を困らせます。あがいてもごねてもしょうがないのです。嫌なら生活保護を受けずに自分たちで何とかすれば自由なんです。けどそんなお金もない。奥さんが捨ててきた息子は大きくなって後に大きな会社を持ち資産家になっているそうですが面倒は一切見る気がないそうです。あまりにも自由に生きてきた代償は大きいのかもしれません。そんな老人ではなくても今は年金や貯金がなかったら大変な時代です。長生きするのが苦しくなるなんて・・・母は義父がまだ生きていた頃、ケンカするたびに「離婚する!」と言っていました。他界してからも籍が抜けるそうでそれも母は真剣
0
カバー画像

生活保護と不正受給の本当

生活保護はとかく不正受給がクローズアップされ、報道の的になることで世間からの批判や偏見の対象になり易いですが、行き過ぎた報道や誤報も多く生まれています。つまり、マスメディアが視聴者の耳目を集めやすい角度から強引に切り取っただけの偏向報道、いわばポジショントークの賜物なので、むしろこれこそ厳に批判される必要があります。H24年の厚生労働省・主幹課長会議資料によれば生活保護の不正受給率は金額ベースで『0.4%』です。しかもこの中には、高校生の子供のアルバイト代を申告する必要がないと誤解していただけなど悪意のないケースも含まれ、単に行政の説明不足にすぎない事例も多々含まれています。むしろ、不正受給よりも深刻な問題は『受給漏れ』でありこれこそ、すみやかに改善されなけばならない現実です。日本の生活保護の捕捉率(ある制度の対象となる人、資格のある人の中で、実際にその制度から受給している人がどれくらいいるかを表す数値)は『20%にも満たない』数値で推移しています。欧米の先進諸国を見てみると、ドイツやイギリスでも60%を超えておりフランスや、福祉大国と呼ばれるスウェーデンに至っては80%に及びます。(5人の生活保護資格者のうち4人以上は受給できている)生活保護制度全体の国民利用率については、日本が1.5%程度に過ぎないのに対して、欧州諸国は平均で5%を超え、ドイツ・イギリスに至っては10%に近い生活保護の利用率を維持しています。日本人がいかに同胞に厳しい国民であるか、公共を頼ろうとする人たちに対していかに厳しい視線を向けているかの証左です。日本は圧倒的に、生活保護を含む福祉後進国であるといわざ
0
カバー画像

仕事が無くて元気が無い方を勇気づけたい

コロナ鬱。こけも何故か問い合わせが増えてるけど、まだまだメンタル的な戦いはこれからだね。絶対にこんなもんじゃない。ネット社会になれば日本人は病む人が増える。生活保護は恥ずかしい事じゃないって事を先に伝えたいな。今の所日本には権利があるし、普通に贅沢さえしなければ生活出来るよ。長野県で言えば単身で11万円弱かな。多分生活保護は最強。夢を目指したりお勉強したり好きなこと出来る時間が沢山出来る。やりたい事をチャレンジする為に堂々と国に助けてもらえばよき。確実に貰いたいなら行政書士さんにお願いする事。生活保護者からはお金取らない先生が多いから電話して色々相談するといいよ。審査を通過させたいならポイントは1つ。「仕事が出来ない事を証明する事」適当な精神科に行ってうつ病の診断書とか貰えれば、窓口で仕事出来るんじゃないんですか?って誘導にも理由がつけられる。たらい回しにされる場所もあるみたいだけど今は生活保護申請もゆるい。生活出来なくなる心配なんてしなくていいから出来る限り今を悔いのないように頑張ればいーよね。全然大丈夫😆
0
カバー画像

2024年もありがとうございました

新年明けましておめでとうございます。2025年もどうぞよろしくお願いいたします。2023年2月よりココナラを始め、早くも1年11か月が経過しました。細々と出品しておりましたが、これもご購入くださる皆様方のおかげです。本当にありがとうございます。おかげ様で生活保護の相談に関しては販売件数が65を超えることができました。リピートでご相談いただく方も多く、評価もほぼ5に近いものを頂くことができております。生活保護のご相談内容は本当に多種多様で、人それぞれが抱える生活でのお困りごとは全く異なることを改めて実感しました。また、それに対応できるような生活保護制度もアプローチの仕方が大きく変わるため、「その人の状況に合わせた対応」もまた全く異なってきます。そんな中でケースワーカーとして勤務してきた経験がとても役に立ち、柔軟かつ適切なお返事ができていると感じていますし、その精度もこの2年弱で大きく向上したと思います。自分は生活保護を受けられるのか?家族のことで困っているけど、何かできることはないか?生活保護の申請をどのようにしたらいいのか?などなど、日々の生活でお困りのことがございましたら、お気軽にご相談ください(^^)/
0
カバー画像

ココナラを始めて1年8か月が経ちました 記事

久しぶりに投稿します。いつも見てくださっている方、ありがとうございます。ココナラを始めて1年8か月が経ちました。おかげ様で細々とココナラでの活動を続けることができています。ありがとうございます。あまり自分から発信することは苦手ではありますが、自分が身に付けた知識やスキルを使って誰かの役に立てられることは、非常に価値のある行動だと感じています。そういった意味でも、ケースワーカーとして苦労して働いていたことは、今では決して無駄ではないと感じています。現在では有難いことに、月に1,2件の生活保護に関するご相談をいただいております。ご相談の内容は様々ですが、共通して言えることは「どうしたらいいのかわからない」ということです。生活保護は法律に定められた全国統一の制度ですので、厳然としたルールがありますが、その運用は状況に応じて変わります。したがって、「ルールは統一されているものの、その人の状況によって対応は変わる」のです。ですので、ご相談者様は「私は生活保護を受けられますか?」とか、「家族がこういった状況ですが、生活保護が受けられますか?」といった疑問がどうしても生まれてしまいます。今ではインターネットで検索すれば、生活保護の制度やルールなどは簡単に調べることはできます。ただし、そのルールが状況に応じてどう適用されるのかまでは、実際にケースワーカーをした者でなければ判断することは非常に難しいでしょう。そういった意味でも、ケースワーカーの経験を生かして、ご相談者様に答えられることは、価値ある行動だと感じています。だいぶ堅苦しい文章になりましたが、要は「ココナラでの活動は決して無駄ではないな
0
カバー画像

ココナラを始めて1年2か月が経ちました

ブログの更新をすっかり忘れておりました笑 いつも読んでくださっている方、ありがとうございます。 ココナラを始めて早くも1年2か月が経ちましたが、おかげ様でゆるーく続けながらも、定期的に生活保護のご相談をお受けすることができています。本当にありがとうございます。 生活保護の相談も、もうすぐ40件を超えようとしています。これもひとえに皆様のおかげです。ありがとうございますm(_ _)m相談内容は皆さまそれぞれ十人十色ではありますが、最近気になることがありました。 それは、「相談サービスを受けて、その後どうなったのか?」ということです。 状況が好転すれば幸いではありますが、何も変わらなかったということであれば、今一歩力及ばずということで、残念な気もします。 そこで、過去に私にご相談いただいた皆様が、その後どうなったのか?? もしよかったら、メッセージでも何でも構いませんので、教えていただけないでしょうか?と願っています。 「何も変わってないよ」とか、「もっとこういうことを聞きたかった」とか、何でも構いません。その後のサポートに何かお手伝いできるかもしれません。何でも構いませんので、もし過去にやり取りをしてくださった方で、その後の状況を教えていただけましたら、改めてアドバイスさせていただきたいと思います(^^)/ さて、話は変わり私の状況の話をします。 私は長年やっていたサラリーマンを卒業し、今はフリーランスとしていろいろやりながら半年が経過したところです。 労働から解放された一方で、自由になったことから「全てが自己責任」となった今となっては、新たな悩みを抱えつつも、なんやかんや日々を
0
カバー画像

ココナラを始めて1年が経ちました

ブログの更新をすっかり忘れておりました。いつも読んでくださっている方、ありがとうございます。ココナラを始めて早くも1年が経ちましたが、おかげ様でゆるーく続けながらも、定期的に生活保護のご相談をお受けすることができています。本当にありがとうございます。さて、2月にファイナンシャルプランナー検定3級を受験しましたが、先日、合格証書が届きました!年を取ると、こういった賞状みたいなものを受け取る機会って無くなりますね笑とはいえ、勉強した甲斐もあって、きちんと合格できたことはとても嬉しく思います。少しだけお金の知識が強化されたような気もします。FPの勉強をしてて思ったのですが、「生きていくうえでお金の勉強は大事」だということを、改めて感じました。当たり前のことですが、お金のことについて学ぶ機会というのは学校や会社では殆ど用意されていませんので、自発的に勉強しなければ、なかなか学ぶ機会はありません。それなのに、お金の問題は死ぬまで付きまとう一生の課題です。お金というと幅広いですが、税・保険・年金など、人が生きるうえで避けて通れないのに、学校や会社では教えてくれないことが沢山あります。そういった意味では、FP試験は良いきっかけになったと思います。生活保護に限らず、税・保険・年金など、お困りのことがございましたら、お答えできる範囲でご対応いたします(^^)/
0
カバー画像

ココナラを始めて11か月が経ちました

こんにちは。いつも読んでくださる方、ありがとうございます。ココナラを始めて早や11か月が経ちました。おかげ様で引き続き生活保護のご相談を承っております。今回は生活保護とは関係ありませんが、先週、FP(ファイナンシャルプランナー)技能検定3級を受験してきました。ライフプラン、税金、保険、不動産など、お金に関する幅広い分野を学ぶことになります。十数年ぶりに試験勉強をしました笑勉強方法は「FP3級ドットコム」というサイトの、「過去問道場」というページで、ひたすら過去問を解くというもの。こちらのサイトには大変お世話になりました。運営者様には本当に感謝です。試験会場に行くと、200人以上はいるかと思うくらいの広ーい会議室。受験者も大学生らしき若者から70歳以上と思われる年配者まで様々でした。午前に学科(10:00~12:00)、午後に実技試験(13:30~14:30)が行われ、計3時間の戦いです。試験自体はそこまで難しくなく、すべて選択式のマークシート方式です。6割取れたら合格ということで、帰りの電車で早速自己採点。結果、学科57/60点、実技18/20点と、合格してそうでひとまずホッとしました(^^)3月に合格通知が届くそうなので、こちらのブログでまたご報告したいと思います。FP試験は、万人にお勧めできる内容です。お金に関わる内容を幅広く学ぶことができます。義務教育に入れてもいいんじゃない?とも思えるほどで、若い頃に挑戦しても良かったなと感じました。(参考)勉強時間 約30時間受験料 8,000円+振込手数料教材代 0円当日の電車代 700円当日の昼食代 500円
0
70 件中 1 - 60
ココナラコンテンツマーケット 記事の販売が今だけ手数料無料