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愛着障害不安型の気持ちの揺れ、その傾向と対策

みなさん、こんにちは!心理カウンセラーのルーム718です🌜✨今日は、愛着スタイルにお悩みを抱える方へ、そっとラブレターを届けます💌相手のちょっとした態度の変化に胸騒ぎがして、確証バイアスが作動してしまい、「私のこと嫌いなんだ!」「どうでもいいと思ってるんでしょ!」という強い感情が沸き上がってカッカとしてしまい、頭の中で悪い予測がどんどん膨らんでしまうこと…ありませんか?😢本当はただ不安になって寂しいだけなのに、しゅんとする代わりに攻撃的になってしまったり、矢継ぎ早にLINEで追撃してしまったり、まるでFBIのように、その人のSNSをくまなくチェックしてしまったり、モヤモヤした感情がつい言葉に出てしまって「またやってしまった…」と落ち込む。そんなご自身に心当たりがある方も多いと思います。これは、愛着不安型の方がよく取ってしまう行動パターンです💔でも、こういった“感情の暴走”は、あなたが「重いから」ではありません。過去のトラウマから、「安心したい」「不安から逃れたい」という思いが人一倍強いだけなんですよね。友達であれ、好きな人であれ、それだけ相手を強く思っている証拠なんです。だけど、思いが強ければ強いほど、感情をその人に全振りしてしまい自己嫌悪、なんてことがあるのではないでしょうか?だからこそ、不安が動いた“その瞬間に行動しないための工夫”がとても役に立ちます。そう、行動しないための“行動”です😊🍀追いかけたくなったり、詰め寄りたくなった時には…・返信が来なかった時ただ返信が来ないだけ、という現実だけを見る・モヤッとしたら「私は何が怖いのかな?」と自分に問いかける・既読や返信速度、
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母の機嫌で人生が動いていた人へ

 こんばんは。 毒親育ち専門:愛の循環ヒーラー@ラーシャです。 子どもの頃、お母さんの機嫌ひとつで家の空気がガラッと変わる…。 そんな環境で育ったあなたは、いつも「空気を読む係」になってませんでしたか?・母の顔色を常にうかがっていた・機嫌が悪くなると、自分のせいだと思ってしまう・相手の感情に過剰に反応して、緊張する・気づくと人の期待通りの自分を演じている これらは、あなたの性格の問題ではありません。「生き延びるために身につけた心の防衛反応」です。小さなあなたは、傷つかないために、怒られないために、見捨てられないために、必死に“空気を読む力”を育ててきました。 そして、それだけあなたは、あの環境の中で精一杯生きていたという証でもあります。 でも今のあなたは、もう大人で、あの頃とは違う場所にいます。 誰かの機嫌に人生を振り回されなくてもいい。 誰かの感情の責任まで、背負わなくていい。 そのパターンは、もう感謝して、手放していく段階に来ているのです🌿ーーーーーーーーーーーーーーー◆今日の心理ワーク:「機嫌の呪縛から自由になるワーク」 ノートとペンを用意して、ゆっくり行ってみてください。① 最近こんな場面はありませんでしたか?・相手の顔色が気になった場面・相手の機嫌に振り回された出来事・「私が悪かったのかも」と感じた瞬間 その出来事を、1つだけ書き出します。② 次に、その時あなたが心の中で感じていたことを書いてください。・怖かった・責められている気がした・嫌われそうで不安だったなど、思いつくままに書いてOKです。③ そして最後に、こう書いてみてください。「これは私の責任じゃなかった」「
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アダルトチルドレン(AC)の生きづらさと回復

「人の顔色ばかり気にしてしまう😥」「NOを言うと罪悪感が湧いてくる😥」「嫌われるのが怖くて、つい頑張りすぎてしまう😥」こうした生きづらさの背景に、“アダルトチルドレン(AC)”という概念があります。これは病名ではなく、子どもの頃に“安全に甘えられない家庭”で育ったことによって大人になっても残り続ける心のクセのことです。機能不全家庭で育った私自身も、まさにその渦中にいたひとりです。✓私が感じていた「母の機嫌」を軸にした世界私の高校時代、母の更年期も重なっていたことや、兄や私の学費を工面するため両親はいつも忙しくしていたこともあり、家庭はいつもピリピリした空気に包まれていました。朝、母が私の目を見てくれることもほとんどなく、暗い表情で朝食とお弁当を用意している背中が、私には“鍵がいくつもついた決して開かない鉄の扉”のように見えていました。母の笑顔が見たい。「愛されてる」「関心を向けてもらえている」という実感が欲しい。その一心で、私は必死にピエロを演じていました。学校であった話を面白く脚色して、テンション高く喋って、家庭の空気を明るくしようと全力で努力する。でも母はそんな私に「朝っぱらから、うるさい」と怒りをあらわにすることもありました。母からのゆるぎない拒絶を感じる瞬間。そのたびに私はひどく傷つきました。“どう振る舞えば愛されるのか”“私は何をすれば嫌われないのか”そんなことばかり考えていたせいで、家庭内の不和は常に私を不安にさせ、「人の反応が怖い」という感覚は長い間、私の中に根付いていました。✓アダルトチルドレンとは何か?“アダルトチルドレン”という名前だけ聞くと少し特殊に思える
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「我慢は美徳じゃないと知った」

「我慢」という言葉には、 私たちが思っている以上に 深い背景があるのだと知りました。 それは、ただ“耐える”という意味ではなく、 自分の心を見つめ直すきっかけになる言葉でした。仏教でいう「我慢」という言葉には、 もともと“慢心”という意味があったのだそうです。強い自己意識から生まれる、 「自分のほうが正しい」 「自分のほうが上だ」といった思い。 静かに胸の奥でふくらんでいく、 そんな心のあり方を指していました。 けれど、私たちが日々口にする「我慢」は、 少し違った響きを持っていますよね。 悲しいことやつらいこと、人に言えない気持ちを ぎゅっと握りしめて耐えること。 どこかネガティブで苦しい状態なのに、 「我慢できる人は立派だ」と、 まるで美徳のように扱われることも 少なくありません。 同じ「良くない心」から来ている言葉なのに、 その印象は大きく違います。 仏教の「我慢」は 自分を高く見てしまう心で、 日常の「我慢」は 自分を小さく押しつぶすような心。 真逆のようでいて、でもどちらも 私たちの中に静かに居座ってしまうものです。 「私が我慢すれば丸く収まる」 「言いたいことを飲み込めば波風は立たない」 そんなふうに、自分を抑え込むことが 優しさだと思い込んでしまうこともあります。 けれど、よくよく内側を覗いてみると、 その奥にはほんのわずかに、 “自分が耐えれば状況はよくなるはず” という慢心が潜んでいることもあります。 私自身も、「私さえ我慢すれば」と 自分を犠牲にするような気持ちに浸ったことが 何度もあります。 当時はそれが 「思いやり」や「責任感」だと信じていました。 けれど
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やさしすぎる人が疲れやすい理由

 こんにちは。 毒親育ち専門:愛の循環ヒーラー@ラーシャです。 あなたは普段、こんなふうに感じていませんか?・人に気を遣いすぎて、夜にはぐったりしている・職場や家族との会話だけで異常に疲れる・相手の表情や声のトーンで気持ちが揺さぶられる もしそうなら、あなたは“やさしすぎる人”です。 そしてその優しさゆえに、知らないうちにエネルギーを渡しすぎている可能性があります。 毒親育ちの人は特に、「相手の機嫌を察して動く」「怒られないように気を配る」という生き方を小さな頃から続けてきました。 その癖が大人になっても続くと、境界線(バウンダリー)が薄い状態 になり、周囲のエネルギーに引っ張られやすくなってしまうのです。 でも安心してください。 境界線は“生まれつき”ではなく、“整えていける力“なんです。 今日できる小さなセルフケアはこれ↓◆「これは相手のこと」◆「これは私のこと」と、心の中で静かに区別してみること。 たったこれだけで、エネルギーの流出が少しずつ止まり、あなたの心に余白が戻ってきます。 あなたが元気になることは、わがままではありません。 むしろ、あなたの優しさを守るための大事な一歩です☆彡🌷関連サービス
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親の顔色を伺ってしまうあなたへ~「毒親」の影響から自由になりたい女性へ~

親との関わり、こんなことありませんか?実家に帰ると、心がどっと疲れる何をしても「まだ足りない」と感じてしまう親の一言に、気持ちが大きく揺れてしまう「ちゃんとしないと愛されない」と思ってしまうもし今、これを読んで「私のことだ」と思ったなら、あなたはずっと「親の顔色」を読みながら生きてきたのかもしれません。長年しみついた「支配」に気づいた瞬間ご相談に来られる多くの方が、最初は「自分のせいかも」と思い込んでいらっしゃいます。でも本当は、あなたが「悪い」わけではなく、親との関係性が、あなたのエネルギーを消耗させているのかもしれません。4コマ漫画『毒親の呪縛を手放して』「親が変わらなくても、自分は変われる」エネルギー調整のセッションを通して、実際に多くの方がこう言います。「心がふっと軽くなりました」「前よりも冷静に対応できるようになった」「罪悪感より“境界線”を意識できるようになりました」親との関係は人生に大きく影響します。でも、相手を変えることはできません。だからこそ、自分の内側のエネルギーを整える支配から解放される「感覚」を取り戻すそのサポートを、hiroが行っています。まずは“気持ちを整えること”から始めてみませんか?あなたは悪くない。あなたの“感受性”が繊細で、優しかっただけ。まずは「整える」という小さな一歩から、これまでとは違う心の風景を見てみませんか?
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どれだけ親に傷つけられても、あなたの価値は消えない

富豪とかエリート家庭でなくてもいい。ただ、普通の家庭に生まれて愛されたかっただけなのに。毒親に育てられた人のしんどさって、外側の人にはなかなか伝わりませんよね。親の悪口なんかいうものじゃないとか、産んでくれたことに感謝しないととか、親をずっと恨んでも自分の人生は良くならないとか、そんな正論や根性論で、何度も気持ちを潰されてきた人は多いのではないでしょうか?でも私は、その孤独を理解できます。私自身、家庭内での孤独を経験し、誰にも解ってもらえなかった過去があるからです。普通の家庭で育った人に親の話をすると空気が凍って相手が「その話いつ終わるの?」って顔で見られたり、周りには味方なんか一人もいないんだって絶望的な気分になったりしますよね。◆毒親に育てられた人が抱える「根深い3つの苦しさ」●1:自分より相手を優先しすぎるクセ子どもの頃から、親の機嫌を最優先にして生きる訓練をされてしまった。その結果、大人になっても、・人間関係で搾取されやすい・恋愛が依存か尽くしすぎに振れやすい・仕事で異常に頑張りすぎるのように、“自分が後回し”のパターンを繰り返しがち。●2:「自分には価値がない」という前提で生きてしまう毒親のパターンであるあるなのが、できないところばかりを責めてくることです。何か1つできても「そんなのできて当たり前でしょ」とか、「周りがたまたまレベルが低いだけ」などと片付けられる。私の場合、他の教科は学習障害レベルでできなかったし、運動も異常にできなくて逆上がりができずに放課後までやらされたことがあります。ですが、英語だけはなぜかずば抜けてできたましたが、どんなにいい点数をとってもスペ
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アダルトチルドレン(AC)の私が子育てすると大変すぎた

◆家族3人での生活がスタート! 出産後に3週間の里帰りから自宅に戻り、家族3人での生活がスタートした。里帰り中には、身の回りの事は母親に任せっきりで楽をさせてもらっていたので、いざ元の生活に戻るとなるといろいろと面倒で仕方がない💦離れてみると親のありがたみを感じるんだけど… …かといって、あの毒親の元に戻りたいとは思わない。ときどき用事で連絡とったりするくらいの距離感がちょうどいい。 次に出産することがあったとしても、里帰りは絶対しないと思う。↓↓「AC」の里帰り話はこちら↓↓ わたしは、もともと面倒くさがりで…料理はいかに「手間がかからず時短で、しかもどれだけ洗い物を少なくするか」が永遠のテーマ!!掃除についても、いかにキレイにするかより時短するかが目的になるくらい。「ここは明日でもいっか~」って後回しにして、見て見ぬふりがふつうにできるという特殊スキル持ち( ̄▽ ̄)自分の周りさえキレイであれば、後はそれほど気にならない~(;'∀')なんだけど…赤ちゃんと共に生活していくとなると、衛生面ではそうも言ってられない💦そんなわたしが、赤ちゃんがホコリとか吸い込んだらあかんし…と、あちこち気になって掃除だけはすみずみまでして、拭き掃除までするようになった✨(クイックルワイパーとかでw)  ◆育児書通りになんかいかないのはわかってるけど…家事に加えて、旦那の帰りは遅くワンオペ育児な生活が続いて、最初は赤ちゃんとの生活は新鮮だし、癒しだし、ひとりでも気力でなんとかやっていけていたのに…。 けど、だんだん自分だけがすべてを背負っている感がしんどくなったり、 話し相手もいないし、新生児とずっ
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毒親育ちの人との付き合い方

〜疲れない関係を作る3つのヒント〜今まで、PCでココナラにログインしたことがなく、今日初めて用事があって、PCでログインしてみたら、ブログをここから投稿できると知りました。(天然…。😅)なので、初記事をアップしてみようと思います。私は主に、毒親育ちが背景にある対人関係などのお悩みを専門としている心理カウンセラーです。私自身が機能不全家庭で育ち、まあいろいろとあったのですが、だいぶ端折って今日は毒親育ちの人と関わっている側の方が当事者とうまく付き合うヒントのような記事を公開します。「一緒にいると、なんで私ばかり疲れるんだろう…」親しい人だったり、お付き合いしている方、配偶者…そんな人が、あなたの周りにいて疲弊していませんか?その人はもしかしたら、“毒親育ち”かもしれません。親との関係で傷ついた人は、育ちの背景から無意識に「相手を喜ばせなきゃ」「嫌われたら終わり」と感じやすく、その延長で、恋人や友人、職場の人間関係でも苦しくなってしまうことがあります。💡なぜあなたは疲れるのか毒親育ちの人の多くは、自分の感情よりも相手の感情を優先してしまう癖があります。だから、どんなに優しくされても「相手に気をつかわせてしまった」「迷惑をかけた」と感じてしまい、感情のジェットコースターになって振り回してきたり、愛情を素直に受け取れないことがあります。その結果、関わる側(あなた)は「どこまで踏み込んでいいの?」「ちゃんと愛情を与えているのにこれ以上何を求めているの?」と疲れてしまいます。ここで大事なのは、「相手を変えようとしない」こと。その人がそう振る舞うのは、長年“そうしないと愛されなかった”環境で
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【ホスト】にはまる

大学生の頃、友達に誘われて始めたガールズバーのバイト。そのお店の前にあったのがホストクラブだった。『初回は安いらしいよ』と言われていったのが始まり。【私はホストになんてはまらない】そう思って行ったはずが、まんまとはまってしまった…(笑)後に、ダダはまりする事になるホストAに初回で言われた言葉を今でも覚えている。『将来の夢とかないの?』勿論、あるはずがない。とにかく、母親に殴られないように、否定されないように、勉強のポーズだけをしてきた私に夢なんてなにもない。『俺には夢があってさ…』今思えば、ホストがナンバー1になりたい夢なんて、あからさますぎる営業トークなのだけど、当時の私にはとても新鮮で、『夢かぁ…』今日も話に行こうかな。少しだけ…とまんまとはまるのである。そして、ガールズバーからキャバクラにかわる。はまった話はまた次回・・・
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インナーチャイルドの癒し

久しぶりのブログです。ここまで毒親とインナーチャイルドについて書いてきましたが今日はインナーチャイルドを見つけて、そのあとはどうするの?というところをお話していきたいと思います。インナーチャイルドの見つけ方は以前もお話したように不安になったり、モヤモヤした時に自分の奥底に目を向けて、自分と対話すること。そこで見えてきた両親に褒めてほしかった自分。抱きしめてほしかった自分。優しく声をかけてほしかった自分。顔を出した幼い自分にそっと手を差し伸べて、声をかけてあげること。最初は気持ち悪さを感じると思います。自分に向かって「つらかったね。さみしかったね。」と声をかける行動は普段、行っている行動と反しているから。自己肯定感が低く、自分を責める癖がある人ほど「自分はダメだ」と責めることは得意だけど褒めることは出来ない。まず、その壁を乗り越えてください。ポイントは「私の今ある思考は本当に自分の物だろうか?」「誰かに植え付けられた思考なんじゃないか?」「じゃあ、私の思考はどこにあるんだろう?」と問い続けてください。そのうちにこれは自分の思考ではなく、幼少期に親に押し付けられた思考だった。ということに気が付けると思います。ここまで気が付ければ壁を一つ乗り越えていると言えると思います。壁を乗り越えられたら、心の奥底で膝を抱えて泣いている自分に「今まで気が付かなくてごめん」とだけ声を掛けてください。これだけでもインナーチャイルドは少し癒されます。そこからはネガティブ思考に陥ってしまったとき思考の波に溺れそうなとき自分を責めてしまいどうしうようもないとき自分を責めている自分に気が付いたら「つらいよね。
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自分の父親に「○ね」とラインしました②

⚠️ 注意事項・この話は私ゆうきの実体験です。・実の親を侮辱する内容や癌について言及する内容が入っています。苦手な方は記事を閉じてください。・この話を発信する目的は、同じように親との関係で悩んでる方に、何かを届けられたらという思いで発信しています。【本文】母から「父さんが、大腸がんの検査で、陽生で引っかかった」と聞きました。詳しく聞くと、完全に陽性と確定したわけではなくて再検査が必要になったとのこと。その話を聞いた当時の僕は、あ、そうなんだ。本当に、何も思いませんでした。その後、何も連絡がなかったことから恐らく癌ではなかったんだと思います。こういう大事なことを連絡してこないのも、自分の家族の嫌だなって思う部分の一つです。半年後くらいに、母と喧嘩をしました。その際に、母から「会いたい」と連絡がきました。しかし、気持ち的に限界だった僕は「会いたくない、距離を取りたい」と伝えました。すると、母から鬼電。これもなぜ?って今は思えます。会いたくない、距離を取りたいって言ってるのに、「どうした?大丈夫?話を聞かせて」からの鬼電。いや、「会いたくない」っていうてますやん!!話を聞かせても何も、話してますやん!すみません、なんで?の気持ちが強すぎて、エセ関西弁になってしまいました。その鬼電は2、3日ほど続きました。しつこい。。。電話にとることができない間、なんでこんなことになっているんだろう?と考えました。なんで自分は親とうまくできないんだろう?感情の処理ができないんだろう?些細なことで爆発してしまうんだろう?人生がうまくいかないんだろう?なぜ?なぜ?と考えが止まりませんでした。そして、僕は一
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自分の父親に「○ね」とラインしました①

父親は、すぐにキレる人でした。気に入らないことがあると、これでもかというほど怒鳴り散らす。物を投げ、大声で徹底的になじる。どんな問題も、すべてこちらが悪い。そう決めつけて、責め立ててくる人でした。そんな父親が、ずっと嫌いでした。もう5年以上、連絡も取っていません。群馬の実家を出て、東京で暮らして5年以上。会ってもいないし、話もしていないのに、時々、ふと父の記憶が蘇ります。小学5年生のとき。父が作った生姜焼きの形がおかしかったから笑ったら、「もう食べなくていい!!」と怒鳴られた。小学6年生のとき。何の脈絡もなく「末っ子のくせに、あんな広い部屋使いやがって!」と怒鳴られた。母の料理に文句を言う父が嫌で、「嫌な家庭」と反抗のつもりでつぶやいたら、「ああん!!」とすごまれた。思い出すたびに、当時の感情が蘇ります。恐怖、屈辱、悔しさ。言い返せなかった自分を責めるような気持ち。今でも、あのときの怒りが蘇る瞬間があります。「父が憎い」「仕返ししたい」そんな思いに支配されることもあります。でも、そんなことをしても無駄だ、意味がないと自分に言い聞かせて、落ち着けていました。そんな中、母から一本の連絡が入りました。「父さんが、大腸がんの検査で、陽性で引っかかった」という言葉を聞きました。――続きます。
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親といるとしんどくなるくせに産後に里帰りした話

孫の誕生を楽しみにしてくれていた両親は、産後のサポートを快く承諾してくれた。 本当は実家に帰ることは避けたかったけど、何もかもが初めてな子育てで不安は大きい。 自宅に戻っても、夜遅くまで旦那は帰ってこれないからワンオペ育児になってしまう。 赤ちゃんのお世話の事を考えるとサポートしてもらえる方が心強いし… 悩んだ末、3週間里帰りすることにした。 ↓↓前回のブログはこちら↓↓自分から親にお願いして助けてもらっているくせに何言ってんだ!って話なんだけど… 正直、実家の居心地はよくない。 両親といると気持ちがザワザワして落ち着かなくて疲れる。 特に母親には、不機嫌にさせないようにと顔色をうかがったり気を遣ってしまう。これは小さい頃からずっとだ。大人になっても変わらない。 親との関係については、また別の機会にもっと詳しく書きたいと思っているんだけど、わたしは「毒親」や「機能不全家族」で育った影響を受けて、大人になった今でも「アダルトチルドレン」としての生きづらさを抱えている。 やっぱり久しぶりの実家での暮らしはしんどかった。両親は、赤ちゃんに夢中で可愛がってくれて機嫌もよくて。 最初は良かったけど、ジワジワと…感覚が昔のわたしに戻っていく。 そうだ…わたし、こういうのが嫌だったんだ…と、子どもの頃の感情が溢れてきた。 ▶退院して実家へ…母親は、「産後は動かない方が良い。横になって体を休ませないと元に戻らないから…そうしないと後がしんどいから…」と言ってくれて素直に嬉しかった。まさか、そんなふうに気遣ってもらえるような声かけをされるなんて思ってもなくて驚いた。 これで堂々と甘えられる許可が
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毒親育ちと愛着障がい②

昨日に引き続きのテーマです。心の悩み、特に対人関係での悩みや恋愛の悩みにおいて育った環境から学んでしまった思考のズレは大きく影響していると考えられている。その中でも私は毒親育ちの思考のズレや愛着形成の歪みは心を病んでしまう大きな原因だと考えている。私が考える毒親育ちの思考のズレ(歪み)は「自分はダメな人間だ」と思い込んでいる人が多いことではないかなと考えている。かつて私も「自分は何をしてもうまくいかない」「自分は何をしてもダメ」「自分は嫌われても仕方ない」と思い込んでいた。この思考が当たり前だと思い生きてきたからそう思ってしまう自分がネガティブ思考で自己肯定感が低いということにも気が付かなかった。ただ、大人になるにつれ生きづらさを感じるようになった。周りからは一定の評価をされたとしても自分でその価値を下げてしまう。恋人ができると強く依存してしまい、執着し、相手を疲れさせてしまう。うまくいかないことばかりで疲れてしまい心を病んでしまったこともあった。そんな中で様々な本を読み、「自己肯定感」という言葉を知る。私はこれがほぼないと感じた。どうして私には自己肯定感がないんだろう?と考えた時、普通の家庭で育ったと思っていた環境が普通とは少しズレていたと知った。母はとても感情的で攻撃的だった。いつもそんな母の機嫌を伺って生活していた。私の幼少期の日常のテーマは「母の機嫌を損ねない。怒らせないこと」だった。常にいい子で自分の主張をすることもなく、欲しいものを欲しいと言ったこともない。怒られないようにすることだけを幼少期から考えていたがそれでも意味もなく母の機嫌が悪ければ怒られる。なぜ怒られて
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毒親育ちと愛着障がい

毒親育ちと愛着障がいは切ろうと思ってもなかなか切り離せないもの。毒親育ちの方の多くは幼少期の愛着形成がうまくいっていない。ただ、そのことに自分で気が付く人は少ないかもしれない。前回のブログでお話したように明らかな虐待などを受けて育った方は「自分の愛着形成は少し違う。愛情を与えてもらってないから」と理解をすることができると思うが明らかな虐待ではなく、親の過干渉や特に虐待はされてないと思うけど自己肯定感がとても低く、褒められた経験が少ないという人は自分の愛着形成が少し違うということに気が付きにくいと思う。人間関係や恋愛がうまくいかない原因に愛着形成がうまくいっていないというのは大きく関係したりする。特に恋愛においては顕著に現れたりする。パートナーからLINEの返事がないと「嫌われたかも?」「何かしたかも?」と不安になる人もいれば、返事がなくても気にしない人もいる。パートナーのLINEの返事が来ないことで「嫌われたかも?」など色々考えすぎてしまう方は「見捨てられ不安」がある可能性がとても高い。今、インナーチャイルドや愛着障がいという言葉はメジャーになってきているので言葉は知っている人も多いと思う。インナーチャイルドや愛着障がいの原因は幼少期の成功体験が少ないこと。親からの愛情が歪んだものだったことが考えられる。そこから「自分はダメな人間だから嫌われて当たり前」と思考が邪魔をしてしまう。幼少期に両親から嫌われないようにと頑張っていた自分がここで暴れはじめる。「嫌わないで」「捨てないで」と思考が大暴れする。不安で仕方なくなり、追いLINEをしたり、過剰に相手を責めてしまったり…いわゆる「
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毒親に縛られてきた人が幸せになる方法

こんにちは、ヘラです。これまでに10,000件を超える鑑定をしてきましたが、その中で最も深く胸を打たれる相談が「親との関係」です。「親だから逆らってはいけない」「育ててもらったから我慢しなければならない」そう思い込み、心をすり減らしてしまう。そして大人になっても、その傷が恋愛・結婚・仕事の場面で影響し続けてしまうのです。アダルトチルドレンとは?「アダルトチルドレン」とは、幼少期に親から十分な愛情や安心を与えられなかったことで、大人になっても心にその影響を抱えている人のことを指します。* 表面上は普通に見えるけれど、心の奥には「私は愛されない」という思い込みがある* 周囲から「性格の問題」「甘えてるだけ」と片付けられ、孤独を抱えやすい* 恋愛や仕事で同じ失敗を繰り返してしまうこれは本人の落ち度ではなく、過去に植え付けられた“呪い”です。 毒親がつくる負のメカニズム毒親の関わりには、いくつかの典型的なパターンがあります。過干渉:「あなたの選択は間違い」→ 自分の判断を信じられない無関心:「どうでもいい」→ 感情を閉じ込めてしまう依存:「あなたしか頼れない」→ 他人の感情を背負い込みすぎる夫婦不和の板挟み:「どちらの機嫌を取れば安全か」→ 常に空気を読むクセがつくこれらの積み重ねは、大人になっても無意識に人間関係へ再現されます。恋愛・結婚・仕事で出る“生きづらさ”恋愛:相手に尽くしすぎて依存する/愛情を試す行動で関係を壊す結婚:パートナーの顔色を伺いすぎて疲弊する/本音を言えない仕事:断れず損な役回りばかり引き受ける/自己主張できず評価を落とす「なぜか同じ失敗を繰り返してしまう」のは
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毒親って?

最近、よく聞くようになった「毒親育ち」とい言葉。虐待やネグレクトを受けていたという環境で育ったなら正直とても分かりやすい。そのことが原因で大人になっても自己肯定感が低く、自己否定が多い。虐待やネグレクトを受ける中で「自分が悪い子だから殴られても暴言吐かれても仕方ない」という思考になり、一度定着してしまった思考を変えることは難しく、大人になってからも何かあれば「自分が悪い」と思考が自分を責めてくる。ただ、逆に言えば虐待やネグレクトを受けてきたという自覚があれば思考の歪みには気が付きやすいと私は考えている。幼少期に明確に親に投げつけられた言葉や感情が残っていることが多いからだ。壮絶な虐待から自己を別の物にしてしまっている場合もあるので簡単とは言えないけど…。明確な虐待やネグレクトを受けてきた人の方が「自分は毒親育ちだ」と理解することができると思う。一方、気付きにくいのは何事もなく育ったと思っている人たち。なぜかとても自己肯定感が低く、自信もない、何をやっても自分はダメだと感じる、こんな自分を好きになってもらえるとは思えない…など常に不安。だけど、両親は良くしてくれていたし、家族の関係も悪くない。だから、自分は毒親育ちではない。と思い込んでいる人。どうしてそんなに自信がないんですか?どうして何をやってもうまくいかないと思うんですか?どうして自分はダメな人間だと思うんですか?どうして自分は好きになってもらえないと思うんですか?と自分に問いかけてみてほしいです。そして、一度幼少期のことをよく思い返してみてください。せっかく上手にできてことを「こんなのできて当たり前」。少しの失敗で「お前は
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日本のアダルトチルドレン(低自己肯定感)が多すぎる理由

ちょっと刺さる方がいるかもしれないので閲覧注意。日本は古くは家長制度というのがあり、昭和初期ぐらいまではあったのかな?その時生まれていないのでわかりませんが。この制度の中で「女、子供」というのはカーストが下の扱いになります。ですので何か言っても家長の父親が「子供のくせに生意気だ」と否定し抑えつけるケース非常に多かったそうです。ましてや女の子なんてさらに酷い扱いだったでしょう。(もちろん全部が全部そうだとは思ってはいませんが)でこの家長制度というのは小さい頃の原体験に酷く根付くものとなります。恐らくはマインドというのは今も細々と息づいていることでしょう。子供の頃の親からの否定はそれだけ根強い物なのです。遠野なぎこさんという美しい女優さんが最近大変残念な形でお亡くなりになりましたが、彼女は保護を求めて好意のある男性に近づきながらも「私は幸せになってはいけない」という「強い罪悪感」から相手を突き放し、いつも他人と輪を作れないという強い拒否感から疲れ果て一人で生きることを選んだように見えます。なんで分かるかって?「私もそうだったからです」(笑)彼女の生い立ちを語る上で彼女の母親の話が上がりますが、本に書いてあった伝聞だけを見ると遠野さんのお母さんも恐らく親に家庭に「愛された」という実感が乏しかったのでは?と感じます。愛されたという実感の無さは強い憎しみや自己否定に変換されます。無意識に人を裏切る行為をして最後命を絶たれたとの事ですが、これを「身勝手」「自己責任」と断じるのは私はとっても不快感を禁じえません。これは社会の仕組み(家長制度)のせいだからです。辛い話ですがもう大人になった方に
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苦しみの先にはいいことがあった

毎週金曜日はバーの営業日なのですが、木曜日の夜に母が夢に出てきました。母についてはプロフィールの経歴欄に少し書いています。楽しい話ではないけれど、ご興味のある方はよろしければご覧くださいね☘https://coconala.com/users/4279357/careers連絡をせずに放っておくと脅したり店に乗り込んできたりするので、なるべく月に一度くらいはランチなどしていましたが、最近2,3か月会いに行きませんでした。でも乗り込み防止対策で、重い食品などを送ったりしていました。でも私はどこかでおびえているというか、気にしているのでしょう。(私の心はちょうど最初の写真のようなイメージ)夢でなにがあったかはっきり覚えてはいないのですが、目覚めたら体が重く、食欲もなく、明らかに具合が悪いんです。今、色々と流行ってますからなにかに感染したかな、とも思いましたが、気持ちの落ち込みもかなりあったので、精神的なものかな、と感じました。心の不調は体にもサインを出しますよね。とにかく全身が重くて仕事に行きたくなかった!!でも少ししか開けられない店ですから待ってくださるお客様のためにもどうにか踏ん張って開けたのでした。すると、ここ3週ほど連続で入れなかった方が来てくださったり、近所の大好きな老舗レストランのシェフが久しぶりに来てくださったり…。頑張って開けて本当に良かったなぁ、と、お客様から元気を分けていただくのでした。📷お客様からいただいた元気のイメージ💖お客様にお会いできたことが嬉しいのはもちろんでしたが、シェフは少し表情が暗く、なにかあったのかな、という雰囲気でした。閉店時間を過ぎてほかの
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感情の無視や軽視 感情を受け入れることが「自分自身の存在を許すこと」につながる

「情緒」を感じていますか?自分の感情や気持ちを自分で感じられてますか?自分の気持ちが分からない。自分の感情を感じられない。自分のことが自分で分からず、戸惑うことがあるかもしれません。そんなときは、ついつい他人に意見を求め、それに従ってしまいやすくなります。-------情緒的つながりは、育った家庭の中で、親とのつながりから認識されていきます。親に存在を認められ、喜ばれ、どんな感情でも受け止めてもらい、注意をされることはあっても、拒否や否定がなければ、「情緒」は育っていきます。笑うことを許され泣くことも、怒ることも、悲しむことも全てを許され、「自分」という人間を認識していくようになります。-------残念ながら、育って家庭の中で、多くの「許されない」ことがあった場合、「情緒」は抑えられ育ちにくくなります。むしろ「邪魔」としてしまうこともあるかもしれません。「邪魔」とされた感情は、行き場を失い、心の奥底に閉じ込められてしまいます。そして、無意識のうちに、自分の中に湧き上がる感情を「感じてはいけないもの」「見てはいけないもの」として、抑え込むことを覚えていきます。 その結果、今、「自分の気持ちが分からない」「自分の感情を感じられない」という戸惑いの中にいるのかもしれません。 ですが、それは、自分が悪いわけではありません。 感情を抑圧することは、時に、幼い自分自身を守るための、精一杯の手段だったのです。 感情自体は、邪魔するものではありません。感情は、自身を知るための大切な羅針盤です。かつて「邪魔」とされた感情たちに、そっと耳を傾け直すことから始めてみましょう。 「今、何を感じてい
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アングルを変えると景色が変わる ― 写真館での気づき

先日、どうしても自分の写真が必要になり、写真館に行ってきました。実は私は写真を撮られるのが大の苦手。とくに「口元」や「目」に強いコンプレックスがあり、正直なところ憂うつな気持ちでいっぱいでした。幼少期から刷り込まれた「自己否定」振り返ってみれば、子どものころ親から「かわいい」と言われた記憶はほとんどありません。皆無かもしれません💦代わりに口から出てくるのは、従姉妹との比較や「あなたはダメ」という否定の言葉と「豚子」というなぞのニックネーム😱その積み重ねで、私は「自分は見た目もよくないダメな人間」だと信じ込むようになっていました。もちろん今思えば、それは親の姿勢の問題であり、私自身の価値とは関係ありません。けれど、幼少期はそんなことに気づけるはずもなく、自己卑下が当たり前になっていったのです。写真館での体験撮影の日、思い切ってカメラマンさんに「自分の口元が嫌いなんです」と伝えました。編集もしてくださいましたが、やはりどうしても自分には気になる部分が残ってしまいます。そんなとき、カメラマンさんが穏やかにこう言ってくださったのです。「言われなければ口元なんて気にならないですよ。むしろ、あなたの目にすごく意識がいきます。人って全部のパーツが完璧なわけじゃない。大事なのは強みを認めて、そこを伸ばすことです。」その言葉を聞いて、ハッとしました。私が「嫌だ」と思っている部分にばかり目を向けていたけれど、他人からはまったく違う魅力が見えていたのです。気づいたこと「見た目が整っていない=ダメ」だと決めつけていたのは、他ならぬ自分自身でした。けれど実際には、人から見える印象はもっと多面的で、時には
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『親を反面教師にして子育てしていたら、少しずつ「自分育て」になっていた』

以前も書いたこのテーマ。 だけど、 今あらためて言葉にしてみたいと思いました。 子どもの頃、私がずっとほしかった言葉がある。 「ありがとう」って言ってもらえること。 「ごめんね」って謝ってもらえること。 親にされたくなかったこと、 されて嫌だったことを思い出しながら、 「私は、こうしたい」 と思う育て方を選んだ。 ・私がされて嬉しいと思うことを、行動した ・自分がほしかった言葉を、子どもに伝えた ・あの頃の私が認めてほしかった部分を、 ちゃんと言葉にして伝えた 干渉しすぎず、突き放しすぎず、 適度な距離で見守りながら── でも、 困ったときにはいつでも 「ここにいるよ」とそばにいた。 そして最後に、心から伝えた。 「あなたは、そのままでいいんだよ」 ……それは、 ほんとうは子どもの頃の「私」が、ずっと聞きたかった言葉だった。 今、子育てに不安を感じているママさんへ あなたが、子供の時やってほしかったことを 子どもたちにしてあげてください。 “大丈夫だから” それでも、不安になってしまったら、私に話して下さいね😊 お待ちしています。
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毒親の作ったお弁当を食べると、吐き気がしてしまっていた学生時代の話

こんにちは。13年間保育士をしてきた子育てアドバイザーのかっぱママです。私は毒親に虐待を受けて育ち、16歳で摂食障害と双極性障害になり、15年もの間苦しんできましたが、今は回復し、摂食障害は完治しました。毒親のう作ったお弁当を食べると気持ち悪くなってしまう私は幼稚園から高校までお弁当でした。その為、母親はお弁当を作ってくれていたのですが、そのお弁当を食べると、気持ち悪くなってしまう事が非常に多かったのです。トイレまで駆け込んだ事もあります。特に小学校の時はそれが顕著に現れていました。(年齢が上がると自分で作ったり、学食なども増えたので)お弁当は、ほとんどが冷凍食品ではあったのですが、冷凍食品は比較的食べても大丈夫なのに、母親が焼いた目玉焼きやソーセージ、昨日のあまりの煮物など母親が作ったものや手を加えたものを食べると吐き気がしてしまうのでした。特に母親は食べる人の事を考えて作っていなかったようで、煮物の汁も沢山入っており、仕切りなどもしていなかったので、他のご飯やおかずが全て煮物臭がしてしまったりしていました。カレーが入っていた日には、漏れる事も考えられなかったのか、お弁当の袋やランドセル、教科書などにカレーが染みて、カレー臭になってしまったりもしました。当時はまだジップロックなども家に無かったですし、そんな考えも母親には無かったのか、そのような汁漏れ対策もされていませんでした。比較的好きだったメニューは、一段目が全て冷凍うどん、二段目が全て冷凍枝豆の日でした。うどんの汁がまた、ランドセルの中に広がり、めんつゆ臭になってしまったりもしましたが、それでもどちらも冷凍食品だったので
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毒親との絶縁から半年経って心境が変化してきている事

こんにちは。13年間保育士をしてきた子育てアドバイザーのかっぱママです。私は毒親に虐待を受けて育ち、16歳で摂食障害と双極性障害になり、15年もの間苦しんできましたが、今は回復し、摂食障害は完治しました。今年(2025年)の1月に毒親と縁を切りましたが、あれから半年近く経って、自分の心境に変化を感じたので、今回そのことをnoteに書いて行きたいと思います。絶縁から半年経って起こった心境の変化毒親と絶縁してすぐの時は、精神的に不安定になったり、涙が止まらなくなったりしましたが、1ヶ月ほど経つと落ち着いてきて、客観的に考えられるようになりました。しかし心境というのは、その日ごとに全然違っていて、「毒親と絶縁できて本当に良かった!!これで安心したストレスフリーな生活が送れる!!」と心晴れやかな気持ちになる事もあれば、虐待を受けてきた時の事がフラッシュバックし、つらくなってきてしまった事もありました。そして、絶縁して一ヶ月経った頃までは、毒親の良かった時のことをなるべく思い出さないように思い出さないようにと注意していた気がします。そうしないと、ものすごく悲しくなってしまって、生活できなくなってしまいそうな気がしたからです。しかし、半年経った現在は、毒親達と過ごしてきた良かった時のこと、思い出などを思い出すようになってしまいました。私は、高校の時に写真部に入っており、中学から大学まで、映画製作を行なっていたので、写真や動画を撮るということが、大好きですし、それは私の生活に欠かせないことです。その為、私のスマホには沢山の動画や写真があります。毎日、その写真や動画を見て、子供達の可愛い姿に癒
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自己信頼の獲得とは?

130回カウンセリングを受けたあなたのオアシスになりたい毒親育ち専門カウンセラーかんなです。自己信頼の獲得とはなんでしょうか?別の言葉に言い換えると自分との約束を守れるということになります。かくいう私はかつて「自分との約束を守れない」人でした。具体的に言うと毎日何時に起きて何時にご飯を食べて何時何分に家を出るというルーティンをこなすどころか決めることすらできない程です。なぜなら、ただでさえ自罰感情が大きく情緒がいつも不安定な毒々しい環境に身を置きながらそもそも毎日同じことをこなすということすら自分との約束になり「自分に期待する行為」であったためすごく心理的負担となっていたのです。それゆえ「またこれもできなかった。」と1日につける×が増えるくらいなら「初めから自分と約束なんてしない(=自分に期待しない)」という癖が初期インストールされてしまっている状態ですね。期待してできなかったら落ち込む失敗が怖いダメというレッテルを貼られるのが怖い。この身動きのとれない状況を作り出した一因は「親の期待に答えなければならない」という無意識化に刻まれた思い込みですね。「もともと自分に期待なんかしてないよ~」「そもそもできるなんて思ってないし。」こうやってハードルを下げることで予防線を張って生きていた。いわば、そうすることで生き延びていたんだと思います。それはそれで今となっては「あの時生き延びさせてくれありがとう」と言ってあげたくなるような戦略ですね。「どうせもともとできない自分」という仮面を都合よくそして絶対手放さない代わりに船酔いしながら大嵐の航海をするかのような不安定な日常ができあがります。自
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毒親育ちでも、私はちゃんと親になれた──親のようにならないと決めた私の子育て記

■ 子どものために「離婚しない」という選択、本当に正しい? 「本当は離婚したい。でも、子どものことを思うと踏み切れない…」 そんな想いを抱えている方は、きっと少なくないと思います。 今は昔ほど「離婚=悪いこと」とはされなくなってきました。でも、いざ行動しようとすると、不安が次々に押し寄せてきます。 ──経済的にやっていけるだろうか ──子どもをひとりで育てられるの だろうか ──片親にしてしまって、本当に幸せに できるのか… そして何よりも一番大きな心配は、やっぱり子どもの心ですよね。 「大好きなパパ(ママ)と引き離してしまうなんてかわいそう」 「大きくなってから“なぜうちは片親なの?”って聞かれたら、何て答えればいいの…?」 悩むのは当然です。 親だからこそ、子どもを傷つけたくないと思う。 「自分が我慢すれば、子どもは傷つかずに済む」と思ってしまう。 その気持ち、私もとてもよくわかります。 なぜなら私自身が、離婚をためらいながらも子どもと向き合ってきたからです。 でも私は今、こう思っています。 「親の関係が悪いまま続く家庭」より 「親が自分の人生を取り戻して、心から笑える家庭」の方が 子どもにとってもきっと幸せな選択だった。 そう思えるようになるまでには、たくさんの葛藤や後悔、試行錯誤がありました。 でも、ひとつだけはっきりと言えることがあります私は、あの家庭で育ったからこそ、あの両親のようにはならないと心に決めて、親になりました。 そして、たくさんの不安を抱えながらも、子どもとちゃんと向き合ってこられたのです■ 私の育った家庭──喧嘩の絶えない家で 私の父は94歳、母は93
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カウンセラーにだけは絶対になれないと思っていた話

こんにちはあなたのオアシスになりたい毒親育ち専門カウンセラーのかんなです。前回自身が130回カウンセリングを受けた話をしました。元々社会福祉士として対人支援の経験はあったのですがこんな私はカウンセリングを受ける体験をこれだけ多く積み重ねても自分がカウンセラーになれるとは到底思っていませんでした。元々社会福祉士として病院で働いていましたがこの職種は簡単に言うと「環境」に介入する職種で目の前にいる方個人の内面を変化させようとか抱えている問題を扱おうとする職種ではありません。生活の激変や身体的変化、環境的変化に伴う困難に対して社会の中で使えるもの(社会資源・サービス)を提案してご本人にとって選択するのがいい選択の理解を促し通訳をするような役目......とこちらも語りだすとキリがないのですが前置きはさておき。どうしてカウンセラーになる自信がなかったかというと私は傾聴することはできても目の前にいる方の傷を開くだけ開いてうまく閉じてあげることができるのだろうかといつまでも自信がなく相当な技量を持った人だけがそれをできるものだと長らく思っていました。。。NLPという心理学に出会うまでは。そんな私がNLPを学び始めた段階でも「自分が回復するために学べたらいいや」「カウンセラーとして自分のもとに来てくれた人の人生を背負うことはできない」と思い込んでいました。しかし、NLPの基本的なスタンスを理解した時考えが変わることになります。「どんなにつらい状況にある方でも、自分で回復する力を必ず持っている。」つまり、私たちカウンセラーがやるべきことはご自身の中にある回復するチカラが「ある」ということに気付
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ワガママになっても、いいんだよ!

娘とムギュ〜と抱きしめ合うその時間が、私に気づかせてくれたことがあります。 それは―― 私の心の奥深くに、ずっと眠っていた「抱きしめられたい」「甘えたい」という気持ち。 その欲求が満たされるとき、こんなにも安心して、幸せで、心があたたかくなるなんて… 私はそれまで、自分がこんなにも“甘えたかった”ことにさえ気づいていませんでした。 でも、娘はそれだけじゃなかったんです。 彼女は、私にもうひとつ、大切なことを教えてくれました。 それは―― **「ワガママになってもいいんだよ」**ということ。 ずっと私は、無意識のうちに相手の気持ちを優先し自分の気持ちを押し殺してきました。 「迷惑をかけたくない」「嫌われたくない」 そんな思いが先に立ち、自分の本音を見ないふりしてきたんです。 でも、娘のまっすぐな瞳とぬくもりが、こう言ってくれた気がしました。 「もっとワガママになっていいんだよ。 ていうか、ワガママになりなさい!」その瞬間、心のなかで何かがふわっとほどけて、 固く閉じていた扉が開くような、不思議な解放感がありました。 きっと、私と同じように、 “気を遣いすぎてしまう人” “がんばりすぎてしまう人” たくさんいると思います。 そんな人たちに、そっと伝えたい。 「あなたも、たまにはワガママになっていいんですよ」 「自分の気持ちを、ちゃんと優先していいんです」 誰かに甘えることも、 自分を大切にすることも、 ぜんぶ、あなたに許されていいんです😊 一度きりの人生、これからは自分のためにワガママに生きていきませんか?
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毒親育ちさん!ひとりで抱え込まないで!!

こんにちは、たけちゃんです(*^▽^*)突然ですが、あなたは「毒親に育てられたせいで、生きずらい思いをしていませんか?」 ✅自分に自信が持てなかったり・・・ ✅自分を好きになれなかったり・・・ あなたはそう思いながら、 自分が変わる事を諦めていませんか?本当は、 自分を変えたい、 変わりたい、 と思っているのに行動できない。「心の傷が深くて変わるのが怖い。」「過去を忘れて明るくは生きられない。」と思い込んでいませんか? 私も毒親育ちです!!!私の母親は、過干渉だし、 毎日夫婦喧嘩が絶えず、 その八つ当たりを子供にぶつけたりしていて子供の私は、毎日、親の顔色を伺いながらずっと生きずらい日々を過ごしました。その家庭によって受けた仕打ちはさまざまで 簡単に気持ちを切りかえる事は 難しいかもしれません。 でも、そのままでは何も変わらず、辛いまま時が過ぎてしまいます。 無理に変われとは言えませんが、 その場所から 抜け出してみませんか? そこから抜け出せたとき、 あなたは 自分のための未来を生きられます。 子供の頃に毒親から苦しめられ、 傷つけられた心は、 自然に改善する事はありません。 自分で決められないことで 将来に希望が持てず 身体的•精神的ストレスで健康を害したり、 自分自身が一番嫌っていた 毒親になってしまうかも…人生の9割は親との関係で決まる と言われている現在、 毒親率は60%以上にもなるそうです。 決して毒親が特別でなくなった今、 理解し合い、共感し合う存在も増えて、 克服していける環境も広がりつつあります。親の言葉•態度をブロックし、親を他人だと客観視。あくまで、
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「毒親の影響から抜け出すために」──自分を取り戻す4つのステップ

「毒親(どくおや)」という言葉を、最近よく見かけるようになりました。これは、子どもの心に深い傷を残すような言動や態度を取る親を指す言葉で、正式な心理学用語ではないものの、多くの人が「まさに自分の親だ」と感じているようです。毒親に育てられた子どもは、自分を否定されたり、コントロールされたりすることが当たり前の環境で育ちます。その結果、大人になっても自己肯定感が低かったり、人間関係で必要以上に気を遣ってしまったり、「自分の人生を生きている実感がない」と感じてしまうことが少なくありません。では、そんな影響から抜け出し、自分らしい生き方を取り戻すにはどうすればいいのでしょうか。1️⃣自分の感情や思考を「自分のもの」として認識する毒親のもとで育った人は、「自分がどう思うか」よりも「親にどう思われるか」を優先してしまう傾向があります。そのため、いつしか「自分の感情がわからない」「本音が見えない」と感じるようになることも。まずは、自分の中にある感情や考えに目を向けてみましょう。たとえば、「今、私はどう感じた?」「嬉しい?悲しい?モヤモヤしてる?」と、自分に問いかけてみる。日記を書くのも有効です。正解や立派な言葉は要りません。書きなぐるだけでも、自分の心に気づけることがあります。2️⃣距離を取る(物理的・心理的に)毒親との関係において、「まず距離を取ること」は非常に大切です。それは、単に家を出る・連絡を絶つという“物理的な距離”だけでなく、「心の境界線を引く」という“心理的な距離”も含まれます。「自分の人生は親のものではない」と、心の中で線を引くイメージです。「それは私が決めることだよ」「私は
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かんたん心理コラム⑧毒親育ち

こんにちは。ココナラで電話・チャット相談をご提供している、青井あきこと言います。 先日から、私自身、難しいと感じるお相手へ対応した経験から、その過程で役立った情報を共有させて頂いております。 前回の記事今回は、前回のアダルトチルドレンとも関連して、毒親育ちについて書きますね。そうは言ったものの、”毒親育ち”という言葉自体が、ものすごく言い得ているなと感じますし、あまり説明もいらないかなとも思います。恐らく、私が根本問題に気が付いた頃がきっと、こういった言葉が、だんだん世の中に広がりだした時期だったのではないかな、と。自分の心が抱える病巣のようなものの、根本問題に気が付けたことは幸いでした。もちろん、気が付いた先に取り組んでくる中でも、しんどい局面はたくさんありました。とはいえ、入り口として気が付くことが出来たから、ぐるぐるしながらでも、迷路の出口方向に歩き始めることが出来たような感じです。改めて、根本問題に気が付くことと、それによって「ひとりじゃない」と思えることは、とてもとても大切だと感じています。今回もお読みくださり、ありがとうございました♩お問い合わせは、以下のページの「メッセージを送る」からお送りいただけます↓https://coconala.com/users/2303421
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みなさんには反抗期がありましたか?

"みなさんには反抗期がありましたか?” 私には反抗期がありませんでした。 子供の時、 ・両親の仲が悪く、その雰囲気を察して心に 蓋をしていた私 ・いい子でいようとした私 ・喜怒哀楽の感情を抑え込み過ぎて、本当の 感情に気づけなかった 私は、 ・自己主張が苦手で周囲の意見に流されやすい ・ストレスを内に溜め込みやすい ・なかなか自分を認める事も肯定する事も できない ・問題解決能力や適応力が不足 ・不公平な扱いを受ける(結婚後) ・遅い反抗期 そんな大人になりました(>人<;)従来言われていた“反抗期”というのは 子供が親から精神的に自立するための 成長過程で、 自己主張も学べる機会だったようです。 反抗期 = ◎親子関係から大人同士の付き合                   いへの過渡期      ◎精神的な親離れ、子離れの時期 なんですね(*^_^*) 確かに、昔の子供たちにとっては、親の存在(=力)が強かった為、反抗期は必要なものだったかもしれません。その点で、反抗期のなかった私は、 社会人になっても、結婚してからも 精神的自立も自己主張する事も出来なかったという事が妙に納得できました。今、親との関係で悩んでいる人、自己主張が苦手な人、自己肯定感の低い人。 あなたは反抗期がありましたか? もし、反抗期がなかったとしたら 悩みの原因はそれかもしれません>﹏<今からでも遅くありません!反抗期からやりなおしてみましょう(*^_^*)まずは、親との関係での悩み事自分の性格で悩んでいる事私にお話ししてくれませんか?
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『毒親』か『普通の親』か?今話題の親子関係診断と心の傷の癒し方

なぜ今「親子関係」が注目されているのか最近、SNSやメディアで「毒親」という言葉をよく目にしませんか?書店には親子関係の問題を扱った本が並び、YouTubeでは体験談が数多く投稿されています。親との関係は、私たちが大人になってからも様々な形で影響を与え続けるものです。それは人間関係のパターンや自己評価、さらには人生の選択にまで及びます。この記事では批判や非難ではなく、理解と癒しを目的に親子関係について考えていきましょう。星と命式が教える親子関係のパターン四柱推命では、日柱(特に日支)が父親との関係、月柱が母親との関係を表すと言われています。例えば、日支が「午(うま)」の人は、理想主義的な父親像を持ちやすく、時に現実の父親との間にギャップを感じることがあります。西洋占星術では、月の星座があなたと母親との関係性を示します。蟹座の月を持つ人は母親との絆が強く、時に依存的な関係になりやすい傾向があるのです。ただし、星や命式だけで親子関係が決まるわけではありません。あくまで傾向として参考にしてください。「毒親」とは何か ― ラベルではなく理解のために「毒親」という言葉は、必ずしも親を責めるためのものではありません。それは、親子関係の中で起きた問題や子どもの心に与えた影響を理解するための概念です。問題的な関係性には様々なパターンがあります:・過干渉(子どもの意思を尊重せず、すべてをコントロールしようとする)・過期待(親の願望を子どもに押し付け、プレッシャーを与える)・情緒的ネグレクト(子どもの感情を無視したり軽視したりする)・感情的虐待(怒鳴る、侮辱する、脅すなど)・無関心(子どもの存在や
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アダルトチルドレン、何故ならなければならなかった?

皆さんこんにちは!おもちです🐹また今日も気圧が…(;_;最近酷いですね…かなり振り回されていてなかなかキツイです💦今日は私が恐らく持っているもの、アダルトチルドレン。(医師には、恐らくそうだろう。本当はカウンセリングを受けてほしいけど高いから逆にストレスになるかも…と。)なので『アダルトチルドレンについて』すこし書かせて頂きたいと思います('ω')ノ1.アダルトチルドレンとは? 2.特徴は? 3.克服するには?✂ーーーー✂ーーーー1.アダルトチルドレンとは何か?機能不全の家庭で育ったことで、大人になっても生きづらさを抱える人たちを指します。もともとは「アダルトチルドレン・オブ・アルコホリックス(ACoA)」という言葉から派生し、アルコール依存症の家庭で育った子どもを指しましたが、現在では虐待、過干渉、無関心などの環境で育った人も含まれます。↑↑↑ つまり、家庭内での愛情不足ですね💦 起源は『アルコール依存症が関わっていた』というのは初めて聞いたのでビックリしました👀 色々と調べていると、どうにも私はアダルトチルドレンの要素がありすぎるんです… 先日病院の時に医師に相談してみた所、 「今までのお話を聞いていると、そうだと思うね。 だから本来だとカウンセリングを受けて欲しいとは思うんだけど保険外だから高くなってしまうんだよね」 私は休職を何度か医師に言われた際、金銭面の問題等も話していたのでオススメ出来なかったのでしょう。 でも、なんかこう… 検査とかないん?と。 次の病院の時に聞いてみようと思っています.当てはまりすぎるからなぁ… 対策しないとなぁ…と( ´・ω・`)2.アダルト
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かんたん心理コラム⑦アダルトチルドレン

こんにちは。ココナラで電話・チャット相談をご提供している、青井あきこと言います。 先日から、私自身、難しいと感じるお相手へ対応した経験から、その過程で役立った情報を共有させて頂いております。前回の記事早速ですが、アダルトチルドレンについて、以下に簡単にご説明しますね。アダルトチルドレン(AC)は、家庭環境の影響で自己を抑え込みながら成長した人を指します。一見「きちんとした家庭」でも、教育虐待や過度な期待によって、自分の感情や意思を尊重されずに育つことがあります。「あなたのため」と言われながらも親の価値観を押し付けられ、常に正しくあろうとするプレッシャーを抱えやすくなります。その結果、自己肯定感の低さや生きづらさにつながることも。ChatGPTより引用家庭環境については、より具体的には以下のような環境の場合が多いです。アダルトチルドレンは、特定の家庭環境で育つことで生まれやすいとされています。 例えば、支配的な親のもとで子どもの意見が尊重されず、常に親の期待に応えようとする環境や、過保護・過干渉な親が子どもの行動を管理しすぎる家庭などです。逆に、無関心な親や、精神的・物理的に不在がちで愛情を十分に受けられない環境も影響します。また、厳しいしつけや教育虐待によって、失敗を許されないプレッシャーの中で育つことも原因の一つ。こうした環境では、子どもは本来の自分を抑え、周囲に合わせることを優先し、大人になっても生きづらさを感じやすくなります。ChatGPTより引用私自身、過保護で過干渉な母親の元育っているのですが、非常に難しいのが、はたから見ると「いいお母さん」にも見えがちということです
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かんたん心理コラム⑥見捨てられ不安

こんにちは。ココナラで電話・チャット相談をご提供している、青井あきこと言います。 先日から、私自身、難しいと感じるお相手へ対処した経験から、その過程で役立った情報を共有させて頂いております。前回の記事今回記事にする'見捨てられ不安'については、普段一番ご相談を頂けることの多い回避依存症のサービスなどでも、話題に上がることの多い名称の一つです。以下、引用にて簡単にご説明いたしますね。見捨てられ不安とは、誰かに見捨てられるのではないかという恐怖感や不安が常に付きまとう状態を指します。幼少期の不安定な愛着形成や、過去の実際の見捨てられ経験が原因であることが多く、その結果、大切な人の行動に敏感になり、些細な言動を不安の種として受け取る傾向があります。こうした不安は、人間関係において過剰な依存や疑心暗鬼を引き起こし、自己評価の低下や対人関係の回避といった問題に発展することもあります。また、見捨てられ不安は、恋愛や家族関係、友人関係など幅広い場面で影響を及ぼすため、認知行動療法や愛着に焦点を当てた心理療法などを通じて、自己理解を深め、安心できる対人関係を築くことが重要とされています。ChatGPTより引用これ、以前の自分もめちゃめちゃあったな...って思います。私の場合は、機能不全家庭で育った影響がほとんどを占めています。「どうせ人は自分を裏切る」「信じられるのはお金だけ」等と、自分から人との心の交流を、そもそも遮断するような考えを持っていました。でも、その割には、深いさみしさから人とのつながりを求めるので、本当にややこしい感じで、せっかく関わって下さった方に、ご迷惑をかけてしまったな..
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毒親との絶縁話をママ友にしたら、自分の身体の反応が予想外だった話

私は機能不全家族育ちで、毒親からの虐待を受けて育ちました。結果として16歳で摂食障害と双極性障害になり、長い闘病生活を送っていましたが、今は回復し、二人の息子と夫と幸せに暮らしています。私が感じたママ友とは長男は年中の途中まで保育園に通っていましたが、その時は保育園ママは忙しいという事だったり、コロナ禍であまり会話をするような状況でもなかったので、ママ友というものは殆どできませんでした。幼稚園に転園してからは、周りは殆ど専業主婦の方が多く、毎日送り迎えが一緒になったり、ママ友同士でランチをしたりお茶をしたりする機会がとても増えました。幼稚園の後に子どもを一緒に遊ばせながらお喋りをしたり、サークル活動をしたりと、その他にもママ友との関わりは、かなり密なものとなって行きました。私は仕事もしていたので、預かり保育を利用しており、毎日の送り迎えにお喋りをしたりする機会も他のママ達よりも少なく、仕事の都合がつけばママ会にも参加するという感じでしたが。そんな中で今までできたことがなかった「ママ友」ができました。「ママ友」という響きには正直、怖いイメージがありました。保育園などの勤務が長かったので、沢山のママ達を見てきていましたが、モンスターペアレンツのように怖いママ(パパ)も色々と見てきたこともあったせいもあります。しかし育児は孤独で、自分の親は毒親で助けてもらったり、相談や話をするという概念もあまりなかったので、気軽に話せる友達が欲しいなぁと思っていました。小中高大の友達や幼馴染はいますが、遠方であったりするため、LINEでチャットなどはよくしていますが、実際会うとなるとハードルも高いで
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それは「誰の」問題なのか

前回の内容はこちら親からの呪文は、2年ほどかけて私の脳裏から完全にいなくなりました。その変化の中で今まで自分の中に眠っていた意識が目覚めてきます。それは「誰の」問題?例えば親がお金のやりくりが出来なかったこと。それは親自身の問題です。子どもが独立した後の生活はことさら。夫に関しても、不貞をやめなかったのは。それは彼の問題です。その結果がどうなれど、彼自身が背負うべきことです。それなのに私は全て「私が原因、私が解決すべき問題」だと思っていました。だから私がいくら苦しんでも解決しなかった。私が向き合うべきは「私自身の」問題とまだ幼い我が子のことだけでいい。そう気づいた時に、心のマグマが動き出しました。
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人間関係がうまくいかない原因と親との関係

こんにちは、ゆんです。 毒親育ちの私が、 悩みを抱える中で調べたことや思ったこと、感じたことを紹介しています。人間関係がうまくいかない原因が幼少期の環境にあることが多々あります。親から受けた過去のトラウマ西尾和美さんの著書「機能不全家族」によると、機能不全家族は、日本で8割以上いるといわれています。「機能不全家族」とは家庭内に対立や不法行為、身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、ネグレクト等が恒常的に存在する家族を指す。引用元:Wikipedia  大そうな定義をされているので、「うちはそこまで酷くないよ」って思われる方が多いと思います。ただ、家族の犠牲になって自分のやりたいことが出来なかったり、兄弟と比べられて自分の存在意義を見失ったり、そんな家庭は少なくないとも思います。そういった家庭を含めると8割の家庭が機能不全家族というのも納得がいきます。では、もう少し詳しく事例をあげていきますね。・自分が頑張っていることに無関心で認めてもらえない・過剰に期待される・会話が否定的・愛情表現が少ない心当たりがある方もいるのではないでしょうか?こういった小さな傷つきが大人になるにつれて人間関係の築き方に影響を及ぼしてきます。もちろん、親から受けたものだけに限りません。友達から仲間外れにされたり、悪口を言われたりといった小さな傷つきの影響も受けてしまいます。そもそも親も人間関係がうまく築けていないうまくいかない親のやり方をを身につけてしまっていると人間関係を築く上で悪い影響を及ぼします。当たり前ですが、子どもは親の言動のマネをすることでコミュニケーションをとりはじめます。そして、そのやり方に慣れ
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毒親に虐待されて、2歳の時に親をベランダに締め出した話

私は機能不全家族育ちで、毒親からの虐待を受けて育ちました。結果として16歳で摂食障害と双極性障害になり、長い闘病生活を送っていましたが、今は回復し、二人の息子と夫と幸せに暮らしています。そして2025年1月に毒親と絶縁して、毒親から解放されて今は新たな第二の人生がスタートしたような気持ちです。毒親から虐待を受けて育ってきた私は、自分の気持ちを話したり、反抗したりすることは許されませんでした。その為、反抗期も経験したことはありませんし、殆ど反抗もした事はないまま、大人になりました。しかし、2歳の時に一度だけ、おそらく日々の虐待に耐えられず、毒親に反抗的な態度をとったことがあります。その時のお話を今日はしたいと思います。私が2歳の時に弟が産まれました。当時は幼稚園や保育園などにも行かず、一日中毒親と過ごす毎日。おそらく母親は産後で、かなり荒れていたんだと思います。弟が産まれて、私も不安定だったのかもしれません。当時はマンションの2階に住んでおり、母親は洗濯物を干していました。窓は閉まっていたんだと思います。すると、当時2歳の私がベランダの方にやって来て、「カチャン」とベランダの鍵を閉めたのです。母親は怒り狂い、ドンドンと窓を叩き、「開けろー!!!」と叫びます。そんな母親のことを見ながら、一瞬ニヤッと笑みを浮かべると、私は台所の方に消えていきました。しばらくすると、台所から1本のフランスパンを持って帰って来ました。母親は激怒して、叫んでいます。しかし、私はベランダの目の前にある押入れの中に入って、そんな母親の姿を見ながら、一本のフランスパンにそのままかぶりつき、バクバク食べ始めました
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こんな気持ちでお別れなどしたくなかった・・・

前回の内容はこちら危篤状態から奇跡的に回復した父。そこからは入院生活で4か月ほど病状は安定していました。私もできるかぎり面会に行って話を聞いてあげたりしようとは思っていました。しかしこれまでの軋轢の積み重ねがずっしりとのしかかってくるのです。入院中のお金のやりくりや不足分の補填も当然やっていましたし私の中のモヤモヤは晴れることはありませんでした。いっぱいいっぱいの私の足は、父の病院から遠のくばかり。行かなきゃ行かないで、積もる罪悪感。しかしそのような生活は終焉を迎えます。再度病状悪化主治医の先生から2度目の発作ではもう延命できないといわれていた通り2度目の危篤脱出は叶いませんでした。気持ちの決着がつかぬまま、父とはお別れの時が来ました。母は葬儀の手配や段取り付けもできません(できないの一点張り)なので姉と私で取り仕切りました。預金、遺産もないのでわずかな死亡保険の中でやりくりしなきゃいけないにも関わらず、母は世間体を気にした「ちゃんとした」お葬式を要求してくるので終始イライラしていました。せっかく親子として今世を共にし、育ててもらった感謝で見送りの時を迎えたかったのに・・・複雑な思いばかりに満ちた不本意なお別れとなってしまいました。そしてそのあとには、何もできない母が残っています。つづく
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こじれた親子関係の末の親の闘病

前回の内容はこちら父が危篤になったところで時系列はこちらに追いつきます。↓夫との関係性に気をすり減らし問題解決が出来ていないままの父は危篤。幸い危篤は脱し、その後4か月ほどの入院生活が続きました。母はお金の管理が全くできないので父から私が引き継ぎました。預金はほぼゼロ。それなのに個室に入れてくれと頼まれたりあれ食べたいこれ食べたい、面会は毎日来てほしいと要求は次々ありましたが、なんとかなだめつつやり過ごしていました。私が母を送迎できないとき、母は必ずタクシーを使います。このあたりも両親揃って金銭感覚がバグってるんです。でもその頃の私は付き添うよりタクシー代出して済むならそちらのほうが気持ち的に楽でした。つづく
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やりすごすことを覚えてしまった

前回の内容はこちら大学生当時は、無理を言って進学させてもらった負い目もあり出来る限り経済的な協力をしなければと思っていました。そもそも幼い時から、将来の我が家の稼ぎ頭になることを期待され私自身も持病のお世話をしながら育ててもらった恩返しをしないといけないと強く感じていました。それも今思えば罪悪感の刷り込みをされていたのですよね。そこに自分たちの生活の危うさをちらつかせられたら(実際に「〇ぬ」というワードを持ち出されることもありました)こちらは従うしかないですよね・・・そんなこんなで精神的にやりすごすことを学習してしまった大学生時代。これが後々数十年にわたって、私の生き方に影を落とすなんて思ってもいませんでした。つづく
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我が家の懐事情

前回の内容はこちら我が家は両親が金銭管理が十分にできない家庭でした。父はとりわけ稼いでいたわけでもないうえに仕事を休みがちそのうえ母は専業主婦だったので、経済的余裕ができるわけがありません。そんな中どう家計をやりくりしていたのか大人になって知ったことは、親族からお金を借りていたり私の進学援助を祖父母にお願いしていたり。勤め先からの借り入れなどもあったようです。お金の管理は父がやっていました。お金は借りて調達する(しかも親族にはほとんど返済してない)のが当たり前と思っているため、子どもが大きくなってくると次は子どもを当てにし始めます。私が大学生になってからは、自分の生活資金のためにアルバイトをして地道に貯金をしていると、少し貯まってきたころに決まって父がお金の無心をしてきました。当時の私は親が困っているのだからと思い、できる限り親の要求に答えていました。なによりしんどかったのは「お金貸してくれないと、生きていけない」とすがられること。私はそれを聞かされるくらいならお金を渡すほうがメンタル的に楽だと学習しました。つづく
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うちは普通の家族なのか

前回の内容はこちらここで我が家の両親と私・姉の関係性についてサクッとお話ししたいと思います。我が家はずっと貧乏でした。なので物心ついた頃から、ほしいもののおねだりはできず。また父親はギャンブルがやめられない人でした。おそらくお金のことが原因の多くだったと思いますが母親は定期的にヒステリックになり、今でいうお母さんヒス構文は我が家の常でした。そして私は赤ちゃんの時から持病もち。なので、常々親に申し訳ないなあと思っていました。姉はしっかりものの性格なので小さいころから親に依存され、私以上に我慢を強いられていたようです。でも外の世界を知らない子どもはこれが普通の家族、幸せな家族、お父さんお母さん世界で一番いい人って信じていました。つづく
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毒親と絶縁して1ヶ月。今私が思うこと。

私は毒親に虐待を受けて育ち、その結果、16歳で双極性障害と摂食障害になりました。色々と波乱万丈な人生を歩んできましたが、今は病気も回復し、夫と二人の息子と幸せに暮らせています。2025年1月に毒親と絶縁しました毒親には反抗することも、自分の意見を言う事もなかなか許されないような環境だったので、今までほとんど反抗したことがなかったのですが、35歳になって、やっと今までのことをLINEでですが、毒親に話す事ができました。あなたたちがして来た事は、虐待なんだと。あなたたちは毒親なんだと。私は苦しかったんだと。何度も死のうとして、実際自殺しようとしてたまたま助かって今ここにいるんだと。しかし、毒親はやはり謝りもせず、今まで通り、「弟はこんなにいい子なのに、こんなに私たちのことをよく言ってくれるのに、弟はこんなに〇〇なのに!!!」と兄弟で比べることをやめず、「こんなに酷いことを言うなんて!!縁を切る!!」と言うような感覚でした。何か私が気に食わないことを言うと、縁を切る!!と言ってきたので、いつも通りのことなのですが、今回は私が今まで受けてきた虐待の話や、あなたたちは毒親なんだとはっきり言ってしまったので、私自身も縁を切られる覚悟でいました。そして、毒親の方から一方的に縁を切ってきたので、絶縁に至ったと言うわけでした。余談なのですが、そういえばと思い出したので、お話すると、私の両親は何か気に食わないことを言うとすぐに「縁を切る!」と言うのですが、実家にまだ住んでいた時に、「一人暮らしをすると言うのなら縁を切る!この家を出ていくなら縁を切る!!」というのに、「そんな事を言うなら、出ていけ!
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毒親に育てられた私が、毒親にならないように、子育てで子育てで日々気をつけていること気をつけていること②

私は毒親から虐待を受けて育ち、結果として16歳で摂食障害と双極性障害になりました。しかし、今は摂食障害も双極性障害も回復し、健康に夫と息子達と楽しく生きられるようになりました。前回は直接子供への接し方などで気をつけていることについて書かせて頂いています。今回は子供への接し方以外で、私が毒親にならないように日々子育てで気をつけていることをご紹介させて頂きたいと思います。①でもお話していますが、悲しいことに「虐待は連鎖していく」「毒親に育てられた親は毒親になってしまう」などと言われることがあります。それは紛れもない事実ではあるかもしれません。でも虐待を受けてきた、毒親に育てられた人たちが必ずしも虐待をしたり毒親になってしまうわけではありません。虐待をせずに立派に子育てをされてきた方も沢山います。今回は前回に引き続き、「虐待をしない」「毒親にならない」ように私が自分なりに編み出してきた方法についてお話していきたいと思います。頼れるサービスはとことん使う①一時保育の保育園利用毒親に育てられてきたり、摂食障害になってしまったりした人に特に多い気がするのですが、そういう辛い思いをしてきた人ほど、「周りに頼る」ということが苦手で、1人でなんとかしようと頑張りすぎてしまっている気がします。今までは1人でもなんとかなることもあったかもしれません。しかし人間は1人では生きていくことができません。特に子育てに関しては一人ではなかなかうまくいかないものです。加えて、子育ては24時間労働です。一人でなんとかしようとしたら、身体が壊れてしまいます。しかし、今は核家族であることが一般的です。必然的に夫婦二人
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「親からの愛が届かなかったあなたへ ー 心をほどく優しいヒント」

自己肯定感が低いと、何かと自分を肯定するために条件が必要だと感じることが多くあります。たとえば「もっと頑張ったら」「結果を出したら」といった条件を自分で設定し、その条件をクリアしなければ自分を褒められないような感覚です。しかし、それはまるで自分自身に対する無意識のハードルを上げ続けるようなもので、ますます自己肯定感を遠ざけてしまいます。このような状況において大切なのは、まず自分の癖に気づき、ゆっくりとそのハードルを下げていくことです。特に、幼少期に親からの愛情を感じられなかったとする人にとって、自己肯定感の問題は深く根づいていることが多いでしょう。「親に愛されなかった」という感覚が残ると、無意識のうちに「自分は価値がない」「もっと頑張らなければ愛されない」といった考えが心の奥に居座り続けるからです。このような感覚から解放されるためには、まず「自己承認のハードルを下げること」が重要です。自分がどのような経験を通して自己肯定感を持てなくなったのか、そこを丁寧に見つめ、少しずつ自分を肯定してあげる努力が必要です。1️⃣小さな達成を認めること「自分には価値がない」「まだまだ頑張りが足りない」と感じると、何かを成し遂げたとしてもそれを素直に認められない場合が多いものです。しかし、どんなに小さなことでも自分が頑張った事実を一つひとつ丁寧に見つめ、認めることが第一歩です。たとえば「今日は掃除をした」「仕事でミスを減らせた」「友人に優しく接することができた」といった小さな行動も、自分を肯定する材料になります。これは決して「完璧」な行動である必要はなく、むしろ「自分のペースで少しずつでもできたこ
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自分を守るために必要な勇気―毒親との関係を見直すヒント

毒親との関係は、多くの人にとって大きな悩みの種となります。自分の意志を尊重せず、過度に干渉したりコントロールしようとする親に対して、どう対応するかは非常に難しい問題です。しかし、自分を守り、自分らしい人生を歩むためには、時に強く出て自分の意見や限界を示す必要があります。まず、自分を貫くことは、自己尊重を守るために不可欠です。毒親は、子供をコントロールしようとしたり、自分の価値観や期待を押し付けがちです。その中で自分の意見や感情を無視されることが多くなると、自分自身の価値が見失われ、精神的にも疲弊してしまいます。だからこそ、自分の意志や境界線をしっかりと持ち、それを親に伝えることが重要です。自分の考えを尊重してもらえなくても、まずは自分で自分を大切にすることが大前提です。毒親に強く出ることは、対立を生む可能性があります。親がこれまでコントロールできていたものが突然効かなくなると、感情的に反発されることが多いです。しかし、ここで大切なのは、親の感情に振り回されず、冷静に毅然とした態度を保つことです。感情的なやりとりは相手の反応をさらに激化させる可能性があるため、冷静さを保ちながら「自分の限界」をはっきり伝えることがポイントです。また、強く出ることで、一時的な対立や摩擦が生じるかもしれませんが、長い目で見ればこれが自分を守る大きな一歩になることもあります。もし親があなたの決意を理解してくれるなら、それは関係性の改善に繋がるかもしれませんし、最悪の場合でも、自分を守るために適切な距離を取ることができるでしょう。大切なのは、自分の精神的な健康や幸福を犠牲にすることなく、しっかりと自分を守
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毒親から開放されるには

こんにちはnikoです*( ᵕ̤ᴗᵕ̤ )*今日は海風が心地よく、過ごしやすい1日になりそうです。:+*.゜。:+*.゜さて、最近は仕事でも、毒親に悩まされている方のお話を伺うことが多くなりました。親の気持ちとしては、子どもの将来を保障したい。そのために、今は親がある程度の道筋を決めてあげなければいけない。また、いくつになっても子どもは子ども、親が関与して当たり前。そんな、親の想いが、過剰になると子どもの尊厳を無視されてしまうことがあります。また、酷い時には、感情的になり、子どもが思い通りにならない場合、怒鳴りつける酷い時には暴力を振るう。そんな状況にまで発展することがあります。暴言や暴力を肯定できませんが、その状況に至るまでに、必ず原因はあります。閉鎖的な環境の中、家庭全体が孤立してしまう。経済的問題。夫婦関係の破綻。そんな状況が続き機能不全家族となってしまう。そして、歪んだ家庭のルールに縛られ育った子どもは、アダルトチルドレンとして、大人になっても家庭内で負った心の傷を引きずり、息苦しさを感じ生きてしまうのです。実際に、そんな苦しみを感じ、酷い時には心の病を抱えながら、生活している方が多くおられます。子どもは親に対して 「自分のことを愛してくれるはず」と 期待し続けるものです。 だからこそ、 アダルトチルドレンで悩む方は、親に無償の愛を期待する反面、 軽蔑や憎しみの感情を併せ持ち、共依存の状況に陥ることになります。 そうなるといつまでも機能不全家族の中に縛られ、抜け出すことができなくなります。 まずは、 ご自身の生きづらさを自覚し、 周囲に助けを求めて下さい。 どんな形
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親の影響を超えて自分を大切にする方法~毒親持ちが注意すべき4つのポイント

毒親(毒になる親)という言葉は、子どもの成長や自立を妨げるような言動を行う親を指します。こうした親に育てられた人は、自己肯定感が低下し、自分に対して否定的な感情を抱くことが多いです。しかし、過去の経験に囚われず、自分自身を大切にするための道は必ず存在します。この記事では、毒親持ちが注意すべき4つのポイントを挙げ、自己肯定感を取り戻すためのヒントをお伝えします。1️⃣自己肯定感を築き直す毒親に育てられると、自己肯定感が大きく損なわれることがあります。親から「ダメだ」とか「あなたはこうあるべき」という否定的な言葉を何度も聞かされると、次第に「自分には価値がない」という思い込みが生まれてしまいます。しかし、これは親の価値観であって、あなた自身の本質を反映しているわけではありません。まずは、自分が何を感じ、何を望んでいるのかをしっかり見つめ直すことが重要です。自己肯定感を築き直すための一つの方法は、小さな成功体験を積み重ねることです。無理に大きな目標を立てるのではなく、毎日の中で自分が誇りに思える瞬間を見つけましょう。たとえば、簡単なタスクを達成したり、誰かに親切にしたりすることで、自分の価値を少しずつ確認していくのです。また、自分を責める代わりに、自分を褒めることを意識しましょう。「よく頑張った」「これでいいんだ」という自己肯定の言葉を積極的に使うことで、心の中にポジティブなフィードバックを増やしていくことができます。2️⃣境界線を設ける毒親との関係を続けていく上で大切なのは、健全な「境界線」を引くことです。毒親はしばしば、子どもの生活や選択に過度に介入し、自立を妨げようとします。し
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自己肯定感が低い人はなぜ不幸なのか。

自己肯定感って聞いたことあると思うんですが自己肯定感🟰心の土台です。人の心の土台は生まれてから物心がつくまでに基礎工事を終えてその土台の上に家🟰友人、仕事、恋愛、結婚、家族・・・など社会の中で建築していき修復や修繕、時には建て替えをしながら生きていくわけですがこの心の土台が整っていない自己肯定感が低い人は土台が不安定で建築してもうまくバランスが取れなかったり崩れてしまったりと安心して住める"心の家"がなかなか完成しません。そう今にも崩れそうな家に住んでいる自己肯定感が低い人はいつも雨風にさらされ外敵から自分を守ることで精一杯。雨が降らないかずっと空の様子を気にして誰かが侵入してこないか動物が襲ってこないかと周りを窺って気を抜けずいつも何かに怯えて暮らしているんです。この人が機嫌が悪いのは自分のせいなんじゃないかあの人は自分を嫌ってるんじゃないかといつも人の顔色を伺って傷つくことを恐れて心を開けない・・・。そんな自分を責めて自信を無くしていませんか?その原因はあなたがダメだからではなく心の土台が整っていないのだから"仕方がないこと"なんです。誰かを思いやることができなかったりうまく感情が表現できなかったりするのはあなたが不安定な土台の上に住みいつも不安と心配の中で生きているから。誰かと温かい絆を結びたい。幸せになりたい。と願いながらも「いつもうまくいかない」と感じるのであれば家を建ている土台から作り直すことをお勧めします。土台がしっかりと作り直せると人生は自ずと好転していき自分には絶対に叶わないと思っていた現実を生きている理想的な自分がそこにいるんです。最初は信じられなくてもいい
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#100 「子どもに教わる」親でありたい

こんにちは 真衣 まみです(#^.^#) 私は、自分自身が 毒親に育てられ とても生き辛い時間が長かった 【毒親サバイバー】です 最近になってやっと 毒親を許せたことで 幸せを掴むことができました! 40年もかかってしまいました( ;∀;) ✅親がしんどい ✅毎日が辛い ✅頑張っているのに空回り ✅子育てに行き詰っている 上記の✅がつく方向けに 『毒親育ちのお悩み相談110番』 というサービスをご提供しています 今現在、毒親とは距離を置き 接触頻度を極限まで減らし (表面上は人としての礼儀は欠かないようにしながら) この画像のような心境でいられています 小さな事にも心を動かせるような 穏やかでゆったりとした世界です(#^.^#) もう二度と以前私が住んでいた世界に戻りたくなくて。。 ここまでたどり着けた軌跡を再度確認しながら 昔の殺風景でモノクロで無味乾燥な世界に 引き戻されないように 引き続き自己分析をしていくことにします(-_-;) このしんどい作業により 現在の穏やかで幸せな生活 を手に入れています(#^.^#) なので、もう少しお付き合いくださいね 大美賀直子 著 長女はなぜ「母の呪文」を消せないのか~さびしい母と優しすぎる娘~より禁止令に基づいて行動すれば冒険をおかして傷つく危険は避けられますが心の底にある意欲や好奇心を表出できない苦しさを抱えいつももやもやしたフラストレーションを感じてしまうのですまた長女にはいつも「〇〇せねばならない」といった焦りに駆られている人が多いものですそのいくつかの例は・「他人を喜ばせろ」→「自分のことは後回しよ」「まず周囲のことを考えなさ
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毒親育ちの悩みを解決するためのサポートをココナラで提供しています

はじめに こんにちは、ことりんごです。私はココナラで毒親育ちの方々の相談を受け付けています。毒親育ちの環境で育ったことにより、自己肯定感や人間関係に影響が出ている方が多くいらっしゃいます。今回は、私がどのようにして皆さんのサポートを行っているのかをご紹介し、少しでも安心して相談していただけるような内容をお届けします。  毒親育ちとは? 「毒親」とは、子供に対して精神的または身体的に有害な行動をとる親のことを指します。毒親の影響で育つと、自己肯定感が低くなったり、人間関係に対する信頼感が損なわれたりすることが多いです。私も同じような経験を持ち、その苦しさや難しさを理解しています。 私のサポート内容 私が提供するサポートは、以下のような内容を含んでいます。 *あなたの話を丁寧に聞き、感情を整理するお手伝いをします。 *自己肯定感を高めるサポートをします。 *健全な人間関係を築くための具体的なアドバイスを(必要なら)提供します。  相談の流れ 1. あなたの現在の状況や悩みを詳しくお聞きします。 2. あなたの状況に合わせた具体的なアドバイスや提案をします(自分で気づきを得るようにサポートします)3. 必要に応じて追加のアドバイスを提供します。 *毒親育ちの経験から、アドバイスを必要と感じた場合には、できる限りお伝えしたいです。実際の相談例 これまでに多くの方からご相談をいただいています。その中には、親との関係に悩む方や、自分自身をどう扱っていいか分からないという方が多くいらっしゃいました。具体的な事例を挙げることで、皆さんがどのような相談をしているのかを知っていただければと思います
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漠然とした不安が、軽減された理由

こんにちは。あきこです。今日は、思ったことを軽くアウトプットしたいと思います。私は、厳格な家庭で育てられたことや、うつ病を患った経緯もあり日頃から不安を感じやすいです。火の元とかも、何回か確認するので出かけるのには、ちょっと時間がかかります...^^;まぁ、でも、そういうものだ、と良しとしています。そんな感じなので、本来ほんのちょっとの不安をすごく大きいものと捉えてしまって心の片隅にずーーーっと重いものとして抱えている、ということが、ままあります。でも、ちょっと角度を変えてみてみたら大したことではなかったりもするんですよね。一人で煮詰まりすぎないためには、・こまめに人にご相談する・外に出てリフレッシュするなどを、大切にしています。外にお昼を食べに行って店員さんとあいさつを交わすだけでも、結構気分が変わったりします。結局、人との心地よいふれあいが「自分は今、ここにいていいんだ」という安心感を与えてくれて、不安を軽減してくれるのかな、とも思いました。ときには進んだり、また戻ったりもするけど、それでも地道に、一歩一歩、進んでゆきたいです。しばらく閉じていた、ビデオチャットを出品し直しました。平日日中にご予定の合う方は、こちらもご活用いただけます^^(女性限定サービスとなります。)
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ご機嫌マスターになるまで。chill out。その4

小学生のころ、母は科学と学習を届ける仕事や内職をしていました。科学と学習は付録をセットして、それぞれの家に届けるのですが。。今思うとなぜ私が届けていたのだろうか。ピンポンして、出てきたのは同級生の男子。「何しているの?」って真顔で聞かれて何にも言えなかった。何か月か繰り返して、何人もの同級生に届けて。だからってお小遣いをもらえたわけではなくて。内職もテレビ画面にシールを張る仕事。近所に納品にも行ったし、シールもはりました。独特のビニールのような匂いは忘れない。その時間母は何をしていたんだろう。全然わかりません。3個下の弟と友達の面倒も見ていた記憶。石投げられて追いかけられて、泣きながら抗議したけど、ゴリラって呼ばれて。弟曰くみんなお姉ちゃんが好きだったんだよって大人になってから言われましたが、知らんがな。小学一年生の時、体が小さくておとなしかったからか、隣の男子に意地悪されて、登校拒否をしました。涙が出て学校に行けなくなったのです。玄関で泣いている私を母は往復びんたしました。言葉の暴力は毎日でしたが、叩かれたのはこの時だけです。玄関のたたきからびんたで落ちて、洋服も顔もボロボロの状態で外に出されて、小学校まで連行です。担任の先生は優しいおじいちゃんだったので、学校についてからは何とか教室に入れましたが、自分の無力さをひしひしと感じたのを覚えています。意地悪した男子にも同窓会で謝られたけど、遅いよ。当然、帰宅しても母からの聞き取りや優しい言葉もなく、たぶん父は登校拒否の事実を知らなかったと思います。自分の子育てがうまくいっていると見せたくて、隠しているのが大人になってわかりました
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【電話メニュー】アダルトチルドレンの心の傷を癒します

こんにちは。あきこです。今週は、ブログに書きながら、自分のメニューの振り返りをしつつ今後のことも考えていきたいと思っています。まず最初に記事にしたいと思ったのが「アダルトチルドレンの心の傷を癒します」というメニューです。自分自身が苦しみ、そして徐々に克服してきたことなのでその経験をもとにお役に立てたら、と考えました。毒親の元で育ったことで、多くの弊害があったのですがその中から、以下にいくつか挙げてみたいと思います。○一時、4重人格くらいになった○小学生くらいから体調が悪かった(今思うと、自律神経失調症などだったと思います。)○小さなうそをつくのが普通になった○食べ物の味が分からなかった○人を傷つけるようなことを言ってしまうようになった「毒親育ち」という言葉が広がってきて、「自分もそうかもしれない」と気が付いた時は衝撃を受けるとともに、少し光が見える気がしました。なぜなら、それ以前の自分は、自分という人間が、元々欠陥した人間なんだ、と思い込んでいたからです。そうではなくて、育ってきた環境によってそうならざるを得なかったんだ、と、気が付けたのはとても大きかったです。その後、期間はかかりましたが、数年かけてセッションやカウンセリングを受けて徐々にいい方へ向かいました。自分と似た経験をした方に、寄りそって話を聞いてもらう、というのが回復のために何より大切だったと感じています。そんな体験が、ココナラへ出品した原点のひとつということもあり、今後も大切にご提供していきたいと思います。今日もお読みくださり、ありがとうございました^^*DMはいつでもお気軽にお待ちしております♫
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ご機嫌マスターになるまで。chill out。その3

母から幼いころから言われていた言葉集①ぶす「あなたは鼻が低いから整形しないとね」②スタイルが悪い「足がO脚だから恥ずかしい」←母からの遺伝③不幸になる「幸せになれるなんて思ったらだめよ」④ぶりっこ「ニコニコしていれば人生勝ちじゃないのよ」⑤ダメな子「何をやらせても駄目ね」⑥みっともない「本当にみっともない子だわ」⑦お姉ちゃんなんだから「お姉ちゃんだから譲りなさい」⑧いらない子などなど。ブスは4歳あたりから言われ続けて、転ぶとおでこが出ているから鼻をぶつけないでよかったわねとか言われていました。鼻が低いからみっともないって鼻に洗濯ばさみをつけられたことが何回もあり、大人になってテレビで罰ゲームで鼻に洗濯ばさみを見たときは衝撃でした。O脚もみっともないから、後ろから見るとガニ股だから恥ずかしい。顔が赤い時はリンゴみたいで恥ずかしい。お姉ちゃんとしか呼ばれず、名前で呼んでほしいってお願いした時は、なんで?お姉ちゃんでしょうって一蹴されました。弟は名前にチャン付けで。。この体験から、娘が二人できましたが、名前で呼ぶ、上だから下だからは絶対にやりません。次女は長女のことを名前で呼びます。手もつないでもらえず。一度だけ鶴が丘八幡宮で父と弟とはぐれてしまい、お正月ですごい人がギューギューだった時、一瞬手をつないでくれましたが。「手が汗でびしょびしょ。気持ちが悪いからつながないでくれる?」と一言。たぶん小学1年生の時です。母は父が大好きでした。父の一番になりたくて、父が私を可愛がるのも嫌だったようです。父の姉の叔母が私を可愛がったら、じゃあおばちゃんの娘になれば?って私を置いて家出したこともあ
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愛情の足りない家庭で育った人へ

こんにちは。やまさんです。今日は題名の通り、愛情の足りない家庭で育った人の特徴について書きます。「愛情が足りない」と言ってもその程度はまちまちですが、少しでもあなたの気付きになり、自分を大切になるきっかけになればと思います。 1. 自己価値感の低さ愛情不足の影響で、自分に自信を持ちにくい傾向があります。愛情や支援が不足していた環境で育つと、自分自身に対する信頼や自己価値感を持ちにくくなることがあります。自己肯定感が低くなっている人は、感情の種類をうまく表現できません。 2. 対人関係の難しさ他者との信頼関係を築くことが難しく、孤立感を感じやすいです。 これは、幼少期に愛情や安定したサポートが欠如していたために、信頼感や安心感が不十分だったことに関連しています。 例えば、構って欲しかった時に親が無視したや、親同士が喧嘩ばかりで不安定な家庭環境に置かれていたりすると、その子供は他人や未来に対して不安を感じやすくなります。自分が必要な愛情やサポートを得られなかった経験から、他人や未来に対して期待しない方が良いと考えるようになることがあります。自分に自信がないために、他人との関係や将来の見通しに対して不安を感じることがよくあります。簡潔に言えば、愛情不足の環境で育った人は、他人や将来に対して不安や不信感を抱くことがあります。3. 情緒の抑制感情を表現することに抵抗があり、自分の感情を押し殺す傾向があります。 感情を表現することに対して、他人から否定されたり、傷つけられたりする恐れがあります。このため、感情を表現すること自体に対して不安を感じ、それを避ける傾向が生じます。  過去に感情
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