絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

69 件中 1 - 60 件表示
カバー画像

アダルトチルドレンの生きづらさ

みなさんこんにちはー!減量順調でシックスパックを取り戻せてご満悦な悠也です!本日は新サービスを出品いたしました!機能不全家族で育った方向けのサービスになります!幼少期に受けた心の傷って根深いものがありますよね。ぼくもバリバリの機能不全家族が育ったので共感できる部分は多くあると思います!とてつもない寂しさも感じていたと思います。自分が虐待を受けていたと気づいてないまま苦しい理由がわからない人もいるかもしれません。こどもの頃に欲しくて仕方なかった愛情を大人になったいま、おもいっきり感じてあげましょう!こどもの頃に受けた心の傷は大人になってからも癒やすことはできます!あなたはここまでよく頑張ってきました!これからはちょっとずつでも癒やしの方向へ歩みを進めませんか?ぼくも一緒にあなたの歩みのお手伝いをさせていただければ嬉しいです✨
0
カバー画像

「毒親育ち」と気が付いてよかったこと

こんにちは。わたしは毒親育ちで、普段からそのことを発信したり先日から、毒親に関する電話サービスのメニューを出させていただきました。実は、自分は元々、自分の親を「毒親と思ったり、言うのはいけないこと」と思っていたんですね。親のことを悪く言ってはいけない、というような世間の固定概念のようなものが根深く植え付けられていたんです。また、親に本当に思っていることや逆らうようなことはほぼ一度も言わせてもらえなかったので、完全な上下関係にロックされていたといえると思います。ですが、ある時から、自分の親が毒親だ、と人に言えるようになりました。すると、その先に、似た体験をされた方とお話しできる機会があったり。トラウマのケアを受けるきっかけもできだんだんと、傷を癒してくることが出来たんです。わたし自身、まだまだ悪夢を見たりと完全に傷が癒されているわけではありません。でも、今の自分だからこそ、ご相談者さまに近い立ち位置でお話を伺うことがきっとできるのではと考えています。まずはお試し○○分試してみたい、や、チャットサービスのご利用も歓迎いたしております。よろしければお気軽にお声掛けください^^*※現在、サービスの内容を調整中です。同様の内容は、以下のサービスでご相談いただくことが可能です^^*
0
カバー画像

愛するブラザーのお話(後編)

みなさん、こんにちは!悠也でございます♪本日のブログは愛する弟のお話後編になります♪愛する弟のお話前編はコチラ↓のリンクからどうぞ☺️約15年ひきこもっていた弟の白内障手術。普段感情を表さない弟もこのときばかりは不安でいっぱいな胸の内を話してくれました。ぼくは弟に不安な気持ちをできるだけ吐き出してほしくて手術までに時間の許す限り弟のそばにいました。手術当日。弟は大好きなおじいちゃんおばあちゃんに付き添ってもらって眼科へ出発です!ぼくは心配で気が気じゃありませんでした。当の本人は意外とケロっとした顔で帰ってきました😳弟に感想を聞くと『はじめのうちは恐かったけどだんだん慣れてきて外界は新鮮で楽しかった』とのこと。無事手術も成功してぼくはホッとひと安心😌この一歩前進した経験が弟の自信になったらしくそれからすぐに原付免許の勉強をはじめて2週間後には原付免許を取得🛵『今日は原付きで神社へお参りに行ってきたよ♪』『1人で温泉へ行ってきた♨』など嬉しそうに報告をしてくれました✨そこでぼくが以前働いていた運送会社で運転手の点呼をするアルバイトを募集していたことを思い出して、弟に『優しい人ばかりだから一度面接だけでも受けてみない?』と提案してみたところ『うん!面接行ってみたい!』とアッサリ承諾😳速攻で面接へ行き無事採用㊗いまでは"狂人のお兄ちゃんと違って真面目でまともな弟くん"と会社での評判もいいみたいで本人も楽しんで働いているみたいです☺️15年間も外に出れずに苦しんでいた弟がトントン拍子でひきこもり卒業したことに驚きはありましたが、【一歩踏み出す勇気】の尊さを体現してくれた弟を誇りに思います
0
カバー画像

ひとりじゃないよ

初めまして。ゆうかと申します。初めてココナラアプリで電話のお話相手というお仕事がある事がわかり、こちらのブログを書かせて頂いています。私は自己紹介にある通り、機能不全家族の中で育ちました。いつも喧嘩している両親、お互いの悪口を子どもに吹き込みながら育てるという最悪な環境でした。父親との不和のストレスを、母親は子どもたちにストレスを発散し、スピリチュアルにはまり、何百万とお金をつぎ込んでいきました。元々優しく繊細だった一番上の兄は、見事に母親のストレス捌け口となり、小さい頃から傷つき、大学まで何とか出たもののそのまま引きこもりに。引きこもりの代償は家庭内暴力でした。寝巻きと裸足で家から飛び出して逃げ、「助けてください!!」と近所中を叫んで助けを求めました。追いついた兄には髪の毛を捕まれ、アスファルトに頭を打ちつけられ足で何度も蹴られ踏みつけられ、ぎゃあーー!!と叫んでいる所を驚いて出てきたご近所さんには、母は「いえいえ、何でもないんですよ〜♪」と笑顔で対応。その後も兄を叱る事や咎める事も何もせず、「キレさせたあんたが悪い」と私に言い放っていました。二番目に姉がいるのですが、姉も何度も兄に暴力を振るわれていますが、母親は兄の暴力を「ただの兄弟喧嘩ね♪」と言わんとしない様な笑顔で、一切止めずに座って眺めているだけでした(姉が殴られている時は、必死で私が兄の暴力を止めていました)。背の高い兄からの凄まじい家庭内暴力と、それを一切止めずに笑顔で見守る母親。恐怖でしかありません。姉は家族から逃げる様に結婚し、家を出ていきました。兄の暴力は、まず自分より下の妹達だけに向かっておりましたので、
0
カバー画像

共依存ってなぁに?その③

その②から続きます。アダルトチルドレンは幼少期に周囲にいた大人たちからたくさんの知識を得てきた中で たくさんの「間違った思い込み」を身に着けてきたことが 原因です。 十分な愛情を感じられず屈辱感を味わう中で ・自分は間違っている ・自分は愛される資格がない ・自分には価値がない ・自分は重要な存在ではない ・自分には欠点がある ・自分は劣っている このような間違った思い込みを握りしめて自分で自分の価値が認められず 誰かに認めてもらおうと必死になっているこの状態を 『外部準拠状態』といいます。 内部準拠状態とは自分の価値や愛情、喜び、苦しみといった感情は すべて自分の内側からもたらされていると 信じること。 私たちは本来自分に価値があることを 自分自身と深くつながることで感じられるようになります。 自分の感情の面倒を他人に見てもらっていると 他人の振る舞いや言動によって 自分の感情が揺れ動いてしまいます。 傷つくことを恐れ他人の承認を必要としていく、、、 これでは一生、他人に自分の価値や幸せを他人にゆだねてしまうことに。 自分の感情の責任を取ることは、 自分の気持ちを大切にして対処する責任を持つこと。 自分で自分を受容し受け入れていきましょう。 私たちは自己受容することなく『成長』はできません。 潜在意識に刻まれた間違った思い込みを書き換えて 本来の伸びやかで可能性に満ち溢れた 英知のインスピレーションを受けやすい自分になっていきましょうね!
0
カバー画像

天性の共感力

みなさんこんにちはー!注射が嫌いすぎて採血後にトイレでブッ倒れた経験をもつ男、悠也です!突然ですが今日仕事中に気づいたことがあります!なぜぼくはこんなに涙腺がゆるいのか!!それはぼくの共感能力が異常に高いからだと気づきました!小さな頃からいつも相手の身になって考える子どもだったんです。◕‿◕。共感力の異常な高さを裏付けるエピソードを紹介します✨母親から聞いた話ですが小学生の頃、宿題で毎日アサガオの観察日記をつけていました。観察日記というとだいたいは【芽が出てきた】とか【花が咲いた】という内容になると思うのですがぼくの場合は【お!土からやっと出れた!気持ちがいいなー!】とか【今日の雨のシャワーはおいしいな♪】というようなアサガオになりきった日記を書いていたと聞いています。気味悪いですよね(笑)ほかにはアンパンマンがバイキンマンをやっつけたときには【バイキンマンがいつも負けてかわいそう!】と大泣きしていたり、ヒーローものアニメをみるときは悪者がいつも負けるとわかっていたので悪者が今日は負けないようにと猛烈に応援していました。(笑)このようにぼくは小さなころから共感力が高かったので大人になったいまでも感動する映画などをみると勝手に共感して大泣きするというメカニズムに今日気づきました!←仕事中になにを考えてんねん!って話ですが(笑)だからどんな相談や愚痴なども親身になって聞くことができるんだ!という納得感を得た1日でした!以上、なにを考え込んでんねん!仕事に集中せい!という話でした(笑)ここまでみてくださってどうもありがとうございました✨
0
カバー画像

共依存ってなぁに?その①

こんにちは。ハッピーマインド潜在意識セラピストのあこみです。お久しぶりの投稿になります!先日「共依存」について学びを深めてきましたのでそのことについて3回に分けてシェアさせていただきますね(*ˊᵕˋ*)お役に立てると嬉しいです。アダルトチルドレンをご存じですか?機能不全家族で育ったことで大人になっても 生きづらさを抱えた人のこと。機能不全家族とは、ネグレクト、虐待、親の不仲、過保護、過干渉、育児放棄親の世話が必要だったなど、なにがしかの理由で子どもが子どもらしく、ありのままで過ごせなかった環境の家族形態です。そうした方の問題の一つに共依存があります。 共依存とは。。。・人間関係に依存していること。・自分で自分を認めることができないので、他者に認めてもらうことで自分の存在価値を確認して安心を得ようとすること。・問題を持った相手のために、自分を犠牲にしてまで尽くしてしまうことが多く相手との関係にのめりこんでいく。・相手がとるべき責任まで自分の責任だと思い世話を焼いてしまうため、相手の回復の機会まで奪ってしまうことになる。つまりは自分の心に空いた「穴」を他人で埋めようとすることです。「感謝」されることで役に立った自分の価値を感じます。機能不全家族で育つと見捨てられ不安を抱きありのままでいいという感覚がなく育ちもらえるはずの愛をもらえないという屈辱感やみじめさを味わうことに。このような感覚は潜在意識下に根強く刻まれるため様々な出来事がトラウマとなりインナーチャイルド(気持ち)が傷つき真の自己であるワンダーチャイルドが消失やがては空虚感=穴となるのです。その②へ続きます→
0
カバー画像

自分のための時間を作る

みなさんこんにちはー!朝、アラームがなる前に目覚めがちの悠也です!今日のブログのタイトルは【自分のための時間を作る】とさせていただきました!みなさんは自分のための時間を作っていますか?【自分をケアする】ことが苦手な人、多いと思います。たとえば"外見を整えるため"にエステに通うことはあっても''自分がリラックス"するためにマッサージを受けることに抵抗がある方いらっしゃいませんか?自分の楽しみのために時間を使うよりも仕事も含めて「やらなければならないこと」に追われているかたも多いのではないかと思います。ちなみにぼくもやらなければならないことに追われやすいタイプです。笑いつも自分を何かに追い立て、ゆっくりリラックスすることも許さないなんて自分にいじわるすぎますよね(*_*)もちろん、さまざまな人がいるので「ストイックな自分が好き」という方や心が満たされながら日々の努力を楽しめている方もいますしすべてのかたが贅沢をすべきだとは思いません。ただ、なんであれ「自分のための時間をもつこと」は多くの方の心を豊かにします。◕‿◕。自分のことを親友のように扱っていますか?自分に贅沢をすることを許してあげましょう♪あなたにはそれだけの価値があるんです✨ぜひ今日から自分に贅沢な時間を作ってあげてください♪ゆっくり湯船に浸かって身体をマッサージしてあげたり、ひたすら横になってリラックスしたり、掃除が好きな人は楽しみながら掃除してみましょう✨ぼくにとっての贅沢な時間はジムで筋トレしている時間です!「筋肉をつける」という''成果''も目的ではありますがそれより大事なのは筋トレ自体が楽しくて「いま、気持ちよく
0
カバー画像

機能不全家族

こんばんは。写真は愛犬のマベちゃんです☆とても可愛いの。機能不全家族。 その言葉を知ったのは病気になって9年くらいしてからかなあ。こないだちょうど機能不全家族とアダルトチルドレンについて論文書きました。まぁそれについてのことはまたいつか。どうやって自分のブログを進めていこうか迷ってます。ちょっとずつ過去を振り返りつつ雑談もしつつって感じにしようかなぁ。 私の家はれっきとした機能不全な家族でした。仮面夫婦の父と母。喧嘩してるとこは一度も見たことない。喧嘩ってよくないものって思ってたけど、喧嘩できないほどの関係ってのも難しいもんだなってそこに気づいたのもだいぶ後の話。一人っ子の私は父と母の関係がワカラナくて、でも私が間に入らないとこの家族がバラバラになっちゃいそうでワカラナイながらにも色々な自分を試行錯誤で演じてたかなぁ。こないだ写真の整理してたら若い頃の父と母が浜辺で仲良く二人で写ってる写真を見つけた。母に聞いたら「これなおちゃんが小さい時にとってくれた写真」って言ってたの。全然覚えてないけど。こんな仲良い時あったのか。ちゃんと大事にとってる私は、今でも父と母の仲良い姿をまたいつか見れることを望んでるのかもね。話聞く限りでは結構シンプルなんだけど、当事者目線からすると夫婦って難しいよね。しかしながら、幼い頃の自分を分析していくと結構解決していくもんです。ではまたぁ!   
0
カバー画像

自分はこれでいいのだ!

こんにちわ。エヌです。 アダルトチルドレンの中には、 両親の仲が悪く、夫婦ゲンカをよく見たという 場合も多いのではと思います。 そこで今日は両親の仲が悪く、夫婦ゲンカを見てきた子供が 大人になってから、どんな生きづらさを感じるのか。 について考えてました。 まず前提に、 子供は生まれもって、お父さんもお母さんも大好き。 子供は大人が思っているより両親の雰囲気に敏感です。 両親が建設的な話し合いではなく、言い合いして嫌味を言っている。と 子供もすぐ感じとるのです。 私は、この光景を想像するだけで悲しくなります。 『子供為に離婚しない』 それはそれでいいですが、 これを子供が感じてしまう家庭は 一番よくないと私は思います。 とても難しいことだとも思います。 そして子供は 両親の仲が悪いのは自分が悪いから。 自分さえいなければ、もう少しお父さんもお母さんも仲良くできる。など考えていき、 結果、自己の存在を否定し、 最近はよく耳にする自己肯定感の低い大人になってしまうのです。 自分は、これでいいんだって思うこと、 自分の存在を認められないから、 今も辛いんですよね。 この話を読んで、 今は心が安定して落ち着いている方は、 是非、想像してみてほしい。両親の不仲を感じた時、 自分が子供の頃どんな気持ちだっかか。 きっと子供の頃の自分は、悲しかった、辛かった、怖かった。 と思います。 大人になった自分が、 あの時は、悲しかったな。 あの時は、辛かったな。 あの時は、怖かったな。 って、声に出せる様になったら、 とても大きな大きな1歩ですね。 これでいいのです。 自分は、自分でいいのです。 最
0
カバー画像

新サービス出品のご案内♪

みなさんこんにちは!私の住む三重県は本日最高の天気です!夜からは友達とゲイバーへ飲みに出かけたいと思っております!ワクワクしています(≧▽≦)さて、このたび新しいサービスを出品致しました!サービス名は✨頑張っているあなたへ。ひたすら褒め称えます ✨です!毎日頑張っている、お疲れ気味のあなたを褒めちぎりますのでなんでもお話ししてくださいね♪もちろん頑張れないあなたのこともぼくが褒めちぎるのでお気軽にご連絡ください。◕‿◕。日頃あなたが当たり前と思っていることが他の人はできていないことっていっぱいあると思います! ぼくが全力で褒めますので 1分でも構いません。 緊張するような男ではないので気を楽にしてお電話ください(^^)褒める事って本当に大切だと思っています。多くの方が自分を褒める機会をスルーしていると思います。たとえば朝決まった時間に起きている事など当たり前に思っている人多いと思います。でも毎朝決まった時間に起きることって意外と大変だしできない人も多いですよね!自分を褒めて自分の機嫌をとれるようになると人生がとってもラクになっていきます!はじめは慣れないと思いますが、だんだんと自分を褒めるのが楽しくなってきますよ(≧▽≦)そのきっかけとしてぼくのサービスを活用していただけたら嬉しいです♪あなたからのお電話心からお待ちしています(^^)ここまで読んでいただきましてありがとうございました💫↓ぼくのイチオシサービスです↓
0
カバー画像

今年最後のヒゲ脱毛いって参りました( ̄ヘ ̄;)

タイトルの通りです。今回はいつも施術してもらっているマシンとは違う新たなマシンで施術していただきました。いつものマシンとは比べものにならないほどの激痛でした(〒﹏〒)いつものマシンは「バチン、バチン」と単発でレーザーを照射されるのですが今回のマシンは「バチバチバチバチバチバチ!!!」と連続攻撃してきやがります✨思わず「いってえ!」と声をだしちゃいました(笑)そして施術師のお姉さんと激闘を繰り広げました。完敗です。痛すぎて3回休憩を挟んでもらいました。お姉さんは少し楽しんでいるようにもみえました。(笑)ヒゲ脱毛は日焼け厳禁なので仕事中は日焼け止めクリームを1日2回塗っています。そしてこの寒い時期にヘルメットに麦わら帽子タイプのバイザーをかぶせています。完全に不審者です。(笑)お客様からは「麦わらの悠也」という通り名を命名していただきました。(笑)このようにぼくはあまり人の目を気にせずやりたい事をやって言いたい事を言います。人の目を気にしてしまうという方はぜひぼくにご相談ください♪あなたからのお電話心からお待ちしています♪ここまで読んでいいただき、ありがとうございました。
0
カバー画像

発達障がいとは? 2

 引き続き発達障がいについてお話します。 今回は、私の「やらかしネタ」が多く、場合によっては「自虐ネタ」に思われるかもしれません。( ̄▽ ̄;) さて、発達障がいの原因についてですが、実際のところ今現在は「不明」です。 と言いますもの、肝心の脳みそについての全容解明されていないとの、特性が人それぞれ千差万別なところが多いからです。 しかし、最近は「仮説」ですが、いくつか思い当たることもあるようです。・遺伝(この説が有力視されていますが、それでも確率は約7割です)・妊娠期、周産期、授乳期の母親の様子(生活習慣の乱れ、高ストレス、たばこやお酒などの嗜好品依存など)・その家庭の生活や社会背景(両親共働き、みなし残業給料、変則シフト制勤務など)・乳児期(赤ちゃん時代)の病気の後遺症(おたふく風邪や日本脳炎、インフルエンザ症候群などの後遺症として)・環境背景(公害被害、大気汚染被害など) ただし、上記に挙げたものは本当に「仮説」でしかありません。 もっと研究が進むことを願って止みません。 私の家柄はいわゆる「機能不全家族」からのスタートです。私が「発達障がい+HSS型HSP(興奮+繊細)」の併存当事者だと最近分かりましたが、おそらく幼いころの機能不全ぶりが大元だと思います。 未診断ですが、父親はおそらく「ASD(自閉スペクトラム症)の尊大型」による「#毒親」だと思います。 母親は父方の家柄とは上手くいかず、育児ノイローゼ(おそらく、何かしらのメンヘラ)でした。最近になって、「カサンドラ症候群」が叫ばれるようになり、これに伴ううつ病だったのかもしれません。 現に、私の母もそして私自身も「幼い
0
カバー画像

機能不全家族のクリスマス

こんばんは!なまこです!明日はクリスマスイブで、明後日はクリスマスですね♪子供も大人もなんだかソワソワしますよね!とはいえ普通にお仕事されていてクリスマスと無縁の方もいらっしゃると思います。同志です!笑みなさんはサンタさんの存在いつごろ知りましたか??現代の子供達はインターネットの普及で小さい頃から既に知っている子が多いみたいですね。本当に「現代」って感じ。。ちょっと寂しい気もします…^^;ちなみに私は高校生の時までトナカイのソリに乗ったヒゲもじゃのサンタさん信じていました。理由は後述します。笑今回は、機能不全家族で育った私の子供時代のクリスマスの話をしていきたいと思います。機能不全家族(きのうふぜんかぞく)とは…本来持つべき家族の役割やシステムが失われていて、対人関係やコミュニケーションが正常に機能していない家族のことをいいます。わかりやすくいうと、問題があっても家族間で見ないふりをしたり解決しないままにしている家庭のことですね。子供が不安定になりやすい環境です。うちは5人家族。父、母、兄二人、私です。父はアルコール依存症で毎日帰宅したら暴れるまで酒を飲み、休みの日は競馬三昧、挙句子供嫌いなのでほとんど一緒に遊んだこともないです。母は病気の長男のことやだらしない父親の面倒を見るのにつきっきり、それに加えて日々の生活のことで一杯一杯でほとんど次男と私にはかまってくれませんでした。ほぼ放任で愛情不足で育ってきたのに私たちのためにプレゼントくれるわけない!って子供ながらに思うじゃないですか笑さらに私の家は貧乏(と親に言われてきた)なので友達からサンタさんの正体をバラされても、「うち
0
カバー画像

子ども時代の私の役割【アダルトチルドレン・インナーチャイルド✨】

今日もおつかれさまです✨ゆうのゆる~いひととき☕のゆうです💖今回は少し日が空きましたが私が子供時代に家庭内で演じていた役割についてお話します!前々回ではアダルトチルドレンさんの子供時代のタイプ【役割】について6つ紹介してます✨私の子ども時代の役割は複数ありました。それが③世話役④道化師【世話役】ほとんどが母の愚痴聞き役でした笑「あのババア(義父母)が~」「あいつって~(父のこと)」何度も何度も母が過去にされた嫌な経験を多分もう100回以上は同じ話を聞かされました😭(母悪口の時口悪くなる)そして、いつも不幸そうだったのが見放せない一番の理由だったと思います。「あんたはいいよね」「どうせあんたには分かんないよね」「なんで分かってくれないの?」「ほんと冷たいよね。」「どうせ○○(母の嫌いな人物)が好きだから味方してるんでしょ?」(あくまで中立な立場でいたかった。だって私は祖父母も父も嫌いじゃないから)母の隣で延々繰り返される愚痴に、共感したり母が辛かったことを理解しようとしても突き放される💦これが大分心に刺さってた・・・私なりに母を理解したい、でも母は私を見ていない。(母自身がかわいそう(悲劇のヒロイン)に見えるような構図を取る)でも、一人ぼっちの母をやっぱり見放すこともできずにしんどくてもきつくても隣にいてしまう。(近々母や父についても投稿しますね💕)そして、兄や父もいましたがいつも母の相談にのるのは私の役目。二人も母の愚痴にはうんざりしている様子でした😵(話が通じない人だからほっとくという認識)【道化師】この役割では家の中の雰囲気に神経を研ぎ澄ましていました😢特に家族で夜ご飯を食
0
カバー画像

本音をいうときに出る涙について考えてみました。

こんにちわ、エヌです。突然ですが皆さんは、大切なことを人に伝えるとき、緊張しますか?私の場合は緊張というより、涙が出てしまうところがあって困ることがあります。今日はこのことについて考えてみました。どんな場面で涙がでるのか?私は、言い合いになっている時、相手に気持ちを伝えたり、言い返したりするときに、よく涙が出ていました。すごく嫌なんですよね。涙が邪魔して言いたい事が伝わらない。半分も伝わらない(泣)そして泣いていることに相手が、腹を立て、言い合いが余計にヒートアップみたいなことも経験しました。こうなると、最悪です。すごく疲れます。不思議なのが涙が出てしまう原因は悲しいからじゃないってこと。怒っている気持ちは、少しだけあるような・・・。私の場合はそんな感じでした。ではなぜ涙がでるのか、考えていたら3つの要因に辿り着きました。1.自分の感情に蓋をする癖が原因2.上手く話そうと言葉を選び過ぎる。3.その場の恐怖感特に、悲しい気持ちや、怒りの気持ちに蓋をする癖のせいで、いざ本音や言い返しをするときに、感情が溢れて涙が出てしまう。その場の恐怖感と、言葉を選び過ぎるは、嫌われたくないと思う気持ちから。解決策のようなものは、はっきりとありませんが、自分の感情にしっかり向き合うことが大切だと強く感じました。引き続き今回の内容は考えていきたいと思います。最後まで読んで頂きありがとうございます。
0
カバー画像

きみに読む物語

みなさんこんにちは!春をいまかいまかと待ちわびている悠也です!突然ですが!「きみに読む物語」という映画をご存知ですか?2005年公開の洋画のラブロマンス映画なのですが、先日とある方に「涙腺ゆるめなあなたにオススメ!」と教えてくださったのでプライムビデオで鑑賞してみました!軽く内容を説明しますと良家の娘と貧しい家で育つ青年との身分を越えた純愛の物語です✨激しく人を愛した経験がある方は心打たれる作品だと思います!まだ観たことないという方にはぜひ観ていただきたい映画です!ぼくは号泣しました😭若き日の純愛って素晴らしいですよね!熱く、力強くて未熟で幼い2人が輝いてる瞬間だと思います✨そしてお互いに歳を重ねて愛と理解を深めていく。素敵ですね🥺ストーリーとは関係ありませんが、作中ヒロインのアリーの服装が可愛くて色使いも素敵なので個人的な見どころです♪素敵な作品をオススメしてくださって感謝しています✨ここまでみてくださってどうもありがとうございました(•‿•)↓ぼくのイチオシサービスです↓
0
カバー画像

なぜ恋愛になると苦しいのか|愛着障害の話し

愛着障害って、 聞いたことありますか? 恋愛になると苦しくなる。 不安でたまらなくなる。 相手に依存してしまう。 そんな経験がある方は、 もしかすると 愛着の問題が関係しているかも しれません。 愛着障害は、 子どもの頃の環境が 大きく影響すると 言われています。 例えば、 親に甘えられなかった 気持ちを受け止めてもらえなかった 顔色を見て育ってきた こういった経験があると、 「人に安心して甘える」 という感覚が分からないまま 大人になります。 その結果、 好きになるほど不安になる。 嫌われるのが怖くて苦しくなる。 試すような行動をしてしまう。 距離が近くなると逃げたくなる。 など、 恋愛で強く出ることが 多いです。 でもこれ、 性格の問題ではありません。 「生き延びるために身につけた反応」なんです。 あの頃の自分が、 必死に生きるために選んだ方法です。だから、 ダメなわけじゃない。 むしろ、 それだけ頑張ってきた証拠です。私自身も、 愛着に問題がある 当事者です。 依存してしまったこともあるし、 不安で壊れそうになったことも あります。 でも今は、 「あ、これ愛着だな」 と気づけるようになって、 少しずつ、 自分との付き合い方が 分かってきました。 もし今、 恋愛が苦しいなら それは、 あなたのせいではなくて 「過去の影響」が 関係しているのかもしれません。そうやって 少し視点を変えるだけでも、 心はほんの少し、 軽くなります。もしご自身だけでなく、ご家族が恋人が身近な大切な人が愛着の問題で苦しんでいる場合も「どう関わればいいのかわからない」「距離感が難しい」「振り回されてし
0
カバー画像

拾った豆を食べたあの日

こんばんは!なまこです♪私節分って2月3日(今日)だと思っていたのですが、昨日だったのですね(^◇^;)(ニュース見ていなかった…)毎年2月3日だと勘違いしていたのですが、立春がずれることにより早まった結果とのことで…。すっかり恵方巻きを買うタイミングを逃していました笑また来年に期待です!皆さまは節分、存分に楽しまれましたか?^^今回は私の子ども時代の節分のお話をしていきます!私の子ども時代の節分の記憶といえば…恵方巻きは給食で食べていました!母が恵方巻きは「作るのがめんどくさいし、買うと高いから」と言って家で食べることは滅多にありませんでした。だから給食で食べる恵方巻きが楽しみで、クラスのみんなでニヤニヤもぐもぐしながら方角に向かって食べた楽しい思い出があります^^うちの家は機能不全家族で両親の機嫌に左右されたり金銭的にも余裕がなかったので、季節の行事やイベントごとなどにはあまりお金と労力を使わない家庭でした。よそのおうちでは節分にパパさんが鬼役をやっていましたがうちの父は飲んだくれているし、3月のひなまつりも雛壇を飾ることもなく、12月のクリスマスもクリスマスツリーやリースを飾ることもなかったです。(ゴミになるから、とのことで泣)だけどなぜだか家での豆まきは毎年行われていました。本当になぜだか。笑豆買うだけだからやってあげようという親の計らいでしょうか?もちろん父が率先してやるわけでもないので子ども中心でやるのですが…父に投げるときっとブチギレされるので←誰もいないところに投げて楽しんでいました。本当は実在する鬼(父)に投げてやりたい…と何度思ったことか…当時の私は怖くて行
0
カバー画像

共依存ってなぁに?その②

共依存ってなぁに?その①からの続きです。アダルトチルドレンは心の空虚感を埋めるために以下の症状に苦しむ場合があります。 抑うつ神経症・不安神経症・強迫神経症 自律神経失調症・摂食障害など 物質依存としてアルコール・ドラッグ プロセス依存として買い物・仕事・ギャンブル・セックスなど 関係依存として共依存症・恋愛依存症 があります。 共依存は親子、恋人、夫婦などににみられる関係です。 その穴を埋めるためには 問題のある人のお世話をすることで 自分の存在意義や価値を確認するために 必要になってくるのです。 お世話する側とされる側となって 互いにあいてをコントロールしあっていることが 多くなります。 共依存の障害として5つ挙げられます。 ①自尊心が持てず、自分を愛せない。自分を大切に思えない。 ②相手との間に適切な境界性を持つことができない。 ③自分の現実を適切に判断できず、 自分の能力・才能・外見・性格を冷静に把握できない。 ④自分の欲求や要求を相手に伝えられない。 ⑤自分の年齢や状況にあった表現ができない。 年齢より幼すぎたり、大人びていたり。このような障害から行動・態度が二次的な症状となって現れます。 ①否定的なコントロール 相手へ「こうあるべき」の押し付けや 相手に合わせることで相手の下にもぐるコントロールをする 意に沿わない反応に対して相手を非難する。 ②憤り・恨み 怒りを使うことで傷ついた痛みを感じないようにする。 さらには相手を「罰したい・復讐したい」思いが募り 怒りから「憤り・恨み」に変わることも。 ③傷ついた心・精神 憎悪・恐怖・崇拝などを使い相手をハイヤーパワーにし
0
カバー画像

自己紹介と略歴

こんにちは。わたしの自己紹介と略歴についてお話します。わたしは、幼少期、特に母親からの虐待経験があり、いわゆる機能不全家族の育ちです。わたしの意思は尊重されず、受け入れてもらえないというのが当たり前の状態で育ちましたので、社会に出ると、自分に自信が持てない、周囲の目を極度に気にするといったことがわたし自身の行動力を妨げていたように思います。また幼少期、最近メディアが取り上げていましたが、場面緘黙(わたしの場合は家族以外の人と話せない、家族であってもその中に外部の人が一人でも入ると話せない)があり、そんな周りと違う自分を見た母から「友達と遊べ、喋れ」と言われ続けていました。中学になると大学受験を見据えて教育虐待が始まりました。普通なら子供の意見が尊重されて「〇〇のようになりたいので〇〇大学に行きたい」などという流れになると思うのですが、わたしの家庭では違うのでした。わたしの家庭では「何でもいいから有名大学へ」と言われていたので、私はただただ空回りするだけでした。高校での成績はどんどん下がっていき、県単位で実施される模擬テストで最下位から2番目の順位を取るなどし、大学を受験できる状態から次第に離れていきました。わたしには妹がいて四人家族なのですが、家庭崩壊寸前のような感じで、父母か母から父へのDVが横行していましたし、加えて場面緘黙の私と妹の中も冷え切って、互いにいがみ合うような状態でした。そんな状態から、大学には行かず、音響関係の専門学校へ進みました。本心ではありません。今でも幼少期の虐待のトラウマが時々蘇るのですが、「人と話さないといけない」ということが頭の中を支配し、本心では
0
カバー画像

祝!ゲイバーデビュー(人 •͈ᴗ•͈)

みなさん、こんにちは!爽やかな二日酔いに苦しんでおります悠也です♪昨日は人生ではじめてゲイバーへ行って参りました!友達4人で行ってきたのですがとっても楽しい時間を過ごしました✨最初はパワフルなゲイの方々に圧倒されていたもののお酒がまわってきたこともあって打ち解けてワチャワチャ過ごさせていただきました♪ぼくはとてもゲイ受けする顔と体格だという気づきも得ました(笑)ベロンベロンで朝4時に帰宅しました🕺昼頃起床して激しい二日酔いのままトレーニングを頑張ってきました🤮たまには朝まで飲むのも悪くないなと思えた1日でした!ここまで読んでいただきありがとうございます。◕‿◕。↓ぼくのイチオシサービスです↓あなたからのお電話心からお待ちしています✨
0
カバー画像

新年初トレーニング

2022年はじめてのトレーニングいってきました♪やっぱり筋トレは気持ちいいですね!新年一発目は肩のトレーニングをしました!今回は肩のサイド中心にメニューを組みました。↓トレーニングメニュー↓◇ミリタリープレス.55キロ3セット◇マシンショルダープレス50キロ3セット◇インクラインサイドレイズ8キロ3セット◇ケーブルサイドレイズ.ドロップセット2セット◇ケーブルリアレイズ6キロ3セット◇マシンリアレイズ3セット◇ジャイアントセット(フロントレイズ、リアレイズ、サイドレイズ、アーノルドプレス、ショルダープレス)3セットこんな感じです!最近はトレーニングの締めにジャイアントセットを取り入れています♪年末年始に食べすぎたのでしばらくプチ減量開始します(笑)みていただいてありがとうございました♪↓ぼくのイチオシサービスです↓
0
カバー画像

どうしてこんなに生きづらいの?

その苦しさ、“あなたのせい”じゃないかもしれません。「人間関係がしんどい」「感情がうまくコントロールできない」「普通に生きてるだけなのに、なぜか毎日が苦しい」そんなふうに感じたこと、ありませんか?実はそれ、心の奥深くにある“幼い頃の経験”が関係しているかもしれません。🌱生きづらさには“理由”があります子どもの頃、こんなふうに感じたことはありませんか?・親の顔色を常にうかがっていた・「こうしたい」が言えなかった・いつも怒鳴り声がしていた・頑張っても認めてもらえなかった・「私なんて…」が口ぐせだったこういった体験は、大人になった今も、無意識の中に深く残り、人間関係や自己肯定感、安心感などに影響を与えることがあります。🕊️「私がおかしいんじゃないんだ」と気づけたとき、心は少し軽くなる“生きづらさ”を感じる人の多くが、「自分が弱いから」「性格の問題」と思って、自分を責めてしまいがちです。でも、それはあなたに問題があるのではなく、そうせざるを得なかった環境があっただけなんです。たとえば、🔸 感情を表すことが危険だった🔸 人に甘えることを知らなかった🔸 いつも緊張して、リラックスすることができなかったそんな状態が長く続くと、「安心」「信頼」「自分を大切にする」という感覚を持つことがとても難しくなります。🌼過去を見つめることで、今が少しずつ変わっていく私自身も、機能不全家庭で育ち、長い間「なんでこんなにしんどいんだろう」と悩んできました。でも、過去をゆっくり振り返りながら、小さな頃の自分に寄り添っていくことで、少しずつ「これは私のせいじゃなかった」と理解し、今の自分の人生を生きる力を取り戻し
0
カバー画像

子供が家庭の問題を秘密にすることによっておこる生きづらさ。

こんにちは、エヌです。 アダルトチルドレンが育った家庭の中に、 問題を抱えているものがいる。 家庭の問題●親が暴力を振るう ●アルコール依存の家族がいる ●ひきこもりの家族がいる ●極端に生活が苦しい など、例えばこのような 家庭の問題を子供は 親から外に話すことを抑圧され、 秘密にするように言われている場合がある。 子供は親のいうことを従順に聞く。 子供は親からの抑圧により、 他人に自分の家庭で起きている問題を 人に言う機会を失う。 相談をしたり、 気持ちを吐き出すことですら 出来なくなる。 気持ちを、ため込むことに慣れた子供は 人と話をするとき、 自分のことを聞かれたくないという心理から 自分のことを話さなくなる。 こうして大人になると 『自分の気持ちを人に伝えるのが苦手』になり さまざまな場面で人との関りが難しくなってしまう。 子供時代に、 子供らしく大人と話したり、甘えたり そのような機会を奪われると、 その子供は、ずっと大人になった今も 生きづらい。 多分、親も家庭の秘密を誰かに話せば、 子供が恥ずかしい思いをするから 秘密にするように。と言ったと想像できる。 秘密にすることで 子供を守っているなどと 親がしたことを正当化しているかもしれない。 だけど、子供が 気持ちを吐き出したり 相談したりをできなくなって しまうことまで考えているのか疑問。 ●親は自分の子供を秘密を共有させてはいけない。 ●子供に、親の事情を押し付けてはいけない。 子供は子供らしく生きる。 これ以上、 生きづらさを抱えて、生きる大人が 増えないように祈ります。 最後まで読んで頂き、 ありがとうござ
0
カバー画像

普通の家族・・・2

こんにちは。前回の更新からブログちょっと空いてしまったけど、思ってたより見ていてくれる人がいて嬉しいです。ありがとうございます。今回は前回のつづきになるので気になる方は前回と合わせて読んでみてくださいね。さて、つづきを書くとしよう。私の父はどうしようもない人だった。酒、ギャンブル、暴力が毎日の日課であり、ルーティーンだった。控えめに言ってクズ。世にいう毒親だ。私も父に勝手に愛情を期待し、父が暴れるたび落胆した。普通の家族になんてなれないのにね。どこかで期待していた。でもそんな父にも感謝したいことがある。私は幼い頃からからずっとパティシエになりたかった。お菓子に私は救われたから。私もお菓子で人を元気づけたり、応援したり。幸せな気持ちにさせたいと思っていた。こんなダメな私にも出来ることはあると。でも、他人からみたら夢物語で、案の定、父に猛反対された。父親らしいことなどそれまでされた記憶がないが、私の人生に干渉してきた。父が言うには、「良い大学に行って、良い会社に就職して、早く結婚しろ。それが世間からみても恥ずかしくない生き方だ。」と。「みっともない叶うはずのない夢など見るな。どうせお前には出来るわけないんだから。」と、言われた。私はその言葉を言われて、ぜっっっっっったい叶えてやると思った。こんな父親もどきに負けたくなかった。そこから必死に勉強して、希望した調理系の高校に進み、製菓専門に行き、内定を取って関東に上京した。心底ムカついてがむしゃらだけど夢を叶えた。仕事で嫌になったときや、逃げ出したいとき、父に言われた「どうせお前には出来るわけないんだから。」という、この言葉が何度も頭を
0
カバー画像

あけましておめでとうございます♪

みなさま、あけましておめでとうございます!本年もよろしくおねがいします♪写真は1杯750円のブルーマウンテンコーヒーです(^^)知り合いにおすすめしてもらって飲んでみました!苦かったです(笑)特にコーヒーにこだわりのない僕には合わなかったみたいです(笑)ブラックは飲めないので2口目からは砂糖&ミルク大量にぶち込んでいただきました笑唐突ですがガリガリ時代のぼくです(笑)お隣さんと奇跡の一致の一枚になります。◕‿◕。ちなみにこの写真は泳ぎの特訓中の写真です!じつは20代後半までぼくはカナヅチでした(笑)この日は泳ぎが得意な女友だち2人と猛特訓しました!2回、溺れました(笑)女の子2人に助けてもらうブザマなヒョロガリです(笑)でも、特訓のかいあってこの日から"少し''だけ泳げるようになりました♪何事も挑戦ですね♪こんなぼくですが今年もよろしくお願い致します。みなさまにとって良い一年になりますように( ꈍᴗꈍ)↓ぼくのオススメサービスです↓
0
カバー画像

絶対的な母

写真は全然関係ない蕎麦だよ☆私は母が大好きでした。いや今も好きだけど。子どもの頃から母は絶対的でした。父はこれは大人になってからわかったことなんだけど子どもが苦手でよく理不尽に叩かれたりキレられたりしたのです。だから尚更なのか専業主婦でいつも家にいて遊んでくれる母が大好きでした。私が小学校4年生のある日学校から帰ったら母がいなかった。置き手紙だけがあって、しばらく帰ってこないよってことが書いてあった。あの手紙、置いとけば今見たら絶対めちゃ面白かったのにな笑母は他の男性に夢中になってしまい飛行機で遠いところまで行ったのです。何日かして帰ってきたけどまた何日か後に学校から帰ると置き手紙があって。絶対的な母が私のそばからいなくなった。いつ帰ってくるんだろ。苦手なお父さんと2人で過ごさなきゃいけない。色んな思いが当時はありましたね。親との関係は後に自分の恋愛に移行するパターンが多いです。恋愛関係でお悩みのかたはご自身の両親との関係を見ていくとそこに大ヒントが隠されているかも?!それではまたぁ!  
0
カバー画像

機能不全家族で育った私が、あなたの話を聞きたいと思った理由。

はじめまして。自己紹介をご覧いただきありがとうございます。私はココナラを中心に、毒親・機能不全家族育ちの方へ、電話相談を行っています。今回は、どうして私がこの活動を始めたのか、そしてどんな想いで、あなたのお話を聞きたいと思っているのかをお話ししていきます。🏠 家は「安心できる場所」ではありませんでした。私はいわゆる「機能不全家族」と呼ばれる家庭で育ちました。家の中は荒れ果て、ゴミが積み上がり、生活音のない静かな空間に、ピリピリとした緊張感だけが漂っていました。両親は不仲で、毎日のように怒鳴り合い。異父兄妹との距離感も複雑で、暴力的な言動や感情の爆発も日常茶飯事でした。いつも親の機嫌をうかがい、「怒られないように」「嫌われないように」と感情を押し殺して過ごしていた私は、気づけば「自分が何を感じているか」さえ、分からなくなっていました。🌧 大人になっても終わらなかった「生きづらさ」家を出て、自分の人生が始まるはずだったのに…。初めてできた恋人との関係で、自分が普通の恋愛が出来ないことに気づき、私はとてもショックを受けました。「どうしてこんなに不安なんだろう」「どうしてちゃんと愛されている気がしないんだろう」そう思いながらも、誰かに頼るのは怖くて、「誰にも迷惑をかけちゃいけない」「私なんて…」と自分を責めていました。新卒で入った会社は1年目で休職し、その後すぐに退職。その後も新たな職場へ幾度か転職しましたが、どこも続かずすぐに辞めました。家族から解放され、自由になったと思った人生は想像よりもずっと不自由で、私は何をするにも人の顔色を伺い、そのせいで何もかもを中途半端に投げだす人生を送
0
カバー画像

毒親に好きなものを否定される

こんばんは!そらです。 今日は根深き毒親問題。 好きなものを毒親に話すと否定される件について お話していこうと思います。 毒親育ちさん限定!毒親育ちの悩みを聞きます! 毒親育ちならではの悩みって理解されにくいですよね。 しかも、同じ毒親育ちでも悩みが違ったりして、 安易に話すと意見が合わなかったりする。 そんな経験ありませんか? 私はいろんな毒親がいて当然だと 思っているので、多少の意見の食い違いは 起きるし、考え方は人それぞれだし、 似た経験をしていても、 感じ方も人それぞれです。 その考えがある前提でお話を聞いているので 絶対に否定はしません。 そのため、安心してお話できるのではないでしょうか?毒親育ちさんって否定されたり、 意見を言われるのがちょっと苦手なんじゃ ないかと思います。少なくとも私はそうです。 だからこそあなたの意見を 尊重する話し方をします。 1分だけのお試しでも お待ちしているので 気軽にかけちゃってください!毒親に好きなものを否定されるさてさて、毒親育ちの皆さんも経験があると思うのが 「好きなものを否定される」 心当たりありません? 好きな俳優さんがいると話したら あんたが好きな俳優より私が好きな俳優の方が かっこいい、センス無いね 好きな作品を話したら そんなつまんない作品好きなんだ 好きな絵師さんの話をしたら 「その絵気持ち悪い」 好きな曲が被ったら私のほうがその曲好きなんだけど? マウントと否定。 経験ありませんか? 私はめちゃくちゃあります。 健全に育った人なら 仮にもし自分に合わないものを 出されたとしても 人の好みは千差万別なので 少なくとも
0
カバー画像

今年最後の筋トレ!

カバー写真はクリスマスに食べたピザです。(笑)美味しくいただきました。クリスマスのピザ屋さんって混むんですね!知りませんでした!持ち帰り予約しても1時間待ちでした!ピザ2枚とチキンコンボとミルクレープのクリスマスセットを頼みました☆ミルクレープ、ワンホールをなぜか3つも頼むという謎のやからしがありました(笑)しかも一緒に食べる子は甘いのが苦手という(笑)しかし!ぼくは無類の甘党でブラックホールの胃袋をしているので難なく3ホールたいらげてやりました༎(ノ`Д´)ノ最高のクリスマスを過ごせました♪さて、本日は今年最後の筋トレを頑張ってきました!バチバチの背中トレです!肘を痛めました(笑)最高の筋トレ納めになりました(笑)という報告でしたー(•‿•)ここまでみていただき、ありがとうございます!↓ぼくのイチオシサービスです♪↓皆様、よいお年をお迎えください♪
0
カバー画像

忘れたことにした“あの記憶”

〜過去回想が心の癒しになる理由〜「もう終わったことなのに、なんで昔のことを思い出さなきゃいけないの?」過去の話を振り返ることに、抵抗を感じる方も少なくありません。でも実は、子どもの頃に感じていたこと・我慢してきたことに目を向けることは、今の生きづらさや心の苦しさをやわらげていく、大切なプロセスなんです。☁️ 私たちは“あの頃”のまま、今を生きている小さい頃に「本当は怖かった」「寂しかった」「苦しかった」のに、それを感じることすら許されなかった。そんな環境で育つと、当時の感情が置き去りになったまま、大人になっても心に影響を与えます。・人に嫌われるのが怖い・なぜかいつも緊張している・自分の気持ちがよくわからない・誰かの機嫌に振り回されてしまうこうした“今の悩み”の根っこには、幼い頃に感じたけれど抑え込んだ感情が潜んでいることが多いんです。🌱 「当時の自分に会いにいく」ことで、心は癒される私が提供している電話相談では、お話を聴きながら、やさしく過去をたどっていくお手伝いをしています。無理に思い出させることはしません。でも、「そのとき、どう感じてた?」と少しずつ心の中を探っていくと、置き去りになっていた感情や、小さな自分の声がふと浮かんでくることがあります。「本当は、ずっと誰かに気づいてほしかった」「助けを求めたかったけど、諦めてた」「がんばってたんだなって思えた」そうした気づきが、少しずつ心を癒し、今の自分をやさしく抱きしめる力になります。🌼 癒しは“いまここ”から始められる過去は変えられません。でも、その時の自分の気持ちに寄り添ってあげることは、今からでもできます。それは、自分を取
0
カバー画像

子供を自分の所有物として扱う、毒親の体験談

私は機能不全家族育ちで、毒親からの虐待を受けて育ちました。結果として16歳で摂食障害と双極性障害になり、長い闘病生活を送っていましたが、今は回復し二人の息子と夫と幸せに暮らしています。そして2025年1月に毒親と絶縁して、毒親から解放されて今は新たな第二の人生がスタートしたような気持ちです。前回の記事で、毒親は「自分の子供は自分の所有物」という考えが強いというお話をしました。毒親は、親は子供の上に常にいる存在で、子供は親の支配下。親に口答えする、反抗するなどという行為はもってのほか、許される行為ではなく、いつも親の言うことに従わなければならない、そのような考えをしている場合が多いような気がしますが。これでは、まるで子供は親の奴隷です。今回はそのことについて、私の体験談を交えてお話したいと思います。自分の思い通りにいかないと、爆発する父親父親は、私の子供の頃はアル中で、酒を飲むと特によくキレる事がありました。(飲んでいない時でもそう言う事はありましたが)自分の気に入らない事があると、物を壊したり、投げたり、怒鳴り散らしたり、暴力を振るったりしました。昭和で言う、ちゃぶ台をひっくり返す頑固親父の最上級みたいな感じでしょうか。キレる内容は本当に他愛のないことでした。夫婦喧嘩だったり、子供に対して気に入らないことがあったりした時にそれが起こる事が多かったです。ある時、遊園地に行こうということになり、高速を使って車で移動していました。父親は、開園時間と同時に入園したいと思っていたようですが、時間配分がうまくいかず、開演時間に間に合わなくなってしまいました。すると、そのことに対して耐えられ
0
カバー画像

毒親と絶縁しました〜毒親に育てられた私が健康で幸せに幸せに、今暮らせている理由〜

私は機能不全家族育ちで、毒親からの虐待を受けて育ちました。心理的虐待、身体的虐待、などでしたが、性的虐待に近いものもありました。今回の記事は、その毒親と最近絶縁したことをお話したいと思います。どういう毒親だったのか私の父親はアル中で、お酒を飲んでいない日は見たことがありませんでした。仕事はちゃんとしていましたが、毎日浴びるようにお酒を飲んでいたと思います。飲みに行けばベロンベロンで帰ってきて、家の外の玄関の前で寝ていたり、玄関で立ちションをしたり、どこか危ない所へ飲みに行って、財布の中身もカードも取られ、カードもしこたま使われてしまった事もあります。私は小さい頃から、父親が飲みに行き、なかなか帰って来ないと、「どこかで死んでいるんじゃないか」と思ってしまい、怖くてなかなか眠れず、父親が帰ってくるのを確認してから、ようやく眠りにつけることがよくありました。それが朝方になることもあり、よく寝不足気味になっていました。そして父親は酔っ払うとタチが悪く、暴力や暴言もありました。風俗やキャバクラなどによく行っていたようでした。そこで女性とのメールのやり取りをし、そのハートマークだらけの見たくもないメッセージを、嬉しそうに私に見せて来たこともありました。母親は私のことが気に入らなかったようで、弟ばかり可愛がり、かなり差別をしました。何かしてしまった時も、弟はすぐに許してもらえるのに、私だけ次の日まで無視をされることはしょちゅうで、「気持ち悪い!」「消えろ!」「うざい!」「可愛くないね!」などとよく言われました。そして、両親に褒められることは、ありませんでした。両親共に、周りからどう見られる
0
カバー画像

児童養護施設で働いていました。

初めまして、かっぱママです。私は保育園、学童、児童養護施設、自宅にてベビーシッターなど今まで保育士として13年働いて来ました。そして最近までは、保育士になろうと決めていた時からいつかは働いてみたいと思っていた児童養護施設でのお仕事の出会いがあり、児童養護施設で1年半ほど働きました。児童養護施設という所は、今現在では、入所している子供達の多くが虐待を受けていた子供達です。他にも様々な事情を抱えて入所する子供たちはいますが、虐待を受けて来た子が、かなりの人数を占めていました。自分自身、虐待を受けて育ったので、自分のように辛い想いをしている子供たちの力に少しでもなれたら、と思っていました。一人一人育ってきた環境が違うので、その子の気持ちをそのままわかってあげられるわけではないかもしれないけれど、ほんの少しでも辛い気持ちがわかってあげられるかもしれない。そんな気持ちをずっと持っていました。児童養護施設に入所している子供たちの中には、発達障害を持っている子も多く、プラス心に大きな傷を負っている子供達が多いので、日々の保育は本当に大変なものです。発達障害なのか、虐待を受けたことによる症状なのかが、わからない場合も多くありました。そのような子供達は、今まで保育園などで見て来た多くの子供達とはやはり違うな、という場面が沢山ありました。接し方や、ケアの仕方も保育園で働いていた時とは、違っていたように思います。児童養護施設の仕事は、本当にやりがいのある仕事だと感じました。しかし、児童養護施設の職員の仕事はとてつもなく大変であることは確かでした。昼夜を問わず仕事になる場合がありますし、ろくに睡眠時間
0
カバー画像

褒められることが苦手

こんにちわ、エヌです。 今日は人から褒められることが苦手について記事にしてみたいと思います。 対応の仕方も私なりに考えていきたいと思います。 『すごいねー』 『仕事早いね。』『その服可愛いね』『センスいいね』 『器用だね』 などなど日常、人から褒めてもらえることがあります。 しかし、 何故か違和感があったり、 ひどい時には不快に感じてしまったりします。 褒められると居心地が悪くなります。 ********************************************************理由を考えてみると、 1.【自分が思っている自分と合っていない評価をされて違和感を感じる】 のかなと思います。 自己評価が人から言われた評価の違いが大きい程、違和感で不快に感じる。 2.【プレッシャーを感じてしまう】 これからも期待されると思ってしまい重く感じてしまう。 『期待していたのに残念』って言われないように 頑張ってしまう自分に疲れてしまうから。 ********************************************************以上のような理由があって褒められることが苦手になっていると 思います。 人から褒められた時は違和感を感じても 『ありがとう』『恐縮です』 『褒めても何もありません』などが言えるといいですね。 咄嗟の対応は感謝の言葉でいいと思います。 その後、褒めてもらった相手が 信頼できる人や、よく人を褒めている人 素直に喜んでもいいと思います。 しかし、職場の人など 損得な関係の人からの言葉であれば 素直に受け取っていいのか、様子をみた
0
カバー画像

「有料級」HSPやアダルトチルドレンで生きづらさを感じてる人へ

HSPは病的に傷つきやすく、繊細で心配性な人。アダルトチルドレンとは親が過保護の過干渉か無関心か虐待するほど厳しく育てられた人のことをいいます。またアダルトチルドレンの親は発達障碍の可能性が非常に高く、子供も遺伝して発達障碍の可能性も非常に高いです。アダルトチルドレンでも発達障碍をもっていない場合は、家庭環境をばねに厳しい芸能界で芸能人として大成功をしたり、一流企業に就職して厳しい出世競争に負けずに出世してお金持ちになっている方もいます。でも発達障碍を多かれ少なかれもっている場合は仕事も恋愛も人間関係もうまくいってない人が多いです。何度も転職を繰り返したり、人間関係や恋愛がうまくいかない人は発達障碍の勉強をして、発達障碍も自覚したほうがいいですよ。家庭環境を理由にするのは甘えだといってる人たちは、不幸な家庭環境でも発達障碍が遺伝しなかった人達だと思います。発達障碍をもっていない人は過去の経験をばねに成長したり、忍耐力が育って環境に適応していけるのですが発達障碍をもっていると過去にどんなに苦労をしてもそれをばねに成長して適応することが困難だからです。だから今の義務教育の現場では発達障碍の子たちに暴力をふるって厳しい指導や強制をしても無駄だからと体罰禁止になったそうです。発達障碍がない人は環境適応力がすごいです。人によって柔軟に態度を変えられるのですが発達障碍がない人は柔軟に態度をかえられない人が多いです。発達障碍の概念は日々かわって進化してます。昔は重症の人のみ、発達障碍とされてきましたが今は軽度の全く発達障碍ぽくない人も発達障碍と認定されるようになりました。また何度もうつ病を繰
0
カバー画像

【褒めたり・叱ったり】

 「他者の存在を認知している」、つまり、  「あなたがそこにいることを私は知って  います」、という意味の「ストローク」。  3種類の「ストローク」の中で、言葉を  使うのが、「言語的ストローク」である。 ────────────────────  肯定的な言葉には、応援する、褒める等、  否定的な言葉には、叱る、貶す等がある。  ただ、言葉は、人によって受け取り方が  違うため、応援の言葉が重圧を与えたり、  褒めたつもりが怒らせたり、叱る貶すと  いう意味で言った言葉を何故か褒め言葉  だと思わせたり、こんなことがよくある。  特に、鬱病等の人に励ますつもりで応援  の言葉がけをするのは厳禁とされている。  励ますことで、「これ以上どう頑張れと  言うのか」とか、「こんなにまで言って  もらってるのに今の自分って…」という  気持ちにさせる危険性があるからである。 ────────────────────  私は、褒められることで伸びるタイプだ。  叱られると結構引きずってしまい、真の  実力を発揮できない。どうも親はそこを  よく理解していなかったようで、子供の  頃から今に至るまで、褒められたことは  一度もない。叱ることだけは飽きもせず  毎日のように続けられた。今から思うと、  誤解や価値観の違いにも原因は多かった。 ────────────────────  兎に角、両親共に、我が子の悪いところ  にばかり目を向け、いいところは無視だ。  だから、私が成人するまで、私が多少は  歌に自信があることや、芸術志向である  こと、食べ物の好み等、両親が知らない  ことが
0
カバー画像

毒親に整形を強要されたり、心理的虐待を受けて来たのに、私が自己肯定感を獲得できた理由

私は機能不全家族育ちで、毒親からの虐待を受けて育ちました。結果として16歳で摂食障害と双極性障害になり、長い闘病生活を送っていましたが、今は回復し二人の息子と夫と幸せに暮らしています。そして2025年1月に毒親と絶縁して、毒親から解放されて今は新たな第二の人生がスタートしたような気持ちです。物心ついた時から整形を強要されてきた日々私は自分の親から、肯定されることなく育って来ました。もちろん「かわいいね」「大好きだよ」などという言葉も言ってもらったことはありません。それどころか、鼻が低いだの、エラが張っているだの、足が太いだの、顔がでかいだの、容姿に関してマイナスな事ばかり言われて育ちました。ブサイク的な内容の言葉もかけられて来ました。そして、私が産まれてすぐ、病院で初めて私に会った時に祖母から「これは酷いわね。整形するしか無いわね」と言われていたのよ。などという話も聞かされました。祖母だけではなく、母親も、整形をするように強要して来ました。「鼻を高くして、エラを削って・・・・」など、整形する箇所なども指定して来ました。そんなふうに自分の容姿に関して、マイナスな事しか言われてこなかったので、当然自分の容姿になど自信はないですし、ブスだと思って生きて来ました。高校生になって、捉え方が変わった出来事しかし、高校生になって、私のことが好きだと言ってくれる子が現れました。女子校だったので、女の子からでしたが、毎日のようにかなり長文のラブレターをくれました。そこには私のことが本当に大好きで、愛している、というような熱烈なメッセージが沢山書かれていて、私の顔も好きだということも書かれていまし
0
カバー画像

アダルトチルドレンだけではない我慢癖

あなたは、小さな我慢を沢山していることに気づいていますか?例えば、使っている途中で綿棒が折れる。イラっとする。綿棒の種類を変える。こういった、対象物に対して自分ひとりが介在する場合すぐに解決できます。では、社会生活家庭や、会社、学校などではどうでしょう。自分の所属しているコミュニティによっては「自分が我慢すれば。」「こんな些細なことくらい。」「波風たてたくないし。」「誰かの迷惑になるかもしれないし。」などと、我慢していませんか?だけど我慢すればするほど自分が雑に扱われているように感じたり理不尽に感じたり社会とは、そういうものだからと本当は納得していないのに自分の感情にドンドン蓋をしていき鈍感になっていませんか?小さなストレスを感じたらそれを周りの人に伝えてみたことはありますか?もしも、伝えたことがないのならいちど、伝えてみませんか?私は、自分が我慢していることに気づいていることもあれば無自覚のうちに我慢していたことが沢山、ありました。今はえ?そんなことまで伝えて大丈夫なの?と以前の私なら感じたことまで伝えています。伝えることで、何も起こらなかったどころか実は、周りも同じように感じていたりして改善されていくのです。そして、周りの人たちもそんなことも伝えて良いんだと感化されどんどん楽になっていくのです。自分も周りもハッピーになるから不思議です。自分を愛する自分を大切に扱うラグジュアリーなスパにいっりてみたりホテルのラウンジでお茶をしてみたりハイブランドのものを身につけたりそういった方法もあるでしょう。それで満たされるのなら、それでも良し。だけど、その時は満たされてもどんどん不足ばか
0
カバー画像

子どもでいる前に、役を担っていた。

※母親を嫌いになりたい話ではありません。ただ、自分の人生を守るための話です。答えを出すための記事ではありません。ただ、同じ場所で立ち止まっている人に、「ひとりじゃない」と伝えたくて書いています。幼い頃、私は子どもでいるより先に、母の感情を受け止める役を担っていた。それは、「大変だったね」と言ってもらう側ではなく、「わかるよ」「そうだよね」と大人を支える側の役だった。母はよく、私に話をした。父のこと。お金のこと。うまくいかなかった人間関係のこと。近所で起きた出来事のこと。話題は違っても、そこに流れてくる感情はいつも同じだった。不満。不安。怒り。そして、自分は被害者だと肯定してほしい気持ち。私は、それを受け止めていた。否定せず、疑問も挟まず、母の感情が正しいものとして収まる場所になっていた。子どもにとって、親の感情はとても大きい。それを受け止めるには、あまりにも重すぎた。ときには、母の都合を守る役も求められた。「こう言っておいて」そう頼まれたあと、母は必ずこう付け加えた。「嘘も方便だからね」その言葉の使い方が違うことは、子どもながらにわかっていた。父に嘘をつくことは、何か悪いことの片棒を担がされているようで、父を裏切っているようで、罪悪感を感じていた。それでも私は、母が悪者にならないための役を引き受けていた。私は今も、昔も変わらず、嘘が大嫌いだ。嘘をつくのも、嘘をつかれるのも。感情をぶつけられることもあった。不機嫌を浴びることもあった。泣けば、怒られた。理由があっても、なくても。不安で泣いても、寂しくて泣いても。泣くこと自体が、許されなかった。それでも私は、泣いていた。泣きたかった
0
カバー画像

アダルトチルドレンとは?

こんばんは♪まろみです。いかがお過ごしですか?今晩は久々に居酒屋でお酒を飲んできました。家庭環境からお酒に嫌悪感を持っていた時期があって離婚してからしばらくはあまりお酒を楽しむ習慣があまりなかったんですね。それでも今は居酒屋で酎ハイ2杯くらいは飲める様になって(弱っ)楽しくなさそうな飲み会ではまず酒(ガソリンとも言う)を飲むのが習慣に😁「あー私だとこんな感じでアルコールから離れられなくなるのかも」と思ったりもするんですよね。これぞ負の連鎖ですね。でも幸い、参加する飲み会が少ないのでラッキーです♪みなさん、お酒は依存性のある飲み物ですので楽しく節度を持って飲みましょうね♪古いですが「お酒は百薬の長」なんて大ウソですからね。---ブログに何を書こうか迷走しているのですが今日はアダルトチルドレンの事でも書こうかなと思います。世の中にはアダルトチルドレンという言葉を知らない人も多いし知っている人でもその概念を受け入れられる人と受け入れられない人がいて「アダルトチルドレン」と言うと「何言ってるの」とバカにする人もいるのですが日本人の8割はアダルトチルドレンだそうです。受け入れられない人は「何言っているの、あなたの訴えは別にめずらしくもない」という理由で受け入れられない人がほとんどなのですがそんなあなたも実はアダルトチルドレンかもしれません。その理由は地域性によるもので、特に東アジアは家族を1つの単位として地域共同体など集団行動をとる事にも起因するという研究結果があるそうです。父親や母親子どもなど家庭の中で役割分担があり家族で助け合う、地域で助け合う‥古くは江戸時代の五人組制度がありますよ
0
カバー画像

役割をもって生まれてきたと考えてみる

毒親とか機能不全家族とかアダルトチルドレンという言葉はちょっと刺激が強すぎる、自分の場合はそこまで当てはまらない、という方は少なくないのではないでしょうか。でも人とうまく接することができなくて疲れる。不安にいつもおおわれている。おだやかな気持ちになれない。この原因はやはり親なのかなと考えてしまうとしたら辛いですよね。なぜなら親には感謝している部分もあるし、親孝行してあげたい気持ちもあるから、悪く思いたくないから。複雑で矛盾しているんですよね。もう少し明るくすがすがしい気持ちになるために、こんなにつらい気持ちを抱えて生きていることに、あえて意味を付けてみるのも一つの手段なのではないかと私は考えています。「この親から受けた負の連鎖を断ち切る役目が私にはある」親が原因かどうか分からないし、自分のせいかもしれない。でもとにかく、このしんどい思いに理由を付けて向き合ってみるのも一つの方法かもしれないと思っています。「この苦しい経験を他の人に広げず食い止めるために、これを終わらせるために私は選ばれたのだ」そうとらえてみて、その役を引き受けてみるのはいかがでしょうか。私はあなたの荷物を一緒に背負うことはできませんが、あなたに寄り添い応援することはできます。あなたの人生の主役はあなたであり、その心と体はあなただけのもの。不安で孤独で苦しい時に、私が心から応援していることを一瞬でも思い出してくれたら嬉しいです。
0
カバー画像

「普通の家族って何?」

私の家では、よく怒鳴り声が響いていました。父と母の喧嘩は日常茶飯事。泣き叫ぶ声やドアの音に、私はいつもびくびくしていた。かといって、私に関心が向けられるわけでもなく。何をしてもあまり反応がなくて、「ちゃんと見て」と思う反面、下手に注目されると怒りの矛先になりそうで、いつも気配を消すようにして生きていた気がします。だから、友達の家に遊びに行ったときのことは衝撃でした。夕飯の時間になると、家族みんなが自然にテーブルを囲み、「今日どうだった?」「疲れてない?」って言葉が飛び交う。誰も怒っていないし、誰かが話している時にちゃんと耳を傾けている。そんなの、私は見たことがありませんでした。 🌱 自分の“普通”が揺らいだ日「うちって、ちょっと変なのかな?」そう思ったのは、その日が初めてだったかもしれません。今までは、喧嘩が絶えない家も、放っておかれるのも、「まあ、そういうもんでしょ」と思っていた。親にかまってほしいなんて思うこと自体がワガママだとすら感じていました。でも本当は、気づかないふりをしていただけだった。「家って、こんなに安心できる場所にもなるんだ」そう知った瞬間、自分がどれだけ緊張して生きていたかに気づきました。 ☁️ “普通の家庭”なんて、どこにもない。でも…もちろん、完璧な家庭なんてない。どんな家にもいろんな事情があることは、大人になった今ならわかります。だけど、「怒鳴り声がない」とか、「安心して会話ができる」とか、「感情をぶつけられない」とか、そういう“最低限の安全”があるかどうかは、とても大きい。私が育った家では、それがなかった。だから今、私の中で「安心できる関係とは何か?
0
カバー画像

「親を悪く言っちゃいけない」——そう思って苦しくなっていませんか?

親への“モヤモヤした感情”を抱えてしまうあなたへ。「親のこと、嫌いだと思っちゃダメだよね…」「親にも苦労があったんだし…」「育ててくれたんだから、文句言うなんて最低だよね…」そんなふうに、“親へのネガティブな感情”を抱いた自分を責めてしまったことはありませんか?でもね、もしあなたが今、「なんでこんなに苦しいんだろう」と感じているのなら、その感情は抑えつけるべきものではなく、ちゃんと見てあげるべき“心の声”かもしれません。🕊️ 親を嫌いになるのが怖いのは、自然なこと私たちは、どんなに辛いことをされても、心のどこかで「親に認められたい」「親から愛されたい」と願っています。特に、子どもの頃に🔸無視されたり🔸否定ばかりされたり🔸怒鳴られたりそんな体験があると、親に対して「怒り」や「悲しみ」を感じて当然なのに、「親を悪く思うなんて、自分が間違ってるのかも」と、自分の感情を押し殺してしまうことがよくあります。💭 親を責めること=“親不孝”ではありませんここで、ひとつ大切なことをお伝えさせてください。「親を悪く思うこと」と「親を責めること」は、同じではありません。あなたがもし、「悲しかった」「怖かった」「本当は、甘えたかった」そう思ったとしても、それは**あなたの中に確かに存在している“正直な感情”**です。それを認めることは、親への仕返しではなく、自分を大切に扱い直すことなんです。🌱 苦しみの正体がわかると、心はゆっくりほぐれていく私自身、親にされたことを思い出すたびに、「でも親も大変だったから…」と自分の気持ちを飲み込んできました。でも本当は、「怖かった」「つらかった」「さみしかった」そ
0
カバー画像

毒親に育てられた私が、毒親にならないように、子育てで日々気をつけている事①

私は毒親から虐待を受けて育ち、結果として16歳で摂食障害と双極性障害になりました。しかし、今は摂食障害も双極性障害も回復し、健康に夫と息子と楽しく生きられるようになりました。悲しいことに、「虐待は連鎖していく」「毒親に育てられた親は毒親になってしまう」などと言われる事があります。それは紛れもない事実ではあるかもしれません。実際に私の母親の親も毒親で、母親は虐待を受けて育ってきたようでした。でも、虐待を受けてきた、毒親に育てられた人達が必ず虐待をしたり毒親になってしまうわけではありません。虐待をせずに立派に子育てをされてきた方も沢山います。私は、保育士や子育てアドバイザーの資格の勉強をしていく中で、虐待や子育てについて深く学んできました。実際に保育士の仕事を13年してきた中でも実際に子供たちと関わりながら、沢山学んできました。その中で、「虐待をしない」「毒親にならない」方法を自ら編み出して、現在虐待をせずに、毒親にならずに子育てができていると思っています。保育士としてもしっかり仕事が出来てきたと思います。その方法について一部ですが、特に大切にしていることを今日はお話させていただきたいと思います。暴力をしたり、暴言は吐かないと言うのは第一前提の上でのお話になります。小さなことでも良いので、褒める。特に努力したことを褒める。毎日子供たちと生活する中で、注意しているのが、「褒めること」です。私自身は、親からは褒められたことがありませんでした。どんなに頑張っても頑張っても、褒めるどころか辛い言葉を投げつけられて、本当に傷ついてきました。私は、褒められることに飢えていたと思います。褒められ
0
カバー画像

毒親だと最初はわからなかった私が、毒親と気づいたきっかけと、孫ができてからの関係について

私は毒親に虐待を受けて育ち、結果として16歳で摂食障害と双極性障害になりました。しかし、今は摂食障害も双極性障害も回復し、健康に夫と息子2人と楽しく生きられるようになりました。周りの子達が親を求めるのが不思議で仕方なかった幼少期幼稚園の頃が一番、毒親からの身体的虐待や心理的虐待が酷かった時期だと思うのですが、その頃自分1人で友達の家に遊びに行くことがありました。その時に、友達がお母さんの膝の上に乗って、「ママ大好き!!」とぎゅっと母親に抱きついて母親も「大好きだよ〜!!」と言って頭を撫でているシーンを目撃しました。私は、見てはいけないものを見てしまった!!と思って、さっと物陰に隠れてしまいました。「この親子はおかしい。異常だ・・・」と思ってしまったんです。今考えれば、何もおかしくはない親子のスキンシップなのですが、当時の私は親からそんなことをされることなど絶対にないし、そういう事をするのはおかしいという感覚がありました。そして幼稚園はバス通園でしたので、近くの公園がバス停になっていました。幼稚園から帰ると、そこに近所の幼稚園の子供達が数名降りて公園で遊ぶというような流れになっていました。私以外の子供達は、バスから降りるとすぐに親に駆け寄り「ママー!!!」などと言って抱きついたりしていましたが、私は一切母親の方には近寄らず、目もくれず、公園の遊具に向かって走って行っていました。「他の子はママの方にかけ寄って、ママに会いたくて仕方がないのに、あんたはこっちを振り向きもしないで、とにかく遊びたい遊びたいで、本当に可愛くなかった!!」と母親は話していましたが、遊びたいというよりも、母親
0
カバー画像

虐待は連鎖する?毒親の親は毒親?〜連鎖を断ち切るために私が努力してきたこと〜

私は毒親に虐待を受けて育ち、結果として16歳で摂食障害と双極性障害になりました。しかし今は摂食障害も双極性障害も回復し、健康に夫と息子2人と楽しく生きられるようになりました。さて、今回は毒親に育てられた私の母親の話と、虐待の連鎖を防ぐために私がやってきたことについて話したいと思います。私の母親の、母親(祖母)との関係私の母親の両親も毒親だったようです。毒親の親は毒親だとか、虐待は連鎖するとは言われているものの、母親はまさにその通りになってしまった人です。母親の父親(私の祖父にあたる人です)は話によると、アル中で母親が言うには、頭がおかしい人だという事でした。母親の兄は父親から暴力を受けていたようです。母親は暴力は受けたことはなかったようですが、おそらくその光景を見ていたことでしょう。そのアル中の父親は母親が小さい頃に亡くなりました。母親は涙など一切流さず、死んだことが嬉しくてたまらなかったと言っていました。母親の母親(私の祖母にあたる人です)は、シングルマザーになり、生きていくのに必死で働き詰めだったようです。夜にも仕事をしていて、夜に家を空けることが多かったようです。幼い兄弟を残して仕事に出かけなければいけない状態でした。母親はその時の事を寂しくて本当に辛かったと話していました。辛い言葉も沢山かけられたようでした。そんな祖母でしたが、私は幼い頃にとても良くしてもらいました。地方に住んでいたので、夏と冬にしか会えませんでしたが、私は朝5時頃に起きる祖母と一緒に起き出して、2人で料理をしたり、話をしたり、おやつを食べたり、色々な事をしました。出かける時も大体一緒に着いてきてくれて
0
カバー画像

虐待によって脳が傷つけられた結果、精神疾患になりました。

私は、毒親から虐待を受けて育ちました。今回は虐待を受けた結果、脳が傷つけられ、精神疾患になってしまった私のお話をしたいと思います。病気になった時の毒親の反応私は16歳の時に摂食障害と双極性障害になりました。なった時には、親から「お前は病気になりたがっているだけだ!病気なんかじゃねぇ!弱いからそんなふうに考えるんだ!もっと強くなれよ!」などと言われました。親にバレないようにこっそりと病院に通っていたこともありました。結局バレて後からとても酷い目に遭いましたが。。やっと確実に病気だと理解してからは、「病気になんかなりやがって!!こんなに金かけて来てやったのに!恩を仇で返しやがったな!!」などと言われたり、双極性障害がひどくて一番辛い時には、「死ねるもんなら死んでみろ!俺はお前が明日の朝、そこで首吊って死んでてもしらねぇよ」などと言って来ました。特に死にたいなどとは言っていませんでしたが、そういう風に言うことが私を傷つけることだとわかっていたのでしょうか。その後私は自殺をしようと大量の精神薬を飲んで一升瓶に入ったお酒をそのままがぶ飲みしてODをしました。しかし、あまりに気持ち悪くなって大量に吐いてしまったので死なずに済みました。それは実家で行いましたが、毒親達は何も気づくことなく、いつも通りの生活を送っていました。次の日、私は身体が動かなかったのでずっとベッドに横になっていましたが、死ぬということはそんなに簡単なことではないんだなと、ぼんやり思ったのを覚えています。そのようなことを言われ続け、親は私が病気になったことを微塵も自分たちのせいだとは思っておらず、むしろここまで育ててやった
0
カバー画像

機能不全家族の中で育ちました

こんにちは心理カウンセラーのなぎです。今回は、私のことをお話したいと思います。私の父は、パチンコがやめられないギャンブル依存症でした。休日はもちろん平日も毎日仕事帰りに閉店までパチンコをしていました。お金が無くなると平気で生活費や子供だった私の貯金箱からも持っていきました。大人になってからも自分の部屋にお金を置くと持って行かれました。母は、文句を言いながらもそれを許してきました。共依存だったのです。両親には何度も裏切られながら、でも自分の親を信じなければと思い込み苦しみました。私が結婚して家を出て十数年後、父が家を抵当に入れギャンブルのための借金をしました。当然返す見込みはありません。両親は離婚しました。離婚後、父に共依存していた母は、私に依存してきました。その依存は強く、私の家庭を壊しかねないほどでした。その時、本当は精神的な問題を抱えているのは母の方で、父は追い詰められて逃げていたのかもしれないと思いました。母の依存はますます強くなる一方で、それに耐えきれずとうとう私は心身ともに不調になり、「死んで楽になりたい」と思うようになってしまったのです。そしてカウンセリングや心療内科に通うことになりました。そんな時、知人と話をしているうち私の今の状態が話題となりました。しかし、今まで友人や夫に話しても拒否されるか話をそらされるかだったので、躊躇しました。ですが知人は、いろいろ苦労されている方なので勇気を出してお話をしました。「あなたは悪くないよ。よく頑張ったね」その言葉で、自分を肯定してくれたと思い嬉しくて涙が出ました。どん底だった私の心は、それから少しずつ上向きになっていきました
0
カバー画像

自分だけ助かってはいけない?やさしい貴方が思うこと。

こんにちわ。エヌです。 今日はこんな場面を考えてみました。 私だけ毒親から距離をおくことが出来ない と悩む。その原因は妹の存在。 私だけ毒親と距離置くことなんて 妹が心配でできない。 優しいあなたは思うかもしれません。 既に親子の逆転がおこっている状況にも 思えます。 毒になる親との関係で自分が壊れそうな時に もし自分だけでも距離を置くことが出来るのなら、 どうか距離を置くことを真剣に考えて、実行してもいいと 私は思います。 妹がいて心配だから自分だけ、って思うのなら、 まずは、自分が安全な場所を作って 自分の心身共に安定を図って、 安全な場所から妹を助けてあげてほしい。 まずは自分のことを考えてることがのちに妹を救うことに繋がる。 大事なので何度も言わせて。 まずは、自分のことを第一に考えること。 それは悪いことじゃない。 あなたは、自分を大事にしないといけない。 最後まで読んで頂きありがとうございます。
0
カバー画像

【65】「噛み付くって、例えがあればどんなのですか?気を付けたいので教えてほしいです。」

【有料記事】ココナラコンテンツマーケットへ
0
カバー画像

「はじめて、ちゃんと息ができた日」

私は「すごい人になりたい」と思っていたわけではありませんでしただ、「家のことがバレたら終わる」と思っていたのです。誰かに笑われたり、見下されたり、避けられたり──そんな目に遭うのが怖くて、「優秀な人間」を演じるしかありませんでした。それが、私なりの“身を守る方法”だったのです。 ☁️ ゴミ屋敷に住んでいた、という事実私の家は、いわゆる“ゴミ屋敷”でした。他人にはとても見せられない、カオスの中で暮らしていたんです。学校では「しっかり者」「ちゃんとしてる子」と言われていましたが、内心はずっと、「バレたら終わりだ」と、毎日が綱渡りのようでした。学校でも笑われないように、嫌われないように、本音や弱さを押し殺して、「優等生」を演じ続けていました。🗡️ 優秀であることは、盾だった私は目立ちたかったのではなく、「安全にその場にいられる方法」が、“できる子でいること”だったのです。良い成績を取り、礼儀正しくして、人の役に立って──「この子は攻撃しちゃいけない」と思ってもらうことが、私にとって唯一の自己防衛でした。 🌧️ 自分を守るための仮面が、苦しくなったでも、ずっと“優等生の仮面”をかぶって生きていると、本当の自分がどこにいるのか、だんだんわからなくなってきます。疲れても、泣いても、限界でも、「ちゃんとした人」でいなきゃいけない。誰かに「え、そんな家なの?」と言われたら、その瞬間、すべてが崩れてしまいそうで怖かったんです。 🌱 「優等生じゃなくても、生きてていい」と思えた瞬間今でも、完全に抜け出せたとは言えません。「ちゃんとしていないと嫌われるかも」という不安は、ふと湧いてきます。でも最近、
0
カバー画像

いらない物ばかり持ってくる(送ってくる)毒親の心理とは

私は機能不全家族育ちで、毒親からの虐待を受けて育ちました。結果として16歳で摂食障害と双極性障害になり、長い闘病生活を送っていましたが、今は回復し二人の息子と夫と幸せに暮らしています。そして2025年1月に毒親と絶縁して、毒親から解放されて今は新たな第二の人生がスタートしたような気持ちです。ゴミやいらない物ばかり持ってくる母親大学に入ってから、毒親から逃げ続ける生活を送っていた私ですが、そのまま夫と同棲し、結婚しました。今までは毒親と殆ど連絡を取らず、自分の居場所も不確定にしていましたが、結婚するにあたって、毒親に自分の住んでいる場所を教えてしまいました。すると、毒親は連絡もなしにしょっちゅう家にやってきて、私に毒を吐き始めたのです。毒を吐くのと同時に、いつもいらない物やゴミのようなものを置いていくようになりました。居留守を使ったりしていましたが、アパートだった為、電気がついていたりベランダで洗濯物を干していたりすると、居留守を使ってもバレてしまうこともありました。そして、毒親のせいもあって流産を経験し、もう毒親から離れるしかないと思って遠くへ引っ越しもしました。引っ越し直前の時にもやってきて、居留守を使うと、玄関のドアの前に大量のゴミのようなものを置いて帰りました。それは壊れた立たないクリスマスツリーなどで、本当に粗大ゴミの処理のために置いていったような感じでした。毒親が置いていった迷惑な物達引っ越してからも、母親は来るたびに色々ないらない物を置いていきました。置いていった迷惑なものとは、・カビの生えたカバン・壊れて立たないクリスマスツリー・カビの生えたチョコレートなどのお菓
0
カバー画像

毒親との絶縁話をママ友にしたら、自分の身体の反応が予想外だった話

私は機能不全家族育ちで、毒親からの虐待を受けて育ちました。結果として16歳で摂食障害と双極性障害になり、長い闘病生活を送っていましたが、今は回復し、二人の息子と夫と幸せに暮らしています。私が感じたママ友とは長男は年中の途中まで保育園に通っていましたが、その時は保育園ママは忙しいという事だったり、コロナ禍であまり会話をするような状況でもなかったので、ママ友というものは殆どできませんでした。幼稚園に転園してからは、周りは殆ど専業主婦の方が多く、毎日送り迎えが一緒になったり、ママ友同士でランチをしたりお茶をしたりする機会がとても増えました。幼稚園の後に子どもを一緒に遊ばせながらお喋りをしたり、サークル活動をしたりと、その他にもママ友との関わりは、かなり密なものとなって行きました。私は仕事もしていたので、預かり保育を利用しており、毎日の送り迎えにお喋りをしたりする機会も他のママ達よりも少なく、仕事の都合がつけばママ会にも参加するという感じでしたが。そんな中で今までできたことがなかった「ママ友」ができました。「ママ友」という響きには正直、怖いイメージがありました。保育園などの勤務が長かったので、沢山のママ達を見てきていましたが、モンスターペアレンツのように怖いママ(パパ)も色々と見てきたこともあったせいもあります。しかし育児は孤独で、自分の親は毒親で助けてもらったり、相談や話をするという概念もあまりなかったので、気軽に話せる友達が欲しいなぁと思っていました。小中高大の友達や幼馴染はいますが、遠方であったりするため、LINEでチャットなどはよくしていますが、実際会うとなるとハードルも高いで
0
カバー画像

毒親に育てられた私が、毒親にならないように、子育てで子育てで日々気をつけていること気をつけていること②

私は毒親から虐待を受けて育ち、結果として16歳で摂食障害と双極性障害になりました。しかし、今は摂食障害も双極性障害も回復し、健康に夫と息子達と楽しく生きられるようになりました。前回は直接子供への接し方などで気をつけていることについて書かせて頂いています。今回は子供への接し方以外で、私が毒親にならないように日々子育てで気をつけていることをご紹介させて頂きたいと思います。①でもお話していますが、悲しいことに「虐待は連鎖していく」「毒親に育てられた親は毒親になってしまう」などと言われることがあります。それは紛れもない事実ではあるかもしれません。でも虐待を受けてきた、毒親に育てられた人たちが必ずしも虐待をしたり毒親になってしまうわけではありません。虐待をせずに立派に子育てをされてきた方も沢山います。今回は前回に引き続き、「虐待をしない」「毒親にならない」ように私が自分なりに編み出してきた方法についてお話していきたいと思います。頼れるサービスはとことん使う①一時保育の保育園利用毒親に育てられてきたり、摂食障害になってしまったりした人に特に多い気がするのですが、そういう辛い思いをしてきた人ほど、「周りに頼る」ということが苦手で、1人でなんとかしようと頑張りすぎてしまっている気がします。今までは1人でもなんとかなることもあったかもしれません。しかし人間は1人では生きていくことができません。特に子育てに関しては一人ではなかなかうまくいかないものです。加えて、子育ては24時間労働です。一人でなんとかしようとしたら、身体が壊れてしまいます。しかし、今は核家族であることが一般的です。必然的に夫婦二人
0
カバー画像

毒親から逃げることで、病気が回復していった話

私は毒親から虐待を受けて育ち、その結果、16歳で摂食障害と双極性障害になりました。長い闘病生活でしたが、摂食障害は15年ほどかけて完治。双極性障害も回復しました。この病気の回復に絶対に必要だったと思うことは、毒親から逃げる事でした。今回は毒親からどのようにして逃げていたのかをお話したいと思います。大学生になり、家出生活が始まる親に反抗することが許されず、一度も反抗期を迎えること無く育った私は(親の思い通りではない言動をすると、縁を切る!などと言われてしまっていました。)大学生になりました。大学は美術大学でしたが、制作や練習など以外は、主に授業は夜間なので、朝から夕方まで働き、夜から学校に行くスタイルでした。その為、授業は21時過ぎまであり、必然的に帰るのは遅くなりました。そうすると、だんだん家にいなくても良い時間が増えて行き、その暮らしに救われていることに気づきました。家に帰れば常に不安で怖くて落ち着かなくて、辛い気持ちでいなければならなかったので、家に帰らない方が、病気も良くなるかもしれないと思いました。アルバイトを沢山掛け持ちして、毎日長時間働いていました。しかしこの時期は、病気もどんどん悪化して行った時期でもありました。双極性障害の躁状態だったのだと思います。24時間働いて、そのままディズニーランドに友達と行ったり、3日ほど眠らないで制作や仕事をするなどしても「全然平気!!」と周りに言ったりしていました。拒食状態だったので、食べ物もろくに食べていませんでした。3時間ほどの睡眠時間で生活していた時も多かったと思います。家に帰らなかったり、家にいない事が増えて、そのような現状
0
カバー画像

自分が生きづらい境遇にいることを知る。

はじめにあなたは、自分が生きづらい境遇にいることに気づいていますか?片親育ちや貧困家庭育ちなど、一般的に「生きづらい」とされる境遇にいる人は、その境遇を自覚していることが多いと思います。しかし、両親が揃っていて、経済的に困窮していない家庭で育った人でも、実は生きづらい境遇にいることがあります。それは、機能不全家族で育った場合です。機能不全家族とは機能不全家族とは、家族の役割がうまく機能していない家族のことです。具体的には、以下のような特徴があります。親子関係が良好ではない親の一方または両方がアルコール依存症やギャンブル依存症などの問題を抱えている親の一方または両方が精神疾患を抱えている家族の中で暴力や虐待が繰り返されている機能不全家族で育った人の困難機能不全家族で育った人は、以下のような困難を抱えることがあります。人との関わり方がわからない自分の感情をうまく表現できない自己肯定感が低い対人関係や仕事でうまくいかない自分の境遇を自覚する機能不全家族で育った人が、まず最初にすべきことは、自分が生きづらい境遇にいることを自覚することです。しかし、これは簡単なことではありません。機能不全家族で育った人は、幼い頃から親の顔色を伺いながら生きることに慣れています。そのため、親や家族の行動が異常であることに気づきにくいのです。自分の境遇を理解する自分の境遇を自覚するためには、まず、自分の家族がどのような家族なのかを理解する必要があります。そのためには、以下の方法が有効です。自分の家族の歴史や背景を調べる家族のコミュニケーションの様子を観察する家族の過去や現在の問題について、親や家族と話し合う
0
カバー画像

父を悪者にして、家は保たれていた。

※母親を嫌いになりたい話ではありません。 ただ、自分の人生を守るための話です。 答えを出すための記事ではありません。 ただ、同じ場所で立ち止まっている人に、 「ひとりじゃない」と伝えたくて書いています。 子どもの頃、私は父のことを「悪い人」だと思っていた。母の話を聞き続けていれば、そう思うしかなかった。家が苦しいのは父のせい。お金が足りないのも父のせい。母が不機嫌なのも、報われないのも、全部、父が原因だと教えられてきた。だから私は、父を責める側に立った。母を守るために。それが、この家で生きるためのいちばん安全な立ち位置だった。大人になってから、少しずつ見える景色が変わった。父には問題がなかったわけじゃない。お金の使い方も、生き方も、家族にとって苦しかった部分は確かにあった。でも同時に、父は最低限の責任は果たしていた。仕事をし、家族を養い、母に全面的に従うことだけは、最後まで拒んでいた。今ならわかる。父は「自由」だったのではなく、「支配されなかった」だけだったのだと思う。母にとって、それは許しがたいことだったのかもしれない。思い通りにできない相手。完全に管理できない存在。だから父は、家族の中で“悪者”の役を引き受けることになった。そして私は、その物語を信じる役を担った。父は病気で、還暦を迎える前に亡くなった。離婚はしなかった。家族を捨てることもしなかった。でも、母の望む人生を生きることも、最後まで選ばなかった。今なら、父にこう言いたい。「自分の人生を、ちゃんと生きたね」と。それは称賛でも、美化でもない。ただ、事実として。この話は、父を持ち上げるためのものではない。ただ、誰かを悪者
0
カバー画像

虐待をしている親ほど、自分達が虐待しているとは気づいていない現実

                                                                                                                                                                                                          こんにちは、13年間保育士をしてきました、子育てアドバイザーの、かっぱママです。私は毒親に虐待を受けて育ち、16歳で摂食障害と双極性障害になり、15年もの間苦しんできましたが、今は回復し、摂食障害は完治しました。今年の1月に毒親と縁を切り、今は毒親ストレスも無くなり、安心した生活を送っています。虐待のニュースに、他人事の毒親達テレビのニュースなどで度々報道される、虐待のニュース。これは、私の幼い頃からずっとあった事ですが、そのようなニュースを見るたびに、「ああいやだ!!世の中には、なんて酷い親がいるんだろうね。虐待する人の気がしれないわ!!本当に、自分の子供にこんなことをするなんて考えられない」と母親。「そんなひでぇ事するんだったら、子供なんか産むんじゃねぇよ!!」と父親。初めてその言動を聞いた時は、幼かったのでわからなかったですが、大人になって、自分の親が毒親で、自分は虐待を受けて来たんだとわかってからは、「えっ??自分達だって同じようなことして来たじゃん!!なんで、そんな他人事なの?自分たちも、虐待して逮捕された人とやってることは、そこまで大きくは変わらないよ?」と思いました。
0
69 件中 1 - 60