地獄への道…5

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私はとことん「今まで」のことができなくなっていた。
それでも必死に子供達には気づかれないように過ごした。
その間も、上の娘は小学5年生になり、息子は小学生2年生くらいにはなっていたと思う。
卒園から「療育センター」に通院していたものの、「発達障害」の診断は確定されることはなかった。
通級しながら学校に行く息子に異変も起きていた。
そして、上の娘にも異変が‥。

私は子供達を引き取ってからずっと「子供達の話はちゃんと聞いてあげよう」というのは心がけていた。自分の当時のことを思い出すと「会話」はとても「大切だ」とつくづく思ったからである。
自分の小学生時代は多分、親とのコミュニケーションが成り立たなく、友達との距離感や話し方、色んなことが欠如してたと思う。
大人になってからもとても苦労した。
その経験があるから「会話」は大切にしてきた。
上の娘の様子が変だと思い、「最近学校どう?」とそれとなく聞いてみた。
すると、娘は何やら言いたそうな言いたくなさそうなそぶりをしていた。
少し待って見ると娘が口を開いた。
「この前ね‥学校で2時間目の時に先生に机教室から出された‥私だけ廊下で勉強してた」
という。

はい?どういうことだろう‥。
私は、「何かしたの?」と聞いてみた。
私は自分の子供の話は聞くが「全部鵜呑み」にするのは違うと思うのだ。
話を聞くと、どうやら
「隣の席の子が何かを落としたのを拾ってあげたら、その瞬間に先生が見つけ、『遊んでいるなら教室から出ていきなさい!』と言われた」
というのだ。
娘もその子も先生のあまりの大きい罵声に驚いて、何も言えなかったそうだ。
それからどうしたか、を聞くと、娘の机は「給食」の時間まで廊下に置かれたままだったそうだ。
ただ友達の落としたものを拾っただけなのに‥。

その理由も聞かず‥。
私は、まだ時間も遅くなかったことから学校に電話した。
「なぜ、そういうことをしたのか、どういう意図でしたのか」
それを聞きたかった。
担任の先生は「授業中遊んでいたので」とだけ言った。
私は「それは誰から聞いて遊んでいたと言っているんですか?」と尋ねた。
先生は‥無言。
そして「だって授業中に机から離れるなんてありえないじゃないですか!」とちょっとキレ気味に私に言ってきた。
私は冷静に「電話ではお話しになりませんね。明日学校にお伺いしますします」と言って電話を切った。
その先生は決して年配の先生ではない。
むしろ「若い」ほうだと思う。

私は娘を慰めるのに必死だった。その友達の家の電話番号(まだその当時は電話連絡網があった)を調べ、直接聞いてみることにした。
電話をすると、丁度その友達のお母さんがでた。
私はそのお母さんに、そのことを自分の子供から聞いているか確認した。
その子のお母さんも聞いていたらしい。
そして、その友達は「拾ってくれただけなのに娘ちゃんに悪いことをしてしまった」と泣きながらお母さんに訴えていたらしい。それで私からの電話だったからとても助かった、というのである。
そのことも踏まえて「担任の先生に話をしてもいいか」と尋ねてみた。
そのお母さんは「もちろんです!あの先生のやり方はひどいですものね!」と言っていた。その続きに何かたくさん聞いたが当事者のことではないからあまり聞かないで置いた。
とにかくその担任の先生の「やり方」はひどい、ということを訴えたかったようだった。
娘も低学年まではいじめらることは少なからずあったが、「先生からのイジメ」は私としてもとても許し難い。
このブログを前から読んでくれている方ならご存知かもしれないが、私も担任の先生から幾度となく「イジメ」を受けてきた。
それで得られたものなど「大人は信用できない」ということだけだ。
それではいけない。
娘には「大丈夫、大丈夫」と背中をトントンしながら言い聞かせた。
娘は泣いていた。相当我慢してきたのだろう。
かといって、私が学校に行くことで娘が嫌な思いをすることがあってはならない。
生徒達が下校する時間を避けて私は学校に行った。
学校に着くと担任の他に「学年主任」もいた。3人で話すことになった。
私は逆に有難いことだと思った。
そして本題に入る。
一連の流れを担任の口から言わせようと思っていた。
私は黙って担任の言うことを聞いていた。

まぁ‥都合よく話せるな、と思うくらい都合が良すぎた。

学年主任は黙って聞いていた。
担任の話だけだと、真っ当な解釈画できるだろう。
全て話し切ったかのように見せた担任に、私は
「それはどこの生徒から聞いたのですか?娘は何で遊んでいたのですか?」と突っ込んでみた。
そうすると担任は顔を真っ赤にして、「常識で考えればわかりますよね!!」などと声を張り上げてきた。
それをみた学年主任は少し驚いた様子だった。普段は大人しい先生を演じていたのか、元々そうだったのかはわからない。
ただ、学年主任も驚いていたことは私の目から見てもわかった。
重ねるように私は「娘とその文具を落とした生徒さんからもお話しは聞いていますけど」というと‥
「私が間違っていたとでもいうんですか!!」
と本当に声を張り上げてきた。
これには学年主任も、「すみません、ちょっと担任の席を外させていただきます‥」と言って担任を外に連れ出した。
そして学年主任だけが戻ってきた。
「お母さん、状況はよくわかりました。お友達さんと娘さんのお話でほぼ状況は合っていると思います。2時間目からの机を出していたところは私も見ておりましたが現状がわからず‥申し訳ありませんでした‥」と。
私は「あの先生‥大丈夫ですか?私に謝るのではなく、娘とその友達に謝ってください、私は謝罪が欲しくてきたわけではありませんので」と言って帰ってきた。

その数ヶ月後、その担任は学校に来なくなった、ということだった。

あの友達のお母さんの話を流して聞いていたが、相当な問題があったようだった。
今回の娘だけの問題ではなかったのだろう‥。
それから娘もクラスそのものも問題なく過ごした。
問題は次から次へとやってくるものである‥。

次は「息子」だった。

かと言って私自身の問題も解決してるわけではない。
私の精神状況もピリピリしていたかもしれない。
それでも「あくまでも今まで通りに」を装っていたつもり。
保険屋時代の失業手当てももうすぐ無くなる‥。

トドメが元旦那からの電話だった。
「悪いいんだけど、俺、結婚することになったからよ〜」と‥。

私と離婚して、まだ半年‥。
今今、できた彼女ではないことは明らか。
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