私は機能不全家族育ちで、毒親からの虐待を受けて育ちました。
結果として16歳で摂食障害と双極性障害になり、長い闘病生活を送っていましたが、
今は回復し、二人の息子と夫と幸せに暮らしています。
私が感じたママ友とは
長男は年中の途中まで保育園に通っていましたが、その時は保育園ママは忙しいという事だったり、コロナ禍であまり会話をするような状況でもなかったので、ママ友というものは殆どできませんでした。
幼稚園に転園してからは、周りは殆ど専業主婦の方が多く、毎日送り迎えが一緒になったり、ママ友同士でランチをしたりお茶をしたりする機会がとても増えました。
幼稚園の後に子どもを一緒に遊ばせながらお喋りをしたり、サークル活動をしたりと、その他にもママ友との関わりは、かなり密なものとなって行きました。
私は仕事もしていたので、預かり保育を利用しており、毎日の送り迎えにお喋りをしたりする機会も他のママ達よりも少なく、仕事の都合がつけばママ会にも参加するという感じでしたが。
そんな中で今までできたことがなかった「ママ友」ができました。
「ママ友」という響きには正直、怖いイメージがありました。
保育園などの勤務が長かったので、沢山のママ達を見てきていましたが、モンスターペアレンツのように怖いママ(パパ)も色々と見てきたこともあったせいもあります。
しかし育児は孤独で、自分の親は毒親で助けてもらったり、相談や話をするという概念もあまりなかったので、気軽に話せる友達が欲しいなぁと思っていました。
小中高大の友達や幼馴染はいますが、遠方であったりするため、LINEでチャットなどはよくしていますが、実際会うとなるとハードルも高いです。
友達が子どもを産んで、ママになってはいますが、昔からの友達で幼稚園に通わせている友達は一人もおらず、みんな働きながら保育園に通わせていて、電話なども子どもが一緒だと忙しくてなかなかできる感じではありませんでした。
それなので、ママ友ができたことはとても嬉しいことでした。
しかし、私はその頃「ママ友」と「昔からの友人」というのは、全然別物だなということを強く感じました。
ママ友との会話は80%は子どもに関わる話で、(その他幼稚園の話も多いですが)そのママ自身の事は殆ど喋らない事も多いです。
私は仕事をしていますが、仕事をしていない方が多いので、基本的には仕事の話はタブーな感じがします。後の20%は世間話(ここのお店が潰れるらしいとか、新しいお店ができるらしいとか)や兄弟関係の話などでしょうか。
それなので、ママ自身がどういう人なのかは全然わからないままということが多いです。
ママ自身の趣味だったり、旦那さんの話だったり、結婚に至るまでの話だったり、ママの今までしてきた仕事だったり、、、、そういう話は、今までは殆ど出ることがなく、
本当に子どもがありきの友達で、子どもがいなかったら、友達にはならないんだろうなと感じることがありました。
私自身は、ママ友関係に不慣れなので、その状況がどうもしっくり来ず、ママ自身と話しているのだから、ママのことも聞きたいんだけどなぁと思ったりしていました。
(幼稚園ごとにも違いますし、ママ友ごとにも全然違うと思いますが、あくまでも私の経験のお話です)
保育園の頃に少しお話したり、1、2度お茶をした保育園ママのお友達がいたのですが、その時は、子どもの話だけでなく、自分の仕事の話だったり、自分の考えだったり、自分の昔の話だったり、色々な話をできたような気がしました。
それだけ幼稚園ママ(専業主婦のママ)は子供に対して一生懸命で、一直線。
頭の中は常に、子どものことでいっぱいなんだなという感覚を覚えました。
初めて出来たママ友であり友達
そして、次男が幼稚園のプレに入園して、新しくまたママ友ができました。
そこであるママ友と出会ったのですが、(仮にAさんとします)とても意気投合して、子どもの話はもちろんの事、お互いの考えや、仕事の話、結婚した時の事なども話すまでになりました。
仕事で話がなかなか出来ない事も多いのですが、そういう時は、LINEで色々な話をしました。
「ママ友」ではなく、本当に自分自身の友達という感覚でした。
これは私にとって、ものすごく嬉しい出来事でした。
確かに、今までママ友と話す事もストレス発散になるし、子供の話や、情報共有ができてとても助けられていたことは事実です。
その為、ママ友には非常に感謝しているのですが、やはり「友達」ではなく、「ママ友」なんだなという感覚は常にありました。
なんでも話せるような心強い友達が身近に出来たのは、とても良かったのですが、
一つ心配していることがありました。
それは毒親についての話をする事でした。
普段なら、自分の親や自分の生い立ちなどの話などママ友と話すことは無いので、
話さなくても気にすることも無かったのですが、Aさんは、よく自分の親の話をしてくれました。自分の子どもの頃の話もしてくれました。
しかし、私はなるべく自分の生い立ちや、親の話は避けてしまっていました。
親とは会っていないし、関わってなさそうな雰囲気はどうしても話の流れで出てしまっていましたし、話に出さない事で気になってしまっているだろうなぁとは感じていました。
でも、内容がかなりセンシティブですし、
引かれてしまうのでは無いか、
「虐待されてきた」などと言ってしまったら、「あなたも虐待してるのでは?」
と思われてしまうのではないか、
「こんな私、可哀想でしょ?お涙ちょうだい」みたいに思われてしまうのではないか、
そんな親に育てられてきた人と関わるのは危険だからやめようと思われるのでは無いか
など、かなり色々ネガティブなことを考えてしまって、言い出すことは出来ませんでした。
でも、「1月についに毒親と絶縁し、スッキリして、新しい人生がスタート出来た」
という、プラスの事実ができて、言っても大丈夫なのではないか?という気持ちに傾いていったのです。
そして、その間にもAさんが本当に素敵な人で、この人にだったら毒親の話をしてもきっと嫌われないんじゃないかと、考えるようになりました。
そして実際嫌われたとしても、昔のようにメンタルがやられる事もなく、きっとそれまでの関係だったと、今の自分なら割り切れるような気もしていました。
そしてつい先日、意を決して毒親の話をすることにしたのです。
毒親の話をママ友に伝えた時に起きた私の身体の変化
一緒にランチをすることになって、話も盛り上がってきた頃、親の話になりました。
Aさんが話してくれたあと、「かっぱママちゃんの方はどんな親御さんだった?」というような内容を聞かれました。
これは、今話す時が来たな!!と思い、意を決して言おうと思ったら、
心臓がびっくりするくらいバクバク飛び出るくらい音がして、息が少し苦しくなってきました。
と同時に、「本当に話しても大丈夫なんだろうか」という不安が急に襲ってきました。
私は物心ついた時から、人前に出ることが大好きで、演劇やバンド活動、コーラスなどをやってきており、舞台に立つことにはとても慣れているし、そういう時には緊張などあまりしないたちなので、心臓がバクバクするなどということもあまりありませんでした。
しかし、それくらいの緊張しそうな様々な経験よりも、はるかに心臓がバクバクしてしまっていました。
自分が虐待育ちだったことや、毒親に酷いことを言われた内容も少し話しました。
1月に絶縁したことも話しました。
しかし、心臓はバクバクして息もあがってしまっていたので、ちゃんと喋れたのかはわかりません。
わかりやすく伝えられたかどうかもわかりませんが、Aさんは「大変だったねぇ、つらかったねぇ」としっかりと聞いてくれました。
毒親の話が終わると、少しずつ心臓のバクバクのスピードはゆっくりになり、帰る頃には落ち着きましたが、その日はしばらく興奮気味な状態が続きました。
毒親のことはもうだいぶ消化していて、「新しい人生のスタートだ!!楽しく生きていくぞ!!」と思って、あまり虐待のフラッシュバックなども起きなくなっていたので、
話をしただけで、こんなふうになるとは全く思っていませんでした。
かなりびっくりした出来事でした。
でも、やはりわかってはいたものの、毒親に関してはそんな簡単に、終止符を打つことはできないんだなぁと感じました。まだ絶縁して2ヶ月弱なので無理もないですが。
毒親に関しては周りには言わないようにして来ているので、そんなに機会も無いと思いますが、毒親のことを話しても動じないくらい、楽に生きられるようにこれからなっていけたら良いなと思っています。