毒親に整形を強要されたり、心理的虐待を受けて来たのに、私が自己肯定感を獲得できた理由

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コラム
私は機能不全家族育ちで、毒親からの虐待を受けて育ちました。
結果として16歳で摂食障害と双極性障害になり、長い闘病生活を送っていましたが、今は回復し二人の息子と夫と幸せに暮らしています。

そして2025年1月に毒親と絶縁して、毒親から解放されて今は新たな第二の人生がスタートしたような気持ちです。


物心ついた時から整形を強要されてきた日々

私は自分の親から、肯定されることなく育って来ました。
もちろん「かわいいね」「大好きだよ」などという言葉も言ってもらったことはありません。

それどころか、鼻が低いだの、エラが張っているだの、足が太いだの、顔がでかいだの、容姿に関してマイナスな事ばかり言われて育ちました。
ブサイク的な内容の言葉もかけられて来ました。

そして、私が産まれてすぐ、病院で初めて私に会った時に祖母から「これは酷いわね。整形するしか無いわね」と言われていたのよ。などという話も聞かされました。

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祖母だけではなく、母親も、整形をするように強要して来ました。「鼻を高くして、エラを削って・・・・」など、整形する箇所なども指定して来ました。

そんなふうに自分の容姿に関して、マイナスな事しか言われてこなかったので、当然自分の容姿になど自信はないですし、ブスだと思って生きて来ました。

高校生になって、捉え方が変わった出来事

しかし、高校生になって、私のことが好きだと言ってくれる子が現れました。
女子校だったので、女の子からでしたが、毎日のようにかなり長文のラブレターをくれました。
そこには私のことが本当に大好きで、愛している、というような熱烈なメッセージが沢山書かれていて、私の顔も好きだということも書かれていました。
この女の子からもらった愛情は、当時摂食障害や双極性障害で悩んでいた私に、自分を肯定できる気持ちを芽生えさせてくれました。

当時、私はかなりボーイッシュで、髪型はベリーショート。
ワックスで髪の毛を立てて登校していました。
映画制作などを行なっていたので、その中で男役をやることも多く、
女子校特有なものかと思いますが、普段の生活でもかなり男役に近い立ち位置でした。

後輩や同学年の子達から、「かっこいい!!」ともてはやされることもあり、
男っぽかったので、周りからよくひやかされて、女の子っぽい可愛い子とカップルのように噂されるようにもなりました(ふざけ半分で周りがただ楽しんでいるだけということが殆どでしたが←女子校ではよく見かける光景です)
舞台やダンス、バンドのライブなど(ドラムをやっていました)の発表の場でもかなり、女子達から「きゃーきゃー」ともてはやされることがありました。

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このような一連の体験から、私はもしかしてそんなにブサイクじゃないのではないか。
生きてても良い存在なのではないか。という気持ちが少しずつ芽生え始めました。

しかし、この高校生の時期というのは病気的にもとても辛い時期でしたし、
毒親からの心理的虐待も酷かったので、そのようなプラスの体験だけではとてもなんとかなるような状態ではありませんでしたが。
それでも、今ままで肯定されることなく、容姿にもマイナスな事しか言われていなかった自分にはとても大きなプラスの出来事でした。

美容整形外科に連れて行かれた時の話

幼い頃から整形を強要してきた毒親ですが、実際に美容整形外科に私を連れて行ったことがあります。

それも高校生ぐらいの時しょうか。
私は内容もよく聞かされず、美容整形外科に連れて行かれ、先生と相談をすることになりました。

その中で、エラを削るという手術は大変なもので、時期を考えないとできないことや、
その他目や鼻の整形手術の話も聞きました。
芸能人の誰が整形をしていて、「整形するとこういう風になる」という写真も見ました。

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しかし、美容整形には多額のお金がかかることを知った母親は、病院を後にし、
帰ってから「これから自分の整形のための貯金をしなさい。まずはエラ削り貯金をしなさい」と言って来ました。

親からはお金は出さないから、自分で貯金をして整形しろという事でした。
私は整形のために貯金をしなければいけないのだな、とその時は何も疑いを持たず、そう考えていました。

大学生になって芸能事務所に入った時の話

そんな私は大学では今までやってきた、映画制作や舞台制作を主に勉強する学部に入り、活動を始めました。
脚本や監督、演出などをやることも多かったですが、役者としても活動しており、やっていくうちに役者の道に進みたいと思うようになりました。
そして、大学在学中に芸能事務所のオーディションを受けることにしたのです。
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親はもちろん最初は反対していました。「あんた自分の顔鏡で見たことあんの?芸能事務所っていうもんは、美人で可愛い人達が行くもんなんだよ。例えば〇〇ちゃんみたいな(友達でとても可愛い子の名前)あんたなんか無理に決まってるよ」
と言われました。

私は小学生くらいの頃から役者になりたいという夢があったのですが、
「一度役者になりたいなぁ」などとつぶやいた時にも、同じようなことを言われたので、
それ以来、役者になりたいなどとは言えなかったのですが、
自分の夢を実現するために意を決して言うことにしたのでした。

以前の私だったら、そこで諦めていたかもしれませんが、高校生の時に私を好きだと言ってくれた子や、もてはやしてくれた子達の事を思い出して、
ダメ元でも良いから挑戦しようと思い立ったのでした。

そして芸能事務所オーディションの日。
朝ドラや、NHKの連続テレビ小説で主役を張るような俳優が沢山いるような事務所だったので、おそらく何百人という数の人達がオーディションに参加していました。
もちろん美人でスタイルの良い人たちは沢山いました。

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当時私は摂食障害だったので、かなり痩せていて、スタイルは良かったと思いますが、
顔にはもちろん自信はありませんでした。
自信がない分、自分ができる事を思う存分そこで見せようと、必死に頑張りました。

そして、見事10人ほどの合格者の中に入り、芸能事務所に所属することになったのです。

合格の通知が来た時は、かなりびっくりしましたが、この経験はとても自分の自己肯定感を上げる出来事になりました。

私はブスだと思っていたけど、そこまでブスじゃないのではないかという気持ちがどんどん強くなりました。
もちろん親もびっくり仰天していました。

このような経験で私が感じたこと

以上のことで私が感じたのは、毒親の洗脳によって自分はブスで、整形しなければならないようなどうしようもない容姿なのだと思い続けていましたが、実際はそうではなかったということでした。

毒親の洗脳というのは本当に恐ろしいものです。
特に子供の場合は、自分の親の言うことが全てであって、自分の家で起きていることや言われていることが正しいと思い込んでしまいます。

そういう時こそ、外の世界に出ていって、沢山の人と触れ合って、色々な体験をして、
挑戦してみることは大事なことだなと感じました。

私は今でも高校時代に私に自己肯定感を沢山与えてくれた友達には、とても感謝の気持ちでいっぱいです。

それ以降も、大学に入って、男の人にも「好きだ」と告白されたり、「可愛い」と言われることが増えて、だんだん自己肯定感は上がっていきましたが、その度に毒親に心理的虐待を受けて、せっかく上がった自己肯定感は下がりました。
そのように、上がっては下がりを繰り返し、なかなか自己肯定感をしっかりつけることは難しかったです。
しかしそれも、夫と出会い、夫に毎日のように「大好きだよ」「今日も可愛いね」などと言ってもらうことと、毒親と離れることで、安定していきました。

今現在でも、自己肯定感はすごく高いとは言えないと思いますが、
昔に比べればかなり自己肯定感は上がったなと思っています。

私はHSS型HSPという性質を持っているので(繊細な性質と刺激を求める性質を併せ持つ性格)今までも毒親に色々言われたとしても、様々なことに挑戦し続けて来ましたが、やはり自己肯定感が低かった時は、失敗した時の落ち込みや、自責の念、完璧主義の偏った考え方などが強く何かに挑戦した後は、体調を崩すことも多かったです。
しかし今は何かに挑戦してうまく行かなかったとしても、その失敗も成功の素というような感覚で、メンタルは安定するようになって来ています。

毒親のように自分に心理的虐待をする人間と離れるだけで、こんなにも自分自信が良い方向に変わるという発見は、私の人生にとってかなり大きな体験でした。

それでも、やはり毒親に会うと自己肯定感が下がったり、メンタルがやられる事もありましたが、絶縁してからはもうそのような心配もしなくて良くなり、ネガティブになることが極端に減りました。

絶縁して本当に良かったと思います。
そして、これからも色々なことに挑戦して行きたいですし、
子供達にも色々なことに自信を持って挑戦して行けるような暖かい環境作りを続けて行きたいと思います。


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